月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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14話

 

 夜の静寂がなんだか怖く感じる。人が寝静まった時間帯で、鬼が出なくなったと聞いても鬼のことは忘れられず、何か起きてしまうのではないかと不安になる。アオイから話は聞いた。決戦が迫っているのだと。なんとなく空気感で理解した。今この瞬間も、みんな血を流しながら戦っているのだと。

 

 もちろんあの人も……。

 

 部屋から出て廊下を歩く。あの人がよく腰掛けていた縁側へと移動する。庭が見えるその場所で、他の子たちの声を聞きながら空をよく見上げていた。その横顔を見て、全然向いてくれないから頬をつんと突いたりして。

 この場所に来ても当然誰もいない。あの人が座る位置はいつも決まっていて、私はそこに座った。誰もいないのに。なんだか不安な心が和らいでいく。庭を見ても暗いだけ。虫が奏でる声が聞こえるのは救いだった。

 空を見上げると月夜が広がっている。白銀の光と鮮やかな星々の空。鬼に怯えずにこれを見れたらいい。あの人はそんな事を言っていて、私も共感した。

 

「カナエ様?」

「あらアオイ。どうしたの?」

「お姿が見えたので。カナエ様もどうされたのですか? 目を覚ましたばかりなのですし、夜風がお体に触りますよ」

「ごめんなさいねー。でも、なんだか眠れなくて。アオイも落ち着かなさそう」

「……それは……」

「ふふふっ、隣にいらっしゃいな」

 

 ぽんぽんと自分の隣を叩く。アオイはしばらく迷ってから、失礼しますと一言断ってから座った。間が空いてるのが寂しい。そんなわけで、アオイの腰に手を回して引き寄せた。

 

「カ、カナエ様!?」

「離れられてるのは寂しいわ~」

「うっ」

「カナエ様? アオイさん?」

「あら~。みんな起きちゃってるのね~」

 

 きよ・すみ・なほの三人もここに来た。騒いでいたわけでもないし、アオイの後を追ってきたのかしら。それとも自然とここに足が向いたのか。どっちにしても、それならみんな一緒がいい。三人も座らせて、なんだか両手に花の状態。素直に嬉しいわね、これ。

 

「お二人はどうされたのですか?」

「今夜で決まると思うとね、寝付けないのよ。私いっぱい寝てたし?」

「カナエ様はまだ安静にしないと駄目ですよー!」

「しのぶ様もそう言いますよ!」

「たしかに言われそうね~」

 

 あの子には本当によく好かれてる。私もしのぶのことが大好き。お転婆だけど、一本筋の通ってる勝ち気な性格。柱になってるのなら少しは落ち着いたのかしら。

 

「夜明けまであと3時間とかそれぐらいかしら」

「おそらくはそうかと」

「みんな寝られそうにないのだし、このまま起きときましょうか」

「いいんですか!?」

「よくないでしょ! カナエ様も教育に悪いことを言わないでください!」

「あらあら。しっかりお姉さんになったのね」

「な、撫でないでください!」

 

 頭を撫でられると子供扱いされてる気分なのかしら。アオイが恥ずかしそうに目を逸らす。でも受け入れてくれてて、そういうところが可愛らしい。きよたちがコソコソと「嬉しそうだね」って話てるのは、聞こえないふりをしときましょ。

 

「今日くらいは特別にしましょ。夜明けで全てが終わる。みんなで祈ってその時を待ちましょう」

「お薬の準備もしないとですね!」

「ん?」

「皆さんきっとお怪我なさってると思うので、万全の状態で待ちましょう!」

「炭治郎さんもまたボロボロになりそうですし!」

 

 炭治郎くん……聞いたことがない子だけど、この子たちが楽しそうに名前を出してるし、きっと良い子なのね。もしかしたらカナヲの男の子になってたりして。そうだったらお祝いしてあげなきゃいけないわ。

 

「ご飯の準備もしてたほうがいいかもですね!」

「そうねぇ。ふふっ、じゃあ頃合いを見てそうしましょうか」

「はぁ。仕方ありませんね。しのぶ様もご無理をなされるでしょうし、私達で頑張りますよ!」

「「「はい!」」」

「ご飯はどういうのにしましょうね~」

「カナエ様には休んでいていただきますので」

「え?」

 

 アオイ……しっかり者に育ち過ぎだわ~。

 

 

 

 

 

 

 日輪刀は使用者によってその刃の色が決まる。だがそれは最初だけ。刀が出来上がり、素質のある者がそれを抜いた時に色が変化するだけで、それ以降他の者が握っても刀の色は変わらない。誠は本来透明色に近い色合いなのだが、その刀が折れている。利永から貰った刀は当然その色とは違う。

 

「君は初見じゃないからね。さっきの戦いでも出し尽くしてるでしょ」

「初見じゃないのはお互い様だろ」

 

 刀の色は違えど、使う技自体には問題ない。だが、童磨は誠が使う技を全て見た。それに対して、たしかに誠も初見ではないにしても、童磨の全ての技を見たわけではない。情報戦でも圧倒的に童磨の方が有利だ。

 

「正直鬼とかどうでもいいんだがな。お前は駄目だ。お前だけは絶対に許さん」

「あはは! とことん付き合ってあげてもいいんだけど。残念なことに猗窩座殿もやられちゃったみたいだし、遊びも程々にしないと怒られてしまう」

 

 童磨が扇を振るう。血鬼術で作り出された氷の蔓が誠とカナヲたちの両方へと伸びていった。それを難なく斬り払うも、次々と氷を放たれて近づくことができない。しびれを切らした伊之助が横の橋へと飛び移る。そこからすぐに飛び出し、童磨へと斬りかかった。刀と扇がぶつかり合い、氷の連撃も止んだ。

 

──花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

 その瞬間を見逃さず、カナヲが童磨へと技を繰り出すも、童磨はそれを片手で捌いてみせた。一度見た技への対応が早い。カナエとの戦闘自体はほとんど忘れているようだが、今の戦いで見たものは完全に捌けるらしい。

 

「近づいたところで無理だって~」

 

──凍て曇

 

 自分の周囲に冷気をばら撒く。距離を詰めていた伊之助とカナヲは、それを避けるために再び距離を開けさせられる。タイミングをずらして仕掛けようとしていた誠にも、この技一つで牽制ができている。

 緩慢と誠の方に振り返った童磨は、今まさに迫ってきている誠に肝を抜かれた。振り下ろされる刃を防ぎ、状況を分析する。誠の隊服が僅かに凍っているだけで、それ以外に目立ったものはない。

 

(効果が切れる時間を把握してるのか。こういう事をされると……)

「お前はここで殺す」

「一つ見破っただけでそう息巻かれてもね」

「お前こそ。たかが技を(・・)全て(・・)見た(・・)だけ(・・)()タカを括るなよ」

「?」

 

──(そら)の呼吸 壱ノ型 明星

 

 腹と胸が素早く斬られた。咄嗟に下がったのが功を奏した。今のは広範囲への2連撃技。初めて見る技だ。しかも今の呼吸自体知らない。あれもまた作り出したわけか。

 殺気に気づいて横の橋へと飛び移った。伊之助とカナヲが首を狙っていたから。個別なら難なく殺せる。伊之助とカナヲの二人相手でも問題ない。ただ、そこに三人目が加わると面倒くさい。しかも誠の動き方が厄介だ。

 

 分析を元にした体を張っての行動。それはそのまま確かなものとして二人にも共有される。今ので言えば、"凍て曇"による冷気がいつ切れるのか。いつなら体に影響なく踏み込めるのか。それを立証された。弱く、才能がないからこそ情報を大切にする。それは周囲に活かされるものだ。

 

「初めて見る呼吸だね。また作ったんだ? 無意味なのに頑張るね~!」

「無意味かは今日分かる。お前たちには分からないだろうけどな」

 

 ──岳谷からは"基礎"と"風の呼吸"を

 ──真菰からは"呼吸の応用"と"水の呼吸"を

 ──利永からは"戦術"と"雷の呼吸"を

 ──煉獄からは"心得"と"炎の呼吸"を

 そして──カナエからは"絆の強さ"と"花の呼吸"を

 

「その全てを合わせ、真菰とカナエとで完成させた呼吸だ」

 

(ふーん? もう一つ試してみようか)

 

──蔓蓮華

 

 誠だけに向けて蔓を飛ばす。誠はその場で足に力を溜め、その(・・)()()を狙って真っ直ぐに突っ込んだ。童磨に迫るまでに刀を振った回数は一度だけ。それだけで技を攻略してみせた。

 

「やるねぇ」

「お前だけは必ず殺すと決めていたからな。技は使用者の思惑が出る。蔓の動きも癖があって見切れる」

「改善点をありがとう。それならこれはどうかな?」

 

──枯園垂り

──(そら)の呼吸 参ノ型 春雷

 

 左右から扇で連撃を入れる。それも連撃で返される。速度は童磨の方が早く、手数も童磨が上。それでも致命打は入らなかった。誠は真菰に叩き込まれた技術により、技を本来の形から工夫している。左右からの連撃は、極端に言えば同時になるか交互になるかの二つだ。童磨は前者寄りだ。右を弾けば反動で左をすぐに弾きに行く。左の次はまた右、という風に繰り返している。そうよって誠は負傷を最小限に抑えていた。

 

「俺を無視してんじゃねェェ!!」

──獣の呼吸 参ノ型 喰い裂き

 

 そうやって誠に集中していると、伊之助が横から突進する。童磨は誠を橋から蹴落とし、冷気をばら撒いて伊之助を牽制した。

 

──冬ざれ氷柱

 

 下に落ちた誠への追撃に大量の氷柱を落とす。伊之助の足を止めした隙に、上から刃を振り下ろしてくるカナヲへ対処。童磨は悠々とカナヲの手首を掴み、力を強めて刀を手放させる。苦悶に顔を歪めるも、カナヲの目は童磨を射殺さんと鋭かった。

 

「ぐっ、ぅあっ! ぁっ……ぁあ!」

「もう少し時間があれば、しのぶちゃんより強くなったのかな。なんでもいいけどね! 質のいい女の子は好きだよ」

「カナヲ!」

「邪魔しない邪魔しない」

 

──寒烈の白姫

 

 カナヲを助けようとする伊之助に、氷でできた生首状態の二人の女性が冷気を吹き付ける。広範囲に広まるそれは、伊之助の足止めどころか遠ざけることを容易くやってのけた。

 

「姉妹だって話だし、安心してよ。君の後にしのぶちゃんも一緒にしてあげるからさ」

「だ、れが……!」

 

──(そら)の呼吸 弐ノ型 水天

 

「へぇ~。あれで死ななかったんだ」

 

 斬り飛ばされた腕を再生させつつ、血みどろになりながらもカナヲを抱える誠に感心する。それもフリだけではあるが、一応ほんの少しだけ感心しているのは本当だ。

 脚や肩、腹部にも氷柱が刺さった痕がある。それだけの傷を負いながらも、未だに動けているのは混血故か。

 

「誠さん傷が!」

「今はどうも言ってられん。あの鬼を倒さないことにはな」

「でも……!」

 

 それ以上まともに攻撃を受けたら本当に死んでしまう。カナヲはそれを言うことができなかった。童磨を見る誠の目を見て分かってしまった。その目をする人は、どれだけ傷を負っても挑んでしまうということを。カナヲが想いを寄せている炭治郎もまた、そういう目をするのだから。

 

「そろそろ真面目にしないと怒られそうだな。楽をさせてもらうね」

 

──結晶ノ巫女

 

 氷でできた小さい童磨が現れる。その巫女が氷の扇を振るうと、童磨と同じように血鬼術を繰り出した。氷柱が放たれ、誠はカナヲを抱えながらカナヲを刀も回収してその範囲外に逃げる。

 避けたものの、誠は内心焦っていた。あの巫女が童磨と似た実力であれば、脅威が2倍になったということである。しかも厄介さはそれ以上だ。巫女を破壊したところで、あれも血鬼術でできたものである以上何回でも作ることが可能だ。結局童磨を殺すしかないというのに、その首に刃を届かせる難易度が一気に跳ね上がっている。

 

「カナヲ。前に言った戦い方覚えてるか?」

「え、はい。覚えてます」

「覚えてるならそれでいい。それより手は大丈夫か?」

「大丈夫です。戦えます」

「……なら、道を作ろう」

 

 カナヲをおろして刀を渡す。満身創痍となっているのに戦おうとする誠を、カナヲは止めることができない。どんな言葉をかければいいかわからない。だから、死なせないように戦おうと心に決めた。

 

「あと4体ぐらい作れば他の鬼狩りも一気に倒せるかなぁ」

「させるかってんだよ!」

「相変わらずだな!」

 

──冬ざれ氷柱

──(そら)の呼吸 漆ノ型 星合の空

 

 突っ込む伊之助に向けて放たれた氷柱を、誠が間に入って連続突きで相殺する。出血量で意識が遠のきかけるも、気力で保ち氷柱を壊し尽くす。

 

「行け伊之助!」

「よくやった!!」

 

 巫女が次の技を出す前に伊之助がその巫女を破壊し、足を緩めることなく童磨を斬りにいく。巫女を量産しようとしていた童磨も、それを中断して氷の花びらを放った。

 

──獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き

 

 花びらを斬り刻みながら前進する。やり損ねた花びらで体の節々が切れるも、伊之助は意に返さなかった。理解しているのだ。巫女を量産させてはいけないのだと。童磨がこちらを格下だと見限っている間に、その傲慢さをついて倒すしかないのだと。それは誠がカナヲに教えたことでもある。

 

『強い人が負けるのは、そこに油断があるからだ。油断がなくても、過小評価してるなら、その想定を覆して生まれる隙をつくしかない』

 

「もう逃さねぇぞ!!」

「あっはっは! だからむ──りだっ──て。……?」

「ハッハァァ!! どこ見てやがる!」

(なんだ……今の……)

 

 伊之助の姿が一瞬ブレて見える。一瞬だけ加速したわけじゃない。速度も変わってない。それなのに体感的に伊之助が空間を転移したように見えた。

 その種について考えてる暇はない。伊之助に近づかれ過ぎた。後ろに距離を取りながら扇を振ろうとするも、伊之助の突きが速い。扇を振る前に刃が腕を貫通し、喉元に突き刺される。さらにもう片方の刀は童磨の足ごと床を突き刺していた。

 

「逃さねぇって言ったろうが!!」

「ゴフッ……でも、首は斬れないよ……」

「俺はな!」

「ッ!」

「俺様は手下にも手柄をくれてやれる親分だぜ!」

 

──花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

 伊之助の脇からカナヲが姿を現す。その刃を、しかし童磨はこの状況から逃げてみせた。

 

──霧氷・睡蓮菩薩

 

 氷でできた巨大菩薩を出現させ、氷の蓮の上に乗って逃れる。床も壊れているため、足止めのための刀も意味をなさない。菩薩の手で伊之助が叩き落とされ、再び童磨との距離を広げられる。しかも今回は上だ。

 

──(そら)の呼吸 陸ノ型 月の船

 

 その童磨に誠はまさに迫っていた。壁を駆け上がり、童磨がいる高さよりさらに上へと行きそこで壁を蹴る。

 伊之助に突き刺された刀を抜き終わった時と、誠が壁を蹴った時は一緒だった。童磨が誠に気づき、血鬼術を発動しようとする。

 

「種が分からなかったお前の負けだ」

 

 再び童磨は奇妙な感覚に陥った。目で見ているはずなのに、認識がうまくできない。その感覚が行動を遅らせる。

 

──蓮葉氷

──(そら)の呼吸 伍ノ型 暁炎(ぎょうえん)

 

 作り出された氷諸共童磨を袈裟斬りにする。煉獄が扱う技を参考にして編み出した技で、破壊力はこの呼吸で最も高い。しかし、間に扇があったせいで十分な傷を与えることができなかった。

 内側からこみあげて来る血を今にも吐き出しそうになる。そうすれば動きが完全に止まり、このチャンスを潰してしまう。慢心している童磨が用心するようになってしまう。

 

『──大丈夫。あなたならできるわ』

(ありがとう──カナエ)

 

 気持ちが楽になり、続け様にもう一つ技を使えるだけの力がこみ上げて来る。

 菩薩の背中側に体を落下させ、体を治す時間を確保する童磨を追いかけて飛び降りる。

 

 次こそその首を獲るために。

 

 刀の色が次々と変わっていく。それが幻か現か判別がつかなかった。

 童磨はヘラっと嗤い、血鬼術を発動しようとして不意に動きを止めた。童磨は行動ができなかった。それ(・・)に魅入っていたから。

 

 どこにでもあるような自然な風景だった。月夜を背景に、一輪の花が風に靡かれながら健気に咲いている。そこには翅の美しい蝶が飛んでいて──

 

「あぁ、綺麗だなぁ──」

 

 

 

 『(そら)の呼吸 捌ノ型 奥義・花蝶風月』

 

 

 




 『影編』2話にて真菰がカナエに頼んだことはこれです。この呼吸を完成させるための最終段階をカナエは頼まれました。

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