使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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まどかよ、私の業を見て!

「行ってしまったわね」

 

 私が戦おうとしていた相手は、全員もう一人の『私』が連れて行ってしまった。

 目の前に居るまどかを残して、他には誰も居ない。二人っきりで話をしろ、というのは冗談では無いんだろう。

 私としても、さやか達とは戦いたくなかったから、本音で言えば……嬉しい。

 

「……止めないで良かったの、まどか?」

「え、う、うん」

 

 先程から黙り込んでいたまどかが、小さく頷いて返事をしてくれた。

 争いを嫌う彼女らしくない回答だ。そういう視線に気づいたのか、彼女はちょっとだけ首を傾げながら説明してくれる。

 

「あの、さやかちゃんがね、『ほむらちゃんとお話をして』って。みんなは私が余所へ連れていくから、ゆっくりお話して欲しいって」

「……さやかには、感謝しなきゃならないわね」

 

 そんな気遣いをされているとは、思わなかった。

 本気でワルプルギスの夜に長年の敵意を叩きつけた自分が馬鹿みたいだ。

 私が落ち込んでいる風に見えたのか、まどかは目を泳がせながら、かなり迷いつつ口を開く。

 

「じゃ、じゃあ何か話そっか! え、えっと、ほむらちゃん、元気?」

「元気よ」

「そっか! ……いや、知ってたよ……ごめん」

「謝らないで……無理に話そうとしなくて良いから」

 

 二人とも、黙り込む。

 気まずい。改めて二人っきりになっても、話す内容が思い浮かばない。チラりとまどかの方を見てみると、殆ど同じタイミングでまどかが私へコソコソと目を向けてきた。

 結果、目が合ってしまう。今更目を逸らす事も出来ず、途方に暮れた。

 何とか話題を探そうと思って、考え続ける。すると、頭の隅に『救済の魔女』の事が思い浮かんだ。渡りに船だ。これを聞いてみよう。

 

「えと、ところで……あの子も、まどかなのね」

「う、うん。救済の魔女さんだよ」

「……黒いドレスも似合うのね」

 

 黒いドレスを纏った姿は、それはそれで素晴らしい物に見えた。あんなに怖い雰囲気を纏っていたけれど、綺麗だと思う。

 思わず、見とれてしまった事を否定する気は無い。他に現れた魔法少女達なんて、どうでも良いと思えてしまうくらいに。

 

「個性的な魔法少女も居るのね、やっぱり」

「……分かる?」

「ええ、凄く分かるわ。特に、あのキュゥベえ頭、明らかに私を殺そうとしていたもの。いえむしろ、周りに居る仲間まで殺そうとしていなかった?」

 

 とてつもない程に個性的な頭部を持った魔女が居たので、嫌でも目に付いた。しかも、恐ろしい程に重い殺気を叩きつけて来るんだから、目が離せなくなる。

 まどかが困った様に頭を掻いていた。その顔を見た感じでは彼女が呼んだ訳ではなく、勝手に出てきたらしい。何だか、同情したい気持ちが沸いてきた。

 

「大変ね、まどか」

「えへへ……分かる? 大人は辛い分楽しいって聞いた事が有るけど、あれ、ほんとだよ」

 

 微妙に煤けた表情だけれど、楽しそうだ。一足先に大人になったのか、まどかの顔が不思議と年上の物に見える。

 楽しそうに仕事をしている人間というのは、こういう人の事を言うんだろう。

 

「他にも変わった子は居るんだよ。魔法少女大嫌いな子とか。今は大人しくしてくれてるけど、喧嘩とかもするんだよね。妹と弟が沢山居る感じで、もう慣れちゃった」

「喧嘩をした時は、まどかが雷を落とすのかしら」

「あはは……まあね。でも、あんまり怖くないって言われちゃうんだよ、酷いよね。さやかちゃんなんて、笑い出すんだよ?」

 

 まどかが怒鳴っている姿を想像してみる。いや、想像できない。むしろ、一生懸命に怒ろうとしている所を考えると、和んでしまう。

 ……ああ、和むから争いを止めるのか。

 

「ふふ」

「む、なんか馬鹿にされた気分」

「何でもないわ」

 

 気づいた時には、お互いが纏っていた敵意や戦意は無くなっていた。残ったのは、普通の友達と話す様な気軽さだ。肩の力が抜けてくる。

 まどかだって、同じ様に思ってくれたんだろう。顔色から険しさが無くなって、私の顔を覗き込んでいる。

 

「ねえ、ほむらちゃん」

「……何、まどか」

 

 少しだけ雰囲気を引き締めて、まどかが真剣な言葉を口にする。

 

「ほむらちゃんが悪魔だなんて、嘘だよ。ほむらちゃんは、ちゃんと人間だよ」

「そうね、そうかも」

 

 座り込み、頭を乱暴に掻く。上も下も無い異空間に見えて、実際には床も天井も存在するんだろう。空中に浮かぶ様な感覚だったけれど、ちゃんと座る事が出来た。

 

「戦う気なんて、もう無いわ。私は、貴女と戦いたくない」

「私も、戦いたくないよ」

「そうね。大体、戦う力が無いの。貴女に奪還されてしまったから」

 

 ちょっとだけ腹立たしい気持ちを見せておく。

 何時もなら強がって見せないけど、今は飾らない本音の自分を見て欲しい。そして、まどかも私に本音の自分を見せて欲しい。

 そんな願望を秘めていると、何を思ったのか、まどかは僅かな不安を顔に浮かべた。

 

「……ほむらちゃん、怒ってる?」

「当然でしょ」勿論、嘘だ。

「え、えと。私は」

「貴女が正しいと思ってした事なんだもの。謝られても困るわ」

 

 ツンとした態度を取る。慌てたり困ったりするまどかが可愛くて、ちょっと遊んでしまった。

 ふと、気づけば自分は心の余裕を取り戻している。沢山の事が有りすぎて、一周回って精神が安定したんだろう。やり過ぎるとまどかが怒ってしまうし、とりあえず、謝っておく。

 

「ごめんなさい、怒ってないわ。ちょっと困らせてみたかっただけ」

「むぅ、ひどい」

「だって私、悪魔だもの」

 

 舌を軽く出してみる。こういう事を言っても良いと思えるくらい、私達の間に有る壁は低い物となっていた。

 きっと、この一ヶ月間の幸せな生活が染み着いているからだ。今更、喧嘩腰になろうとは思わない。あくまで希望的観測だけど、まどかもそう思ってくれている筈だ。

 

「もう、ほむらちゃんは。そういう表情を見せられちゃったら、許すしか無いよ」

「許してくれるのね、まどか」

「しょうがないもん。ほむらちゃんだから」

 

 貴女の中の暁美ほむらは、どんな人間なんだろう。聞いてみたくなったけど、少し怖いので止めておく。

 まどかが私の側に来る。頬が当たるくらいの距離まで近づくと、体育座りで床に身体を預けた。ただでさえ輝いて見える姿が、こんなにも近い。

 真っ白な光が私を照らしてくれて、気づけば私達は一緒に笑っていた。

 

「一ヶ月だけど、本当に楽しかったね」

「ええ」

 

 まどかと一緒に時間は、本当に楽しかった。この気持ちに嘘を言える筈が無い。

 

「ほむらちゃんが頑張って作ったクリームシチューは本当に美味しかったし、お陰で勉強も捗ったし、凄く幸せだったなぁ。できるなら、もうちょっと続けたかったくらい」

「なら、また現世に戻りましょう? 私に力を返してくれたら、すぐにでも引き裂いてあげる」

 

 顎に触れて、顔を引き寄せる。

 顔が、非常に近い。私の表情は、きっと凄まじい程に強い悪魔の誘惑を現しているんだろう。まどかの顔が赤くなっている。

 けど、まどかは仄かに赤い顔を横に振った。

 

「あー、それもちょっと……ね。これが私の使命で、私の願いだから。それに」

「それに?」

「また引き裂かれたら、またほむらちゃんは私との出会いをやり直さなきゃいけないから。それは嫌だなーって」

 

 私の心配をしてくれた。その気持ちだけで、この灰色の世界が天国に思えるくらいだ。

 でも、心配は無用だ。私が、その『やり直し』を何回行ったと思っているのか。

 

「大丈夫よ。例えまどかが忘れても、私がまどかを覚えているから、平気」

「ほむらちゃんが平気でも、私が平気じゃないもん」

 

 若干頬を膨らませて、怒りをアピールするまどか。殆どハムスターに近い。今にも笑い出しそうな口元を引き締める。

 ちょっとだけ緩んでいた空気を入れ換えて、まどかと肩を合わせる。今までの自分が生きてきた道を踏まえた上で、もう一度、この笑顔を『満面の笑み』に変えたくて。

 

「ねえ、まどか。私は貴女が好きよ。貴女が忘れていても、覚えていても、関係無く、貴女が困っているなら相談に乗りたいし、助けたいと思ってるの」

 

 微塵の嘘も篭めず、冗談も含まない。誠心誠意、あらゆる面で真実を放つ。まどかを受け入れて、まどかの行きたい道を切り開く為に。

 

「だから、ちゃんと話しましょう。ちゃんと話して、お互いの気持ちを伝え合いましょう? まどか、私に何か言う事が有るんでしょう?」

「え? ……え? なんで、それを?」

「分かりやすいくらい『言いたい事が有る』って顔をしているわよ、貴女」

 

 その言葉が心に直撃したのか、まどかの顔が一気に涙を浮かべた。今にも泣き出しそうだ。その前にポケットからハンカチを取り出して、拭いておく。

 彼女の涙は、人間の物と変わらなかった。

 その涙の意味を、気持ちを聞きたい。言葉にして欲しい。私は、まどかの気持ちを本人の口から聞きたかった。

 

「そんなに辛そうな顔をしないで。ほら、何でも相談して? 私は悪魔だけど、まどかの幸せの為なら天使にだってなれるから」

 

 正面に周り、ゆっくりと肩を掴んで身体を密着させる。やがて、自然に手が腰へ回っていった。翼の付け根を撫でてみると、気持ち良さそうに身体が震えている。

 初めて知ったけど、翼は弱いんだ。まどかの弱い所を知れるのは、悪戯っぽい悦びを与えてくれた。

 

「その上で、もう一度貴女を困らせるかもしれないけど、だからって苦しそうなまどかを放ってはおけない」

 

 強く、でも痛くない程度にまどかを抱き締める。全身でまどかの存在を感じる事が出来た。白いドレスはこの世のどんな素材より手触りの良い物で構築されていて、私の服装とは大違い。

 自分が安っぽい気がするけど、まどかと私なら比べ物にならない差が有る。落ち込むどころか、まどかの神々しい気配に触れる事が出来て、嬉しくなった。

 

「ほむらちゃんは、優しいね」

「いいえ、優しくないわ。今もまどかの存在を堪能しているんだもの」

 

 そして、今、まどかはどんな顔をしているんだろう。私を拒絶する素振りは無いから、その点だけは安心出来た。

 

 

+

 

 

 

 

 

 荒野とも廃墟とも呼べる様な、瓦礫と灰の中。その空間には魔女の宴が終わった後とも思わしき惨状が広がっている。

 いや、大凡間違っていない。そこでは、先程まで魔女と魔法少女、それに使い魔の、地獄にも似た宴が開催されていたのだから。

 嵐が過ぎ去った後の様な静寂が世界を黒く見せる。終末とは、こういう状態の事を呼ぶのだろう。

 そんな場所に刺さった、鉄筋の瓦礫に背中を預け、私は動きを止めた口を無理矢理に開ける。

 

「何というか」

 

 ちょっと言葉を発しただけで、この場の静けさは崩れさった。分厚く暗い雲からは大粒の雨が降り、私の顔を濡らしていった。

 

「呆気なかったわね」

 

 私だけではない。幾つもの場所で倒れ伏す魔女や魔法少女もまた、無慈悲な雨に打たれている。

 誰もが呼吸すら忘れ、微動だにしない。救済の魔女だけが立っていて、私を見つめていた。

 

「……私自身も、何と呆気ない」

 

 私を含めた全員、クリームヒルト・グレートヒェンを除く全員が地に倒れ伏していた。

 ただし、彼女達には傷一つ着けていない。まどかの心を傷つける様な行為は全力で避け、軽く気絶させる程度で済ませた。

 それにしても、私の身体は酷い損傷を受けた。傷つけない代わりに全力で戦ったつもりだが、片腕は取れているし、片目がどこかに行ってしまった。足なんかとっくにボロボロで動かない。腹部には大穴が開いていて、腰のリボンは焦げている。肉体を持たない私だから動く様な物で、まさしく死に損ないと呼ぶのが正しい。

 暁美ほむらを模した肉体は完全に潰れていて、紙屑に等しい力も引き出せない程に消耗させられた。人の形を維持するのも億劫で、今の私は完全にぐちゃぐちゃの肉塊以下だ。

 

「それでも勝てたのは、一種の奇跡かしら」

 

 そう、私は勝った。余りにも多すぎる相手に対して、私は一人で立ち向かい、全員を一つも傷を負わせずに倒した。

 途中で仲間割れや喧嘩を始めてくれなければ、間違いなく私が死んでいただろう。その中には惑星規模の力を持った者も居た。そういう連中は仲間を巻き込まない様に配慮していたが、攻撃を受ければ即死していたのは間違い無い。

 

「おっ、と」

 

 何とか人型になって立ち上がろうとすると、片足だった部分が炭になって落ちた。支えきれずに身体が崩れ落ち、黒い手が私を支えてくれる。

 それは救済の魔女の手で、触れられているだけで身体の調子が良くなっていく気がした。

 

「ありがとう、まどか」

「ううん、良いよ」

 

 まどかが、まどからしい笑みを見せてくれる。倒れ込んだ私の頭を抱き抱えて、そっと私の顔に掛かる髪を持ち上げてくれた。

 雨の滴が私の瞳に落ちる寸前で、まどかのドレスが防いでくれる。眼球が脆く崩れそうな状態だったので、有り難い気遣いだ。

 結局、最後まで救済の魔女は私に攻撃を仕掛けなかった。むしろ、私を見守っていてくれた。まあ、手助けもしてくれなかったけど、見ていてくれるだけでも嬉しい。

 

「大丈夫?」

「死にそうよ」

 

 腕を上げてまどかの頬を触ろうとしたけど、途中で力が抜けた。身体を動かす方に裂ける程の力は無く、疲労の回復に全てを注いでいる為に、その動きはかなり鈍い。

 でも、垂れ下がりかけた腕を、まどかは掴んだ。そのまま自分の頬へ持っていき、塗れた私の手を擦り寄せてくれる。

 

「頑張ったね」

「ええ。正直、私が一番驚いているわ」

 

 全く持って、この数を相手に勝てたのが奇跡だ。

 あるいは、途中で私を守ってくれる様な素振りを見せた者達も居たのが主な勝因かもしれない。義憤にかられていた子や私に嫌悪を向けていた子達は、いざ戦闘となると動きが鈍かったし、ワルプルギスの夜に至っては途中で半ば死んだ私を庇ってくれた事すら有ったのだ。

 円環の理も一枚岩ではない。もしも相手が連携を取って徒党を組んだ状態で挑まれた場合、恐らく死んでいた。

 時間と空間の両方を操る私であっても、限界は幾らでもある。自分の無力を突きつけられている気分だ。

 

 崩れ落ちたワルプルギスの夜の残骸を見る。幾多の魔法少女の集合体は、今、完全に身体を分離させられていた。幸い、一つの傷も無い。彼女達は、一体何を思って私を助けたんだろう。

 何となく、彼女達の心の声が聞こえた気がする。

 

「……『誰が、救済者を救うのか』」

 

 少し考えてみれば、当然の様に分かる。

 ワルプルギスの夜は、鹿目まどかが魔法少女を救ったあの瞬間、その場に居た魔女だった。その場で、彼女の願いと救済を受け取ったんだ。

 

「そう、貴女達も、そう思っているのね。そっか、そうよね。まどかの優しさに触れて、希望を守られて、救済されたんだもの、まどかに何かお返しがしたいのは、当然よ」

 

 私を助けてくれたのは、『暁美ほむらがまどかの為に有る』事を知っているからだろう。

 それ以外には、私が助けられる理由は考えられない。

 

「大丈夫、貴女達の気持ちは受け取ったから。安心して円環に戻りなさい。必ず、魔法少女のみんなが笑える様にする。それこそ、まどかの最高の幸せに繋がるから」

 

 意識は無いと分かっていても、そう告げざるを得ない。心に彼女達の存在を刻みつけ、元々鋼の様だった意志を、更に高める。

 そうしている内に、何とか動ける程度に力が回復していた。まだまだ全快には程遠いが、今までよりは良い。

 全身の損傷を表面上だけは元に戻して、立ち上がる。ちょっとふらついたが、何とか歩けるだろう。

 

「待って……」

 

 背中越しに、剣を杖代わりにして立ち上がる姿が感じ取れた。

 さやかだ。拘束を破る為に体力を使いきった様子だが、それでも倒れる身体を必死で支えている。やはり、一つの傷も無い。雨に塗れている為に、少々肌寒そうだ。

 だが、残念ながら着せてあげる上着は持ち合わせていない。

 

「さやか、貴女」

「ったく……酷いんじゃない、結構きつかったよ?」

 

 空間ごと拘束していたというのに、さやかは意地で突破してきた様だ。

 その側には杏子が眠っている。魔力が殆ど底を尽きている姿を見る限り、彼女が拘束を解く為に力を貸していたんだろう。

 さやか自身も足下がかなり震えている。大分疲れているみたいだ。

 

「駄目よ、消耗したんだから寝ていなさい。苦しくなるだけだから」

「誰が、救済者を救うの、か、でしょ」

 

 休む事を勧めてみたが、さやかは聞き入れない。そのまま、私へと近づいてくる。

 でも、弱っていた彼女の足は簡単に瓦礫へ躓いて、正面から地に倒れた。普段なら支えてやれるけど、今の私は倒れる身体を受け止める様な素早い動きが行えない。

 倒れ込んださやかだったが、彼女はまた立ち上がった。顔にちょっとした擦り傷が有る。軽い傷なんか気にも留めていないのか、その鋭い両眼が私を捉えた。

 

「あの、さ。あんたが、まどかを救うなら、あんたを救うのは……誰に、なるの?」

 

 

 

「救われるも何も、私には救われる理由が無いわ。何か困っている事が有るわけでもないし……いえ、ゲームの腕だけは何とかして欲しいかもしれないわね」あまりに下手過ぎで、情けなくなるからである。

 

 言葉には出さないが、ブラックコーヒーも飲める様になりたい物だ。それ以外には、特に思う所など無い。私は、救済される様な存在ではないのだから。

 

「でも、そうね。さやか、貴女の言葉は良い所を突いている」

 

 きっと、その言葉は悪魔である、あちらの暁美ほむらにこそ似合うだろう。

 彼女には救われて欲しい。まどかを救う事で、彼女自身もまた救われるべきなのだ。あの二人は、対等に互いを救い続けるんだ。

 けど、その返事はさやかにとって良い物ではなかったらしく、怒った様な、それでいて悲しそうな様子を見せていた。

 

「あんたは、それで良いの? それで、本当に……」

「さあね」「でも、私の目的は昔から一分も変わっていないわ」

「でもっ!」

 

 大きな声を上げ、さやかは無理矢理に身体を乗り出して、再び倒れかけた。今度は私の目の前だ。両手が私の肩を掴んでいた為に、押し倒されそうになる。

 しかし、何とか両足を固定して、さやかの両目を手で覆い、ちょっとした魔法による催眠効果によって、出来る限り優しく眠らせる。

 

「ちょ……っと、まだ、話は……」

「さ、お休みなさい、私の大切な友達。起きた時には、全て終わらせているから」

 

 ほんの僅かな抵抗を示したが、体力を完全に奪い取られたさやかは、すぐに睡眠欲に負けて寝息を立てた。少し眠っておけば回復するだろう。

 宣言した通り、目を覚ました時には何もかも終わらせているつもりだ。

 

「……さて」

 

 塗れた髪を軽くかき上げ、水滴を落とす。本来なら魔法で乾かしたいが、そんな力は残っていない。

 立っているのもやっと、という状態のまま、私は救済の魔女を見た。

 相変わらず宇宙を埋め尽くす程に巨大な魔女だが、人型の『まどか』の方は、魔女の下で君臨する様に立っていた。

 あの背が低く小動物にも似た可愛らしさの持ち主が、巨大な怪物や偉大な英傑の様な圧倒的過ぎるオーラを放っているんだ。髪で目元が隠れているのが、更なる恐怖を演出している。全体的に、透き通る様に純粋な暗黒だ。

 この暗黒の質……どこかで見た様な気がする。

 

「彼女達を助けなくて、良いの?」

「うん」

 

 頭の中で浮かぶ疑問や直感は置いておき、声を掛けてみると、思ったより普通の声音で返事が来た。

 ちゃんとまどかだ。誰かが用意した偽物では絶対に無い。私にはそれが分かる。

 けれど、『同胞を助けない』というのは、まどからしくなく腑に落ちない。

 

「まどからしくないわね」

「そうかも、しれないね……だけど、私は信じてたから」

 

 何を信じているのかと聞くより早く、まどかは答えを口にした。

 

「ほむらちゃんが、私の大切な仲間のみんなを傷つけるなんて、絶対無いって」

 

 まどかは、私に向かって可憐で華やかな笑顔を見せてくれた。私への信頼を見せつける様に、はっきりと。

 買い被り過ぎだ。そんな立派な存在ではない。だが、彼女から賞賛されるのは何よりの褒美だ。見返りなんて求めてないけど、折角貰ったんだ。心から喜ぼう。

 

「ふふ、私はこんなにボロボロだけれど、助けて貰えなかったのね」

 冗談混じりに言ってみると、まどかは口を尖らせた。

「む、みんなに貴女の目的を教えたりしたのは、私だよ? 私が教えてなかったら、今頃死んじゃってるよ、ほむらちゃん」

 

 戦いを始めてから何人かの動きが鈍ったのは、彼女の仕業だったらしい。

 結局、助けられる形になってしまった。嬉しいけど、少しばかり情けなくも有る。

 『鹿目まどかに助けられる暁美ほむら』は、嫌なのだ。助けてくれるのは凄く幸せな事だけど、まどかを犠牲にするくらいなら地獄に落ちた方が断然良いのだから。

 そんな風な、頭の奥で引っかかる物が有ったんだろう。私の口調も、自然と尖った物になる。

 

「そこはありがとう。でも、貴女程の存在ならそもそも戦わせない、という事も出来たでしょうに」

「えっと、それはその。怒らないでね? ほむらちゃんが戦ってる所、見てみたいなー、なんて」

 

 胸元で両手の人差し指を絡めつつ、照れ隠しらしき乾いた笑い声を漏らしている。

 その姿から感じ取れる限りでは、人間味が薄い、あるいは無い。と表現するべきだろうか。周囲で仲間が倒れているのに、そちらを欠片も心配していない。

 私を見つめる瞳には確かな信頼が有る。でも、それにしたって異常だ。普通、これだけの数の仲間が気絶させられたんだから、無傷だと知っていても彼女達を心配する気持ちくらい沸くだろう。でも、まどかは平然としていた。

 普通じゃない。これが円環の理と救済の魔女の違いなのか。あるいは、人間より高次元の存在になった事で、人らしい性質を消滅させてしまったのかもしれない。

 改めて、目の前に救済の魔女が居るという事に疑問を覚え出す自分が居る。探りを入れるつもりで、尋ねてみた。

 

「それで、貴女は何をしにきたの? 私を褒めに来てくれた、という訳ではないでしょう?」

「まどか、って呼んで?」

 

 私の質問には応えず、彼女は不思議と大きく聞こえる声で頼んできた。

 あからさまに隠している。分かってはいたとしても、こんな期待に満ちた声を聞いて、断れる奴が居るものか。

 疑問を一度脇に置いて素早く居住まいを正し、呼吸を整える。ただ名前を呼ぶだけなのに、全身のあらゆる神経が歓喜した。

 

「まどか」

「もう一回」

「まぁ・どぉ・かっ」

 

 一文字ずつ、情感をたっぷり篭めて呼んでみる。それが良かったのか、まどかは眼を細めて頬に両手を置き、うっとりとした様子となった。

 

「うんうん、そう呼ばれるのって本当に良いよね」

 

 幸せそうな吐息を漏らしてくれたので、私も心が軽くなる。雨は何時の間にか止み、太陽が姿を覗かせていた。

 瓦礫からの水滴が落ちては、小さな音を立てる。音の隙間を縫うようにまどかへと顔を寄せ、努めて優しく穏やかに彼女の名前を呼ぶ。

 

「まどか」

「えへ……えへへ、くすぐったいなぁ」

 

 嫌がる素振りは無く、私の頭を抱き締めてくれる。すると、私の鼻先や口が丁度、ドレスの開いた胸元に着く位置となった。

 後頭部に腕を回し、首筋へ指を這わせてくる。思わず、自分の物とは思えないくらい艶やかな吐息がこぼれ落ちた。

 

「あ……はっ……」

「ほむらちゃん、息苦しくない?」

「へ、平気よ……」

 

 呼吸は出来る。が、本当に良い香りがするので、心が溶けそうだ。もしも私が『そっち』の意味でまどかを想う存在であれば、我慢が効かなくなる程だろう。

 そして、それと同じくらい『懐かしい』感覚を覚えさせられる。

 最初は不明瞭に感じられた気配も、はっきりと見える。何となくだが、此処に居る救済の魔女が何者なのかが分かってきた。

 

「あ、マミさんとなぎさちゃんだ」

 

 その中で、まどかは私の背後に視線を向けていた。

 私の顔は胸元に押しつけられているので、視覚は使えない。代わりに空間を操作する方の能力を使って、自分の後ろへ眼を作り上げる。殆ど力が無いので、視力はかなり低い。

 

「ほら、あっちに居るよ」

 

 まどかの眼は二人の姿を捉えている様だが、見えない。

 弱っていたので気づかなかったが、そういえば、倒れている者達の中に巴マミと百江なぎさが居なかった気がする。

 周辺には居ない所を見る限りでは、この戦闘には何の意味も無い事を察し、なぎさを連れて戦闘区域から脱出したらしい。それにしても、さやかと杏子を放っておくだろうか。二人を捨てて逃げた、という事ではないと思う。

 

「マミさん、さやかちゃんと杏子ちゃんを置いてきた事に気づいたみたい。慌てて戻ってきてる」

 

 ああ、やっぱり見捨てた訳ではなかった様だ。

 今の彼女は、百江なぎさの事を最優先に考えているんだろう。私……いや、暁美ほむらと同じで、あらゆる物事の頂点に一人の少女を置いているんだ。

 

「マミさんとなぎさちゃん、すっごく仲が良いんだね。さっきも、なぎさちゃんを最優先で逃がしてたし、攻撃が来たら自分を盾にする気だったみたい」

「……ん、やっと私にも見えたわ」

 

 なけなしの魔力を用いて視力を強化すると、私の目にも、慌てて戻ってくる二人の姿が見えた。

 百江なぎさと巴マミの手は、しっかりと握られている。指を一本一本丁寧に絡めた繋ぎ方は、『恋人握り』という奴だろう。盲目的にお互いを求め有っていて、決して離れない。

 こちらに向かってくる二人の瞳の奥からは、美しい友情とは到底呼べない、もっと恐るべき『何か』を感じられた。

 あえて言うならば、凄まじい依存から来る愛情の共有だろうか。百江なぎさは自らの役割より、巴マミを取った。巴マミは、自分の全てを百江なぎさに捧げた様だ。彼女達は狂っていた。

 でも、まどかは優しげに二人を見つめて、彼女達の愛に肯定的な笑みを浮かべていた。

 

「ほむらちゃん、『愛』は『愛』だよ。外側から見てどんなに不気味で怖い物だからって、否定しちゃいけないと思うな」

「そうね、貴女の言う通り。私の『コレ』もおぞましい愛だもの」

 

 まどかの言う通りだ。私だって、人の事は言えない。むしろ彼女達よりも遙かに酷い精神性を抱いていると自負している。

 

(でも、貴女は人の事を言えないと思うのだけど……)

 

 ただ、それを指摘してくれたまどかも、私を見る目に相怪しい物を宿らせている。何というか、艶やかで情熱的で、深い水の底で噴火する海底火山の様な想いを感じるのだ。

 愛されている事は嬉しいけれど、だからって恋人になりたい訳ではないのだけど……

 

「なら、まどか。貴女が私へ向けてくれる愛は、何かしら」

「……それ、言わなきゃだめ?」

「ええ、大丈夫。貴女が望むなら、私はお嫁さんにだってなれるわ」

「お、お嫁さんだなんて……」

 

 ちょっと顔を上げてみると、まどかの体温が上昇した気がする。旦那さんの方が良かったのだろうか。からかったつもりなのに、想像以上に本気の表情で返されてしまった。

 でも、まどかは小さく咳払いをして、凛々しくも力強い印象を与える笑顔を浮かべた。

 真っ黒い翼が私を包み込み、優しく立たせてくれる。身体を支えられているから、心許ない足でも安心して直立していられる。

 お礼を言おうとしたが、まどかは私が口を開いたと同時に指を唇へ置いて、首を横へ振った。

 何も言うな、そういう意味だろう。口を閉ざしてみると、最高の笑顔が私を捕まえてくれた。

 

「私の目的は一つ」

 

 今度は、まどかが私の胸元に顔を押しつけてくる。

 瞳の中に『こんな事をして、私、気持ち悪い子かな』という不安そうな色が見受けられたので、頭を撫でて安心させる事にした。

 毛先までを丁寧に撫で、旋毛の辺りで手を止める。桃色の髪を留めたリボンは、深い黒色だ。でも、その黒色は呪いの産物ではない。その色に似た物と言えば、私の色……

 

 

 

 

「私の目的は、ほむリリーちゃんの幸せ、だよ」

 

 

 

 

 ……ホムリリーの色だ。

 まどかが口を滑らせた内容は、とっても嬉しい言葉で。

 

「……やっぱり、貴女だったのね。円環の理」

 

 『ホムリリー』という単語は、私の中に有った確かな疑念に答えを与えてくれた。

 目の前に居るのは、救済の魔女じゃない。鹿目まどかでもない。だが、その両方の性質を持っている存在。私がこの目で見た中で、最も巨大な救済の力を持つ女神だ。

 そんな膨大かつ超越的な概念とは思えないくらい、本人は意外そうに目を見開いているのだが。

 

「え? 知ってたの?」

「救済の魔女は、かつて慈悲の夢を見た存在。その人格は鹿目まどかの物で、貴女は確かに本物のまどか。それは認める。けど、貴女は私が使い魔だという事くらい、分かる筈よ」

 

 一呼吸置いて、まどかの顔色を窺ってみる。気づかれていないと思っていたのか、ちょっと驚いているみたいだ。

 『ホムリリー』の名前を出して置いて、気づかれないと思っている辺り、可愛い天然さを感じる。

 実際、『あちら』で暁美ほむらに抱き締められている円環の理だって、私を魔女に類する存在だと認識していたし、魔法少女消滅の力は私にも効果を及ぼしているんだ。気づかない方が変だろう。

 

「分かった上で私を『暁美ほむら』だと扱うなら……私の大本を知っている可能性が高いという事よね」

「あはは……うん」

「ねえ、貴女の居場所はホムリリーの側の筈よ。まどか……『円環の理』」

 

 円環の理と呼んだ瞬間から、その服装は純白かつ神々しく物へ変わった。翼から黒い色が抜け落ちて、黒色の塊がまどかの手の中で踊っていた。

 先程見たまどかより、ずっと巨大で自由奔放な神聖さを感じさせられる。幾多の世界や無限に等しい数の宇宙に手を伸ばし、魔法少女に慈悲を振りまき続ける最強の概念が、目の前に居るのだ。

 その概念が適用されたが最期、私程度では一瞬で消し飛ぶだろう。が、そこはまどかも分かっているのか、私には救済の力が及ばない様にしているみたいだ。

 

「……確か、貴女は世界の何処にだって実体として存在出来る、のよね?」

「んー……バレちゃってたんだ。あ、もっと正確に言うと、私はほむリリーちゃんの力を借りて救済の魔女の体裁を取った円環の理だよ。呪いみたいな物を被ってたから、誤魔化せたと思ったんだけどなぁ……」

「私がまどかを間違える訳がないでしょう。で、何をしに来たの?」

 

 本気で誤魔化せると思っていたみたいだ。何というか、かわいい。圧倒的な女神なのに、どこか抜けてる所がまどからしい。

 

「ふふ、応援に来たんだ。マミさんの記憶を戻してみたり、ほむらちゃんと楽しんでみたり、ね」

「それにしては、あの黒い手は彼女の首を絞めていなかったかし……っ」

 

 言って、即座に自分を殺したくなった。『永遠にして最高の女神』という威厳と慈悲、可愛さに満ち溢れた雰囲気が、微かに悲しげな物へと変わったからだ。

 

「あれは、その。実はね。あの手は、その」

 

 決定的な事は言いたくない様子で、目を泳がせながら足踏みをしている。背中の翼が発光現象を起こしたり、髪のリボンが黒色に変わったりしている。

 ホムリリーの記憶を漁って、似た表情を探る。すぐに見つかった。これは……

 

(誰かを、庇っているわね)

 

 あの黒い手は、まどかが生み出した物ではない様だ。少し考えてみれば分かる。純白に輝く円環の理が、黒色の呪いを生み出す筈が無い。

 ならば、考えるまでもない。まどか本人が言っていたではないか。『ホムリリーの力を借りて、救済の魔女になりすましていた』と。

 

「ああ……アレは、私の手かしら」

「……それは」

「庇わなくて良いわよ。大体、ホムリリーはその程度の事を気にしたりしないわ」

 

 自分自身の首を絞める程度の事なら、私だって罪悪感も忌避感も抱かない。

 ただし、まどかに気を遣わせた罪は重い。

 

「思い切りお説教でもしてあげなさい」

「大丈夫、もうしたから」

 

 まどかが口元に笑みを浮かべて、悪戯っぽく自分の頭を小突いた。恐ろしい事に、あらゆる時空間から切り離された場所での説教だ。ホムリリーは散々怒られたんだろう。いい気味だ。

 でも、この表情を見た限りでは、まどか自身も深い怒りを覚えている様子ではない。……宇宙の遙かな上を行く存在は、多少誰かが苦しんだりした所で、そこまで気にはしないのだ。

 例えそれが、『最高の友達』であったとしても。

 

(人間性の喪失。まあ、当然ね)

 

 私だって人の事は言えない。

 それを考えると、この世界の『円環の理』は非常に人間らしく、良い子だ。当然、人としての性質を多く残しているが故の悩みも有る筈だが。

 

(……まあ、人間味が無くてもまどかは、まどかか)

 

 まどかの、広大かつたおやかな優しさや温かさは、人間が塵か屑に見える存在になろうと、どこまで巨大な力を得たとしても健在だ。

 そういう子だからこそ、私達は必死で幸せを願い、幸せにしたいと思うのである。だから、彼女の人間性なんて関係無い。

 

 何が有ってもまどかの幸福は絶対だ。

 意志を改めて心に刻み付け、平静を保つ。

 

 気づけば、巴マミと百江なぎさの二人がかなり接近していた。状況説明も面倒なので、逃げてしまう方が良いだろう。

 

「さ、巴マミが来る前に退散しましょう。私の役目を果たさないといけないわ」

 

 足下のさやかと、杏子を見る。二人の事は巴マミが助けるだろう。百江なぎさを頂点に置いているだけで、今でも彼女はこの二人の頼れる先輩であり、友達なんだから。

 多少の心配は有ったが、任せられる人達だ。信じる事にしよう。

 

「あっ……と」

 

 歩こうとして、またよろけた。まどかの翼から離れたので、姿勢が崩れたのだ。

 まどかの手が素早く私を助けてくれたので、幸い地面に顔を打ち付ける様な事にはならなかった。

 

「歩ける?」

「ちょっと、辛いわね」

 

 まどかに尋ねられたので、本当の事を告げる。外面は完全に修復が終わっているが、自分の身を動かすだけの力が足りない。

 少しずつ戻っているので、少し待てば戦闘が可能な状態まで復帰出来るだろう。

 だから、特に気にしていなかったのだが、まどかの『良い事を思いついた』と言いたげな表情を見て、多少の不安がこみ上げた。

 

「じゃあ、連れていってあげるね」

「え、ちょっと。まどか、何をっ」

 

 腰を落としたかと思えば、まどかは私の膝裏と肩に腕を回し、足から持ち上げる。人間を遙かに越えた力によって、私の身体は軽く浮き上がった。

 『お姫様抱っこ』だ。こんな扱いを受けるのは初めてで、まどかに戸惑いの視線を送ってしまう。

 

「えへへ、一度、ほむらちゃんの王子様役になってみたかったんだよね。私じゃ無理だって笑われちゃった事も有るけど、そんな事無いもん」

「ま、まどか。ちょっと、恥ずかしいのだけれど」

「良いから良いから、さあ、私に甘えて良いんだよー?」

 

 私の言葉なんか軽く流して、まどかは翼を羽ばたかせ、空中へと身を踊らせる。流れる風が髪を通り過ぎ、柔らかな腕が私を守ってくれる。

 本当なら世界の法則を無視した速度を出せる筈だが、現実にはゆっくりと進んでいた。

 

「ほむらちゃんかるーい! 子猫さんみたい!」

「人間とは違って、内臓が要らないから……って、どうして子猫?」

「え、ほむらちゃんと言えば猫ちゃんだよ!」

 

 まどかのテンションが妙に高い。

 明らかに私を抱っこする状況を楽しんでいる。居心地は少し悪いけど、まどかが喜んでくれるなら、構わないだろう。

 私だって、悪い気はしないのだから。

 

 

+

 

 ずっと、ずっと。それこそ永遠に近い時間、ほむらちゃんに抱き締められていた気がする。

 私の中で、色々な感情が流れていくのが分かる。ほむらちゃんに対しての沢山の気持ちと、あの引き裂かれた時の思いが溢れている。

 記憶が山の様に浮かんでいく。最初に転校してきた時の、オドオドとした姿。初めて魔女を倒した時の、笑顔。『私』と約束をした時の想い。『私』に向けられた悲痛な叫び。何もかも上手く行きそうだったのに、私が死んでしまった時の見開かれた両目。さやかちゃんと私と、三人でワルプルギスの夜に挑んだ時の凛々しい表情。私に抱きついて思いを口にした時の震え。ワルプルギスの夜に勝てずに、絶望の寸前に追い込まれた時の泣き声。消えて行く私に手を伸ばす姿。リボンを巻いて、私の居ない世界で戦う決意。偽街で一緒に過ごした時の安らいだ笑顔。自分の事を悪魔だと言った時の声。リボンを私に巻いてくれた時の、あの涙。

 全部、私は覚えている。全部、知っているんだ。過去も未来も関係無く、私は何でも知っている。全部、全部分かっているんだ。私が円環の理になった、その瞬間から。

 でも、この世界の事は何も知らない。ほむらちゃんの力と、沢山の不明瞭で正体不明の力が充満していて、私の眼を塞いでいる。

 だから、私が何を言うのかは分からないし、ほむらちゃんがどんな反応をするのかも分からない。

 人間なら当たり前の事だけど、概念としての私は、未来が分からない事が少しだけ嬉しくて、でも怖かった。

 

「……ごめんね、やっぱり言えない。私には、ほむらちゃんにこれを言う勇気が無いの……」

 

 『これ』を言っても、きっとほむらちゃんは怒らない。ただ、納得したまま私を抱き締めてくれる。未来が見えなくたって分かる事だ。

 でも、そんな風に自分が責められるかどうかを考えてしまう事が、たまらなく嫌だった。

 こんな気持ちで、話して良い事じゃないと思った。でも、言おうとする勇気の無い自分が、酷く醜い人間に思えた。

 

「そう……なら、仕方無いわ」

 

 ほら、ほむらちゃんは怒らなかった。私の事を何より大事に思ってくれるから、私が傷つかない様に考えてくれる。

 でも、私の耳は聞き逃さなかった。ほんの僅かな沈黙の間に、彼女が口の中で呟いた、音にすらならなかった発言を。

 

「信頼されていないのね」

 

 『私は悪魔だから、まどかに信じて貰える訳がない』

 そんな諦めが聞こえた。でも違う、ほむらちゃんが信じられないんじゃない。ただ、私は。私は……

 

「ち、ちがっ」

 

 否定しようとして、慌て過ぎて舌を噛んでしまう。この身体があくまでも人間の物だから、結構痛い。反射的に涙目になってしまう。

 

「まどか、落ち着いて」

「う、ありがと」

 

 ほむらちゃんがその涙を拭ってくれた。私の背中をそっと擦って、落ち着ける様に頑張ってくれる。

 悪魔を名乗った時の格好をしているけれど、心配そうに眉を下げている表情から邪悪さを見つけるのは不可能だと思う。そんな物、何処にも無いんだから。

 

「ちがくてっ、ほむらちゃんには……あんまり言いたくないって……思って、その……わ、私、ね」

 

 やっぱり、言うべきだ。私のした事をちゃんと話さないと、頭が変になってしまいそう。凄く辛いけど、言葉にしないと伝わらないから。

 でも、ほむらちゃんは首を振って、私の肩を抱き寄せた。何も言えなくなった私を慈しむ様な目で見つめ、あくまで優しく微笑んでくれる。

 

「どうしても話したくないなら、良いの。それより、私は貴女がこれからどうするかを聞きたいから」

 

 寝る子をあやす様に背中を叩いてくれた。自分だって私の言う事は気になっている筈なのに、言葉を全部飲み込んで、私の気持ちが楽になる様に考えてるんだ。

 だから、これからの事を聞かれた私の胸には、締め付けられる様な苦しみが有った。だって、残酷過ぎたから。

 

「……私は、戻るよ」

 

 私は、円環の理に、戻るんだ。

 私の決意と願いは今でも変わってない。大切なみんなの気持ちを守りたい。魔法少女の希望を絶望で終わらせたくはない。最期まで笑顔で居られる世界に変えると決めた。

 だけど、なら、誰がほむらちゃんを救うんだろう?

 

「だって、私は……概念だもん。人間に戻るのはさ、良くないと思う……戻りたくても戻れないし」

 

 所詮、私は人間より一つ上の概念。人間と一緒に生きていく様な能力は、持っていない。

 

「だから、私の力を返してくれたら今すぐ引き裂くわ」

「さっきも言ったけど、それは駄目。私は、ほむらちゃんの事を忘れたくないもん」

 

 沢山繰り返したほむらちゃんが、その度に初対面の『鹿目まどか』の言葉で心を揺らされ、涙を堪えたか。それも私は知ってしまった。

 あんな悲痛で、辛そうな顔をもう一度させるのか。絶対に嫌だ。そんなの、自分が許せなくなる。

 大体、ほむらちゃんにもう一度『悪魔』として罪を重ねろなんて言える筈が無い。そんな事を言うくらいなら、無理矢理にでも彼女を円環の理へ連れていった方が遙かに良い。

 

「戻りたいけど。でも、戻ったらほむらちゃんがしてくれた何もかもを全部無駄にする事になるんだよね」

「まどか……」ほむらちゃんの声は、とても心配そうだった。

「こうして全部知ったから、私はほむらちゃんを最高の友達だと思えた。けど、ほむらちゃんは私の居ない世界に置き去りになって……」

 

 どうしてこうなったんだろう。

 私を覚えていてくれた彼女は、だからこそずっと苦しんできたのに。それでも頑張ってきたのに、報われない。誰も彼女を救えない。

 一生、『悪魔』という呪いと共に生きていくんだ。それを残酷過ぎるという言葉以外で表現する方法を、私は持っていなかった。

 

「どうすれば良いんだろう、私……」

 

 気づけば、ほむらちゃんに背後から抱き締められていた。

 記憶が戻りかけた時の行為とは違って、抑え込む様な意図は何も無い。ただ、私に泣き止んで、笑顔になって欲しいっていう気持ちだけが伝わってくる。

 

「自分を責めないで。言ったわよね。貴女を責められる人なんて誰も居ない。居たら、私が許さない。って」

 

 マミさんの部屋から出た時に言われた事だ。すぐに記憶が風景とほむらちゃんの顔を思い出させたけど、今は意味の無い事だった。

 

「でも……私、どっちにしてもあなたを傷つける事になるのに……」

「いいえ、まどか」

 

 背後に居たほむらちゃんが、私の前で首を振る。

 困った様子だけど、その表情に諦観は無かった。むしろ、まだ手が有ると確信しているみたいで、思わず期待してしまう。

 

 

 

「藁を掴む様な事だけど……まだ、一番都合の良い道が残っているみたい」

 

 

 ほむらちゃんの視線が、別の場所へ向かう。

 それに合わせて私も同じ方向を見てみると、そこには『私』が居た。救済の魔女ではなくて、正真正銘本物の『円環の理』が。

 

「どうやら、話の途中みたいね。お邪魔だったかしら」

「大丈夫、タイミング最高だったよ」

 

 私達に向かって手を振りながら、『私』が地面に降りてくる。不思議な事に、此処まで接近しても気配が掴めなかった。

 更に、『私』にお姫様抱っこをされて、魔女みたいな気配のほむらちゃんが運ばれていた。さやかちゃん達と一緒に消えた人だ。

 さやかちゃん達は戻って来ないみたいだけど、心配は要らないと思う。何か有れば、私に伝わる様になっているから。

 私達の視線に気づいているのか、『私』が軽くこちらを見て、すぐに腕の中の『ほむらちゃんみたいな何か』との会話に戻った。

 

「運んで貰って、悪かったわ」

「ううんっ。ほむリリーちゃんの使い魔さんなら、みんな私のお嫁さんみたいな物だから、遠慮しなくて良いよ!」

「……ああ、貴女達、遂に結婚したのね」

「式は二人だけで済ませちゃった。人間じゃないと楽だね、家族に反対もされないし。パパやママを泣かせたくないし」

 

 少し離れた場所から聞こえる会話の内容は、何だか変だった。掴めないし、理解出来ない。けど、ほむらちゃんとあの『私』の仲が凄く良い事はしっかりと伝わってくる。

 私達から十メートルくらいの距離まで近づくと、お姫様抱っこをされていた『あけみほむら?』が自分から降りて、地に立っていた。

 ちょっと足がフラフラしているけど、大丈夫みたいだ。

 

「ありがとう、まどか」

「ううん、ほむらちゃんが幸せになれる世界は、私も欲しいと思うし、それが何より私の幸せだよ。貴女の助けになれるとしたら、とってもとってもとぉーっても嬉しいな! なんて思ってしまうのでした」

 

 とても調子が良いみたいで、もの凄く機嫌の良さそうな声を響かせてる。私とは正反対で、悩みなんて一つも無さそうだ。本当に羨ましい。

 でも、そんなとんでもなく楽しげな様子を不審に思ったみたいで、『外見と性格を暁美ほむらとしてデザインされた使い魔』ですら、何だか変な物を見る様な目をしている。

 

「ねえ、凄くテンション高いけれど、何か有ったの?」

「んー? これ? 素だよ。ほむらちゃんの事を考えていたら、もう本能爆発であんな感じになっちゃった。お肉を前にしたライオンさんって、こんな気分なんだね」

「……貴女って、意外と凄い性格してるのね」

「それ、ほむリリーちゃんに何度も言われたよ。もう、私はそんな変態さんじゃないって言ってるのに、ちょっとエッチなイタズラをしただけなのに」

「具体的には?」

「……ウェヘヘ☆」

 

 本当に頭から星を出して、照れたり笑ったりを繰り返す。自分と同じ外見なのに、訳が分からなくて怖い。

 

「貴女ね……」

「だ、だって。ほむらちゃん、クールって感じなのに、照れてる時とかこっちが押してる時は、すっごく恥じらってくれたりして、本当に可愛いの。もっと見たくなっちゃって、ね?」

「……」

「ほむらちゃ……ほむリリーちゃんが私を求めてくれるからね。もう、私も目一杯答えたくって、ね?」

 

 ちょっと『お馬鹿さん』な会話が聞こえてくるから、何だか肩の力が抜けてしまう。

 けど、あれは私だ。『円環の理』だ。しかも、私よりずっと多くの宇宙に影響を与えている事が、見るだけで伝わってくる。

 何より、あの『私』は当たり前の様に人の形を取って、人間らしく世界に存在しているんだ。当然、私には出来ない事だった。

 

「そういえば、我らが本体の様子はどうなっているの?」

「『円環の理』は今も『ホムリリー』とイチャイチャしてる。今は耳掻きしながらマッサージ中なんだって。どっちも必要無いのに、好きだよね……うん? 時間も空間も関係無い場所だから、『今』っていうのは変かな?」

「今更な疑問ね。まあ、まどかの感覚で喋れば良いと思うわ」

「ん、そうしよっか」

 

 最初から最後まで私には意味の分からない会話だった。けど、やっぱり羨ましいくらい仲良しなんだ。私だって、こんな悩みさえなければ、ほむらちゃんと気負わず仲良く出来る筈なのに。

 妬むつもりは無いけれど、私もあんな風にはしゃぎたいと思う。自分の内心に悶々としていると、『私』は笑って片手を挙げていた。

 

「じゃ、後はよろしくね!」

「ええ、任せなさい」

 

 『あけみほむら』の返事を聞くと同時に、『私』の姿が消えた。

 私にも認識出来ないまま、『私じゃない円環の理』は痕跡も残さず、最初から居なかった様に消えてしまった。

 残された私は、唖然とするしかない。私を抱き締めているほむらちゃんも、酷く驚いた為に頭の働きが止まっているみたいだ。

 そんな私達へと、あの『ほむらちゃんに見える存在』が近づいてくる。弱々しい歩き方なのに、灼熱の意志を叩きつけられる気分だ。

 数歩分の所まで来たかと思うと、彼女は足を止め、私達へ向かって笑いかけた。

 

「さて、話は一段落したかしら?」

 

 ほむらちゃんと同じ声で、その人は私を見つめていた。

 同じだ。何もかも、ほむらちゃんと同じだ。違うのは、異様な存在感と、瞳の奥で爛々と光る狂気にも似た感情くらいだ。

 全く同じ外見の彼女は、私とほむらちゃんを見比べて、状況を察した様だった。

 

「まだ、の様ね。見た感じ、会話が止まってしまった状態だけど。さて、当たっているの?」

「貴女が来るのを待っていたのよ」

 

 私を抱き締めていたほむらちゃんが、返事をする。明らかに、知っている人に向けられる口調だった。

 でも、私には何も分からない。二人が何を考えているのかは読み取れなかったし、さっきまで居た『円環の理』が何者なのかも知らない。当事者なのに、蚊帳の外に置かれた気分になる。

 

「ほむら……ちゃん? 一体、何をするつもりなの?」

 

 戸惑いながら尋ねてみると、ほむらちゃんは私に対して困った様な表情を見せて、肩を竦めていた。

 

「……さあ、私にも分からないわ。けど、そいつが助けになるのは確かよ」

「ええ、私は貴女の助けになれるわ」

 

 指さす先に居る『AKEMI HOMURA』が、私へ優しげな気持ちに溢れた視線を送ってくる。使い魔の気配とは別に、深い愛情を感じた。

 でも、この人は決して『暁美ほむら』という人じゃない。外見も中身も同じだけど、絶対に違う。でも、何処が違うのかが分からない。

 ただ、もう警戒する気持ちは沸いてこなかった。この人が何をする為に此処へ来たのか、それが気になるくらいだ。

 

「私の事が気になるのね? まあ、すぐに分かるから気にしないで」

 

 軽く手を振って、気にするなと言ってくる。でも、そうは言っても彼女は正体不明の存在で、気にならない筈が無かった。

 そんな私の気持ちを見抜いたのか、『ほむらちゃん?』がクスクスと笑って、片手を何もない場所へと伸ばす。

 

「見ていなさい」

 

 虚空に向かった手が、よく分からない物に干渉している。この世界の外側に繋がる大きな壁を越えて、より大きな物へ続く道を造っているみたいだ。

 私がそれを見て取った時、そこに大きなドアが生まれた。見覚えがある。あれは、私が夢で見た扉だ。私が魔法少女の世界に入る、ほむらちゃんが転校してきた日に見た扉だ。

 でも、その先からはとんでもない気配がした。私と、私ではない……ほむらちゃんに似た凄い力の波動が此処まで伝わってくる。

 そこに有る物に呼応する形で、私の中からも力が溢れ出す。空に浮かんだ紋章が自然と胸の前に降りてきて、気づけばそれを両手の上に乗せていた。

 横に立つほむらちゃんも、手の甲からダークオーブを取り出している。扉の先に在る物へ、ちょっとした警戒を持ってるみたいだ。

 

「時間は、零時三十五分」

 

 私達の反応を面白がる様に眺めると、彼女はこの場には一つも無い時計を見て、時間を口にする。私が記憶を取り戻してから、三十五分経ったみたいだ。

 

「今日は私が此処に来てから、三十一日め。『暁美ほむら』の到来には、相応の舞台が整った」

 

 何を言っているのかが、分からない。

 分からない自分に何だか腹が立つ。

 

「日付が変わった時点で、もう到達していたのよ。『私』がね。ちょっと、色々タイミングが外れてしまったけれど……貴女達を、あちらに招待するわ」

 

 そう言って、『ほむらちゃんに見える何か』が扉を開いた。

 その先には真っ黒い空間が広がっていたけど、不気味さや怖さは感じない。この先には、沢山の強い想いが篭められている気がする。

 

「……遂に、来たのね」

「ええ」

 

 扉の奥を見ていたのは、ほむらちゃんも同じだった。でも、彼女は何か知っているんだろう。私とは違って、混乱している訳じゃない。

 幸い、話しかけ難い『あけみほむら』と違って、ほむらちゃんには普通に問いかける事が出来た。

 

「どういう事なの? ほむらちゃん?」

「簡単よ、まどか。私達は、最初から打ち合わせをしていたの。貴女が、円環に戻った時の為にね……私は、そもそも貴女の記憶を戻したく無かったのだけれど」

 

 特に隠さず、教えてくれる。切なそうな表情で見つめられると、胸が締め付けられる気分になってしまう。やっぱり、私はこの子を置いて行きたくなかった。

 『もう二度と、貴女を離さない』そう言えたら、どんなに幸せだろう。

 

「そんな風に悩まなくたって、私……いえ、暁美ほむらが貴女を助けるわ」

 

 何だか顔に出ていたみたいで、『あけみほむら』は使い魔の気配を振りまきながらも、私を安心させようと頑張ってくれている。

 

「その……私を信頼出来ないのは無理もないわ。けれど、信じて欲しい。私達は、心から貴女の幸せを願っているから」

 

 この人も、ほむらちゃんだ。使い魔だとか魔女だとか関係無くて、彼女は『暁美ほむら』なんだ。心配そうな表情を見て初めて、素直にそう思えた。

 私の視線がくすぐったかったのか、彼女は少しだけ肩を揺らす。けど、堂々と直立する姿に嘘は無くて、扉へ向かって私達を案内する姿勢は、何だか格好良かった。

 

「……分かった。信じるよ」

「良かった、まどかが信じてくれて嬉しい」

 

 無意識なのか、表情が一気に明るくなる。この人は使い魔の筈なのに、昔のほむらちゃんの欠片が見え隠れしていた。

 けど、髪を左手でかき上げた時には、ちょっと冷たく凛々しい顔付きに戻っていて、片手を扉の中へ入れている。

 

「さ、行きましょう。私の主とその夫……妻? が待っているわ」

 

 冗談っぽく笑って、この人は私達に手招きをする。

 何だろう。あまり知らない人の筈なのに、凄く信頼出来るという事が分かる。だから、なのか。私の足は自然とそちらへ向かっていった。

 

「ほむらちゃん、行こ」

「……ええ」

 

 私の背後を守る様にくっついてくるほむらちゃんへ手を伸ばし、手を繋ぐ。指先を一本ずつ絡めて、離れない様に力を入れた。

 そんな握り方に驚いて、私の顔を見るほむらちゃん。けど、手を離そうとはしない。むしろ、それに応じて指を絡め返してくれる。

 

「……」

 

 私達の手を、じっと見つめられている。正直に言うと、照れくさかった。

 

 そして、私達は扉の中へと入っていき、先へ進む。

 

 この先で『私の悩みを解決してくれる何か』が有るという直感が有ったからか、今までよりは心が軽い。隣のほむらちゃんがちょっと照れている姿を楽しめるくらいには、気持ちが上向きになってくれた。

 

 

 

 

+

 

 日誌 AKEMI HOMURA記 五月十七日

 

 

 今、私は二人と一緒に進みながら、これを書いている。

 

 街頭のテレビは内乱が外国からの干渉によって、遂に戦争に発展した事が話題になっているが、それはそれだ。

 自殺者の増加もまだ報道されているが、その原因が魔獣にある事を私は知っている。幾らかの狂気による殺人も、魔獣が絡んだ可能性が高い。

 まあ、少なくとも見滝原周辺では、もうこの手の犯罪は殆ど起きないだろう。特に、まどかの周辺では絶対に起きない。だから、テレビの内容は忘れる事にする。

 

 何せ、遂にこの日がやってきたのだ。今から殆ど一月前のあの丘で、悪魔としての私に語った日が遂に来たんだ。

人間ではない私が、どうして人間の事に気を向ける必要が有る。

 

 そうだ、私の名は暁美ほむら……いや、AKEMI HOMURA。魔法少女の中の魔法少女にして、使い魔の中の使い魔。

 まどかよ、私の業を見て! そして、幸福になりなさい!!




『私の名は暁美ほむら……いや、AKEMI HOMURA。魔法少女の中の魔法少女にして、使い魔の中の使い魔。まどかよ、私の業を見て! そして、幸福になりなさい!!』
『我が名はオジマンディアス、王の中の王。神よ見よ、我が業を。かくて絶望せよ!』 『オジマンディアス』
ウォッチメンから孫引き改変。


……まあ、本作のクリームヒルトは、正体を偽っている円環の理なんですが。使い魔の方の彼女が滅茶苦茶怪しんでいた事や、「懐かしい気配」などで気づかれた方も居るかと思います。

さあ、後3話です。日曜日には完結しますね。無事完結した後、おりキリの登場する外伝(ほぼ執筆済み)と、これから書くまどリボほむ外伝を投下したいと思っています。
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