月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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 お気に入りが2桁になった。これは喜んでいいやつ!
 章の分け方年齢じゃない方が分かりやすいな? とか思いました。変えました。


6話

 

 この場にいる鬼は、雑魚鬼と言われるような鬼ばかりだ。捕獲され、最終選別のためだけにこの山に封じ込められ、最終選別に臨む者たちに殺される。生き残ろうとも、食料となる人間は最終選別の時にしか入ってこない。飢餓に陥り、その命を落としていく。

 そのはずだったのだが、誠が対峙している鬼はその範疇を超えていた。体からいくつもの腕が生え、人間を大きく上回る巨体。何十人もの人間を食べてきたことは、疑いようがない。

 

「何人食べた」

「あー? だいたい40は超えたか」

「なら、もう生きなくていいな」

 

 カナエはどんな鬼であれ話をしようとした。たとえ飢餓状態の鬼であろうとも。そのカナエとの協力関係は続いている。だから誠は、申し訳程度に言葉を交した。

 40人の命がこの鬼に奪われた。それでもカナエならまだ話をしようとしただろう。だがそれはカナエならの話。誠はこれ以上この鬼と会話をする気が一切ない。

 

「ふんっ!」

「っ!」

 

 大きな拳が二つ振り下ろされる。

 誠はそれを後ろに避けた。頭に血が上ってはいるが、無闇に戦わないように徹底的に叩き込まれているおかげで、愚行に走らずにすんでいる。

 拳が地を刳る。めり込み方、舞い上がる砂埃。その拳の重さを物語っていた。

 持ち上げられていく拳を見て確信を抱く。地面を刳りながらも僅かな綻びさえ見せない拳。その頑丈さは、今の誠では太刀打ちができない。あれを正面から斬ろうとすれば刀が折れ、硬い拳に体が潰されるだろう。

 

「お前もさっきの娘と同じか」

「……なにが」

「ちまちま動くだけの弱い人間だって話だ!」

「その弱い人間に殺されるお前は何なんだろうな」

 

 接近しながら拳を振るう鬼に合わせ、誠も前進した。その巨体さと多くの腕があるために、腕を同時に震えばその下が死角となる。誠はそこに入り込んでから加速した。

 掴まれたら終わりだと分かっている。だから、手近にある鬼の手を次々に斬っていく。

 

「小賢しい!」

 

 鬼が体を捻る。斬られていない反対側の腕を一斉に使ったラリアット。

 誠はスライディングで鬼の股下を通り、立ち上がり際に鬼のふくらはぎと後ろ腿を斬る。

 

「ぬぅっ!」

「ちっ!」

 

 鬼は転けはしなかったが、その場に膝をついた。誠はそこで首を斬ろうと思っていたが、鬼の手が接近していたために距離を取った。

 斬るのではなく距離を取る。

 この行動を取ったところに、誠の経験の浅さが表れた。

 怒涛の攻め方から反転したとも言える行動。その理由を察した鬼が口を歪めて嗤う。

 

「やっぱ弱えんだなぁ?」

「……言ってろ」

「ははははっ!」

 

 片目を覆いながら高笑いする鬼に誠は舌打ちをしながら冷や汗を流す。足を斬った時に察したからだ。

 腕を斬り落とせたのは、鬼が警戒していなかったから。真菰を捉えていたために、「戦闘は終わった」として筋肉を弛緩していた。戻ってすぐに斬れたのも、誠のことを警戒していなかったから。

 しかし、誠を「まともに戦うべき敵」と認識した今は違う。全身の硬さが増し、骨がない部分でも刃の通りが悪くなった。倒れさせようと思って足を4ヶ所斬ったというのに、鬼は膝をつくだけだった。

 

「ふぅーー。呼吸を乱すな。余計な力を入れるな」

「何をぶつぶつ言ってんだ!」

 

 足の傷を治した鬼が素早く近寄る。誠に伸ばされたいくつもの手。それらの手が、誠に近づけられた順に失われていく。

 

「はっ?」

「焦りは呼吸の乱れ。呼吸の乱れは死。生きるためには、常に呼吸を保つこと」

「小僧……!」

 

 誠の気配が変化する。分かりやすく噴出していた怒りが身を隠し、誠の纏う空気が静かにうねる。怒りは消えていない。誠の中で今もなおそれは燃え盛っている。

 

「俺はただお前を殺すだけだ」

 

 気味が悪い。鬼は率直にそう思った。

 たった数秒の間に、丸っきり気配が変わっている。本当に同一人物なのかと疑いたくなるほどに。

 それが現在の誠の本質だった。

 岳谷が危惧し、真菰が憂い、カナエが心配する誠の本質。

 誠の本質は──哀れなまでの空虚。

 

「俺がお前を喰い殺すんだよ。そこは間違えるなァ!」

 

 その多くの手を活かした多数の突っ張り。誠はそれをヒラヒラと躱していく。

 

(なぜ俺だけ生きてしまったのだろう)

 

 友を失い、涙を流した直後の思考だった。

 誠はあの時"鬼を殺したい"とは思ったが、"生き残りたい"とは思っていなかった。たしかに友を失った悲しみに涙を流した。だがそれは、一人だけ生きてしまったことへの悲しみ。

 ずっと三人で一緒だった。その事実が誠の思考を常人とは異なるものにさせた。三人中二人が死んだのなら、残り一人も死ぬべきだと思ってしまう。

 それなのに自殺していないのは、サツキの願い(呪い)があるから。それを叶えさせられるとしたら、生き残っている誠だけだから。だから誠は、そのためだけに生きている。

 

「気味がワリィんだよ!」

 

 ふらふらと躱している誠に鬼が怒声を上げる。誠を早く殺したい。その一心で腕を振り回していく。その巨体から繰り出される攻撃は、当たり方によっては即死。そうでなくとも動きを封じ込められる。

 だから鬼は誠を殺すためだけに腕を振り続けた。捕まえれば簡単にトドメをさせるだろうに、誠を不気味がっていることがそれを思い出させない。

 

 誠の生きる理由は借り物だ。誠を突き動かす復讐心は紛い物だ。

 真菰への仕打ちに対する怒りを抑えてしまっては、人形のように動く誠の本質が表に出るだけである。

 

「ここか」

 

 鬼の腕を、筋肉の筋に沿って斬り開いていく。硬いには硬いのだが、輪切りにするよりは力を要さずに済んでいる。

 だが、裂くことはできなかった。

 

(開いただけ。すぐに治るな)

 

 誠の予想通り、鬼は斬られた部位が瞬く間に治っていった。

 鬼の顔が再び愉快げに歪む。

 

「お前はやっぱその程度だよなァ」

「自分で相手を推し量れないなら、お前もその程度ってことだよな?」

「ハハハハ! 強がりだな!」

 

 鬼の首を狙おうにも、体中に生えている腕の何本かが、常に首周りに巻き付いている。下手にそこを狙うと返り討ちに合うだろう。警戒を高めて考えれば、その腕の方が硬い可能性すらある。

 鬼の攻撃を避け続けながら、引き続き鬼の腕を斬っていく。切断することはできず、小さな傷が生まれてはすぐに塞がる。鬼も斬られることを気にしなくなり始めた。誠の攻撃で死ぬことはないと確信したから。

 それが誠の狙いだった。

 

「うおぉぉぁぁ!!」

「ヤケになった……っ!?」

 

 距離を取っていた誠が鬼に近づく。一歩ごとに速度が倍々になっていく。鬼が警戒した頃には手遅れ。誠の刃が鬼の首を右側を貫く。

 

(反応されたか……)

 

 土壇場で殺気が溢れてしまった。危機を察知した本能に従って鬼が首を動かした。そのせいで誠の刃は鬼の首の中心を穿てなかった。

 

「ハハッ、お前の負けだ……ぁ?」

「ここで終わるわけがないだろ……!」

「グァァッ! オマ、エ……!」

 

 刃を振動させ、右側から左側へと少しずつずらしていく。

 鬼が行動を起こすよりも先に首を斬る。

 そのための踏ん張りのために足に力を込め──そこで誠の足が限界に達した。

 

「あ?」

 

 足の力が抜け、視界がガクリと揺れる。鬼の首を見ていた視線が下がり、下から迫り来る大きな拳を捉える。

 拳が体にめり込み、内側から骨が砕ける音が聞こえる。誠は弾丸の如く飛ばされ、後方にあった大木に背を強打する。

 

「ブハッ……! ゲホゲホッ、ガハッ……はぁっ!」

 

 咳き込むと血が溢れだす。肺にもダメージが入ったのか、まともに呼吸ができない。大木に叩きつけられた際に、内側の酸素も吐き出されたというのに、酸素を求めようにもうまく取り入れられない。

 

「今のは少し焦ったなァ」

 

 動きが取れなくなっている誠に、鬼がゆっくりと近寄ってくる。首を守る腕には誠が刺した刃が突き刺さったまま。それを抜き取ろうとしているが、場所が場所だけに相当慎重に抜こうとしている。

 その鬼を誠は見上げるも、視界が真っ赤に染まっている。頭部からも出血し、それが目に入ってる。

 

「けど、ここまでだァ!」

 

 鬼が誠を踏み潰そうと足を上げると、誠の後方から大きな音が近づいて来ていることに気づいた。木々を壊し、茂みを突き進み、小岩を粉砕するも、その音は一直線に誠と鬼の方へ。

 

「倒れなさい!」

 

 この場にいなかった者の声が聞こえ、誠はずり落ちるように体を横に倒す。その直後に大木の幹を巨岩が粉砕しながら姿を現す。

 

「「は?」」

 

 誠と鬼の声が重なった。

 自分が重傷を負っていることも忘れ、誠は目の前の光景に唖然とする。

 自分が巨岩に轢かれそうになっていることも忘れ、鬼は目の前の光景に呆然とする。

 肉が潰れる不快な音が響いた。鬼の巨体が障害となり、巨岩は転がっていかずに鬼の体の上で動きを止める。

 

「ガァァァァ! このっ! こんな岩ァ!!」

 

 潰れていない手で岩を殴り始める。力はうまく入っていないようだが、それでも岩が崩れるのも時間の問題だろう。

 

「今のうちに逃げるわよ!」

「おまえ、は……?」

「自己紹介も後で!」

 

 小柄な少女が誠に肩を貸し、誠は重たい体を何とか動かす。あの状態であれば、難なく鬼の首を斬れたのだろうが、生憎と誠の刀は鬼と一緒に岩の下。少女の刀を借りても、今にも崩れ落ちそうな状態の誠には鬼の首を斬れない。傷を負っていない少女でも、小柄な体を見るに力が足りないのは明白。

 ほぼ引き摺られるような状態だったが、誠は少女と共に鬼から逃げることができた。鬼から逃げ切れたのは、誠は途中で何度も血を吐きながら、進む方向を指差して少女に指示を出したからだ。逃げ切るための進み方を誠は熟知している。

 そうして鬼から逃げ切ってから、誠はカナエと真菰がいる地点に戻った。

 

「泰富さん!? それに、しのぶも!?」

「姉さん!? どうしてここに……っ! その人……!」

「会えたのは本当に嬉しいのだけど、話をする前に真菰さんを診てくれないかしら!? その間に泰富さんの応急手当をするから!」

「え、ええ。分かったわ」

 

 姉の必死な形相にしのぶは目を丸くしながらも頷き、気持ちを切り替えて真菰の容態を診る。

 最愛の姉と再会できた。その事に喜びたい。姉を抱きしめたい。その衝動に駆られているも、しのぶはそれらを抑え込んだ。目の前に重傷を負っている人がいる。手先の器用さや薬関連だけは姉のカナエより長けていた。その事に自信を持っている。

 姉から頼まれたのもあるが、こういう時に対応できずしてどうする。

 

(さすが姉さん。止血の仕方が上手い。……でも、この傷……!)

 

 真菰の傷は、医術を囓っているしのぶの目からしても酷かった。専門としている者に見せるべきだが、おそらくは同じ結論に至る。

 

(これは……治せない……)

 

 今はまともな医療設備がない。手持ちにあるのは、山中を動き回りながら材料を集め、調合して手に入れた傷薬のみ。

 たとえ医療設備があり、専門の医者がいたとしても、匙を投げる酷さだ。何かに斬られたわけでもなく、潰れたわけでもない。引き千切られたせいで、傷が複雑なものになっている。

 

(一命を取り留めてもこの人の腕は……。でも、だからといって見捨てられない!)

 

 しのぶは懐から調合していた薬を取り出す。

 

「痛むけど堪えてちょうだい」

 

 カナエが止血を施してはいるが、完全には止められていない。しのぶは真菰の傷口に止血剤を塗りこんでいく。

 

「ぁぁっ! ぃゃっ、あぁっ!!」

「堪えて!」

 

 止血のためとはいえ、傷口を触られては激痛が走る。

 痛みに暴れだす真菰を抑えたくとも、そのような機材はない。カナエは誠の手当の最中。力の弱いしのぶでは、真菰を抑えながら治療をすることができない。

 どうすれば、と焦るしのぶの視界に、誰かの手が真菰を優しく抑え込むのが見えた。

 

「真菰……」

「ぁ、ぁぁぁっ……!」

「あ、あなた何して……! 休んでなさいよ!」

「俺はいい。真菰を頼む……」

「っ、すぐに済ませるから、その後はあなたよ!」

 

 文句を言いたいところだったが、誠よりも真菰の方が危険な状態だ。しのぶは丁寧に、それでいて迅速に真菰に傷薬を塗っていく。しのぶに触れられる度に真菰の体は暴れようとしたが、それを誠が抑え続けた。

 

「私にできるのはここまでね。あとはお医者さんに診てもらったほうがいい」

「真菰は保つのか?」

「安心して。血を相当流してたようだけど、安定はしてる。伊達に訓練は積んでなかったってことね。何か食べたほうがいいのだけど、今は眠っているし、そっとしときましょ」

「そうか……。ありがとう、本当に……」

「当然のことをしたまでよ。それより! 次はあなたよ! そこにじっとしてなさい!」

 

 動くべきではない状態で真菰を抑えていた誠に、しのぶが怒りを顕にする。しのぶの背後がメラメラと燃えているような錯覚に陥るも、誠は何も言わずにしのぶの治療を受けた。体力が残っていなかったとも言う。

 

「できることはこれくらいね。あなたの場合は、動かずに休み続けてたら治るはずよ」

「そうか。何から何までありがとう」

「本当にね。せっかく作ってた薬も全部無くなったわよ」

「ごめんねしのぶ」

「姉さんが謝ることじゃないでしょ!?」

 

 頭を下げるカナエにしのぶが慌てふためく。その様子を眺めながら誠は楽な姿勢を取り、真菰の様子を見守る。少しすると、再会できたカナエとしのぶが語らい合う。事情は知らない誠だったが、聞こえてくる会話の内容からだいたいの推測をつけることはできた。

 二人は鬼殺隊に入るために育手の下で鍛えてもらっていたが、その時から別々になっていたらしい。無事に最終選別を超えれば再会できる。そういう話になっていたようだ。

 

「泰富さん、紹介しますね。こちらが私の妹のしのぶです。しのぶ、こちらが泰富誠さんよ」

「治療してくれてありがとう」

「お礼はもういいわよ。それより、姉さんとはどういう関係なわけ? なんか打ち解けてるわよね?」

 

 どういう関係かと聞かれても、何とも答えにくいものだ。強いて言うなら、しのぶとも同じであるように、この最終選別に挑む仲というところか。しかし、しのぶの目は「その程度の答えでは納得しない」と語っている。

 姉の方から言ってくれとカナエに視線で助けを求める。カナエも困っていたようで、苦笑いを返される。そんなやり取りでさらに怪訝な目で見られるわけだが、カナエがぽんと手を打ったことで、しのぶの目がカナエに向けられる。にこにこと微笑んでいるあたり、いい答え方を思いついたようだ。

 

「夜を共に過ごした仲です」

「あぁ、そうそう! ……って、何かおかしくない?」

「夜を? 姉さんと? ははっ、ははははははは!!」

「壊れた!?」

「しのぶはどうしたのかしら?」

「さては天然だな!? もしくはわざとか!」

 

 その真意を確かめることはできない。誠の首にしのぶの刀が添えられているから。恐る恐るしのぶを見ると、そこには般若が立っていた。

 

「辞世の句ぐらい詠ませてあげるわよ」

「俺を殺そうとするな! たしかご法度だろ!?」

「それは入隊してから。まだ入隊してないから許されるわ」

「畜生か!」

「やめなさいしのぶ」

 

 カナエの言葉にしのぶが歯を食いしばる。なぜだと視線で訴えようとすると、カナエが静かに怒っていることに気づき、すぐに刀をしまって正座する。

 

「人に刃を向けてはいけません」

「はい……。でも、だって、こいつ」

「こいつ?」

「……………………泰富さんが、姉さんを誑かすから」

「?? 何を言っているのしのぶ。私と泰富さんは一緒に行動していただけで、特別何かをしていたわけじゃないのよ?」

「……? だって……姉さんはさっき、『共に夜を過ごした仲』って……」

「鬼が活動するのは夜でしょ?」

「えぇ……」

 

 早とちりだった。勘違いしただけだった。それで誠に刃を向けてしまった。これは謝らないといけないと分かっているのだが、それはそれで姉の言い方も悪いのではないか。

 誠に視線を戻すと、誠から同情の視線を送られる。誠にそんな目をされるのはしのぶにとって大変癪なのだが、分かってもらえる相手が誠だけだという状況も相まって、複雑な感情が渦巻く。

 原因であるカナエには一切の自覚がない。それが一番質の悪い話だった。

 

「悪い……少し寝る」

「はい。ゆっくり休んでください」 

 

 まだ夜は明けていないが、誠はプツリと糸が切れたように真菰の隣で眠りについた。さすがのしのぶも、それを不用心だと言えなかった。あの鬼との戦闘を見ていたから。

 カナエとしのぶは二人で見張りをし、夜が明けると食事を取ってから眠りについた。

 

 誠が目を覚ましたのは、七日目の晩になってからだった。日が昇る前に眠りにつき、日が沈んでから目を覚ましたために、六日目の晩だと勘違いしたのも無理はない。しのぶには揶揄われた。

 カナエとしのぶが用意した食事をもらった誠は、ふらつきながらも立ち上がる。

 

「泰富さん!?」

「何しようとしてるの!? 動いちゃ駄目だって言ったでしょ!?」

「鬼を、探す……。胡蝶との取り決めは、まだ……消えてない……」

「っ! お気持ちは嬉しいですが、休んでください。泰富さんに無理をさせたくはないです」

「探すくらいなら──」

「探してどうされるのですか? 今の泰富さんは何もできません。足手まといになるだけです」

「姉さん」

 

 はっきりと言い切ったカナエを睨むも、カナエは動じることなく誠を真っ直ぐ見返す。カナエは心優しい女の子だ。しかし気が弱いわけではない。むしろ強い。そして臆病でもない。だから、必要な時には、はっきりとキツイ言葉を臆することなく言える。

 

「……何とかする」

「できませんよ! 分かっているはずです! 今動くのは自殺行為だと!」

「止まる気がないなら、私が気絶させるけど?」

「泰富さん。まだあなたが繋ぎ止められていない(・・・・・・・・・・)のなら、私が止めます」

 

 自覚のない誠はその言葉の意味がわからない。まだ誠のことを識らないしのぶは、姉の言わんとすることがわからない。

 それでもカナエは誠を繋ぎ止められる。その方法を知っている。

 

「泰富さんが死ぬおつもりでしたら、私の命もそこまでです」

「っ!!」

「なっ!?」

「私は泰富さんに生きていてほしい。それは真菰さんだって思っていられるはずです。まさか、彼女から逃げるおつもりですか?」

「…………俺は……」

 

 今もなお眠っている真菰を見る。生と死の境目を迷っている真菰だが、昨日より幾分か顔色が良くなっている。一命は取り留めたと考えていい。あとは目を覚ますのを待つだけ。

 

『真菰に死ぬなと頼んでおきながら、言った本人が死のうとしているのか。そんな逃げは赦されない』

 

 カナエが言っていることはそういう事だった。真菰もまた、起きていたら誠に苦言を呈しただろう。

 誠の芯はとっくに砕かれている。それを治すことなく生きようとしていた歪さ。それはふとした拍子に覆り、死に近づこうとする危うさを潜めている。誠はそれなりに腕に覚えがあろうとも、決して強い人間ではない。

 真菰もカナエもそれを治そうと試みている。他人の目標を掲げ、それを追いかけている姿が紛い物だろうとも、その生まれ元は誠本人だ。誠が備えていた人間性から生まれた姿。その姿を見て、真菰とカナエは手を貸すに値すると判断した。

 だから見捨てない。

 だから本気で怒る。

 

「悪い……。血迷ってた」

 

 誠は他人によって生かされている。だからカナエのやり方は効果的だった。

 カナエ本人は、このやり方が褒められたものではないと思っている。ただの延命措置で、誤魔化しなのだと。

 

「鬼はどれくらい減ったかわかる?」

 

 いまいちついて行けてなかったしのぶが話題を用意する。カナエも誠もそれには答えられず、同時に首を横に振った。

 

「分からないが、それなりに減ってるはずだ」

「鬼もそうでしょうけど、おそらくは人間も、ね。この最終選別は合格者数が少ないって聞いてるもの」

「鬼も人も減る、か。そうなると──」

「何人もの人を食べた鬼がいてもおかしくないですね」

 

 カナエの言葉に誠もしのぶも頷いた。

 そして、この最後の夜にまで残っている鬼は、そういう鬼であることも推測がつく。

 

「例えば──」

 

 カナエが立ち上がり、後ろに振り向きながら刀を横に一閃する。

 甲高い音が響き、飛び出してきた影の姿が月明かりに照らされる。

 

「こういう鬼がそうでしょうね」

「胡蝶……!」

「大丈夫です。私は強いですから」

「ギギっ。4人いるなぁ。これで15人」

「他の方々のほとんどを食べてしまわれたのですね……。私たち人と分かり合うおつもりはありますか?」

 

 姉がそういう思想を抱いていることは知らなかったようで、しのぶが驚いてカナエの背を見つめる。その視線を感じてなお、カナエは自分の信念を貫くことに揺らがない。

 鬼はケタケタ笑い、カナエの考えを一蹴する。そんなつもりはなく、どの鬼もそんな考えを抱くことはないと。

 素早く動くその鬼の爪は、金属である刀に対抗できる硬さを持っていた。掠るだけでも血が流れ、その鋭さがよく分かる。

 

「残念です……」

「ギギギっ! ……ぇ?」

 

 舞いを見ていた。

 しのぶも誠もそう感じた。

 カナエの動きは滑らかなもので、流れるように鬼とすれ違い、その首を斬り捨てた。

 

「あなたの来世に幸があらんことを」

 

 鬼の襲撃はそれだけに終わり、七日七晩生き残った誠たちは、開始前の集合場所で正式に合格を言い渡される。鎹鴉をそれぞれ一羽ずつ与えられ、今もなお眠っている真菰にも与えられた。

 生存した者は誠たちを含めて5人。それぞれ育手の下に戻され、そこで鬼殺隊のみが持つ刀"日輪刀"を鍛冶職人から受け取る流れになっている。かかる日数は職人とそこまでの距離によって変わるため、当然個人差が出る。

 誠は真菰のことを気にかけていたが、真菰の育手の居場所を知らない上に自分の育手の下に帰らないといけない。隠という役職の人に真菰を任せ、誠は岳谷の下へと帰っていくことになった。別れ際に胡蝶姉妹と言葉を交したが、話した内容をあまり覚えていないのが本音だ。

 

「シケた面してんなぁ。突破したんだから喜べ! 1期生が突破してくれたってのに俺が喜べねぇだろ!」

「はあ、すみません」

「ぐぉぉぉ! 調子狂うなぁ!」

 

 誠が帰ってきたことに喜んだ岳谷だったが、誠が暗い様子であることに気づくとこうして叫び始めた。岳谷なりの気遣いなのだが、今の誠には響かないらしい。

 動きを止めた岳谷はぽりぽりと頭を掻くと、誠の頭を優しく撫でる。

 

「お前はよくやった」

「……ぁ……そんな、こと……だって、真菰が……」

「よくやったんだよ」

 

 その場に崩れる誠を、岳谷はそっと抱きしめ──誠が骨を折っていることに気づくや否や強制的に横にさせた。

 

「なんでそれで歩いて帰ってんだよ! 休め馬鹿! 身体を治せ!」

 

 横になった誠の側で、岳谷はある程度最終選別の話を聞いた。真菰と出会い、カナエと出会い、しのぶと出会ったこと。真菰が死にかけたこと。今もなお眠り続けていること。そして、真菰の様子を見に行きたいということを。

 

「かー、これだから馬鹿は! ちょっとお前の鴉借りるぞ」

 

 急いで手紙を書いた岳谷は、誠の鎹鴉の足にそれを括り付け、どこぞへと向かわせる。何をしたのか誠が聞くと、岳谷は隠すことなくあっさり答える。

 

「お前の刀の配送先を変えてもらうんだよ」

「えっと?」

「お前はその真菰って子のとこに行け。鱗滝さんのとこで合ってたよな? そこにお前の刀を届けてもらう」

「っ! いいんですか!?」

「意地でも行くつもりだったろ。止まらないなら合わせるまでだ」

「ありがとうございま、ずっ!」

「ふんっ、今日一日は休め。明日から行けばいいさ」

 

 誠の合格祝いをするつもりだった岳谷だが、誠の容態を知って料理を変更。豪勢さは控えめにし、消化のいい料理を提供した。誠はその温かさに感謝し、翌日には予定通り無理を承知で出発する。

 

「岳谷さん、本当にお世話になりました」

「行け行け。湿っぽいのは死んだ時だけでいいんだよ」

「いつか、お礼をしに来ます」

「期待せずに待っててやる」

 

 変に言い返す岳谷に誠は苦笑し、もう一度頭を下げてからそこを後にした。

 

「次来る時は嫁でも連れてきやがれ! 達者でな()!」

「っ!! ははっ、やっと名前で……。はい! 行ってきます!」

 

 岳谷が誠を一晩待たせたのには意味がある。鎹鴉が帰ってくるまでの時間だ。真菰と出会った経緯を聞き、すぐに行動の許可を出せば迷子になって野垂れ死ぬと判断。そこで、鎹鴉が帰ってきてから、鴉に誠を案内させることにしたのだ。

 そのおかげで誠は迷子にならずに、真菰が育てられた鱗滝の小屋にたどり着くことができた。

 

「お前が誠か」

「え、はい。そうですけど、なぜ名前を?」

 

 小屋の前には、天狗の面をかぶった人物がいた。大人だということで、誠はこの人物が鱗滝だと判断する。合っているのだが、判断材料が悲しい。

 

「岳谷から手紙が来てな。事情は知っている。真菰は中にいる」

「真菰はどうですか!?」

「昨日目を覚ましたが、軽く食事をしてすぐに寝た。おそらくはそろそろ起きるだろう」

 

 鱗滝に案内してもらい、誠は小屋の中に入る。奥にある布団で真菰が静かに寝息を立てていた。

 

「真菰……よかった……」

「お前さんは少しは自分の心配をしろ。顔色が悪いぞ」

「すみません、まだ怪我が治ってなくて」

「馬鹿なんだな」

 

 真菰の側に寄った誠を馬鹿だと判断した鱗滝は、食材を捌き始めた。真菰が起きた時にすぐに食事が取れるようにするつもりなのだろう。誠は少し楽な姿勢を取りながら、真菰が昨日目を覚ましていたことを喜ぶ。真菰は完全に峠を超えたのだ。

 

「んっ、んん……」

 

 鱗滝が準備を終えて10数分。

 真菰が目を覚ました。

 

「真菰! よかった……本当によかった……!」

「くる、しい……」

「あ、ごめん!」

 

 起き上がると同時に誠に抱きしめられ、それに多少は動揺した真菰だったが、それを表には出さなかった。誠は真菰から離れ、喜びを顕にする。

 

「えっと……」

「あー、こっちで刀を受け取ることになったんだ」

「そうじゃなくて、

 

 

 

 ──あなた誰?」

 

 

 

「……え?」

 

 その言葉は誠の心に深く突き刺さった。

 鱗滝もこれは知らなかった。 

 まさか真菰の記憶が一部だけ失われているとは(・・・・・・・・・・・・)

 

「何、言って……。最終選別に行く途中で会っただろ?」

「最終選別? 私はそれには行ってない。行かないことにしたから」

「……そう、だっけな……。ごめん、少し外に出てくる」

 

 力なく立ち上がった誠は、小屋の外に出てすぐに座り込んだ。背中を小屋の板に預け、ぼうっと虚空を見つめる。

 

 

『私は真菰。あなたは?』

『誠は強い人ね』

『私にできることがあれば手伝うわ』

『あ、誠。よかった。生きてたんだ』

 

 

 共に過ごした時間は短い。だがそれはさしたる問題ではない。

 

「あぁぁぁ……」

 

 誠にとって、真菰の存在は大きなものになっていただけの話だ、

 

「ああぁぁ!!」

 

 

 真菰が記憶を失った理由は理解できる。誠だって頭では分かっている。真菰にとって最終選別は、忘れたいほどに辛い出来事だったということだ。

 忘れたほうがきっと幸せなのだろう。

 もう鬼に関わることなく、この場で生きていくことが、真菰の幸せなのだろう。

 慕っている鱗滝と共に、ここで平穏に。

 

 

 

 刀は翌日に届いた。こちらの方が鍛冶場から近いのかもしれない。誠はそれを受け取り、鍛冶職人と鱗滝に感謝する。

 真菰とどう言葉を交せばいいか、誠には分からなかった。しかし、真菰の方から誠に声をかけた。

 

「誠、これ」

「これって……」

「厄除の面って言って、鱗滝さんが作ってくれるの。お願いして、誠の分を作ってもらったんだ」

 

『それならこれを突破したら連れて行ってあげる。気に入られたら、この面も作って貰えるんじゃないかしら』

 

「そっ、か……。ありがとう……真菰」

「もう……寂しがり屋なの?」

 

 涙を溢しながら抱きしめる誠を、真菰は優しく片手で抱き返す。

 真菰の左腕はもう戻らない。だが、守れたものもある。

 

「無茶しないで、生き続けてね。行ってらっしゃい誠」

 

 それはこの命と、真菰の浮かべる笑顔だった。

 

 

 


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