沢田家治は転生者 作:ラテらふぇ
8歳の誕生プレゼントは飛び切りの爆弾だった。どうやら俺は生まれ変わったらしい。
唐突に前世の記憶が蘇ったと同時に、自分が置かれている状況を
漫画『家庭教師ヒットマンREBORN!』の主人公『沢田綱吉』に
それから数日間は心ここにあらずといった状態で、学校にも行かず布団を被って閉じこもった。
兄の綱吉のダメダメっぷりは既に顕在化していて、幼心で密かに見下していたのだ――記憶が戻る直前までは。
それなのに実際は自分は単なるイレギュラーで、個性豊かなファミリーに囲まれて波乱万丈な人生を送るのは兄だという。なら俺は一体どうなるんだ?
俺は兄のおまけで、兄のおこぼれに与る形で彼らに関わるというのか? 沢田綱吉の弟として半強制的に危険に巻き込まれ、兄を中心に原作キャラたちが解決して、俺の横で絆を深めて。
……やってられるかよ、そんなの。
漫画として読むなら、安全圏から傍観するだけならいい。だが人生を費やしてまで、既知の物語を見返したいとは思わない。
これでは消化試合と変わらないではないか。結果が決まっていて、死を待つ間の暇つぶし。今世などと言ったがそんないいものではない。前世の延長線上でしかない、死ぬ前の走馬燈の残滓のような何かだ。
――嫌になるね、まったく。
それから更に数日が経ち、俺は立派なサボり魔になった。前世の記憶とともに学力が補完され、真面目に学校に行くのが馬鹿らしくなったのもある。だがそれ以上に、『どうせ付属物でしかないのだから』と真剣に生きる気が起きず、消化試合感覚が抜けなかったことが大きい。
「イー君、今日も学校行かないの~?」
「めんどい。散歩してくる」
「またそんなこと言って……気を付けるのよ~」
「……いってきます」
久しぶりに外に出る。肌寒い秋の風が心地よくて、しかし何かが足りないような感覚を覚える。
「未成年、か」
気の向くままに進み、前世の相棒を探す。狙うは不良中高生。奴ら相手なら良心も傷まないからな。
群れるターゲットをいくらか見逃し、遂に孤立する人影を発見する。危険な気配はしない、単なるチンピラのようだ。
どうする? 一息に潰すか? いや、まずは交渉だな。俺は野蛮人じゃないし。
「すんませーん、ちょっといいっすか?」
「あ? んだよガキが。あっち行けや」
「こんな身体じゃそれ買えなくてさ。譲ってくんない?」
「ギャハハハ! テメェにゃ十年早いって。失せな」
やっぱり駄目かー。幻術とか使えたら楽なのになー。
あーあ、この人譲ってくれないって直感が言ってるし。実力行使しかないか。
俺は8歳の子ども。相手もまさか殴られるとは思っていないはず。無警戒の相手なら――
「ゴァッ……」
一発で沈められる……!
「っと。おお、ラッキー! 当たりだ」
平和な銘柄の煙草を手に入れ、素早くこの場を立ち去る。人目に付くのは良くないからな……。
まあでも俺マフィア関係者ですし? このくらい別にいいでしょ、知らんけど。
「ゴホッ、ゴホ……」
むせた。
「あークソ! ガキの身体には少しキツかったか」
仕方なく、慣れるまでふかしながら目的地を目指して歩く。
平日の昼前ということもあり、人通りは少ない。秋の物寂しさを際立たせる光景を尻目に、遂に土手にたどり着く。
風と煙と、やはりここはベストプレイス。この気持ちよさは癖になる。
……はぁ、これはやめられないな。煙草買ってきてくれるパシリが欲しいね。
「これからどうしようか……」
感傷に浸ると思考が巡る。
今まで現実逃避気味で考えようとしなかったこと。この世界でどう生きるか。
俺はこの世界におけるイレギュラー。下手に原作に介入すれば世界が滅びるかもしれない。冗談抜きでそれがあり得るくらいには、この世界は危険と隣り合わせだ。白蘭とか。
というかそもそもイレギュラーが混入している時点で、どう行動しようとも原作からずれるのでは? 俺以外にもイレギュラーが混入している可能性もあるし、あるいは白蘭によって滅ぼされることが既に確定した世界の可能性だってあるわけで……。
結局のところ、俺の行動によって未来が変わることを覚悟しなければならないわけだ。
その結果世界が滅びるとしても――
並盛中学校の入学式当日。
「ツー君、イー君! 朝ご飯できたわよ~!」
沢田家の双子は当然のように寝坊していた。
ダメツナの別称をもつ沢田綱吉と、人前にほとんど姿を見せない幻の弟、沢田家治。
ダメツナよりも出来が悪いという話もあれば、飛び級で海外の大学に通っているという話もあり、あるいは不良集団の元締めだという噂もある。その実態を知る者はほとんどいない。
母さんの声で目覚めた俺は、起きる気配のない綱吉を放置し一階へ降りる。
「おはよう」
「おはようイー君。ツー君は?」
「爆睡中」
いつものことだと軽く流し、トーストを口にする。
子どもの入学式に本人以上にテンションを上げる母さんが綱吉を起こしに行ったので、手早く食事を済ませてひっそりと家を出た。
今日から中学生、原作の始まりも近い――と言っても、原作キャラのうちの何人かとは既に関わってしまっているのだが。
彼らとは全く関わらず平穏に生きることも、原作など無視して積極的に関わることもなく、受動的にただ流れに身を任せる形で接してきた。そうやって誤魔化してきた。だがリボーンの襲来は目前に迫っている。中途半端な気持ちでは見透かされ、望まぬ人生に引きずり込まれてしまうだろう。
準備はしてきた。直感は研ぎ澄まされ、最低限の戦闘能力と気配探知能力も得た。心を読ませないための訓練もした。それでも拭いきれない不安が俺を蝕んでいる。
……そろそろ覚悟を決めないとな。
とりあえずリボーンが来るまではそこまで警戒する必要はないだろう。原作のフラグをへし折るようなことをしなければ特に問題ないはずだ。今までもやらかしてはいない、と思うし。……おいやめろ、直感さん首を傾げるな。
まあとにかく現時点では自分の身の安全だけ気をつけていれば良さそうだ。……雲雀恭弥とのエンカウントとか。群れてはいないし、不良を締めてむしろ風紀を正している気もするが――雲雀にそんな理屈は通用しない。
そうでなくても戦闘狂な奴の前に姿を見せるわけにはいかない。今まで何度も回避してきたが、今後は一層遭遇率が高まることが予想される。これまで通りというわけにはいかないだろう。
「全力で回避しないといけないな……」
「何を回避するって?」
「雲雀恭弥だよ、あいつに見つかるとめんどいから」
「そう。いい度胸だね君、咬み殺されたいの?」
あー、油断してたー。言ってるそばからこれとか……幸先怪しいなー。というか気配消すの上手くなってない? なんでや!?
「素直にやられてやるかよっ!」
一瞬で距離を詰めて右拳を突き出す。軽く躱されるがこれはフェイク。雲雀がカウンターで繰り出してきたトンファーを持つ手首を肘と膝で挟み潰し、トンファーを奪い距離をとる。
「ワオ。やるね、沢田家治。最近草食動物の群れを潰して回ってるのは君かい?」
「だとしたら?」
「並盛に二つの秩序はいらない」
キーン!
「降りかかる火の粉を払っただけだって」
「あれは僕の獲物だよ。邪魔しないでほしいな」
「知るかよっ!」
雲雀の蹴りをいなして反撃に出る。
二人ともトンファーは一つずつ。戦況は膠着状態に陥っていた。
「今日入学式だろ。ッ……! 俺に構ってないで風紀を正しにいけよッ!」
「グァ……! 君も新入生でしょ。並中で不登校なんてなめた真似は許さない……ッ!」
「ガハッ! そういうお前も授業出てねえだろうが!」
「僕はいいんだよ。ゴホッ……! というかよく知ってるね」
雲雀がトンファーを下したので、こちらも脱力する。
「お前が真面目に授業を受けてる姿なんて、想像しただけで笑えるからな」
「僕を怒らせたいのかい?」
「あ゛? 知るか。このくらいで怒るな」
「……次は咬み殺す」
「そうかい」
背を向けた雲雀にトンファーを放り投げ、逆方向へ歩き出そうとして……ッ!
「おい! 終わりじゃないのかよッ!」
「何を勘違いしてるの? もう入学式の時間だから見逃しただけだよ。来る気がないなら咬み殺す」
「あー、わかったから武器を下してくれ」
もともと何が何でもサボろうなんて気はない。雲雀とやり合うくらいなら大人しく登校するほうがいい。
「……急ぎなよ」
今度こそ去っていく雲雀を刺激しないように距離をとりつつ並中を目指した。
少しペースを速めたことで、遅刻することなく入学式に出席することができた。
教室で自分の席に着いた後、周囲を確認すると綱吉の姿があった。双子なのに同じクラスになるなんて、何かの力が働いているとしか思えない。
山本や笹川も同じクラスにいるので、幸いなことに原作フラグは折れていないだろう。
「あ、家治! 学校来るなんて珍しいじゃん!」
「おはよー、綱吉。風紀委員長に引きずられてきたんだよ」
「ひぃぃいい! あの怖い人たち?! 大丈夫だったの?」
「へーきへーき。それよりなんでこんなに視線突き刺さってんの?」
「ほら、家治って全然小学校来なかったから。転校生みたいな感じなんじゃない?」
「マジかよ……」
え、なんで? 別に引きこもってたわけじゃないのに。半分くらいの人とは並盛で何度もすれ違ってるんだが。俺もしかして認識されてなかった?
「なぁ、沢田! 知り合いか?」
「うん。俺の弟の沢田家治」
「よろしくー」
『『『『『えええええぇぇぇ!!!!』』』』』
「沢田の弟って実在したんだな!」
「幻の弟、まさかのイケメンかよ……」
「物憂げな視線、カッコいい……」
「似てない……っていうか正反対よね、双子なのに」
家治は170センチ近い身長とサラサラのプラチナブロンドヘアーを持ち、憂いを帯びた面差しが印象的な青年である。つんつん茶髪の兄の綱吉とは似ても似つかない。
だが何かがおかしい気がする。俺の容姿が人目を惹くというなら、普段からもっと視線を浴びているはずだ。たしかに学校はサボり気味だったが、教室に顔を出すことだって何度もあった。いくら気配を消しているとはいえ、視界に入っても記憶にすら残らないとは。まるで、透明人間になったかのような……。
原作に沿う流れにするために修正力でも働いているのか?
「それじゃ綱吉、俺は惰眠用のベストプレイスを探しに行くから、あとよろしく」
「うん。って、えええええ!? まだ先生来てないのに!」
「気が向かん。アデュー」
「ちょ、待ってよ! あー、行っちゃった……」
綱吉の声から遠ざかるように教室を出る。
認識されてなかった件は気になるが一旦保留し、煙草を銜えて校内を散策し始めた。
今日は上級生は登校しておらず、人の気配は少ない。学校というのは目の行き届かない場所が多く、普段から人が寄り付かないところは独特の陰気が漂うものだ。そういう匂いを感じ取って探検するのは、なかなかに楽しい。
どうせ雲雀やリボーンの影響で学校に来る頻度は上がる。サボりスポットはいくらあっても足りないくらいだ。
「春の陽気が届かない北の陰、こういう場所も悪くない」
日が差す場所は微睡に適するが、陰も住めば都だ。こうして人の意識の隙間に身を潜めていると、己が世界から切り離されていくように感じる。……錯覚ではない、が正確でもない気がする。
よくよく考えてみると、俺を認識できる奴は極僅かだった。直近で言えば雲雀と綱吉がそうだ。あとは俺が自ら注意を惹きつけたり、他者に干渉したときくらいで……。
「そういえば、あの子も……」
徐々に薄れる意識でそんなことを思いながら、壁に背を預けた。