ハリー・ポッターと月の少年   作:くらまえん

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ホグワーツ特急

 ホグワーツ特急の中は子供と荷物でごった返している。なにせ七学年分の子供が詰め込まれているのだから、人数云々以上に凄まじく騒がしい。一般人ーー魔法使い風に言うならばマグル生まれの一年生達は反応こそ様々ながらも皆揃って舞い上がってしまっているし、魔法界出身者だって一年生は大人への分かりやすい第一歩に大興奮だ。それに、他学年生だって久しぶりの友人との再会やらで何処もかしこも大いに盛り上がっている。

 そんな中でも、ジェイラスは比較的静かな旅を過ごせていた方だろう。なにせこのコンパートメントに顔を出す人物といえば八割九割ハリー・ポッター目当てなのだから。

 自身の自覚以上に有名人らしい友にジェイラスがしてやれる事は少ない。心底から救いを求められれば何かしらしてやらぬ事もないが、聞こえぬ以上は彼もそれなりにこの状況を楽しんでいるのだろう。

 

「しかし本当に有名人なんだな。彼の特別は君たちの普通だと思うのだが」

 

 ジェイラスは同じコンパートメントに腰を下ろしている赤毛の少年、ロン・ウィーズリーに語りかけた。

 

 偶然なのやら何なのやら、マグル界暮らしの二人が魔法界への入り口が分からず悩んでいたときに現れた赤毛の一家の一人である。

 ハリー達にとっては数少ない“見たことのある”魔法使いであったが、彼にとっては“初めまして”の同級生でしか無かったようで、少し興奮気味に相席を申し出たハリーに当初は困惑気味であった。その後、その少年がかのハリー・ポッターであることを知りお互い様となったわけだが。

 

 はじめこそ双方の興奮状態の結果、奇妙にハイな空気が充満していたコンパートメントも今や随分と落ち着いている。ハリーはいくらか菓子を口にしたことで頭に登っていた血が胃に移ったようで、蛙チョコレートのオマケの有名人カードを握ったままうつらうつらと船を漕ぎ出している。ロンの方もようやく身近に有名人がいる環境を飲み込めたようだ。今は杖形甘草あめをしゃぶっている。

 そんなとくに面白味もないであろう状況にも関わらず、廊下側の窓には常に誰かしらが室内を覗きに来る。列車出発から今まで、ずっとだ。誰もがかのハリー・ポッターを一目見ようと、寝ていようが飯を食っていようが観察するのだ。今も年上らしい女二人が船を漕ぐハリーのことを、まるで動物園のパンダにするように面白そうに指をさしている。

 

「まるで英雄の帰還のようだ」

 

 状況に対する飽きを隠しもしないジェイラスの言葉に、ロンは少し困ったように眉を下げた。

 

「間違いないなく英雄だよ。なにせあの『例のあの人』を倒しちゃったんだから」

「ふむ、英雄、英雄とはね」

 

 我が友もなかなか業が深いじゃないか、という言葉は無事に喉元でせき止められた。戦士ではなく英雄ならば、周囲のこの厚かましさも納得のいくものだ。

 どことなく不機嫌な空気を察したのか、咄嗟にロンはさもずっと聞きたかったですと言いたげな口ぶりで「そういえば君、ファミリーネームはティレットだったっけ」とたずねた。何を緊張しているのか、紫色をした百味ビーンズを口に放り込みながら。何味にあたったのだろう、顔を器用に斜めに歪めた。それに薄っすら耳が赤い。

 

「ん?ああそうだ。ジェイラス・ティレット」

 

 家から持ち出したらしい小説から目を離すことなくジェイラスは答える。歳の割に大人びた口調は彼を随分と年上に見せた。だが彼の足に乗せられた赤いドレスの女性と黒いコートの男性、二つの縫いぐるみがすべてを帳消しにしている。

 ロンはこのアンバランスな組み合わせを出来るだけ意識しないように、もう一つ百味ビーンズを口に放り込んだ。鼻にツンとぬける辛さに涙がにじむ。

 

「げえ、辛い!」

「水はないがジュースはあるぞ。それで、うちの苗字がどうしたんだ」

 

 ジェイラスのバッグから引っ張り出されたペットボトルをヨロヨロとした手付きでロンが受け取った。中身はただのオレンジジュースだ。よほど辛かったのだろう、ロンは少し多めの一口を口に含むと、暫く舌をその甘さに浸していた。

 

「ありがとう、イー、なんだこれ辛い・・・いやティレットって何処かで聞いた気がするんだ、けど思い出せなくて」

「なるほど。ただパパは俺にも魔法の事を隠していたからな、全く思い当たらない」

「隠してた?なんで」

「さてね」

 

 あー、そう。そんな弱々しいロンの返事と共に会話は無残にも途切れてしまった。

 ガタゴト。列車の揺られる音が嫌に響く。はじめは騒がしかった車内も朝からの長旅で随分と静かになった。普通であれば落ち着くはずなのだが、今はその騒音が恋しい。

 魔法界の英雄の友人は何故かロンの心をソワソワとさせる不思議な空気の持ち主だ。何故、と言われるとロン自身にも理由が解らないのだが、一目見た瞬間から強い違和感を感じるのだ。どうしてこんな所に?と。彼とは初めましてなのに。

 ようやく百味ビーンズの辛味が抜けてきた口を薄く開き「くちなおしだ」などと一人ごちながらウゴウゴと蠢くオレンジ色のミミズグミをかじる。どうか、早くハリーが目覚めるだとか、学生が乗り込んでくるだとかが起こりますように。口の中で蠢く弾力の強いオレンジ味を噛み砕きながらそっと祈った。

 そしてその祈りはすぐ様に叶えられる。

 

「僕のヒキガエルを見なかった?」

 

 コンパートメントの扉を開いたのは泣きべそをかく丸顔の少年ネビルと、栗毛の嫌に気の強い少女ハーマイオニー。少女の態度は鼻についたが、間違いなく救世主だ。人が増えたことでいくらか騒がしくなったのだろう、ハリーの意識も眠気も無事に吹き飛んだようだ。

 その頃ジェイラスはすっかり持ち込んだ小説と汽車のきしむ音に夢中になっており、彼のずいぶん少なくなった耳と目はロンのことなどさっぱり気にかけなかった。それは途中でとんでもなくイイ性格をしているマルフォイとその取り巻きが現れても変わらない。ロンは心の隅でやっぱり変なヤツだなぁと呟いた。

 

 そんな生徒たちの喧騒も気に掛けず汽車はどんどんと目的地に向けて走る。それはまるで沈みゆく太陽に合わせるかのようで、ちょうど昼と夜が混ざり合う頃にホグワーツへと到着した。

 

 

 

 

 恐ろしく忙しく、とてつもなく楽しい一日が終わった。

 ハリーはグリフィンドールの男子寮の、天蓋付きベッドの柔らかな布団に埋もれながら今日一日を思い返す。未だに現実味が無いが確かにハリーは魔法使いの第一歩を踏み出したのだ。

 疲労と興奮がない混ぜとなった奇妙な熱を散らすようにゴロリと体を転がすと、もうすっかりパジャマに着替え終わったらしい友人が早速ベッドを自分好みにアレンジしているところだった。枕元には愛用の二つの縫いぐるみを、ベッドサイドには小ぶりのランタンを。

 そう、ハリーとジェイラスは幸運なことに同じ寮となったのだ。少し悩まれた自分とは違い、彼の組分けはあっと言う間に終わった。かぶったと思ったらすぐに自分の隣の席へ腰掛けた彼に、ハリーは大層喜んだものだ。なにせ、てっきりジェイラスはレイブンクローに分けられるのだと思っていたからだ。

 ジェイラスとは反対側の隣でロンがほんの少し気まずそうに喉を鳴らしたり、ハーマイオニーが煩そうに顔をしかめていたが知ったことではない。間違いなく変わり者だが、それ以上に彼はハリーの友人なのだ。

 

「眠れないのかい?」

 

 ようやく満足のいく配置を見いだせたらしいジェイラスがベッドにあぐらをかきながら問いかけた。どうやら彼は全く眠くないようで、眠いのか眠くないのか曖昧なハリーとは違ってパッチリと目を開き、ピンと背を伸ばしている。体力があって羨ましいことだ。

 

「眠いんだけど、うまく寝れないんだ。なんだかザワザワして」

「なるほど興奮しているんだね。君さえ良ければ夜の散歩と洒落込むのも良いかと思うのだが」

 

 友人の誘いは実に魅力的だった。あとから思えば実に大胆で、恐れ知らずなものだったが。それでも確かにホグワーツ城は今すぐにでも探索したくなる、未知の魅力に溢れている。

 

「いや、いいよ・・・やっぱり疲れてるみたいだ」

 

 しかしそれ以上にハリーは疲れていた。たしかに胸はざわつくが、だからといって今から起き上がれる気力は残っていない。背中はすっかりなめらかな布団に吸い付いてしまっている。それに、なんだか瞼が重くなってきた。

 ぼんやりとした視界の中、パチンという音と共に青白い光が差し込む気配を感じる。月明かりだろうか。中途半端に残った意識でハリーは考える。最早難しい事を思考する元気は残っていない。

 

「良い夢を。ロン、君は?」

「あー、僕もいいよ。それよりスキャバーズが・・・」

 

 聞き覚えのある声が何かを喋っている。「どうしたの?」と問いかける間もなく、ハリーはすっかり夢の中へと旅立っていった。




ロンの空気は読むけどコミュ力強者ってわけじゃない感じがすごく好きです

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