いつも着ている隊服ではなく、ほとんど箪笥の中で眠っていた状態だった私服に着替える。羽織や仮面はいつも通り身につけ、刀は包みで隠して背負う。朝食は済ませており、適当な時間で出掛ける。特に話すことなく、それぞれが何となくそれを理解し、示し合わせることなく仕度を整えていた。
「誠がこういうの誘ってくれるなんてね」
「しのぶのおかげでな。出ていってばっかだったのは、反省してます」
「立場が立場だからね。仕方ないのかなって思ってたよ」
「これからは時間作るから」
「うん」
玄関の前で真菰と言葉を交え、しのぶたちが来るのを待つ。今日は休む日だと言っても、「私がいなくても、たいていの事は問題ないようにしておかなければ」と仕事をこなしているのだ。しのぶらしい行動であり、それを見たアオイが今必死にしのぶを仕事から引き剥がしている最中だとなほが教えてくれた。
「みんなは本当にいいのか? 全員で出かけてもいいって許可はお館様にも取ったんだが」
「炭治郎さんたちもいますので、さすがに全員で開けるわけにはいきません。ってアオイさんが仰ったので」
「それなら私達もアオイさんのお手伝いをしようかと」
「偉いね~」
真菰に褒められ、三人で手を取り合って喜ぶきよたち。三人のその仲の良さだったり、真菰の慕われ具合を目の当たりする。カナエが嫉妬するほどに真菰が慕われていることを思い出し、真菰の人からの好かれやすさも長所なのだろうと適当に考える。
隻腕であれば、たいていなら同情の目で見られたり、腫れ物を扱うように余所余所しくされたりする。しかし真菰はそうならない。真菰の言動、人柄がそうさせない。周囲の人々は自然に接してくれる。特別扱いもせず、反対に差別的に振る舞うこともない。真菰はそれを頼まず、脅さず、自然と相手にそうさせる一種のカリスマ性を持っていた。
「体は大丈夫か?」
「うん。昨日のうちに治ったから」
「何かあればすぐ言えよ」
「もちろん。それに、私が言う前に気づいてくれるでしょ?」
「まぁな」
心配なものは心配で、真菰がその気になれば隠し通されるかもしれない。誠にはそんな不安もあった。真菰がそうするとは思っていないのだが、本気で隠しに入られたら気づけない。それは確かめなくても分かっていることだった。だから真菰を信じている。どうしようもない自分のことを、それでも信じて好きでいてくれる真菰のことを。
「なぁに? 見惚れちゃった?」
「え……」
風で靡く髪を抑え、揶揄うようにくすりと笑いながら問いかけてくる。清流を彷彿とさせる優しく澄んだ瞳。白くハリのある肌。それを引き立たせる私服。誠はそれらを一瞥し、有耶無耶にしようとした真菰より先に口を開いた。
「それはいつものことだよ」
「へ?」
「いつも見惚れてる。ずっと惹かれてるよ」
「……。そっか……、えへへ。嬉しいな~」
こうして言葉にすることは少ない。誠がそういうのを苦手にしていて、自分から伝えることが全くない。いつも引き出させているのが現状だ。そして、真菰もまたそれを引き出すことをしていない。伝わっているから良しとしている。だからこうして言葉にされることに、真菰も慣れていなかった。
どうしても頬が緩んでしまうし、胸の高まりを抑えられない。ほんのりと頬が赤くなり、ニヤける口元を手で隠した。そういう反応をされると、誠も照れくさくなって視線を逸らす。
それを間近で見るきよたちは、「眼福です」と心の中で叫んで鼻血を抑えていた。
「……もういっそお二人で行かれては?」
その瞬間を目の当たりにしたしのぶが、心の底からそう思って言ったのも無理はない。何とかしのぶを仕事から引き剥がし終えたアオイですら、しのぶの言葉に頷きかけてしまった。
「? 行かないのか?」
「あれを見てそう言えるのは冨岡さんぐらいですよ」
「そうか」
「そうかって、第一なんで冨岡さんがここにいらしてるんですか」
「胡蝶の相手をするためだ」
「え?」
義勇がいつの間にやら来ていたことには驚かなかったものの、まさか義勇の目的が自分にあると思わなかったしのぶは唖然とする。その会話を聞いていたアオイもぽかんと口を開け、カナヲはひっそりとコイントスを始めた。
しばらくそのままの状態が続く。口下手な義勇が細かく説明するわけもなく、その沈黙はしのぶが硬直から抜け出すまで続いた。
「私の相手というのは?」
「言葉の通りだ。同行する」
「誰かの指示ですね。真菰さんですか?」
「違う。お館様だ」
「は!?」
あまりにも意外な人物が挙げられ、素っ頓狂な声を上げる。しのぶは素早く真菰に視線を送り、ジェスチャーで知らないと告げられる。そのまま誠に視線を移すも、どうやら誠も義勇が来ることを知らなかったようだ。誠はスッと空を見上げ、楽しそうに指示を出す輝哉の幻影を見るのだった。
「……本当にお館様が?」
一度頷き、義勇が手紙を取り出してしのぶに渡す。それを受け取ったしのぶは、そこに書かれている文章に目を疑った。何度も読み直すが、読み間違いは一切していない。カナヲにも読ませ、さらにはアオイにも読ませて文章を確かめさせる。産屋敷家の家紋まで押されていて、それが真実だと認識させられる。
正直目眩がした。なぜ輝哉がそんな指示を義勇に出したのか分からない。義勇に関しては「これも仕事」くらいな感覚だ。理由はさっぱり分からないけども、お館様がそう言うならそうする。そんな状態なのだ。表情は無に近く、それもそれでしのぶは腹が立った。
「師範」
「……なに?」
「どうぞお楽しみください」
「ん??」
カナヲがぺこりと頭を下げる。「何を言ってるんだこの子は」という圧がしのぶからかけられるも、カナヲは動じなかった。自分の行動はたぶん合っている。カナヲの小さな心の中にいるカナエが褒めているのだから。これでいいはずという強い意思があった。……実際にカナエがこの場にいたら、困ったように笑っているのだが。
「カナヲは何を言っているのかしらね~? あなたも出掛けるつもりだったでしょ?」
「師範の邪魔はできません」
「何の邪魔なのよ。別にカナヲがいて迷惑だなんて私が思うわけないじゃない。冨岡さんなんて案山子みたいなものなのよ」
「俺は案山子じゃない」
「今は黙っててください」
「……」
今のは空気を読めてない義勇が悪い。真菰がそう教えるも、「空気に文字はない」と本気で答えられて諦めた。義勇は一生これだとこの場の誰もが思った。
「どうしてかしらカナヲ。私は冨岡さんと二人で出掛けるわけでもないんですよ? それなら私出掛けるのやめますし」
予定で言えば、纏まっての行動になる。とはいえ、義勇が来たことでそれが崩れるだろうとカナヲは予測できた。誠たちも、カナヲのことを歓迎している。だから、時を見計らってしのぶと義勇を置いて、三人でどこかに行くだろう。しかし、それならそれで、誠たちにも久々に二人で出掛けてもらった方がいい気がする。カナヲはそう思い、コイントスでそれを決めたのだ。
「炭治郎たちの訓練相手もありますから」
「……カナヲ」
それはしのぶが出した指示だった。炭治郎たちの訓練相手になってあげてくれと、しのぶ本人の口からカナヲに告げたのだ。炭治郎と伊之助の刀がまだ届いていないのもあり、三人は刀が来るまで蝶屋敷で鍛えるつもりだ。それなら、最後まで指示を全うするというのも理由になる。
しのぶはそれでも食い下がろうとしたが、カナヲがそう決めたのならと真菰に言われて口を閉じた。申し訳無さもある。だから、何かお詫びの代わりに渡すのもいいだろう。
「留守番組はお土産何が欲しい?」
「カステラ!」
「金平糖!」
「エスカルゴ!」
「…………ラムネ」
「あなた達遠慮というものを覚えなさい! あと何ですがエスカルゴって!」
「誠、エスカルゴって何?」
アオイだけでなく、真菰やしのぶもエスカルゴを知らない。義勇も知らないようで、自然に誠へと視線が集まった。誠は任務の関係上、主に情報収集をすることになっている。そのために人脈を増やしていき、違った視点からの情報も得ようと外国人の知り合いも作っている。言語が分からないために通訳を挟む形となるが、そのおかげで他国のことを知っていたりする。
「カタツムリだが?」
『え゙っ』
「たしかカタツムリを使った料理らしいんだが、本当にそれが欲しいのか?」
「いらないです!!」
ふと耳にした言葉を覚えて、面白半分で言ってみただけである。どんなものかも想像がつかず、カステラだったりアイスクリームだったりオムライスだったりと、他の食べ物と似てお洒落なやつだろうと思っていたのだ。あわよくばそれを見てみたい。そんなわけで無茶振りしてみたら、とんでもないカウンターをくらってしまった。ちなみに、首都東京であろうと、他国船との交流が多い港町であろうと、エスカルゴは手に入らない。
別のお土産を考え直してもらい、全員分のを覚えて屋敷を後にする。アオイにも聞いたのだが、頑なにお土産を注文することはなかった。それでも買って帰ろうと共通認識が生まれたのは言うまでもない。
「いつも来てるところだけど、目的が違うと見え方も変わるね~」
「そういうものか?」
「感性の違いかなー。でも、誠も楽しんでるよね」
「そりゃあな。真菰といるとそうなるよ」
「一回素直になるとすぐにそう言うよね」
「嫌ならやめる」
「ううん。嬉しいよ」
ふわっとほほ笑んで真菰が答える。それを見て誠も笑みを返し、後ろにいるしのぶが顔を顰める。場所を考えてほしいというか、見せつけないでほしかった。本人たちには一切その気がないのだが。
「誠、こっち側に来て」
「でもそうすると──」
「誠と手繋ぎたい」
「っ、分かった」
(爆ぜないかしら)
その直球の要求に心を射抜かれる。何とかそれを表には出さず、真菰の右側へと移動し指を絡めて手を繋ぐ。収まるべき場所に収まった。そう言わんばかりにその二人の姿は自然で、よく姉はそこに割って入れたなとしのぶは感心していた。
誠は基本的に真菰の左側へと立っている。真菰の弱点を守るように、かつての宣言を実現するように左側にいるのだ。真菰もそれを嫌に感じたことはない。それが誠の優しさ故だと分かっているし、そうやって欠点を自然に補ってくれることが嬉しかった。しかしそれはそれとして、たまには手を繋いで歩きたい。手を繋ぐのはいつも、屋敷内で座っている時くらいなのだから。
「はぁ。ああいう姿を見ると、真菰さんが年上だということを忘れますね」
「……我慢していたからだろう」
「誠さんが全然帰ってきませんでしたからね」
「
「どう違うのですか?」
じーっと真菰たちを見る義勇の袖を引っ張る。聞こえなかったのかと思い、もう一度聞いてみると義勇が僅かな時間だけしのぶに視線を向けた。
「真菰はずっと、皆の姉であり続けた」
「? 皆さんの、姉……。っ!」
弾かれたようにしのぶが視線を真菰に移した。今は誠二人で花屋に寄っていて、いろんな花を見ては誠と楽しそうに話している。それが年相応の姿かと言われると、年よりも数年幼い印象を感じる。止めていた時間がようやく動き出している。
「いつからなんですか?」
「それは知らない」
「そうですか」
(冨岡さんが知らないということは、それよりも前からということ。……本当にどれだけの時間を……)
真菰だってずっと我慢していたわけじゃない。幼い頃は他の子と一緒に好きに遊んでいた。年上の人間が最終選別に行くと、手鬼に狙われるせいで帰ってこなくなる。時の流れと共に最年長へとなっていった。意識も変わってきて、面倒を見なくてはと自分を律してもおかしくない。
そして、その記憶を失くしてからはずっと最年長となった。錆兎の死を受け、真菰流の鬼ごっこを超えたものでないと、最終選別に行けないようにした。炭治郎が最終選別から戻るまで、皆の姉であり、壁として生活を送っていたのだ。その期間の我慢も、こうした時でないと発散できない。
(結果として、あの子たちが来なかったことがそのタガを外したのね)
屋敷に残った面々を思い浮かべてそう思う。屋敷の生活でも、真菰は姉のような存在となっている。真菰はそれを重荷には思っていない。それも楽しんでやっている。だが、これまでのツケの精算には障害となってしまってただろう。もっとも、真菰自身はそこまで考えていない。結果としてそうなっているだけだ。
「冨岡さんにとっても、真菰さんは姉のような存在だったということですか」
「……姉……。姉?」
「違うんですか?」
『錆兎~、義勇~! 花の冠を作ったから被ってみて!』
『は? やだよ。男がそんなの被るわけないだろ。どうしてもって言うなら俺と勝負して勝つんだな!』
『……分かった。義勇は証人になってね』
『え』
『コテンパンにしてあげるんだから!』
『超えたことを証明してやる!』
『ふん! 大口は私に勝てるようになってから言いなさい』
『クッソ……! 絶対超えるからな!』
『うん。楽しみにしてる。はい、これつけて。ふふっ、似合ってるよ二人とも』
(巻き込まれた……)
『それじゃあ私、鱗滝さんの手伝いしてくるから。遅くならないうちに帰ってきてね~』
『……義勇。絶対強くなるぞ。女に鬼狩りは似合わねぇ』
『そうだな』
「冨岡さん。冨岡さん!」
「っ! どうした?」
「どうしたじゃないですよ。急に黙るからどうされたのかと。……大丈夫ですか?」
しのぶの心配そうな目線が分からなかった。なんでそうやって見てくるのか。遅れてそれに気づいた。自分の目が潤んでいたことを。義勇はしのぶに見えないように背を向けて目頭を抑える。なんともないただの日常だった。親友の錆兎がいて、自分の姉とは似つかないながらも、姉らしかった真菰と過ごした日常。温かな日々。
こみ上げてくるものを抑え、自分の中で整理する。気持ちを切り替えて向き直ると、しのぶの手が伸ばされようとしていたことに気づいた。しのぶが焦り、何ともないように振る舞って手を引っ込める。なんだったのだろうと思いつつ、義勇は詮索することをしなかった。
「胡蝶」
「なんでしょうか?」
「二人が消えた」
「花屋に……いませんね。どこ行ったんですかね~、本当にあの二人は。何も言わずに消えるだなんて何を考えているんでしょうか」
「よくもこんな状況を作り上げてくれたな」と静かに怒りを募らせていく。しのぶのそんな気も知らずに、義勇も止めていた足を動かし始めた。
「何勝手に黙って動いてるんですか冨岡さん。あなた達の常識はどうなってるんですか」
「昼にしよう」
「…………はぁ。先に言ってから動いてくださいよ」
義勇の手首を掴み、フラフラと消えないようにする。少しまだ早いのだが、これくらいの時間ならいいだろう。そう考え、しのぶはどの店で昼食を取ろうかと考える。義勇の食の好き嫌いも全然知らない。唯一知ってるのは、鮭大根が好きだということだけ。選択肢が一択とも言える状況だった。
「冨岡さん。鮭大根食べに行きませんか? いいお店をこの前教えてもらったんですけど」
「いや、いい」
(この人は!)
(朝食べた)
不穏な空気が漂い始める。主にしのぶが苛ついてるだけなのだが、その原因を分かっていない義勇も困っていた。
「それなら何を食べるか冨岡さんが決めてくださいね」
「承知した」
義勇の手首を本気で握りながら話すしのぶを、「お腹空いたのか。早く決めよう」と義勇は解釈した。ギリギリと握ってくるしのぶを変に気にかけ、義勇は足を早めて店を探す。
「ところで冨岡さんはなぜ隊服なのですか?」
「胡蝶がその服を着る理由が分からん」
「……ほんっと、そういうところですよ」
「?」
しのぶの言いたいことが分からない義勇なのだった。
そうやって肩を並べて歩く二人をよそに、誠たちは店に入って昼食を取っていた。義勇の好物は鮭大根であるため、それが美味い店に入っとけば大丈夫だろと考えて決めていた。その予想は覆っているわけなのだが、それならそれでいいということで、誠たちは大して気にしていなかった。
「ここのお店の料理美味しいでしょ?」
「そうだな。よく見つけられたな」
「私も教えてもらっただけだよ。誠もその情報網を活かしたら、こういうお店知れるんじゃないの?」
「基本的に代価が必要だからな。同じ情報を返すか金を渡すかしないといけない」
「あー。情報で返したいけど、そういうのを全然知らないからこういう情報は知らないと」
「そういうこと」
料理に舌づつみを打ち、時に会話を挟み、時に真菰の口に料理を運ぶ。そうやって楽しんでいると、思っているより早く時間が流れる。楽しい時間はすぐに過ぎ去るものなのだ。
「……不死川になんで呼ばれたのか聞かないんだな」
「聞いてほしくないことなんでしょ? それなら聞かない。誠が話してくれる日が来るのを待ってる」
「……ごめん。いつもそうだよな」
「いいよ。私も私でこうするって決めてるんだから。あ、でもそこに杏寿郎がいたことは気になるな~。誠に用があったんでしょ?」
「用というか、相談事」
「んー、じゃあ嶺奇が出てくるかどうかって話だね」
迷い無くそう言い切った。そしてそれは合っている。杏寿郎の相談事は、今夜討伐していく鬼が嶺奇である可能性があるかだった。
『ある列車で行方不明者が続出している。数人の隊員も帰ってこなかった。前列で言えば嶺奇しか該当しないのだが、泰富の意見を聞きたい』
その杏寿郎の問いに対する誠の答えは否だった。
「嶺奇は無惨にも追われている。一箇所に留まるのは危険性を増すだけだ。しかもあいつはあれからずっと身を潜めている。それまでは俺を狙って動いていたのに」
「今動くのは不自然すぎる。しかも誠を狙ってない。だから列車の件は別の鬼、か」
「そういうこと」
「それなら誠が今日動くこともないね」
軽やかに席を立った真菰が、笑みを浮かべて誠に手を伸ばす。
「今日は私を目一杯楽しませてね?」
「ああ。もちろんだ」
会計を済ませて店を出る。真菰と手を繋いで。着物を見てみたり、洋服を見てみたり。髪飾りを見ては試しに真菰に付けてもらう。忘れないうちにお土産を買おうと土産屋を覗きに行くと、そこで義勇としのぶと合流する。合流するやいなや、しのぶに説教されたのだが、なんだかんだ楽しめていたようだ。
適当に頃合いを見て屋敷へと戻ると、炭治郎たちは屋敷を出ていた。刀が届き、体調も万全だということで出ていったらしい。
「いつまでも世話になるわけにはいかないから」
といういかにも炭治郎が言いそうな理由で出ていったそうな。その話に耳を傾け、袋の中からそれぞれお土産を取り出す。それを受け取ったきよたちは大はしゃぎし、今回は大目に見てあげてと先に真菰に言われていたことで、アオイも注意しなかった。
「俺はこれで失礼する」
「義勇お疲れ様~。またね~」
「それでは私は研究に戻りま──」
「駄目です。本日は何一つさせませんと言いましたよね?」
「アオイ、そこを何とか……」
「駄目です!」
「うぅ……」
義勇が帰宅し、流れに便乗しようとしたしのぶをアオイがしっかり止める。しのぶに何もさせないために、きよたちがしのぶを部屋から遠ざけていく。「しのぶ様とお話したいです」と言われてはしのぶも断れなかった。それを見届けたアオイが真菰と共に夕飯の支度へ。
そうして誠とカナヲだけが残り、カナヲはお土産でもらったラムネを少しずつ飲む。時折チラッと誠に視線を向け、話があるのだろうとあたりをつけた誠がそれを聞く。
「炭治郎たちはどうだった?」
「炭治郎は……なんだかポカポカしました」
「ん?」
「お日様みたいで、不思議な感じ。でも、嫌じゃないんです」
「そうか。いい出会いになったな」
「? そうなのですか?」
「そうだよ」
(カナエ。お前の妹はようやく心を花開かせ始めたよ)
いつも使っているコインを取り出し、それを大切そうに握って胸元へと抱え込む。その表情は僅かに柔らかくなっており、カナヲに変化が生まれたことを示していた。
「そういや炭治郎たちはどこに行くか言っていたか?」
「『煉獄さんに会いに行く』と言っていたと聞いてます。聞きたいことがあるそうです」
「……煉獄のところに?」
「はい。あの、それが何か……」
「いや……。煉獄なら大丈夫か」
土佐右衛門を呼び、列車に追いつけるか聞くも「無茶言ウナ馬鹿!」と怒られる。それならと指示を出して、土佐右衛門に動いてもらう。それを見てカナヲは、不安そうな気配を出していた。
「炭治郎なら大丈夫だ」
気休めにしかならなかったが、それを言うしかなかった。全員の無事を祈り、長い夜が開けるのを待った。
翌朝、一斉に飛ばされた鴉たちにより、炎柱煉獄杏寿郎の死が告げられる。
乗客や同行した隊員に負傷者はいれど、死者はいなかった。
「誠どこに行くの?」
「ちょっと千寿郎のとこ」
嶺奇が身を潜めている中での上弦の鬼の出現。その出現の仕方を聞いた時、誠は歯車が動き出す音を聞いた気がした。
誠と千寿郎は、杏寿郎を介して知り合ってます。