誠、義勇、しのぶ、真菰の四人での食事は、真菰の気まぐれで不定期的に行われる。その理由は単純に真菰のお節介なのだが、不平が出ることもなく続いている。とはいえ、義勇が自ら話をすることもなく、真菰がその場を円滑に回している。真菰は相手から話を引き出すのが上手い。いつもはそうしないのだが、必要があればそれを行うのだ。
「ごちそうさま」
「もう行くの?」
「ここに残る理由もない」
「まぁね。来てくれてありがとう義勇」
食事を終えるとすぐに義勇が帰る。真菰はそれを引き止めることもない。来てくれるだけで十分だから。もう少し、人付き合いが上手くなってほしいなとは、姉弟子ながらに思っている。立ち去っていく義勇をしばらくしのぶが目で追い、「だから嫌われるのよ」と呟いた。
「しのぶは優しいよね」
「は? 何がですか?」
「いつも義勇を助けてくれてありがとう」
「そんなつもりはありません」
そのお礼は筋違いだと跳ね除け、しのぶは飲み物を口に含む。それでも真菰は笑みを崩さず、もう一度だけお礼を言った。何でも見通してそうなその瞳は、しのぶが作る壁をすり抜けてくる。それでいて不快には思えないのだから、悪態もつけない。それをくすぐったく感じ、しのぶは目を逸らした。
「誠はしばらく滞在するよね?」
「いや、俺も出るよ。足取りが掴めなくなったし、その手がかりは見つけないといけない」
「そっか。みんな帰ってくるのを楽しみにしてたんだけどな~。それなら仕方ないね。私の方から言っとこうかな。みんなより仕事が大事みたいだよって」
「残ります」
「ふふふ、体を休めることも任務だよ」
真菰の牽制の前に、誠は呆気なく白旗を上げた。完全に尻に敷かれてるなぁとそれを眺めながら思い、誠が大概押しに弱いことをしのぶは思い出していた。
(押しに弱いというか。完全に丸め込められてるわね)
食器を洗い、お茶を入れ直して一服する。誠ほどではないが、しのぶも真菰相手にあまり強く出られないでいた。当然のことながら、自分の体調を管理するためには、自分の状態を把握していないといけない。鬼殺隊の中で最も医学に精通しているしのぶは、誰よりも人間の体のことを理解している。だからこそ、突かれるのが弱いのだ。
「しのぶも少しはゆっくりしなきゃね」
真菰は別に医学に精通しているわけじゃない。その知識量は、看護士としてしのぶを手伝っているきよたちと同じくらいだ。それでも、真菰の観察力はずば抜けていた。何でもお見通しだと言わんばかりに、周りの人間の状態を見抜いていた。隠し事など通じない。疲労具合も見抜かれてしまうのだから。
「あの、真菰さん。炭治郎くんが運ばれてきたと思うのですけど」
「うん来てたね。面白いお友達も出来てて嬉しかったよ」
「そうですか。ってそうではなく」
「ちゃんと安静にしてるよ。炭治郎は素直な子だからね」
「ん? 炭治郎の友人とやらはそうじゃないのか?」
少しばかり炭治郎を強調して言ったことを聞き逃さず、他は違うのかと誠が問いかける。それに真菰は思わせぶりに微笑み、誠としのぶは首を傾げさせられた。
「二人ともいい子なんだよ? 嘴平伊之助くんは義勇が縄で縛ったんだって。その子は物を知らないだけで、思いやりのある子みたいだし、猪の頭の被り物してるの!」
「なぜそこを楽しそうに言う? あと冨岡何してんの?」
「だって珍しいでしょ? 大切な物みたいで、ベッドの上でも被って寝てるし、そこが可愛いところかな」
「可愛い……」
同性のしのぶでもその感覚は分からなかった。"思い入れのあるものを大切に肌見放さずに持っている"と言えば共感できるのだが、猪の頭の被り物と聞いてしまうとそれが薄れてしまう。
「そこを考えるのはやめておこう。真菰、もう一人の子は?」
「もう一人の子は我妻善逸くんで、しのぶが助けた子だね。結構"死"に対して敏感で怖がりみたいだけど、人のために頑張れる子かな。あ、あと求婚されちゃった」
「「……」」
真菰が嬉しそうに笑顔を弾けさせる。しのぶはその対面で笑顔を固まらせ、斜め横に座っているはずの誠へと視線を移す。しかしその場には誠がおらず、急いで振り返ると速歩で部屋を出ようとしていた。いつ如何なる時でも廊下は絶対に走らないのである。
「ちょっと落ち着いてください!」
「何言ってるんだしのぶ。俺は至って冷静だ。あまりにも冷静過ぎて脳が冴え渡っているのを感じる。なに、使命が舞い降りただけの話だよ。少しその小僧に用があるだけだ」
「全く冷静ではないですね! あとその演技似合わなさすぎて片腹痛いのでやめてください」
「お前酷いこと言うな。それはそうと手を離せ。首を斬り落としてくるだけだ。すぐに終わる」
「規律違反ですよ!? 真菰さんも笑ってないで止めてくださいよ!」
誠は女性相手に力技に出ることを決してしない。しのぶに掴まれようと、本来ならあっさりと振り払える。それでも、絶対に力技に出ないがために、しのぶに掴まれてもその場に止まるのだ。とはいえ足を止めるだけだ。ちょっと善逸に
そんな状態の誠を、しのぶ一人では止め切ることができない。発言の主である真菰にも手伝ってほしいくらいだ。だからしのぶは真菰に協力を仰いだのだが、真菰は変わらず楽しそうに笑っているだけだった。
「お二人は何をされてるのですか?」
「ちょうどよかった! アオイも誠さんを止めるのを手伝って!」
「え? え?」
まったく状況を読めずに混乱するアオイのために、しのぶが簡潔に説明した。得心がいったようで、アオイは頷いた後にチラッと真菰の方を見る。ひらひらと手を振り返され、呆れたようにため息をついてから誠を落ち着かせる。
「ご安心を泰富さん。真菰様は『心に決めた人がいるから』と断っておいででしたので」
「……」
「えっと……泰富さん?」
ガクッとその場に膝をついた誠に、アオイは困惑を顕にした。この理由を今度はしのぶが分かっている。自業自得なことで、擁護する気にもなれない。だから、追い打ちとしてアオイにそれを教えていく。もちろん誠にも聞こえるように。
「真菰さんは一人だけだと揺らがずにいるのに、誠さんはそうできないことに打ちひしがれてるんですよ」
「……あ~」
「しのぶ、お前いい性格してるよな……」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
誠自身自覚していることだ。自分がどれだけ人として最低なことをしているのかを。それを許してくれる環境に甘えてしまっていることも。異国ではそういう文化があったりするそうだが、それとこれとは別。
「はぁ、とりあえず様子を見に行くか」
「だそうですよ真菰さん」
「うん。今行くね」
真菰を待ってから炭治郎たちがいる病室へと顔を覗かせに行く。いくつかあるベッドの中で、三人が並んで体を横にしていた。アオイ曰くそれぞれが重傷だそうだ。
「あ、そうだ。アオイ。あの箱をちゃんと修繕したいんだが」
「私がやっておきますので、泰富さんはここにいる間休んでください」
「それだとアオイの負担が──」
「負担だとも思いませんし、これぐらいでしか手伝えることもないので」
「……そうでもないんだけどな」
真面目なアオイには誠の言葉が届きにくい。なにせ、才能で言えば近しく凡人同士なのだ。それでも誠は、それを弛まぬ努力で限界まで開花させ、第一線で任務を遂行している。それに敬意を抱くも、同時にコンプレックスにもなってしまっている。
そんなやり取りをしていると、炭治郎が体を起こし、それを見て善逸も体を起こした。そして騒いだ。
「真菰さんがまたお見舞いに来てくれたぁぁぁぁ!!! もしかして本当はこの前の返事は違うとかそんな展開!?」
「それはないよ」
「いやぁぁぁ!! バッサリ切られたァァ!!」
「善逸静かにしてくれ……。すみません真菰さん、善逸が騒いでしまって」
炭治郎が窘めるも、善逸の騒音がなかなか消えない。アオイが善逸を黙らせるために近寄り、アオイに苦手意識を持つ善逸はすぐさま口を閉じた。目は見開かれ、その眼は血走っている。真菰としのぶとアオイがおり、大興奮しているのだ。
真菰はそれを無視して炭治郎の側に寄り、しのぶは三人の様子を確認していた。炭治郎と真菰は姉弟弟子にあたる。再会できたことを素直に喜んだ。
「いっぱい怪我してるね。下弦の鬼は強かった?」
「……強かったです。でも、冨岡さんは一撃で倒してた。もっと強くなりたいです」
「うん、なれるよ。炭治郎も、伊之助も善逸も強くなれる。すぐには無理だけど、着実に強くなれる。絶対に誠より強くなれるから安心して」
「そこで比較対象にしないでくれないか?」
炭治郎、善逸、伊之助以外のこの場の人間は、真菰が本気でそう思って言っていると見抜ける。茶目っ気のあるように言ってはいるのだが、誠の強さというものはその程度なのだ。あと半年もしないうちに、カナヲに追い抜かれるだろうと誠も予測している。
だが、模擬戦をして誠が負けるかは話が別である。強引に相手の虚を作り出す"虚空"を使わずとも。
「ところで炭治郎。私が出した課題できてないでしょ」
「うっ……」
姉弟子に見抜かれ、炭治郎は気まずそうに言葉を詰まらせた。真菰は怒ってはいないのだが、にっこりと微笑むその笑顔に圧が生まれだしている。
「呼吸は鬼殺隊にいる限り生命線になる。その理解を深めないと強くなれないよって教えたんだけど、難しかったかな?」
「その、集中はしてるんですけど……」
「そっちに考えちゃったんだ。誠と違ってそこは問題なかったのに」
誠に視線が集まる。誠は真菰を軽く小突くも、楽しんでそれを受け流される。真菰の話についていけるのは、当時を知っているしのぶだけ。柱となった今では、「たしかにあの時の誠は酷かったなぁ」とひっそり懐かしんでいる。その話に興味が引かれなくはないが、炭治郎は真菰の指摘の方が気になった。"そっちではない"のなら何があるのかと。
「それを考えなきゃ。自分で考える力を身につけた方がいいし、今は体を治す時だからね。教えちゃったら治ってなくてもやるでしょ?」
「……はい」
「ふふっ、とりあえず今は治すこと。その後に訓練はできるからね」
「俺もか」
「もちろん伊之助も。善逸もだよ」
「えっ」
『……』
「訓練しないといけないんですか」となかなかに嫌そうな反応が返ってくる。もちろん強制はしないから、それを咎める気もない。炭治郎が善逸を説得しようとしているが、あまり頑張りたくない善逸にとって逆効果だ。というよりも、善逸が訓練にいい反応を返せないのは、育手である桑島こと『じいちゃん』に起因する。
「強い男の子ってモテるのにね。女性からしたらやっぱり強い人に守ってもらえるのは魅力的なんだけど……。ね? しのぶ」
「そうですね。男性と女性ではどうしても力の差が出ますし、どれだけ私達が鍛えても埋まりません。やはり強い殿方というのは惹かれるものがありますね」
突然話に巻き込まれても、しのぶは真菰のやり口に違和感なく便乗した。露骨なまでの釣り。誠とアオイが冷めた視線を二人に送るも、そんなものはどこ吹く風。それが真理だと言わんばかりに二人はうんうんと頷いていた。ちなみに炭治郎は「そういうものなのか。禰豆子もそうなのだろうか。それなら俺が認めるほどの相手じゃないとな」とか真に受けている。
「善逸は強くなれるし、その姿を見たら女の子たちは放っておかないと思うんだけど……」
「仕方ありませんよ。やりたくない人にやらせても意味ないですから」
「何を言っているんですかお二人は。俺はやらないだなんて一言も言っていませんよ!」
((釣れた))
やっぱ男って単純だなぁとか思った瞬間、真菰としのぶはそれぞれ別の人間を思い浮かべ、そうでもないなとすぐに考えを改めた。
(天ぷら食いてぇ)
強くなれると聞いたあたりから、周りの会話を全て聞き流していた伊之助なのだった。
「あ、泰富さんですよね? すみません! お礼が遅くなってしまって!」
「ん?」
重傷者相手に長話もよくないということで、誠たちが退室しようとすると、炭治郎が誠を呼び止める。誠は足を止めて振り返り、しのぶと真菰もその様子を見守ることにした。
「禰豆子のこと、守ってもらってありがとうございます!」
「いや、守れたわけじゃないんだけどな。結局不死川のやつに刺されたし。原因俺だし」
「いえ、でも禰豆子が鬼でも信じてくれましたし」
「真菰から話は聞いてたからな。それに、利用してるだけだぞ?」
「……それでも、事実は変わりません。むしろそちらが建前ですよね?」
「…………はぁ。頑固なやつ。とりあえず受け取っておくよ」
「はい!」
決めたことは意地でも貫く芯の強さ。頑固とも言えるが、太陽の如き眩しさがそれを帳消しにする。心が強く、人に優しい。そんな炭治郎だからこそ、今の誠にとってキツイものがあった。
炭治郎の嗅覚でも、善逸の聴覚でも誤魔化されるほどの演技。平然としてる様子を見せ、部屋を出ていった。付き合いの長い真菰やしのぶで、ようやく勘づく程度だ。伊之助も含め、三人が気づけないのも無理はない。なにせ、読み取るためのモノが存在しないのだから。
「うん? どうしたんだ善逸。途中から静かだったけど」
「……炭治郎……」
「?」
「しのぶさんの音なんだけどさ」
「うん」
「…………めっちゃくちゃ
炭治郎の心配はどこへやら。どうやら善逸は絶好調だった。
それから数日。先に炭治郎と伊之助が治るという予測を覆し、脅威の回復力を見せた善逸が同時に復活。三人同時に機能回復訓練を始められるようになった。これにはしのぶも驚くものの、そのまま流れるように善逸を大絶賛して機能回復訓練へと向かわせた。
「来ましたね。それでは蝶屋敷での機能回復訓練を説明致します」
そこでは、看護士三人組こときよ、すみ、なほの三人とアオイ。そしてしのぶの継子であるカナヲと真菰が待っていた。蝶屋敷にいる女性陣ほぼ総出である。善逸はこの時点で発狂して喜んだ。騒がし過ぎたために、真菰が弾いたおはじきを脳天に当てられて強制沈黙させられる。
「じゃあアオイ説明してあげて」
「はい。まずはあちらで固まった体を解してもらいます。あの子たち三人が施しますので、指示に従ってください」
アオイに紹介され、三人娘は「えいっ」とやる気を示す。炭治郎と善逸はそれを見て和んでいた。それぞれ理由は違うのだが。
「体を解し終えましたら、こちらで反射訓練を行ってもらいます。茶飲みの中には薬湯が入っていて、それをどちらかがかけられるまで続けてください。相手が茶飲みを持ち上げる前に上から手で抑え、防いでもらっても構いません。最後は鬼ごっこをしてもらいます」
「あ、ちょっと待ってもらっていいですか」
「質問ですか?」
「いえ。少しだけ時間をください」
善逸の要望が分からず、アオイは真菰に判断を仰いだ。真菰はそれに頷いて返し、善逸の要望が飲まれる。その瞬間善逸は炭治郎と伊之助を掴んで外に出る。逃亡かとアオイが焦るも、そうではなさそうだと真菰に止められる。
しばらく待つと善逸の大声が外から響いてきた。その内容が内容だけに、驚きからすぐに蔑みへと心境が変わっていく。
「男の方ってああなんですか?」
「人それぞれだと思うよ。誠は違うし、炭治郎と伊之助も違うからね。善逸は正直な子だね~」
さらっと受け入れる真菰に妙な感心を抱いていると、やる気を見せる善逸が返ってくる。炭治郎と伊之助のやる気が相対的に低く見えるのは、案外見間違えじゃないのかもしれない。
「あ、そうそう。アオイに勝てた人はカナヲと勝負。カナヲに勝てたら私と勝負ね。私は鬼ごっこだけだけど」
「ヒャッホゥ! 俄然やる気が出てきたァァァ!!」
「ふふっ、手加減とかしないよ。誠以外の異性に触られたくないし」
「カハッ!! あの人……次会ったら許さねぇ……!」
「紋逸は放っておいて始めようぜ」
血涙を流す善逸をよそに、早く訓練を始めたい伊之助の意見に賛同して機能回復訓練が始まる。そしてまず最初の体を解す段階で絶叫が響き渡るのだった。
炭治郎たちが機能回復訓練を行っている頃、誠は蝶屋敷内のある一室の前で佇んでいた。鍵がかかっているわけじゃない。襖なのだから、簡単に開けることができる。それでも、誠はその戸に触れることすらできなかった。
「入りたいなら入ればいいんじゃないですか?」
「……しのぶ……」
「1ヶ月半ぶりの帰宅ですし、次はいつ戻ってくるか決めていないのであれば尚更ですよ」
「……そう、なんだけどな」
「はぁ。とっとと入りなさい!」
「いでっ!」
素早く戸を開け、回し蹴りで誠を中に叩き込む。振り返った時には戸を閉められている。だがそこにはしのぶの気配があって、すぐに出ることは許さないという意志が表れていた。
『誠さんにはそれが必要なのだから。せめて
「……ありがとうしのぶ」
それを聞いて満足したのか、しのぶは部屋の前から立ち去った。誠もすぐにここから出ようという気が失せていた。
部屋の中を見渡す。何も変わらない。1ヶ月半帰ってこなかったが、この部屋に何かが増えたわけでもなく、何かが無くなったわけでもない。いや、1ヶ月半じゃない。この部屋は、
誠がこの部屋に訪れた回数は少ない。両手で数えられる程度だ。異性の部屋などそうそう入る場所でもないのだから。用があって呼びに来ることはあっても、自分から中に入ろうとはしなかった。言われたら入る。それだけだ。
「ただいま……カナエ」
返事など帰ってこない。それでもそう言わずにはいられなかった。
この部屋に入ったときに、いつも座っていた場所に座る。何も変わっていないのだ。見える景色が変わるわけもない。そのはずなのに、誠の視界ではこの部屋が別の部屋に映っている。モノクロの部屋で、明かりらしい明かりがない。ただ白と黒が織りなしているだけの部屋。差し込んでいるはずの陽射しも映らない。
「ごめん、少し疲れた……。ここで休ませてくれ」
それでも、ここは誠にとって数少ない安らげる場所の一つだった。