大切な通達を致します!
そろそろFGOのイベントを周回したいので、更新ペースが落ちます! まだ一箱も開けれてないんです!!
1話
鬼殺隊に入って支給されるものは二つ。隊服と日輪刀である。隊服は通常の服より頑丈で、防護性のある作りとなっている。マッチ一本火事の元とは言うが、この服はマッチ一本では燃えない。マッチ売りの少女には萌える。そんな隊士もいる。
日輪刀の素材は知られているが、その工程は謎。どこで作っているのかも知られていない。知っているのは刀を作っている者たちと、幹部級の位置づけにあたる柱以上の者たちだけ。秘匿性を高めているのは当然のことだ。その里が無くなれば隊士たちへの刀の供給が途切れる。つまりは鬼殺隊の生命線が途切れるということ。
日輪刀の面白い特徴は、使用者によって刃の色が変わるという点だ。その色によって、自分に合う呼吸の型を大方判断できる。派生させるのも、その呼吸から派生させることが多いため、日輪刀の色付きは馬鹿にできない。
『誠の色は……それ何色?』
『分からん』
日輪刀が届けられ、さっそく色を確かめた時に真菰とそんなやり取りをした。真菰が分からず、誠もさっぱり分からず、刀を製作した
刃が見えにくいから鬼にとって脅威だろうと素人考えをしていたが、刃の長さに慣れなくては自分も苦労するなと気づくのはすぐだった。納刀に手間取ったのだから。結局真菰に直してもらった。
そんなこんなあったわけだが、隊士たちは鎹鴉を通じて任務を受ける。その任務に挑むまでは、これまた与えられた家で待機する。そのため誠も待っているのだが、誠には一向に任務が届かない。そのせいで誠はこの2週間ずっと待機である。
誠の家ではなく胡蝶家で。
「体動かすか」
「駄目ですよ泰富さん」
「頃よく帰ってきたか……」
「お医者様に言われたでしょ? あと1週間は安静ですよ」
ベッドから降りようとしたところでカナエが帰ってくる。もっと早く行動すればよかったかと反省するも、しのぶが家を出たのがつい先程のこと。ほぼ入れ替わりだ。抜け出せなかったのも仕方ない。
ベッドの縁に座る誠と向かい合うようにカナエが椅子に座る。だいぶ呆れた様子が見受けられるが、それだけでもないようだ。
「そうは言うがな、動けるんだよ」
「骨が完全に治っていないんです。完治せずに動けばすぐに壊れてしまいますし、正しく治らなければ引退ですよ? 何もせずに」
「痛いところをつかれたな」
入隊して最初の任務で引退とは洒落にならない。鬼との巡りあわせ次第では殉職することもあるようだが、少なくとも"完治していない体で初任務に就いた結果引退することになった"という目も当てられないことをしでかした者は一人もいない。その一人目になったとしても名誉も何もない。明らかに不名誉であり、鬼殺隊としても残したくない記録だ。
カナエは何かを言おうと口を開き、逡巡した結果口を閉じた。さっきからその調子だ。帰ってきた時も何か別のことを言おうとし、それとは違うことを口にしている。諭すこともやろうとしていたことの一つなのだろうが、一番言いたいことを言っていない。
「胡蝶は変なとこで溜め込むよな。言いたいことは言えよ」
「……そうですね。では、言えてなかったことを遠慮なく」
「そうそう。その方ぎゃっ!? っつ……」
カナエの強烈なビンタが炸裂する。乾いた音が家中に響き渡り、家の前を通っていた人も驚いたとか。
まさかビンタされるとは思っていなかった誠だが、特に何も言わなかった。カナエに言いたいことを言わせようとしているのだから、全て甘んじて受け入れるべきだ。
「なぜ一人で行ってしまわれたのですか! 鬼に立ち向かえることは、鬼に勝てることとは全く違うのですよ!? そんな無謀なことをして、あなたは死にかけて!」
カナエは追いかけることができなかった。真菰を放っておけば、真菰が命を落としてしまっていたから。気が気ではなかった。誠の実力はそれなりに把握できていた。真菰の方が上だと話を聞いた。それなのに誠は動いてしまった。
「私の声も! 真菰さんの声も聞かなかった! 怖かったんですよ……? あなたにもしものことがあれば……私は……
「ごめん、胡蝶。ごめん」
その先の言葉は言われなくともわかった。カナエが育手の下に送られるまでの経緯を聞いていたから。
──何もできずに目の前の誰かが死んでいく
その苦しみはカナエが最も味わいたくないものだった。両親が殺されたあの日も何もできなかった。今回もそうなりかけた。そんな事になってしまえば、何のために力をつけているのだと悔みきれなくなる。
誰だって同じだ。自分の無力さに嘆き。鬼に怒り。
「ぼろぼろの状態で帰ってきて……、私は心臓が止まりそうでした。あなたは最終選別が終わっても上の空で、今にも消えてしまいそうで……」
「そんな状態だったか」
「階段から転げ落ちたことも覚えてないでしょう?」
「……よく生きてるな俺」
カナエは心優しい女の子だ。優し過ぎるほどに優しい。きっと、こんな殺伐とした部隊に所属するべきではない。せめて非戦闘員になるべき人柄だ。だが、悲しいことにカナエは剣術の才能が高かった。だから育手も説得できなかった。何よりも、そのカナエ本人の決意は固かった。
カナエはこの先も同じ辛さを味わっていくだろう。優しいがために他人を気遣い、優しいがためにその者の負傷が辛くなる。
誠はどうすればいいか気づけない。決定的に砕けてしまっている心では。"こうしたらいいんだろう"と判断できるのは、その知識があるから。感情面での行動は望めない。誠に感情を植え付けられる少女は記憶を失った。
「なぜ私達の家に連れてこられているか覚えていますか? 自覚できてますか?」
「正直に言えばさっぱりだな。気づいたらここだった」
「そうでしょうね」
カナエは眉を下げて教えていく。
「あなたは自分の家にいると、魂が抜かれたように呆然としているんですよ。しのぶが気づいて声をかけた時点で、あなたは3日間何も口にしていなかったそうです」
「記憶にないんだが」
「そうでしょうね。放っておけば空腹で命を落としてしまう。見過ごせなかったので、こちらに強制連行させていただき、食事を取ってもらいました」
「あー、気づいた時に口に食べ物突っ込まれてたのはそういう事なのか」
口の中に食べ物を入れられ、誠の意識は表層に戻った。そこからは記憶があるわけだが、誠の意識を戻させるきっかけは食べ物ではない。本人がそれに気づけていないが、カナエは気づけている。真菰に助言を貰っていたおかげだ。
「泰富さん。あなたは今"生きる目的"を持てていません」
「いやいや。俺にはちゃんと目標があるぞ?」
──『誰もが気兼ねなく夜空を見られるように』
それを目標だと言い張る誠に、カナエは首を横に振って否定する。
「あなたのそれは"生きる目的"ではありません。"死ねない理由"なのです」
「……何言ってるか、よく分からんな」
誠の目が虚ろになる。仮面を外され、その下にいる誠が引き出される。生きる目的を持たず、死ぬこともできず、ただ無気力に時を過ごす誠が。
最終選別の時にカナエが誠を繋ぎ止めた言葉。それも"生きる目的"ではなく、"死ねない理由"だった。マイナスをゼロにするための言葉であり、生きる活力をつけさせるプラスのものではなかった。
「泰富さんは見つけないといけないんです。あなたが生きる目的を」
「そんなもの、俺は持つ必要がない」
「いいえ。持たないといけないんです。あなたは生きているのですから」
改めて話すことで確信を抱ける。あの最終選別の時の誠は、真菰と出会っていたから人らしかった。真菰の存在に支えられ、カナエと共に行動できていた。
それは真菰が生死の境を彷徨ったことで解けた。暗示が解けたかのように、誠の人間らしさが失われていった。カナエもしのぶも、それを見ていることしかできなかった。
(少し、嫉妬してしまいますね)
誠と真菰は時間にしてほぼ丸一日共に過ごしただけ。会場に向かっている途中で出会い、一晩休んでから会場に着いた。その後は行動を別にしていた。共に行動していた時間はカナエの方が圧倒的に多い。それでも、誠に人間性を持たせられたのは真菰だった。
その事実に、カナエは妬いている。
「少し手を借りますね」
カナエは誠の手を両手で包み込み、それをそっと自分の胸に押し当てる。
「おい」
腕が石化したように微動だにしない誠の手。カナエはそれをさらに押し当てさせる。
「感じますか?」
「何のことだ」
「私の心音です」
押し当てさせられていることから意識を背けていた誠だったが、カナエに問われたためにそちらに意識を向けさせられる。
それはすぐにわかった。カナエの心音をたしかに感じ取れる。
それを見計らったカナエは、片手を誠の手から離し、反対側の手へと伸ばす。そちらの手は、誠本人の胸に当てられる。
「わかりますよね? どちらも心音を感じられるはずです」
「そりゃあ、まぁ……」
「私も生きてる。泰富さんも生きてます。ですから、生きる目的を持つべきなんです」
「押し付けだな」
「そう思われても構いません。ですが、あなたのご友人は、死を望まれるような方だったのですか?」
「っ!!」
「立ち止まるのも良いと思います。それでも、歩き出すことを忘れないでください」
カナエの言葉に押し黙る。思い起こされる友人の姿。あの二人がどういう人物だったのかは、誠が誰よりも知っている。そのはずなのに、忘れてしまっていた。無気力感に苛まれ、活力を失い、癒やす時間を用意しなかった。
そのツケが虚ろな誠を作り上げた。カナエは悲痛に思うようだが、これも誠なのだ。偽物なんかではない。仮の姿でもない。誠の一部ではある。弱い部分が前面に出ているだけで。
「胡蝶──」
「ただいまー。あら、姉さんも帰ってきて……は?」
「あ、しのぶおかえりなさい」
「うん、ただいま、じゃなくて! 何してるの!? あんた姉さんのむむむ、胸に……! はあ!? なんでそんな不埒な!」
「お、落ち着いてしのぶ。私は気にして──」
「姉さんの優しさにつけ込んだのね!! 死にかけだったし、姉さんがすっっっごい心配してたから助けてあげたのに! それを……! そこに直りなさい! たたっ斬ってあげるわ!」
帰ってきて早々しのぶの怒りが頂点を超えた! 燃え盛る炎のごとく勢いは収まらない! 刀を誠に向けて今にも突き刺しそうだ!
「そんなに心配かけてたのか」
「その話はしなくてよかったのに……。それとしのぶ、それはご法度よ」
「悪い胡蝶。少し頭を整理させてくれ」
「いいですよ。時間に制限なんてありませんから」
「私を無視して会話を進めないで! それと早く姉さんから手を離しなさい! このド変態!!」
「失礼な奴だな」
「誤解を解いておきますね」
二人がそうして落ち着いてやり取りをしていることが、しのぶをさらに燃え上がらせる原因なのだが、二人ともそれには気づいていない。
カナエの手が離れ、刀を振り回して怒るしのぶを止め始める。その騒動を遠くのものと感じながら、誠は目を閉じて思考を始める。
自分の選択に正しさを見いだせない。自分の存在自体を肯定できない。それが誠が活力を持てない原因だった。元々生きる理由なんてはっきりと持っていなかった。ただ漠然と生活し、ずっと一緒だと思っていた友人だけが命を落とした。村に居たいとも思えず、出てきても目的が薄い。決定的に薄いために、自分の命を重く捉えられない。
「目的、か……」
そう簡単に設定できない。
ただ、記憶を失おうとも真菰は誠の面を用意してもらった。誠の身を案じた。それがようやく誠の中で重くのしかかり始める。
「……胡蝶」
「なんでしょう?」
誤解を解き終わり、しのぶに説教をしていたカナエに声をかける。説教の最中だったがカナエはすぐに振り返った。
「目的は思いつかない」
「はい」
「だが、死にたくないとは思った」
「一歩前進、ですね」
忘れられようと、誠の中での真菰の存在は変わらない。その存在は大きく、誠のことを心配しながらも送り出した姿が、脳裏に焼き付いている。
そんな状態でもよかった。目標が借り物であろうとも、「死ねない」として無気力になるより、「死にたくない」と思って目標を持っている方が前を向けている。誠はようやくその地点に立てたのだ。
「改めて二人に感謝してる。俺と真菰を助けてくれてありがとう」
「ふん、当然のことをしただけよ」
「素直に受け取りましょう、しのぶ」
そっぽを向くしのぶをくすくす笑いながら、カナエは誠の感謝の言葉を受け取る。形式的な言葉ではなく、温かみを持てた言葉だ。言われた二人は少しくすぐったく感じた。
「……えっと、真菰さんはどうなったの?」
真菰のことが気がかりだったしのぶは、遠慮気味に誠に聞いた。隠す必要など一切なく、誠は包み隠さず教える。
「ちゃんと医者に診てもらえたみたいでな。治療も受けたようだ。……左腕はどうにもならんが、処置が良かったと言っていたらしい。おかげで傷口から菌が入ることもなかったとか。お前のおかげだよ」
「そ、そう。それならよかったわ」
「泰富さん。何か真菰さんにあったようですね? 命には別状がないようですが」
「え……?」
処置が適切に行うことができ、真菰に二次的な被害が出ずにすんだ。その事に胸をなで下ろしたしのぶだったが、カナエの追求に耳を疑った。今の話からどうしてそんな疑問が出てくるのか。
しばらく逡巡した誠も、カナエの視線から逃れられないと判断して話すことに決めた。話さないでもいい内容だと思い伏せていたのだが、カナエには見抜かれてしまった。
「真菰は最終選別の記憶がない。真菰の中では、そもそも行ってないってことになっている」
「なに、それ……そんな事……!」
言葉が荒げそうになったしのぶの手にカナエの手が重なる。それで踏みとどまれたしのぶは、苦そうに表情を歪めながら視線を下げる。
(そんなの……報われないじゃない……!)
拳を強く握りしめる。あれだけの無茶をしたのは、あの鬼を真菰の下に向かわせないため。しのぶはカナエからそう聞いている。実際に誠はそのために戦い、重傷を負い、命を落としかけた。
それだけのことをして、誠が守りたかった本人はその辛い記憶を忘れ去った。防衛本能が働き、真菰の中では無かったことになった。
「真菰が忘れたのなら仕方ない。無理に思い出させる方が酷だ」
「本当にそれでいいの!? あなたは真菰さんのために頑張ったのに! それなのに──」
「いいんだよ。生きてくれているだけで、それだけでいい」
「……っ!」
「辛かったですね。泰富さん」
しのぶとは反対に、カナエは穏やかな口調で誠に話しかける。カナエも思うところはあるが、その事に最も苦しんだのは他でもない誠本人だ。それを味わい、自分の中で処理している。掘り返す方が誠にとって酷なことになる。
「あなたは本当によく頑張ったんです。それを私としのぶは覚えていますよ」
「……、ありがとう」
真菰回りの話もそれで終わり、そこからは雑談が始まる。しのぶの料理の腕前の話であったり、鎹鴉の性格の話しであったり。そうして話している中、誠はある事を思い出した。カナエが最終選別の最終日に鬼と戦った時のことだ。
「あれは何の呼吸だったんだ?」
「言われてみれば、たしかに姉さんのは見たことなかったわね。水の呼吸に近いと思ったのだけど」
「しのぶは半分正解ね。私の呼吸は水の呼吸の派生です。まだ習得中なんですけどね」
「「はい?」」
二人は耳を疑った。なにせ、育手の下で学ぶのは呼吸の基本形だ。「炎」「岩」「風」「雷」「水」。そのどれかを教わるというのに、カナエは最終選別の時点でその派生の習得段階に入っていたというのだ。水の呼吸修め、完全には合わないと判断して派生に移る。その早さがカナエの才能を物語っている。
「怖いくらいに早い成長だな」
「人それぞれですよ。私より凄い人もいますから」
「そうだろうけども」
「最終選別に受かった最後の一人。あの方は風の呼吸を全て修めた上に、さっそく階級が二つ上がっているのだとか」
「それ姉さんもでしょ」
「はー。動けない間に置いて行かれてる感じがするな」
「実際そうなのよ」
二週間の間に階級が二つ上がった二人のペースにはついて行けないが、しのぶも近々階級が一つ上がる。これで階級が変わっていないのは、入隊と同時に療養を言い渡されている誠だけだ。早く階級を上げたいという野望は全く持っていないものの、この状況には思うところがある。
気にすることでもないと誠が割り切ると、今度はカナエが話を振った。隊服を作っている人物が考案中の新たな隊服。そのデザインをカナエは受け取っているのだ。
「こんな見た目のものを考案中だそうです!」
新たな隊服。たったそれだけの響きがカナエの目を狂わせてしまった。
カナエに見せられたデザインに誠としのぶはギョッとする。わなわなと震え始めるしのぶを抑えつつ、誠がカナエに確認を取る。もしかしたら思い過ごしかもしれないから。確認は大事だ。
「胡蝶。この絵だと、胸元がはだけているように見えるんだが、ここは別の生地になるとかだよな?」
「いえ。ここはわざと開けているのだと聞いています! 斬新ですよね!」
「馬鹿か!? 馬鹿なのか!? そんなもの却下してこい!」
「えぇ!?」
「私も反対です!」
「しのぶまで!?」
猛反発されるとは思っておらず、絵を持ったままオタオタするカナエ。そんなカナエの肩に手を置き、誠は言い聞かせるように話す。
「いいか? こんな隊服を着てみろ。胸元の防護性が皆無だろ」
「はっ!」
「は?」
カナエは目を見開き、しのぶは半眼になる。
「隊服ってのは防護性が高いんだ。俺達の身を少しでも守るためにも、こんな見た目の服を着ちゃいけねぇ。胸を一刺しして殺してくれって言ってるようなもんだぞ」
「それはいけませんね! 私、どうかしていました」
「そこじゃないでしょ!? 間違ってはないけどそこじゃない!!」
ひとまず最後まで聞いたしのぶが、「もういいだろ」とツッコミを入れる。しのぶの言いたいことがわからず、きょとんとする二人に頭を抱えた。姉に天然なところがあるとは知っていたが、誠も相当な馬鹿だ。
「こんな服破廉恥なのよ! なんで胸元を見せびらかすような服を着ないといけないの! 男どもの厭らしい視線を向けられるだけじゃない!」
「そうなのですか?」
「え、俺に聞く?」
人間性がほとんど欠如している誠に聞いても、まともな返答はもらえない。世間一般の常識と離れていると考えていい。そんな誠に聞く姉にしのぶは再度頭を抱える。
「男たちはたいていそういう人なの!」
「決めつけはよくないわしのぶ。人それぞれ違うのよ?」
「傾向の話!」
「……胡蝶。その隊服は絶対に断ってくれ」
「そうしますが、どうされました?」
腕を組んでいた誠が重々しい雰囲気を纏って口を開く。二人に反対され、断ろうと決めていたが、改めて言われると誠の話が気になる。怒りで興奮状態のしのぶも、息を荒げながら誠に視線を移す。「ふざけたことを言えば容赦しない」そんな目をしながら。
「いやな。俺は女性のそういうとこを気にしないが、胡蝶が誰とも分からん野郎たちにそういう目を向けられるのも面白くないと思ってな」
「……」
「…………へぇ」
「……ふふっ、泰富さんでもそういう事を言うのですね。ご安心を。私服でもそういった服は着ませんから」
静かに激情を駆り立てているしのぶの横で、カナエはにこにこと微笑みを浮かべる。真隣で正反対な空気なのだが、誠はしのぶの方を見ないようにした。
「あ、しのぶの寸法も聞かれていたのだったわ。しのぶの分も用意しようとしてるらしいの」
「姉さん。その人の名前は?」
「たしか……前田まさおさんだったかしら。眼鏡をかけた男性の方だけど、どうしたの?」
「別に。ちょっとその人に用件ができただけよ」
低い笑い声を溢しながら外出するしのぶを、「何か変なものを食べたのかしら」と心配するカナエ。いろいろと疲れた誠はカナエにツッコむことを諦めた。
後日、胡蝶姉妹と仲がいいと知られた誠に、前田がしのぶにされたことを泣きながら話したとか。