月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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6話

 

 煉獄家は代々炎柱を排出してきた名家である。どの時代にも炎柱は存在し、使用者が最も多い水の呼吸を極めた水柱もまたそれに並んでいた。今代の炎柱であった煉獄杏寿郎は、人並外れた才能を持って生まれた男だ。その練度は非常に高く、柱の中でも上位に食い込む。いずれは超えられるかもしれないと、岩柱の悲鳴嶼行冥が思っていたほどだ。

 そんな杏寿郎だが、継子はいなかった。一度継子になっていた甘露寺蜜璃は、独自性の強さ故に独立し、"恋の呼吸"を編み出してそのまま恋柱に。その他に継子はおらず、炎柱の席は空いたままだ。

 杏寿郎には弟がいた。その名を煉獄千寿郎。少し年の離れた兄弟で、千寿郎は杏寿郎のような才能が無かった。どれだけ鍛錬を積もうとも日輪刀の色が変わることはなかった。つまり、継子になるどころかまず隊員にすらなれなかったのだ。

 

「千寿郎には、千寿郎が胸を張って生きられる道を歩んでほしい」

 

 かつて杏寿郎はそう話したことがある。同じく弟を持つ実弥と天元を交えたある日のことだった。天元に巻き込まれたことにより、誠もその場にいたのでそれを知っている。その後日、誠は千寿郎と顔を合わせた。杏寿郎と手合わせすることになり、煉獄家を訪れた日だ。

 

「君は君で道を探せばいいんじゃないか?」

「道ですか?」 

「……嫌味に聞こえるかもしれないが、俺も俺で才能は無い方だ。体に負担をかけないと十二鬼月と戦うこともできない。俺はこれ以外の道がなかった。そう器用に生きられる頭でもなくてな。ただ、千寿郎は違うと思う。名家の体裁は俺には理解できないことだが、隊員以外の道を選ぶことはできる」

「そうなのでしょうか? 私は家の名に傷をつけてしまうと思います」

 

 名家の生まれである千寿郎と、特殊な生まれである誠の価値観は違う。物の見え方も、考え方も異なる。その家に生まれたからには、という責務や重み。そういったものを誠は理解することができない。

 だからこそ、誠は千寿郎が気づけないことを話せるし、その逆もあり得る。お互いに刺激し合える存在だ。一歩間違えれば反感を買うのだが、そこは千寿郎の人の良さが功を奏している。

 

「千寿郎は兄を信じてるか?」

「もちろんです。兄上のことをいつも誇りに思ってますから」

「ハハハ! 俺も千寿郎のことを誇らしく思っているぞ!」

「兄上……!」

「なら、兄を信じきれ。この代で戦いが終わるということを。実際戦いが終わったら、存続の仕方も考える必要があるだろう」

「……そうですね。ありがとうございます泰富さん。少し、視野が広まった気がします」

「いや、それは千寿郎が柔軟に考えられるからだよ」

 

 千寿郎の才能がないだなんて誠は微塵も思わなかった。千寿郎は、ただ戦闘に向いていないだけだ。見る方向を変えれば、千寿郎が力を発揮できる環境がある。その事を杏寿郎が見抜けていないわけもない。

 とはいえ、杏寿郎は煉獄家の伝統を繋げる才能があった。先祖代々の繋がりを受け継げた。だから、戦えないことを気に病んでいる千寿郎に直接その事を言うことはできない。気せずして、誠がそれに近いことを言った。

 

 そして──炭治郎が杏寿郎の言葉を千寿郎へと届けた。

 

 

 

 

 煉獄杏寿郎の死から数日。空いた柱の席は空席のままだった。資格を持っている誠がそこに就くことはなく、誰もそれについて言及しなかった。無一郎が柱になるまで空いていた席も、誠は空席にしたままだったのだから。もちろん、そこに輝哉の考えも含まれていることを、他の柱たちも承知している。

 

「煉獄。お前と肩を並べて戦うことこそなかったが、お前のその性格には正直助けられてたよ。お前は誰も死なせなかった。自分に課していた責務を全うした。仲間として誇りに思う。安らかに眠ってくれ」

 

 杏寿郎の墓参りを終え、隊士たちの墓標が並ぶその場から出ていく。その墓場は鬼殺隊員の墓で、分かりやすく区切りをされている。大きく分けて二つだ。柱とそうでない者。時代による差はあれも、基本的に墓はどれも同じように作られている。柱とそうでない者によって、墓が異なるということはない。ただ配置が違うだけだ。

 

(上弦の鬼が現れた。話しを聞く限り、遭遇というよりも襲撃だ。つまりあの鬼は派遣されてきた)

 

 上弦の参──猗窩座。血鬼術の詳細は不明なれど、その戦闘の仕方は武術によるもの。今もなお己を鍛え続けている鬼だという。

 

(ある意味、弐よりも厄介だな)

 

 上弦の弐──童磨。こちらの鬼は氷を操る力を持っている。身体能力は高いものの、普段から鍛えている様子もない。それはつまり、猗窩座の方が童磨よりも剣士の動きを読めるということ。

 十二鬼月のその数字は序列を表し、力関係だと考えられている。猗窩座は童磨に勝てない。なれど鬼殺隊としては、動きを読んでくる猗窩座の方が苦戦を強いられる。少なくとも、誠にとっては童磨の方が戦いやすい印象を受けた。

 

(となると、上弦の壱はどうなることやら)

 

 それは間違いなく剣士だった。何年も鍛錬を積んだ剣士が鬼になった姿だった。最強と称された前鳴柱の乃木利永でさえ敗れた。そんな鬼をどうやって討つのか。少なくとも一対一では勝ち目が薄いと考えている。

 

「まーこーとっ!」

「っ! びっくりした。どうして真菰がここに?」

「どうも何も買い出しだよ?」

「買い出しって……。いつの間にここまで帰ってきたんだか」

「……考え事はいいけど、周りに気をつけてね」

「それもそうだな」

 

 気付いた時には町にまで戻ってきていた。蝶屋敷から一番近い場所。買い出しだったり、少し出かける時には必ず訪れる町だ。真菰に声をかけられるまでそれに気づいていなかった。それだけ集中していたということであり、それだけ誠にとっても杏寿郎の死が大きかったということである。

 だからこそ、こうして真菰はここまで迎えに来たのだ。真菰が一人で買い物に出かけることなどありえない。いつも誰かと一緒だ。分かりやすい嘘。誠はその本心に感謝し、考え事を中断して真菰と屋敷へと帰っていく。

 

「一人で勝たないといけないなんて決まり、ないんだからね?」

「ははっ、そこまでお見通しか」

「簡単に分かるわけでもないよ。いろいろ考えて、一番これかなって思うことを言ってるだけ」

 

 人が人を完全に理解できるわけがない。傾向だったり癖だったり、読み取りやすい情報を元に考えるしかない。真菰はいつもそうやって誠の考えを予想している。よく当たるのは、それだけ誠の根が素直だからだ。

 

「誠は分かってると思うけど、強い人ほど成長って遅くなるでしょ?」

「うん」

「上弦の鬼ともなれば、今の状態から飛躍的に強くなることもない。だから、それに対抗できる力を持つ人が増えるほど、被害を少なくして鬼を討てる。炭治郎たちとか有望株だね」

「そうだな。……あとは、他の奴らも下弦に対抗できるくらいにはなればってとこか」

「誠も普通に戦ったら下弦でギリギリだもんねー」

「まあな」

 

 誠程度の実力者を並とする。それぐらいまで隊が強くなるのが理想だ。"虚空"を抜きに戦えと言われたら、誠は下弦に大苦戦する。経験で補えなくはないが、柱たちの何倍もの時間をかけて攻略するだろう。圧倒的な攻めの力が弱い分、確実に倒すための分析に時間をかけるのだ。

 

「……炭治郎たちは、強い子だな」

「真っ直ぐだからね。落ち込んだらその分だけ強くなる。やり過ぎちゃうところは偶に傷だね」

「しのぶも怒るしな」

「だね~」

 

 実際に叱って止めていたのは真菰だった。しのぶから話を聞き、炭治郎たちの体の状態を確かめ、オーバーワークだと判断した。体を追い込み、限界を超えさせることは確かに成長に必要だ。しかし追い込むことと体を壊すことは繋がらない。かえって効率が悪くなる。真菰はその事を説明し、訓練の内容を考案してそれを実施させた。三人共通のものもあれば、個別で専用のものも交えて。

 

「誠も体には気をつけてね。ただでさえ負担をかける戦い方なんだから」

「わかっ──」

離してくださいー

「ッ!」

「……本当に分かってるのかな」

 

 微かに聞こえた小さな声。それを聞いた瞬間に飛び出した誠を見て、真菰は頬掻きながらそう呟いた。今のもちゃっかり人の枷を外した技だった。

 誠がそこに駆けつけると、米俵みたくアオイを肩に担ぎ、なほを脇に抱えている天元と、それを地味に掴んでいるカナヲだった。何やってるのかさっぱり分からない光景に戸惑っていると、誠に気付いた天元が素早く事情を説明する。

 任務で女手が必要だから女性隊士を連れて行くとのこと。カナヲは継子だからしのぶの許可が必要だが、それ以外は許可いらないから掻っ払っていくとか。

 

「宇髄さん。右手で抱えてるなほは隊員じゃないですよ」

「……隊服じゃねぇな。悪い。ならいらね」

「人を投げないでくださいよ」

「怖かったですー!!」

「うん。カナヲのとこに行っといで」

 

 ボロボロと涙を流すなほを撫でてやり、カナヲに預ける。なほはともかくとして、アオイは隊員だ。でも前線に出ることをやめている。どう説得しようかと誠は頭を悩ませた。で、とりあえず直球で頼んでみた。

 

「アオイは戦うことをやめてます。他の隊員を選んでもらっていいですか?」

「ぬるいな。たしかに役には立ちそうもねぇが、それでも一応隊員だ。それに、そうやってっから隊も弱くなるんじゃねぇの」

「……っ!」

「……宇髄(・・)。それはカナエとしのぶに対する侮辱と受け取ったいいな?」

(やべっ、地雷踏んだか)

 

 誠と天元の姿が消える。刀がぶつかり合う音が響き、カナヲがその音の場所に目を向けると、宇髄は塀の上にいた。刀を抜いており、誠は地面へと着地している。

 

「お前のそれは万能じゃねぇ。知られている相手には有効打じゃない。分かってたら余裕で対処できるからな。俺みたいな奴だと特にな」

「でしょうね。ただ、それは"虚空"の話です。アオイは返してもらいましたよ」

「ッ!?」

 

 誠の腕の中にはたしかにアオイがおり、天元から奪い取っていることが分かる。目で追えなかった者たちはもちろんのことながら、奪い取られた天元もその事に気づけていなかった。

 

(どういうことだ……。誠のやつ、何をしやがった……)

「チッ。代わりにお前が来いってのもできねぇのによ。やってくれたな」

 

 アオイを下ろし、カナヲの側へと移動させる誠を見て天元がぼやく。柱は基本的に同じ任務には就かない。輝哉から直接の指令が下された場合のみ同行する。そしてそれは"影"の役割を担う誠でも同様だった。例外としては、そこに嶺奇がいると判断できた場合のみである。

 

「お前んとこの女も隊員じゃねぇしよ」

「なら代わりに俺たちが行く!」

「炭治郎……」

「は?」

 

 炭治郎、善逸、伊之助の三人が天元を挟むように立つ。その三人に天元が殺気を放ち、重圧をかけていく。それを浴びても三人は一歩も引かなかった。

 

「……あっそ。ならついて来てもらおうか」

 

 その事を加味し、これなら幾分か使えるだろうと天元は判断した。

 

「天元さん」

「なんだよ」

「ご武運を。そこまでうまく溶け込んでいる鬼ともなると、おそらくは──」

「ハッ! 互いにな。そこの継子の任務、誠も同行することになってるようだぜ」

「!? 分かりました」

「んじゃ、俺様の派手な勝報でも待ってるんだな」

 

 天元と誠の関係が分からない者たちは、そのやり取りに完全においていかれた。天元が屋敷の外へと移動し、炭治郎たちもそれを追いかけていく。

 

「炭治郎」

「真菰さん。行ってきます!」

「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね。今までで一番しんどい戦いになると思うから」

「……今までで……」

「俺がついてんだ! 子分の心配はいらねぇ! ついでに紋逸もな!」

「俺はついでなの!?」

「ふふふっ、三人とも応援してるね」

 

 天元を追いかける三人を真菰が見送り、カナヲと任務の確認をしている誠の側に寄る。指令が来る場合は、たいてい鎹鴉が口頭で場所だけ伝える。それ以外の場合は、今回の天元のように鬼がいる場所に当たりをつけての調査。基本的に前者がほとんど。

 だが今回は、鴉が紙を持ってきた。そこにはたしかにカナヲへの指令が書かれており、誠を同行させるようにも書かれている。

 

「うーん、なんで誠も? というか、誠には知らせが来てない事が不思議なんだけど」

「同じ屋敷にいるから手紙一つでいいって判断でもしたのか。何にせよ、お館様の指示のようだし、行かない理由もない」

「なんか不自然で引っかかるんだけど……」

「……あー、なるほど」

「何一人で納得してるの?」

 

 手紙をじーっと見ていた誠が事情を察する。一人だけ分かるなと真菰が頬をつつき、その指を柔らかく包んで説明する。

 

「引き継ぎの準備に入ったみたいだな。手紙なんてほとんど使わないのに、わざわざやってるのはその知らせ」

「引き継ぎ? ……先が分かるっていうのも、場合によっては考えものだね」

「本人がどう思ってるかはさておいて、な」

「それはそれとして、誠が同行かー」

 

 結局はそこが引っかかる。誠は嶺奇への対処に専念するようになっている。通常の任務が回ってくることはない。カナヲの任務に同行するのか。それとも本当のところはカナヲが任務に同行するのか。眉をひそめる真菰の眉間に、誠が指を押し当てる。

 

「考え過ぎても仕方ない。指令どおりに動くだけだ」

「とか言って、道中で考えるくせに」

「暇だしな」

 

 状況を把握した真菰が誠から離れ、アオイの隣へと移動する。誠は出かけていたばかりというのもあり、準備が整っている状態だ。カナヲが一旦部屋へと戻り、また戻ってくるのを待つ。その間の話題はやはり炭治郎たちのこと。

 

「みなさん大丈夫なのでしょうか……」

「死にはしないだろ。それなりの経験は積んでるし」

「ですが……」

「アオイも気に病まないで。気にしちゃうだろうけど、あの子たちはアオイが気に病むことを憂うよ」

「……はい」

「帰ってきたら美味しいご飯作ってあげよ。待ってる私たちにできることは、そういうことなんだから」

 

 唇を噛み締め、白衣の裾をギュッと握り締める。生真面目で責任感の強いアオイだ。真菰が声をかけても、肝心の炭治郎たちが戻ってこなければ気にし続けるだろう。

 そうこうしているとカナヲが支度を終えて戻ってくる。いつもなら特に何も言わないカナヲなのだが、アオイの前で立ち止まった。

 

「アオイ。行ってきます」

「ぇ……」

「カナヲさま……」

「ほらアオイ。ちゃんとカナヲに言ってあげなきゃ」

 

 予想外の行動に戸惑っているアオイを、真菰がそっと背中を押して促す。

 

「ぁ、行ってらっしゃいカナヲ。その……無事に帰ってくるのよ!」

「うん」

「誠のお守りもよろしくね~」

「おい」

「「「行ってらっしゃいませ!」」」

 

 皆に見送られ、誠とカナヲも出発する。鬼が潜んでいるとされる場所までは、鎹鴉に案内を頼むのが定番。なのだが、

 

「なんか喧嘩してね?」

 

 案内をする誠の鴉とカナヲの鴉が、空で激しく交戦している。それでもちゃんと案内しているのは、職業病もといプロ意識故か。そこに割り込むと面倒そうだなと判断し、誠は隣にいるカナヲと話すことにした。

 

「驚いたよ。カナヲが引き留めようと掴んでたこと」

「……あれは……その……。助けを求められて、でも上官に……」

「直接の上官じゃないし、あの人は過ぎたことを気にする人でもないから大丈夫だろ。それより、カナヲも自分から動けるようになったんだな」

「……?」

 

 誠が感心する理由が分からなかった。自分から動けたわけじゃない。連れて行かれるのを、強く嫌がっているのを見ておきながら、すぐには動けなかった。アオイに助けを求められても、いろんなことを考えて、どうするのが正解なのか分からなかった。

 

「最終的に決めたのはカナヲだ。コインで決めたわけでもない。助けようってカナヲの()が決めたんだ」

「心……」

 

『人は心が原動力だから。心はどこまでも強くなれる!!』

 

「私の、心……」

 

 何度かそう呟くカナヲは、やはりいい変化が生まれたのだ。炭治郎との出会いが、蕾だった心を花開かせだしている。その傾向は他の場面でも暫し見られた。いち早く気づいたのはしのぶで、しのぶもカナヲのその変化を好ましく思っていた。それと同時に「炭治郎くんが他の女性に靡かないようにしなくては」と呟いていたのも、誠はばっちり聞いている。耳の痛い話だった。

 鬼の居場所が分かっていれば即戦闘になる。鬼はそれぞれ縄張りを持っており、侵入者を迎撃する。自ら動く鬼もいれば、誘い込んで強襲する鬼もいる。そのどちらなのかは、潜む場所によって傾向が生まれやすい。人里離れた場所であるほど、自ら動く鬼が多い。反対に町や建物に潜む鬼は、誘い込む場合が多い。今回は町だ。

 

「捜索からか」

「別れて動きますか?」

「町の詳細を把握してないし、しばらくは同行しよう。まだ日が沈んでもいないし、本格的に鬼を探すのも少し先だろう」

 

 まずは地理を頭に叩き込む。その次に人の流れを把握し、そこから不自然さを見抜いて鬼の場所を絞り込む。それが鬼を追い続けている誠のやり方だった。だから鬼の居場所の把握には多少なりとも時間がかかる。もしかしたら、明日に鬼を倒すことにもなる。

 

 そのはずだった。

 

「この屋敷でかいな」

「うちくらい」

「だな。ん? 人が集まってる?」

 

 おそらくは町で一番裕福であろう家。その屋敷の塀に沿って歩いていると、屋敷の正面に人だかりができていた。カナヲと顔を見合わせ、頷いてそこへと紛れていく。

 暴動のような騒ぎではない。何か不可解なことがこの屋敷で発生し、それが広まって人だかりができたようだ。誠は適当に近くにいる人に話を聞き、この屋敷で何が起きたのかを把握する。それを聞いてからもう一度人だかりを縫って離れる。カナヲと逸れないように手は繋いでいた。

 

「殺人か。たしかに、一番前には憲兵がいるな」

 

 繋いでいた手を離し、聞いた話をカナヲと確認していく。この屋敷に住む人全員が殺害されたという事件。噂に尾ひれがついたのかは定かではないが、"鬼の所業"と言われるほどの残忍さだったという。

 

「……似てるな。可能性はあり、か」

「?」

「カナヲ。ちょっと中に忍び込もうか」

 

 聞き返すこともせず、カナヲはこくりと頷いた。鬼が関係しているという誠の予測を見抜いてのことだった。ある種専門家とも言える隊員としては、こんな昼間から鬼が大々的に活動していることが不可解だ。それを確かめるためにも、誠とカナヲは屋敷の中に侵入した。

 侵入自体は簡単だ。ひと目のつかない場所に移動し、塀を飛び越えて中に入るだけ。中では調査している憲兵たちがいるため、その目を盗みながら屋敷内を移動していく。

 

「こういうの、天元さん向きなんだろうけどな」

「そうなんですか?」

「あの人は元忍だぞ」

「……派手、ですよ?」

「そこはあの人の趣味」

 

 あんな派手な忍なんていないだろって反応するカナヲに、そうなるわなと誠はくすりと笑った。見た目だけで言えば全くもって忍だなんて思えない。元大道芸人と言った方が信じられそうだ。

 そんな話を交えながら移動し、時には廊下を駆け抜け、時には身を潜める。政府非公認の組織であることが、こういう時に足枷となってしまう。それを補いきれる能力があるから特に障害にすらならないわけだが。

 

「遺体は運ばれた後か。憲兵がいるわけだし、それなりに時間が経っているわけか」

「鬼か人か分からないですね」

「……血の飛び方からして斬殺。刀で斬られてるな」

「……刀で……」

 

 世は大正時代だ。刀を所持している人間は、鬼殺隊を除けば一部の職業の人間だけになる。要は軍部の人間だ。だが、この屋敷の主は軍部との関係が限りなく薄い。大成功した地主、という風に先程聞いている。残るは鬼のしわざ。なるほど鬼の所業というのも、あながち間違っていない。

 刀を使う鬼と聞いて、誠が真っ先に思い浮かべるのは黒死牟だ。というよりも、黒死牟以外で見たことがない。しかし時間からして事が起きたのは日中。血の状態からしても、夜に起きたこととは思えない。つまり、昼間は出歩けない鬼がやるのは不可能だ。

 

「──ッ!」

「? 騒いでるな」

「……隠し部屋? みたいです」

「行ってみるか」

 

 屋敷中の憲兵がそこに押し込むわけでもなく、数人の憲兵とおそらくは上官と思われる人間が入っていく。誠たちは他の者の目を盗み、その後を追う。地下へと続き、そこには一つの大部屋があった。

 

「なんだ……! これは……!」

「ちょっと失礼」

「がっ!」

「なんだ貴様ら……っ、か……」

 

 憲兵たちの意識が向いていない間に、誠とカナヲはその場にいる全員を気絶させる。そっと横に寝かせ、憲兵たちが釘付けになっていたそれ(・・)を見やる。

 

「なんだなんだ次から次へと! こちとら見せもんじゃねぇんだぞ!」

「鬼だな」

「はい」

 

 そこには、四肢を切り飛ばされ、胴も二分された上で体を壁に打ち付けられている鬼がいた。首が斬られていなければ、日が差し込むわけもないために死ぬことができない。体がバラバラに打ち付けられているため、満足のいく再生もできない。

 

「アイツまじふざけんなよ! 俺の血を墨代わりにしやがって!」

「墨代わり?」

「っ! 誠さん、後ろ」

「ーーっ!」

 

 『ただいま

 

「……面倒なことをしてくれる……!」

 

 苦々しい表情を浮かべ、その文字を横に一閃する。誠は再度鬼の方へと振り返り、動けなくなっている鬼の首を斬り落とした。今回の任務自体はすぐに終わったものの、新たな問題は発生した。全ての根本を絶たなければ続くのだろうと天井を見上げて思慮にふける。

 そうしていると、誠の左手が柔らかな手に包まれた。鍛えて皮膚が固くなっていても、完全には抜けない女性らしい淑やかさ。そちらに目を向けると、軽く眉を下げたカナヲが誠を見上げていた。誠はそれを少し見つめた後、表情を柔らかくして刀を納める。

 

「大丈夫だカナヲ。心配してくれてありがとう」

「本当にですか?」

「……とりあえずここを出よう。出入り口が一つしかないし、面倒事はごめんだ」

 

 カナヲの追及から逃げ、屋敷から脱出することを優先する。今回の鬼はやはりあの鬼で合っていたようだが、いろいろと勘ぐりたくなる案件だった。それに疲弊する誠を、少しでも和らげようとカナヲは模索した。が、カナヲはどうしたらいいかさっぱり分からなかった。そうして辿り着いた結論は一つだけ。

 

「カナヲ。いつまで手を繋ぐ気だ?」

「屋敷に着くまで。……あの頃以来です」

「っ、そうだったな」

 

 まだカナヲが入隊を決意する前。その頃は一緒に出掛ける度に手を繋いでいた。しかし、カナヲが入隊してからは、一度もそれがなかった。お互い任務に就くとか、誠が屋敷を開け過ぎるとか休まないとか。そもそも誠はカナヲの入隊を芳しく思わなかったとか。理由はだいたい誠にある。

 カナエやしのぶを姉だと慕うカナヲにとって、当時から一緒にいた居候の誠はどう映っていたのか。カナヲにとって誠はどういう存在なのか。

 

(私の──。私だけの──)

 

 それはカナヲしか知らない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 鬼舞辻無惨の居城と呼べる空間──"無限城"。その空間は、無惨が仮の生活を送っているある人間の家の部屋とも繋ぐことができる。他にも、その城に居続け、琵琶を弾いている鬼"鳴女"の能力により、強制的に他者をそこに入れることも可能だ。少し前では下弦の鬼が集められ、壱以外が処罰を受けた。

 今回集められたのは、上弦の鬼たち。その理由は、上弦の陸が討たれたからだ。無惨は苛立ちを顕にし、目的の物の捜索を急がせる。さらには上弦の伍の情報を元に、上弦の肆共々指示を出して集まりを終える。上弦たちが帰っていく中、上弦の弐童磨は上弦の壱である黒死牟を呼び止めた。

 

「聞きたいことがあったのを忘れていてね。これは剣士である黒死牟殿に聞く他ないと思うんだよ」

「疾く申せ……」

「少し前に興味深い鬼狩りがいてね。剣士っていうのは、一瞬でも存在を消せるのかな?」

「ほう……。可能だ(・・・)……」

「へぇ?」

 

 童磨は獰猛な笑みを浮かべながら、黒死牟の見解を聞いた。どういうからくりで、戦闘中の相手の存在が消えるのかを。その話を聞き終えるとすぐに鳴女に元いた場所へと返還されたが、童磨はそこでもクツクツ嗤っていた。

 

「面白いなぁ。次はどう楽しませてくれるのかな? 仮面を下げた鬼狩りくん」

 

 




 この章の中でも、そろそろ物語が後半に入っていきそうです。

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