月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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13話

 

 その声を間違えるはずがない。その姿を見間違えるはずがない。

 それなのに、目の前にいるのが真菰だということを疑ってしまう。

 なぜ隊服を着ているのか。なぜ刀を抜いているのか。なぜこの場所にいるのか。

 

 聞きたいことはいろいろとある。だけど、心が間違いないと叫んでいる。これが現実なのだと心が認識する。

 見慣れている愛おしくて大好きな笑顔を咲かせ、鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さ。たった今戦闘していたのに、絶賛真っ最中なのに、それを忘れてしまいそうになる。

 

「そっか……本当に戻ったのか」

「うん。誠を独りにさせちゃ駄目だなーって。ちょっと頑張ってみたんだ」

「……ありがとう真菰。おかえり」

「えへへ」

 

 記憶が戻って劇的に変わるわけでもない。ずっと遜色なかった。真菰は真菰だ。そんなの分かっていたけど、それでも感傷的になってしまう。

 ふわっと微笑む真菰の指が目元に当てられる。それでようやく気づいた。自分の視界が歪んでいたことに。涙は零さない。大きく息を吐いて感情を落ち着かせる。今はそうしてる場合じゃないのだから。

 

「まさかここにいるとはな」

「あの歩いてる"目"に見られた時には私もビックリしたよ。おかげさまで決心がついたんだけどね」

「それで戻れるあたり、大した奴だよほんと」

「あはは、利永ほどじゃないけどね」

 

 仕切り直しとなり、真菰と一度目を合わせる。真菰がこくりと頷き、それでお互いに通じ合った感覚に陥る。真菰が参戦したからか、利永が警戒しているようにも見える。一度だけ利永が残念だと言っていたことを思い出した。利永は真菰を評価していた。

 真菰はずっと戦ってきていない。ブランクの方が大きい。それを取り戻す時間もなかった。そのはずなのに、刀を構えるその姿は様になっていた。

 

 合図を出すことなく動く。剣術における歩法の一つ、すり足。バランスを崩さずに移動するそれは、極めればそのままの姿勢での高速移動とも見えるもの。相手は奇妙な感覚を味わうことになる。

 

「っと!」

 

 これは教わっていなかったものだ。誠が自分の人脈を利用し、極めている者を見つけ出して教わった歩法。誠がそれを再現できる距離は短いが、すでに間合いに入っていたので問題ない。

 相手が想定しいない動きというのは、必然的にでも虚をつけることになる。利永相手にそれは僅かな時間にしかならない。せいぜい接近して先手を取るだけだ。

 

 だがそれができれば十分。利永へ肉迫し、その場で剣戟を交え合う。痣を発現させた利永相手ではすぐに劣勢だ。攻撃をぶつけ合っていたのに、3秒もすれば一手ずつ遅れていく。

 

──水の呼吸 壱ノ型 水面斬り

 

 そうしている間に、背中に隠れていた真菰が飛び出して利永の首を狙う。それは想定内だったようで、体を後ろへと倒しながら真菰の刀を弾き、誠の手を上へと蹴り上げる。刀を握っているから、それが真菰へと向けられてしまう。

 真菰は動きを一切止めなかった。弾かれた力を利用し、自分へと迫る刃を避けながら攻撃へと繋げていく。

 

──水の呼吸 捌ノ型 滝壺

 

 空中で体勢を立て直してそのまま高威力技へ。

 利永は倒していた体を起き上がらせ、真菰の攻撃を防ぐ。その間に横から回り込むように移動しながら刀を振るうも、それにも対応される。そこへすかさず真菰が追撃を入れようとしたところで、二人同時に弾かれた。

 

「やっぱ真菰が厄介だな」

「お褒めいただき光栄でーす」

「ふんっ。時間を待ってもいいが、それは性に合わん」

 

 『時間』──それは真菰が戦える時間のことだろう。記憶が戻って精神面が解決したとはいえ、肉体面はどうしようもない。真菰は軽快な様子を見せているが、戦える時間も残り僅か。

 

「曲がりなりにも鬼ってのは便利なものでな。奥の手も気軽に出せる」

──雷の呼吸 漆ノ型 鳴神

 

 痣は呼吸の延長線上。呼吸は上限いっぱいまで体を強化するようなもので、痣は言わば達人の域と考えてもいい。利永が扱う鳴神は、その上限を取り払うもの。人であれば体が壊れるため、利永も使用を極力控えていた。人は己の全力に耐えられないから。しかし鬼であればその問題が解決する。壊れた瞬間に再生が行われることによって。

 

「これはまずいね。……誠、2分で全てを出し切るから」

「分かった」

 

 元より鬼相手に長期戦など行うべきじゃない。体力が限られている人間は、動きが鈍る前に倒しきらないといけない。

 真菰が細く長く息を吐いた。呼吸が一段と深く(・・)なる。生憎とこちらはそれの真似事もできない。だからできることをやるだけだ。

 

──水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫

 

 無一郎のそれとは違うが、撹乱を混ぜた軌道を読ませない動き。素早さを武器とする真菰の巧みな動きは、今の状態の利永でも軌道を読むのは一苦労だ。だから利永は起動を読まずに直感で真菰の刃を止めた。

 

「!?」

 

 読み合いをやめたことにより、野性的な直感が研ぎ澄まされて真菰へと喰らいつく。そもそも速度で言えば利永の方が速いのだから、読み合いを無視してしまえばそれが可能になる。

 真菰の動きが止まることは致命的だ。片腕の真菰は絶対に力勝負で勝つことができない。だから力を流し、利用して戦うのだ。さながら川を流れる木の葉のように。

 

──雷の呼吸 

──空の呼吸 伍ノ型 深空

 

 真菰に刃が届く前に自分の刃を潜り込ませる。多少強引なやり方だったが、利永の振り始めを抑えることはできた。

 それが利永の誘いだった。

 

──肆ノ型 遠雷

 

 抑えられたと思わされた。

 真菰を想う気持ちを突かれ、無理にでも距離を詰めさせられた。

 本来、間に合うはずがない。誰よりも速い男が肉体の上限を取り払った状態なのだ。痣を出すこともできない誠が間に合うほうがおかしい。

 

 利永の狙いにいち早く真菰が気づいたことで、体を後ろへと引っ張られた。そのおかげで切断されなかったものの、腹に深い傷を負わされた。呼吸でそれを止血しながら、規格外の強さに冷や汗を流す。上弦の壱すら超えてそうな強さだ。

 

(危険感知……真菰のは異能と呼べる域だな。つくづく厄介だ)

「ぐっ……。捨て身ってわけにもいかないか」

「そりゃそうだよ。ばっさり斬られて終わるよ」

「なら、変わらずやろう」

 

 傷口から手を離す。真っ当に考えれば無理をしないほうがいい。それでも今はそんな事言っていられない。鬼の血が少しは混ざっているおかげで、即死じゃなければ死なない体だ。普通の鬼のような回復力はなく、人と同じくらい療養が必要ではあるが。

 少し感覚が鋭くなる。利永の速さにはついていけないが、狙いを感じられる。左から振られてくる刃を誠が止めようとするも、直前に軌道を変えられて胸を斬りつけられる。すかさず真菰が突きを放つが、利永は後ろに跳躍しながら真菰の刀を上から叩きつけ、姿勢が僅かに下がったところに蹴りを入れた。

 

──空の呼吸 壱ノ型 断空

──雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷

 

 この部屋は床と呼べる場所が少ない。桟橋が張り巡らされ、その下は腰丈程度の水が溜まっている。真菰が水飛沫を上げながらそこに飛ばされるのとほぼ同時に、迎撃に入った利永の足場が崩れる。そのおかげで利永の力が流れ、刃が肩へと通った。

 

(怒りによる瞬間的な爆発か。二人揃うと本当に面倒だな)

 

──水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦

 

 周囲の水をも巻き込んだ一撃。利永は真菰の刃を防ぐも、巻き込まれたことで鋭い刃と化した水を受ける。視界が水で覆われる。だが、気配で察知したのかその場から離れて橋へ。誠は追撃を放つのを中断し、真菰の状態を確認する。

 

「怪我は?」

「大丈夫。お面のおかげかな」

 

 真菰が付けていた厄除の面が壊れている。先程の蹴りで壊されたようだが、おかげで真菰に怪我がなかったのを考えると、鱗滝に感謝したくなる。

 一緒に橋へと移動し、利永と向き合う。真菰の呼吸も乱れてきていることを考慮すると、次で決めないといけない。時間切れでの勝利を望まない利永も、それに合わせて闘気を研ぎ澄ませ始めた。練りこまれた闘気が乃木利永という存在を大きく見せる。

 

 自然と口角が上がった。

 あれほどまでに至った人物だ。賞賛するしかない。

 そんな人物と戦っているのだ。笑うしかない。武者震いもするというもの。

 

 ──あの敵を協力して倒そうとしているのだから

 

 集中力を研ぎ澄ます。体全体、細胞にまで意識を飛ばせ。神経を張り巡らせろ。この一撃で終わらせろ。

 

「よく戦った」

──雷の呼吸 捌ノ型 八色雷公(やくさのいかづち)

 

 8方向から放たれる技。8体の()が誠の体を喰い千切らんと迫る。その速度は()が同時に迫っているように見える。人の域を超えたことによって実現する奥義。

 全てを弾くことなど叶わない。あの攻撃は本命が限られている。元々鬼を斬るための技。すなわち首を斬るものが本命だ。それ以外はそのための布石。かと言って放っておけば軽傷で済むという生易しいものでもない。何もしなければ首と共に四肢が消える。

 

「ーーッ!!」

──空の呼吸 漆ノ型 永久(とわ)の刹那

 

 初見の技だ。それに合わせた技など放てない。何より利永の速度に対して後出しなどできない。同時でも厳しい。少し早く繰り出さないといけない。

 だから、こちらが放った技も、防ぐという選択肢としては正解でもない。叶うのはよくて相打ち。現実的には刃が届かずに終わる。

 一体目(一撃目)にぶつけた時に刀が折られる。たった一撃でも計り知れない破壊力。折れたところで首を斬るには足る長さはある。だが、他の技を相殺できない。

 

 ──だから協力して勝つ

 

「ッ!?」

 

──蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞い 百足蛇腹

 

 本来は四方に素早く動きながら使う技を、一直線に飛び出して放った。独特な形の刃が利永の胸を穿く。

 強力な突きによって、利永は体勢を崩された。

 

──水の呼吸 拾壱ノ型 清澄

 

 それによって技が乱れる。その乱れた技を真菰が全て受け流して進路を確保する。生まれた道を駆け抜け、刃が利永の首をへと届いた。

 

「……しのぶ突き刺し過ぎ! 俺まで刺さるかと思ったわ!」

「何を文句言ってるんですか! こっちだって死にものぐるいで動いたんですよ! どう考えても私のおかげです! むしろ感謝してくださっ……けほっ、ごほっ!」

「もう~、しのぶ興奮しちゃ駄目でしょ」

 

 咳き込むしのぶの背中を真菰が擦りながら、その場に座らせて肩を貸す。その真菰も限界まで動いていたことで吐血し、誠としのぶが慌てて休ませる。全員重傷者だろというツッコミは入らなかった。

 首を斬られたとはいえ、消えるまでに時間はかかる。利永は生首の状態でそんな三人を見て笑っていた。

 

「そりゃあ勝てんな~。俺にはなかったものだ」

 

 童磨ですら追いきれない速さで背後から狙われれば、利永でも対応が間に合わない。しかも技を使って誠を斬ろうとしていた瞬間でもあった。そして何よりも、しのぶが動けるとは微塵も思っていなかった。完全に虚を突かれたのだ。

 真菰に技を流されるとも思っていなかった。ずっと戦いの場から離れていた人間だ。技巧面がずば抜けているとは思っていたが、まさか新しい技まで用意してくるなんて予想できない。それまでの戦闘でもそうだ。ずっと誠をサポートしていた。真菰一人によって五分に近いところまで持って行かれてた。誠の力を引き出していたのも真菰だ。

 

 一番の敗因は、あの瞬間に三人(・・)同時(・・)に動いておきながら、それが連携になるなんて考えられなかったことだ。しのぶが崩し、真菰が流し、誠がとどめを刺す。そんな事を示し合わせる時間などなかったはずだ。 

 

 まさに、絆が成せる勝利だった。

 

「めっちゃ清々しそうですね」

 

 負けても満足そうにしている利永に誠が近づく。勝敗が決した以上、思い残すことのないように言葉を交えておきたかった。

 

「そりゃあな。俺の知る限り一番死にそうなやつが、こうして生き残ってしかも勝ってるんだからな」

「この体と利永さんのおかげですよ」

「なんだ。慕うのをやめるんじゃなかったのか?」

「戦うための決意ですよあんなの」

「はっ! 甘っちょろいやつだなー。嬉しいけどさ」

 

 思い残すことはないとでも言いたげな表情をしている利永に、まだ話すことあるだろと促す。答え合わせが残っている。なぜ"影"という役割を用意したのか。なぜ利永が嶺奇を追い続けていたのか。

 

「それか。役割の方はお前も分かってるだろ」

「嶺奇を殺すための予備作。嶺奇を乗っ取れなかった時に俺が殺せるように鍛えるため。あとは、嶺奇に洗脳されてるやつを全部消すため。そのためにわざと追えるように情報を残して、全部消せてからは完全に隠れた」

「そういうことだ。嶺奇は洗脳したやつの体にも乗り移れる。本人が気づいてたかは知らんが」

「……。なんでそこまで嶺奇を追いかけてたんですか。自分からそれを任務にしたって聞いてますよ」

 

 誰に聞いたのかは聞かなかった。だいたい見当はつくし、今さらどうでもいい事だ。知らなくてもいいことなのに、それを知ろうとしてるのなら話してもいい。負けたのだからそれぐらいやろう。

 

「俺はあの村出身だ。鬼がいると知って逃げて、乃木家に拾われた。お前らが母親の腹にいる頃だな。柱になって霞んだ記憶を頼りにあの村に行った。だいたいのことはすぐに察したし、鬼が逃げたのも気づいた。調査して、嶺奇の存在を知った。その厄介さもあって、大掛かりな仕掛けで倒すしかないと判断したってわけだ」

 

 自分がいる時から"影"という仕事を作り出し、柱の仕事と並行してこなした。誠にその役割を負わせられるように。誠のことを理解し、輝哉を納得させられる理由をつけて。

 利永は鬼を葬ることも目的にしていた。誠に話していないこともあるが、誠はそれも理解している。

 

「あぁそうだ。天元さんが言ってましたよ」

「なにを?」

「何でも一人でやろうとするダチを持つと苦労するって」

「…………あいつ……くくっ、はははは! そうか……悪いことしたな……。じゃあな、誠。お前は強い人間になったよ。その刀はお前が使え」

「ありがとうございました。利永さん」

 

 利永が消滅する。その直後に誠はその場から飛び離れた。たった今いた場所に氷の蔦が叩きつけられる。

 

「残念だな~。もっと楽しませてもらいたかったのに」

「よそ見してんじゃねぇぇ!!」

「あはは、元気だねー」

 

 飛びかかる伊之助を扇でなぎ払い、血鬼術で伊之助を遠ざける。触れることですら決定打になりかねない血鬼術は、実に厄介だった。カナヲも伊之助もなかなか近づくことができず、ほぼ一方的に傷を負わされている。

 利永が使っていた刀を回収し、童磨の認識をずらして背後から斬りかかる。なんてこともないように、童磨は扇でその刃を防いだ。

 

「ごめんねぇ。君のそれは黒死牟殿から仕組みを聞いたんだよ」

「気にするな。ただの確認だ」

 

 童磨が血鬼術を使う前に距離を取り、刀を構え直す。丁度カナヲと伊之助が反対側。童磨を挟み込む形になっている。

 

「お前はそんな調子でいながら、戦いの面では分析するんだろ。カナエが負けるわけだ」

「カナエちゃんも食べられなかったのが残念だよ。永遠に俺と生きられたのに、君が邪魔するから」

「無様に死に晒せ」

「あはは、無理だね。君たちは俺には勝てない」

 

 伊之助とカナヲを相手取りながら、童磨は誠たちが使う技を見ていた。誠が負ければ、利永を相手取らないといけない。どの道連戦になるなら、情報は集めておいて損はない。しかも誠の呼吸は完全に唯一のものだ。他の呼吸なら記憶を掘り返せばいいが、誠はそうはいかない。

 そんなわけで観察し、誠が使った技全てを記憶した。その上で、対して苦労もせずに倒せると断定した。たとえ全快だろうとも。

 

「終わったら女の子はちゃぁんと食べてあげるよ。もちろん真菰ちゃんもね」

 

 

 




 八色雷公、別称『八雷神』。日本神話に出るやつですね。日本神話ってエピソードがぶっ飛んでるやつ多いですよね。

 次回童磨戦
・しのぶを食べてない
・お得意の技は通用しない
・すでに重傷
 

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