使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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But who will save the saviour?
闇の中、暁美ほむらが……


 日誌 暁美ほむら記 何時の何処の何でもない場所

 

 もうすぐ、私は魔法少女でさえ無くなる。この小さなノートに私の存在を記そうとしているのは、最後の記念みたいな物だろう。

 ところで、今の私にとって「もうすぐ」という表現は不適切だと思うが、あえて今はもうすぐと呼ぶ。私以外の誰が読むという訳ではないけれど、こういう形式である以上、人間としての慣習を忘れず、時間という感覚を知った上で書くべきだと思う。

 

 さて、ここに書くべき事の中で最も重要な事は何だろう。決まっている、まどかの事と、私がどうしてこんな状態になったかという話だ。一番語りやすく、導入として相応の部分、私がこの力を得た時の話をしてみる事にしよう。

 そう、あれは確かまどかを救う為のループが四桁を越えた頃の話だった。

 当時の私は、既にまどかがあれほどの因果を背負っている理由に気づいていた。繰り返せば繰り返す程にまどかは巨大な素質を得て、よりインキュベーターに狙われやすくなってしまう。最初に思い至った時は、魔女になる寸前まで追い込まれた物だ。

 しかし、それでも私は諦めずに立ち上がり、「契約させなければ、魔法少女の素質なんて無いのと同じ」と開き直った。それは、現実逃避と同然でも真実だった。事実、まどかは契約しなければ何らかの特殊な力を操り出す様な事は無かったからだ。魔法少女の素質など、その程度の物だった。

 大体、四回目のループで既にまどかの魔女……救済の魔女ことクリームヒルト・グレートヒェンは地球を数日で滅ぼすと言われていたのだから、百回が千回になった所で今更だ。むしろ、素質が強すぎて契約の余波だけで宇宙が崩壊する程度にまで至れば、きっとインキュベーターもまどかには絶対に近寄らなくなると思い、先行きを明るく見ている自分すら居た。

 

 そんな、少しだけ前向きになれた私は、そのループでまどかに全てを話していた。

当時、既に巴マミや佐倉杏子、それに美樹さやかは全員が魔女化していた。彼女達の魔女としての名前はこの際だから省略しておくが、三体の魔女は寄り添う様に襲いかかってきた事だけは忘れずに書いておこう。

 あの周回でのまどかは、まだ契約していなかった。それだけに身近な先輩や友人達を魔女化という最悪の結末で失ってしまい、相当に悲しんだのだろう。私の胸の中で、一日中泣き続けていた。

 そんなまどかだからこそ、自分は大半の事を話してしまった。今思えば、「助けられる癖に助けなかった」と非難される事で、苦しみや罪悪感を誤魔化そうとしていたのだ。

 しかし、まどかは私を責めなかった。ただ泣き、泣いて、泣き続けた挙げ句に眠ってしまい、そのまま私達は舞台装置の魔女を迎える事となった。

 舞台装置、つまりワルプルギスの夜だ。もう懐かしい響きさえ有るのだが、アレと戦い続けている私は多数の世界に存在するのだから、あまり軽い気分で語る事は出来ない。だが、私にとってのワルプルギスの夜は、最早単なる人形でしかない。

 

 その日、私は何時も通りに手に入れた武器の数々とうんざりする程に多い経験を駆使して、何時も通りに挑み、何時も通りに負けた。今にして思えばあの魔女は物理的な破壊力が殆ど通用しないのだから、当たり前の結果だ。

 そして、何時も通りに私は諦めない。まどかを救うという原初の願いは微塵も揺るがなかった。それでも今回のループは捨て、次ではどうやってまどかと接触するか、それを考えた時、まどかが私の側に現れた。

 まどかは決意を秘めた瞳を私に向けて、私の顔を抱き締めてくれた。側にはインキュベーターが居る、誰よりアレの事を嫌っていた私だが、始末する気も無かった。何より、このループは捨てると考えてしまえば、もうどうでも良くなる。反吐が出る考えだが、当時の私が自分の精神を守る為には、そんな風に妥協するしか無かったのだろう。

 

 話が逸れた。

 

 まどかは一頻り私への激励と感謝、それに友好を告げた後、奴の方へ身体を向けて、願い事を口にした。

 私は、その時にまどかが願った内容を決して忘れない。例え、私自身が私自身でなくなったとしても関係の無い話だ。必ず忘れず、頭の中で言葉を反芻し続けるだろう。

 そう、彼女はこう願ったのだ。

 

 

 

 

 

 「ほむらちゃんに、願いを叶えるのに必要なだけの力を」

 

 

 

 

 

 千回を越えるループによって集まった因果から生まれた願いは、絶対的な力という形で私に集まった。

 インキュベーターが悲鳴の様な声を上げるのが聞こえた。まどかが、微笑みながら涙を流すのが見えた。その涙を拭いたかったが、私は自分の中に有る力がおぞましい程に強化されていく状況に、ただ耐えた。

 耐えて、耐えて、耐え続け、ついに私は力を手に入れた。

 もうワルプルギスの夜など敵ではなかった。軽く視線を送り、ただ消し去ろうと思っただけで、完全に消し飛び、二度と戻って来なくなる。

 インキュベーターが声を震わせているのが分かった。「暁美ほむら。君は一体、何になってしまったんだ」「何をするつもりなんだ」「まどか。君の願いは、一体……!」そんな事を言っているのが聞こえていた。

 だが、最も困惑しているのは私だった。願いの力によって、私は時間と空間を自由自在に操る事が出来る様になったのだ。厳密には『時間』や『空間』ではなく、正しくは『世界を流れる力』と『世界自体』を上位から操っているのだが、大した違いではない。

 あらゆる時間と空間に偏在する事も簡単なのだが、それも大した意味を持たない。重要なのは、私は遂にワルプルギスの夜を倒したという事実だ。この時の喜びは、世界を何度救おうと得られた物ではなかった。

 

 そして、私はまどかの方へ目を向けていた。彼女はもう魔法少女だ。いずれ魔女になる。だからといって、このまどかを見捨てる様な真似をしてはいけないと、改めて決意した。彼女から貰った分、自分は返さねばならないのだ。

 ならば、と私は一言だけ謝罪をして、まどかから貰った力を世界に使った。

 言葉にしてしまえば、私がした事は簡単だ。世界という川の流れを歪め、人類生誕まで遡る。ありとあらゆる時代に私という存在を放ち、インキュベーターを弾き飛ばして、奴がもたらした人類の発展に必要な知識はそれとなく頭に植え付け、予定調和に奇跡を起こす。まどかの人生に都合の悪い物は、大半を排除する。時間と空間を歪めて平行世界を操り、その世界自体をより理想的な物へと変えるのだ。

 巴マミの自動車事故は無かった事になり、佐倉杏子とその家族は食べる物には最低限困らない生活を送る事が出来て、学校にも通っている。美樹さやかは幼馴染の演奏を聴き、そして、鹿目まどかもごく普通ながら誰にでも愛される最高に可愛い女の子として生きていた。

 もうインキュベーターも、魔女も魔法少女も居ない。その世界を作り上げると、私は自らのソウルジェムを停止させて、異なる空間に封印した。一時的に普通の人間としての生涯を送る事にしたのだ。そう、私にとってのもう一つの願いである、『鹿目さんとの出会いをやり直す』為に。

 

 後はもう、考えるまでもない。やはり中学二年生の時に見滝原中学へ転入し、弱い私と同じ様にまどかと仲良くなる。何事も無い普通の世界で彼女が生きている所を見ていると、それだけで幸せな気分になれた。

 そして私は、人間としての生涯の大半をまどかと共に過ごした。中学での運動会ではうっかり転んだまどかを支えて歩き、受験で頭を悩ませるまどかと一緒に勉強をした。珍しくまどかがさやかと喧嘩をした時は仲裁に入り、タツヤの初恋の相手になってしまった時は慌てた。就職の時は、少しばかり力を使ってまどかと同じ会社に入社して、まどかが結婚する時は思い切り泣いた。出産にも、当然の様に立ち会った。

 

 ……当然、彼女が天寿を迎える瞬間も、私は横に居た。

 

 そして、私の目的は完全に達成された。まどかは幸せに生きて、幸せに死んだ。何よりの事だ。良かった。良くはない。

 私は取り残された。あらゆる時間に偏在出来る私だが、意識自体は魔法少女の物だ。まどかは、確かに居なくなった。

 苦しく、悲しかった。目を瞑ればすぐにでもまどかと会えるが、少なくとも魔法少女の自分はまどかの生涯を見届けてしまったのだ。もしまどかの死を改変したとしても、それは平行世界のまどかだ。あのまどかは、確かに死んでしまったのである。

 そこで、私は自分の力がまだ願いに届いていない事に気づいた。私の願いの内容は、『まどか』を守る物だ。天寿を迎えたまどかは、守りきった。だが、依然変わりなく『まどか』は様々な世界に居る。

 まどかは力をくれて、背中を押してくれた。その想いを裏切ってはならない。だからこそ、もう二度と妥協はしない。そう誓った。

 

 

 あの世界で、私は最後にまどかの墓へ行き、「まどか」と呟いて、掛けていた眼鏡を掴んだ。その時までは、まだ人間の真似をする暁美ほむらだった。だが、眼鏡を外した時は既に魔法少女だった。

 

 

 私は、ソウルジェムに仕掛けていた封印を解いたのだ。

 ソウルジェムを独自の法則性で支配して、濁らない様に加工した上で。

 

 すぐに自分の力が及ぶ限りの世界へと干渉を始めた。別のアプローチで、まどかの幸せな世界を守ろうと思ったのだ。

 最初に自分が行った世界の改変は、かなり無理の有る形だった。私は神ではないし、そう振る舞う資格も持っていない。なら、私はインキュベーターの存在を肯定し、既に起きた事を消したりはせず、まどかの幸せを一心不乱に目指したくなったのだ。それこそ、まどかが魔法少女になっていたとしても。

 それからの私は、『私ではない私』を誘導したり、他の誰かを唆す形でまどかの幸福な生涯を守っていた。手の届く限りのあらゆる世界の、そこから分岐したあらゆる平行世界を、だ。

 多数の世界のあらゆる時間軸に干渉し、その結果に生まれた平行世界は全て面倒を見たつもりだ。

 

 私の力は願いが強まる事に呼応して、更に巨大化して大げさになっていった。

 ある魔法少女など、私に対して「さあ、私に知識を授けてくれ!」などと言い出した事が有る。私はヨグ=ソトースなんて名前じゃないんだけれど、と言ってやると、彼女は魔女化してしまったので、困惑した。

 だが、私の力は実際の所、そういう暗黒の神話に語られる神と肩を並べるに相応の物へ届きかけていた。

 

 その証拠の一つとして、まどかの居る世界をより良い物にしようと手を広げていた私は、そこで遂に『円環の理』と呼ばれる存在を認識した。

 魔法少女が魔女になる前に、希望が絶望で終わる前に救済する、慈悲に溢れた一種のシステム。それが『まどか』だという事は、考えるまでも無い。

 そして、この概念には私の手が及ばない。過去と未来の全てに存在する力は、如何に時間の全てを手中に納めた自分であっても干渉が困難だ。しかも、その概念が適用されている世界には鹿目まどかが存在しない。

 幾多の暁美ほむらの中には、あのシステムから人間としてのまどかを奪い取るという手に出た者も居た。

 円環を生み出したまどかの願いは、『全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で』だ。あの悪魔と自称したほむらは、その性質を利用し、まどかを捕らえたのだ。この方法なら自分にも可能だ。だが、あれはとても悲しい行いだ。これを行う決心をした暁美ほむらは、とても強い子だと思う。私なんかより、ずっとだ。

 しかし、あの手段ではまどかの決意や願いを無為にして、自分の庭へ閉じ込めている事になってしまう。似た様な事をした自分にはよく分かるが、それは、暁美ほむらという個人が行う策としては最良の部類に入るだろう。だが、私はもう単なる暁美ほむらではなく、妥協はしない。どんな暁美ほむらが妥協出来る事でも、私だけはまどかを妥協する訳にはいかない。絶対に妥協などするものか。

 まどかの完全無欠な幸せの為には、まどかが自分の願いを絶対的に肯定されたまま、人間としての幸せも享受するという結果が必要だ。

 ただし、今の自分にすら円環の理をどうにかするだけの力は無い。だが手は有る。力を一気に強め、その上で円環の理と完全な形で接触する方法が。

 

 つまり、魔女になる事だ。

 

 魔女化の際に生まれた相転移のエネルギーは、魔法少女のそれより、魔女のそれより遙かに巨大で圧倒的な物だ。単なる米粒以下の生物が、宇宙に干渉する程のエネルギーを発するのだからその凄まじさは言葉に出来ない。

 それを私の力によって閉じ込め、まどかに絡まった因果の糸を自分の物とした上で力に上乗せ出来れば、どれほどの事が可能になるだろう。まどかの気持ちを尊重した上で、私のわがままを押し通す事だって出来るかもしれない。

 だから、私は魔女になる。今だから知っているが、魔女は思考しない訳ではないのだ。自ら生み出す呪いによって精神性が崩壊しているだけで、魔法少女と大して変わらない。私だけなら無理だろうが、私の力はまどかからの贈り物だ。不可能だって可能になる。

 だから、怖くは無い。もう私は、躊躇しない。ソウルジェムを元の状態へ戻すのは、既に済ませた。後は決行するだけだ。

 

 

 私は貴女の優しい声を常に聞く。

 

「あなた達の願いを、絶望で終わらせたりはしない」

 

 だが、誰が救い主を救うのか?

 

 貴女は変わらず自分を犠牲に、少女達へ慈悲を振りまき続ける。

 

 

 それを認めながらも、その決意を愛しながらもNOを突きつけるのが、私の使命だ。

 

 まどか、あなたが望んでいなくたって、私達は皆、あなたが幸せになれる世界を望む。

 

 

+

 

 

 日誌を閉じて、投げ捨てる。時間の感覚という物は無くなっても、人間としての習慣は捨てきれないから不思議だ。

 今、自分が居るのはどこの世界でもない場所である。手が届く限りのあらゆる平行世界を越えた私にとっては、存在しない空間にすら存在するという矛盾も実現できる。

 周囲には、インキュベーターがショック死しかねない程に巨大なエネルギーが閉じこめられていた。同位相に居るだけで打ち砕かれてしまいそうだ。身体中に亀裂が走り、その度に肉体が修復されていく。悪夢の様なループだ。

 指先で掴んだリボンが揺れる。契約したと同時に生まれる盾は、私の願いを表現する様に回転していた。

 とてつもない緊張と、胸の奥に重苦しい重圧を感じる。

 

 だが、これでまどかに手が届くなら、何の辛さも無い。

 

「まどか、今、会いに行くわ」

 

 決意を口にして、自らのソウルジェムへキスをする。

 するとジェムは虚空へ溶け、私は人間へと戻る。

 そして、因果の糸を自分へ絡ませながら、再び魔法少女になる。

 生み出したソウルジェムはその場に置き、また時間を戻して魂を人間に戻して、また魔法少女となり、またソウルジェムを生む。それを何度も繰り返す。

 エネルギーが生まれ、周囲に溜まっていく。此処に居るのは、肉の身体を持った暁美ほむらに過ぎない。本体の自分はより高い次元から世界を見下ろして、まどかを見つめている。

 足下には、まどかを象徴するあの魔法陣が広がっている。特に意味は無いが、眺めているだけで幸せだ。

 幾つものソウルジェムが胸元で回転している。世界中からかき集めた恐ろしい規模の呪いが集い、魂を真っ黒に染めた。

 円環の理が及ばない空間で、次々に魔女が出現していく。それを上位の『暁美ほむら』が操り、自身の人格を与えた。たちどころに魔女は自我を得て、融合した。

 希望と絶望の相転移で生まれた力も、同じく取り込む。無限に等しい数の魔女が生まれては自我を得て、一つの『暁美ほむら』へ統合される。

 私は絶望も、誰かを呪う事もしない。全てをまどかに捧げる為に存在しているのだから。

 そう、私はまどかに遭う為なら何だって出来る。そして、何時だってまどかは私の側に居る。ならば何も、それこそ地獄すら怖くない。

 幾多の魔女が、統合される。全体的には大きな黒い帽子に、魔法少女としての格好に似た姿をしていた。シルエットだけなら人々が思い描く魔女に近い。腹に当たる部分が、おぞましい玉虫色の骨になっていなければ、だが。

 

「準備は、整った」

 

 さあ、必要な数の魔女は生み出した。後は、自分を変化させるだけだ。少しの覚悟が必要だったが、すぐに心は決まった。

 蓋をしていた呪いの全てを、解放する。

 上位の自分へと呪いが降り注いだ。その影響で、のたうち回る程の苦痛がやってきた。

 当然だ。幾多の世界を完全に支配する程の願いを魔女としての力に反転させ、その際に生まれるエネルギーが自分に集中する以上、苦痛からは逃れられない。

 冷静な頭はすぐに消し飛んで、まどかの事しか考えられなくなる。

 

 苦しい、辛い、悲しい苦しい痛い怖い助けて……くれなくて良いからまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかに幸せを幸せを幸福へ愛愛愛愛愛愛愛愛……救済

 

 

「ほむらちゃん」

 

 

 声が、聞こえた。

 優しい声が聞こえてきた。私を導く、愛しい声が聞こえてきた。

 それを忘れる筈も無い。あの可愛らしい声を忘れる筈がない。私は知っている、あの桃色の髪も、それを留める真っ白いリボンも。重荷を背負うには小さ過ぎる肩も、全ての魔法少女に向けられる、その聖なる瞳を、覚えている。

 遠く離れた場所からでも、手を差し伸べてくれる最高の友達。

 彼女の存在を認識した。たったそれだけの事なのに、今まで有った筈の苦痛が消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『DAS EWIG WEIBLICHE』

 

 

 

 

 それは、永遠にして女性的なるもの

 または、えいえんのきぼう

 かつて、クリームヒルト・グレートヒェンと呼ばれたかもしれないもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人々は、そして彼女は自身をこう呼ぶ。

 

 『円環の理』

 

 

 

 

 

 

 しかして、その本来名乗るべき名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿目 まどか!!

 

 

 

 

 

 

 まどかだ

 

 

 まどかが来た。まどか

 

 

 まどかだ。まどかに会えた。

 

 

まどか まどか まどか まどか まどか まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか まどかまどかまどかまどか まどか まどか まどか まどか まどか まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか まどかまどかまどかまどかまどか まどか まどかまどか まどか まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか まどか まどか まどか まどかまどか まどか まどか まどかまどか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いえ、落ち着きなさい私。駄目よ。

 此処で喜びと幸せとまどかの愛に呑まれたら、今まで見栄を張ってきた私のクールでストイックで妥協の無い姿が台無しになってしまう。

 落ち着きなさい。これもまどかの幸せの為、ひいてはまどか『との』幸せの為なのよ。たぶん。

 

 そう、自分自身を落ち着かせ、彼女の姿を見つめる。最早鼓動など無い筈の胸が、高鳴る気がした。

 何時も会っている筈なのに、何時でも会える筈だというのに、その気持ちは特別で、強烈だった。自らの中に有る、全ての感情が泡だっては立ち上がり、消え去っては現れるくらいには。

 さあ、彼女の名前を呼ぶのだ。世界で最も尊く、私の全てである少女の名前を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まどか」

 

 

 

 

 

 時間など関係無い筈なのに、不思議と懐かしい。「久しぶり、と言っておけば良いのかしら」

 

 軽い挨拶。それだけで、まどかは本当に嬉しそうな顔をしてくれた。

 

「久しぶりなの、かな。私はずっと前から一緒だった気がするよ」

「そうね、私もそう。ずっと、まどか……いいえ、円環の理と一緒に居た。そんな気がするわ」

 

 我々にとっての時間とは人間としての自我が勝手に感じている物に過ぎない。それを分かっていても、まどか……円環との邂逅は最高の幸福感を与えてくれた。

 それは、あらゆる円環と同じく神々しく、聖なる姿をしていた。何て可愛くて格好いいんだろう。それだけで、今までの全てが輝いた物に感じられる。

 

「ほむ……えっと、何て呼べば良いのかな」

 迷う所も実に可愛らしい。自分には無い愛らしさに、頭がやられてしまう。だから、名乗りだけは口にしておいた。

「ホムリリーよ、そう呼んで」

 

 空間の概念から外れた卵の中で、巨大な魔女が生まれかけている。だが、思った以上に付加した力が強過ぎて、出現が遅れていた。

 生まれた拍子に、宇宙一つくらい簡単に消えそうだ。

 もっとも、それを言うなら目の前に居るまどかも大して変わらない。ただ出現しただけで、ビッグバンにも等しいエネルギーが放出されたのだ。今の一撃だけで太陽系が消し飛び、銀河が壊れ、インキュベーターが絶滅するだろう。

 この空間も、自分の力が及ばない場所であれば簡単に崩壊したに違いない。

 

「確か、ほむらちゃんの魔女としての名前だよね。でも、今のほむ……リリーちゃんは」インキュベーターも逃げ出す程の力を発しながら、円環は普通に尋ねてくる。

「ええ、魔女とは呼べないわ」

「じゃあどうして、その名前にしたの?」

「彼岸花、よ」

 

 手の中に彼岸花を出現させて、彼女の髪飾りにする。世間的には縁起の良い花ではないから、少し不安だったが、

 

「綺麗だね」

 

 喜んでくれた。

 とても似合っているが、この花が似合うとは言えない。口には決して出さないが、まるで円環を死神扱いしている様だ。確かに、そう間違った解釈ではないが。

 

「彼岸に咲く、死後の世界に一番近い……魔法少女の死後に行き着く場所は、あなたの側でしょう?」

「えっと、それって、つまり……」円環の表情に照れが入ってきた。

「最も円環という概念に近い私、だから、改めてホムリリーにすると決めたの」

 

 魔女としての名前が明らかに自分の本名だというのは、昔は納得していなかった事だ。ただし、まどかが気に入ってくれるなら問題は無い。

 適当な理由を付けてでも、その名前を名乗る価値がある。

 

「一番近い、ほむらちゃんかぁ……ぇへへ」

 

 髪飾りになった彼岸花を撫でている。つまり、私を撫でてくれる。とても素晴らしい事で、ずっと見ていたいのは山々だが、そろそろ本題に入るべきだ。

 

「それで、迎えに来たのね。円環の集合体として」

 花を撫でていた円環が動きを止めて、こちらを見つめてくる。

「気づいてたんだ」

「円環の理の事で、私が知らない事は殆ど無いわ。まどかがおばあちゃんになるまで一緒だったのよ?」

 

 まどかの、円環の理がやる事なんてお見通しだ。

 目の前に居るのは、単なる円環の理ではない。自分の手が届いた場所に居る、全ての円環が一つの物として現れた姿だ。

 だからこそ、気配はむせる程にまどかであり、救済のアルティメットまどかの力が溢れ返っている。沢山の理が集合した『まどか』なら、私と接触する事も可能だろう。どんな所にだって実体として存在できる程の力を持っている。

 ともあれ、私は導かれるつもりはない。

 円環の理に悲しそうな顔をされるのは、悲しい事だが。

 

「やっぱり、来てくれないの?」

「そうね、まだまだやる事が有るから。でも、悲しまなくて良いわ。大丈夫、ずっと一緒よ? 私は、あなたの幸せが絶対なんだから」

「それは、知ってるよ。嬉しい、嬉しいけど……」肩を抱いて、背中を軽く叩いてやる。「気にしなくて良いわ。貴女が側に居てくれるなら、此処が何処でも天国と一緒だとだもの」

 

 いや、厳密には『導けない』が正しいのだ。

 過去と未来の全てに偏在する魔女……に類する存在である『ホムリリー=暁美ほむら』。その力を以てすれば、円環の理の影響など簡単に排除できる。束ねられた円環の力が巨大だからこそ相対する事が出来ているだけで、理の先へ連れていく程の事は不可能だ。

 それが分かっているのか、円環の理は肩を震わせながら私の隣に座る。

 気づけば、私は自然に円環の手を握り、その頬を擦り合わせていた。

 

「わっ……」

「だから、こうやって一緒に居る。当然じゃない、だから、そんなに寂しそうな顔をしないで」

「ほむリリーちゃん……」

「ほら、涙を拭って、私は遂に、円環の理にすら偏在出来る様になったから」

 

 円環は涙を拭い、笑い顔を見せてくれた。二人で一緒に居るという状況が、何よりの宝に感じられた。きっと、自分は数多のほむらの中で、最も幸福な個体だろう。

 

「やっぱり、貴女には笑顔が似合うわ、円環の理」

「ほむリリーちゃん……呼びにくいし、ほむらちゃんで良い? 私の事もまどかで良いよ?」

「……そうするわ」

 

 円環、まどかの指示へ素直に従う事にする。

 あれだけ派手な行為に及んだというのに、今一格好が付かない気がする。

 何か、何か無いだろうか。眼鏡の自分の様にまどかに手を引かれるのは望ましくない。嬉しいが、望ましくない。

 そんな時、強い衝撃が何処でもない此処を揺るがせて、空が呪いに染まった。

 まどかは驚く程に優しい瞳で私を見つめて、この流れを受け入れてくれる。呪いが全てを飲み込もうとしているが、それが絶望ではない事を分かってくれている。

 少しばかり見栄を張って、この空間にやっと産まれた魔女の形を見つめる。まどかの前では、格好いい自分で居たいと思う。

 とはいえ、もう手遅れかもしれないが。

 

「ほら、見て。あれが私の魔女……いいえ、『ホムリリー』という名の邪神かしら?」

 

 それは、もはや魔女と呼ぶべき存在ではない。円環の理の影響を受けず、手が届く限りの世界へと無限に偏在し、届かせた全ての世界でまどかの救済と幸福を目指す、恐るべきものだ。

 人格としての『暁美ほむら』は自分で、此処にしか居ないから全知ではない。が、力としての『ホムリリー』はあらゆる時間に偏在する事で、全てを知っている。

 これで、少なくとも円環の理と対等以上に立ち回れる。横目でまどかを見てみると、彼女は危機感も無いまま関心の息を吐いていた。

 

「へぇー……悪魔じゃないんだね」

「当然よ。私は、自分を傷つける気は無いもの」

「だよね。悪魔になったほむらちゃんって、凄く悲しそうだし……」

 

 まどかの言う通り、悪魔としての暁美ほむらは見ていられないくらいに辛そうだ。

 自分は、少なくともあんな風に傷つき苦しむ気は無い。まどかの為の自己犠牲は同じほむらとして尊敬すべき事ではあるが、まどかの幸せの中に暁美ほむらの幸せが有る事を知ってしまうと、同じ真似はできない。

 それより、大事なのはこれからだ。無事に産まれた魔女……ではなく、邪神か『何か』が、使い魔を生み出すのだから。

 

「ほら、まどか。よく見ていなさい」

「え?」

「そろそろ、面白い事が起きるわ」

 

 空を見つめて待っていると、『ホムリリー』の姿に変化が訪れた。

 シルエットだけの形が歪み、言語化の不可能な異形へと切り替わる。個体らしかった物が液体状へ変わり、滴が落ちてくる。

 ぼたぼた、ぼとり。そんな音を立てて、空からほむらが落ちてきた。沢山の暁美ほむらが落ちてきて、その場で立ち上がり、一斉にまどかを見つめた。

 

「まどか」「まどかだわ」「まどかよ」「鹿目さん」「まどか様」「まどっち」「まどかァ!」「まどまど」「まどほむ」「まろかー」「まどかちゃん」「暁美まどか」「まどか、結婚しましょう」「パンツ、まどかのパンツ」「えへへ、鹿目さんだ……本物だ……」

 

 眼鏡のほむら、リボンのほむら、ツインテールのほむら、お姉ちゃんなほむら、ほむほむ、弱そうなほむら、強そうなほむら、天使のほむら、悪魔のほむら、魔女っぽいほむら、髪を切ったほむら、三つ編みのほむら、ラッコのほむら、パンツを被ったほむら。同じ魔法少女の服装を纏っていたが、全体的な印象は所々で異なっていた。

 

「うわっ、ほむらちゃんそっくり!」

「我ながら、リアルな使い魔ね」

 

 そう、目の前に居るほむらは全員が使い魔だ。かなり精巧だが、本物ではない。ただし、偽物でもないが。

 

「この使い魔達はね、かつて『暁美ほむら』と呼ばれていた魔法少女と全く同じ外見と人格を持っているの。多数の平行世界に存在するほむらの人格をベースとしているから、種類も豊富よ」

「そうなんだ。じゃあ、身体が使い魔の物っていうだけで、中身はほむらちゃんそのもの?」

「そうよ、可能性をかき集めて作られた、本物であって偽物のほむらね」

 

 数人の暁美ほむらが、こちらを羨ましそうに見ている。だが、そんな目をされても困る。このまどかと一緒に居る為には、同規模以上の力を持っていなければならない。悲しい様な、それでいて自慢したい気分にもなる。

 

「へぇぇー」

 

 まどかが使い魔のほむらに向かってふらふらと歩いていった。何人かのほむらが興奮しながら飛びかかりそうになって、他のほむらに押さえつけられていた。

 

「あっ」

 

 そんなまどかの目が、ある一点で止まった。

 目の前に居るのは、眼鏡を掛けた自分だ。自分自身とはいえ、大人数に囲まれて緊張しているのだろう、もじもじと身を揺らせている。

 まどかを見つめる頬は仄かに赤く、恥じらいを感じさせた。

 

「ね、眼鏡のほむらちゃん」

「あっ、あの、鹿目さん……?」

「凄い、話し方もそのまんまだ。ねえ、あなたは、どういう可能性のほむらちゃん?」

「わっ、私は、魔法少女になる前の、私で」

「そうなんだ。ねえ、ほむらちゃん! 一緒に来ない? 魔法少女のみんなを一緒に導きたいなって」

「私は、その。凄く嬉しいです、けど、えっと」

 

 とてつもなく嬉しい事に、まどかは使い魔のほむらを気に入った様だ。

 しかし、何となく引っかかる物が有る。

 

「……」

「って、ごめん。ほむらちゃんを物扱いしてるみたいだね」

「いえ、所詮は使い魔だし、構わないわ……貴女には私が居るから、必要無いと思うのだけれど……」

「あ……ほむらちゃん、落ち込まないで。ね?」

「落ち込んでないわ」

「落ち込んでるよ」

 

 重く苦しい空気が漂ったのを鋭敏に感じ取ったらしく、使い魔のほむらが内股気味な足の前で両手を握り、目を泳がせる。

 

「えと、落ち込んじゃダメですっ。私、あの、鹿目さんの前だよ? そんな風になったら、鹿目さんが困っちゃうよ……」

 

 叱咤されているのだろうが、逆に微笑ましくなる。いや、むしろこの反応を待っていた。まどかの目を見ても、やっぱり同じ様な物が見て取れる。

 二人揃って、考えは同じだったらしい。

 

「ふふ、我ながら良いわね」まどかが、同意を示している。「うんうん」

「あ、か、からかってたんですね……もうっ!」

 

 眼鏡で使い魔な私が、頬を膨らませる様にして顔を背けた。肌が病的に白いからか、興奮すると本当に分かりやすい。

 当然だが、病院暮らしだった頃と殆ど変わっていない。そんな弱々しい私だったからこそ、まどかと出会えたのだ。

 

「怒った所もこう、良いよね! この頃のほむらちゃんは特に!」

「自画自賛みたいで恥ずかしいけど、分かるわ。こう、守りたくなる女の子のオーラよね」

 

 もっとも、それは『自分に自信の無いまどか』も同じ事が言えるのだが、本人には言わない方が良いだろう。

 

「むー……もう、鹿目さんも、私もヒドいですよぉ」

「その通りよ、良い反応をくれてありがとう。お礼に貴女は明るくて優しくて話しやすくって一度遭っただけで仲良くなれそうなまどかの所に送ってあげる」

「え、私の事?」

「……意外と自信満々なのね、まどか」

 

 さあ、使い魔のほむらを世界へ送らなければならない。

 まだ自分の手が届いていない世界に、彼女達を送るのだ。

 

「じゃあ、私、鹿目さんの所に行きます」

 

 眼鏡をかけたほむらが表情を正し、とても真剣な様子でこの場から消える。

 それを合図にしたかの様に、他のほむら達も次々とこの場から消えていった。

 

「誰がまどかを救うのか? ね」

「まどか、貴女の為なら、私は永遠に囚われても、良い」

「どんな姿に成り果てたとしても、きっと平気だから」

「会えて、本当に嬉しいの。そして、これからまた会いに行くわ」

「鹿目まどかに、幸福を」

 

 どのほむらも盾を回し、消え去る。時間遡行と同じ現象に見えるが、実際には平行世界へ転移しているのだ。

 世界への転移は膨大な力を必要とするが、今の自分は無尽蔵なので、世界だって好きな様に改変出来る。それこそ、目の前のまどかと戦っても勝てる自信が有るくらいだ。

 

 勿論、戦う様な事は絶対に無いが。

 

 ところで、他のほむらが居なくなっていく中、何故か転移しようとしない者達が居る。その殆どが、何やら変わった様子の持ち主達だ。

 

「さ、貴女達も早く行きなさい」

 

 催促してみると、彼女達は素直な反応を寄越した。

 

「私もまどかとまどまどほむほむしたいのに……」

「私、行きたくない! 此処でまどかちゃん家の子になるの!」

「まどか、私、あなたの事が」

「いやだ、いやだよぉ。鹿目さんと一緒が良いよ……」

 

 抵抗する者の中には、これから行く先の事すら分かっていない者まで居る様だ。もう一度、説明をしておかねばならない。

 

「……行った先に、貴女達と相性の良いまどかが居るから、別にまどかと離れる訳じゃないわ。ただ、出会いをやり直すだけ」

 

 「え、そうなの?」という顔をしている自分を見ていると、どうしようもない気分になる。

 まどかが静かに肩を叩き、分かると言わんばかりに頷いてくれた。円環の理の中にも、どうしようもない者が居るのだろう。

 私の言葉を聞いて、やっと残ったほむら達も転移していく。最後に残ったのは、やけに熱っぽい瞳でまどかを見つめている私だ。

 嫌な予感がする。

 

「アルティメットまどか様ぁー! 私のほむパンはパンプキンパイ味です! では今日のまどブラは何味で」

 

 そして、的中した。

 

 

 

「  ダ  マ  リ  ナ  サ  イ  !  !  」

 

 

 

 怒りに任せて、私……とは認めたくない存在を強制的に転移させる。思わず、声が奇妙な物に変わってしまった。

 

「はぁ……は……ごめんなさい、取り乱したわ」

「う、ううん。良いよ。うん、変わったほむらちゃんだね。私も、あそこまで凄いのは滅多に居ないと思うな」

 

 微妙に顔をひきつらせているまどかに、罪悪感を覚えてしまう。認めたくないけれど、あんな変態が私がごめんなさいと土下座したい。

 ただ、こちらの視線に気づいたまどかは、表情を若干真面目な物にしてくれた。気を遣ってくれたらしい。

 

「あのほむらちゃん達、ホムリリーとしての力を持たせてるんだ。という事は……ほむらちゃんの力がまだ届いてない平行世界に運び込むんだね」

 とても有り難い、話題の提供だった。「ええ。やっぱり分かるのね」

「うん、私も似たような事をしたから、分かるよ」

「干渉遮断フィールド、ね。あんなの、私なら上位互換の物を簡単に作れるわ」

 

 さっと手を振って、私のソウルジェムだった物を一種の閉鎖された空間に包む。それだけで、あらゆる影響は完全に消えて、次の瞬間には元に戻る。

 使い魔達はもう居ない。彼女達は、あらゆる状況の平行世界に対応出来るだろう。まどかが私の事を「たむら」と言い間違える奇妙な世界へも、最適なほむらを派遣し、最適なまどかの幸せをサポートする事が出来る。

 

「『ほむらの手下、その役割は幸福実現』とでも言えば良いのかしら」

「あはは、すっごく頼りになりそうだね」

 

 何人か弱々しい者や変態的な趣向の持ち主も居る様で心配になるが、それはそれで、その世界のまどかが相当な精神性を持っている証拠となる。

 

「さあ、後は彼女達が力を運び終えるのを待つだけよ。ちょっと疲れたわ」

「お疲れさまだね。膝枕、しよっか?」

「いずれ、あらゆる世界が私の力の範囲に入るでしょうね……勿論、ありがたく寝かせて貰うわ」

 

 爆発的に強まった力によって、干渉する範囲は広がった。実際、何処にでも偏在出来る自分は、こうしている間にもまどかを救い続けている。

 しかし、此処でまどかと触れ合っている私は、別に何もする必要が無い。此処で、ホムリリーの人格として鎮座していれば良いのだから、それはもう暇だ。

 時間の概念を征服した私でも、何かを待たねばならない。過去や未来を包み込む世界という概念自体に自分の力を届かせるには、やはり待つ事が必要なのだ。

 

「ねえ、見て」

「んん?」

「上よ、ほら」

 

 まどかと一緒に空を見上げると、帽子を被った人型のシルエットが、神々しく聖なる存在と抱き合っている。ホムリリーという現象と、円環の理という現象が互いを受け入れ合っている。

 人間としての『鹿目まどか』や『暁美ほむら』という個など無いというのに、あの仲の良さだ。感動的な光景と表現するべきだろう。

 

「綺麗ね」

「ほむらちゃんが?」

「いいえ、まどかの方が綺麗よ」

 

 さあ、手の届かない世界は使い魔達に任せよう。自分自身は、もっと既に影響力の範囲に居る、つまり目の前のまどかを幸せにしていこう。

 例えば今、私に膝枕をしている円環の理の集合体を幸せにする方法は一つ。

 

 

「ね、まどか」

「うん」

「今、幸せ? 友達も居ない、家族も居ない。希望だけを運ぶ存在になって、今でも幸せだって、胸を張って言える?」

「勿論、幸せだよ?」

 

 

 つまり、このまま膝の上で眠る事だ。

 

 

 

「じゃあ、家族に会いたいとは、友達に会いたいとは思わない?」

「ほむらちゃん、私は円環の理だよ? 私達の感覚は人間とは違うって、もう現世への執着は無いって、分かってるよね?」

「そうね」

「あっ、でも今は特別に幸せだよ」

「それは、どうして?」

「んー……ほむらちゃんが、私と同じ領域に来てくれたから、かな?」

「…………まどかぁ!」

「ほむらちゃんっ!」

 

 

 そう、これはまどかの幸せを実現する為であって、決して、膝枕されながら顔を抱きしめるという愛に満ちた状況を満喫している訳はないのである。うん。

 

+

 

 日誌 使い魔の暁美ほむら記 十月三日

 

 いや、どう考えても満喫しているとしか思えない。

 

 使い魔である私は、冷静に本体の存在を感じ取る。本体がまどかへ向ける感情は、どう見ても恋愛感情だ。あのまどかも満更ではなさそうだから、そこは別に構わない。

 問題は、他の暁美ほむらまで同じに見られてしまうという懸念が有る点だ。私の場合、まどかに対して強い愛情を覚えているが、それは恋愛とは違う、もっと親愛に近い物だという自覚が有る。

 暁美ほむらに共通しているのは、まどかを愛しているという事だけだ。できれば、本体以外の私と遭遇する様な事は無い様に願いたい。特にパンツを被ってる連中は恥ずかしくて見ていられない。

 

 

 ところで日誌に日付を記入したが、目的の世界には到着していないから、日時など無い。今は記憶が知る、時間移動の際に通る空間の中だ。

 十月三日というのは、まどかの誕生日である。私が知る限りで最も尊い存在が生まれた日だ。記念として、日誌にはその日付を付けておく。

 もうすぐ到着だ。さあ、私はどんな世界のまどかに出会い、どんな世界の私を見る事になるのだろう。楽しみだ。その先で何をすれば、まどかの彩り豊かな生活を支えられるのだろうか。

 

 

 

 本当に、楽しみだ。




 本作は暁美ほむらだいっ好き! な作者が送る暁美ほむらの暁美ほむらによる鹿目まどかの為の作品です。

◇魔女図鑑な◆

 『ホムリリー』
 時空間の『何か』。その性質は自分勝手。かつて終わりの夢を見ていた。あらゆる世界を変えようと手を伸ばし続ける、かつて魔女と呼ばれていた存在に酷似したもの。それは最早、時間も空間も超越する概念や現象と呼ぶべきであり、本体には人間としての思考すら残らない。宇宙を内包する世界の外側で無制限に広がり続け、多数の世界を取り込む究極のまどか専用概念。
 彼女を退かせるならば、慈悲に満ち溢れた女神の愛と妥協無き完璧な幸福の両方が必要だろう。
 なお、『ほむにしてまど、まどにしてほむのもの』『這い寄る幸福』『アルティメットほむら』などの別名が有る。全て、『暁美ほむら』が勝手に名乗っている物である。



 『暁美(ハイパーアルティメット)ほむら』
 時空間の『何か』の人格。その性質は欲望。かつて終わりの夢を見ていた。
 より大きな存在になる為に、人間らしさを一つの形に留めた。自らの願いを叶え終えて、なおも満足していない愛情の塊。
 ひたすら愛する人との触れ合いに没頭し、更なる干渉を進めていく。格好付けようとしているが、愛する人に自分の内心が全て筒抜けであるとは気づいていない。
 『妥協しない意志』を持つが、元々は格好いいと思って自称していた物だという事は、誰にも言えない秘密。
 

 『円環の理=鹿目まどか』『DAS EWIG WEIBLICHE(永遠にして女性的なもの)』
 救済の概念。その性質は愛。かつて慈悲の夢を見ていなかった。
 魔法少女へ救済を振りまく為に時空間を超越した存在。ただし、人の形を取っている時は殆ど人間と変わらない。それでも存在自体は非常に曖昧であり、人間らしい感覚は殆ど失われている。
 多数の理が一体化した姿として形作られていて、その力は概念という域を越えている。だが、本人は仕事をこなす傍らで友との幸せを享受する。
 実は、最高の友達が格好付けている事を知っている。『妥協しない意志』に纏わるどうしようもなく馬鹿らしい経緯を知っているが、決して口には出さない。


 『AKEMI HOMURA』
 時空間の『何か』の手下。その役割は幸福実現。
 幾多の世界へ飛び、そこへ『何か』の力を運び込む。
 現れるのは、クール、メガ、ツインテ、リボン、デビル、ヘンタイ、スペース、リリィ、ホムホム、メガミ、ラッコ、イヌ、ネコ、ユリなど。最後のアイはその胸に。「ほむより来たりて円環に在らず、まどかの側こそ我らが舞台」大いなる存在と繋がっている為に、本物の暁美ほむらよりも強い力を持つ。


◆元ネタ◇

『闇の中、暁美ほむらが……』
ウォッチメンパロ。元ネタは『真夜中、全てのスパイが……』

『「まどか」と呟いて、掛けていた眼鏡を掴んだ。その時までは、まだ人間の真似をする暁美ほむらだった。だが、眼鏡を外した時は既に魔法少女だった。』
こちらもウォッチメン。ロールシャッハがコバックスを止めた瞬間。

『ヨグ=ソトース』
クトゥルー神話の外なる神にして、概念。時間と空間に遍在する為に全知であり、その為に『知』の象徴として扱われる事も有る。玉虫色に光っている球体というのが主なイメージ。


『私は貴女の優しい声を常に聞く。「あなた達の願いを、絶望で終わらせたりはしない」 だが、誰が救い主を救うのか? 貴女は変わらず自分を犠牲に、少女達へ慈悲を振りまき続ける。』
ウォッチメンから孫引きの改変。大本はユウェナリスの風刺詩第6歌『女性への警告』から


『DAS EWIG WEIBLICHE』
叛逆の物語で見る事が出来る。円環の理の別名……元は、ゲーテの『ファウスト』でグレートヒェンを表現した言葉。『永遠にして女性的なるもの』という訳が一般的

『ホムリリー』
一般的には『ホムリリィ』ですが、本作の彼女は魔女であって魔女ではない怪物なので。

『まどかが私の事を「たむら」と言い間違える奇妙な世界』
きらら☆マギカで連載中の『魔法少女ほむら☆たむら』から。個人的に、きらマギでお気に入りなのはコレと『魔法少女部まどか☆マギカ』。
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