使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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『私達の知る限り、暁美ほむらの生存の唯一の目的は、単に鹿目まどかの幸福の道に、愛の光を灯すことである』


単に鹿目まどかの幸福

 私の感覚に、引っかかる物がやってきた。

 

 

 ……動いたわね

 

 

 いや、遂に来たと言うべきか。私の使い魔、『クララドールズ』が、四体も倒された。百江なぎさと巴マミ、美樹さやかと佐倉杏子に配置していた奴だ。倒したのも、間違い無く彼女達だろう。

 残り十……私を入れて十一体。便利な使い魔が倒されたのは残念だけど、私さえ突破されなければ、まどかに手は届かない。

 

「ねえ、ほむらちゃん。此処はどうすれば良いのかな……」

「ん、まどか……ああ、この式は……」

 

 まどかに、数学の問題の解き方を教える。

 此処は私の家だ。ワルプルギスの夜と戦っていた時とは違い、室内は魔法の欠片も感じられない簡素な物になっている。こんな部屋にまどかを招待するなんて、何だか恥ずかしい。

 でも、まどかはこの部屋を清潔で整っていると誉めてくれた。そんな言葉を受けると、何だか背中の辺りがくすぐったい様な気分にさせられる。

 

「おお、できた! ありがとう!」

「礼には及ばないわ。私が教えなくたって、まどかは最初から出来る子よ?」

「そんな事無いよ。ほむらちゃんは凄いなぁ……」

「……まあ、数学系はそれなりに出来るのは認めるわ」

 

 あの繰り返しの中で複雑な計算をしなければならない武器を何度も扱ったからか、特に数理系に関しては昔の自分とは別人といっても差し支え無い程の成績を出せる様になっていた。

 そう、私のは反則みたいな物だ。まどかとは、勉強に使える時間と動機が違う。

 

「でも、ほむらちゃんは国語も凄く得意だよね! 良いなぁ、私もほむらちゃんみたいに勉強できたらなぁ……」

「ふふ、二度言うけど、まどかなら大丈夫。きっと出来るわ」

 

 何せ、こんな私が出来たんだ。まどかだって、その気になれば出来る事だと思う。

 でも、まどかと隣合う勉強会は良い物だ。そういえば、私がまだ眼鏡をかけていた頃、この構図は逆だった。私がまどかに教わるのも、あれはあれで楽しかったけど、今の状況は更に良い。

 少しは、まどかを助けられる自分になれたんだと思える。

 

(これで私が悪魔じゃなくて、まどかが神でなければ、もっと楽しいのでしょうね)

 

 ふとした瞬間、油断している内に自虐的な感情が沸いてくる。

 いや、まどかと一緒に居て、こんな気持ちを表すのは失礼だ。抑え込まないと。

 

「えへへ、ちょっと疲れちゃったなぁ」

「あら、休憩でもする?」

「んー……そうしよっか」

 

 同意すると同時に、まどかは今まで自分が座っていた座布団に寝転がった。よっぽど難しかったのか、大分疲れたみたいだ。

 エアコンを魔法で操作して、より心地の良い室温を保つ。この部屋の環境は、普段一人で過ごしている時とは比べ物にならないくらい良い物だ。

 これなら、まどかも肩の力を抜いて過ごしてくれるだろう。まどかを家に招くのはこれで五回目だけど、毎回の事ながら気合いが入り、身が引き締まる思いだ。

 

「アイスでも食べる?」

「あ、うん。食べたいっ」

 

 冷蔵庫に置いてある渦の巻いたアイスクリームを二つ取り出して、まどかの前に差し出す。片方はメロン味で、もう片方はカボチャ味だ。どちらも、白いクリームの間に違う味のクリームが挟まれている。

 

「まどか、どっちが良い?」

「んー……」

 

 アイスを見た途端、起き上がったまどかが私の手をじっと見つめ、何度も迷う様に視線を移動させる。

 疲れた様子が嘘みたいだ。甘い物が有るとすぐに元気になってくれるのは、何だか子供っぽくて可愛らしい。うん、私では出せない愛らしさだ。

 

「どっちも食べたいのね? ふふ、食いしん坊さんっ」

「ち、ちがうって! あの、ただ、どっちも気になるだけでね?」

 

 慌てて否定しているけど、どっちも興味が有るのは否定しないみたい。余計に微笑ましい気分になって、まどかの前にアイスを両方を突きだす。

 

「じゃあ、どちらもちょっとずつ食べて、気に入った方を全部食べるのはどう?」

「うん、そうする」

 

 まどかの同意を得て、アイスの蓋を開ける。勿論、これも魔力で状態を保っている。溶けて崩れる様な事にはならず、最後まで食感を楽しめるだろう。

 

「じゃあ、いただきまーす……んっ……」

 

 そんな事は知らないまま、まどかは私の両手が持つアイスをちょっとずつ舐めた。まるで自分の手が舐められているみたいで、ゾクっとした錯覚が走る。

 

「うーん……どっちも美味しい」

「どっちも気に入っちゃった? そうね、なら私と半分こしましょう?」

「良いの? じゃあ、ほむらちゃんが先にどうぞ」

「いえ、私は結構食べているから。まどかが先よ」

 

 まどかに食べて貰おうと思って買ったんだから、むしろ先に食べて貰わないと困る。何の為に買ってきたのか分からなくなってしまうから。

 

「でも、私が食べてる間に溶けちゃったら悪いし、ほむらちゃんは……カボチャ味を先に食べて?」

 

 魔法で溶けない様になっているを知らないまま、まどかがあくまで善意に溢れた雰囲気で提案をしてくる。

 これはもう、仕方が無い。まどかがそうしたいなら、そうしよう。

 

「そうね、分かったわ」

「えへへ、一緒に食べたら美味しいもんねー」

 

 まどかが食べ始めるのを確認して、カボチャ味を軽く舐める。勿論、私が食べる分量は少な目にする。六割くらいは残しておくつもりだ。

 アイスの冷たさが、まどかと一緒に居る事で茹だっていた私の頭を冷やしてくれる。目の前でメロン味のアイスを食べるまどかの姿を楽しく眺められる程度には、余裕が戻ってきた。

 私の周辺に戻した十体の使い魔達が集まり、まどかと私を見つめている。アイスが食べたいのだろうか。冷蔵庫に沢山有るから、一人一個食べていけば良い。

 目で指示すると、使い魔達はこぞって冷蔵庫を開けていく。まどかの目には見えないのが幸いだ。

 

「まどか」

「んー……? どうしたの、ほむらちゃん?」

 

 完全に余裕を取り戻した私は、まどかに向かって話しかけた。舌にアイスを着けたまま、まどかがこちらの声に反応する。

 ちょっと面白い姿だと思う自分を抑え、口にするべき事を決めた。

 

「あの、今日、私の家でお泊まり会をしない?」

 

 生まれて初めての提案に、ちょっとした緊張が走る。今まで、繰り返しの中でも私の家でお泊まり会をした経験は無かった。

 大半はまどかの家か、巴マミの家で行ったからだ。殺風景で魅力の無い部屋が恥ずかしかった、というのも理由の一つではある。

 しかし、今はまどかを誘う明確な理由が有った。

 でも、彼女を誘うのは少々の勇気が要る。躊躇ったりしないと決めた筈なのに時々言葉が止まりそうになるのは、私だから仕方が無いんだろう。

 そんな私の中の葛藤と緊張に気づいているのかいないのか、まどかはアイスを美味しそうに舐めて、満面の笑みで大きく頷いた。

 

「もちろん良いよ! ……って、今日?」急な提案だったからか、まどかは少し戸惑っている。

「あら、駄目かしら? ちょっとした思い付きだから、都合が悪いならしょうがないけど……」

 

 その時は、多少自由度は落ちるが、まどかの自宅を防衛線にするだけだ。

 

(美樹さやか、百江なぎさ、巴マミ、佐倉杏子……正面切っての四対一になるかもしれないわね)

 

 そう、戦いが有るとすれば、恐らく今日の夜になるだろう。その時、私はあの四人の猛攻を受ける危険が有る。まどかは出来るだけ安全な場所に居て欲しかった。

 とはいえ、彼女達もまどかの家族の前で戦闘に及んだりはしないだろう。が、万が一という可能性も有る。出来れば、私の家の方が都合が良かった。

 それでも断られるかもしれないという不安は有った。けど、まどかは楽しそうにしてくれて、何度も何度も頷いてくれた。

 

「ううん、平気! あのね、実はね……私も、ほむらちゃんの家でお泊まりしたいなって、そう思ってたの!」

「あら、お世辞なんか言わなくて良いわよ?」

「本当に思ってたんだって!」

 

 円環の理としての何かが訴えかけたのか、私の行動は本当に読まれていたみたいだ。こんなに人間らしくても、性根は概念だと思うと背筋が寒くなる。

 私の中に仕舞ったダークオーブが妖しく輝いた気がする。閉じ込めた筈のまどかの力は、今でも私の内部から出ようとしているんだ。

 

「じゃあ、そういう事にしておきましょうか」

「むー……まあ、いっか。じゃあ、一回家に帰って着替えを持ってこないと……」

「大丈夫よ、私のを使えば良いから」

 

 幸い、まどかと私は体型が近い。同じ服が入るのは、確認済みだ。

 

「でも、明日の着替えが要るよ?」

「それも私のが有るわ。歯ブラシやお箸もちゃんと新品を出しておくし、お布団も予備のが有るから心配要らないわ……あ、まどかは家の枕じゃないと眠れないタイプ?」

「……え、えと、全然平気だけど」

「そう、なら良かったわ」

「う、うん」

 

 無意識の内に圧迫感を出していたのか、まどかがちょっと引いていた。

 

(怖がらせてしまったかしら)

 

 敵対しても良いと決めたけど、そういう表情をされるのは辛い。

 でも、まどかを外へ出す訳には行かなかった。少しでも外へ出したら、さやかかなぎさが接触して、記憶を戻しかねない。

 

(外は危険が一杯だもの、私の目の届く所に居てくれないと、困るのよねぇっ……)

 

 自分はきっと、酷く歪んだ笑みを浮かべているんだろう。無理に作った表情は、維持が難しい。

 まどかを一カ所に閉じ込めて、自分の意のままにする。私は、それを楽しんでいるのか。

 これではまるで拉致監禁犯の思考だ。いや、やっている事は大して変わらない。それを自覚すると、酷く自分が惨めで無様な生き物に思える。

 

「ほむらちゃん?」

「あら、何か食べたい物でもあるの? 丁度良いわ、まどか、一緒に作るのも……」

「ううん、それより先に……ほら、アイスだよ。私は半分食べたから」

 

 言われるままに手を出すと、残ったアイスを渡される。

 ちょっと控えめに食べたのか、アイスは四割五分くらいしか無くなっていない。大体、私と同じ量を残してあった。

 どうもまどかも私と同じ事を考えていたのか、自分の食べる量を減らす道を選んだらしい。

 

「ほむらちゃんも食べよ? さっきから全然食べてないし……」

「ありがとう。でも私は」

「大丈夫、私が食べさせてあげるからっ」

「えっ」

 

 急に言われた事に、理解が追いつかない。

 何だろう、まどかの雰囲気が今までとはちょっと変わった気がする。

 いやいや。まさか、どうしてまた。円環に戻ろうとしてたり、しなかったり? 食べさせるって、どうやって?

 

「えっ」

「ほーら、口を開けてー」

「え? ええ……?」

「はい、あーん」

 

 身体が勝手に動いて、口を開けていた。

 その中へメロン味のアイスが入ってくる。「あーん」なんて何時ぶりだろう。思いだそうとするより早く、アイスを舐める。

 食べかけのアイスは、何だかまどかの香りがする気がする。勿論錯覚……ではない。まどかの腕からボディシャンプーの香りがするんだ。

 

「あ、あう」

「もう、食べながら喋っちゃダメだよー」

 

 経験した事の無い程の恥ずかしさが襲う中、アイスが私の鼻を掠めた。

 ようやく口の中からアイスが取り出されて、声が自由に出せる様になる。

 

「んっ……冷たいわ」

「えへへ、ごめんね。鼻に着いちゃった。とってあげるね」

 

 指先で取ったのを、まどかが舐めた。

 やっぱり、さっきからまどかの手つきが妙に優しい。汚いからやめなさい、とすら言えなかった。悪魔めいた魅力が感じられる。

 

「もう、まどか。勉強に戻ったら覚悟していなさい?」

「きゃー、私、ほむらちゃんに沢山教えられちゃうー!」

 

 おどけたまどかが、自分の身を抱き締めて笑い出す。この一ヶ月、何度も見た明るい表情の筈なのに、その奥に違う物を感じられる。

 もう戻り始めているのかもしれない。私の中でまどかの記憶を封じ込める力を強め、対応を試みる。

 

 

 

 懸念事項はそれだけではない。

 

 

 さっき感じた、あのおぞましい気配。それに呼応する形で溢れ出してくる、救済にも似た、しかし決定的に違う気配。その二つが、同時に現れたのだ。

 片方は、一応知っている。だけど、もう片方は一体何なのか。全く検討が付かない。

 あれは、悪魔の私ですら絶句する程の圧倒的な邪悪さだった。いや、もはや邪悪ですらない。純粋な、悪とも善とも呼べない『愛』だ。私ですら手が届くとは思えない程に巨大で、無限の『愛』だ。

 それがまどかに危害を加える存在という可能性も有る。決して、油断は出来なかった。

 でも、この気配……大本に、まどかを感じるのは何故だろう……

 

「さ、ほむらちゃん。今度は、そのメロン味を……」

「え、ええ、どうぞ」

 

 請われるままに、アイスを手渡そうとする。

 けれどまどかは首を傾げて、私の顔をじっと見つめていた。

 

「……ほむらちゃん?」

「……どうかしたの?」

「あの、あーん、しないの? しようよ」

 

 ちょっと強引な雰囲気で進められて、嫌とは言えなくなる。別に、まどかに『あーん』をするのが嫌な訳じゃない。むしろ、許されるなら率先してやらせて欲しい。

 けど、まどかから求められると、押し切られる様な感覚が有った。

 

「……わ、分かったわ。じゃあ、あーん……」

「んー……」

 

 やはり押し切られる形となって、まどかの小さく開いた口にアイスを入れる。苦しくない様に、食べやすい絶妙な位置を維持しなければならない。

 ちょっと大変だけど、まどかが嬉しそうに食べてくれる所を見ていると、そんな苦労は吹き飛んだ。

 

「えへ、こっちも美味しいね。ほむらちゃんに食べさせて貰ったからかな? さっきのより美味しいかも……」

「そ、そう。良かったわ」

 

 そう、良かった。喜んでくれたなら、何よりだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……でも、口移しの方がもっと美味しいよね」

 

 だから、まどかが小さく漏らした言葉は聞かなかった事にした。

 

+

 

 

「随分と押されているのね、私」

 

 『あーん』を要求されている『暁美ほむら』の姿を、私は楽しい気分で見つめていた。

 自分の事とはいえ、本質的には他人である相手だ。まどかに弄ばれている様な状況は微笑ましい。

 まあ、私には困っている人間を見て悦ぶ趣味は無い。なので妙な高揚は感じないが、それでも楽しそうなまどかを見ていると嬉しい気分にさせられた。

 あれでこそ、まどかだ。あの明るい姿が可愛らしくて、守りたいという意志を強めさせる効果が有る。ある意味で、暁美ほむら専用の魔性の女と言えるのかもしれない。

 

「魔性のまどか……意外に合うかもしれないわね」

 

 くだらない発想だと思ったけど、悪くない。

 魔法少女の物に近い可愛らしい格好をして、ほむらに手を伸ばす所を想像してみる。

 ああ、似合う。とてつもなく似合う。

 まあ、どっちにしても私の意志は変わらないのだから、考えたって仕方が無いとも感じられたが、それはそれだ。

 

「……しかし、あんな子だったかしら」

 

 一月程前に会った時は、もっと控えめな感じのする子だった気がする。いや、ほむらという親友を得た事で精神性が変化したのは当然だけど、それにしたって今日のまどかは特別積極的で、暁美ほむらを困らせている。

 もう『戻っている』という可能性も疑ったが、有り得ないと判断する。それなら、あの悪魔が気づく筈だし、私も即座に分かるだろう。

 何らかの影響か、それとも単に遠慮していないだけか。いや、アイスクリームの口移しに及ぼうとしているのは、普通だと思えない。

 はて、まどかはそういう嗜好の持ち主だっただろうか。ほむらが困っている所を笑う様な子ではないから、もしかすると、『そっち』に目覚めてしまったのかもしれない。それならそれで、私も対応を変えなければ。

 

「あら……逃げられなかったのね、悪魔の私……暁美ほむら」

 

 気づけば二人はアイスを片手で持って、交互に食べさせ合っていた。何というか、傍目にはカップル同然の光景だ。目の毒でもあり、まどかと暁美ほむらの幸せそうな関係が喜ばしくもある。

 どうやら、暁美ほむらは口移しだけは死守したらしい。まどかが残念そうにしていたが、流石に唇を許したりはしなかった様だ。

 まあ、恋人でもない相手に許す筈も無い。その辺りは、幾ら悪魔を名乗ろうが純真無垢な部分が抜けていなくて……いや、あれは単に『唇はちゃんと恋人になってからしようね』という顔にも見える。

 この世界の暁美ほむらは、まどかにどういった気持ちを抱いているのか。『愛』だけは確実だけど、方向性の問題だ。我らが本体の様に恋心が爆発しているのか、それとも友情なのか。あるいは、どちらでもない『愛』なのか。どちらもを越える『愛』なのか。

 何でも良いが、この世界のまどかが暁美ほむらに対して『そっち』の愛情を抱いた場合は、何としてでも成就させねばならない。失恋するまどか、それは最低の可能性だ。

 

(……でも、まどかの変化は本当に突然ね。円環の理から毒電波でも受信しているのかしら。そんなにも有害な物では無かったと思うのだけど)

 

 まあ、何にしてもまどかの気持ち次第だ。余計なお節介にはならない様にしなければ。

 

 だって、私は単なるマリオネット。糸を切られたら落ちて朽ちるだけ。でも、その糸を切る事でまどかが幸せになれるなら、私は躊躇無く自分の糸を切れる。

 

 自分を戒め、赤い屋根の上に登る。この目で観察する為に、空き家を勝手に使わせて貰った。その気になれば時空間……世界を観測出来る私でも、やはり視覚から得られる情報は貴重だ。特に、まどかの事であれば。

 

「さて」

 

 屋根の上に立ち、誰にも気づかれない様に能力を使う。瞳はまどかから一ミリも外さず、別な場所を観測してみるのだ。

 マミの家を覗き込んだが、誰も居ない。さやかの家にも魔法少女の気配は無く、なぎさの家でも無い様だ。

 もう少し視点を広げてみる。見滝原の全てを監視してみたが、彼女達の姿は見当たらない。ならばと風見野にも手を伸ばしてみるが、やはり居ない。

 所詮は中学生でしかない彼女達が、作戦会議とはいえ揃って見滝原の外へ出歩けるとは思えない。絶対に何処かに居る筈だけど、どこを見ても気配すら掴めない。

 

(本当に、この世界に居るのかしら)

 

 ちょっとしたひらめきを覚えて、見滝原の中から感じる全ての魔力を探る。殆どは自然に発生する呪いで、ごく僅かに魔獣が居る。インキュベーターは、影すら見当たらない。

 そんな中、異彩を放つ気配が一つ有った。

 それは、この世界では私と暁美ほむら、さやかとなぎさしか作り出せる者が居ない。有り得る筈が無い物だ。

 この魔力のパターンや雰囲気を見れば分かる、魔女の結界だ。

 

 結界が発生している場所を見つけて中を探ってみると、バイオリンの音色が一気に聞こえてきた。

 記憶の中に有る、人魚の魔女が作り上げた結界と同じだ。演奏がとてつもなく響き、回廊と思わしき場所にはコンサートの張り紙が至る所に見えている。ただ、純粋な『魔女』の結界に比べると、邪悪さや呪いが感じられない。穏やかに見える程だ。

 そして、四人の魔法少女の気配が、この結界の中に間違い無く存在した。

 

「考えたわね」

 

 誰の案かは知らないが、私達の監視を避ける為に考えたみたいだ。確かに、外部からの進入も感知出来るし、うってつけだろう。

 回廊へ視点を進ませる。音色は大きくなっていき、壁には美樹さやかという存在が歩んできた記録が映し出されている。その中には、私のおぞましい姿も有った。トラウマを植え付けてしまったのかもしれない。

 一通り進んだ先に、扉が開る。これを開けずに中へ入り込むと、そこには探していた四人が居た。

 

(居たわね、さやか)

 

 美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ、百江なぎさ。彼女達は、コンサートホールの形をした結界の中央に座っている。さやかの使い魔が見事な演奏をしているが、聞き惚れる者は居ない。結界の主である魔女は、さやかの中に居るのだろう。

 誰も声を出していないので、テレパシーで話し込んでいるのが分かる。こんな場所でする会話だ、彼女達は悪魔を出し抜く作戦を考えているのだろう。悪魔の監視は逃れている様だけど、私の視線はもう誤魔化せない。

 

(佐倉杏子は平気そうね。さやかの事、受け止めたのかしら……それよりも、こっちの二人が何か変)

 

 杏子を心配する必要は無さそうだ。

 その代わり気になったのが、なぎさとマミだった。

 この二人は手を繋いだままで、決して離していない。互いを見る瞳には強すぎる感情が窺える。それは希望より熱く、絶望より深く、吐き出す程に甘い。

 別れの決意から来る物ではないだろう。どちらかと言えば、悪魔となった暁美ほむらの様に見える。

 さやかや杏子も異様な雰囲気を感じるみたいだけど、共に困難を乗り越える仲間を疑いたくは無い様だ。何か言いたげな顔をしては、引っ込めている。

 

 

 だけど、そんな空気の中であっても、さやかの手は強く握り締められ、瞳の中の炎が凄まじい勢いで盛り上がっていた。

 

 

 そこで、私は魔女の結界から視線を外した。どうやら、さやかの決意は全く揺らがなかったらしい。それでこそ私の友達だ。

 屋根の上に寝転がり、まだアイスの食べさせ合いをしているまどかとほむらの姿に意識を集中させる。

 

 

 あの四人は、まどかの記憶を戻しに行くのだろう。

 悪魔に抗戦の意志を察知されたくは無いだろうから、長期戦に持ち込む筈が無い。来るとすれば、今日の夜にはすぐに動く筈だ。

 

 なら、彼女達が来るまで楽しく見張っていよう。あの自分を悪魔と称した暁美ほむらが、まどかに翻弄される可愛らしい姿を。

 

 ……自分ではない人間がまどかに振り回される姿は、どうしてこんなにも楽しいのか。それとも、私が悪趣味なだけなのか。

 

 

 答えは出なかったが、まどかは幸せそうだった。

 それが真理で、それが全てだ。




『私達の知る限り、暁美ほむらの生存の唯一の目的は、単に鹿目まどかの幸福の道に、愛の光を灯すことである』
『我々の知る限り、人間の生存の唯一の目的は、単に存在することの暗黒に、意味の光を灯すことである』
ユング『記憶、夢、反射』より
(ウォッチメンからの孫引き)

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