月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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3話

 

 機能回復訓練は、炭治郎だけが順調だった。というのも、カナヲ相手に全員が勝てず、負け続けたことに伊之助が意気消沈。真菰としのぶによる発破の効果が薄れ、善逸も「俺にしては頑張った!」と開き直って離脱。それに対して真菰たちは何もしなかった。どうするかは本人次第。意志無き者にやらせても身につかないからだ。あとは、「炭治郎一人だけが強くなればあの二人も焦るだろ」という真菰の狙いもあったり。

 

「……勝てない……」

 

 その肝心の炭治郎もカナヲという壁を超えられずにいた。カナヲの動きについていけず、捉えることもできない。毎日薬油をかけられ、毎日鬼ごっこで敗北する。それでも諦めずに挑み続ける炭治郎の姿に、きよたちの三人が心を動かされる。

 

「炭治郎に助言したいの?」

「ひゃっ!?」

「ま、真菰さま!?」

「いえ、あのっ!」

 

 三人で話し合っているところに、突然真菰が現れる。その登場の仕方に動揺し、なぜか「悪いことを企てているのが見つかった」という心境に陥る。真菰が炭治郎たちに、自分で考えてほしいと思っているのも知っているから余計にだ。気まずそうに真菰の顔色を窺う三人だったが、真菰はそれを止めなかった。

 

「教えてあげていいよ」

「えっ!?」

「いいんですか!?」

「うん。炭治郎がいろいろ考えてるのは見てて分かってるし、変な方向にいかないように、そろそろ教えてあげる頃合いだったから。お願いしていい?」

「「「はい!」」」

 

 笑顔を弾けさせて駆けだしていく三人を、真菰も笑顔で手を降って見送った。炭治郎たちができていないのは"常中"だ。それは基礎体力の上昇にも繋がる。十二鬼月に勝てるようになりたいのなら、それができないと基本話にならない。

 

「カナヲも頑張らないとね? あの子たち、びっくりするぐらい成長するよ」

「競争しようとは思いません」

「あはは、張り合えってことじゃないよ? 意識して高め合えばいいってこと」

「……よく分かりません」

「今は、ね」

 

 その日から炭治郎は"常中"を使えるようになるための特訓を開始した。寝ている時も使えるようにするために、きよたちに夜の間見張ってほしいと頼むほど真剣に。時折真菰がその役割を交代したのだが、その時の炭治郎は意識し過ぎて睡眠不足になっていたり。

 ある日の夜、炭治郎が屋根の上で特訓していると、隣にしのぶが舞い降りる。その事に驚きはするも、呼吸を続けられている。炭治郎はしのぶ相手に気になっていたことを聞いた。怒っているのかと。

 

「すみません、そんな匂いがしたので」

「……そうですね。えぇ、私は怒ってるんだと思います。鬼に対する嫌悪、憎しみが消えません。初めて鬼を知った時、それが両親を亡くした時でその時から鬼を嫌っています。最愛の姉は、君のように優しい人でした。鬼に対してすら同情するような、可哀想だと言うような人です」

 

 姉の話をする時は僅かに口調が優しくなる。それだけ姉のことが好きなのだ。最愛の姉である。それを炭治郎は目と耳と、そして匂いで察する。

 

「……あの日、姉さんが鬼に敗れてからはさらに憎しみが増しました。でも、姉さんはその鬼ですら哀れんでいた。その考えは間違っているのかもしれない。それでも、その考えを引き継がなければと思ったんです」

 

 視線を落とし、吐露するようにしのぶが話を続けていく。堰き止められた水が流れるように。

 

「憎しみを抱えつつ、鬼と仲良くしようと思う。その相反する考えに、私は疲れちゃいました。……誠さんもその思いを引き継いでくれているようですが、それでも疲れちゃうんです。だから、炭治郎くんに託そうと思いまして」

 

 しのぶは隠すことなく、疲れた笑みを浮かべて炭治郎を見やる。

 鬼になっても、妹である禰豆子のことを大切にする炭治郎。その優しさがどれ程のものなのか知っている。自分の命を狙った鬼ですら殺す事に躊躇していたという話も、しのぶは真菰から聞いている。最終選別で、カナエがあまり鬼を斬ろうとしなかったことも知っている。炭治郎の優しさはカナエに並ぶものだ。だからこそ、託したいと思った。

 それを炭治郎は引き受ける。引き受けはするのだが、また一つ疑問が生まれた。誠の話をする時に、また匂いが変わったのだ。

 

「あの、違っていたらごめんなさい。泰富さんのこと嫌いなんですか?」

「そうですよ」

 

 当たっていた。即答で笑顔で力強く言われた。

 

「別にあの人個人が嫌い、というわけでもないんですけどね。むしろ素の部分は好きな方ですよ」

「えっと……じゃあなんで嫌いなんですか? お二人っていつからの付き合いなんですか?」

「ぐいぐい来ますね」

「す、すみません」

「ふふっ、いいですよ。その辺りも話しておいた方が、もう一つの話もすんなりできますので」

 

 しのぶがこうして炭治郎と二人きりになっているのは、思いを託すことと別にもう一つ理由があった。それは今から話す誠についてだ。

 

「出会ったのは最終選別の時です。私と姉さんと誠さんは同じ最終選別を受けていました。ちなみに、真菰さんと不死川さんもですね」

「あの二人も……」

「まぁそこについては話しませんが、誠さんは姉さんと行動を共にしていたそうです。最終選別の前に真菰さんとは仲良くなっていたとか」

 

 その辺りを細かく話す気はなかった。しのぶは誠と出会ったのが六日目ということもあるが、この話は誠にとっても、真菰にとってもデリケートな話だからだ。

 

「まず、誠さんは元来優しい人間です。それは炭治郎くんや姉さんに近いほどに。そして……心が脆い人でもあります。人は悲劇に耐えられる限度が違います。悲しくても、打ちひしがれても、自分を奮い立たせられる人とそうでない人。誠さんは後者でした」

 

 鬼殺隊に入った者としては、それは珍しい部類に入る。この世界では残酷なことが多い。理不尽な別れもある。それに耐えられない精神力で戦っていけるはずがないからだ。

 

「誠さんにとって友人の死は耐えられなかった。あの人はその時に心が壊れています。それでも生き残り、友人の思いを引き継ぐという使命を己に課した。それが当初、誠さんを動かす原動力でした。あの時の印象はまさに"生ける屍"でしたよ」

 

 真菰はすぐに誠の状態に気づいた。距離感を調整し、壊れた誠の心を癒やした。誠を支える存在となり、それでいて成長を促そうとしていた。だが、最終選別で真菰は片腕を失い、最終選別に纏わる全ての記憶を失った。誠のことも、カナエのことも、何もかも。

 結果として、一度砕けた心にそれは手酷い追い打ちとなり、誠は廃人と化して死の一歩手前までいった。それをカナエが止めた。最終選別で共に行動していたのもあり、カナエの存在も誠にとって大きかった。だから止められた。

 

「誠さんは今も限界に達しているんですよ。数年かけて癒やされたはずの傷でも、姉さんのことがあったので」

「お二人はどういう関係だったんですか?」

「……姉さんと誠さんは、結婚するはずだったんです」

「ぁ……」

「姉さんに相談を受けましたからね。姉さんがそのつもりだったことは知ってますし、誠さんも断らないと分かっていましたから」

 

 だが、花柱であるカナエが寿退職するわけにもいかず、誠と話した結果『鬼舞辻無惨を倒せたら、もしくは現役を引退したら』という予定だった。

 

「悔みきれないんです。私も誠さんも。蝶屋敷は誠さんにとっても帰ってくる家です。今は真菰さんもいますからね。それでも、今のあの人の心を完全には癒せない。……炭治郎くん。なぜ誠さんが柱じゃないか分かりますか? 柱になれる実力を持っているのに」

 

 突然の問い。話の流れを聞いているからこそ、炭治郎はその答えに検討をつけることができた。

 

「心の問題ですか?」

「はい。"影"の役割を担わないといけない、という理由もありますが、そちらの方が大きいでしょう。柱は隊を支える存在です。ですが誠さんはその余裕がないので。それにあの人は、鬼への敵意が薄いですから」

 

 誠は無惨を憎んではいない。憎んでいる相手は童磨のみで、嶺奇は倒さなければいけない相手と考えている。諸事情により、黒死牟への敵意もまた薄い。その意識の違いは、隊員たちの士気に関わる。そういった理由の他に、本人が柱の器ではないと割り切っているのもある。

 話を長引かせてしまったとしのぶは立ち上がり、最後に炭治郎にもう一つのお願いをする。

 

「炭治郎くん。今の誠さんは演技で保っているだけです。自分に使命を課すことで体を動かしているだけに過ぎません。行動理由に感情が伴わなくなってしまっています。ですから、あまりあの人を追い詰めないであげてください」

「追い詰めるだなんて……ぁ、もしかして……。ごめんなさい。以後気をつけます」

「謝る必要はありませんよ。誰が悪いという話をするのであれば、あの鬼が悪いという話になりますから。お邪魔してしまってごめんなさい。訓練頑張ってくださいね」

「はい!」

 

 しのぶが屋根から飛び降り、炭治郎は聞いた話をひとまず整理してから意識を訓練へと戻していった。

 

「……しのぶは優しいね」

 

 

 それから数日。炭治郎が常中を習得したことにより、カナヲと張り合えるようになった。反射能力を鍛える訓練で初めて炭治郎がカナヲに勝ち、それを知った伊之助と善逸が焦りを覚える。そこでしのぶに乗せられて大奮起。炭治郎に遅れること九日で常中を習得した。

 

「よっしゃぁ! 真菰さんへの挑戦権を得た!!」

「うん? じゃあやろうか」

 

 その事に一番喜んだのは、もちろんの事ながら善逸だった。周りの白い目を一切気にすることなく、むしろ「応援されてる!?」とか勘違いして真菰との鬼ごっこに挑んだ。カナヲに勝った時よりもさらに動きが洗練され、その素早さや鋭さに炭治郎たちは目を見開く。

 

 だが、それでも真菰を掴まえることはできなかった。触れることすら叶わず、終始翻弄され続けた。

 

「今日は駄目でも明日なら!」

「できるかもね~。しのぶくらいに速くなれば」

(あ、無理なやつだ)

 

 さらっと遠回しに無理だと現実を叩きつけられる。それでも挫折することなく、いつかできるんじゃねと希望は捨てていなかった。そんな様子を珍しく大人しく見ていた伊之助が、満を持して行動を起こした。

 

「おい真菰! 俺様と勝負しろ!」

「鬼ごっこ……じゃなさそうだね」

「たりめぇよ! 真剣で勝負だ!」

「なっ! 何を言っているんだ伊之助! 真菰さんは片腕なんだぞ!」

「別にいいよ。真剣は危ないし、伊之助の刀は届いてないから木刀にしよっか」

「真菰さん!?」

「おっしゃあ! 手加減なんてしねぇぞ!」

 

 伊之助は、ただ鬼ごっこすることにちょっと飽きていた。何かないかと考えていたところで、善逸が真菰と鬼ごっこを始め、その動きを見ていて確信したのだ。真菰の動きが、剣士のそれであるのだと。

 強者には挑まずにいられない。ただひたすら強くなりたい伊之助らしい言動だ。

 真菰はアオイたちが止めるのも聞かず、一度だけだからと押し通して木刀を用意させた。真菰のための一本と、伊之助のための二本を。

 

「カナヲさん止めてくださいよ……! このままじゃ真菰様が……!」

「大丈夫。たぶん」

「たぶんじゃ駄目ですよー!」

 

 なほに頼まれるも、カナヲも止めることはなかった。それどころか、見てみたいと思っていた。真菰は模擬戦であれ戦うことはない。それは周囲の誰もが真菰に頼まなかったから。カナヲは継子だからしのぶに頼む。しのぶも、継子だった時は姉であるカナエに頼んだ。カナエは誠や他の柱と稽古していた。だから誰も今の真菰の実力を知らない。おそらくは誠でさえ知らない。誠は真菰が戦うことを嫌がっているのだから。

 

(……あ、これ誠さんが怒るやつ……)

 

 それに気づくのが遅かった。アオイたち四人は最初から気づいていた。だから止めたかった。

 だがもう間に合わない。渋々認めた炭治郎が善逸と審判役になり、開始の合図を出していた。

 

「猪突猛進!」

 

──獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き

 

「甘いよ」

「は……?」

「「!?」」

 

 何が起きたのか炭治郎たちは分からなかった。伊之助がいつものように突っ込んだところまでは見えていた。真菰に接近した次の瞬間、伊之助は天井へとめり込んでいた。

 

(今の──)

 

 カナヲは何とかそれを見ることができた。真菰が行ったことを言葉にすれば単純で、伊之助の攻撃を受け流し、力の流れを上へと誘導しただけである。

 それをその身で受けた伊之助は、遅れてそれを細かく理解した。伊之助は猪に育てられた経験から、走る時に低姿勢になる。そこから攻撃を繰り出す際に、その姿勢のまま繰り出すのではなく、姿勢を少し上げて繰り出している。つまり、伊之助の力は横から斜め上へと変わっていくのだ。

 真菰はその勢いを殺すことなくさらに上へと導き、そこに自分の力も加えて伊之助を天井に弾き飛ばしたのである。水の呼吸の技の一つ。水車の応用だ。

 

(でも、力はない(・・・・)

(片腕ってのもあるんだろうが、元々力が弱い方だな)

 

 カナヲと伊之助の分析は当たっていた。真菰は他の隊士に比べて非力である。その証拠に、伊之助は真上ではなく、真菰の後方の天井へと飛ばされていた。だが、それを補いきれる技量が真菰にはあった。習得した水の呼吸が、相手の力をも利用するものであるため、真菰に非常に合っていると言えた。

 

「ハハハハ! 面白ぇ! やっぱ強えな!!」

「あはは、ありがとう」

 

 天井から飛び降り、臆することなく突っ込んでいく伊之助。伊之助の辞書に"待ち"という言葉はないのだ。防戦はあろうとも、常に戦う意志を示している。反対に、真菰はほとんどが"待ち"となる。片腕である以上、力勝負をすれば必ず負ける。だからそれを避けるために、そのほとんどを"待ち"へと回すしかないのだ。

 伊之助は真菰のその戦い方に落胆することはなかった。自分から仕掛けなければ戦いにならないというのは、人によってはやる気を削がれるだろう。しかし伊之助はどんどん戦意を向上させていった。

 

──獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き

──水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

──獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み

──水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

──獣の呼吸……

──水の呼吸……

 

 伊之助が繰り出す技に対して、有効的な技を繰り出して迎撃する。さらには、迎撃ついでに毎度伊之助に一撃入れていた。

 

(ハハハ!! こいつ、底が見えねぇ!!)

 

 伊之助は戦っていて実感できた。真菰本来の戦い方は、もっと攻勢に回るものであると。自分から動き、相手を揺さぶり、有効打を叩き込む。それが真菰の戦い方だった。今は片腕だからそれができなくなっているだけ。さらには、"現状でもその持てる力の全て発揮していない"ということも、伊之助は見破った。

 

「そんだけ強けりゃ現役でもいけるんじゃねぇの!」

「そうはいかないのが現実だよ」

 

 現役を引退した者たちは育手になることが多い。そして、その育手の中には「まだ現役でもいけるだろ」と思わせる実力者たちもいる。だが現役復帰はない。戦いを経験し続け、もう無理だと判断したから引退するのである。真菰は隊士になったことがないが、無理だと分かっている。

 

「へっ、そうかよ!」

 

──獣の呼吸 捌ノ牙 爆裂猛進

──水の呼吸……

 

「そこまでだ」

「っ!」

「あれ、来たんだ」

(こいついつ来た!? 感じなかったぞ……!!)

 

 伊之助と真菰の間に誠が割って入る。伊之助の腕を掴んで動きを止め、反対の手で真菰を遠ざける。伊之助は誠に邪魔されたことに憤慨し、次は誠だと突っ込もうとしたところで炭治郎に羽交い締めにされる。

 真菰はその様子を楽しそうに見ていたが、誠は呆れていた……わけでもなかった。その目は明らかに冷ややかだった。静かに怒りを灯している。善逸は耳で気づき、炭治郎は匂いで、伊之助は空気感で気づいた。バレたら怒られると分かっていたアオイたちは、どうにかならないかと冷や汗を流していた。その場で唯一、真菰だけは困ったように笑った。

 

 誠に初めて怒られるから。

 

「なんで模擬戦なんてしてた」

「少しくらいは付き合ってあげようかなって」

その体でか(・・・・・)

「うん」

「お前は──」

「おい! 真菰が片腕だからってなんだ! すっげえ強えんだぞ!」

 

 隻腕の身で戦ったことに、誠が怒っている。擁護としてはどうなのだという言葉ではあったが、それで怒るんじゃないと伊之助は抗議した。伊之助のその言い分は、分からなくはなかった。訓練を施す側で、実力があるのだから相手になってほしい。強くなることを目指す者であれば、そう頼むのも不思議じゃない。

 だがそれは、誠の怒りの理由とはズレていた。それは説明せねば誰も分からないこと。誠は手短にそれを教えることにした。

 

「真菰が強いことは知ってる。俺は片腕で戦うなと言ってるんじゃない」

「はぁ~!?」

「伊之助態度が失礼過ぎるぞ!」

この体で(・・・・)戦うなって言ってるんだ。真菰は戦えるような体じゃないんだから」

「は?」

「え……それって、どういう……」

 

 全員が耳を疑った。炭治郎たちはもちろん。カナヲたちでさえ、誠のその言葉に困惑していた。そんな話は一度も聞いていない。

 

「……知ってたんだ?」

「当たり前だろ。俺が気づかないと思ってたのか?」

 

 軽く目を伏せる真菰を誠は軽く小突いた。炭治郎たちは意識を真菰へと集中していった。そして気づいた。真菰の体の調子が一気に崩れていっていることに。

 

「さすがだね。……ちょっと、休むね」

「ああ。ゆっくり休め」

 

 誠に身を委ねて眠りにつく。さっきまで平然としていたのが嘘かのように、真菰は汗を大量に流していた。呼吸も乱れ、体が熱を帯び始める。重い病と似たような状態だ。

 真菰を部屋へと連れて行き、看病をすみに任せる。その様子を見守りつつ、誠は炭治郎たちに真菰のことを話した。二度と同じことをさせないために。

 

「真菰が片腕になったのは最終選別の時だ。異形の鬼に襲われてな」

「あっ! もしかして手がいっぱいあった鬼ですか!?」

「そうだ。炭治郎も会ったのか?」

「はい。鱗滝さんがくれる面。あれをつけてる人は必ず襲うようにしてたみたいで、何とか勝てましたけど」

「そうか。……ありがとう炭治郎」

「っ! はい」

 

 その一瞬だけ、誠が別人に見えた。とても優しい匂いがして、炭治郎はしのぶに言われたことを思い出して理解する。その一瞬で見えた姿。それが本来の誠の姿なのだと。

 

「話を戻すと、真菰はその時に腕と記憶を失った。記憶に関しては防衛本能でも働いたんだろ。それで、真菰は隊に入ることはなかった。模擬戦もしない」

「なんで?」

「刀を構える。その動作だけで消えた記憶が刺激されるからだ。感情が先に蘇り、『辛い』『痛い』『怖い』そういった思いだけが真菰の心を蝕み始める。精神的にキツイはずだ。そして肉体的にも」

「肉体……あっ! 片腕だから(・・・・・)!」

「そういう事だ」

 

 アオイがそれで理解する。他の全員は首を傾げた。隊士ではないきよたちにはちんぷんかんぷんで、しばらくすると炭治郎たちは勘付き始めた。だが漠然としていて、言葉にはハッキリできない。そこを誠は説明した。

 

「呼吸は本来、十全な体で使うもの(・・・・・・・・・)だ。体を欠損した人がすぐに引退するのもそれが理由になる」

「呼吸を使うと体温が上がり、心拍数も増えます。簡単に言えば、血の巡りが早くなっているんです。ですがそれは四肢全体に行き渡らせるもの。真菰様のように、片腕を欠損されていれば、本来左手の指先にまで行き届いてから心臓に返ってくるはずの血が、すぐに返ってくるということになります。それがそのまま負担になるんでしょう」

 

 欠損者用の呼吸があれば話が変わるのだが、生憎とそんな呼吸は存在しない。善逸の育手である桑島の引退理由も、片足を失ったからだ。「じいちゃん義足つけてるし、それなら戦えるんじゃね?」とか善逸が思っていても、現実がそうじゃなかったのはこれが理由だ。

 誠が訓練に打ち込んでいた2年間。その時に一度だけ真菰が刀を構えようとしたことがあった。結局真菰はそれを諦めたが、誠はその時に真菰の状態を知った。

 

「そんなわけで、真菰は戦える体じゃない。数分程度はいけるようだが、見ての通りあの状態になる」

「……ごめん……なさい……」

「伊之助……」

「まぁ……分かってて引き受けた真菰に責任がある。真菰はああ見えて体を動かすのが好きだからな。久々に思いっきり動いてみたかったんだろ」

 

 

 「本当にそうなの?」みたいな視線が誠に集まる。普段の真菰の様子を見ていると、とてもそうだとは思えなかったからだ。だが誠は知っている。真菰がわりとアクティビティであることを。炭治郎は知らないのかと誠が視線を送り、炭治郎は少し考えてポカンと口を開けた。思い当たる節があったからだ。しかもありまくりだ。

 

「そういえばそうでした」

「まじで!?」

 

 落ち込む伊之助の背中を擦っていた善逸が驚愕する。炭治郎はそれに頷いて返し、鱗滝の下にいた頃の出来事を話していった。他の孤児たちと元気に走り回ったり、雪山の中ノリノリで炭治郎に罠を仕掛けていたり、真菰流鬼ごっこで炭治郎を負かしたり、などなど。

 善逸が築いていた真菰へのイメージが崩れる。それと同時に修正版イメージが出来上がり、「これはこれであり!」と興奮していた。猛者である。

 

「だからカナエ様と気が合ってたんですね」

「言われてみればお二人ノリノリでしたからね~」

 

 アオイたちも納得する。そういやカナエと二人でよくいろんな事企て……もとい仕掛け……もとい試していたなと。被害者は誠オンリーである。

 

「泰富さん。もしよろしければこの後お手合わせお願いしてもいいですか?」

 

 炭治郎が誠に頼み込む。

 どうやら今日の鍛錬はまだ終わらないらしい。

 

(伊之助も炭治郎も元気過ぎない? 早く禰豆子ちゃんに会いたい……)

 

 早くお開きにしてほしい善逸なのだった。

 

 




 伊之助くん。目を覚ました真菰と二人で対談。何を言われたのかぽわぽわした様子で元気になるのでした。

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