今は無き処女作を書いてた頃なみに些細なことでもテンション上がります。
そういえば、原作的にも必要なタグありましたね。追加しました。
誠とカナエの方針は、何日経過しようと変わらなかった。日が昇れば食事を取ってから睡眠を取り、体を極力休ませる。日が暮れれば鬼が活動するようになるため、鬼を探し出してカナエが交渉する。交渉が決裂すれば戦闘になり、なかなか首を斬ろうとしないカナエの代わりに誠が鬼の首を斬る。
「胡蝶のそれは粘りのつもりなんだろうけど、鬼からしたら挑発になるぞ」
「相手が拳を収めるまで続ければ、可能性はあると思うのですが」
「いやいや、力で押さえてるじゃねぇか。それは"友達"じゃなくて"主従"の関係になるんじゃないか?」
「それは……私の願いとは違うものになりますね」
頭ではそう分かっていても、感情では納得しきれない。カナエの苦悩を汲み取り、誠はそれ以上の言及は避けた。鬼と遭遇してからの対応を変えることもなかった。駄目だったと判断すれば即座に首を狙う。カナエもそこには何も言わない。誠の判断を間違っているとは言えないから。
五日目の晩を超え、六日目の日が昇る。いつも通り朝食を確保して、それを二人で食べている時に、誠はふと思い出したようにカナエに声をかけた。
「そういや水浴びしてなかったけど、そこは割り切ってるのか?」
爆弾発言だった。
それを言われた瞬間、周りの気温が一気に冷えたように思えた。カナエの表情が見えなくなり、不気味な笑い声が漏れ始める。
やらかしたと思った時にはもう遅い。発言した時点でいけなかった。
「女の私がそれを気にしていないとでも思っていたんですかねぇ?」
「気遣いが足りていませんでしたぁ! ごめんなさい!」
笑顔で話すカナエに、誠は反射的に頭を下げた。今のはどう考えても自分の軽率な発言がいけなかった。
それはそれとして、今のカナエはとても怖かった。
笑い声は妙に低く、その表情は笑顔を貼り付けたかのように微動だにしない。それでいて細められた目は一切笑っていなかった。獲物を睨む蛇のように鋭く、その視線を注がれている誠は頭を下げた状態から1ミリたりとも動けない。
「なんですか? もしかして、私の体臭でも嗅いでいたのですか? 失礼な方ですね。見損ないましたよ」
「そんな事は一切ないです! むしろ良い匂いしてます!」
「……それはそれで匂いを嗅いでいるということですよね?」
「……わざとではないです。鬼と戦う時とか近くになるから匂ってくるだけで、わざとではないんです」
ダラダラと汗を垂れ流しながら、誠は一生懸命弁明する。このままでは、「最終選抜の環境をいい事に女性の匂いを嗅いでいた変態」というレッテルを貼られることになるのだから。否定できない要素がある以上、そう言われても仕方ないのだが、それを前面的に出されるのは人として嫌だった。
頭を下げ続ける誠を冷めた視線で見ていたカナエだったが、ふとした拍子に雰囲気を和らげ、誠に顔を上げるように促す。恐る恐る顔を上げる誠を見て、「自分はそんなに怖い人間なのか」とちょっぴり凹みはしたが、カナエはそれを表には出さなかった。
「この環境である以上、仕方のない部分だとは思っています。ですが、私だって女性ですから、気にしていないわけではないのです」
「仰るとおりです」
「泰富さんは、その辺りの配慮ができるようになってください。真菰さんが相手でしたら、おそらく一度は殴られてますよ」
「想像できますなー」
真菰でも殴りはしないだろうと想像しながら思った。真菰の場合なら、カナエのように静かに怒り、足をぐりぐり踏むとか、腕を抓るといった地味に痛いことを誠にするだろう。真菰も真菰で女の子なのだから。
「さて、泰富さんのせいで、考えないようにしていたことを思い出させられました」
「本当にごめんなさい」
「そんなわけですから、今から川へ移動しましょう。これまでは湧き水で水分を補給していましたが、川がある可能性もあります」
「言われてみればそうだな」
七日七晩生き抜くことが、この最終選抜の合格条件だ。鬼がいるという話で、鬼のことばかり考えていたが、生き抜くには当然水と食料がいる。誠とカナエは湧き水を見つけ、その周辺を拠点としていたわけだが、最終選抜の条件からしてこの山に川が無いほうが不自然だ。
カナエの考えに賛同し、誠は川を探すためにカナエと探索を始める。鬼への対処はどちらも最低限の譲り合いをしてきたが、それ以外の部分では誠に合わせてもらっていた。それならば、こうしてカナエの頼みを聞くのが筋というものだろう。何よりカナエに逆らってはいけない気がした。
「川を探すにしても、そう簡単に見つかるものか?」
「ある程度あたりはつけてます」
「……」
あたりがついているということは、今日までの間に探していたということだ。そうであるのに、誠の都合に合わせて我慢していた。そういった事が明らかになるほど申し訳無さが募り、誠の心に重くのしかかる。
前を歩くカナエの後を追う足取りが重い。今さら別行動を取るのも話が違う。そもそも同行を言い出したのはカナエなのだが、その事は誠の頭から抜け落ちている。
迷いなくカナエは足を進め、時折立ち止まっては辺りを見渡して方向を調整する。誠はその様子を見てから気づいた。真菰と取り決めた印と同様に、カナエはカナエで印をつけていたのだと。おそらくは"川があるであろう方向"を刻んだのだ。
「川の音が聞こえてきましたね」
「ん? ……本当だ。凄いな胡蝶」
「女としての誇りがかかっていますから」
「ほんとごめんて」
聞こえてくる音に向かって進んでいくと、目の前に流れの静かな川が現れた。そのすぐ後に誠の視界は暗転した。
「なっ!? あぁぁぁ! 何すんだよ胡蝶!」
「すみません。泰富さんに肌を見られたくなかったので」
「見ねぇよ! 先に目を潰しにかかるな!」
両目の痛みに耐えながら誠は、すぐ近くにある岩に背を預けた。目が回復しても見えるのは今抜けてきた森だけ。絶対に見ないという意思表示をカナエにしている。
「すみません。年頃の殿方はそういうものだと聞いたので」
「恐ろしい刷り込み教育だな!? ……そういう奴もいるだろうけど、俺はそんな事しない」
「その言葉を裏切ったら、一生軽蔑しますからね?」
「それでいい」
誠の意思を確認したカナエは、周囲から見えにくい場所を見つけ出し、そこでこれまでの汚れを落としていった。それが誠が背を預けている岩からそう離れていなかったことに、カナエは大きく落胆したが。
そう離れていないということは、カナエが水浴びをしている音も当然聞こえてくる。下心があればそれで興奮するのだろうが、誠はその音を聞きながら村にいた頃を思い返していた。村の近くにも川はあり、そこで遊んでいた記憶だ。
「泰富さん?」
「……ぁ、悪い。何か話しかけてたか?」
「いえ、不気味なまでに気配が微動だにしなかったので」
「ちょっと昔を思い返してただけだ。気にするな」
「そうですか……。村の近くには川があったのですか?」
話を聞くかは迷ったものの、カナエは誠の話を聞いてみることにした。
誠はどこか感情が乗り切らない口調だった。しかし、今のやり取りには誠の感情がしっかりと乗っていた。今の誠のことは、真菰とも話をしてそれなりに識っているつもりだが、その根底は見えていなかった。せっかくの機会だから、聞いてみるのもいいだろう。
だが、誠がその話をするかは別だ。現にカナエの問いに対して、沈黙を返している。話す気がないのか。話そうか迷っているのか。顔が見えない今の状況では判断できない。
「…………すぐ近くにな」
数秒の沈黙の後。誠は口を開いた。
その重々しい口調から、細かくは語らないのだろう。
カナエは静かに耳を傾けた。
「村は辺境にあったし、川から用水路を引っ張ってはいたけど、そんなに長くもなかった。歩いて3分程度。夏場はよくそこで涼んでいたし、魚を取りもした。たぶん珍しくもない、普通の過ごし方をしていただけだ」
「私は素敵だと思いますよ。そうやって普通に過ごせること。それが一番素敵な生き方だと思います」
「……そうかもしれないな」
失ったからこそそれが美しく見えるのか。それとも本当にそれは美しいものなのか。誠には判断できなくなっていた。失ったものに感じる重みが、とてつもなく重たく感じるから。
誠は自分のすぐ側に人が寄ってきたことを気配で感じた。他に誰もいないため、それがカナエであることは明白。
「目を瞑っていたんですね」
「見ないって話をしただろ」
「これは見直しました。今はもう目を開けていただいた大丈夫ですよ」
「そうか」
許可が出てから目を開ける。カナエに視線を移すと、満足できたのか爽やか表情を浮かべていた。髪にはまだ水気が残っており、カナエの頬や首に張り付いていた。
「綺麗だな」
「ぇ……?」
誠の口から一言だけ溢れる。本人はその事に気づいておらず、立ち上がると川の方へと歩いていく。誠も誠で水浴びをして体を洗いたかったようだ。
誠の口から溢れた褒め言葉が聞こえ、一人取り残されたカナエはしばらく呆然としていた。空を仰ぎ、雲を眺めながら言われたことを咀嚼し、誠が先程まで座っていた場所にしゃがむ。
「……はっきり言われる方が、対応しやすいものなんですね」
面と向かって言われれば、笑顔でそれを受け止めることができる。相手の事自体は流すこともできる。そうやって躱せるというのに、本人が無意識に言ったことはそうもできない。褒め言葉として受け取りはするが、どうにもモヤっとする。
カナエのそんな心情を露ほども知らない誠は、素早く水浴びを終えて戻ってくる。
「悪い胡蝶。待たせた」
「全然そんなことないですよ。本当に水浴びをしたんですかってくらい早いですよ」
「手早く済ませるようにしてるからな」
「うーん、まぁいいでしょう」
何の許可だ、とは思ったが、それを聞いてもはぐらかされることは分かっていた。数日共に行動していたことで、誠もまたそれなりにカナエのことを識った。
それでも、聞いていないこともある。聞こうとも思っていないため、カナエがそれを話すこともない。そのはずだったのだが、誠の隣で岩に腰掛けるカナエ自らその話を始めた。
「俺は聞こうと思わなかったんだが?」
「それでも良かったんですけどね。泰富さんの話を聞く方が多かったですから。私も少しは開示しようかと」
「話して楽しいことでもないだろ」
「優しいんですね。でも気にしないでください。それこそ、私だって珍しくない話なんですから」
誠はどうにも納得し難かった。珍しさなどどうでもいい。その事について、当人がどう思っているのか。どれだけの思いがあるのかが重要なのだから。
カナエの横顔を見れば一発で分かった。カナエが話そうとしているものは、カナエにとって一番辛かった出来事なのだと。先程の誠の話は、辛い身の上話ではなかった。楽しく過ごせていた頃の話だった。それにも拘わらず、公平性を保とうとして辛い話をするのは、ズレている気がした。
「辛いならやめとけ。思い出して辛いことなら、思い出さないようにしとけばいい」
「それも一つの方法ではあると思います。ですが、私は話すのも一つの方法だと思うのです。泰富さんが聞いていて、面白い話ではないことは分かっています。それでも、話をすることは、その出来事に向き合うことにもなりますから」
「胡蝶……。分かった、聞かせてくれ」
「ありがとうございます」
カナエが思った通り、誠は優しい人間だった。誠の育手である岳谷がそう評したように、誠はいたって普通の人間だ。普通の優しい部類の人間で、鬼殺隊は向いていない。
それでもそこに入ろうとしているのは、
視線を自分の手から離し、広がる青空を見上げる。様々な形で浮かぶ雲を見つめ、日差しに目を細めたカナエは、一度目を閉じてから話を始めた。
「私は胡蝶家の長女で、少しばかり年の離れた妹がいます。両親がいて、私達は一家四人で生活していました」
妹がいることも初耳だ。カナエに似た性格をしているのだろうか。
「妹は私とは違って、少し言葉が強いですね」
「似なかったのか」
「どちらかになりますからね。私の妹の場合は似なかっただけです。父と母も優しかったので、あの強気はどこから来たのか少し不思議なんです」
困ったように話しているが、その表情はとても楽しげだった。それだけカナエにとって、妹が大切である証だ。その様子を見ているだけでも、その妹と会ったことがなくても誠の頬は緩んだ。
「父も母も誠実な人でした。『重い荷に苦しんでいる人がいれば半分背負い、悩んでいる人がいれば一緒に考え、悲しんでいる人がいればその心に寄り添ってあげなさい』と、父からはそう教わりました」
それがカナエの根底にあるものであることは、出会ってから日の浅い誠でも十二分に理解できた。カナエはその教えを大切にし、その通りの人物になっている。鬼を哀しむまでに、底のない優しさを持って。
「私達はそうやって生きていたんです。町で生き、
カナエの声が僅かに震え始める。
その時の出来事は、その時に生まれた悲しみは、今もなおカナエの中で生きている。
「……たった一晩の出来事でした。時間にして1時間もない。10分もなかったのかもしれません。ただ……私にも妹にも、あの時間はとても長く…………地獄のように思えました。1体の鬼が現れ…………父と母が殺され……、駆けつけた隊士の方のおかげで、私と妹は生き残りました」
その後は保護され、二人を助けた隊士の下を訪れ、与えられた試練を超えたことで育手を紹介された。妹とはそこで別れ、どちらもがこの最終選別を超えれば再会できるとのこと。
カナエに似た少女を誠は見ていない。妹の方は、今回の最終選別には来ていないのだろうか。それとも見かけなかっただけなのか。それを聞くのは今ではない。
誠は座っていた岩から降り、カナエの正面に回る。
顔を上げたカナエの瞳に映る感情は何なのか。哀しみか、怒りか、後悔か。
それを誠は
カナエの理性がそれを抑えているから。
「お前、泣いてないだろ」
「そんなこと、ないですよ。父と母を失って……」
「妹のことを気にかけていたから、自分は悲しんでいられなかった。違うか?」
「っ!」
誠の推測は当たっていた。今の話を聞き、少しばかり考えれば分かることだった。真菰から聞いた話からして、誠の訓練期間は通常より短い。おそらくは一年かけて最終選抜にむけて訓練する。妹は少し年齢が離れ、それだけ仲のいい家族なのであれば、妹の方は一人でその悲しみを乗り越えられるかが怪しい。
そう仮定すると、カナエは妹を受け止めないといけなかった。そうしなければ、妹の心が壊れてしまうから。そのためにカナエは、頼りになる姉であり続けた。
「実際にそれに耐えられる強さはあるんだろうさ。胡蝶の心が強いのは、その意志の強さを見たから分かってるつもりだ。でもさ、強い奴って泣かないから強いわけじゃないだろ? 悲しいときには悲しいって言わないとしんどいぞ」
誠はカナエの目を見つめて言い切った。柄にもなく相当恥ずかしいことを言い、内心では恥ずかしさでいっぱいなのだが、カナエに悟られないようにしている。
「……それでも、私は姉ですから」
「そうだな。けど、ここには胡蝶の妹はいない。今くらい"姉"という立場を忘れていいんじゃないか?」
カナエの瞳が揺らぐ。
誠の言葉に納得
「……本当に、いいのでしょうか……」
「俺しかいないし、俺は"姉"である胡蝶の姿を知らん。気にしなくていい。なんならしばらく離れてるから」
そう言って離れようとする誠の背を、カナエが小さく摘んだ。その力はとても弱く、軽く動くだけで振り払えてしまう。誠はその場で静止し、カナエの言葉を待つ。
「そこに、いてください」
「……わかった」
背が少し重くなる。両手で掴まれ、背に頭が押し当てられる。背から聞こえてくる音を、誠は忘れない。
誠は何も話さず、カナエが落ち着くまでずっと待ち続けた。
カナエが落ち着くまでに、それほどの時間は要さなかった。常に妹と共に行動していたが、それでも僅かに生まれる時間を使って、少しは気持ちを整理していたから。そして、この日にようやく完全に整理ができたというわけだ。
「お見苦しいところをお見せしました」
「大丈夫。見てないから」
「ふふっ、屁理屈ですね」
「言ってろ」
悲しみは消えない。それは両親の記憶と共にカナエの中で生き続ける。それでもカナエは前を向いている。先程以上に凛とした瞳を灯して。
その後は日が沈むまで仮眠を取り、食事を取ってから行動を開始する。
「鬼を探すにしても、だいぶ減ってるから見つけるのは相当苦労するな」
「そうですね。鬼を見つけられずに夜が明けるかもしれません」
「それはそれでいいけどな。最大の目的はこの最終選別に受かることだから」
「そうでした」
「おい」
すっかり目的が変わっていたカナエに、誠の冷ややかな視線が刺さる。カナエはそれを笑いながら誤魔化す。
鬼にはなかなか遭遇できず、夜が更けていく。
この最終選別で鬼を探しに行く挑戦者は、そうそういないだろう。明らかに他の者たちとは違い、変わった二人だった。
捜索している中、誠は弾かれるように視線をある方向に移した。
「泰富さん? どうかされました?」
「……真菰……?」
「え?」
胸騒ぎがした誠は、直感に従って一直線に走り出す。急に走り出されたことで、カナエが出遅れたが、同時に動いていても少しずつ離されただろう。今の誠は、カナエよりも早く走れていた。本人も分かっていてできているわけではない。ただ、1秒でも早く走ろうとしているだけだ。
「ーーーーッ!」
聞こえてきた音が、何を言ってるのかは分からなかった。ただ、それが真菰の声であることだけは分かった。
それが聞こえた瞬間、真菰の速度がさらに上がる。呼吸による身体強化を足に回しているわけだが、意識していない上に闇雲に行われているために足がすでに限界に近かった。
「真菰!!」
目に飛び込んできた光景は、一瞬で誠の怒りを最大にさせた。
人の身長を大きく上回る巨体の鬼。その手に掴まれている真菰。
そして、その鬼に引き千切られた真菰の左腕。
飛び散る血と響き渡る悲鳴。
「悪い真菰。遅くなった」
飛び散った血は真菰のものだけでなく、真菰を襲っていた鬼のものでもあった。真菰の悲鳴が響く中、腕を斬り落とされた鬼の怒声も響き渡る。
誠は鬼を視認した瞬間、真菰を掴んでいた腕を斬り落としていた。捕らえられていた真菰を助け出し、鬼から距離を取る。
「はぁ、はぁ……ぁっ……ぐっ、誠……」
「止血しないとな」
真菰を抱えた誠は、後を追っていたカナエの下にまで戻る。真菰の様子に血相を変えたカナエだったが、誠がすぐに上の服を脱ぎ始めたために違う意味での動揺を起こす。
「なっ、何をして──」
「止血するための布がないだろ! 俺の服を適当に斬っていいから、それで真菰の止血をしてくれ!」
「わ、分かりました! 可能な限りの応急処置もします! 妹がいればもっと処置はできるのですが……、あの子は今この場にいませんし……」
「可能な限りでいい。頼む」
誠が深く頭を下げ、カナエもすぐに行動に移した。誠に一言謝ってから服を適当な大きさに切っていき、止血のために傷口に塞いでいく。
その際に感じる痛みに真菰は声を押し殺し、顔を歪める。そんな中、誠が立ち上がったのを見て、誠がこれからやろうとしていることに気づく。それがどれだけ危険なことであるかは、たった今身を持って知ったばかりだ。
「まこ、と……? まさか……」
「真菰。頼む、死なないでくれ。あの鬼は俺が殺してくるから」
真菰の声を無視し、カナエの言葉も耳に入らず、誠は刀を手にしてさっきの場所へと駆けて戻った。その鬼を真菰に近づけさせないために。
先程斬ったばかりの腕はすでに治っており、この鬼がどれだけ人を殺したのかが窺える。振り下ろされる拳を避けながらその腕ごと斬り裂く。
「なんだお前は」
「お前を殺す人間だ」
刀を抜き去り、刃を鬼に向けて宣言した。