月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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4話

 

 真菰の部屋から再度鍛錬場へ。誠と炭治郎がそれぞれ木刀を持って構える。それを見守るのは、先程のメンバーから真菰とすみと伊之助を除いたメンバー。善逸は早く終わってくれという気持ちで。アオイたちは、怪我したらすぐに手当できるようにするため。カナヲは成り行きでそうなったから同行しているという状態だ。

 審判役を先程と似た形で善逸が行う。善逸はカナヲ巻き込もうとしたが、コミュニケーションに難ありということで諦めた。

 

「カナヲさんはどちらが強いと思いますか?」

「……まだ誠さん。でも、すぐ超えられると思う」

「結構厳しいんだね。あの人と付き合い長かったら肩を持つというか、評価が高くなったりしないの?」

「……あの人の戦いは"強さ"とは別」

「「?」」

 

 きよと善逸が首を傾げる。強さでは語れない戦いとは何ぞやという話だ。カナヲはそこまでは説明しなかった。なほがどちらも応援し、試合開始の合図はアオイが出した。

 

「胸を借りる気で行きます」

「全力で来い」

「はい!」

 

──水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

──(から)の呼吸 壱ノ型 断空

 

「っ!」

 

 水平に斬る炭治郎の技が、誠の上段からの一撃でかき消され、そのまま叩きつけられる。炭治郎は咄嗟に足を動かし、床に叩きつけられるのを堪えた。

 

「全力で来いと言ったろ。小手調べはしなくていいぞ」

 

──水の呼吸 弐ノ型 水車

 

 炭治郎はその状態から技を発動する。遠慮はいらないと分かり、強気に攻勢に出始めた。下段から繰り出される攻撃は、僅かに機動を逸らされた上に、誠が体をずらしたことで避けられる。着地の瞬間に横から木刀が迫り、炭治郎はそれを防ぐも足が床に着いていないために弾き飛ばされる。

 

「くっ!」

 

──空の呼吸 肆ノ型 穿空

──水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

 炭治郎は飛ばされながらも体勢を立て直し、着地と同時に誠の突きを躱し、そのままカウンターへと繋げていく。体を捻って誠の腹を木刀で薙ぎ払う。しかしそれを誠は迎撃してみせた。床を蹴り、木刀を握っている炭治郎の手を蹴り上げて狙いを強制的に外させる。誠はそのまま縦に一回転し、炭治郎はそこからさらに次へと繋げるために、自ら床を蹴って誠の上を取る。

 

──水の呼吸 捌ノ型 滝壺

──空の呼吸 陸ノ型 絶空

 

 互いに高威力の技をぶつけ合う。今回は完全に技の威力が相殺し、勢いが止まったことで流れが一旦切れる。炭治郎が距離を取り、構え直す。

 

「……? 泰富さんの戦い方……」

 

 戦いを見ていて、善逸は妙な引っ掛かりを感じた。他の隊員から、誠は柱たちに並ぶ実力があると聞いたことがあるからだ。実際に下弦の鬼も一人で討伐したという記録がある。だが、今のを見ていると、どうにもそれに納得しかねるのだ。

 炭治郎が着実に強くなっているのもあるだろう。とはいえ、未だに柱の域には到達していない。それでも、炭治郎はたしかに誠に食らいついて戦っている。炭治郎の実力が足りないとするならば、反対に考えれば自ずと答えが出る。"誠の実力が決して高いわけではない"という答えが。

 そのはずなのに、炭治郎が勝つ姿を想像できない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

(この人……やっぱり凄い!)

 

 実際に戦っている炭治郎は、その謎を解いていた。まだ誠の方が強いとはいえ、実力の差はそこまで開いていない。その域をたしかに捉えることができる。それでも、誠に勝てるとは思えない。

 

(戦い方が巧いんだ(・・・・)。力の使い方も、流れ方も全部的確だ)

 

 力の向きを正しい方向に使う。それは力が最大限発揮されるために必要な条件だ。折れやすい刀は、真っ直ぐに振らなければすぐに折れる。刀自体の耐久力も問題ではあるが、結局のところ使い手次第なのだ。隊員である以上、それは最低条件である。刀を正しく触れない者は戦闘員になれない。

 その中でも、誠は特に的確に使えていた。誠のように正確に刀を振るえる柱はいる。蛇柱である伊黒小芭内は、『皆の手本になる』と誰もが口にするほど正確だ。伊黒が使う技に関しては『誰もわからん』と手のひら返しになるのだが。

 

 誠の場合、正しく振るうだけではない。力量が劣る誠は、必要な瞬間に最大限の力を発揮できるように振るっている。例えば上段から振るとき、振り始めから全力を出しているわけじゃない。列車が加速するが如く、誠は敵を斬るその瞬間に全力を発揮している。

 どうしても基礎能力が柱たちに並べない誠は、そうすることで並べるようにしている。最大瞬間火力への爆発力だけは、柱たちを見ても三本指に入る。それによる恩恵もある。攻撃の重量、力の流れ方の把握。さらには相手の体の機微による行動の予測までできるようになった。もっとも、予測に関しては相手が限られる。

 

(学べることが多い。これは使ってみよう(・・・・・・)

 

「そこまでです」

 

──ヒノカミ神楽

──空の呼吸

 

「そこまでって言ってるでしょ!!」

 

──怒りの鉄拳制裁!!

 

「ブッ!!」

 

 横から乱入したしのぶの拳が誠の顔を捉える。勢い良く誠の体が吹き飛んで行った。その勢いは衰えず、壁を突き破って庭を跳ねる。そのまま壁へと激突し、剥がれ落ちるように落下した。

 

「あ、あの……」

「まったくあの人は。炭治郎くん。鍛錬はここまでです。やり過ぎもよくありませんからね」

「は、はい!」

 

 笑顔をうかべつつ、木刀を握っている手にそっと手を重ねられる。炭治郎にはその笑みが怖く見え、大人しく木刀をしのぶに渡した。

 

「いい子ですね」

 

 しのぶに頭を撫でられるも、炭治郎は生きた心地がしなかった。いつもは騒ぎ立てる善逸も、この時ばかりは炭治郎を哀れんだ。自業自得だなとは思うが。

 

「しのぶさんの拳ってあんな凄いの……?」

「わ、私たちも初めて見ました……」

(久しぶりに見た)

 

 その華奢な体からは想像できないほどのパンチ。その威力に戦慄を隠せない一同。その中でカナヲだけは懐かしく思った。まだアオイもいなかった頃。カナヲが引き取られてから数日で、原因は違えど誠はしのぶに殴り飛ばされていた。カナエと二人で庭を眺めていた時に、視界の外から飛ばされてきた誠の姿にカナエが笑っていたのを覚えている。

 

「みなさんは先に戻っていてください。私は少し、誠さんと話すことがあるので」

「でも」

「戻るぞ炭治郎」

「ちょっ、善逸!」

 

 頑固で礼儀正しい炭治郎は、中断させられたとはいえ、ちゃんと誠にお礼を言って終わりたかった。それも善逸に腕を引っ張られたことで叶わず、アオイたちと共にその部屋を後にする。しのぶはそれを尻目に庭へと降り立ち、仰向けに倒れている誠へと寄っていく。

 しのぶの"押す力"は鬼殺隊随一である。突きの速度や威力は、鬼殺隊最強である岩柱ですら超える。その力で繰り出されるパンチも、当然ながら一番強烈だ。一般人相手に本気で顔を殴ると、相手の首の骨が折れてしまう。もちろんそれは一般人相手の話。鍛えている誠ならそうなることもない。

 

「しのぶ、痛いんだが」

「止まらなかった誠さんが悪いんです。あと避けれないのも駄目ですね」

「ごもっとも」

 

 直前に跳ぶことで威力を抑えてはいたが、それも少し遅かった。誠は殴られた箇所を擦りながら力なく笑う。しのぶはそれが気に入らず、誠の腹の上に座った。カナエが時偶やっていたように。しかし視線は鋭い。機嫌が悪いのを隠すことなく誠に晒していた。

 

「……弱くなったわね(・・・・・・・)

「そうか? しのぶが強くなったんだろ。炭治郎も強かったし、あれなら──」

「しらばっくれないで」

「……」

「炭治郎くんが強かった? 違うでしょ。あの子はたしかに強くなれると思うわ。でも、まだあなたに追いつくほどじゃない。戦いが拮抗してた? 違う、手を抜いていたわけでもない。あなたの体が限界を迎えているから拮抗してたんでしょ!」

 

 しのぶの平手が誠の頬を叩く。乾いた音が庭に響き、その音の大きさに小鳥たちが驚いて飛び立つ。誠は叩かれた痛みを気にせず、しのぶから視線を離さなかった。再度しのぶが叩く。誠に反省の色が見えないから。誠が何も分かっていないから。自分のことも。周りにいる人間のことも。

 

「気づかないと思ってたの? 私が、カナヲが、真菰さんが! あなたの体のことに気づかないなんて本気で思ってたの!?」

「……正直に言うと、驚いてるよ」

「ーーっ! ふざけないでよ!」

 

 また平手が飛ぶ。

 

「ちゃんと休まないと十分な力を発揮できない。それは誰だって分かることでしょ……。帰ってきても次の日にはいなくなるあなたを、真菰さんがどんな思いで見送ってたと思ってるのよ! 疲労が溜まって! 内側もボロボロで! それを隠そうとして平静を振る舞うあなたを! それでも信じてる真菰さんが! いつもどんな思いしてると思ってるのよ!!」

「ッ……つ……」

「なんで……」

 

 赤く腫れた頬に水滴が落ちる。誠の上にいるしのぶの瞳から溢れた涙だ。その姿は、その涙は、しのぶの平手より何倍もの痛みを誠に与えた。

 

「なんで……何も見てないのよ……」

「しのぶ……」

「誠さんは、真菰さんのことを一番見てないといけないでしょ……! こんなあなたを……私は義兄さんとは呼べないわよ……」

「っ……」

 

 誠の服の襟を握りしめるしのぶの手に、そっと手を乗せて包み込む。誠にできることはそこまでだった。しのぶの言葉が誠の胸に突き刺さり、脳内で反芻する。やがて誠からも静かに涙が零れ落ちていく。誠は常に任務に出払うような行動を起こしていてはいけなかった。自分のことをもっと考えるべきだった。休むことを忘れ、自らを駆り出すような愚行は、周囲の人間をも巻き込んでいた。

 

「ごめん……しのぶ……。ごめん」

 

 なんとか声を絞り出してもそれが限界だった。それ以上の言葉は出てこない。結局のところ、誠は自分を守ることすらできていなかった。悲しみの果てに暗闇に迷い込み、自らをも苦しめていた。その事に気付くためにも、周りに指摘してもらうしかない。己の未熟さが嫌になる。成長が止まったのではない。自らその道を塞いでいただけだ。

 

「……ありがとう。しのぶ」

「っ……」

 

 体を起こし、しのぶの華奢な体を抱き締める。誠の力でも、全力で抱き締めたら折れてしまいそうな体。カナエがずっと危惧していた。しのぶもまた、この世界に向いていないことを。素直に怒れてしまうから、とても人らしく憎しみを抱けてしまうから、ここから抜けさせることもできない。毒がどこまで通用するかも分からない。

 

『せめて、あの子が鬼の首を斬れたら、ね……。それだったら、私も納得できたと思うわ』

 

 姉妹二人で誓った時は、しのぶが首を斬れないなんて知らなかった。もしかしたら、あの誓いがなければと考えたこともあった。だが、それこそしのぶの否定になってしまう。一歩目の時点で後戻りなど赦されなかった。この世界に来た以上、やることは決まっている。

 

『それでもね誠さん。もし──』

 

 しのぶの華奢な体を持ち上げて立ち上がる。暴れられる前にしのぶを下ろした。半眼で見られるも、何やら肩の荷が下りた誠は気持ちが楽になっていた。

 

「いつもしのぶに助けられるな」

「何言ってるんですか。姉さんならそうすると思ったから、私が代わりにやっただけです。……真菰さんは最終的には見守るってやり方ですし」

 

 カナエが相手ならもっと叱られていたのだろう。しのぶのようなグーパンスタートではないにしても、今回の場合平手打ちは入っていたと思う。たぶんカナエに叩かれた方が痛いんだろうなと苦笑しつつ、しのぶと肩を並べて屋敷へと歩いていく。

 しのぶの口調がカナエにだいぶ寄っている。それはずっと前から知っていたことなのに、誠は今それを正しく認識した。しのぶもまたいっぱいいっぱいなのだと。

 

「どうかされました?」

 

 横顔を見つめられていることに気づいたしのぶが、わざとらしく不快そうな顔をして聞いてくる。誠はなるほどと思って、言葉を取り繕うことなく正直に答えた。

 

「しのぶって凄い努力家だよな」

「はい?」

「ある種俺以上に向いてないのにさ。それでも諦めないで研究を続けて、倒す術を手に入れて。みんなの面倒も見てさ」

「どうしたんですか急に。らしくないこと言って。なんか気味悪いですよ?」

 

 しのぶの言葉に棘が出始める。足を半歩引いて誠から遠ざかろうとする。それに気づくことができても、その心境を理解することはできない。下手をすればしのぶを傷つけるかもしれない。その可能性を拭いきれない。

 

(それでも、伝えないといけない。俺はしのぶに助けられっぱなしだから)

 

 カナエに頼まれていることだから。そして、自分でそうしようと思ったことだから。

 逃さないようにしのぶの手を握る。そうしてしのぶと向かい合うも、しのぶは視線を逸らしていた。なんとなくだが、避けたいと心が思っているから。

 

「よく頑張ってるよ。しのぶは」

「……っ! なん、なんですか……本当に」

「俺に言うくらいなんだ。しのぶも肩の力を抜く時間が必要だろ」

「柱は忙しいんですよ。私は皆さんの診断もしないといけません」

「一日くらい休んでもいいだろ。しのぶなら誰も文句を言わない。それだけしのぶは頑張ってるんだから」

 

 むず痒かった。遮二無二に突き進んできた道だ。みんなそうしてる道で、しのぶの場合は人以上に険しい道だ。その副産物がこの医療施設。必要だと思ったから作った。だから誰よりも忙しいのも当たり前で、そうした責任を背負うのも当たり前。

 

(なんで……)

 

 つい先程より幾ばくかマシな顔をしてる誠を見上げる。姉が好きになった姿にはまだ遠いけど。

 

(なんで自分でも言わないこと(言われたいこと)を言うのよ……。姉さんのバカ……)

 

 ちゃっかり見抜けていた。きっとカナエが頼んでいたことだと。その実その通りなわけだが、しのぶが気づけていないこともある。それは、誠自身がそう思っているということ。お互いにどこかを見落としてしまっている。

 

「明日出掛けよう」

「そこは今日じゃないんですか?」

「真菰はまだ眠ってるし、俺はこの後不死川のとこ行くし」

「果し状でも突きつけられましたか?」

「あいつがそうする奴だとでも?」

「……しませんね。その場で斬りますね」

 

 謎の信頼感があった。しのぶのその言い草を誠も否定しなかった。二人ほぼ同時に吹き出すように笑い、屋敷の正門へと足を運ぶ。誠が呼ぶことなく土佐右衛門が誠の肩に乗り、コンコンと頭を突く。少しスッキリしている様子を見て、ようやくかと呆れているのだ。誠はそれを止めさせ、実弥がいる屋敷に案内するように指示を出した。

 

「少シハ落チ着ケ」

「そうするさ。明日はみんなで出掛けるつもりだ」

「ナラバヨシ!」

 

 誠の言葉に納得した土佐右衛門は、肩から空へと羽ばたく。旋回しながら高度を上げていきながら、誠が屋敷を出るのを待つ。

 

「それじゃあ行ってくる。真菰が起きたら伝えといてくれ」

「出掛けていることと、明日のことですね。前者だけ伝えておきます」

「ありがとう。明日のことはちゃんと自分の口から言うことにするよ」

「そうしてください」

「あ、冨岡も誘うか?」

「え、なんで?」

(……無自覚か)

 

 きょとんとするしのぶに呆れる。人のことには逐一気づくというのに、自分のこととなるとトンと無頓着だ。鈍感と言ってもいい。義勇がどう思っているかは真菰でも分からないらしく、長い目で見守るしかないという結論に至っている。

 しのぶに見送られ、誠は蝶屋敷から実弥の家へと移動した。道中で土佐右衛門と言葉を交わしつつ、吸う空気が普段よりも新鮮に感じていた。気分良く実弥の家へと辿り着き、中に通されるかと思いきや中庭の方に回らされる。そこには炎柱の杏寿郎もいて、いつものように気さくに声をかけられた。

 

「なんで煉獄が?」

「うむ。不死川と手合わせをしていてな! 泰富が来ると聞いて俺も待つことにしたのだ!」

「勝手になァ」

「あぁ~」

 

 その様子は簡単に想像できた。実弥が苦虫を潰したように顔を歪めていることが、その事に現実性を増させる。実弥は杏寿郎を嫌っているわけではないため、単純に何か都合が悪いのだろうと予測がついた。

 

「あーそうだ。明日は俺と蝶屋敷の全員休むからそのつもりで」

「はァ?」

「そうか。しっかり羽を休めるといい」

「待てや! 女どもはともかく、テメェは俺に勝ったら休め。立場を分からせてやるからよォ!」

 

 実弥に木刀を投げつけられ、それを受け取ると同時に、斬りかかってくる実弥を迎え撃つ。なかなかに理不尽で唐突なことだった。実弥らしくないようにも感じたが、そこを考える余裕などない。

 

「俺が見届けてやろう!」

 

 杏寿郎も止める気がない。口による説得を諦めた誠は、意識を切り替えて実弥と武器を交えることにした。

 

 ……のだが、勝敗は10分後には決していた。庭に仰向けに倒れる誠の首横に、実弥の木刀が突き刺さっている。誠の完敗だった。負けるつもりは誠もサラサラなかったが、こうなるだろうとも思っていた。無理をしないと張り合えない。だが模擬戦で無理はしない。ならばこうなるのは、火を見るより明らかだった。

 

「不死川の勝ちだな」

「当然だァ。腑抜けは終わったようだが、全然駄目だなァ」

「分かってるさ。それで、交換条件で何を聞きたいんだよ」

「チッ。分かってて乗りやがったな」

「明日の休みは確保したいからな」

 

 ヒョイッと起き上がり、土埃を払う。木刀を実弥に返し、今度は家の中へと上がらせてもらった。杏寿郎も交え、三角形を築くように向かい合って座り、実弥は単刀直入に質問を投げかけた。誠が隠していることを。

 

「嶺奇についてだ。追加情報がねェっていうのは、俺達に関係しねェってだけのことだろォ」

「そうだが……よく気づけたな」

「テメェは分かりやすいんだよ」

「俺は分からなかったぞ?」

「チッ。話の腰を折るな」

 

 あの場でそれを見抜けたのは、ずば抜けた直感を持つ輝哉を除けば実弥だけだ。しのぶや天元すら分かっていない。嶺奇に関する情報に、誠が深く関わっているということに。

 

「今さら隠しだてようなんざ思うなよォ」

「これは逃げられねぇな」

「ったりめぇだァ」

 

 肩をすくめた誠を実弥が鋭く睨む。細切れにされそうな鋭い視線に、誠は静かに息を吐いた。一度ヒントでも掴んだ実弥は驚くほどに鋭い。一気に嗅覚が研ぎ澄まされ、細かなことでも見逃さない。誠は全て話すしかないと悟り、どう説明しようかと考えた。目を閉じて考え、纏まるとゆっくりと瞼を上げていく。

 

「他言無用で頼む」

「元からそのつもりだァ。他に話すかどうかはテメェで決めやがれ」

「承知した」

「んじゃ、そうだな。まずは嶺奇がどう生まれたのか。そこからだな」

 

 誠は全て打ち明けた。嶺奇という特異な鬼がどう生まれたのか。その鬼がどう厄介なのか。それを完全に消滅させるために、先に嶺奇を追っていた利永がどういう結論を出していたのか。そして、誠が現在何をしているのか。

 それを最後まで話し終え、その瞬間に実弥に殴り飛ばされる。障子を突き破り、廊下へと体を投げ出させられた。杏寿郎がそれを諌めないのも、思うところがあるからだ。実弥ほどじゃないにしても、一発殴ってもいいだろうとか考えてた。

 

「テメェ……。本気でそれ(・・)をやるつもりだっつぅのかァ!」

「……他の道を探してはいる。だが、見つからなければそうするつもりだ」

「アァ!?」

 

 実弥が誠の首を掴み、壁へと叩きつける。杏寿郎はいつでも抑えられるように立ち上がり、実弥の行動を見守った。

 

「テメェは何も見えちゃいねェ! ちったぁマシになったと思ったが、根本が何も変わっちゃいねェなァ!」

「ぐっ……!」

「その目は飾りかァ? そんなんで続けるってんなら邪魔だァ。とっとと辞めちまえ!」

「不死川。首を絞め過ぎだ」

「チッ!」

 

 杏寿郎の仲裁により、誠は壁をずり落ちて床に座り込む。数度咳き込み、呼吸を落ち着かせて力なく笑った。実弥が怒るのも当然だろう。自分の矮小さを笑わずにはいられない。

 

「んなことを次言ったらぶった斬るぞ」

「その時は俺も斬ろう。少し怒っているのでな!」

「ははっ、そうだな。……うん、気をつける」

 

 実弥は再度舌打ちし、元いた場所へと戻っていく。杏寿郎も誠を連れてそこに戻り、機嫌を悪くする実弥を落ち着かせてから、誠に相談事をした。

 

 明日、杏寿郎が就くことになる任務について。

 

 




 しのぶとか実弥くらいの距離感の人間だと、変に誠を傷つけることなく叱れるのです。
 

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