使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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二人のほむらが迫り……

 一ヶ月前

 

 

 

 たった一人でステップを踏み、たった一人で踊る。

 誰にも見られていない。誰も、一緒には踊ってくれない。

 でも構わない。ここが私の終着点で、この孤独は私の罪に対するささやかな罰だろう。

 私は、悪魔だ。摂理を乱し、この世界を蹂躙する存在。当然の様に神の理へ叛逆し、最後に醜く罰せられる。それを宿命として受け入れた者。

 それが私だ。魔女として中途半端だった私は、遂にそこまで至った。まどかの事を考えて、まどかの事を想って、まどかが幸せになれる世界を作る為に、私は此処まで来る事が出来た。

 こんな酷い過ちを犯した私は、もうまどかに受け入れて貰う資格が無い。欲望のままに動いてしまった分、まどかとの幸福なんて求めてはいけないと、そう、思っていた。

 

(でも、私はまどかと仲良くなれた)

 

 草原の上で軽く踊りながら、今日の登校時間の事を思い出す。

 何がどうしてこうなったのかは分からないけど、事実として、まどかは私の事を一番の親友だと思ってくれた。リボンを大事にすると言って、私に笑いかけてくれた。

 こんなに幸せな事は、他に無い。私の全てが歓喜して、転げ回るくらいに嬉しかった。

 今日の学校は天国だった。悪魔の私すら心安らぎ、浸っていたくなる程の幸福が押し寄せて、もう胸が一杯だ。

 お昼休みなんて、もう最高だ。二人っきりで一緒にお弁当を食べる。こんな機会が今の自分に与えられるなんて、想像もしていなかった。

 

「まだ、もう……だめよ」

 

 でも、駄目だ。私にそんな資格は無い。まどかに受け入られなかった私には、まどかと一緒に過ごす資格なんか、何処にも無い。

 その資格を捨てたからこそ、私は今の自分になれたんだ。どんなに苦しくたって、傷ついたって、まどかを想った事が原因なら、その苦痛を愛おしく思うべきだ。

 

 あの瞬間、私は確かに自分の全てを受け入れ、まどかの全てを愛したんだから。

 

 悪魔となったのは、私の最大の決意で、最大の過ちで、最大の成果。間違っているのは、分かっている。だけど、だからって止めたくない。

 このままじゃ、駄目だ。まどかと離れられなくなる。いずれ訪れるまどかとの戦いに於いて、何も出来なくなってしまう。

 

 その為にも、どんなに辛くたって決別しなきゃならない。

 ダークオーブを手の中に抱き、その闇色を眺める。この奥に封じ込めたまどかの因果は、相変わらず私を癒してくれた。

 だからこそ、覚悟を決められる。

 私が立っているのは、丘……崖の上だ。普通の人間なら、此処から落ちれば即死する。でも、私は悪魔だ。こんな程度は損傷にも入らない。

 だから、決意を行動で表現するには丁度良い。ここから落ちた時、私はまどかとの関係を絶つ覚悟を決められると思う。

 

 だから私は腕で十字を作り、ダークオーブを胸の中で抱いた。

 勇気をください。まどかを戻す為に世界の理を書き換えた、あの瞬間の愛をもう一度。自分の中の悪魔に、そう願う。

 

 

 

 

 

 

 そして、私はそのまま前のめりに落ちて。

 

 

 

 

 

 

「まだ、だめよ」

 

 腰を掴まれ、私の身体は丘へと戻された。

 強引だけど、気遣いの有る手つきだった。今の私をそんな風に助けようとしてくれる人なんて、一人しか居ない。

 

(まどか……?)

 

 だから一瞬、まどかが私を助けてくれたんだと思った。けど、それにしては私を掴む腕は細くて、背丈も少し違う。何より、髪が長くて黒い。

 

「まどかだと思った?」

 

 背後から、耳元へ囁く声が聞こえる。何処かで聞いた、いや、何時も聞いている声音だ。でも、決してまどかではない。そして、美樹さやかや巴マミ、佐倉杏子でもあり得ない。

 一体、誰が私を捕まえたのか。腕を振り解き、相手の顔を確認しようと振り向く。

 瞬時に、驚愕で頭が真っ白になった。

 

「残念ね、私よ」

 

 そこに居たのは、私と全く同じ姿をした『何か』だ。イヤーカフスに目元の隈。唇のルージュまで全く同じ外見をしていて、服装は私の魔法少女としての物だった。

 背後のリボンが意志を持つかの様に揺れている事を除けば、まるで違う所が感じられない。散々見てきた自分の外見を間違う筈が無いのだ。

 でも、どうして私と同じ外見の存在が居るのか。まさか、彼女はこの世界の暁美ほむらなのか。円環の理から派遣されてきた暁美ほむらなのか。

 多数の疑問が浮かんでは否定される中で、目の前の何者かは含み笑いを浮かべている。

 ふと、視界の端で『クララドールズ』の一体、オクビョウが立っている姿が見えた。その使い魔気配と、目の前に居る私に似た存在の雰囲気は、よく似通っていた。

 

「……貴女、使い魔?」

「鋭いわね」

 

 直感を口にしてみると、彼女は賞賛混じりに頷いて見せた。どうやら、正解だったらしい。

 でも、こんな使い魔を作った記憶は無い。そもそも、こんな精巧な『暁美ほむらの人形』を作って何になるというんだ。

 

「随分とインキュベーターを痛めつけているのね」

 

 疑問を抱いている内に、彼女は草原の中で雑巾の様に転がるインキュベーターを助け起こし、座り込んで膝の上に乗せた。

 背中を撫でる手つきには、善意も無ければ敵意も無い。ただ、同族を見る様な瞳を向けている事だけは確かだ。

 

「私は、インキュベーターが嫌いじゃないわよ。方法論が異なるだけで、何かを救おうとする姿勢は賞賛すべきでしょう。人間性の欠如なんて言うなら、こいつも私達も大差ないわ。感情が有るか無いかよ」

 

 乱れた毛並みを手櫛で元通りにして、私の反応も視線も無視してインキュベーターを持ち上げる。赤い瞳に両目を合わせて、彼女はニッコリと笑った。

 

「さて、インキュベーター。私の目を見なさい」

 

 請われるままに、赤い瞳が動く。

 数秒くらいお互いに見つめ合ったかと思うと、インキュベーターがそっと草の上に乗せられた。

 その目に映るのは、驚愕と恐怖だった。今まで、一度でもアレらがそんな反応を返した事は無いというのに。まるで、世界の終わりでも見せつけられた様だ。

 

「分かったわね。なら、自分の居るべき場所に帰るのよ」

 

 もう一度撫でると、彼女には何も言わないまま、インキュベーターは必死で走り去っていった。感情なんて持っていない筈なのに、その後ろ姿は思わず哀れむ程の悲壮に溢れていた。

 絶対に見る事は無いと思っていた態度の数々に、私の頭は驚きで動かなくなっている。そんな姿を楽しげに見つめた後で、彼女は私に向かって深く頭を下げた。

 

「初めまして。まどかを幸せにした暁美ほむら」

 

 声の中に尊敬を含めた、素晴らしいまでに丁寧な一礼だった。

 

「……初めまして」

 

 挨拶を返すと、満足げな吐息が帰ってくる。その表情も、鏡で見た私の物と同じだった。瞳の濁り方まで殆ど変わらない。

 無意識の内に、私の使い魔達が集まってきた。何時でも戦闘を開始できる姿勢になって、待ちかまえている。

 私自身もまた、未知の存在に対して最大限の警戒を叩きつけながら、出方を窺い続ける。

 攻撃するべきか、否か。少し考えたが、相手には戦う意志が見られない。きっと、攻撃を仕掛けた所で無駄に時間を使うだけだ。

 向こうから話しかけてくる様子は無い。ひたすら私の姿を見つめて、その異常な程に強い意志を感じさせる瞳を光らせているだけ。こちらから声を掛けるのを、待っている様に感じた。

 

「貴女は、何者?」

 

 反応を見る意味で、尋ねてみる。しかし、顔色一つ、眉一つ動かさなかった。

 それでも彼女は口を開き、私によく似た声で喋り出す。

 

「私の事はどうでも構わないでしょう。それより、今、貴女は何をしようとしていたの?」

 

 そこで初めて、相手の目に非難らしき色が浮かんだ。毎日鏡で見ている顔だ。考えくらいは何となく分かる。

 

「それは……」

「まどかとの関係を断ち切って、いつか敵に回った時に彼女が出来る限り傷つかない様に。そして自分が出来る限り躊躇しない様にする。そうではないの?」

 

 牽制する様な口調でまくし立てると、彼女は私の顔から視線を外し、何かが見えているかの様に天空を眺めつつも、小さな溜息を吐いた。

 

「正解、みたいね。でも、その選択肢は駄目よ。まどか、友達が出来たってあんなに喜んでるのだから」

 

 諭す様な調子で、怒っている人間の口調ではない。けれど、同じ外見をしているからか、何となく激昂されている事が分かった。

 それに気づいてしまえば、この使い魔の奥に有る恐ろしい意志を意識せざるを得ない。人外の怪物と呼んでも差し支えのないくらい強烈な精神性を感じてしまい、動揺によって身体の動きが鈍る。

 

「貴女と疎遠になるなんて、まどかを苦しめるだけよ。逃げるつもり? ……まどかから」

 

 しかし、今話しているのはまどかの事だ。精神の問題など瞬時に消し飛んだ。

 

「分かってるわ。そんな事……だけど、私にはそんな生き方をする権利が無い。そんな物、とっくに捨てたから」

「でも、貴女はまどかに必要とされている。貴女自身が望もうが望むまいが、関係無い。まどかの幸せを思うなら、側に居てあげるべきよ」

「……記憶を」

「奪うなんて、許さない。彼女の記憶と想いは彼女の物、仲良くした方がお互いに幸せだとは思わない?」

 

 分かっている。こいつの言う事は分かっているが、このまま自分の弱さを認めてしまったら、どうしようもなくなってしまう。

 どうやら、目の前の私に似た存在は、これを言う為だけに現れたらしい。『まどか』という名前を宝物でも見せびらかす様に発音した所が、何となく好感を覚える。正体は分からないが、少なくともまどかを大切に思っている事は間違い無い。

 僅かに肩の力を抜く。少なくとも、彼女はまどかの敵ではないだろう。仮に精神も私と同じであるなら、こいつがまどかを傷つけようとする存在ではない事は明白だ。

 ただし、私を見る目はじとりとした意志を含んでいて、何やら非難されている気分にさせられる。

 

「彼女、アメリカ帰りで寂しがっていたのよ。私が貴女の代わりに友達になっておいたから、後は頼むわ」

 

 いや、実際にそれは非難だった。

 鈍器で頭を殴られた様な衝撃が私を襲う。勿論、精神的な感覚だ。まどか程の良い子が友達を作るのに苦労するなんて事は有り得ないと思っていたから、あまり心配していなかった。

 こんな事は言い訳にもならない。確かに、それは私の失敗だ。そして、まどかが急に私の事を親しい友達として扱ってくれる様になったのも、目の前の人物が行った事らしい。

 これは、感謝すべきなのだろう。

 

「貴女の仕業だったのね」

「まどかが寂しそうにしているのに、それ以外の選択肢を取れるの?」

 

 取れない。いや、そんな手を取る訳がない。まどかを幸福から遠ざけるなんて、あってはならない事だ。

 どうやら、自分のミスを埋めてくれたのは確からしい。依然として正体不明の存在ではあるが、素直にお礼は言っておく。

 

「……助かったわ」

「一から十までまどかの為よ。貴女の為じゃないわ」

 

 そう言いつつも、小さく口元が緩んだのが分かる。感謝は受け取ってくれた様だ。

 二つの影が月明かりに照らされている。私の、悪魔としての目はその形を人型とは異なる物として認識していた。相手の影は異形にも似た姿をしていて、狂気が塊になった様な雰囲気だったのだ。

 何という怪物的な『暁美ほむら』だろう。けど、やっぱり私は私みたいだ。まどかの事を考えている時の雰囲気は、酷く似ている。

 明らかに人間や、それに類する存在じゃない。けど、インキュベーターの様な怪しさは無い。どちらかと言えば、『魔女になった私』に近い様な……

 

「何だか色々と読み取られている様ね。概ね間違っていないと思うわ」

 

 自分を怪しむ視線など気にもしていないのか、私とそっくりな挙動で髪をかき上げている。

 真っ正面から流れる黒髪を見ると、それが暗闇に消えていく様な錯覚を与えられた。

 

「私は、まどかの話をする為に此処へ来た。ああ、別にあの子を害する様な事じゃないから、身構えないで」

 

 腰に手を当てて、優しげな微笑みを向けてくる。

 やっぱり、まどかの名前が出た時の表情は比較的明るかった。声の調子だって上向きで、上機嫌なのが見るだけで分かる。

 私だって、まどかの事を考えているだけで、まどかの事を話しているだけで、幸せになれるんだ。なのに、私は……

 

「そんな風に苦しそうな顔をするべきじゃないと思うけど」

 

 私の心の隅で浮かんだ自己嫌悪を、この『暁美ほむら』は正確に見抜いてきた。

 驚く暇も与えられず、彼女の両手が私の肩を掴む。一瞬だけ生まれた思考の空白を突かれて、そのまま身体を接近してきた。

 

「ねえ、笑って欲しいの。貴女が笑えば、まどかも、私も幸せになれる。誰も損をしないのだから」

 

 かなり顔を近づけて、真剣に告げられる。

 よく見てみると、彼女の方が私より頬に弾力が有りそうだ。輪郭に愛らしい丸みが有って、思わず触りたくなる。

 

(まどかだって、こんな頬をした子と頬擦りした方が気持ち良いかもしれないわ、でも……似合わないわね、隈)

 

 我ながら、目の下の隈は余計だ。普通に笑っている筈なのに、不気味さを帯びてしまう。私の目つきが相当に悪くなってしまったという事は自覚していたが。こうして外側から見ると相当に暗い空気を漂わせてしまう。

 とはいえ、これを直すのは面倒だ。そのままにしておくしか無いのだが。

 

「逃げないで、さあ、笑いましょう」

 

 意識を逸らして若干の逃げに入っていた私を、読み取られたらしい。逃げようと肩を揺らすが、何故か身体が上手く動かない。

 いや、腕の間接や筋肉に力が入らない様にさりげなく姿勢を制御しているんだ。私にも出来る技術だから理解できる。そして、彼女に私を離す気が無い事も分かった。

 

「離れて」

「お断りするわ」

「……何のつもり」

「全ての暁美ほむらを代表して、貴女に労いと賞賛と、感謝をしたくて」

「私は、まどかの決意を踏みにじったのよ」

「いいえ、貴女は妥協しなかった。自分自身と、そして世界と戦う覚悟を決めた。例え誰が否を唱えようが、私は貴女を尊敬するし、認めたいと思う」

 

 半ば抱き締められた状態で、心から賞賛される。背中を撫でられていると思った時には既に腰へ腕が回されていて、身体が密着していた。

 母性などから来る行為などではなく、あらゆる部分が英雄を称える敬意に満ちた手つきであり、出来る限りの栄誉を渡そうとしている。

 急に抱き締められたのに、何故か本気で拒絶できない。受け入れられているのが、認めて貰えるのが嬉しい。止めて欲しい。私は間違っているのに、そんな風に言われる様な存在じゃないのに。

 こんな風に扱われたら、喜んでしまう。辛くて、胸が痛い。貴女に、何が分かるのか。私は悪魔。まどかを蝕む悪魔で良い。だから、だからっ……!

 

「分かるわ。だって、貴女は私だもの。気持ちは、誰よりもよく分かる」

 

 腰に掛けられる腕の力が、少しだけ強くなった。

 涙は出なかった。けど、心は大きく揺れた。自分自身による絶対的な肯定は、思っていたよりもずっと心に響く。

 言葉にしてしまえば、私は甘えてしまう。まどかと一緒に居て良いんだと、思ってしまう。

 そんな風に悩んでいた私の頭に、冷水を叩きつけられる様な衝撃が有った。

 

「……」

「だから、そんな風に自分を傷つけても良いけど、まどかを心配させない程度にしておきなさい。自分の気持ちより、まどか。そうよね?」

 

 ……そうだ。その通りだ。

 私は、今まで何を考えていたのか。自分の気持ちなんかどうでも良いじゃないか。全ては鹿目まどか。それだけの事なんだ。

 

「悪魔でも何でも良い。誰よりも素敵な鹿目まどかという女の子に、幸せになって欲しい。最後まで笑顔で居て欲しい。それを邪魔する全ては、倒してみせる。変えてみせる。これが私、私達の願い。貴女の思い。そうでしょう?」

「……まどかに失礼よ」それは、まどかが世界を変えた時の言葉だ。軽々しく使うのは許さない。

「ああ、分かったのね。流石は暁美ほむら、素敵なくらいまどかに詳しい」

 

 私の怒りで周囲が極寒の雰囲気を纏ったが、彼女は平然としていた。むしろ、篭められていた尊敬の念が更に強くなった気がする。

 冷えた空気が暖められて、温い雰囲気が散布されていく。

 頃合いを見て彼女は私から数歩離れていき、一度だけ満足げに、かつ大きく頷いた。

 

「会えて本当に光栄だけど……一つ、頼みが有るの」

 

 

 何か、言いたい事が有るらしい。

 この僅かな出会いですっかり心の中に入り込んできた存在の言葉だ。聞こうと思える。

 

「……何かしら」

「私は、まどかを幸せにする。ただそれだけの目的でこの世界に現れた。だから、私は今よりもっとまどかに幸福を知って欲しいの」

 

 前置きとして、当然の事を告げられる。そして、少しばかり私の四肢へ警戒を向けたかと思うと、彼女ははっきりと口にした。

 

「彼女は、自分が何者であったのかを思い出さなければならないわ」

「駄目よ、絶対に認めないわ」

 

 即座に答えて、瞬時に攻撃へ移ろうとする。が、向こうは戦う気なんか一つも無いらしく、ただ佇んだままだった。ただし、こちらが仕掛けても避けられる様に構えてはいる。

 

「そういうと思っていた。だけど、貴女がどれだけ頑張ったって、もう遅い。もう、まどかが円環に戻るまで時間が無い。もうすぐ、いいえ、今すぐにでも戻るかもしれない……まあ、私が現れた時の影響が大きいと思うけれど」

 

 最後に小さく呟かれた言葉は、よく聞こえなかった。

 ただ、その話を聞いた私の頭から余裕は消える。まどかが記憶を取り戻す。それは、圧倒的な現実味を持って私を押し潰す。

 そんな事は許せない。だが、現実として私は彼女が失った筈の記憶を口にする所を見ているのだ。

 

「させる訳にはいかないわ」

「させる訳にはいかない? 貴女はまどかの敵じゃないのよ。まどかに最高の友達と戦わせるなんて、絶対に許さない。そんな不幸を、私は見逃さない」

 

 言われて、喉の奥に嫌な物が走る。そう、私が敵対すれば、まどかは傷つく。自惚れたくはないけど、そのくらいの気持ちを向けられている自覚は有る。

 そんな私を少し離れた所で警戒を続けたまま、彼女は不敵に笑っていた。暁美ほむらの、私の作る表情としては不自然だけど、似合っている。

 動揺させられた私に向かって、しっかりと語りかけてきた。

 

「だから、一月、一月だけまどかの記憶を抑え込んで欲しいの。一ヶ月あれば、手が完全に届くだろうから」

「え……?」

「そして、もし円環の理が戻ったら、時間を稼いで欲しい」

 戸惑う私に詳しい説明はしないまま、ひたすら自分の計画を口にしていく。

「縋りついて罵って、喚いてでもまどかの意識を釘付けにして。ちょっとの間で良いわ。ただ、話し合うだけでも良い」

「待って、どうしてそんな事を」

「まどかは確かに過去と未来の全てを知る事が出来るけど、貴女に人間としての部分を抑えられている状態であれば、かなり足を引っ張れる筈。私の能力も使えるから、全知は何とか潰せるわ」

 

 言葉を切ると、また空を見上げる。どうしてか、その先に言葉にする事すら出来ない『何か』が入り込んでいる気がする。

 

「円環の理を具現化させたという形でのまどかが側に居れば、手はより大きく届くかしらね」

「……貴女は、何を言っているの」

 

 まどかの記憶が戻るのを許容しろ。まどかの記憶が戻ったら時間を稼げ、まどかの記憶が戻れば『手』が届く。

 その全てが私の理解が及ばない物だった。向こうも説明不足を自覚しているのか、小さな声で「ああ、急ぎすぎたかしら」と呟いている。

 

「まあ、分からないわよね。当然の事よ」

 

 そう言うと、彼女は再び顔を寄せてくる。こちらが警告代わりに敵意を向けても構わず、どんどんと近づいてきたと思うと、鼻先が触れる距離まで来た所で止まった。

 唇と額が接触しそうで、瞳と瞳が今にも混ざり込みそうだ。深い黒目の奥で蠢く物が大きくなっていき、そのおぞましい光に睨まれた様な気分に陥る。

 

「何をっ……」

「落ち着いて」

 

 弾き飛ばそうとしたが、しっかりと固定された為に動けない。

 不安感がせり上がってくる。私は何をされてしまうんだろう。表情には恐怖心を出さない様にしているけれど、内心ではまどかに助けを求めたい気分で一杯だった。

 

(まどか、まどかまどか。まどか……)

 

 この奇異なる瞳が、私を抱き締めている。粘性の液体に絡まれて、そのまま飲み込まれている気分だ。私を捕まえている腕は真っ黒で、決して人の物なんかじゃない。

 これは、この存在は薄っぺらな『暁美ほむら』の顔の下に、何らかの意志が形を成しているのだ。

 沢山の魔女を見てきた。多くの魔獣を狩ってきた。けど、此処まで直接的に精神を破壊する存在感を私は今までに見た事が無い。

 今にも口はまどかの名前を呼ぼうと開いている。音にならない吐息が漏れて、声になりかけた。

 

(まどか、まどか。まどかまどかまどか。まどか……いいえっ!)

 

「私は、まどかの……幸せが、欲しいのよっ!! 助けなんて、呼ぶ訳が無いでしょう!」

 

 叫び出して転げ回りたくなるけど、それがどうした。

 まどかに助けを求めたくなったって、絶対に口にしない。私が助からなくたって構わない。

 

「そんなものには、負けないわっ!」

 

 まどかへの想いの全てが恐怖もおぞましさも吹き飛ばし、意志に変える。私の元に存在する全ての使い魔が一度に動き出し、持ちうる全ての手段によって攻勢に転じた。

 全ての全てが私の先に居る『何か』を滅ぼす為に動く。しかし、彼女は一つも避ける素振りすら見せず、ただ、目を瞑った。

 その時、世界が私にとっての見慣れた光景に変わる。色が変わり、何もかもが止まった状態へと。

 ああ、色褪せる程に見慣れた場所だ。時間が止まった空間。私を支える固有魔法。

 

「っ……時間操作。ああ、貴女には使えて当然かしらね」

 

 驚くまでもない事だが、この使い魔は時間操作を使える様だ。だが、好都合だ。慣れた場所で戦える。

 どれだけ好意的な存在だろうと、このおぞましさをまどかの居る世界で放っておける筈が無い。もし、もしもまどかが発狂してしまったら、私は何度自分を処刑しても足りないくらい自分を呪うだろう。

 だから、此処で始末する。そういう決意を篭めたのだが、目の前の使い魔は困った様子で眉を落とし、俯きがちになっていた。

 

「……その、ごめんなさい。随分と怖がらせたみたいで」

 

 深く頭を下げてくる。唐突に告げられた確かな謝罪の意図が分からず、出鼻を挫かれた事で戦意が薄れてしまう。

 これを狙ったのかと一瞬だけ疑ったが、多分、違うだろう。どう見ても、『申し訳ない事をしてしまった』と思っている様にしか見えない。

 

「この姿を見せるのは生まれて初めてだから、此処まで酷いとは思わなかったのよ。本当に悪い事をしたと思ってるわ」

 

 本気の謝罪を口にすると、彼女は表情を明るくする。

 

「でも、再認識した。貴女はやっぱり私の大本で、私達『あけみほむら』の誇り。だからこそ、貴女には全てを教えておきたいの」

 

 もう一度瞳を合わせ、私を見る。改めて見ても確かなおぞましさだが、よくよく見てみると、爛々と輝く目の光は私も抱いていた物だった。

 『愛』。誰に対する物なのか、なんて聞くまでもない。当然、まどかに捧げられた物だ。

 その瞳が私を吸い込んでいく、いや、私の中に何らかのイメージを与えていく。抵抗しようと思ったが、その前に彼女の声が聞こえた。

 

「ただ、『私』を見せたいだけだから、拒絶しないで」

 

 信じる気は無いが、勝手に瞳と瞳が情報を運ぶ。

 

 そして、知識が流れ込んだ。

 

 

 

 

 

 それは、かつて『暁美ほむら』と名乗り、まどかを守る一ヶ月を一心不乱に繰り返し、いつかまどかの後押しによってそれを完遂した者。

 最果てに至り、時間と空間、世界の流れと世界そのものを自由に操り、あらゆる全てに遍在するが故に本質的な全知の存在。宇宙に住む存在の力が一切及ばない場所に住み、己の化身とも呼べる存在を世界に送り続ける物。

 その名は、ホムリリー。世界すら超越した力を、たった一人の少女の為だけに使う怪物。

 

 『暁美ほむら』が心から嫌っていた灰色の世界は、鹿目まどかとの出会いによって黄金に輝いた。でも、最後まで『私』はまどかに助けられてばっかりで、まどかを助けられなかった。

 だから、『私』が返すんだ。まどかに貰った幸せの分、まどかに幸せになって貰う。例え次元の彼方だろうが、あらゆる世界の最果てだろうと、彼女が存在するのなら、幾らだって力を使う。

 その為ならば、私は永遠に世界の狭間で怪物として存在し続ける事になっても良い。だって、まどかは此処にも居るんだから……

 

 

 

 

 

 

 

「……成る程、ね」

 

 与えられた知識は、恐るべき密度と現実味を持って私の心を直撃した。

 あまりに濃厚な感情の山に腕が震えるが、これは恐怖なんかじゃない。喜びと、武者震いだろう。

 だって、私以外にも沢山の暁美ほむらがまどか、まどかと言って戦い続けている事が分かったんだ。自分と目的を同じにする、完璧に分かり合える存在が居る。それはどんなに頼もしいだろう。

 それに、この『暁美ほむら』は『鹿目まどか』を助けられたんだ。まどかの願いによる後押しが有ったにせよ、彼女は幾多のまどかを幸せにしようと戦い、それを成就させた。

 

 私は、まどかを笑顔に出来るんだ。そんな事実だけで、胸が一杯になった。

 

 嘘だとは、幻だとは思わない。いや、思えなかった。だって、この情報を見た瞬間、私の悪魔としての部分に何かが触れた。広大過ぎて理解の及ばない、何者かの手が触れたんだ。

 決して夢幻では作り出せない、世界の外側から流れ込む『何か』、自分によく似た魔力を持った存在が動いている事は、よく理解できた。

 

「あの場所なら、まどかに損をさせない方法が存在しているわ。それさえあれば、問題は解決よ」

 

 あの場所、というのが何を指しているのかは分かる。ホムリリーの人格が、巨大な円環の理と共に過ごしている場所だ。

 何故、どういう方法を使うのか、とは聞かない。言葉には出来なくとも、その意味が伝わった。

 

「分かったわ。万が一の場合は、時間を稼いでみせる」

 

 背後の使い魔を下がらせ、片手を差し出す。

 意図を理解したのか、迷わず握手に応じてくれた。

 

「良かった。分かってくれたのね」

「まどかの為になる事なら何でもするわ。当然でしょう?」

「ええ、『暁美ほむら』はそういう奴よね」

 

 淡くも凄まじい笑みを浮かべて、彼女はすっかり私から距離を取った。元々、この話をする為だけに来たんだろう。

 しかし、少し気になる事も有った。あの存在は、ホムリリーの力を運び込んでいる。その間は何をしているんだろうか。疑問に思ったので、聞いてみる。

 

「貴女はどうするつもり?」

「一ヶ月の間、私は見滝原を散策しているわ。貴女は、まどかとの楽しい学生生活を送って頂戴」

 

 全く振り向かないまま、軽く手を振りながら返事を送ってくる。もう何も話す事は無いんだろう。多分、これを逃したら一ヶ月後まで会う事は無い。

 だから、気になった。まどかに認識されずに一ヶ月間を過ごすのは、私にとっては本当に苦しい事だったから。

 

「まどかと過ごす。この役目は貴女にも出来る筈よ。貴女だって、私じゃない」

「無理よ」小さく呟く様な返答が来る。「所詮私は使い魔だし、何より」

 

 振り返った彼女は無表情の筈なのに、鬼の様な形相をしている様に見えた。

 思わず気圧されたが、態度には出さない。すっかり隠し事が得意になった自分にとっては、大した努力も必要無いが、彼女は読み取ってきただろうか。

 

「あのまどかにとっての『ほむら』は、貴女」何処か楽しげな表情で、彼女は囁きに近くもはっきりとした声を送ってくる。「まどかと一緒に生きる権利は、貴女の物だから」

 

 それだけ言うと、再び背を向けて去っていく。時間操作の魔法を使って消えようとは思わない様だ。その辺りは、私とは少し違う気がする。

 

「……」

 

 消えていく背中を見ながら、考える。

 

 どんなに表情が変わらなくても、自分自身と同じだから、その考えが何となく分かるんだ。

 あれは、本気で『まどかの幸せ』を考えている。けど、『まどかとの幸せ』は余り考慮していない。むしろ、自分の事なんて心底どうでも良いんだろう。

 まどかと一緒に過ごせない事なんて、些細な問題でしか無く、ひたすら己の使命を果たす為に生き続ける。

 あれも、一種の私なんだろうと思う。今も人間性を捨てきれない自分には真似出来ないし、真似したくもない。

 

 一ヶ月後、私達はどんな風に再会するんだろう。その時、まどかの記憶が戻っていたとすれば、私は泣いているんだろうか。

 それまでは、私があの子の日常を幸福に彩るんだ。まどかが、私にしてくれたのと同じ様に。

 

 

「さあ、まどかの好物や趣味に相違が無いか、確かめておかないと」

 

 

 その為にも、まどかの趣味趣向はしっかり把握しておかねばならない。

 演歌が趣味というのは、健在なんだろうか。好きな花はチューリップのままなのか。好きな食べ物はクリームシチューのままなんだろうか。

 繰り返しの中で手に入れた情報を総動員して、これからはまどかの楽しい日常を支えなければならない。ある意味で、これはワルプルギスの夜と戦うのと同じくらい緊張するし、困難だ。

 

 けれど、私の行動が少しでもまどかの幸福な世界に貢献できるなら、これ以上の事は無いと、心からそう感じていた。

 ……ああ、認めよう。私は、まどかと一緒に居る幸福を受け入れたい、そう思っているんだ。

 







 ところで文中でも書きましたが、HOMURAとほむらは一ヶ月前、2話の後の時点で知り合いでした。叛逆での『あのシーン』の直後にHOMURAが手を入れてきた形になります。だからこそ、ほむらの反応や行動がちょっと不可解だったりする訳ですが、私の筆力でまともな伏線になったのかどうかは少し不安です。
 そして、これも文中での描写ですが、ほむらちゃんとHOMURAを比べた場合、姿はほぼ同じですが、HOMURAの方が頬の弾力が有りそうな印象を与える顔をしています。見比べてみないと分からないレベルの差ですが、私的には重要な事でして、何せ本作の暁美ほむらはデザインが叛逆仕様なので、うめ先生デザイン特有の輪郭の丸みが余り無く、いわゆる「ほむっとした」顔をしていません。が、HOMURAは前編・後編・TV版仕様の突っつきたくなる様なほっぺた、「ほむっとした」顔をしています。個人的には、この差はとても大きいかと。
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