月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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 文字数が作品内で最長です。1万5000くらいです。たぶん、作品の最終話より長いんじゃないですかね。最終話が何文字になるか分かんないですけど。


6話

 

 頭から血を被ったような鬼がいた。常にへらへらと笑みを浮かべ、対となる鋭い扇を持った鬼だ。その鬼はある宗教の教祖だという。その鬼は救いを与えると言って、信者を食すそうだ。好みは女性らしい。女性の方が男性より栄養があるからだそうだ。その鬼の名前は『童磨』。上弦の鬼にして、弐を担う存在。

 

「君は凄いな~。もう1時間は戦い続けているのに、動きのキレが落ちないとはなぁ」

「ーーっ、はっ、はっ……!」

 

 ある町中で対峙していた。童磨を相手に、たった一人でその者は戦い続けている。童磨の血鬼術にも、初見で全て対処してみせた。技を打ち消せる強さ。見切りの良さ。バネのような靭やかな体に、優れた体幹。何かに特化しているわけでもなく、だからこそバランス良く成長し、柱となってからもさらに成長を続ける。ある者は、彼女のことを「万能」と称した。

 そんな少女でも、人間であるために体力に限りがある。1時間以上も集中力を持続させ、激しい戦闘を繰り広げていることは、まず称賛されるものだ。だが、鬼を相手にそれは、死が迫っていることに他ならない。

 

(……あの人、ここに来ちゃうのかな……)

 

 その少女、カナエはそんな事を考えていた。初めて恋をした相手。まさか自分がこの人を好きになるとは、当初微塵も想像できなかった。おそらくは、真菰との関係を見て羨んだから。両親が鬼に殺されなければ、きっと自分もそういう関係を夢見ていた。それを目の当たりにして、羨んで、異性として見るようになって。そうしていたら惚れていた。

 誠は上弦の鬼に勝つことができない。カナエのように、こうして対抗することすらできるか怪しい。それでも、誠はここに駆けつける。特定の人の窮地だけは離れていても察知できる。そんな才能(能力)を持っているから。

 

(来たら……誠さんは……)

 

 

──きっと殺されてしまう……

 

 

 そこまで考えて、そんなのは嫌だなと強く思う。誠はもうじき来るのだろう。漠然とそれが分かった。誠がここに来る前に、この鬼を倒そう。夜明けも近い。倒しきれなくても、夜明けを警戒しての撤退をさせることができれば御の字だ。

 

「あぁ。君は俺が食べるに値する子だ! 嬉しいなぁ! ここまで食べたいと思う相手はこれまで全然いなかったからなぁ!」

「ふふふ、褒め言葉として受け止めさせてもらいますね。でも残念。あなたが私を食べることはできませんよ」

 

 まだ見せてない型で畳み掛ける。習得した型では、この鬼が知っているものかもしれない。だから、自分で編み出した型を使おう。

 

「私が殺しますから」

 

 絶えず笑みを浮かべる童磨に、カナエも笑みを返して刀を構えた。

 

 

 


 

 

 

 

 真菰との機能回復訓練も終わり、誠は刀を受け取りに行くために刀鍛冶の里に向かうことになった。訓練中に届くのかと思われたが、どうにも刀が届くことはなかった。だから、先日カナエに提案された通り、刀鍛冶の里へと直接行くのだ。カナエも新たな刀を受け取るために向かう。

 それに伴い、真菰も鱗滝の下へと帰る日が来た……のだが。

 

「「「真菰様帰っちゃやだーー!!」」」

「あはは……どうしよ誠。懐かれちゃった」

「いやどうしよって言われてもな……。家主」

「うふふ、困ったわね~」

 

 三人の少女が真菰を掴んで放そうとしなかった。この三人の少女は、寺内きよ、中原すみ、高田なほという名前で、先日カナエとしのぶが蝶屋敷に引き取った子どもたちだ。年は最年少だったカナヲよりさらに若く、三人は同年代だ。この屋敷でそれぞれ出会ったのだが、やはり同年代だと落ち着くのか、すぐに打ち解けてそれ以降一緒に行動している。

 そんな三人が真菰に懐いた。それはもう目を見張るほどに。カナエやしのぶ以上に懐かれていると言ってもいいほどに。理由はいくつかある。柱であるカナエは度々家を開け、しのぶも研究や鍛錬に時間を費やすことが多い。カナヲは滅多に話さず、アオイは仕事を教える立場であるので、先輩という印象が強い。カナエとしのぶは恩人。カナヲは謎。

 

「きよちゃん、すみちゃん、なほちゃん。ちょっといいかな?」

 

 そんな中、一応客人である真菰は時間に余裕があった。誠の訓練以外は、好きに寛ぐことがほとんどだった。そこに三人が引き取られ、真菰は優しく接した。今後生活に困らないように学を教え、世間を教えた。質問にもしっかり答え、悩みごとを一緒に悩み、親の死を思い出して一人泣いていると、そっと胸を貸してあやした。

 そんな真菰に三人は懐き、姉のように慕っていたのだ。その真菰が帰る時が来て、寂しい気持ちを隠さず引き留めようとしている。

 

「なんだか嫉妬しちゃうわね。ここまで真菰さんが好きなところを見せられちゃうと。ねぇ誠さん?」

「……」

 

 つんつんと腕を突くカナエを誠は無視した。何も言えなかったからだ。謝ろうにもどう謝ればいいか分からず、それなら今後改善するしかないだろうと考えている。

 

「こら! そうしてたら真菰さんが帰れないでしょ!」

「まぁまぁしのぶ。声を張らないであげて」

「真菰さんは三人に甘過ぎるのよ」

「甘やかしてるつもりはないんだけどね」

「誠さん。あの二人のやり取りが夫婦のように見えるわ」

「それは言わないでやれ」

 

 三人を真菰から引き離そうとするしのぶを、真菰がやんわりと止めさせる。カナエはその光景をほんわかと見つめ、アオイは困ったように眉を顰めた。どうこの場を収めようかとカナエと誠が考えていると、コインが弾かれる音がした。その音の方に目をやると、カナヲが打ち上げたコインを手で取っている。

 

「ここはカナヲに任せてみようかしらね」

「少しは成長してるようだな」

「うふふ、そうね」

 

 この場でカナヲがコイントスすることすら前までは想像できなかった。未だに決断をコインに任せているが、そうするまでのハードルが下がっているようだった。

 カナヲがコインをしまい、真菰を引き止めている三人へと近づいていく。しのぶは戸惑ってカナエに視線を向け、カナヲに任せようと指文字で伝えられる。本当に大丈夫なのかとしのぶは内心でハラハラしているが、その指示に従って一歩下がった。

 

「三人とも離れて。真菰さんが帰れない」

「ですが……」

「前に教えてもらった。真菰さんが帰る場所にも、私達みたいに小さい子がいるって。きっとその子たちは真菰さんを待ってる」

 

 その言葉に三人はハッとして真菰から手を放した。涙を堪え、申し訳なさそうに頭を下げる。真菰はその場にしゃがみ、順番に三人の頭を撫でてにっこりと微笑む。

 

「偉いね。分かってくれてありがとう」

「いえ……ごめんなさい!」

「私たち、自分勝手に……」

「困らせてしまってごめんなさい!」

 

 きよ、すみ、なほの三人も、そういう子どもたちがいるという話を、真菰から聞いていた。男の子も女の子もいるという話を。女の子は真菰の生活を助け、男の子は率先して力仕事を行っている。そういう心優しい子たちがいるのだと、いつかの夜に真菰から聞いたのだ。

 それを聞いていたのに、真菰を引き留めようとしてしまったことに、三人は強い罪悪感を覚えた。そんな三人を真菰は怒ることなく、むしろさらに嬉しそうに頬を緩ませた。

 

「ううん。三人にそれだけ慕ってもらえてるの、すっごい嬉しいよ。でも、私にもやらないといけないことがあるから。それが終わったら、また会いに来るね」

「……本当ですか?」

「うん。約束する。だから、三人も可愛くて立派な女の子になっててね?」

「「「はい!」」」

「よし! カナヲもありがとう」

 

 元気に返事をした三人に、真菰も力強く頷いて立ち上がる。カナヲにもお礼を言って、ふわっとその髪を撫でた。カナヲはくすぐったそうに少し身をよじり、僅かに表情を緩ませて頷いた。

 そのまま視線をしのぶに移すと、しのぶは罰が悪そうに目を逸らした。声を張らなくても、一切怒らなくても、ちゃんと言うことを聞かせられるのだと示されたから。自分がやろうとしたやり方が、格好悪くて恥ずかしかった。

 

「しのぶも今までありがとう。また会おうね」

「……うん」

「大丈夫。しのぶも立派な人になれるよ」

「そんなの……っ」

 

 「分からないでしょ」と続けることはできなかった。真菰の瞳が、そうなれると信じている目だったから。胸の中でしばし葛藤し、それも違うんだなと気づくことができた。 

 

(真菰さんは信じてくれてる。私のことを。だったら、言うことはこんなんじゃない)

 

 しのぶも柔らかな笑みを浮かべることができた。

 

「ありがとうございます。真菰さん、どうか道中お気をつけて」

「……うん! ありがとう!」

 

 綺麗な笑顔だと誰もが思った。ここまでの笑顔を、しのぶの心の底からの優しい笑顔を、見たことがあるのはカナエだけだ。両親が健在だった頃に見せた笑顔。それをようやく再び見ることができた。その笑顔は、同性であるアオイたちでも見惚れる程だった。

 

「泣くなよ」

「ごめんなさい……でも……!」

「しょうがないな」

 

(でも、よかったなカナエ)

 

 再びそれを見られた喜び。その嬉しさに感極まったカナエの瞳から、人知れず涙が溢れていた。いち早く気づいた誠は、他のみんなに見えないように、その背でカナエを隠した。トンっと背中にかかる小さな重み。誠はそれを受け止めながら、アオイにも感謝を伝える真菰の姿を見ていた。

 

「アオイもいろいろ助けてくれてありがとう」

「こちらこそ、真菰様には多くのことを教えていただきましたから、ありがとうございます」

「もう。私に様はつけなくていいって言ってるのに。初めはつけてなかったじゃん」

「これはその……真菰様を敬っておりますので」

「あはは、まぁいいや。元気でね」

「はい。真菰様も」

 

 手先が器用な真菰から、アオイも多くのことを教わっていた。料理の指南だけでなく、裁縫や細やかな所作など。しのぶも長けているものなのだが、忙しくしているしのぶには頼みづらかった事を、真菰の方から声をかけていた。その結果、アオイは真菰の事を"師"として仰ぐようになったのだ。

 真菰が全員に別れを告げ終わる。それまでの間に、カナエも涙を止めることができた。しのぶは気づいたようで、一度目を伏せるも他の子に気づかれないようにするために平然を装う。二人の絆が見えた瞬間だ。

 

「それじゃあ誠とカナエも、またね」

「ああ。時間を作れたら会いに行くよ」

「本当? 期待してるね」

「真菰さん。お体には気をつけて」

「カナエもね。しのぶもだけど、二人とも無理しがちなの見え見えだからね?」

「気をつけるわ」

 

 鎹鴉が真菰の肩へと舞い降りる。誠の鴉と姉弟である鴉で、真菰曰く頼りになるとのこと。土佐右衛門と違って物静かな鴉だ。その鴉に道案内をしてもらい、真菰は鱗滝の下へと帰っていく。全員で手を振ってそれを見送り、見えなくなると今度は誠とカナエが出発する番だ。

 

「刀鍛冶の里ってどこにあるんだ?」

「それは私も分からないわ。お館様の屋敷のように、その場所は知らされてないの」

「なるほど。それで隠の人がいるのか」

「そういうこと。それではお願いしますね」

「畏まりました」

 

 隠の人間に背負われての移動。その間は目隠しをされているため、どこに向かっているのか、どこを走っているのかが分からない。隠の人間も、自分の担当距離が決まっており、その地点まで進めば人が交代する仕組みだ。それを何度も繰り返していき、いつの間にやら刀鍛冶の里へと到着する。

 カナエが先に到着し、遅れて誠が到着する。カナエはここを訪れるのは初めてではないが、誠は一度も来たことがない。感心したように声を上げ、物珍しそうに里の中を見て歩く。カナエはその様子にくすくすと笑いを漏らし、分かる範囲での説明役を買って出たのだった。

 

「それで、ここが隊士たちが泊まる宿なのか。豪華だな」

「最高級のおもてなしができるようにされてるから。料理も美味しいし、少し離れたところに温泉もあるのよ」

「凄いな。カナエはその温泉行くんだろ?」

「当たってるけど、その『どうせお前は』みたいな感じは癪ね」

「そんなつもりはないんだがな……」

 

 冷ややかな視線を向けられ、誠は頭を掻きながら眉を下げる。カナエがケロッと表情を変え、冗談だと告げるとがっくり肩を落とすのだった。

 

「ちょっとした旅行気分ね」

 

 部屋に案内されると、カナエは窓から外を眺めつつそう呟いた。

 

「そうだな。カナエは柱として日頃気を張ってるんだし、ここにいる間くらいは肩の力を抜いていいんじゃないか?」

「……お見通しだったのね」

「まぁ、気づきにくかったけどな。きよとすみとなほの三人が来てからは、分かりやすかったよ。けど、今だから言わせてもらうけど、俺の役割のことは手伝おうとしなくていい。カナエはカナエでやることがあるだろ?」

「はぁ~、お手上げだわ~。全部見抜かれてるだなんて思いもしなかった」

 

 言葉は残念そうなのに、その表情は全くそんな印象を与えなかった。むしろその逆で、誠がそこまで見抜いていることが嬉しいのだ。それはつまり、それだけ自分を見てくれていることに他ならないのだから。

 

「うん……。少し、手伝えたらって思ってた。それに、家族が増えるにつれて『あぁ私たちは、こういう人たちを減らすために戦ってるんだって』思って。人を守るために、あの子たちを守るために。そうやっていろんな事を思ったら、その分頑張らないとって。私にはそれだけの力があるのだから、それが責務なんだって」

「まったく。カナエは優し過ぎるよ。全部背負い込もうとする。それ自体は咎めないけど、一人である必要はないだろ? みんなで背負うことなんだ」

「あはは……そうだよね」

 

 カナエの隣に行き、その手を包み込む。カナエも手を握り返し、指を絡め合った。

 

「しかも嶺奇に関しては俺の担当で、一任されてることだぞ? 通常任務を後回しにすることも許可されてる。それを取られたら俺に何をしろって言うんだよ」

「うふふ、ごめんなさい。誠さんもいつも無理するから」

「……そうだけども。ははっ、お互い様だったな」

「そうね」

 

 話に区切りがつくと、ゆったりとここを満喫しようということで、二人は制服から浴衣へと着替えを済ませた。カナエの用事は、刀の完成待ちであるために急ぐ必要がない。それに対して、誠は担当の欽波を探す必要がある。どこにいるのか知らないのだから、聞き込みをして探すことになる。

 

「誰か知ってる人がいればいいんだが」

「まずは館内の人に聞きましょうか」

「だな」

 

 出入り口付近にいる従業員にひとまず聞いてみると、その従業員は欽波の居場所を知らないという。知ってそうな人はいないか聞き、その人の名前と家の場所を教わってそちらへと移動。"刀鍛冶の里"という名称なだけあって、ところどころ刀を打っている音が聞こえてくる。

 

「なんでみんなひょっとこの面なんだろうな」

「それについては聞いてないわね。聞かなくても問題ないのだし」

「まぁそうだが」

「それにしても欽波さんどうしたのかしら。刀を届けてくれそうな方なのに」

「さぁな」

 

 カナエは一度しか会ったことがないが、話しやすく良い人だという印象を抱いていた。誠との仲も良好で、刀を届けないとは想像もつかない。とはいえ、いくら考えても答えは出ない。本人に会うしかなく、そのために居場所を知っていそうな人の下へと訪れる。

 

「ここか」

「何かようかい?」

「鉄井戸さんですね?」

「そうだが、お前さんたちは誰だ」

「俺は泰富誠。こっちが胡蝶カナエ」

「初めまして鉄井戸さん。今日は突然の来訪ですみません」

「あぁ、あんたが長の担当の一人か。立ち話もなんだ。中に入りな」

「お邪魔します」

 

 鉄井戸の家へと上がらせてもらう。鉄井戸は煙管(きせる)を咥え、一服しながら誠たちの用件をさっそく聞いた。鉄井戸もやることがそれなりにある立場なのだ。

 

「俺の刀を作ってくれる人が欽波さんなんですけど、刀が届く気配もなかったので、こちらの里に足を運んだ次第です。それで、欽波さんの居場所を鉄井戸さんなら知ってるかもしれないと聞いたので」

「……そうかい。彼の居場所は知らない。だが、彼の家がどこかは知っている。それを教えるよ」

「ありがとうございます」

 

 この家からどう進めば欽波の家に着くのか。目印が何なのか教わり、せっかくだからとお茶を出してもらう。鉄井戸は刀鍛冶の歴が長く、多くの隊士に刀を提供してきたという。未だ現役なのだが、その技術を存続する存在がいないのだとか。子供がおらず、弟子もいないそうな。

 

「お弟子さんを取ろうとは思わなかったのですか?」

「まぁね。そうしようかと思った時もあったんだが、生憎と教えるのが下手なもんで、技術は見て盗めとしか言えん。紙に書く分には問題ないんだがね。聞かれたら答えれない」

「それは……無理ですね……」

「ははは、お嬢さんは優しいね。気を遣わなくても良いというのに」

「いえ。鉄井戸さんの刀のことは先輩から聞いていたので」

 

 カナエの言う先輩。それはカナエが花柱になってから仲良くなった柱の一人。その人物から学んだことも多く、鉄井戸が作った刀を使用していた。その刀に絶対の信頼を置き、鉄井戸に敬意を払っていた。

 

「あの子がそう言っていたとはね。照れ臭いものだ」

 

 煙を吹かすことで誤魔化す。その後しばらく雑談し、頃合いを見て誠とカナエはその場を後にするのだった。

 鉄井戸に教わった通りに進み、欽波の家へと到着する。外から声をかけるも人が出てくる気配がない。誰もいないわけでもない。中に人が二人いることも気配で分かっていた。ただし、そのどちらも欽波とは違う気配。誠は首を傾げ、カナエと目を合わせる。もう一度言ってみることにし、今度は用件も先に伝える。

 

「すみません。泰富という者なんですが、欽波さんはいらっしゃらないのでしょうか? あの人に刀を提供してもらっていたのですが、新調しようとしたところ音沙汰がなかったので、こちらまでお伺いした次第です」

 

 そこまで伝えると、人が動く気配がした。何やら少し騒々しい気がする。どうしたのだろうと再度カナエと顔を見合わせていると、家の扉が開いた。そして中から刀を突き出してくる少年。奥では女性が慌てていた。おそらく母親だろう。

 誠はその少年の刀を避け、手首を叩いて刀を落とさせる。手を少年の首へと回し、抵抗しないように牽制した。

 

「いきなりだな」

「うるさい! 殺してやる!!」

「話にならない」

「誠さんそこまでよ」

 

 二人の間に強引にカナエが割って入る。誠も少年から手を放した。カナエがその少年に視線を合わせるためにしゃがみ、誠が弾いた箇所を優しく擦る。

 

「痛かったよね」

「い、痛くなかったし」

「そうなの? 凄いね」

「男だからな!」

 

 見るからに痩せ我慢なのだが、カナエはそこに突っ込まずに少年を褒める。その少年の見た目はカナヲくらいの年齢だ。少しカッコつけたい年頃なのだろう。カナエがふわっと微笑むと、少年は耳を赤くして視線を反らした。

 

「私は胡蝶カナエ。君の名前は?」

「てっ、鉄心」

「鉄心くんか。いい名前だね」

「すみませんこの子が、あの、お怪我は……」

「あぁ大丈夫ですよ。むしろあの子の方が痛んでるかと」

 

 カナエが鉄心と話してる横で、誠は母親のかなよと話をしていた。なぜ鉄心が誠を刺そうとしたのか。それほど殺意を抱いている理由。それを話すためにも、かなよが中へと通そうとする。そうしていると、カナエから上ずった悲鳴が聞こえた。

 

「すげぇ。姉ちゃん胸でけぇにゃぁっ!?」

「お前何してんの?」

「ま、誠さん落ち着いて!」

「鉄心も謝りなさい!」

 

 目にも止まらぬ速さで鉄心の喉を握って持ち上げた。カナエが慌てて誠を止めに入り、かなよも鉄心の行動を咎めるのだった。

 

「鉄心が本当にごめんなさい。変なところをあの人から影響を受けてしまって……」

「あ、あはは……」

今は(・・)そこを流すとして、欽波さんはどちらに?」

 

 それを聞いた途端、かなよと鉄心の表情が曇る。それが答えなのだと分かったが、それでも不明な点がある。それならそれで担当が変わり、その連絡も誠に入るはずなのだ。しかしそれすらなかった。

 

「全部……お前のせいなんだ!!」

「鉄心! こら待ちなさい! 鉄心!」

 

 誠にそれだけを叫ぶと、鉄心は刀を持って家の外へと駆け出して行く。かなよの静止も聞かず、一心不乱に。その目からは涙が溢れ、誠とカナエは言葉を失った。

 

「重ね重ねすみません……」

「いえ……。いったい何があったんですか?」

「……私はあの子から聞いただけなのですが、あの子が言うには、鬼が(・・)現れたんです」

「「!?」」

 

 それはとても信じ難い話だった。この里は隊の長たる産屋敷家の次に秘匿されてる場所だ。鬼がこの場を知るはずがない。柱ですら知らない場所なのだ。知ろうとしても情報を集められないようにされている。それにも拘わらず、鬼が現れたとはどういうことなのか。仮にもそれが本当なら、この里は場所を移さなければならない。

 

「里が移動しないのは、誰もその事を信じていないからです。鉄心しか知らず、しかもその鬼による被害すらなかったのです。信憑性に欠け、寝ぼけて間違えたのだと処理されました」

「……そう判断されるのも仕方ないでしょう。それで、鉄心は何と言っていたのですか?」

「その前に一つ説明しますと、あの人は刀を打つ場所を別に用意していました。鉄心はそこで刀を打つ姿をよく見に行くのです。その時、一人しかいない場所で話し声が聞こえてきたのだそうです。覗くと、そこには一体の鬼がいて、あの人に刀を作るように命じたと」

「鬼が刀を?」

 

 ますます信じ難くなる。しかしそれを確かめる術もなく、誠たちは話を最後まで聞いた。

 

「鉄心は止めようとしたそうです。ですが、あの人はそれを誰にも話すなと言い、刀を提供したそうです。……もしかしたら、刀を作らなければ被害が出ていたのかもしれません」

「それで、なぜ鉄心は俺を恨んでるんですか?」

「怒りの矛先がそこにしか無いと思ってるのでしょう。その鬼は姿を消し、あの人は泰富さんの刀を作ると腹を(・・)斬り(・・)()()()

「!?」

「どうして……そんな……」

 

 衝撃の事実だった。殺されたのでもなく、病気で亡くなったのでもなく、負傷して動けなくなったわけでもない。自ら命を断ったというのだ。鬼に刀を提供してしまったがために。

 鉄心は鬼を倒す術を持たない。尊敬する父が死んだ。母親に当たることもできず、誰も話を信じない。あらゆる感情が蓄積し、唯一名前を知っている誠へとぶつけたのだ。そこ以外にぶつけられる場所がなかったから。

 

「あの子が持っていった刀。それが泰富さんに提供するはずだった刀です。なんとかしてあの子の説得を図っているのですが、難航してしまって」

「事情は分かりました。刀が無いことには任務もできませんが、今すぐに渡してほしいというわけでもないので。……遅ればせながら、お悔やみ申し上げます」

「ありがとう、ございます」

 

 誠とカナエは欽波家を後にした。宿へと戻る道中、鉄心を探してみたものの、鉄心を見つけることはできなかった。鉄心は欽波の作業場にいるのだろうが、二人はその場所を知らない。鉄心ともう一度話すことを一旦諦め、一度宿に行ってから温泉を目指した。

 

「俺が同行してるのおかしくないか?」

「最終選別の時みたいなものよ。……懐かしいわね。思えば、こうして二人きりの時間が長いのは、あの時以来ね」

「……そうだな」

 

 温泉へと到着する。天然温泉で、露天風呂となっていた。中に岩があるか、浴槽が二つあればよかったのだが、そのどちらもない。誠はカナエに入るように伝え、自分は他に人が来ないか見張りをすることにした。それこそ、最終選別の時と同じように。

 違いはカナエがそれを了承しなかったことだ。誠の袖を掴み、恥ずかしそうに頬を染める。

 

「誠さんも一緒に入りましょ」

「………………………。何言ってんのお前」

 

 なんとか声を絞り出した。カナエの正気を疑ったが、カナエはなぜかそこを譲らなかった。お互いに背を向けていればいいと早口でまくし立て、思考力を低下させられた誠はそれに押し切られた。

 

「……恥ずかしいわね」

「言ったのカナエだからな?」

 

 温泉に浸かって背中を合わせる。カナエは誠の背に体を預け、誠はそれを不動で支える。男女の体の違いを肌で直接実感させられ、二人ともそれを意識しないようにするのが精一杯だった。

 気を紛らわすために会話を求め、すぐに出てくる話題はつい先程聞いたばかりのもの。謎の鬼についてだ。

 

「誠さんは信じる?」

「普通なら信じないが、嶺奇という特異な鬼を知ってるからな。そんな鬼もいるかもしれないって思うよ」

「同じね。……問題は、その鬼が嶺奇なのか。違うなら連携を取っているのか、それとも個別なのか。無惨が知っているのか。いろいろと考えさせられるわ」

「無惨は知らないだろう。知っているなら、その鬼がここに来た時点でこの里を把握されてる。襲撃されてるはずだ。だがそうなっていない。嶺奇のように特異な可能性がある」

「誠さんはその鬼が嶺奇じゃないと?」

「……嶺奇にしては妙だからな。直感だが、違う気がする」

 

 カナエは嶺奇のことをほとんど知らない。一番詳しいのは未だ利永だろう。誠はその情報をまだ引き継げていない。それでも、次点で嶺奇を知っているのは誠だ。交戦もしている。誠の予想を信じるには十分だろう。

 なんとなくだが、カナエにも分かることがあった。誠は嶺奇のことを感覚的に理解できるということが。常にではないにしろ、お互いに引かれ合う存在。人と鬼。共存ができないのなら、どちらかが命を落とすまで戦い続ける運命。

 カナエを身をよじり、横を向いて誠の背に頭を押し当てる。その肩に手を乗せ、寄り添っていく。

 

「ちょっ、カナエ!?」

「私は信じてる」

「……ありがとう」

 

 何のことかは聞かなかった。カナエがあえて(・・・)ぼかしたのだ。なんの事か見当がついている。それは誠の大きな支えになる言葉。カナエのその気持ちに、しっかりと応えたい。

 風呂を済ませた二人は、宿に戻って食事をもらう。豪勢な料理に舌づつみを打ち、それが済むと館内にある中庭に寄って肩を寄せ合った。中庭に咲いている花を愛で、月夜を見上げる。そうして過ごし、夜が深まってくると部屋に戻って布団の中へ。布団は二つ並べられ、それぞれその中へと入る。

 

「誠さん、手を繋ぎましょ?」

「いいけど、なんで?」

「ふふ、そうしたい気分なの」

 

 カナエの提案に乗り、誠はカナエと手を重ねた。いくら鍛えているとはいえ、刀を握って戦い続けていようとも、やはりカナエは女の子だ。男の手とは違う。柔らかく、しっとりとしている。反対にカナエは誠の手を硬いなと思った。思い返してみると、父親の手も大きくて硬かった。でも、父親は戦う人ではなかった。誠の方が手が硬い。似て非なるもの。でも、カナエはこの手も好きだった。

 

「ねぇ誠さん」

「ん?」

 

 寝返りを打って横を向く。誠もそれに合わせてカナエの方へと視線を向けた。視線が合うとカナエは嬉しそうに微笑んだ。手を繋ぐために、二人は体を寄せ合っている。こうして横を向き合えば、顔も近くなるというもの。カナエは顔を寄せ、そっと重ねる。触れるような口づけをし、幸せそうに笑った。

 

「私ね、新しい夢ができたの」

「夢?」

「うん。しのぶに話したら、ため息をつかれちゃった」

「どんな夢だよ……」

「でもね、しのぶは応援してくれるって言ってくれたのよ?」

「大概素直じゃないよな」

「そこが可愛いと思うのよね~」

 

 しのぶの名前が出るとすぐに話が逸れていく。それだけカナエがしのぶを溺愛していて、誠もしのぶに好印象を持っているからだ。

 カナエは話を戻し、新たにできた夢を語った。それはとてもカナエらしい夢だ。心優しく、暖かな笑顔を浮かべる少女らしい夢。その光景は簡単に想像できる。その夢に、誠も賛同するのだった。

 

 

 翌朝、カナエの下へと鎹鴉がやってきた。鎹鴉の仕事はただ一つ。伝達だけだ。その多くは鬼の出現の報告。今回もそれだった。カナエの担当区域にて鬼の情報が出た。他の隊士もそこに向かうようだが、カナエもすぐに向かえという話だった。

 

「鉄地河原様に連絡を。私の刀を用意しておいてって伝えてちょうだい」

「分カッタワ。御飯食ベテカラ来ルノヨ」

「ありがとう」

 

 カナエの鴉は雌で、無理しがちなカナエのことを気にかけている。すぐにカナエの刀を担当している里長の下へと飛び立っていく鴉を、カナエはしばらく見送った。

 

「食事を急ぐなよ。体に悪い」

「分かってるわよ、もう。それじゃあ朝食をいただきに行きましょうか」

 

 食後はすぐに向かうということで、カナエは隊服に着替えて荷物も纏めた。誠もそれに合わせて隊服に着替え、カナエと朝食を済ませる。

 

「誠さんは着替える必要あったの?」

「一応な。気持ちを切り替えるためだよ」

「ふーん?」

 

 それ以外にもありそうだと疑うも、大したことでもないのだろうと見切って、カナエはすぐに引き下がった。朝食は消化に優しいものが多く、かつ腹持ちの良い料理も用意されていた。それを丁寧に、それでいて可能な限り早く食べ終える。

 誠もカナエが刀を受け取るところまでは同行し、里から帰っていくところで別れを告げた。

 

「カナエ、気をつけろよ」

「うん。それじゃあまた後で」

 

 カナエの見送りを済ませた後、一人ではどうにも時間を潰せないなと誠は頭を悩ませた。その結果鉄井戸の家を訪れ、一つ興味本位で聞いてみた。

 

「乃木利永と面識は?」

「あるよ。利永はこの里に家を作っていたからね。道順を知らない上に、全然来ないような場所だっていうのにな。変わった男だ」

「その家の場所は?」

「お前さんは家庭訪問でもしに来たのかい?」

「違います」

 

 利永の隠れ家の一つ。本当か曖昧だった情報だったのだが、どうやら当たっていたらしい。誠はその場所を聞き、鍵をこじ開けて中に踏み込んだ。質素な作りをしている内装で、特に怪しいものもない。何か残していないかと探し続け、やがて床の一部が改造されていることに気づく。そこには利永が遺した手紙があり、誠はそれに目を通していった。

 そこに書かれていたことに目を見開いた。なんとも驚愕的な内容だ。こんなものにわざわざ嘘は書かない。ならばこれは事実だ。

 

「利永さん……あなたは……」

 

 思わず手紙を握る手に力が入る。頭を振って自分を落ち着かせ、利永の家から出たところでふと足を止めた。

 

──まだ里に留まる予定なのに、なぜ隊服に着替えた?

 

 気持ちを切り替えるため……違う

 

──カナエを信じているのに、なぜ胸騒ぎがする?

 

 鬼の出没情報が少ないから……違う

 

 答えはただ一つしかない。

 

「ッ! カナエ……!!」

 

 誠は急いで欽波家へと向かった。人の間をすり抜けるように走り、時には屋根の上を走る。全速力で、一秒でも早く着くために。必要なものがそこにあるから。

 欽波家へ着くと、誠は弾くようにドアを押し開けた。中にいたかなよと鉄心が飛び跳ねて驚き、誠の姿を見ると二人とも違った反応をする。鉄心は睨みつけ、かなよは誠の様子を気にかけた。

 

「おま──」

「頼む! 刀を渡してくれ!」

 

 鉄心の言葉に被せるように、誠は要求を口にした。土下座して、地面にヒビが入るほど強く頭を打ち付ける。その姿に鉄心も言葉を失う。かなよは状況を理解するため、誠に説明を求めた。しかし誠も説明には困る。確かな証拠など示せない。ただ自分の中でそうなのだと確信があるだけだから。

 

「カナエが危ない! だから俺に刀を渡してくれ!」

「仰ってる意味が……午前中に胡蝶様が出立されたことは聞いていますが」

「お願いです。今はただ刀をください。俺はカナエを失いたくない……!」

 

 説明になっていない。それもそうだ。納得のいく説明をこの場でする事など不可能なのだから。ただ、かなよは誠に刀を渡すのを渋っているわけでもない。状況を飲み込みたかっただけだ。そして、額から血を流すほど強く頭を打ち付け、カナエの身を案じている誠を疑うこともしなかった。誠に演技などできない。それをかなよは見抜いていた。

 

「鉄心。泰富さんに刀を渡しなさい」

「え……だって……」

「欽波さんの仇は必ず取る。だけど、その前に……頼む!」

 

 地面のヒビがさらに広がる。鉄心は誠の前へと近づき、その頭を上げさせた。

 

「約束だぞ! 父ちゃんの仇を取ってくれよ!」

「ああ。約束だ」

「これ、父ちゃんが今までで一番会心の出来って言ってた」

「欽波さんが……。本当にありがとう!」

「もし刀が折れても、俺が作ってやるからな! 父ちゃんより凄えの作ってやるから!」

「心強いよ」

 

 誠は欽波家を後にして里の外へと駆け出す。里の場所が分からずとも、どう進めばどの町に着くのか知らずとも、カナエがいる方向は漠然と掴めていた。

 カナエの担当区域までの距離は不明。どれだけ時間がかかるのか不明。利永の手紙の衝撃が強く、また鉄井戸の家でゆっくりしてしまった。さらに、里を出る際に隠とひと悶着あったせいで時間がかかり、すでに日が傾いている。

 

「土佐右衛門!」

「呼ンダカ!」

「お前、カナエの担当区域は知ってるか!?」

「知ッテルゾ! 俺ハ全柱ノ担当ヲ知ッテルカラナ!」

「頼む!」

「頼マレタ!」

 

 土佐右衛門が、飛びにくいだろうに木々の間を飛んで誠を誘導してくれる。そもそも、呼んだ時に木の上から来てくれただけでも、土佐右衛門の良さが見えている。土佐右衛門は全力で飛び、誠もそれを全力で追いかける。奇跡か必然か、土佐右衛門と誠の移動速度は同等だった。どちらかが合わせるということもなく、文字通り最速でそこへと向かうことができるのだ。

 ただ、一つだけ悲劇的なのは、刀鍛冶の里からカナエの担当区域が、最も距離があるということだ。しかも、担当区域に入れば終わりとはならない。柱の担当する区域は広大で、そこからさらにカナエの居場所へと移動しないといけなかった。

 

(間に合え……!)

 

 ノンストップで何時間も走り続けた。土佐右衛門も文句を言わずに全力で飛び続け、いつもなら軽口を叩きながら飛ぶのに、今回は無言で飛び続ける。

 夜が深まり、道中で何度か鬼の足止めに合う。誠はそれを相手する気もなく、すぐに首を飛ばせないのであれば、手足を切り裂いて移動を再開していた。そうして何時間も移動を続けていると、夜明けが近づいてきているのが分かってくる。

 

「モウスグ!」

「ここまでくれば後は分かる! お前はしのぶを呼んでこい!」

「ショウチ!」

 

 町へと突入する。この町のどこでカナエが戦っているのか。誠はさも知っているかのように、一直線にそこへと向かう。建物の間。路地裏。そこを走っていると、前方に人影が見えた。見間違うはずもない。それはカナエの後ろ姿で、その前方に鬼がいる。

 

(間に合──)

 

 その光景を信じたくなかった。

 

 視界から色が消え、世界から音が消える。

 

 折られたカナエの刀。飛び散る鮮血。崩れ落ちる体。

 

 それを笑って見ている鬼

 

「ーーーッ!!」

「おっと。新しいお客だ──」

 

 その鬼、童磨の意識を強制的に外し、その腹に飛び蹴りを叩き込む。童磨は後方へと大きく飛ばされ、その間に誠はカナエを抱き留めた。

 

「カナエ!」

「誠さん……来ちゃった、んだ……」

「喋るな。すぐにしのぶが来てくれる。だから!」

「……誠さん、どうか怒りに沈まないで……。ゴホッ、あな、たは……それに落ちちゃいけない」

「喋るな! 頼むから……!」

「姉さん!」

 

 土佐右衛門の案内でしのぶも駆けつけ、カナエの様子を見てすぐに治療を始める。カナエはそれを手で制した。

 

「駄目……私はもう、助からないから……。治療品を、無駄にしないで」

「そんなこと無い! 姉さんを助けるから! 絶対死なせたりなんかしないから!」

「……っ、しのぶ。カナエを頼む」

「ぇ……」

「夜明けまであと10分ほど。あの鬼は諦めてない。ちょっと狩ってくる」

「っ! 誠さん! だっゴホッ……かはっ……」

 

 蹴り飛ばされた童磨が、変わらずケタケタ笑いながら歩いてこちらへと向かってくる。夜明けまでの10分で、ここから日の当たらない場所の移動を考えても、おつりが来ると思っているのだ。

 カナエとしのぶから遠ざけるため、誠の方から童磨へと駆け出す。

 

「男の子には興味ないんだけど。稀血ならまだしも」

「余裕ぶっこいて死ね!」

「おっと、加速するんだ。凄いねぇ」

 

 誠の攻撃を完全に見切り、嘘くさい感嘆を漏らす童磨に誠はさらに殺意を高めた。童磨は対の扇を構え、笑みを絶やさずにそれを受け流す。

 

「そんなに怒っちゃってどうしたんだい?」

「黙って死んどけ!!」

「やれやれ、血気盛んな子だね」

 

──血鬼術 蔓蓮華

 

 氷でできた何本もの蔓が誠へと襲いかかる。

 

──空の呼吸 参ノ型 虚空・閃乱

 

 それを全て狙いをズラさせ迎撃する。童磨は最初の蹴りで誠の強さを理解していた。簡単に倒せる相手だと。手を抜けば、ある程度楽しめるぐらいの強さしかないのだと。しかし誠は全て迎撃してみせた。その仕組みが童磨には分からず、楽しそうにニヤけた。

 

「面白いね君」

「楽しむ気はない」

 

──雷の呼吸・偽 鳴神

 

 誠の気配が増幅する。その存在による威圧感が増し、先程までと同一人物か疑うほどだ。これには童磨も遊び気分をやめた。

 

「……へぇ? 楽しそうだけど、時間が足りないな。残念だけど続きは次会うことがあればやろうか」

「逃がすか!」

「残念。逃げちゃうよ」

 

──血鬼術 凍て曇

 

「くっ! ーー、~~っゲホッゲホ! っぁ……!」

 

 凍てつく程の冷気を撒き散らされ、誠は童磨を追いかけることができなかった。それだけでなく、復帰早々に体に負担をかけ過ぎたのも、追撃を諦めざるを得ない理由だった。2度目すら真菰に怒られる『虚空』の2回使用。さらに、利永が最終手段として己の生物的リミッターを外す『鳴神』。その劣化版の使用。体が内側から崩れるのは当然のことだった。

 咳が落ち着くと、吐血によって口周りに付いた血を拭う。それに合わせ、後方からしのぶが泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 誠はそこまでふらふらと歩き、しのぶの腕の中で眠るカナエを、ただただ呆然と見つめていた。

 

 

 





 次の話からまた章を変えるのですが、時間が飛びます。炭治郎たちに出てもらいます。やっとですね!

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