使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
幻覚魔法の産物とはいえ、殆ど実体化した杏子は意外に手強い。その強さは間違いなく本物と遜色が無く、通常の手段では見分けがつかない。
自由自在の槍が私の脇腹の辺りを掠めかけたが、少し身体を横に逸らして避ける。背後からさやかの幻影が突きを放ったが、そちらは刃を掴んでへし折った。
「うあっ、マジ!?」
「さよなら」
ちょっとした心苦しさを覚えながらも、反撃としてさやかの首筋に手刀を叩き込む。さやかはあっさり気絶したかと思うと、赤い影になって消えた。
我が事ながら、友達を手にかけるのは気乗りしない物だ。
「気にしなくて良いさ。あたし等はどうせ偽物だ」
何人もの杏子が、そう言いながら切りかかってきた。
それら全てを最小限の動作で回避して、おまけで時間停止による回避も行う。
杏子の幻影は自分を消耗品の偽物だと言うが、それなら私だって偽物だ。同じ偽物として多少の共感は覚えるのは当然だ。
(いっそ、逃げてしまおうかしら)
撤退は簡単だ。空間を飛ぶ事も、時間を止めて移動する事も出来た。
けど、私は此処で戦っている。理由は、友達に対する意地と……ちょっとした義理も有る。それに、友達の能力をこの身で体験したいという馬鹿げた気持ちも有った。
(何より、あんまり派手に戦うと計画が、ね)
私の腕と足を狙った槍と剣を同時に潰しながら、足払いには踊る様な足捌きで対応する。赤と青は間違い無く私を捉えているが、まだ一撃も入れられていない。
あまり強い戦意の無い自分だが、だからって彼女達を相手に大人しく負傷する気など無い。ちょっとした見栄も有って、今の所は無傷で突破できている。
杏子とさやかにしても足止め程度の気持ちしか無い様で、捨て身の特攻や命懸けの一撃などは無い。堅実に、確実に私の動きを封じてくる。
激戦となっている『向こう』と比べて、私はまどかを見る余裕が有った。
幸い、今の所のまどかに変化は無い様だ。ベッドの上で幸せそうに眠り、時折シーツや枕を愛撫している。寝言は、総じて「ほむらちゃん」だ。一体、何の夢を見ているのか。
何にしても、幸福そのものと言った体のまどかを見るのは、私の中に在る使命感と、何より強い目的意識を満足させてくれた。
安心してまどかの寝顔を観察しながらも、杏子の幻影を一人倒す。その間にも、『向こう』の戦闘は激しさを増していった。
夥しい魔力とマスケット銃の山が入り乱れ、暁美ほむらと巴マミが人魚の魔女の結界を歪ませている。
魔女の結界の中で起きている戦闘だが、その衝撃は私の方にまで届きそうだ。
それにしても、尋常ではないくらい巴マミが強い。百江なぎさ……円環の理からの支援を受けているとはいえ、あの悪魔にまで至った暁美ほむらと互角に渡り合っている。
尋常ではない魔力を全く遠慮せずに使い、圧倒的な力を持った相手を圧している巴マミ。その後ろ姿は、ホムリリーの記憶する『最高の巴マミ』に近しい物が有った。
……その奥に『懐かしい気配』が有るのは何故だろう。私の頭では判別出来ない。
ともあれ、人形達ではもはや相手にならない様だ。暁美ほむら自身は昔の動きを捨て切れていないのか、まだ自分の力に振り回されている様に見える。
あのまま、暁美ほむらが倒されてしまうのか。でも、巴マミ……マミさんの表情には敵意が無く、むしろほむらへの友情らしき物を表していた。
(巴マミ、貴女。一体どういう気持ちで戦っているというの)
「余裕だな、おい」
憮然とした声が、私の意識を現実に戻す。
真正面に、不満そうな顔で唇を噛む杏子の姿が有った。
私は無意識の内に幾多の攻撃を避けていた様だ。しかし、上の空なのを見抜かれてしまった為に、馬鹿にしていると思われたらしい。
この調子ではいけない。まどかの寝顔の観測は続けつつも、自分の身体に集中する。
「……貴女達、全部幻覚ね。その癖、殆ど現実の存在として発生してる。本当に厄介な魔法」
周囲を回る、全てのさやかと杏子が魔法で生まれた幻影だ。現実に存在しながらも、物質的には存在しない。
その数、凡そ数百と言った所か。生半可な魔法少女なら、この光景を見ただけで気絶するだろう。
しかし、簡単に解決する方法が有る。本体を倒す事だ。その本体である杏子が何処に居るのかは、既に分かっていた。
「本物は、そこに居る佐倉杏子だけかしら?」
私の視覚が正しければ、青と赤の大群の前方左側。その三列目くらいの場所に、本体の杏子が居る。
しっかりとその姿を捉えながら告げたからか、全ての杏子が軽く肩を竦めて溜息を吐いた。
「ほんと、そう簡単に見破られると立つ瀬がねーっつーか、自信が無くなるんだけどな……まあ、確かに本物のあたしは此処に居るけどさ」
幻影の中に隠れていた杏子が姿を現す。これだけ大規模に魔法を使っておきながら、欠片の消耗も見られない姿だ。
まあ、友達が弱っている姿なんて見たくない。杏子が元気な事を素直に喜ぼう。
「なら……あちらで戦っている貴女は偽物ね。まあ、あっちの暁美ほむらには通用するでしょうけど」
「あたしが倒される訳にはいかないからな、こっちで待機だよ」
「姿を見せて良かったの? 私が貴女を倒してしまう可能性は考えなかったのかしら」
「いや、あんたはさ、無抵抗の友達殴れる様な奴じゃねーよ。少なくともあたしはそう思ってる」
「……まあ、そうね。正しいわ」
さやかも、杏子も鋭い子だ。まどかの幸福の為にも、私は彼女達を出来る限り傷つけない様にしなければならないのだから。
杏子の槍の切っ先は私に向いている。が、特に怖くは無い。まだ私は動かなくても良いだろう。
まどかは寝たままで、時間は空いている。それならば、と少しばかり杏子と話してみたくなった。
「それにしても幻覚魔法。ロッソ・ファンタズマ、か……」
知識としては持っていたが、ここまで凄い魔法だとは思わなかった。この魔法を使えるという事は、佐倉杏子が一つの壁を越えたという事だ。
「佐倉杏子、貴女、その魔法を取り戻したのね」
「ああ」
「でも、それは貴女だけの力じゃない」
一瞬、杏子が驚きを現す。しかし、すぐに様子を改めて、口元に小さな笑みを見せる。
予想通りだ。流石に、この規模の魔法を彼女が一人で成し遂げる筈が無い。絶対に、何かしらの後押しが有る。
「……まあな。確かに、あたしだけの力じゃない」
「さやかね。貴女に力を貸しているのは」
「ああ、円環の理の一部、っていうのは凄いよな」
そう言って杏子は胸元のソウルジェムを取り出し、私に見せてくれた。
普段通りの深い紅色。その奥深くには青い光を宿していて、それが強力な魔力を生んでいる事が分かる。
複雑な魔法を維持する杏子を精神的にも支えているんだろう。その肩を後ろから抱き締める、さやかの姿が見えた気がした。
この場に居なくたって、さやかの意志は杏子を助けているのだ。とても美しい光景に見えた。
思わず感心の吐息が漏れて、頬が緩む。
「凄いわね、さやかは」
「ああ、あたしの自慢の友達だ」
本当に自慢げな杏子の言葉に、大きく頷く。
けれど、一つ、どうしても気になる事が有った。
「でも、平気なのかしら。貴女にとって、それは強烈なトラウマの具現だと思うのだけれど」
そう、杏子が固有魔法を使えなくなった理由は、自分の願いを否定したからだ。これは、例えどんなに考えを改めた所でどうにかなる物ではない。
今も彼女は精神に深い痛みを覚えているだろうに、そのソウルジェムは綺麗だった。本当に、心の問題は無いのだろうか。
そして、その質問を聞いた杏子は僅かに眉を上げたかと思うと、槍を地面に突き刺して、深く息を吐いた。
「ああ、そうさ。この魔法を使ってると、嫌でも自分の罪を見せつけられてる気がして、苦しいよ。頭を掻き毟って、死んじまいたくなる。いっそ何もかも無くしてしまいたくなるさ」
「酷く、辛そうね」
「辛いよ。だけどな、だけど。さやかが望んでくれるなら、あたしは、どんな苦しみだって受け止めてやる……受け入れてやる!」
かつて覚えた絶望を、その瞳はしっかりと残している。だが、それ以上に強い意志が負の感情を潰していた。
素晴らしい感情の輝き。それは、自分の意志で世界の在り方を定めた者の強さが有って、感動させられる。
杏子は、槍を握り締めた。戦闘中なんか比べ物にならないくらい、覇気と力に満ちた叫び声を放った。
「あたしは、戦う! さやかが、さやかの為なら、この死に損ないの命なんて、幾らでも使ってやれる!」
「でも杏子、それで良いの? それを許したら、さやかはこの世から消えて無くなるのよ」
「分かってる、分かってるけどな……あたしは、もう覚悟を決めた。親父の時みたいな間違いは、もうしない。あたしの想いで、さやかを縛り付けたりは、しない」
さやかと別れたくないだろうに、杏子は笑っていた。無理な作り笑いではなく、自然な明るさの有る表情で。
「あいつが、自分の幸福を投げてでもお前やまどかの為に戦うって決意したなら、あたしも応援したいんだ」
「それで、本当に良いの?」
「良いわけないだろ。だけど、あたしは決めた……それが全部なんだよ」
意志の光を私に見せつけながら、胸元のソウルジェムを撫でている。幻影の杏子達も、一斉に同じ動きを取り、同じ表情を示した。
とても誇り高く、綺麗な背筋が強調された立ち姿だ。 誇張も気負いも無く、意志が感じられる。格好良く、強く、見惚れる程に綺麗だ。
どうも、胸に来る物を覚えてしまう。恋心ではないが、胸の高鳴りは抑えねばならない。
「あたしは、さやかが消えたって戦い続ける。さやかと約束したんだ、全力で戦って生き抜いて、最後にまたさやかと会うんだって」
ああ、何処かで聞いた話だ。
けれど、『暁美ほむら』とは決定的に違う。何もかも納得した上で、大切なパートナーとの別れを覚悟しているのだ。
「友より、恋なんかよりも大いなる感情……それはもう、『愛』かしら」
「あ、愛? おい、あたしは別にそっちの趣味なんて」
「そういう意味じゃないから、安心しなさい」
妙に狼狽する杏子がおかしくて、小さな笑い声が出てしまう。彼女は、割とからかい易い性格だ。そんな所も好意に値する。
ただ、『愛』を恋愛以外の物として捉えられない姿勢には、少しばかり不満が有った。
「愛は正しくもないし、悪しくも無い。ただ、無限で有限なだけ。それだけに、この意志を宿すのは難しい筈なのだけれど。貴女には、それが有ったという事ね」
「そう言われると……照れるな、おい」
「照れる必要は無い。心から賞賛するわ、佐倉杏子。貴女は、まさしく最高の魔法少女よ」
『当然、まどかの方が遙かに素敵だけど』。とは言わない。これを告げてしまっては、台無しだ。それくらいの分別は付けられる。
でも、杏子は私の顔をまじまじと眺めた後、盛大に噴き出した。
「くはっ……珍しい事言うと思ったけどさ、その言葉の前には、『まどかには劣るけど』って着くんじゃねーの?」
照れ隠しらしい言葉だったが、正解だ。考えた内容を言い当てられた気がして、少し驚いてしまう。
「正解だけど、私がまどかより優れた存在を認める筈が無いじゃない」
「ああー、確かにな」
ケラケラと楽しそうに杏子が笑う。戦闘中の空気は完全に消え去っていて、幻影の杏子達は手持ち無沙汰に槍を振り回したり、転がったりして遊んでいた。
そんな中、さやかの幻影が何やら不満げな様子でこちらへ近寄ってきて、微妙に赤い頬を膨らませる。
「なんか、私が蚊帳の外って感じなんだけど!」
「あなたは幻覚魔法の産物だもの、偽物同士、気持ちは分かるけれど、ね」
さやかの微妙に居心地の悪そうな態度は、きっと杏子の話を聞いていたからだろう。確かに、あんな話を聞かされるのは照れるだろう。
そんな様子に微笑ましい物を感じると同時に、杏子の方を見る。頭に両手を当てたまま、完全に戦意の無い雰囲気となっていた。
「後、杏子?」
話しかけると、杏子は何の含みも無い返事をする。
「あ?」
「自分を『死に損ない』なんて言うのは止めなさい。貴女に何かが有ったら、傷つく人が居るんだから」
杏子の発言で、一番気に入らなかったのがそれだ。
むしろ、死に損ないは私である。私が死んだって、代わりが居る。本物の暁美ほむらが居るんだから、私の役目は舞台の準備と代役くらいで……
「おい」
「あら?」
「お前こそ、自分を価値の無い奴みたいに思ってるだろ」
見事に言い当てられてしまった。
私が言葉に詰まった所を見逃さなかったらしく、杏子は一度頷いて、『自分を大事にしなきゃならないのは、お前もだろ』と小さく呟いた。
そんな事は、分かっている。幾ら私が単なる使い魔でも、死んだらまどかが悲しむかもしれない。
だから、私は死なないんだ。
でも、遠回しに私の事を大切に思っていると言ってくれた杏子には、深い感謝をしておきたかった。
+
もう、幾つの魔力を避けただろう。
百から先は数えるのを止めたけど、まだまだ止まる気配は無い。むしろ、時間が経過すれば経過する程に、攻撃の規模は広がっていく様に思える。
全身全霊で相手をしているが、かなりの物だ。
(ああ、流石よ、暁美さん)
暁美さんは、とても強い。
愛に目覚めているんだから、当然だ。鹿目さんへの強い想いを篭めて戦っているんだ。これで弱かったら、私が怒っている。
最初は時折隙が有ったのだけど、戦闘中に慣れさせていったのか、その動きは加速的に良くなっていく。このままだと、厳しいかもしれない。
でも、不思議と負けるとは思わなかった。
なぎさの力を借りているが、私の動きを高めているのはそれだけじゃなかった。
もっと巨大で、壮大な存在が背中を押してくれている。
『マミさん、ほむらちゃんを止めて』
幻聴にも等しい声が、この戦闘を始めた時からずっと聞こえ続けていた。
その声音は加工された様に聞き取り難い物だったけれど、少なくとも暁美さんを『ほむらちゃん』と呼ぶ知り合いは、一人しかいない。
(貴女なの、鹿目さん……?)
ずっと、鹿目さんが私に力を貸してくれている気がする気がする。円環の理の一部であるなぎさを介して、そこから入り込んでくる様な感じだ。
実際、普段の数百倍身体の動きが素早くなっている。幾ら私が『愛』に目覚めたからって、ここまで急激に強くなったりはしない。
なら、この鹿目さんの声は幻聴ではなく、本物なんだろう。本物の鹿目まどかさんが、暁美さんを止めようと私に干渉しているに違いない。
それ自体は、別に嫌ではない。元々、彼女とは戦う予定だったから、ある程度の戦闘は仕方が無いと割り切れる。
でも、鹿目さんに『ほむらちゃんを傷つけて』と言われている気がして、嫌だ。
(傷つけてでも止めたいのね……それも分かるけど、ちょっと悲しいわ……)
鹿目さんの気持ちが伝わってくる。
『ほむらちゃんに苦しんで欲しくない、これ以上傷ついて欲しくない。笑顔が見たい。一緒に居たい。その為なら、ほむらちゃんに恨まれても、構わない』
決然とした、強固な意志を感じた。
けれど、それは暁美さんだって同じ事を考えている筈なんだ。相手を想い合っている筈なのに、どうして此処まですれ違ってしまうんだろう。
何とか出来るなら、私の手を貸したかった。
……本当なら、私が暁美さんと戦う必要は無い。なぎさと一緒に居たいだけなら、この世界を存続させていった方が楽だ。円環の理に導かれたって、なぎさと一緒に居られるとは限らないのに。
酷く不確定な事をしている。なぎさとの永遠を目指す者として、恥ずべき事だ。
それに、同じ『愛』を見た存在として暁美さんの気持ちが私には分かる。幾ら鹿目さんが関係しているからって、私達と戦いたい筈が無いんだ。私達に率先して関わって来なかったのも、きっとそれが理由だろう。
暁美さんは、親しい顔見知りを平気な顔で踏み潰せる酷い子じゃない。むしろ、自分の引いた線の中に入り込んできてくれた人には、とても素敵な子になれる。私だって同じだから、分かるんだ。
なら、どうして私は暁美さんと戦っているんだろう。
鹿目さんの声が貸してくれるのは、純粋な力だけだ。それ自体は戦う理由にはならない。
誰に背中を押された訳でも無いのに、私は何故戦っているのか。少し、理由を考えてみる。
暁美さんの翼が私の脇腹に小さな裂傷を作った。
次の瞬間には修復が可能なレベルのダメージでしかない。すぐに直せる。
そんな傷口を見ていると、頭にひらめく物が有った。
……ああ、分かった。
(私は欲張りだから、皆が揃っていて欲しいんだ)
なぎさだけじゃない。みんなが揃って、私の家でお茶会を開いて、一緒に戦ったり、遊びに行ったり、お弁当を食べたり。そんな時間を過ごしたいんだ。
私が理想とする世界は、あの結界の中だった。暁美さんが作り上げた、理想の……偽りの街。あそこで過ごした経験は、私の人生で最も幸福な物だった。
あれを知ってしまった私は、なぎさだけじゃ我慢出来ない。美樹さんや佐倉さんは当然として、鹿目さんと暁美さんも一緒じゃなきゃ、いけないんだ。
だから、私は先輩として、みんなの『マミさん』として、暁美さんを殴ってでも連れて帰らなきゃいけない。
鹿目さんが恨まれるくらいなら、私が恨まれた方が良い。
「『ティロ・フィナーレ』」
何時もとは違い、私の技は静かに呟く。
凄まじい音を立てて、巨大な魔力の籠もった砲弾が結界の半分を吹き飛ばした。
普通の魔法少女なら、髪の毛一本残らない所だが、暁美さんは服が少し焦げ付いただけだ。けど、その小さな動きから、多少の傷は負っているのが分かる。
何とか、今は有利な状況だ。
美樹さんが立てた計画通りとは行かないけど、このまま押し切って私が倒してしまうのも、それはそれで暁美さんの為なのかもしれない。
鹿目さんも連れ込んで、私の家でパーティでもすれば良いんだ。
そう、チーズケーキにしよう。なぎさは可愛い小学生。飛んだり跳ねたりしているだけで、みんなを笑顔に出来る。出来れば鹿目さんも一緒にはしゃいで欲しい。そうすれば、暁美さんも素直に笑える。
そうすればきっと、みんな幸せになれると思うから。
+
焼け焦げながら、爆発の中を切り抜ける。
怪物の様な強さだ。何もかもを吹っ切った巴マミは、こんなに恐るべき実力者だったのか。
あまりにも強すぎる。悪魔なんて関係無く、気を抜けば瞬時に殺されてしまいかねない。まさしく化け物、手に負えるのは、多分私だけだろう。
正直に言ってしまえば、私はまだまだ巴マミを舐めていた。所詮は単なる魔法少女だと油断していた事は隠せない。
「くっ……」
超高速移動によって全方向から押し寄せる弾丸の壁。それらを放出した魔力と腕を使って落としていく。
だが、叩き落とした弾丸の全てから、小さなお菓子の魔女が飛び出した。
何とか首を逸らして顔を食べられるのは避けたが、少しでも反応が遅れていれば、この肉体は無惨に喰い尽くされていた。
「極力ダメージは避けて、佐倉さん!」
「分かってるよ!」
「美樹さんもよ!」
「わ、わかってまっす!」
私が防御を取った隙に、巴マミは仲間のフォローに回っている。そうしている間も突ける隙は無く、生み出した使い魔は半数が消滅させられていた。
リボンは魔力で焼いているが、弾丸はどうにもならない。それ以上に巴マミ自身が接近戦に持ち込んで来たら、勝てる可能性は無に等しい。
私は意識的に拳を握った。悪魔になっても、まだ届かない。いや、届いた筈なのに、相手が更に強くなってしまった。
「暁美さん、まだまだよ!」
猛攻が私を襲う。
全力で防いだ。他の事に気を遣う余裕は無い。身体能力は飛躍的に強化されたが、私自身は攻めあぐねていた。
今の巴マミは、私と同じステージに来た存在だ。真っ向から叩き潰してやりたいが、向こうの方が元々の戦闘能力という優れた点を持っている。
こちらから攻撃を仕掛けてみたが、縦横無尽に避けられては反撃へ転じられてしまった。
しかも、本気で巴マミの隙を作った所で、それを先読みしていたかの様にシャボン玉の山が彼女を守る。
シャボン玉を見て、彼女の守りたい存在、百江なぎさを狙えば良いかもしれないと思ったが、止めた。
悪魔として人の道を踏み外す覚悟は決めていたから、子供を殺そうとする事に躊躇いは無い。けど、巴マミが大切な存在を守らずに放置しておくだろうか。絶対に無いだろう。
まだ、誰もまどかに到達していない。彼女の記憶を戻そうとする連中は、私という壁を突破出来ていない。が、このままでは余りにも危険だ。
「まどかの為にも生かしておこうなんて考え、捨てるべきだったわ」
頭の端に掛かっていたリミッターを外し、巴マミを殺す覚悟を決める。一瞬で定まった心の前に、私の感情は一気に冷たくなった。
きっと、今の私は酷く冷たい顔をしているんだろう。
「此処からは、全力で行く」
深く息を吸って、吐くと同時に更に威圧感を増す。世界が軋む程の『愛』を宿したダークオーブが、一際輝いた。
「死にたくないなら、さっさと消えなさい」
最後通牒を送る。けど、巴マミは動かず、私の姿を少し残念そうに見つめるだけだった。
なら、もう仕方が無い。殺す事で、邪魔者を排除するしか手が無いんだ。
「そう、分かったわ。それが貴女の気持ちなら、その気持ちを汲んで……殺してあげる」
「えっ、暁美さん、一体何を……あぁっ!?」
巴マミが急に悲鳴を上げて、その場に膝を着いた。
方法は、単純だ。まず、悪魔として得た力を一撃に篭め、全員の動きを魔力によって力任せに締め上げる。ただ、それだけだ。
「まどかを捕まえた時の要領でやってみたけれど、上手く行くものね」
百江なぎさも捕まえる事に成功しているので、もう邪魔は入らない。
手の中に出現させた弓を取って、使い尽くすつもりで魔力を篭めた矢を作り出し、身動きの出来ない巴マミへ向ける。極力感情が出ない様に、能面を維持したまま。
「あ、暁美さん……駄目よ……」
苦しそうなマミの声が聞こえる。昔々、優しい先輩として私とまどかを導いてくれた声。昔は強くて格好良い憧れの人の声だと思えたのに、今はただ、苦しい。
けど、心の中の葛藤も痛みも無視する。ここで情に流されて彼女を放置したら、確実にまどかに影響を及ぼすから。
だから。「さよなら、巴さん」私の、初めての先輩。
矢は、確実に巴マミの頭をソウルジェムごと消滅させようとしていた。
当たるまで、一瞬も無い。絶対に防げず、身動きも取れない筈なのだが。
「気づいてないかもしれないけど……暁美さん、貴女は、今、泣いてるのよっ!」
『桃色の魔力』が、巴マミの身から爆発的に広がった。
絶対的な魔力による締め上げを、より強力な魔力で吹き飛ばしたんだ。
一瞬、彼女の身体から見えた魔力の色に、私の思考が止まる。見間違う筈がない。
(桃色の、まどかの魔力だ。どうしてまどかの魔力が!?)
そんな思考の隙間は、戦闘中に於いては致命的になる隙だった。
「随分と、驚いているみたいねっ!」
「くっ……!?」
確実な弱味を晒した私へ、巴マミは突進をしてきた。決して止まらず、私に抱きつく形で体当たりを行う。
確実に体勢を崩してしまったが、自分の失敗を呪う暇すら与えられない。
「っ!?」
「今よ、美樹さん!」
すかさず彼女は自分の身体と私の身体をリボンで括ろうとしたまま、そのまま近くに居る美樹さやかに向かって叫んだ。
その呼びかけの答えは、この戦闘中に美樹さやかが一度も見せた事の無い、青い魔力の発露だ。
「まどかの目を塞いで、見せたくない物を隠してっ!」
一緒に身動きを封じ込めた人魚の魔女は、今も私の魔力で拘束されている。しかし、美樹さやかは何故か自由に動き、私の背後へ今にも斬りかかろうとしていた。
巴マミの瞳には、この展開を当然として受け入れる意志が有り、驚きが見られない。
(最初から、そういうつもりだったのね)
そう、巴マミの猛攻は私の意識を逸らす方法に過ぎなかったのだ。
本命は、私が攻撃に出る瞬間を狙った物。美樹さやかの一撃。
「幸せって、そういうもんじゃないだろぉぉぉぉぉっ!」
しかし、分かってしまえば対処するだけだ。
ちょっとした罠に引っ掛かった自分が情けない。そう思いながらも、私を捕まえている巴マミのリボンを焼き、背後に迫る美樹さやかに矢を射る。
飛び込んできたさやかの腹部に、あっさりと風穴が開いた。
「ぁぁっく、あっ……」
私の目の前で、美樹さやかは大穴の開いた身体となり、崩れ落ちる。
幾ら魔法少女でも、此処までの損傷は簡単に直せる物じゃない。やっと一人、邪魔者を片づける事が出来た。でも、何一つ達成感は無い。
美樹さやかは、私の姿をずっと見つめていた。身体から山の様に血を流しつつも、その口元には微笑みが有った。
「今のは、嘘」
今まで聞いた事が無いくらい穏やかな口調で、彼女は私に倒れ込んできた。
それを蹴り飛ばし、半死半生の身体に致命傷を与えようと思った。でも、実際の私は、さやかの身体を思わず受け止めていた。
「そういう幸せも有りだって今なら分かるよ、ほむら」
耳元で、蚊の鳴く様な声が響く。
背後で、巴マミが俯いている。佐倉杏子は槍を強く握り締め、百江なぎさは顔を覆っていた。
「けど、あんたも、まどかも、みんなが幸せになるのが一番だもんね……」
理解の有る口調だった。私の事を飲み込み、受け入れ、その上で全員が幸せになれる道を探そうとしてくれた事が、強く伝わってきた。
私は、理解してしまった。さやかが、私の想像以上に良い子だったという事を。
(どうして、私は美樹さやかともっと話しておかなかったんだろう)
でも、後悔した所でもう遅い。
最後に、さやかが何か言おうとしている。聞き逃すまいと、聴覚を強化した。
「ま、私は偽物だけどさ……」
今までの全てを台無しにする様な発言が聞こえてしまった。
そして、美樹さやかの肉体が瞬く間に消える。後には赤い影だけが残った。まるで、語ってくれた事の全てが嘘だったみたいに。
「え……」
想定外の事態に、少しばかり思考が止まる。
でも、その光景は見覚えがあった。繰り返しの中でも、殆どの場合使用不能に陥っていた、佐倉杏子の固有魔法。
「幻覚、魔法!?」
気づいてしまった。気づいてしまえば、悪魔としての優れた感覚が幻覚を看破する。
此処に居る佐倉杏子は、幻覚の存在だ。百江なぎさも幻覚だろう。本物と思えるのは巴マミと人魚の魔女くらいだ。
そして、巴マミのソウルジェムはおぞましい色をしていなかった。綺麗な黄色の中に、百江なぎさの物と思わしき魔力が混ざり込んでいたのだ。
『貴女があれほど苦しんだ先で得た力を、そうそう簡単に手に入れられる訳無いじゃない』
顔を上げた巴マミの不敵な表情が、そう言っている。
その肩には、『ベベ』に変わった百江なぎさが乗っていた。
彼女があれほど自由に魔力を使えたのは、円環の理……百江なぎさの力を借りていたからか。だから、その肩に乗るベベを隠していたんだろう。
この戦闘自体が、私を騙す為だけに作られた物だったんだ。
(だけど、そんな事はどうでも良い!)
問題は、佐倉杏子と美樹さやかが何処に居るのか……いや、『円環の理』に接触出来る可能性が高い美樹さやかは、何処に居るのか。
此処に居る人魚の魔女と美樹さやかは、分離して行動出来る。固定概念に囚われて気づかなかったが、必ずしも二つが一緒に居る必要は無い。
なら、本物の美樹さやかは……まどかの側しかないじゃないっ!
(迂闊だったっ……! 私は、何て馬鹿な事を……!)
私が動揺した隙を突いたんだろう。少し遅れて、外に居た美樹さやかが私の使い魔を突破した事が伝わってきた。『クララドールズ』が全力で抑え込もうとした様だが、半ば捨て身で飛び込んだ彼女の不意打ちで、使い魔は殆ど倒されてしまった様だ。
(もう手遅れ……いいえ、間に合わせてみせる!)
このままでは、まどかに記憶を戻されてしまう。こんな連中に構っている場合ではない。
そう判断すると、即座に結界から出る為の矢を射る。巴マミと百江なぎさが私を見守る中、全力で結界を突き破った。
脇目も振らずに結界の先へ飛び出す。出る場所は分かっていた。
まどかが眠る、ベッドの側だ。
私の出た先に居たまどかは、まだぐっすりと眠っていた。
先程の戦いが感じられないくらい静かで、穏やかな寝息が心に軽く幸せな感情を与えてくれる。円環の理が持つ、美しくも聖なる気配は何一つ無かった。
まだ、彼女は普通の女の子だ。
「遅かったね、ほむら」
でも、その隣には美樹さやかが立っていて、既にその手をまどかの心臓辺りに置いていた。
山の様な使い魔を一瞬の内に葬ったからか、美樹さやかは、既に半死半生の血塗れだ。ドールズの物と思わしき針が体中に刺さり、酷く痛々しい姿を晒している。
それでも、彼女は此処まで戦い、まどかに辿り着いて見せた。
「悪いけど、動かないで」
さやかの瞳は、金色に輝いている。
聖なる瞳は私を貫いて、あっさりと身動きを封じ込められた。少し時間が有れば解除出来るが、それよりもまどかが記憶を取り戻す方が早い。
「いや、杏子には大丈夫って言ったんだけどなぁ。想像以上にキツかったわ。ほんと、ほむらは凄い奴だと思うよ」
調子は軽いが、喋る度に血を吐いていては意味が無い。吹けば飛ぶ様な弱々しさだ。
けれど、私とまどかを見る目は酷く優しく、穏やかで、まどかの肩を撫でる雰囲気には親友としての重みが有った。
彼女は、ある意味で私なんかよりずっとまどかを見守ってきたんだ。そして、私の方を見る瞳の光には悲しげな物が宿っていた。
「いい加減、素直になりなよ……ね」
安らかな死者の様な微笑と共にさやかの両手が光り輝き、まどかの胸元に何かが入り込んでいく。
何とか妨害しようと思っても、動きが封じられている為に、声すら出せない。
(早く、早く解除なさい、私! 何をやっているの、このままじゃまどかが、まどかが!)
必死で、解除しようと自分に鞭を打つ。
でも、心の奥底で『まどか』との再会を期待している自分が居る事は、決して否定出来なかった。
+
地面に刺さった槍を引き抜いた杏子が、軽く肩を鳴らして、私の瞳をじっと睨んだ。
「なー……あんた、本気でこの場を抜ける気無いんじゃねーの?」
「……」
「なあ、まどかの記憶、戻っても良いって考えてるだろ。いや、もしかして記憶を戻して欲しいのか? どうしてそこまであたしを心配するんだよ」
「友達だから、じゃ駄目かしら」
「駄目だろ」
杏子は鋭い。分かっていたつもりだが、予想以上だった。本当に友達として心配する気持ちは有ったんだけど、その奥に有る小さな意図を読まれたらしい。
……まあ、もう話しても良いだろう。どの道、『あちら』の状況も変わりつつある。私が『その瞬間』を待っている事は、杏子に言っても問題は無い筈だ。
後、もう少し。後もう一押しが有れば、私は目的を達成するんだから。
「ご明察。理由は……」
その瞬間。
まどかに、変化が訪れた。
「……来たわねっ!」
一気に意識を書き換えて、魔力を爆発させる。時間潰しは終わりだ。杏子への説明は、行動で示す事にしよう。
私が急に動き出したので、杏子は止めようと手を伸ばしてきた。しかし、今の私より早い存在など居ない。空間を繋げて、身体を半分ほど入れる。
「待っ」
「悪いけど、ちょっと行くわ。また会いましょう」
制止の言葉を振り切って、手を振りながら中に入り込む。
空間越しですら、恐るべき魔力と吐き気すら催す程の聖なる気配が爆発している。円環の理が戻っている。間違い無く、戻っている。
時計は零時を指している。
私が現れてから、三十一日。暁美ほむらにとって、特別な意味を持つ一月。
丁度良い。とても、丁度良かった。
さあ、ラストスパートです