月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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11話

 

 無限城──鬼舞辻無惨の居城とも言える場所。地下に作り出された異空間。その城の中央と思わしき部分はそこが見えぬ空間となっており、それを囲うように四角く建物がある。部屋ばかりの継ぎ接ぎの建物だが、迷路のように廊下も長い。障子でしのぶと引き剥がされ、どこかの部屋に着地した誠は、すぐに目の前の障子を開けた。しかしそこにはしのぶはおらず、別の部屋が広がっていた。

 

「しのぶは下か。階段あるのか?」

 

 いつも道案内してくれる土佐右衛門は近くにいない。まずこの異空間にいるのかも分からない。誠はひとまず廊下に出ることにした。四方どこも障子で、適当に開けていく。どこかは廊下に通じるはずだ。

 

「どこも部屋かよ!」

 

 そんな期待はあっさりと裏切られた。少なくとも中心と思われる空洞の方に向かえば、廊下には出られるはずなのだが、その位置も誠は知らない。あの一瞬はしのぶの事を気にかけており、他の一切を見ていなかった。

 

(参ったな)

 

 考えても埒が明かない。行動しないことには、この城の構造も頭に入れることができない。足を動かし、どこかから廊下に出られないかと探していく。そうして動き続けていくと、開けた途端に鬼たちが溢れ出して来た。

 

「気持ち悪!」

 

 形の崩れた異形の鬼たち。理性すら失っているようで、我先にと誠に襲いかかっていく。後方へと距離を取り、雪崩のように突っ込んでくる鬼たちを睨む。速度に個体差があるようで、身近な距離ではあるが若干バラけている。先頭にいる鬼を斬り、一歩踏み込んでそのすぐ後ろにいる二体を同時に斬る。

 

「多いなぁ~」

 

 残りの鬼が五体。理性の欠片もなくなった鬼たちは、他の鬼をも巻き込んで誠を殺しにかかってくる。鬼は同士討ちができない。無惨ならまだしも、他の鬼たちは無理な話。狂気に染まった今の戦い方は、ある意味攻撃力が高いと言える。だが、結局ひと塊だ。体のでかい鬼が一体いるという見方ができる。

 

──空の呼吸 伍ノ型 深空

 

 迫り来る鬼たちへ突っ込む。すれ違いざまに斬り刻んでいき、後方に隠れていた鬼の首も斬り落とす。消滅を確認し、他に鬼がいないかも確認。討ちもらしがないことを確かめてから探索を再開した。

 いくつかの部屋を通過すると、ようやく廊下に出ることができた。出られたには出られたのだが、右を見ても左を見ても先が見えない。階段を探したいというのに、階段がどっちにあるのか見当すらつけられなかった。無駄な時間は減らしたい。右に進んでいく。

 10歩目で床が抜けた。

 

「はぁ!?」

 

 下に行けたものの、そこで待ち構えているのは異形の鬼たち。

 空中だったが体勢を整え、無造作に伸ばされる腕を斬る。落下中に高さが合えば首も斬り、床に着地するとすぐに足を動かす。囲われている状態では危険度が高い。一番反応が遅かった鬼に突っ込み、首に突きを放ちながら壁へと叩きつける。すぐに刀を引き抜いて首を斬って横へ跳ぶ。直後に他の鬼たちが壁に激突し、何体かは誠を追いかけてくる。

 

──空の呼吸 弐ノ型 空斬り・流れ

 

 攻撃を受け流し、その力をも刀に乗せて横に斬る。勢いを止めず、技を継続させていく。舞の如く動き続け、追いかけてきた鬼を全滅。壁に突っ込んでいた鬼もその勢いのままに殲滅し、探索へと戻っていく。そうしたかったのだが……

 

「またか!」

 

 足場を変化させられ、違う場所に飛ばされる。今度はそこに鬼はいなかったものの、横から壁が伸びてくる。その勢いが凄まじく、圧に抗っている間に別の壁へと激突する。それに耐えていると大きな部屋へと放り出された。

 何の変哲もない部屋。道場のような部屋で、内装も何もあったものじゃない。完全に戦うための場所。つまり、誠は戦いの場へと強制的に送り出されたのだ。

 

「って、誰もいねぇ……」

 

 そのはずなのに鬼がいない。戦うべき相手がおらず、どうやってこの場を出るか考える。

 

(……もしかして、閉じ込められた? そんなはずはない。向こうの目的は殲滅のはずだ。それなのになぜ)

 

 当たらずとも遠からず。誠の考えは半分正解していた。この城を自在に操作できる能力を持つ鬼が、新たに上弦の肆となった鳴女である。隊員たちをここに入れたのも鳴女の力だ。その鳴女の使い魔的存在であった"目"を、誠はここ数日でそこそこ処分してきた。言うなれば、そんな誠への意趣返し。嫌がらせである。なかなか階段を見つけられなかったのも鳴女のせい。

 この部屋には出口などない。閉じ込めておいて、何もさせず、最後の一人になったところで他の上弦に殺させる。それが鳴女の狙いだった。鳴女本人は戦闘能力が高くないのだ。

 

「……チッ。しのぶの所に行かないといけないっていうのに」

 

 ただ、ここを自在に操る鳴女でも見落としていることがある。

 

「久しぶりの再会だぜ? そんなに殺気立つなよ」

 

 無惨の監視に最初から外れていた異例の鬼の存在だ。

 天井を破壊し、誠がいるこの道場部屋へと飛び降りてくる。

 

「お前相手に感動も何もないんだよ。嶺奇」

 

 あの大戦から数年。追い掛けてもその姿を現さなかった宿敵との対面である。

 

 

 

 

 

 

 鬼という存在は長命だ。いや、寿命というものを迎えた鬼の例がない以上、長命という言い方も適切ではない。なんにせよ、鬼は長い時を生きている。日の光か特殊な武器で首を落とされない限り、その命が無くなることはない。そして鬼は元々ただの人間である。

 それ故に、鬼となった祖先と鬼狩りである子孫が対面することもおかしくはない。

 

 『上弦の壱』黒死牟と、『霞柱』時透無一郎

 

 無一郎には全くピンと来ない話ではあるのだが、黒死牟の子孫が無一郎にあたる。

 六つの眼を持つ黒死牟は、相手の体を透けてみることができる。骨や筋肉の付き具合まで。そのすべてを見られるのだ。そんな黒死牟からして、無一郎は弱冠14歳ながらによく仕上がっていた。恐怖を沈める精神力。錯乱することなく強大な敵に立ち向かえる胆力。よく磨かれた技。どれも称賛に値する。

 

──霞の呼吸 漆ノ型 朧

 

 無一郎が編み出した技。独特な緩急を付け、撹乱も兼ねた歩法だ。上弦の伍と戦った時も、この技で勝利を収めている。だが、黒死牟はそれを初見で見切っていた。

 

「此方も抜かねば……。無作法というもの……」

──月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

「駄目だよ無一郎」

──水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

「相手の手の内が分からない時に飛び込むのは危ないよ」

「水の呼吸……柱ではないな……」

「うん。水柱は私じゃない」

 

 黒死牟の技を相殺しながら無一郎を足蹴にして遠ざけさせる。黒死牟と無一郎の間に割って入った人物に、無一郎は驚愕を顕にした。この空間にいることがまず予想外。そして、戦いの場に出てきていることが、全く考えられない事態だった。

 鬼殺隊の隊服に身を包んでいる。カナヲのように膝丈のスカートを履き、普段着ている桜色の着物に類似した羽織に、誠とは柄違いの狐の面が横向きに付けられていた。

 

「真菰さん……?」

「誠のところに行きたいんだけどね。ここ、なかなか思い通りに進ませてくれなくて」

「な、なんで! あなたは戦えるような人では!」

 

『真菰は戦えない。失った記憶が原因で刀を抜けない』

 

 緊急会議の時、誠はたしかにそう言っていた。しのぶも小さく頷いていて、実弥も何やら知ってそうな反応だったことを、無一郎は見ていた。しかし、現に真菰は刀を抜いている。着ることがないはずだった隊服を着て、十二鬼月の中でも格が違う黒死牟と向き合っている。

 

「その体でよく防いだものだ……。そのための体にはなっているようだが……」

「一応はね。……ん? もしかして服着てても体つき見えるとか言うの? スケベだね」

「そんな趣味はない……」

(目を閉じた!?)

 

 心外なレッテルを貼られるのは性に合わないらしい。瞬きすらしないはずの鬼が目を閉じる。さすがに全てではなく、六つある内の四つを閉じている。二つならそこまで見えることはないらしい。黒死牟の意外な行動に無一郎は驚きを顕にする。

 真菰は一瞬たりとも黒死牟から目を離さなかったが、黒死牟が無一郎との会話の時間を作ると無一郎を掴んで距離を取った。黒死牟の考えは何一つ分からないが、すぐには斬らないでいてくれるらしい。とはいえ、底が見えない相手だ。軽く距離を取ったところで意味もなさない。真菰も無一郎も黒死牟から注意を怠らなかった。

 

「無一郎は記憶が戻ったでしょ?」

「え、はい。炭治郎のおかげで」

「それを聞いたら、私も向き合わないとな~って。そしたら戻ったんだよね」

「……いや、そんな軽く言われても……」

 

 軽快に笑う真菰を見て頬を引きつる。実際そんな簡単に戻る訳がない。死の間際に記憶を戻せた無一郎にも、その難しさがよく分かっている。意図的に戻そうとして戻せるほど、易しいものでもない。相当な心労があったはずだ。刀を握るだけで精神的な負荷がかかるほど、真菰にとって辛いものだったのだから。

 

「記憶は戻っても左腕は戻ってくれなかったんだ~」

「あの、反応に困るんですけど……」

「それもそっか。それでね、無一郎。話を戻すんだけど、私が来たところであの鬼は倒せないよ」

「……それでも諦めるわけにはいきません」

「ん。じゃあ足りないものを教えてあげる。大前提として、私は戦力に数えないこと。全力で戦えるのはせいぜい10分だから」

 

 精神的な負荷は消えた。だが最たる問題である体の欠損はどうしようもない。血の巡りの問題がある。呼吸を使って全力を出せる時間には制限があるのだ。

 

「それにあの技は不規則な斬撃が散りばめられてるみたい。鬼の力の恩恵かな。経験が足りない私たちだと、結構危ないからよく見てね。玄弥も手を出しちゃ駄目だよ」

「生かしておくには……些か厄介か……」

「ーーッ!」

 

──月の呼吸 陸ノ型 常夜孤月・無間

──水の呼吸 参ノ型 流流舞い

──霞の呼吸 弐ノ型 八重霞

 

 三人同時に技を繰り出した。真菰を狙いつつ、無一郎をも巻き込むように放たれた技を、二人で息を合わせて迎撃する。真菰を狙った部分を無一郎が連撃で広い範囲消し、残りを補うように真菰が技を繰り出す。合図などなかった。そんな暇さえ黒死牟は与えなかった。それでも二人は合わせられた。

 

(やはりこの娘……)

(あの一瞬で僕に合わせた?)

「急に来るなんて剣士のやる事とは思えないよ?」

「やはり……見えて(・・・)いるのか……」

「そういう子がいるからね。私、真似が特技なんだ~」

 

 僅かな動きでどういうものが繰り出されるのかを見切る。それはカナヲの得意技だった。才能と言っていい。真菰はそれに近いものを身につけた。どう見ているのかを観察し、どう判断すればいいのかを分析した。もちろんそれを実現できるかは話が違う。理屈が分かっても実行できるかは別。

 だが真菰はそれをやってのけた。そうできる技量と才能を持っていた。カナヲのそれはさらに上の領域に達しており、真菰が再現できる限度は超えているが。

 

「それより、こっちに結構時間くれたね。柱が来るよ」

「此の城は鳴女が操る……。思い通りにはならんぞ……」

「そうでもないよ。私の鴉と無一郎の鴉を放置したのがそっちの落ち度」

 

 真菰の言葉通り、この場に人の気配が増えた。それも二人同時に。

 

「やっと会えたなァ上弦よォ」

「不死川。この鬼は一筋縄ではいかぬようだ」

 

 玄弥が隠れていた場所から実弥が現れ、天井から行冥が現れる。今この場に、現役の柱が三人集った。黒死牟を囲うような配置となるも、黒死牟はこれが偶然だとは思わなかった。意図的にこの位置に誘導されたのではと疑う。真菰の方に視線を向けると、隠すことなくにっこりと笑顔を返される。

 

「面白い娘だ……」

「自分も駒の一つとして盤上を操る。それに長けた人にいろいろと吹き込まれたからね」

「あの鳴柱……乃木利永か……。信じ難い練度の剣士だった……。今となっては過去のことか……」

「ほう。あの日、利永を討った鬼は貴様か……」

 

 行冥が武器を構える。かつて肩を並べた柱。年は違えど、競い合うように高みへと登った仲だ。天元ほどではないにしても、利永を討った鬼のことは気にしていた。その鬼が今目の前にいる。自ずと気持ちが昂っていった。

 行冥に続くように実弥も刀を構え、無一郎も構える。行冥が動き、それに合わせて黒死牟も動いた。それを目で追いながら実弥が真菰へと叫んだ。

 

「テメェはさっさとあのバカのとこに行きやがれ!」

「実弥……」

「一人じゃ碌に戦えねぇ奴だ。今度はしくじるなよ真菰」

「っ。……ごめん。ここはお願い! 無一郎も死なないで」

「はい。ご武運を!」

 

 

 

 

 

 蝶屋敷に住む人間にとって、一番因縁のある鬼は決まっている。かつてカナエが戦った相手。上弦の弐である童磨だ。頭から血を被ったような鬼。穏やかな口調でよく喋る。常に笑っていて、鋭い対の扇を使用する。

 なんとしてでも殺したい鬼。隊の目標である鬼は無惨だが、個人的にはこの鬼を何がなんでも殺したい。それがしのぶの思いだった。

 

(それなのに……なんで死なないのよこいつ!!)

 

 使える技で最も威力が高く、最も素速い突きで童磨を天井に突き刺した。それだけでは鬼を殺せない。首を斬るか日の光に当てないといけない。だが、しのぶは鬼を殺せる毒を作り出した。それで柱にまで上り詰めた。これまで対峙した鬼全てを毒で殺した。それなのに、童磨は毒が回り切る前に自力で解毒する。何種類打ち込んでも、童磨はどれも解毒した。今回のもそうだ。

 重力に従って体が落ちていく。童磨が放った紐のようなもので体を捕らわれ、しのぶは上へと引き寄せられる。

 

『しのぶもカナヲも死なせない。もうこれ以上、家族を悲しませない』

 

「ほんっと……いっつも遅いのよ」

「ん? 何の話──っ!」

「俺の家族に触れるな」

「おっ、と~」

 

 童磨が張り付いていた天井が破壊される。それによって童磨は体勢を崩し、迫り来る刃を躱して着地する。その際にしのぶを奪還されるが、童磨は愉しそうにケタケタ笑っていた。

 

「待ってたよ~。君との遊びは楽しいからね」

「お前と遊びはないんだよ」

「つれないなー。いいけどさ、今回も遅かったね?」

 

 誠が抱えているしのぶを指差す。しのぶは呼吸が乱れ、肩口から多量の血を流していた。カナエの時と酷似した傷口。やはり今回も傷が深い。誠は時折咳き込むしのぶを見つめ、少し息が落ち着いた時に目が合う。

 

「……誠さん?」

「しのぶ、ごめん」

「なん……んんっ!?」

「うわぁ~。目の前で熱いの見せつけられてるんだけど、俺これどうしたらいいんだろ」

 

 しのぶの口に自分の口を重ね、僅かに血を流し込む。それが喉を通った瞬間しのぶは咳き込み、誠を押しのけた。

 

「はぁっはぁ……な、何考えてるんですかこんな時に!」

「必要な措置をしただけ。しのぶ、できるだけ下がっておいてくれ」

「何が必要な措置ですか。……?」

「……へぇ? 面白いなぁ」

 

 しのぶは誠を押しのけられた(・・・・・・・)ことに疑問を抱いた。たしかに押す力は随一だという自負を持っていたが、たった今死にかけていた状態だ。左肩に深い傷があり、腕に力が入るわけない。肺も傷んでる。それなのに押しのけることができた。両手で。

 それの理屈を聞きたかったが、そんな時間など与えなかった。誠が作った穴から鬼が現れる。誠を追いかけてきた鬼だ。しのぶはそれを見て目を疑った。その姿に覚えがあるせいで。

 

「んー? 君みたいな妙な鬼は知らないんだけど。あ、そういう事か。君が例の鬼か」

「もう隠れる必要もないんでな。お前たちの望み通り出てきてやったってわけだ」

「あっはっは! 面白いね! いやぁ、君たちは面白いよ! こんなに面白いのを見られるだなんて、これだから生き物ってやつは!」

「なんで……どういうことなんですか誠さん……。だって……あの人(・・・)は!」

「嶺奇の能力は知ってるだろ」

「……乃木さんの……体を……?」

 

 誠は無言で肯定した。嶺奇が手に入れた新しい体。それが誠の命の恩人であり、かつての師である乃木利永の体だ。だが、童磨はそんな事情など知らない。童磨が"面白い"と言っているのはそこじゃない。

 

「珍しいね。そんな事あり得るんだ」

「なんの話をしてるのよ……!」

「あぁ、君は気づけないんだね。分かりにくい違和感程度だし、仕方ないか」

 

 ケラケラ笑う童磨の口は止まらない。愉快だとその表情がはっきりと語っている。それが嫌に鼓動を早くした。煩い心臓の音。止まらない汗。嫌な予感がどんどん膨らんでいく。

 しのぶの心境を他所に、童磨は指を差してその言葉を口にした。

 

「そこにいる鬼と今君を助けた彼」

 

 ──兄弟だよ

 

 




 真菰が隊服を着てて刀を抜いてる。それで全て察する不死川さんなのです。

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