月夜の輝き   作:粗茶Returnees

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 次回はFGOのイベント期間が終わったら書きます。ラストスパートです!!


2話

 

 医者から許可が下りると、体力や筋力を元に戻すための鍛錬が始まる。主に基礎体力を戻せばいいため、誠は近くにある山を往復で何度も走り回った。登る際は体力を戻すために、下る際にも全力で走るのは瞬時に反応できるようにするため。階段を使わずに走ることで、盛り上がる木の根や飛び出る枝、飛び出してくる動物を避けながらになる。反射の勘をある程度戻すにはよかった。

 体力が戻す一方で、剣術の鍛錬も行った。呼吸を使いながら刀を振る。極力実践に近づけながら行うことで、最終選別で味わった感覚を呼び起こす。

 

「復帰のために励むのはいいけど、なんでまだうちにいるのよ」

 

 誠が刀を振るっていたのは、胡蝶家の庭だった。縁側に立ち寄ったしのぶがため息をつく。治ったら出ていくと思っていたのに、未だに変える様子がないからだ。このまま居候でもする気なのか。それはごめんだとしのぶは思っている。

 それは誠も同感だった。そして医者から許可が出た日に帰るつもりだった。

 

「お前の姉に聞いてみろ」

 

 動きを止めた誠は、視線だけをしのぶに向けてそう言った。

 なぜここで姉の名前が出るのか。少し考えて、それしかないかと納得できた。 

 

「過保護ね」

「まったくだ。まさか自分の家に帰ろうとしたら、玄関の前で落とし穴に嵌められるとは思っていなかったぞ」

「姉さんはどこからそんな時間を捻り出したのよ……」

 

 カナエは任務に当たる時間が長い。一度の任務で時間がかかるというわけではない。鬼との交渉は相変わらずのようだが、決裂してからは早い。平均以上の速さで任務を終えて帰ってくる。

 そして負傷することが滅多にない。そのために次の任務が与えられるのも早い。もちろん任務後には必ず休暇が与えられるのだが、その時間も鍛錬やら何やらに費やされている。そんな中で誠の家に罠を仕掛けているとは。そんな方向性でも姉には敵わないな、とは思いたくなかったしのぶだった。

 

「あいつなかなかに恐ろしいぞ。落とし穴から抜け出して玄関を開けたら丸太が飛んでくるし、囲炉裏に火をつけたら麻酔にかかったからな。あれはお前が作ったやつか?」

「……まさかそのために頼まれてたなんて……!」

 

 鬼に使うものだと思っていた。だから協力し、鬼にも効くようにと改良を重ねた。それをまさか人体に使うとは。こればかりは姉を怒らなくてはならない。

 

「鬼と人間って構造近いのか?」

「元は人間だし、そう考える方が自然ね。鬼の方が丈夫と考えるといいんじゃないかしら」

「で、鬼に使うやつを使われたと?」

「麻酔で良かったわね」

 

 眠らされるだけで後遺症はない。しのぶとしては、そこからさらに改良を重ねて鬼の神経が麻痺を起こすようにしたいわけだが、ちょっとしたサンプルが手に入ったのはありがたかったり。

 

「あら? 刀の色、変わってるわね」

「それはよく言われる。前にも一度見せなかったか?」

「いえ、見たから言ってるのよ。無色だったはずだけど、今は白味があるじゃない。靄のような、雲のような、まるでおもちゃの刀のように」

「最後の一言いらないよな」

 

 さらっと毒を吐くしのぶにげんなりするも、自分の刀の色がたしかに変わっていることは気になる。そのような変化は聞いたことがない。しのぶが言ったように、基礎となる色は無色だ。そこに白が加わることで、刀の形が見て取れる。

 もしかすれば、こちらが本来の色なのだろうか。そう思い至るも、確信は持てない。考えたところでわからないのなら、受け入れればいいだろうと思考を放棄。

 

「鍛錬もいいけど、程々にしとかないと効率が悪いわよ」

「なんだかんだで気にかけてくれるのか。優しいな」

「姉さんの心配事を減らすためよ」

「なるほど」

 

 しのぶの忠告は、かつて岳谷から言われたことと同じだ。誠は鍛錬をそこで終える。

 

「それじゃ、俺は帰るから。人の家に罠を仕掛けるなって言っておいてくれ」

「直接言いなさいよ」

「いないうちにここを出ないと帰れないだろ」

「それなら諦めなさい。そこに姉さんいるから」

「!?」

 

 誠の後ろを指差される。

 誠は振り返ることなく逃走を開始。

 2秒後にカナエに組み伏せられる。

 

「はぁ。無駄に服を汚さないでちょうだい」

「俺のせいなのか!?」

「どこに行こうとしてるのですか泰富さん?」

「自分の家だけど? 帰らせてくれ」

「泰富さんは一人になった途端虚ろになるので駄目です」

 

 にっこりと笑うカナエにしのぶはやれやれと首を振る。姉の考えは時折ズレていると分かってはいるが、そのズレた思考全てを理解できるわけでもない。それでいて頑固な一面も見せる。今がその時で、しのぶが誠に加担しても納得しきらないだろう。

 いつ終わるかも分からない二人の攻防を見届けるつもりもなく、しのぶは夕食を作るために台所へと向かう。

 

「それはもう大丈夫だって。一人でも普通に3食食べて睡眠も取るぞ」

「前回完治せずに動こうとしていたので、信用できません」

「それとこれは別だよな?」

「別ですが、無茶なことをする癖は直してほしいものです」

 

 そうすることに何の躊躇いもない。それは僅かな可能性に賭ける、などではなく、誠が自分の命を軽んじているから。まだ誠は生への執着が弱い。人の天敵である鬼を相手に、それは致命的な欠点だ。

 

「そうしないと俺は勝てそうにないんだがな」

「今はまだ、ですよ? 上弦の鬼は100年以上殺されてないそうですし」

「何その鬼」

「……やっぱり知らないんですね」

 

 そんな気はしてた、と言わんばかりにため息をつき、カナエは誠に教えた。数多くいる鬼の中でも格別の存在。それが"十二鬼月"。その"十二鬼月"と称される鬼たちは、さらに半分ずつに分けることができ、上位6体が上弦。下位6体が下弦だ。そしてその上弦の鬼たちは、100年以上の間、柱であっても勝てていない。下弦ともまた一線を画す存在なのだ。

 

「それより強いのが無惨なんだろ? 先が思いやられるな」

「それでも、諦めることはありません。人は強くなれます。一人で挑まないといけない理由もありません。強くなり、仲間と協力すればきっと勝てるようになります」

「前向きだな。そんな可能性を俺はどうにも信じられないね」

「泰富さんは現実的過ぎるんです。今のご自分の力で考えているのでしょう?」

 

 図星だった。誠は地に足をつけられるようになった反面、"今"で考えるようになっている。それはもちろん重要なことではあるのだが、"未来"の話をするときには当然合わない。

 返す言葉もない誠の髪をそっと撫でる。汗で湿っているが、カナエは気にしない。

 『今の自分でできる限りのことを尽くすしかない』

 強敵と遭遇したらどうするか。そんな話をした時も、誠はそう言い切った。希望でもなく、諦観でもなく、どこか義務のように言ったことに、カナエは胸中を曇らせた。

 

「なんか髪いじってるようだが、俺の上から退いてくれないか?」

「退いたら逃げるじゃないですか」

「逃げるんじゃなくて帰るんだよ。家に帰らせろ」

「あ、そういえば花の呼吸の習得を終えました」

「露骨に話を逸らすな! ん? 早くないか?」

 

 腰に跨がれているためにカナエの表情が見えない。声色から上機嫌なのは分かるのだが、それ以上のことは分からない。分かることは、カナエの才能が高いということ。

 

「花の呼吸の習得者が他にもいればよかったのですが、いなかったので書物を読みながらになりましたね」 

「開祖は他にいたのか」

「みたいですよ」

「ふーん? 凄いな胡蝶は」

「いえいえ。水の呼吸の派生ですし、似通ってるのもあったからこそですよ」

 

 カナエは謙遜しているが、実際に凄いことをやってのけているのだ。師をつけず、書物を頼りに独力で習得。それも一ヶ月程で。その謙遜は人によっては嫌味に聞こえるかもしれないが、カナエの人柄もあってそう捉える人は早々いない。誠も同じだ。

 

「よっ、と」

「あら? もう、びっくりするじゃないですか」

「座り直されたことに俺はびっくりだよ」

 

 うつ伏せの状態から誠が体を捻り、上に乗っていたカナエが離れる。仰向けになったところで立ち上がろうとした誠の膝に、離れていたカナエが座り直す。不意打ちを食らったが、徹底して動きを止めたいようだ。

 誠も上体を起こしているために、二人の顔の距離は近くなる。お互いの視界はお互いの顔しか映さないだろう。

 

「しつこい女は嫌われるぞ。気をつけろ」

「それを言うならしつこい男ですよ。気をつけますけど」

「胡蝶はあれだな」

「あれじゃ分かりませんよ。……! 泰富さん……?」

 

 誠の腕がカナエの背に回る。そのまま強めに引き寄せられ、今はお互いの頬が触れ合いそうだ。

 

「あの……」

 

 珍しく狼狽えるカナエがおかしく思え、くすりと笑いを溢すと腕を抓られた。揶揄う気もなく、誠は言いたいことを口にしていく。

 

「頑張ったな」

「っ! なにを当たり前のことを(・・・・・・・・)

「ああ。当たり前のことだ」

 

 頑張らなければ常人を超えた領域に入れない。

 頑張らなければ鬼を倒せない。

 頑張らなければ人を守ることはできない。

 頑張らなければ自分の意志を貫けない。

 頑張ることが当り前だ。頑張る人間が鬼殺隊に入り、さらなる高みを目指し、死線を何度も超える。努力は最低条件だ。呼吸と同義と言ってもいい。だがそれを誠は評価した。

 

「当り前だから周りは何も言わない。当り前だから胡蝶も自分を褒めない。だから俺は胡蝶の努力を評価する。それだけのことだ」

「……きざなことを言うんですね」

「受け流すかは胡蝶の自由だぞ」

「そうですね」

 

 当然のことを評価される。それはある種の毒でもある。誰だって甘いと思うだろう。その甘さが好転するとは考えにくい環境だ。

 それを理解した上で、カナエは誠の言葉を受け入れた。

 

「ありがとうございます、泰富さん」

「それじゃあ、またな」

「それとこれとは別です」

「くそっ! なんでだ!」

 

 カナエに腕を回した状態で立ち上がり、背中に回していた腕を解いて帰る。自然な流れで終わろうとしたのに、カナエが誠の腕を離さない。

 にこにこと柔らかな笑みを浮かべているのに、腕を掴む力はとても強かった。単純な力では誠の方が上なのだが、女性相手に力技には出ない誠は打つ手がない。カナエ相手には厳しいが、話し合いで終わらせるしか道がない。しのぶが立ち去ってしまったから。

 

「一人で生活するだけだ! そんなんで死なないから心配するな!」

「前科があるから信じ切れないんです!」

「今日から証明するから!」

「まずは私が判断します!」

「俺のこと子供だと思ってる!?」

「どちらかと言えば世話の焼ける弟ですね」

「年変わらないんだが」

「あ、では双子ですね! 試しに姉さんと呼んでみてください」

「姉さん何の話してるの!?」

 

 ご飯を炊き始め、少し空いた時間で様子を見に来たしのぶは、目の前の光景を理解できなかった。知らぬ間に兄が出来かけているとか洒落にならない。最近の暴走気味な姉はどうにかならないものか。原因は誠であるわけだが。

 そもそも姉がどうしてそこまで世話を焼きたがるのか。しのぶの疑問は誠も抱えていて、丁度それを聞き始めた。

 

「なんでそんなに気にかけるんだよ。胡蝶がそこまでする必要はないだろ?」

「……初めは真菰さんに頼まれたからです」

「……っ」

「最終選別の時に頼まれて、それで終わりのつもりでした。ですが、状況が変わってからは違います。私自身の意思で、そうしようと思ったんです。……迷惑……ですよね」

 

『しつこい女は嫌われるぞ』

 

 誠に言われたことが脳裏を過る。下唇を噛み、誠を握る手が強張る。

 思い返してみるとそうとしか思えない。自分がやっていたことは、たしかに誠を助けることに繋がっていたが、度が過ぎると話が別だ。しつこいと思われても仕方がない。恩着せがましいと思われても、言い返せないのかもしれない。

 

「しつこかったですよね……。ごめんなさい……、嫌われても仕方ないです。引き留めようとしてごめんなさい。お元気で」

「飛躍し過ぎだろ」

 

 誠に背を向け、家に入っていこうとするカナエの手を掴む。勘違いされて別れられると大変後味が悪い。今後の付き合いもぎこち悪くなる。

 建前はいくらでも建てられる。しかしそれは口にしない。

 

「過保護だなとは思うが、迷惑とは思ってない。そう思ってたら話し合いに応じてない」

「ですが──」

「胡蝶に落ち度は何もない。俺が我儘を言って困らせてるだけだ。……甘ったれもやめないとな」

 

 自分を助けてもらっておいて、真菰を助けてもらっておいて、「治ったからさようなら」は筋が通らない。そんな道理がまかり通っていいわけがない。カナエが納得できるまで、目の届く範囲にいたほうがいい。

 カナエの手を引いて向き直らせ、深く頭を下げる。謝るのはカナエじゃなくて誠なのだから。

 

「それじゃあご飯食べましょ。一段落ついたでしょ?」

「そうね。泰富さん、行きましょう」

 

 三人で食事を取り、姉妹の談笑に耳傾けながら真剣に己を見つめ直す。甘くない世界に入ったのだ。軸を作らなければ助けられた命を呆気なく散らしてしまう。

 再会を約束した人物ともまだ会えていない。いずれはまた真菰とも再会したい。そして──

 

「どうかされました?」

「いや、なんでもない」

 

 チラッと見ただけですぐに反応される。気づきが早いのはいいのだが、こういう時は見逃してほしい。なんて内心で思いつつ、しのぶの睨みを流しながら思う。

 この二人は今目の前でやってるように、ただ平穏に言葉を交えていてほしい。返しきれない恩もある。だから、この二人の哀しみを減らそう。より笑っていられる時間を増やせるように尽力しよう。その道がきっと、目標にも繋がる。

 

「泰富さん、お風呂先に行かれますか?」

「最後にさせてくれ。お邪魔してる身でそれはできない」

「姉さんが最初に入って。私は後片付けするから」

「それならしのぶが先よ。料理を作ってくれたのだし、片付けくらいさせて?」

「…………はぁ。分かったわ。食器、割らないでね」

「大丈夫よ」

 

 どんな忠告だと思った誠だったが、しのぶの目が物語っている。姉ならやりかねないと。誠はカナエに手伝いを申し出て、当然反対されたがそれを押切って洗い物を手伝う。

 

「手伝わせるのは本当に申し訳ないんですけど……」

「俺がやりたくてやってるだけだ」

 

 二人横に並んで食器を洗う。カナエが食器を落としかけては誠がすぐに掴み、しのぶが懸念していた意味を理解する。才色兼備と思えるカナエだが、所々抜けていたりするようだ。それは滅多に見られないもので、普段も気をつけているのだろう。

 洗い物を終え、囲炉裏を囲みながらカナエの話に耳を傾ける。女性は話が好きなようだが、その話題の多さはいったい何なのだろう。話が尽きることはないんだろうなと思う反面、楽しそうに話すカナエを見ると、何でもいいかと思ってしまう。

 

「あ、そういえば一つ確かめたいことがあったんでした」

「確かめたいこと?」

「はい。泰富さん、呼吸を作りましたよね(・・・・・・・・・・)?」

「……そうなのか?」

「あら?」

 

 カナエはそうだと思って踏み込んだのだが、誠はカナエの言いたいことが飲み込めない。段差を踏み外したようにカクンと体を傾けたカナエは、同じ反応をしたしのぶを部屋に呼び込む。隠れるつもりもなかったしのぶだったが、タイミングがタイミングだけに入りづらかった。

 しのぶも囲炉裏を囲む輪に加わり、カナエと誠の顔を交互に見る。それを受けてカナエは話を再開した。

 

「元より派生については考えておられたのですよね?」

「教わったやつが全然合わないからな」

「そのための鍛錬もされてますよね?」

「まぁな」

「ある程度形が出来上がっていたように見えたのですが」

「自分でも完成形が分からん」

「ああ……」

 

 既にある呼吸は、既に完成している呼吸だ。その呼吸の心得があり、型が決まっている。ゴールがはっきりと分かるのだ。しかし、新たな呼吸を編み出すとなれば話が変わる。ゴールが分からず、型もどの程度を完成形と言えばいいか分からない。そもそも型になっているのかも分からない。

 だから誠は呼吸を作れているのかも判断できないのだ。

 他の呼吸を試せば合う呼吸が見つかるのかもしれないが、岳谷が良しとしないために誠は試していない。

 

「その辺りの判断は私達にはできません。泰富さん自身でお決めにならなくては」

「そうなんだがな……」

「呼吸の名前は決まってますか? その呼吸の指針になるはずです」

「それも全然。何かあるか?」

(から)でいいんじゃないの? あなた空っぽだし」 

「しのぶ!」

「それにするか」

「泰富さん!?」

 

 皮肉を言ったらそれを採用された。カナエがわたわたと騒いでいるが、一番驚いているのは皮肉を言ったしのぶだ。そんな軽い調子で決められるとは思っていなかった。そして腹立たしかった。空っぽな男にあっさり受け入れられたことが。

 

「真面目に考えてください!」

「そうは言うけど、わりかし妥当な名称だと思うんだよな。俺はこれでいいと思った」

「……私は納得し難いです」

「そう言われてもな……」

 

 妙に納得できてしまったために、誠の中ではその名称に固まっていた。それを覆すのは非現実的で、カナエはしばらく一人になるためにも風呂に向かった。

 

「姉さんが機嫌を損ねてしまったわ」

「機嫌を損ねたというか、自分と葛藤してそうだったけどな」

「あなたがもっと自分を持っていれば良かったのだけど」

「耳の痛い話だな」

 

 微妙な空気でカナエが退室したのは、しのぶの皮肉に端を発している。自分が原因だということにやり切れないしのぶは、誠に半ば八つ当たりをしているのだが、誠はそれを受け入れる。元をたどればそうだなと思っているから。それがまた、しのぶの気を悪くしてしまった。

 カナエが戻り、最後に誠が風呂に入る。その間にしのぶはカナエに問い詰めた。ずっと引っかかっていることを。

 

「なんで姉さんはあの人のことをそんなに気にかけるの?」

「泰富さんに答えた時にしのぶもいたでしょう?」

「それじゃ納得できないのよ! 姉さんがそう決めるに値するものがあるというの!?」

「あるのよ」

「!?」

 

 あると思っていなかった。姉の優しさが出ているだけだと考えてた。だが現実は違う。カナエは誠の中に、それだけの価値があると思った。もちろんカナエはそういった掛け値なしに人を助ける。そんな姉をしのぶも慕っているのだが、誠に対しては納得できない。しのぶはカナエのように誠と親しくなれない。

 なにせ誠の姿は、"カナエがいなかったらそうなっていたかもしれない自分の姿"に見えているから。

 

「どんな理由なの……」

「大した理由じゃないわよ? しのぶも聞いたら『それだけ?』ってなるわ」

 

 カナエの言葉にしのぶは何も返さない。続けて話してくれと言外に伝えている。カナエは風呂場がある方に視線を向け、そっと目を閉じて話した。

 

「泰富さんにね、綺麗だって言われたのよ」

「……ん?」

「最終選別の六日目の朝方だったわ。肉体も精神も疲れがあったし、水浴びをしたとはいえ酷い状態だったはずなのに、泰富さんにそう言われたの。本人が無意識に言ったことで、下心も何もなく本心での言葉。それが嬉しかったのよ」

「本当に……その理由で?」

「そうよ。私はそれで十分だと思った。他にも理由はつけてるけど、良い人だと思ったからこうしてるの」

 

 恋──ではない。恋愛の経験がないしのぶでも、姉が今恋しているわけではないと見抜ける。男女間の友情、ともまた違った形。歪なように思えるも、儚く美しく感じることもできる。そんな不思議な関係に、しのぶは言及することをやめた。

 カナエの中でその一言が大きくなったのは、それを言われて時間が経ってからだった。時間が過ぎるほど、その言葉はカナエの中で大きくなった。

 

(真菰さんが健在だった時に言われた)

 

 それが最大の理由だった。

 

「それに、泰富さんは実は凄い人なのよ?」

「信じられないわね」

 

 誠の何を見てそう言うのか。しのぶはやれやれと首を振った。

 

 翌日、鎹鴉を通じて誠に任務が与えられた。

 そして同様の任務が、しのぶにも与えられたのだった。

 

 




 真菰について忘れていた補足説明。
 ・主人公参入でギリ生存は有りだろう
 ・真菰が鬼殺隊入ったら炭治郎の秘密指導は誰がするんだ
 ・真菰と錆兎による炭治郎の指導は必須
 ・真菰が鬼殺隊に入らなければいいんだ

 その結果、記憶を飛ばして鱗滝さんの下で生活という落ち着き方です。

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