月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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8話

 

 里には、緊急時にそれを知らせるための鐘が高台に設置されている。それを激しく打ち鳴らしつつ、何が起きたのか、どういう行動を取らせるかを叫んで知らせるのだ。

 それが打ち鳴らされる前に、誠は飛び起きた。刀を腰に下げて反対側にお面を、その身を隊服に包み、その上から羽織を纏う。

 

(鬼か。……炭治郎と時透が一緒だな。時透がいるならそっちは任せるか)

 

 すぐに気配を探知し、窓を蹴破って闇夜に身を投げ出す。宿に現れた鬼は一体。ここまで近づかれないと気づけなかったことを考慮し、その鬼の力量をも察する。正直に言えば厳しい戦力だ。宿内の気配では、炭治郎と禰豆子と無一郎が一緒にいることが分かった。少し離れているが、そこに玄弥もいる。だが蜜璃はいない。先日里を離れた。

 柱は上弦の鬼に張り合えるとして、炭治郎も経験はある。そこに禰豆子と玄弥が加わる。それでも状況は芳しくない。強い剣士がもう一人加わった方がいい。

 

 それが分かっていても、誠はそこに混ざるわけにはいかなかった。鬼の気配は宿に現れたやつだけではない。鬼とも言えない妙な気配が、里の集落に大量に迫っている。そちらを放置するわけにはいかない。

 

「土佐右衛門!」

「ナンダ!」

「今すぐ事態を知らせろ! 一番近い柱をここに来させろ!」

「承知シタ!」

 

 土佐右衛門がすぐに飛び立っていく。緊急事態だということは、鎹鴉でも分かるのだ。誠はそれに一切目をくれず、集落に迫っている気配へと突っ込んでいく。土佐右衛門は賢くサポートしてくれる。柱を呼びに行く前に、高台にいる男に事態を短く伝えていた。今からの避難では間に合わないが、被害も少しは減るだろう。

 

「悪趣味な鬼がいたもんだ」

 

 今まさに襲撃しようとしている化物を目の当たりにし、嶺奇を思い出しつつ悪態をつく。嶺奇の能力とは別だと分かっているものの、似たような悪趣味さだと断定する。巨大化した金魚が何匹もいる。手足が生えていて、それがそのまま移動手段となる。

 

「モ゙ォォォ!」

「チッ。これは手間だな」

 

 鬼であれば首を斬ればいい。だがこの化物たちは金魚だ。まず首がどこだという問題が発生し、そこを斬れば殺せるのかという問題も発生する。数が多いため、可能な限り早く殲滅するためには、一撃で葬り去るのが一番だ。それなのにその方法が判明していない。斬りながら分析し、判断していくしかない。

 

「モ?」

(傷の再生はない。痛覚が無いのか)

 

 足を両断した金魚は、倒れたままでジタバタしている。人を襲うという習性が強く刻まれているのか、足がなくても手で這いずって誠へと迫ってくる。その大きすぎる腕で掴まれば終わり。巨大な口で体ごと食い潰される。

 

(……あからさまな怪しげな壺。狙うか)

──(から)の呼吸 伍ノ型 深空

 

 一足飛びに金魚へと迫り、大きく開いた口ごと壺にかけて切り裂き、勢いのままに体中を斬っていく。バラバラになった金魚の体は、そのまま塵になって消えていく。割れた壺も再生しない。

 

「もう一匹試すか」

 

 誠に気づき、我先にと走ってくる金魚たちの間を縫っていく。通り過ぎざまに金魚を斬るも、やはりそれだけでは金魚も止まらない。誠が通り過ぎると、金魚たちは反転して誠を追いかける。それには目もくれず、誠を見ていない金魚へと駆ける。

 

──空の呼吸 肆ノ型 穿空

 

 その金魚が気づく前に、最速での突きを放って壺だけを穿く。壺は全く固くない。通常の壺と同じだ。簡単に砕くことができ、壺が割れると金魚も醜い断末魔を叫びながら消えていく。それで確信を抱き、追いかけてきていた金魚たちへと打って返す。

 

「モォォォ!!」

「金魚の鳴き声じゃないな」

 

 そもそも金魚は鳴かないだろ、というツッコミを入れる人もいない。突進してくる金魚を躱し、地を蹴って壁へ。壁を蹴ってさらに上へと移動する。この金魚たちの核である壺は、そのほとんどが背に付いている。加えて人よりも大きな巨躯を持っている。狙うためには上へと移動しないといけない。

 空中で身を翻し、掴もうとする手を両断する。金魚の背に飛び乗り、その金魚の壺を割る。それが終わると次の金魚へ。背から背へと移り、近くにいる金魚たちを一匹残らず駆逐していく。

 

「ほとんど流れたか」

 

 気配を探り、今倒した金魚が全体の一部だと把握する。他の金魚たちの位置を探り、一番近い金魚へと向かう。

 無一郎に話したように、誠はその時が来れば隊のことを後回しにする。しかし、この状況でその時が来ることはない。誠の大切な者たちは、この里にはいない。だから隊のことを考えて行動できる。この里はともかくとして、ここに住む鍛冶職人を失うことが、隊にとってどれほどの損失になるのかを。

 

(ひとまずあそこか)

 

 人を襲うことに夢中になっている金魚を倒すのは容易い。反応する前に接近して壺を割る。足を止めることなくそれを繰り返し、誠は目的地であるとある家へと駆け込む。すでにそこに人の気配はない。避難をしたのか、あるいは……。

 

(後者だろうな)

 

 確信があった。こんな状況であろうとも、鉄心は刀を打ち続けるのだろうと。工房は別の場所にある。今度はそこへと向かう。その道中で金魚に遭遇することはなく、残っている金魚の討伐を後回しにしてしまうあたり、やはり向いてないなと思う。

 

「刀は?」

 

 工房に着くやいなや、用件をすぐに伝える。刃こぼれしている刀ではどこまで戦えるか不安が残る。金魚だらけということは、それを召喚した鬼もいる。宿にいる鬼もまだ残っている。新たな刀が早急に欲しかった。

 

「まだ!」

「……できたらすぐに持ってこい。俺の居場所は俺の鴉に聞け。ここらにあるの持っていくぞ」

「それは失敗作だって! 聞いちゃいねぇ……。だーくそっ! それよりも刀か!」

 

 無いよりはマシだろうという感覚で、失敗作の刀を数本拝借する。刃こぼれしていようとも、欽波が打った刀だ。金魚たち相手には極力使いたくなかった。鉄心がいつ完成させるかわからない以上、現状で一番良い刀は鬼相手に扱うべきだ。

 工房から飛び出し、残っている金魚たちへと向かっていく。その中でも一際大きい金魚が、屋敷を襲撃しているのが見える。そこは里長がいるはず。誠は近くにいる金魚を倒し、進路を変えてそちらへと駆けていく。

 

(この気配。来たか……)

 

 半壊した屋敷の上にいる巨大な金魚。その金魚の手の中には里長がいるのだが、誠と反対方向から飛び出してきた剣士がその金魚を一撃で討伐する。落下する里長を受け留めたその剣士は、知らせを受けてすぐに駆けつけた恋柱の蜜璃。担当区域が近かったようだ。

 その蜜璃に里長がセクハラ発言し、それに便乗しようとする里の者を足蹴にする。

 

「あ、泰富さん!」

「来てくれて助かった。残りは俺が片付けるから、甘露寺はあっちを頼む」

 

 宿の方を指差す。そちらに現れた鬼は相当の実力のようで、宿もここと同じように半壊している。土煙が上っており、注視すればまだ交戦しているのも分かった。

 

「俺は刀がこの調子でな。新しいのを受け取ったら駆けつける」

「分かりました! 任せてください!」

(なんだろう。この、何とも言い難い不安は……)

 

 甘露寺蜜璃。張り切ると空回りしちゃう女の子である。戦闘だったり、それに類する場面で真剣になれば頼りになるのだが、そうじゃない状態では一抹の不安を抱かせてしまうのだ。

 姿を霞ませるほどの高速で蜜璃が飛び出す。あの調子なら手遅れにならないだろう。そこは一安心し、屋根の上に移動して残りの金魚たちを視認する。蜜璃が反対側から来てくれたおかげで、残りの金魚も僅かだ。適当に拝借してきた刀と相殺でも、残りの金魚たちを殲滅することは可能。

 

「そういやさっき時透が飛んでたような……。まぁ死なないか」

 

 蜜璃の到着により多少の余裕が生まれた。無一郎が飛ばされていたのは見たが、蜜璃が代わりに向かっているのなら問題ない。それはそれとして、誠は金魚たちを殲滅した後の行動を決めかねていた。一つは刀を新調するべきという点。もう一つは、鬼が2体来ているという点だ。

 炭治郎たちが交戦している鬼の気配と、この金魚たちから感じる鬼の気配が異なっている。その事から、身を隠している鬼がいることは明白。その鬼も当然倒さないといけないのだが、金魚たちが現れた場所と無一郎が飛ばされた場所が近い。おそらくは召喚者である鬼と接触する。その鬼を無一郎と戦うのか。それとも戦いがますます激化している炭治郎たちの方へ向かうか。

 

(何にせよ、鉄心が刀を届けてくれないことにはな)

「土佐右衛門。お前は鉄心のとこに行け。刀ができたら持って来させろ」

「カァァ! 俺ガ運ンダ方ガ早イ!」

「どっちでもいいけど、そっちは任せる」

「任サレタ!」

 

 土佐右衛門に指示を飛ばし、自分は金魚の殲滅を続行。拝借してきた刀を手に持ち、家を破壊している金魚へと迫る。壺を割るために高く跳び、自由落下に身を任せてタイミングを見計らう。高さの一致に合わせて上段から刀を振り下ろし、金魚の壺を叩き割った。同時に刀も砕け散る。

 

「なるほど。失敗作と言ったのはこういうことか」

 

 壺一つにつき刀一本の喪失。割に合わない代償だが、元から使われる予定もなかった刀たちだ。壊しても文句は言われない。なおかつ、相殺できるだけまだマシだ。

 

「残りも片付けるか」

 

 

 

 誠が金魚を一匹残らず殲滅している一方で、無一郎は上弦の伍である玉壺と交戦。敵の毒が体を回る中、小鉄少年のファインプレーもあって"痣"を発現。単独で上弦の鬼を見事に討伐。

 残りは炭治郎たちが交戦している上弦の肆・半天狗だけとなった。臆病な本体の代わりに、強力な分身体たちが交戦。戦闘が進むに連れて分身体たちは一体の鬼へと吸収された。『憎珀天』の出現により追い詰められるも、駆けつけた蜜璃によって状況は仕切り直しへ。

 

「頑張ったね! 偉い! 後は私に任せて!」

 

 炭治郎を救出し、蜜璃は憎珀天と交戦。相手の攻撃を見切り、躱し、攻撃に技をぶつけて打ち消す。しなやかな体と見た目の8倍の身体能力がある特殊体質。それらを活かし、鞭のようにしなる刀を扱う。

 放たれる雷撃も、面を埋め尽くす広大な範囲攻撃も技で相殺し、憎珀天へと肉薄する。刀を巧みに扱い、鬼の首を締め付けるように巻く。鬼が口を開くも、蜜璃は技を繰り出される前に首を斬り落とす自身があった。

 

「そいつは本体じゃない! 首を斬っても死なない!!」

(えっ!? やだそれ本当!? 私判断間違えちゃっ──)

 

──狂圧鳴波

 

──空の呼吸 陸ノ型 絶空

 

「あ、あれ? きゃっ!?」

 

 何も受けなかったことに困惑する蜜璃を抱え、一旦憎珀天から距離を取る。憎珀天からの追撃もなく、この場に参戦した誠と見合う形に。

 

「誠さん!」

「炭治郎。禰豆子と玄弥と三人で本体を追え。こいつは俺と甘露寺が抑える」

「はい!」

「久しぶりだが、話す暇もない。本体倒してこい玄弥」

「元からそのつもりだ!」

 

 炭治郎たちが逃げた本体を追いかけるも、憎珀天はその妨害をすることができなかった。たった今現れた誠の存在がそれを妨げる。

 

(こやつ……どこから現れた(・・・・・・・)

 

 憎珀天は蜜璃との戦いの最中だったが、周囲の気配も把握していた。炭治郎たちが動けず見守っていたのも、自分の本体の位置も。そうだというのに、誠の技がぶつかる瞬間まで、その存在を認知できていなかったのだ。憎珀天は警戒心を高めずにはいられなかった。

 

(いや、そもそも何をしおった(・・・・・・)

 

 最も憎珀天の警戒を高めさせたのは、誠がやったことを理解できないという点だ。技をぶつけて相殺させられた。結果からそれが分かるのだが、その過程が何一つ分からない。細かく誠を見ても、相殺ができるようにも見えない。だが結果として相殺された。その矛盾を末恐ろしく感じる。

 

「甘露寺」

「なんでしょう!」

「重たい」

「失礼ですよ!? 真菰さんに言いつけますからね! って、何か苛立ってます?」

 

 蜜璃の質問を無視した。

 憎珀天から距離を取る際に、誠は蜜璃を抱えていた。蜜璃は見た目の8倍の身体能力である。筋肉は脂肪よりも重い。結構腕の限界が来ているのだ。助けられたことに蜜璃は胸をときめかせていて、すぐに降りてくれなかったのもある。失礼極まりない台詞でトキメキも冷め、蜜璃は顔が熱くなっていたことに恥ずかしさを感じて降りる。

 二人で憎珀天を止めると言ったのはいいものの、誠には大きな問題があった。

 

「さっきのを防いだ時に刀が砕けた。しばらく一人で頼む」

「えぇ!? 何でですか! カッコよかったのに! 私のキュンを返して!」

「いやそれは知らねぇよ!?」

 

 蜜璃の抗議を流し、誠は把握している現状を淡々と話していく。

 

「正直に言うと、俺はあの鬼と張り合い切れん。でも甘露寺ならできるだろ? 現状を鑑みるに、勝つためには甘露寺の力が必須だ。お前があれを抑えられなかったら俺達の負け」

「私の責任重大ですね!? でも、そういう事ならお任せを! 炭治郎くんたちを信じて、私も全力でこの鬼を抑えます!」

 

 誠の刀が届くまでの間、蜜璃は一人で抑えないといけない。とはいえ、蜜璃にはそれができるだけの実力があった。炭治郎たち後輩に信じられていること、頼りにされていること。そういう信頼が蜜璃の心に火を灯す。誠を警戒していた憎珀天も、誠に攻撃手段がないと分かると戦闘を再開する。未だにカラクリを分かっていないが、蜜璃を倒さないことには本体の下へと追いかけられない。

 

「俺も少し下がっとくか」

 

 その場から後方へと下がり、蜜璃と憎珀天の戦いを見守る。憎珀天は木でできた5体の竜を操っている。竜の口からは雷撃や先程の超音波が繰り出される他、長さを伸ばすために、竜の口から小さい竜がマトリョーシカのように飛び出したりする。基本的には5体。技によっては一時的にその数を増やす。それが憎珀天の戦い方。分かりやすく、それでいて圧倒的な力を見せてくる。

 しかし蜜璃はその全てに対応してみせた。全力を出すというのは気持ちの面での話。鬼相手に手を抜く理由など元からない。それでも蜜璃は格段と動きのキレが増していた。後は体力の問題。その解決には自分が参戦したほうが安心だ。

 

(刀はもうじきってとこか)

 

 なんとなくそう感じた。

 憎珀天の意識が蜜璃へと集中していく。誠への警戒が薄れていく。蜜璃の覚醒を利用し、誠が自分の存在感を薄れさせている。そうして完全に自分への意識が無くなると、誠は目を閉じて意識を沈めた。

 

(俺が里に来ると何かしら起きる。変な宿命を感じるな)

 

 今回は里自体が襲われた。上弦の鬼が2体現れている。

 前回は別の場所に上弦の鬼が現れた。その時に動いたのがカナエだ。

 

 ──『里』『刀』『鬼』『カナエ』

 

(あぁ……苛立たしい)

 

 蜜璃に言われたことは図星だ。大いに苛立っている。必要なことだとはいえ、この里に来ると否が応でもあの時を思い返してしまう。カナエとの思い出と共に、自分の不甲斐なさ、判断ミス、巻き込まれて人生が変わった人たち。それを思い返しながら刀の完成を待っていた時に、今回の襲撃があったのだ。

 

 土足で踏み込まれた気分だった。

 

(カナエ……。こいつ畜生な上に性格が腐ってる。……こういう奴は問答無用で殺していいよな?)

 

 右手を頭上に上げる。土佐右衛門が運んできた刀がその手に収まる。

 

(良い刀だ)

 

 鉄心には何も残されていなかった。無一郎の刀は、前任者である鉄井戸の書き置きがあったが、誠の刀は何一つ残されていなかった。ここの職人たちは使用者に合うように作っているのに、鉄心はそれができない状況にいた。一度だけ誠を里に呼び、刀を見させてもらう。自分で分析してその刀を目指した。その過程で鉄心は気づいた。真似て作るより自分の渾身の刀を作ったほうが、結果として良い刀にできると。

 元より修行の身。技術力は到底足りない。そんなものが真似ようとしても、駄作になってしまう。だから自分なりの刀を作ることを目指し、誠の手に馴染むように調整したのだ。

 

「これなら混ざれるな」

 

 地中から現れ、蜜璃の背後を取ろうとした木の竜を両断。誠の参戦により一瞬動きが止まった憎珀天の隙をつき、さらに接近して下段から刀を振り上げる。間に入ってきた竜に阻まれ、憎珀天を斬ることはできなかったが、自分の力がある程度通用することは確認できた。

 

「泰富さん頭を下げて!」

 

 言われた通りに頭を下げ、そのついでに下へ降りる。頭を下げた直後に蜜璃の刀が通り過ぎ、遅れていたら間違いなく自分の首が飛んでいたことに背筋を凍らせる。信頼を元にした連携だが、蜜璃は抜けてるところもあるから怖い。

 憎珀天は木の高台のようなものに立っており、接近するだけでも一手間かかるのだ。だがそれは、相手も狙いにくい場所が生まれるということ。それを利用し、相手の死角から仕掛ける。

 

──空の呼吸 弐ノ型 空斬り

 

 なんて分かりやすい戦術は使わない。

 

(厄介な場所にいるのなら、そこから引き摺り下ろせばいい)

 

 木を斜めに切り裂き、強制的に憎珀天を地に降りさせる。たったそれだけのことでも憎珀天は歯ぎしりし、誠を強く睨みつけた。その傲慢さに誠も高笑いし、味方である蜜璃がゾッとするほど暗い笑みを浮かべた。

 

「なぁ鬼畜生。首を斬っても死なないお前は、日の光を浴びたらどうなるんだ? 試してみようじゃないか」

「愚かしいのォ。貴様はその程度の力で儂に殺されぬとでも思っておるのか」

「ハッハッハ! 卑劣で愚劣な引き篭もりがよく吠える」

「目も当てられぬ極悪人よのォ」

(この小僧……気配が変わりおった)

 

 刀を中断に構え、誠の表情が消えていく。完全な無になると、誠の放つ気配にも変化が起きた。周囲に霧散していた気配が一つに集まる。誠の中で収まり、それが憎珀天にだけ向けられる。敵意を超えた殺意が、冷えた手を首に伸ばすように憎珀天に迫る。

 

「お前らはいつも人の逆鱗に触れる」

 

 麻痺していた誠の心が奮い立つ。眠っていたように動いていなかった心。半分ほどしか動いてなかったそれが、誠にとって踏み込んでほしくない場所に踏み込まれたことで目覚める。

 それでも怒りのままに戦うことはない。心は人の軸になる。それがブレなければそれだけ強い力となる。怒りに染まった人間もまた、手のつけられない勢いを手にする。だが誠はそうならなかった。

 

『誠さん、怒りに沈まないで。あなたはそれに落ちちゃだめ』

(分かってるよ。カナエにも知られてたのは意外だったけど)

 

 誠の秘密を知り、誠のことを案じていたカナエの忠告。激情は身を滅ぼしかねない。誠の場合は特にそうだ。

 感情をコントロールする。一挙一投足に集中し、神経の一つ一つにまで意識を飛ばす。

 

「甘露寺。合わせれるだろ」

「……うん!」

 

 心を完全に目覚めさせた。その意味においては、誠が本気を出しているのもあの日以来だった。童磨相手に戦った夜明け前の10分弱。あの時以上に誠は自分の感情を制御できている。

 頭上から叩き潰しに来る竜を無視し、前へと足を進める。目的で言えば憎珀天をこの場に足止めすることだ。炭治郎たちが本体を倒すことに集中できるように。だが誠は憎珀天へと接近する。首を斬っても死なないと分かっていても。

 

「遅いわ」

──激涙刺突

 

「させない!」

──恋の呼吸 陸ノ型 猫足恋風

 

 木の中から取り出した槍を使い、高速の連続突きを放つ。蜜璃が横から割って入り、その攻撃を代わりに捌く。そのついでに憎珀天の腕をも斬り、それに合わせて誠が5連撃叩き込む。首はもちろん、胴体も含めて。

 首を斬り落としたところで、憎珀天は本体ではないため死なない。蜜璃に斬られた腕がすぐさま再生し、首から離れた頭も再生する。その再生速度は速く、様子見が命取りとなる。

 

「鬱陶しいのう!」

──狂鳴雷殺

 

 誠には雷撃が放たれ、蜜璃には超音波が放たれる。誠相手には超音波が消され、蜜璃が雷撃を斬ったことを踏んでの判断だ。だがそれは初見ではない。見たことがある技を喰らうこともない。死なないと分かっている相手に油断するわけもなく、それは不意打ちにもならなかった。二人とも難なくそれを凌ぎ、竜を斬っては憎珀天も狙う。

 

(ふん。この二人厄介ではあるが、崩しやすいの)

 

 すぐに憎珀天は狙いを変える。蜜璃が憎珀天と対等に渡り合っているのに対して、誠は食らいつくのが手一杯だ。誠の立ち回りが上手く、どう力をぶつければいいのかを見極められる。だから格上の敵が相手でも対応できている。

 そしてそれが誠の限度だ。童磨のようにわざと攻撃を受けるような相手でなければ、誠は一人で上弦の鬼に攻撃を浴びせることができない。今も蜜璃の援護があって初めて成立する攻め方だった。蜜璃もまた、誠がいることで立ち回りに多少の余裕が生まれている。

 

(つまり、弱いこの小僧を殺せば小娘も消せる)

(とか思ってるんだろうなぁ。合ってるけど)

 

 自己分析をし、相手の分析もすればどう狙ってくるかも予測が付く。憎珀天との戦いは初めから勝ち目というものが存在しない。凌ぎ切れるかどうか。それだけだ。真菰に受け流しのやり方を教わっている誠からすれば、蜜璃がいるこの状況でそれ自体は容易く達成できる。

 それでも誠は攻勢に出ることを選んだ。そちらの方が生存確率が上がり、ひいては負傷率も下げられるからだ。戦いにおいて自分たちが有利に事を運ぶ手段は分かりやすい。

 

『相手にとって嫌なことをする』

 

 これだけだ。もちろんそれに嵌められるかが問題となるわけだが、要は相手の思い通りにならなければいいのである。この場合なら、"誠が防戦に出ないこと"。それがこの状況を保つ方法だ。

 

(それに、試したいこともある)

 

 一つは首を斬られても死なない鬼が、日を浴びたらちゃんと死ぬのか。これは本体が日の光で死なない限り立証できない。炭治郎たちなら首を斬れると踏んでいるため、わりと諦めていることだ。

 もう一つは、どこまで通用するのかだ。この先の激戦に向け、できれば上弦相手に確かめてみたい。蜜璃の援護もある。何よりも、この鬼の目を通して状況を把握している無惨が、剣士の情報を鬼たちに共有するとも思えない。せいぜい炭治郎の事くらいだ。

 

(全部は無理だが、少しはいいだろう)

 

「泰富さん。援護します!」

「助かる。さて鬼よ。夜明けも近い。本体もすぐに倒されるだろう。お前が消滅する前に、俺の実験体になってもらうぞ」

「泰富さん! 悪人みたいでカッコイイです!」

「「……」」

(あらやだっ!! 私何か恥ずかしいこと言っちゃった!?)

 

 残念な人を見るような目が集まる。憎珀天も「正気かこの女子」とか言う始末。蜜璃なりのエールのつもりだっただけに、本人は余計に恥ずかしくなっていた。

 

「さ、さぁ覚悟しなさいよ! まだまだ戦うんだから!」

 

 自分が破壊した空気を、ヤケクソ気味に叫んでさらに壊していく。その空回りぶりに思わず誠は笑みを零し、いい具合に肩の力を抜けたことを蜜璃に感謝する。

 

「終焉といこうか」

 

 

 

 果たして誠の検証は、本人にとって及第点程度に終わった。というのも、誠が思っていた以上に炭治郎たちが早く本体の半天狗を倒したからである。里に来た蜜璃を早々にこちらへと向かわせたことで、炭治郎たちの負傷も減ったのが要因だろう。

 朝日が昇り、禰豆子が消滅するかと思われたが、鬼であるはずの禰豆子が太陽を克服する。

 

「勝った勝った~! すごいよぉぉ!! みんなで勝ったよー!! よかったぁぁ!! ですよね泰富さん!」

「よ、よかった、ね~」

 

 憎珀天が消滅すると、誠は蜜璃に首根っこ掴まれて拉致された。自分で走ることなく、というかずっと体が浮いた状態で連行され続け、降ろされたと思ったら炭治郎やら玄弥やら無一郎やらを巻き込んでハグされている。

 ようやく解放された誠なのだが、禰豆子が話せるようになったことに反応したかったのだが……

 

「そうだな……。ゲフッ……!」

「きゃ~~!! 泰富さんしっかりしてー!!」

「離せ……甘露寺……」

 

 試してみたことが想定よりも体に負担をかけたことと、蜜璃に胸を押し付けられたことによって吐血。今回の一件の詳細を知らずとも、真菰に怒られるんだろうなと諦めに至って意識を飛ばした。強引な現実逃避だった。

 

 




 物語はもうじき終幕へ。
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