使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
赤い屋根の上で過ごして、もう数時間が経過しただろうか。
遠目で見ていても飽きないくらい、面白い時間だった。アイスを食べ終えた後の勉強会は随分と明るく、まどかが暁美ほむらに抱きついた回数は十を越えていた。
そんな楽しい勉強会を終えて、両親への連絡を済ませたまどか。そんな彼女と暁美ほむらは二人で晩ご飯を作って、二人っきりで食べた。お互いに相手が作った部分を誉め称える所が面白い。
だが、一番面白かったのは入浴時だろう。まどかの為に完璧な水温、温度と湿度の調整を行って万全の準備していた暁美ほむらだったけど、まさかそのお湯へ一緒に入る事になるとは思っていなかっただろう。
お風呂の準備を終えたほむらの手を取り、腕を組んで、上目遣いのまどかが一緒に入りたがった。そんな頼みを『暁美ほむら』が断れる筈が無く、彼女は緊張で顔を真っ赤にしながらまどかとの入浴を決断した。
流石に、私もお風呂場を覗こうとは思わない。ただ、聞こえてきた声から大体の状況は読み取れた。
聴覚に入り込むのは、まどかの楽しそうな声が主で、時折ほむらの控えめな声が響いていた。
「ま、まどか。そんなに見つめられたら、恥ずかしいの……」
「恥ずかしがらなくても良いよっ。女の子同士でしょ?」
「で、でも……」
「照れちゃって、ほむらちゃんは可愛いなぁ」
「あ、あうぅ……」
終始、この様な調子だ。何度も思ったが、あれで本当に悪魔のつもりなんだろうか。
自画自賛みたいで気持ちが悪いけれど、あれは悪魔というより子猫だ。それも、まどかという飼い主に可愛がられる子猫だ。
その認識を後押しするかの様に、散々可愛がられた暁美ほむらは、すっかり大人しくなって、まどかの側で丸くなっていた。
今、二人は一緒のベッドの中に居る。
まどかは早寝な子だから、もう眠っているみたいだ。その隣で、暁美ほむらが添い寝をしている……させられている、と表現すべきかもしれない。まどかに頼まれて、断り切れなかったんだろう。
二人ともパジャマを着込んでいるが、薄手のそれらは下着にも見える。私なら、そんな物を渡された時点で驚く所だが、まどかは喜んで着こなしていた。
自分の服、いや、まどかの為に買った服を気に入って貰えて嬉しいんだろう。暁美ほむらの表情は、普段の重さが感じられない程に軽やかで、穏やかだ。まどかの背中を撫でる手つきは何より優しくて、溢れんばかりの愛情は欠片も損なわれていなかった。それでこそ、暁美ほむらだ。
「よっ、ほむら」
まどかの寝顔を見ていた私に、快活そうな声の持ち主が話しかけてきた。
顔を確認するまでもなく、誰なのかは分かる。
「……さやか。それに、杏子も」
「おう、この間はドリンクバーを奢って貰ったんだっけな」
「後で気づいたんだけどさ、ほむらってブラック駄目だよね。今にして思うと、明らかに無理して飲んでたし」
明るい世間話を口にしながら、さやかと杏子が私の背後に立っていた。
こちらとしては、彼女達を無駄に傷つける様な真似はしない。幸い、向こうも戦意や害意を持って近づいてきた訳ではないみたいだ。
隣合って、寄り添う様な距離を保つ二人組からは、互いへの信頼の強さが感じ取れた。
というか、私がブラックコーヒーを苦手としている事、見破られていたのか。隠していたつもりだったんだけど、迂闊だった。
「ブラックは苦手だけど、それより、貴女達は分かりあえたのね」
「まあね。杏子には全部、話したよ。この通り、分かってくれた」
嬉しそうに話すさやかは、それでも背筋をしっかりと伸ばして剣を持ち、何時でも戦闘を開始できる様に準備を整えている。
杏子も同じらしい。既に油断無く私の挙動を観察し、何らかの異変が有れば即座に仕掛けてくるだろう。
「何をする気なのかは分かっているわ。まどかの記憶を戻しに行くんでしょう」
「ああ、知ってたんだな」
「ま、それしか無いよね。分かって当たり前かな」
特に驚く事でもないので、誰も声音を変えなかった。
此処からまどかの家は相当に離れているが、魔法少女の脚力ならすぐだ。
「作戦は練ったのかしら」
「うん、まあね。ちょっと杏子には無理して貰うけどさ」
あっけらかんと答えられて、少しだけ眉を顰める。
私への警戒心が感じられない。いや、警戒はされているのだが、それは敵を扱う物では決して無く、むしろ『敵でもあり味方でもある相手』への牽制が目的に思えた。
そんな私の疑問に気づいているのか、さやかは困った風に首を振って、剣を私の喉元に突きつけた。
「まあ、ごめん。ここから先には、行かせられない、って事だよ」
その宣言を聞くと同時に、剣を真ん中から叩き落とす。落ちた刃は私を貫く事も無く、赤い影となって消えた。
まあ、何となくそうではないかと思っていた。再確認を済ませて、改めてさやかに向う。
「別に、貴女達と事を構える気は無いのだけれど」
「まあね。それは分かってるけど、まどかが絡むとほむらは途端に怖くなるから。保険だよ、私達が戦う相手は、あの暁美ほむらだけで十分だし」
つまり、二人の暁美ほむらと同時に戦うのは不可能だと判断したんだろう。良い考えだと思う。だからこそ……
「ああ、だから二人とも偽物なのね」
だからこそ、目の前に居る二人は魔法によって作り上げられた、幻覚的な産物なんだろう。
告げられた内容はさやかにとって意外な物だったのか、小さく目を見開いた後、少しだけ困った様に肩を竦める。
「……分かっちゃう?」
「ええ、分かっちゃう」
言い当てられたからか、さやか……その幻影が困った様に額を叩いて、乾いた笑い声を放った。
「あっちゃー、参ったなぁもう。予定だともうちょっと誤魔化せる筈だったのに。ま、バレたって構わないんだけどもねー」
「あたしは、ちょっと不満なんだけどな。自分の魔法が簡単に見破られるってのは、割と傷つくぞ」
「この空間上に貴女達が存在しないんだもの、誰だって不審に思うわ。まあ、空間が見える人なら」
「あんた以外で誰が出来るんだよ」
憮然とした表情の杏子……の幻影が、悔しそうに屋根の上を槍で叩く。小さな音を立てて、ペンキの塗られた木材に穴が開く。多少のストレス発散にはなるみたいだ。
それから懐に手を入れたかと思うと、板チョコを取り出して、半分程を噛み切る様に食べた。残った半分はさやかに投げ渡し、上手く掴んださやかは何も言わずに残りを食べ始める。
チョコレートを噛む音が小気味良く響いた。
「ん、美味しい」
「半分の半分になるけど、ほむらもどう?」
「貰えるなら、貰っておくわ」
さやかが持っている分を空間を飛んで掴み、自分の手の中へ出現させる。これは幻影では無かったみたいで、物質として存在していた。
持っていたチョコレートが消え去った事に、さやかが驚いている。
「うおっ、ほむら、こんな事も出来るんだ」
「そうね」
返事をしながら食べる。
苦い……ブラックチョコレートだった。
「ブラックじゃない、これ……酷く苦いわ」
「あはは、ごめんごめん。ちょっとした悪戯っていうかね」
悪びれない様子のさやか。視覚的には、どう考えても本物だ。外見も言動も、全く偽物とは思えない真実味が有る。人間的な視点とは別の感覚が無ければ、まず見抜けないだろう。
当たり前の様に食事をして、会話を楽しみ、戦いもこなす。これが杏子の幻覚魔法。見事な出来だ。純粋な賞賛を心に乗せて、もう一口苦いチョコレートを食べる。
この戦闘態勢の中で揃って板チョコを食べるのは何だか奇妙だが、これくらいの空気の方が居心地は良い。
「そんなに顔を歪めなくても良いと思うんだけどなぁ。そこまでブラック駄目なの?」
「苦いのは駄目なのよ」
半分の、更に半分だから、チョコはかなり小さい。けれど、その苦味はかなり辛い物だ。食べ終えるのに、何度も咀嚼しなければならなかった。
食べ物の扱いにうるさい杏子が居なかったら、異空間にでも投げ捨てていた所である。
「さて」
顔には出ない様に苦しみながら食べて。肩の力を抜く。向こうでは、既に暁美ほむらと巴マミが衝突寸前の状態になっている様だ。
まあ、私が行くタイミングは今じゃない。幸い、まどかを戦闘に巻き込む馬鹿も居ないし、安心して彼女達の幻影と遊ぶ事が出来る。
「そろそろ、しましょうか」
「うん、しよう」
「ちょっとばかり、足止めと行かせて貰うぞ」
さやかと杏子の幻影が一気に戦意を高めて、最初の一撃を放つ為に身体を前に突き出していく。
感動的なくらいに挙動の全てを監視されている。恐らく、私が付け入る隙を見せた時が、戦闘開始の合図となる。
本当なら相手を揺さぶっておくべきだ。だが、あえて自分から隙を見せる。
「ええ、かかってきなさい。友達の幻影さん」
その言葉を合図に、青と赤の二つの閃光が私に突っ込んできた。
+
私の隣で眠るまどかの表情は、とっても可愛らしくて、ずっとずっと見ていたくなるくらい綺麗だった。
「まどか」
「んんっ……」
眉の辺りを撫でると、まどかが僅かに反応を見せた。が、起きる気配は全く見られない。当然だ、そうなる様に魔法を使っているのだから。
もう、時間は二十三時の後半に入っている。普段のまどかはとっくに眠っている時間だが、念には念を入れて眠らせておいた。
まどかに魔法を掛けるのは心苦しいけど、今から行われる戦いを彼女に見られたくは無い。このベッドの上で大人しくして貰う為にも、寝ていて貰おう。
それにしても、穏やかで可愛い寝顔だ。
(私の勝手な気持ちでも、この寝顔を失いたくない)
そう思うのは、きっと罪なんだろう。でも、もう私はまどか無しでは生きていけない。
まどかを失って尚も戦えたのは、それがまどかの想いだと考えたからだ。でも、その気持ちを放り捨てた今となっては、昔の様に戦えない。
悪魔となった事で時間操作の魔法を失う代わりに、他のあらゆる部分が強化されたから、戦闘面は強くなった筈。けど、きっと自分は弱くなった。
この様でまどかを守りきれるのか、不安だ。
「うぇへ……ほむらちゃぁーん」
名前を呼んでくれた。
そんな喜びを覚えるより先に、まどかの両手が私の首に伸びる。
「あっ……」
両手で私の首を掴み、ほんの少しだけ手の力を強めてくる。息が少しずつ苦しくなり、そのまま絞め殺されるんじゃないかと思った。
でも、それならそれで構わない。
まどか自身がその手で私を罰してくれるなんて、贅沢な願いだ。どうせ肉体が多少壊れた程度では死なないのだから、苦しめられても壊されても良かった。
まどかには、私を壊すだけの理由が有るんだから。
……まあ、実際の所。まどかの手は私の首筋を撫で回すだけだったのだが。
「えぇへへー……かわいー」
「う、まどかぁ」
くすぐったいが、苦しくはない。まどかの手は暖かくて、はっきりとした存在感を持っている。実体で、しっかりと人間だ。
でも、正直に言えば恥ずかしい事この上ない。過剰気味なスキンシップは嬉しいけど、何だかまどかに襲われている気分だ。
「ほむらちゃーふにふにー」頬を手で軽く押された。
「ま、まどか。起きてるの……?」
いや、そんな筈が無い。ちゃんと魔法で眠らせたんだ。
ちゃんとまどかは寝息を立てているし、起きている風ではなかった。
でも、まどかは子供みたいな声で私に抱きついたり、頬を抓ったり、好き放題に動いている。そんなに寝相の悪い子じゃなかったと思うんだけど、微笑ましい気持ちにはなる。
「ぎゅー」
「ええ、ぎゅー、よね」
抱き枕の様な感覚で抱き締められたので、お返しに抱き返してみる。まどかの寝顔が、より機嫌の良さそうな物に変わる。
押しつけられたまどかの髪からは、私と同じ香りがした。当たり前だ、一緒にお風呂に入ったんだから。
けど、そんな部分が私達の繋がりを表現している様で、嬉しさと同時に悲しみが沸き上がってきた。今まで誤魔化していた感情が、表に浮かんだ。
「……あのね、まどか」
まどかの頭を撫でながら、抱き寄せた身体の存在を確かめる。此処に居るまどかの存在が消えてしまわない様に、しっかりと。
「私は……あなたの幸せだけが望みなの。こんな弱くてどうしようもない私の、たった一人の最高の友達。まどかが幸せで居てくれるなら、それで良いって、どんなに嫌われても、恨まれても構わないって思ってたの……そう思っていられると、思っていたの」
自然と涙が浮かんできて、気いた時には、口調も昔へと戻っていた。
でも、そうだ。私は、今でも思いを変えていない。少なくとも、『悪魔としての暁美ほむら』の意志は強固で、決して折れない。
が、『暁美ほむらという人間の精神』は違う。違うんだ。
「でも、もう駄目……まどかと一緒に居たい。ずっと一緒に居たいよ……ずっと私の……友達で、居て欲しいの。あなたの敵になんて、なりたくない……」
何をしてでもまどかが幸せになれる世界を手に入れる。その『思い』が揺れなかった様に、この胸の『想い』も変わらなかった。
眼鏡を掛けていた頃の自分と、何も変わっていない。噴出する自嘲と悲しみ、喜びの中で、私はまどかの頬に近づいた。
「まどか……」
頬に、軽く、ほんの少しだけ唇を当てる。
時間にして数秒程度だが、確かに私の唇がまどかの頬に触れていた。ほのかに紅く可愛らしい頬がたまらなく柔らかくて、余計に涙が出る。
強い余韻の中、私は自分の顔が朱に染まっている事を自覚する。頬にキス。まどかに何度もされそうになったけど、こちらからするのは初めてだ。
胸が熱く騒ぎ、心が沸騰しそうになる。頬でこれなら、唇だと私は死んでしまうかもしれない。
いや、私はとっくに死んでいるんだ。
暁美ほむらという人間が魔法少女になった瞬間に、あるいは『約束』をした瞬間に。もしかすると、円環の理が生まれた時にも……そして、悪魔となった瞬間にも、私は死んでいたんだ。
気づいていても、その事実から目を逸らしていた。けれど、今の自分は、素直になれる。だから、本当の事を考えられる。
そう、今まで強がって認められなかった、自分の弱さを直視出来るのだ。
……やっぱり、あの四人とは戦いたくない。何度も何度も敵対した人達だけれど、それでも一緒に居た時間は決して短くなかったんだから。
まどかよりは遙かに優先順位の劣る人達だけど、それでも、彼女達に敵意を向けられるのは、酷く苦痛だったから。
でも、やるしかない。やるしかないんだ。まどかを譲る気なんか、欠片も無いんだから。
「……まどか、貴女から戦う勇気を貰ったわ」
まどかの手を気を遣いながら退けて、ベッドから出て立ち上がる。涙を拭いて、雰囲気を整えた。
即座に変身し、悪魔としての衣装に身を包む。背中から生えた翼は壁の際まで伸びていて、触れた部分が黒に染まった。
「後は、私が自分勝手に頑張らせて貰う」
十体の使い魔を解放する。内、半分はまどかの護衛。残りは私と一緒に決戦に臨む。他の有象無象の使い魔達も、大量にまどかの側へ配置しておいた。
何かが来る気配がどんどんと強まっていく。この存在感は覚えが有る。何せ……私が最初に殺した仲間なんだから。
「来なさい、美樹さやか」
右手で髪をかき上げると同時に、周囲を魔女の結界が包んだ。
ご丁寧な事にまどかを中に入れず、私だけを閉じ込める形だ。まどかの側には、護衛として私の使い魔を置いてきたから、何かあればすぐに察知出来る。
見覚えの有る回廊が現れたかと思えば一気に狭まっていき、空間が小さくなっていく。
すぐにコンサートホールへの扉が現れ、奥から演奏が聞こえてきた。扉が自動で開く気配は無い。私の手で開けなければならないのだろう。
取っ手に触れて、覚悟を決める。息を整え意志を定めて、ゆっくりと開いた。
「こんばんは、四人とも」
バイオリンの音の中で、少し離れた場所に居た彼女達へ挨拶をする。余り大きな声では無かったが、不思議と響いた。
彼女達の中で一番前に出ているのは、黄色を基調とした見覚えのある姿だ。
この世界では極力関わらない様にしていたけど、彼女が私を見る瞳は、確実に知人へ向けられる物を宿していた。
「こんばんは……『久しぶり』、と言っておくべきかしら、暁美さん」
「ええ、久しぶりね。巴マミ」
やはり、巴マミは思い出している。
彼女の隣に立って手を繋いでいるのは百江なぎさで、その背後には美樹さやかと佐倉杏子が立っていた。全員が完全武装だが、それほど強い敵意は感じられない。
代表者とばかりに巴マミはもう一歩私に近づき、何故か深く頭を下げてきた。
「先に言っておくわね、暁美さん。貴女には感謝と謝罪をしなきゃいけないから」
「……?」
何を言いたいのだろう。私は彼女に感謝される覚えが無い。
戸惑う私を気にもせず、巴マミは勝手に話を続けた。
「一つ目に、貴女は私となぎさが共に生きられる世界を作ってくれた。これだけで、私は貴女に命ですら返せないくらい恩を受けた」
指を一本だけ立てると、その指先で百江なぎさの頬をつつく。
百江なぎさはくすぐったそうな反応を見せたが、強い抵抗を示したりはしない。むしろ、繋がれた手に柔らかな力が入っているのが見える。
強い絆を感じさせる光景を見せつけると、巴マミは彼女らしくないくらい得意げに笑いかけてきた。
「二つ目の恩はもっと大きい。だって、貴女のお陰で私はこの域に至れたんだもの」
二つ目の指を立てると、その二本で自分の髪飾りとなっていたソウルジェムを取り出し、通常時の球体へ戻す。
普段通りなら、黄色のソウルジェムが姿を見せる所だ。けれど、その色を見た者の内、百江なぎさを含めた全員が……勿論私自身も、顔色を変えた。
「……それはっ」
「凄い色よね、我ながら」
本来は黄金の様に美しいソウルジェムが、呪いよりもおぞましい色をしている。
私がダークオーブを生み出した時と同じく、余人には理解の及ばない感情を籠めた色だ。しかし、巴マミがソウルジェムをそんな色に染めるのは、余りにも予想外過ぎる。
「おい、お前、それ!」
「マミさん、そのソウルジェム……!」
「ええ。やってみれば出来る物ね、暁美さん」
百江なぎさ以外はその変質した色を始めて見たのだろう。美樹さやかと佐倉杏子が信じ難い物を見る様な目となっていた。
当人である巴マミは私に向かってニッコリと微笑みかけているが、その顔はどうも重苦しい。
「『どんな罪だって背負える、どんな姿に成り果てたとしても、きっと平気だわ。貴女が、側に居てくれさえすれば』よ。暁美さんのこの言葉が、私に教えてくれた」
唄う様に語りかけながら、巴マミが百江なぎさの肩を抱く。
「強固な意志と譲らない愛さえあれば、魔法少女は世界を覆せるという事を」
成る程、彼女がそこまで恐るべき感情の極みへ至ったのは、この子への思いからか。納得出来てしまった。
私の知っている巴マミの精神は、もっと弱かった筈だ。けど、今の彼女からは一切の弱味を感じられない。むしろ、あらゆる面で強化された雰囲気は、私と対等に戦える程だ。
「だから、感謝しているの。貴女は私にお手本を見せてくれたんですもの」
指先のソウルジェムを百江なぎさの前に持っていき、そのまま自分の髪飾りに戻す。
気づけば、私の周囲を数百ものマスケット銃と砲台が包囲していた。これだけの数で一気に攻撃を仕掛けられれば、ワルプルギスの夜でも粉々になりそうだ。
「だけど、私の目的はなぎさとの永遠。どうせここで終わる貴女に用は無いわ。なぎさの重い使命を、早い所終わらせてあげたいだけなのよ」
自分自身もマスケット銃を持ち、何時でも発砲出来る体勢で私に銃口を向けてくる。
巴マミの瞳は、こんなにも濁っていただろうか。
いや、これは見覚えがある。毎日、私が鏡で見る目と同じだ。誰かを想う余り、決して行ってはいけない所まで到達してしまった物の顔なんだ。
今までにないくらい強烈な重圧を感じる。長い繰り返しの中で、彼女が此処まで暴悪とも言える殺気を見せたのは、これが最初だった。
「巴マミ、あなた……」
「気持ちはよく分かる。よく分かるし、否定はしない。悪いとは思っているけど、私は私で譲れない物を見つけたの。貴女には、負けないわ」
明確な敵意と殺意が強くなっていき、空間が歪む。仮想敵だった美樹さやかと百江なぎさ……円環の理の一部達は、もう驚異だとすら思えなくなった。
「謝罪はそれよ……そして、貴女にはさっさと倒れて貰うわ」
合図も無く、予備動作も起こさない。
しかし、巴マミは一瞬にして私の使い魔、『ロッテ』と『ルイーゼロッテ』を百数十体も吹き飛ばした。
気づいた時には床が吹き飛び、私に向かって数百の銃弾と砲弾が押し寄せてきた。私の命への配慮なんか欠片も無い、最初から殺す気だ。
今の私は悪魔だから、肉体が滅ぶのは問題にならない。が、あのおぞましい色をしたソウルジェムが有る以上、何一つ油断は出来ない。
砲弾によって私のすぐ近くが爆発し、破片が服に掠る。
(お前達は巴マミ以外と戦いなさい!)
それを戦闘開始の合図として、私は一気に魔力を解放し、使い魔達に指示を出した。
絶対に巴マミとの戦いは避けさせる。如何に私の使い魔が優秀な能力を持っていても、彼女が相手では紙屑以下だ。
「マミばっかり見てるんじゃねえよ! 行くぜ、ほむら!」
「私達は今度こそ、あんたをちゃんと迎えに来たんだ!」
自分達が無視されていると思ったのか、二人が動き出す。
使い魔を出現させると同時に、佐倉杏子が凄まじい勢いで飛び出し、美樹さやかは自分の腕を切って、血液によって人魚の魔女を呼び出した。
「ほむら、まどかを返して貰うよ」
人魚の魔女の剣が私の居た場所を切断する。
軽く避けたが、その先に山の様な数のシャボン玉らしき物体が押し寄せてきた。
全身から魔力を放出し、防御を成功させる。それと同時に有り余った魔力を巴マミに向けて放ったが、彼女の側に有ったマスケット銃が盾になった。
更に銃弾が当たった場所から同じ数だけのリボンが飛び出し、私を拘束しようと巻き付こうとする。
「その手は喰わないわ!」
近づいたリボンを魔力で焼き、残りを用意しておいた拳銃で破る。
散々受けた技だ。もう二度と受けるつもりはない。だが……
(私、鈍ってるわね)
たった今、発砲した瞬間に確信した。
まどかを人間に戻してから戦う機会が無かったので、この悪魔としての自分が持つ性能に慣れていない。
昔の自分は固有魔法に頼った戦術を取っていたから、こういう力任せの戦い方は殆ど経験が無いんだ。この恐ろしき巴マミを力で押し潰すのは、今の自分では難しい。
(やっぱり、悪魔になってから戦闘なんてしてないからかしら!)
一ヶ月以上実戦から遠ざかっていたので、大変だ。
そういえば、最後に戦闘を行った相手は、巴マミだった気がする。なら、これは前回の続きなのか。それにしては巴マミの強さが十倍以上になっている気がする。
あの時の巴マミが『絶好調』なら、今のは最早『化け物』の次元だ。恐らく、本人ですら自分の限界が何処に有るのかは分かるまい。
人魚の魔女が車輪を飛ばし、その車輪の隙間を銃弾が通り抜けて、私の目の前で爆発した。
銃弾に爆薬でも詰めていたのだろうか。とっさに防御した瞬間、車輪に乗った巴マミがリボンを片手に襲いかかってくる。
腕に傷が入り、自分の心に刺さっていた僅かな棘が吹き飛んだ。
美樹さやか達だけならともかく、罪悪感や忌避感を欠片でも抱いた状態で、この怪物的な巴マミに勝てるとは思えなかった。
『永遠に愛されるその希望』⇔『いつかえいえんのそのきぼう』
バトル込みで最後まで続けると2万字を超えてしまったので、分割しました