使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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ここにいない大切なまどかの為に

 かつて何度も通った時間遡行の道を抜けた先には、ひたすらに黒い空間が広がっていた。

 上にも下にも星空にも似た世界が広がっていて、その果てに、二つの巨大な何かが有る。黒い物と、桃色の物だ。あれは大きさや距離で計れる物ではなく、冗談としか思えないくらい巨大な存在感を覚える。

 人間が到達出来る場所ではない事は、すぐに分かった。これほどまでに濃密な救済の力は、現世で使われる様な次元には決してない。

 この空間の異常さをすぐに理解したのか、まどかの手が私の腕を掴む。何が有っても良い様に警戒する必要が有りそうだ。

 

「まどか、私から離れないで」

「ほむらちゃんこそ、離れないでね」

 

 どうやら、私達はお互いに相手を守ろうとしていたみたいだ。それに気づいて、二人で笑う。

 私達から数歩離れた場所に立つ、『あけみほむら』を見てみる。

 彼女は、約束通り一ヶ月でホムリリーの手を届かせた。その顔は今の所何も現していないが、何処か得意げな雰囲気が見て取れるのは気のせいではあるまい。

 自分自身と同じ思考をしているなら、達成感を覚えている筈だ。そして、私達が仲良くしている事に喜びを覚えているのだろう。

 この場が彼女の生まれた地なのだろうか。そこに佇む姿には不自然さが一つも無い。私の中に流れ込んだ知識も、その予想を後押ししてくれた。

 けれど、どうしてだろう。彼女の表情は酷く居心地の悪さを現す物に変わり、身内の恥でも晒す様な顔をしている。

 何を見ているのだろうか。

 その視線を辿ってみると、何時の間にか目に付く白い物が置かれていた。真っ白いバスタブだ。何処からも水道を引いていない筈だが、水が半分くらい満たされていて、湯気が上っていた。

 その中に、二つの人影が有る。目を凝らしてみると、霧が晴れる様にして顔が見える様になった。あれは……

 

「え?」

「私達、ね」

 

 まどかの驚きの声に、同意を示す。

 そこに居たのは『暁美ほむら』と『鹿目まどか』だった。二人は何も身に着けず、湯の中へと下半身を埋めている。バスタブが小さいからか、足を絡めた状態で入っている。何処と無く可愛らしく、卑猥な光景だった。

 まどかの横顔を見てみると、真っ赤になっている。私だって転げ回りたいくらい恥ずかしいけど、我慢だ。

 そんな私達の反応なんて気にもせず、彼女達は楽しそうに触れ合っていた。耳に入ってくる声は、とても明るい。

 

「まどかの髪と私の髪がバスタブの中で絡み合って、一つになってるわ」

「えへへ、ほむらちゃんの髪はサラサラだし、肌はもちもち柔らかだよね、究極だね」

「まどかの髪はふわふわで、肌はふにふに滑らかよ。至高だと思うわ」

 

 小さなバスタブの中で、まさしく『きゃっきゃうふふ』とお互いの肌を触り合い、時に女の子らしい声を漏らし、時に艶やかな嬌声を発する。

 私達の目なんか気にしていないのか、それとも見せつけているのか。どちらにせよ勘弁して欲しい。

 

「あー……」

 

 片手で頭を抱えている『あけみほむら』の姿。全くの同意見だ。あそこまで恥ずかしげも無く見せられては、何と言って良いのか分からない。

 それでいて、知識を与えられた私には彼女達の正体が分かってしまう。あそこに居るのはホムリリーの人格部分と、幾多の世界に在る円環の理が一つになった存在なのだ。宇宙、世界一つくらい簡単に消し飛ばす事が可能な者達なのに、実際には良い香りのする湯の中で幸せそうに指を絡めたり全身を密着させている。信じられない光景だけど、私の目は確かに真実を捉えていた。

 

「……ホムリリー。まどかと『ちゅっちゅ』するのは良いけど、こちらの用件を済ませてからにして貰えないかしら」

 

 恐ろしい程の居心地の悪さの中、決然とした態度で使い魔の彼女が前に出る。一歩進むだけで、強い感情の波が空間に揺れを起こした。

 半ば強制的に二人の意識を自分へ向けさせると、彼女は怒りで仄かに赤くなった頬を見せつける様に口を開く。

 

「いい加減に、自己紹介くらいしたらどうなの」

 

 まるで、怨霊の様に恐ろしく重苦しい声音だ。まどかの腕が少し震えたので、安心出来る様に身体をより近づける。

 円環の理になっても、やっぱりまどかは心霊とかそういう物が苦手みたいだ。

 そんな私達の反応を楽しげに眺めつつ、バスタブの中のホムリリーが円環の理の頬を突っつく。それに背中を押される形で、まどかの形をした理は顔を赤くしながらも、辿々しい挨拶を口にした。

 

「え、えと。よ、ようこそ、二人の愛が作り上げた最強にして最高のまどか&ほむら空間へっ……ほ、ほむらちゃん? この台詞で合ってる?」

「ええ、最高よ。グッジョブと言いたいわ」

「きゃ……ほむらちゃん、恥ずかしいよぉ……!」

「大丈夫、私の目には貴女の姿しか見えないわ」

「そ、そういう問題じゃなくて……」

 

 親指を立てながらバスタブの中で立ち上がり、円環の理を抱き締めている。二人が抱き合う姿を見ていると、何だろう。妙な気分にさせられた。

 隣のまどかは戸惑いで一杯になっている様だ。いや、余りの恥ずかしさに頭の処理が追いつかないんだろう。耳から煙が出ても不思議ではないくらい照れている。

 

「ど、どうして私達が抱き合ってるのかな? 何で、あんな所にお風呂が有るのかな? 一緒に入っているのは、どんな理由が有るんだろう……ね?」

「そうね。うらや……奇妙よ」

 

 少なくとも、私だって酷く恥ずかしい気分を味わっている。この二人の仲はまるで、いや、どう見ても新婚夫婦かカップルのそれだ。

 魔法少女救済の概念と、それを救済しようとする邪神。この二つは一体何なのか。何故私達の前で入浴をしているのか。

 

「私達、結婚したの。この子は私のお嫁さんよ」

 

 同じ『暁美ほむら』だ。私の感情を読み取れたのか、よく響く声で返答が来る。ただし、求めている答えではない。

 

(そういう事を聞いている訳じゃ、無いんだけれど)

 

 自分の心が微妙に冷たくなったのが分かる。いや、自分と同じ外見をした者があんな痴態を晒しているんだから、普通の人間なら当たり前だ。

 しかし、円環の理は違った。彼女は沸騰しそうな程に照れて首を大きく、何度も大きく横へ振った。

 

「ち、ちがうよ! ほむらちゃんは大切な人だし、大好きだけど、えとね。お嫁さんじゃなくて」

「冗談よ、まどか」

「じょ、じょーだん? な、何だ。冗談だったんだ……ちょっと、残念かな」

「何か言った?」

「なんでもないよ!」

「そう……式まで挙げたのにね」

「……だって、私が旦那さん役でやりたかったんだもん」

 

 ああ、何を否定するのかと思えば、円環の理は『私』の旦那様になりたかったらしい。

 余りにも本気過ぎて、思わず逃げ腰になる。何なんだこの二人は、確かに私はまどかを愛しているけれど、ここまであからさまに見せびらかす趣味は無い。

 

 ……万が一、自分もまどかに受け入れられたらこんな風にはしゃぐのか。そう思うと、寒気がした。まどかに『そっち』の気が無い事に今だけは安堵してしまう。

 

 この場は時間から完全に隔離されている。過去も未来も無い。まさに二人だけの世界だ。誰かが入る余地なんてまるで無い。それだけに、私達の前で好き勝手に遊んでいる姿を見ていると、羨ましいやら恥ずかしいやら、頭が変になりそうだ。

 

「……信じたくないかもしれないけど……あれが私達『AKEMI HOMURA』を統括する、ホムリリー……から切り離された、かつて暁美ほむらと呼ばれていた人格よ」

 

 この中で一番に落ち着いているのは、使い魔の『あけみほむら』だった。

 彼女は情けないと言わんばかりに酷く溜息を吐いている。まあ、あんな甘ったるい関係を見せつけられているんだ。仕方が無いだろう。

 ともあれ、彼女は自分の大本であるホムリリーに対しては、一定以上の尊敬を覚えている様だ。言葉の中に宿す嫌悪は、それほど重い物ではない。

 

「頭の中身は相当に酷いけど……まあ、まどかの幸せに一直線の妥協しない奴よ。そこだけは賞賛できるわ」

「じゃあ、楽しそうにしてるのは、私に喜んで欲しいから……?」

「ええ、まどか。そうだと思いたいわ。そうだったら、もっと尊敬出来るのに」

 

 「あれが素なのよ」苦笑混じりに肩を竦めながらも、彼女の背中から怒りにも似たオーラが出ていて、何だか怖い。

 「記憶によれば、円環の理が到達するまでは、壊れてるのは内面だけだった筈なんだけれど……」外面まで壊滅的だ。それがたまらなく恥ずかしいのか、彼女の眉は思い切り顰められている。

 無理もない。自分の大本が『あんなの』だと思うと、私だって溜息を吐きたくなる。まどかに見られていると思うと、余計に重い気分だ。

 そのまどかは時折、チラチラとバスタブの中に居るホムリリーを見つめている。頬を紅くしたり、俯いたり。可愛らしくて、抱き締めたくなった。

 

「……ねえ、ほむらちゃん?」

「何、まどか」

 

 抱き締めたいという気持ちを読まれたのかと慌てたが、そうではないみたいだ。

 少し考え込む仕草を見せてから、まどかは小さく首を振った。

 

「……ううん、何でもない」

 

 何を言おうとして、何を飲み込んだのかは分からない。けど、何だか切なそうな表情をしていた。

 元気付けたいので、声を掛けようとする。だが、その前に私の肩を『あけみほむら』が掴み、目だけで行動を止めさせる。

 

(『そっとしておいてあげなさい』、か)

 

 彼女の言う事を聞いておこう。幾多のまどかを記憶するホムリリーの知識から導き出した答えだ。

 

「あの空に居るもの。貴女なら何だか分かるわね?」

 

 代わりの話題でも提供しているつもりなのか、彼女が上を指す。

 見えているのは、桃色の銀河系に似た形の『円環の理』と、シルエットだけで姿を見せている『ホムリリー』だ。

 二つは混ざり合い、互いを求め合っている。どちらも素晴らしいまでに輝いて見えるが、あれはただの蜃気楼の様な物だろう。本体はあんな風に視覚化出来る物ではあるまい。

 まどかを円環の理から引き剥がした時に気づいたが、概念は形なんか持っていないんだ。

 でも、それでもアレは広大過ぎて、息を呑んでしまった。

 

「あれが、私……?」

「そう、あれが『暁美ほむら』の行き着く果ての姿。いつか全ての鹿目まどかを幸せにする、炎の理」

 

 自分の誇りだと、人間なら心臓が存在する部分に手を置いている。その胸が一応鼓動を刻んでいる事を私は知っていた。抱きつかれた時、確かにその音が聞こえたから。

 

「あそこに居るのは、単なる人格。どんなに恥ずかしい性格でも構わない。でも、あれは違う。あれこそ我々の本体にして、我々が抱く物。まどかを救う意志しか持たない、個人的にして最悪の概念……『救済者を救うもの』」

 

 陶酔にも似た、甘い声音だった。深い愛情と尊敬が満ちて、精神を汚染する音にすら聞こえる。自分はこんなにも壊れた声を出せるんだと知らされた気分だ。

 

(でも、確かにその在り方は素晴らしいわ)

 

 全ては鹿目まどかの為に。せめて、まどかに対してだけでも、世界が優しく在る様に。その祈りを遂げる為に、あのバスタブの中で笑う『暁美ほむら』は完全に人間を止めたんだ。

 私では踏み出せない一歩を、『私ではない私』は進める事が出来た。これを賞賛しないなんて、そいつは暁美ほむらじゃない。

 

 

 

「つくづく、君達の行動は理解できないね」

 

 

 

 人が敬意を抱いている時だというのに、鬱陶しく、かつ忌々しい声が聞こえてきた。

 私にとっての生涯を賭けて挑まねばならない最大の敵だ。でも、まどかと私を巡り会わせ、やり直す力を与えてくれたという意味では、最大の恩人でもある。

 こいつは、あらゆる魔法少女にとって希望を叶えてくれた恩人であり、嫌悪すべき敵である存在なのだ。地球とは異なる地から訪れ、遙か昔より人間と生きてきた奇異なる生物の存在を、私はちゃんと知っていた。

 猫にも似た外見を持ちながら、その中身は人間など比べ物にならないくらいの技術と知識を持つ生物にして、私なんか比べられないくらい悪魔らしいもの。

 

「……インキュベーター」

「やあ、鹿目まどか。そして、暁美ほむら」

 

 自分の声から暖かみが消えたのが分かった。でも、目の前の宇宙生物は何の反応も見せず、それこそ不敵と言っても良いくらい堂々としている。

 でも、私を見る赤い瞳には今まで見る事が出来なかった色が宿っていた。感情と呼ぶ程の物でもないが、私には分かる……これは、『共感』だ。

 

「たった一人の少女を守る事も、たった一つの宇宙を守る事も、大した差なんて無いんだよね。思い知らされたよ」

 

 何故か、その言葉には微かな感情が見え隠れした気がする。

 何を言っているのかは興味も無いが、何らかの変化が有ったのは間違いない。その点にはまどかも気づいたらしく、インキュベーターの背中を撫でながらも、じっと見つめて問いかけた。

 

「どうしてこんな所にキュゥベえが居るの?」

「僕達はね、逃げていたのさ」

「え、逃げてたの?」

「そうだよ、鹿目まどか……いや、円環の理」

 

 意外な回答に、まどかの目が困惑を浮かべる。私にだってよく分からないけど、『あけみほむら』は分かっている様だ。

 自分の発言が理解されていないと判断してか、インキュベーターは少しだけ息を吐く仕草を見せると、普段通りの無機質な声で語りだした。

 

「僕ら、そして君達の感覚で一月前かな。世界に、理とも異なる恐るべき存在が流入した」

 

 「ホムリリーの事だよ」と付け加え、続ける。説明されるという状況から、干渉遮断フィールドの時を思い出して殺意が沸いたけど、此処はじっと我慢して話を聞こう。

 

「それを察知した僕達は正体不明の力を観測し、宇宙に干渉する存在を考察した。そして、そこに居る使い魔の手で瞬く間に気づかされた」

 

 その場を一度回ると、私の方へ顔を向けてきた。

 

「手に負えない、ってね」

「らしくないわ」

「そうだね」

 

 意外な発言だ。宇宙の概念すら支配しようとした存在の言葉とは思えない。が、確かにインキュベーターの口振りからは諦観が伝わってくる。

 

「まあ、世界の外に潜む途方もない存在を相手に、僕が出来る事なんて何も無いからね。どうしようもない、つまりお手上げさ。観測出来るけど、干渉するなんてとんでもない。挙げ句に制御しようなんて、そんな恐ろしい真似は出来ないね。深淵もまたお前を見つめる、と言うだろう?」

 

 普段通りの無表情の中に、恐れや怯えなどの感情が宿っている気がする。

 彼らが直面したのは、それほどまでに巨大な絶望だったのか。あの宇宙生物ですら匙を投げるホムリリーの力は、想像以上に途方も無い。

 それにしても、インキュベーターもさぞ困り果てた事だろう。こんな事を言っては何だが……良い気味だ。

 

「とはいえ、宇宙の寿命に関する問題が無くなった今、君達と接触する必要も無いんだ」

 

 いや、本人はさほど困っていなかった様だ。むしろ、言葉の中に喜びすら感じられる。

 

「……どういう事かしら」

「そこに居るホムリリーは、永久に世界を動かせる。そして、その目的は一つ。鹿目まどか、だろう?」

 

 頷くまでもない。暁美ほむらがそこまでする相手は、まどかしか居ない。それは勿論彼らも理解しているんだろう、私の返事を待たないまま、空を見上げていた。

 

「この世界に円環の理が存在する限り、ホムリリーの手が世界を回す。なら、エネルギー問題は完全に解決したも同然だ」

「暁美ほむら……ホムリリーの手が宇宙を救うのね?」

「そうだね。宇宙が消えない限り、円環の理も消えない。円環の理が消えなければ、ホムリリーが宇宙を消させない。ホムリリーが宇宙を維持していれば、円環の理も消えない。それなら、宇宙は滅ばない」

 

 一呼吸置くように音を出し、彼らはその小さな身体を揺らせる。それはまるで、長年の目的を他の誰かに達成されて、落胆している様だった。

 

「まあ、僕達の役目は終わりだよ。お見事だ、悪魔、円環の理。遂に、君達は新しい理想郷へと至る。暁美ほむらによる、鹿目まどかの為の理想郷にね」

「そこで、あなた達はどうするつもりなの?」

「僕らかい? 僕らは、まあ、魔法少女のマスコットにでもなろうかな。お似合いだろう?」

 

 微妙に嫌味な雰囲気を漂わせているが、何か妙な真似をする様には思えない。彼らの目的である宇宙の延命が達成された今、人間と関わる必要も無いだろうに。

 すっかり、私の敵らしい嫌悪感を与える言動が無くなっている。

 

「邪魔よ、消えていなさい」そんな彼へ、私の物よりはずっと優しい声が掛けられた。

 声の主はホムリリーだ。彼女は、円環の理を撫でながらも、冷たさの有る声を放っている。

 

「……やれやれ。邪魔者扱いをするのかい? 君達が今入っているお風呂の湯加減を計っていたのは、僕なんだよ? 感情の無い僕に、人間にとってもっとも快感となる温度を維持しろ、なんて無茶を言ったのは、何処の誰だろうね?」

「勿論私よ、それはご苦労だったわ。だけど、報酬に宇宙の寿命をあげたでしょう? その分はまだまだ、人類の為に、ひいてはまどかの為に働いて貰うわ、もっとも、貴方達の仕事は雑用でしかないけれど」

 

 無茶苦茶な言い方だったが、敵意も嫌悪も無い。ただの塵でも見るかの様に、ホムリリーが彼らへ向ける視線は無関心にも程が有る物だった。

 

「そうだね、まあ、それも良いかもしれない。宇宙の延命に関して、僕らはお役御免の立場だしね。魔法少女を助けるマスコット兼雑用係でも、別に構わない」

「では、そうしなさい」

 

 横から聞いた限りでは、インキュベーターはホムリリーにペットか奴隷として働かされている様だ。いや、宇宙の寿命という過大な報酬を与えられているのだから、彼らも文句は無いだろう。

 

「キュゥべえー、ちょっとお湯足してくれないかなー?」

「はいはい、分かったよ円環の理。まったく、これが世界に冠たる魔法少女救済の概念かと思うと、情けなくなるよ」

 

 円環の理の催促を受けて、彼は小さな猫らしい身体を器用に使い、私達の間を通り抜けていく。そこで少しの間だけ、背を向けた状態で立ち止まった。

 

「正直、君達には良い印象が無い。だけど……」

「……」

「この宇宙を救う。僕達の全てを捧げた祈りを叶えてくれた事だけは、感謝しているよ。お返しに、僕達の全てを差し出しても良いくらいだ」

 

 インキュベーターから、こんなに強い感謝を受け取るのは初めてだ。

 エネルギーの発生源という扱いではなく、一つの概念として、確かに存在を認められている。でも、今までの事を考えるなら、信じられる言葉ではない。

 

「……似合わないリップサービスね」

「いいや」嫌味っぽく言ってやったのに、彼は気にもしなかった。「本心さ」

「……っ!?」

 

 叩きつけられる様な、雄大かつ広大な感情を見せつけられた気がした。

 でも、すぐにその気配は消えてしまう。

 

「ねー! お湯をおねがーい」

「分かってるから待っててよ、円環の理」

 

 円環の理に返事をしながら、インキュベーターが去っていく。その背中はこき使われている使用人というより、くたびれた会社員の雰囲気が有った。

 

「随分と、感情的な言い回しが出来る様になったのね、あいつ」

「個としての感情が無くても、全としての思考は得てして有る物よ。精神が存在するのは確かだし」

 

 私の独り言に、『あけみほむら』が補足を告げる。

 今の一瞬、凄まじい勢いで叩きつけられた感情こそ、インキュベーターが総じて持っている意志なんだろう。あんなに苛烈な気配を見せる彼らは、二度と見られないと思う。

 一方で、バスタブに入ったままのホムリリーは足されていくお湯に身体を沈めていて、円環の理に自分の背中を預けていた。

 胸を円環の理の細い腕で隠す姿勢を見て、私の隣に居る『まどか』と、ホムリリーの胸元を隠す『円環の理』、両方の顔が真っ赤になっている。

 

「さて、インキュベーターも居なくなった事だし、話を始めましょう?」

 

 こんな状況だというのに、ホムリリーは平気な顔で本題に入ろうとした。けど、背後の円環の理が悪戯っぽい笑顔を見せた事には気づかなかったみたいだ。

 

「ね、ほむらちゃーん。背中洗っても良い? 一度ね、お風呂の中で身体を洗ってみたかったんだ」

「……え、ええ。勿論良いわ、大歓迎よ」

 

 断れないと思ったのか、ホムリリーの声が一気に弱々しくなった。

 

「あ、困ったなぁ、布とか無いし……うん、私の手で洗うねっ」わざとらしく、最高のアイデアを思いついたと言いたげに手を叩いている。

「て、手っ!? い、いや嫌じゃないけれど、むしろ嬉しいけれどっ」

「はいはーい、大人しくしてねー」

 

 それだけ言うと、円環の理は何処からか取り出したシャンプーを手にたっぷりと着けて、彼女の背中を洗い出した。

 よっぽど気持ちが良いんだろう。ホムリリーの目は細められていて、微妙に震えている。

 

「んっ……さて、お二人には、はうっ、話し合いの場を、ひゃ……まどか、そこくすぐったい……」

「あ、ごめんね。でもちゃんと綺麗にしようねー」

「あ、貴女、私をタツヤ君くらいの歳だと思ってない!?」

「そんなわけないでしょー、ほむらちゃんに綺麗で居て欲しいだけだもんねー」

「ちょっ、わ、わきはだめ。そ、そこはだめぇぇっ……」

 

 少し真剣になったかと思うと、円環の理によってまたバスタブの中へ引きずり込まれていった。

 可愛らしい、あるいは悩ましい声が沢山聞こえてくる。どうも空気が温く、溜息の一つでも吐きたくなった。この場へ何をしに来たのかが分からなくなる。まさか、あの二人がひたすら絡み合う光景を見せつけられる為では無いだろうに。

 

「……え、えっと。あの二人は、その」

「……恋人同士、の様な物だから、気にしないで」

 

 今にも気絶しそうなくらい限界まで照れ、恥ずかしがって「あうあう」と言っているまどか。『あけみほむら』が彼女の肩を軽く掴み、心から困った様子を見せている。残念な物でも見る様な顔が、内心を何より雄弁に物語っていた。

 恋人。恋人だ。あの規模の存在ともなると、性別のしがらみなんて無いも同然なんだろう。そもそも概念に性別が有る訳じゃないんだ。あの二つが結婚しようが何も問題は無い。

 

「……ちょっと妬ましい」

「え?」

「な、何でもないわ、まどか」

 

 自然と口から出た言葉なのだが、聞かれてしまったかもしれない。まどかには言わないつもりだったのに、あんまり連中が仲良くしているので、気持ちが出てきてしまった。

 

+

 

 ほむらちゃんの呟いた言葉を、私はちゃんと聞き取っていた。

 嬉しい。そんな風に想われていると知るだけで心が温かくなるし、ああやってお風呂の中で仲良くしている私達の姿は希望になる。

 私だって、円環の理だよ。鹿目まどかは女の子だけど、概念は女の子じゃないんだよ? ……ほむらちゃんは、気づいてないかもしれないけど。

 

「さ、さて。あいつ等は放っておいて、此処に貴女達を連れてきた訳だし、目的を果たさないといけないわ」

 

 汗を浮かべながらも、使い魔さんは何とか話を進めようとしていた。自分のオリジナルが『私』に遊ばれている以上、彼女が代わりに動くしかないんだ。

 

 僅かな緊張を覚える。

 あのホムリリーと呼ばれているほむらちゃんは、『話し合い』と言った。つまり、私は、私にあの事を話して欲しいんだ。

 でも、そんな勇気私には無い。いいや、ほむらちゃんが許してくれると分かっていて、それに甘えるなんて嫌なのに。

 

「いやっ……私は……」

『話しなよ、私』

 

 テレパシーの様な、だけど壮大な力を感じさせる『私』の声が、直接意識の中に入り込んでくる。

 これが、『円環の理』。私とは違う世界で概念となった鹿目まどかの集合体なんだ。同じ概念の筈なのに、規模が全然違うのはそれが原因だと思う。

 

『大丈夫、ほむらちゃんだから、大丈夫だよ。あなたが思っているより、ほむらちゃんは可愛い子だから』

『胸を割って話したらどうかしら? まあ、割る程無いけれど』

 

 ホムリリーと呼ばれた人の方も、私の背中を押そうとしてくれる。お湯に浸かってはしゃいでいる様にしか見えないのに、二つの視線はとても優しくて、暖かだった。

 

「割る程無い……って、そんな事無いよ! まあ確かにささやかだけど、綺麗で柔らかなんだもん!」

「あっ……ま、まどか。まだ、まだだめ。こんな場所で……」

 

 バスタブの中で二人が絡み合っているのが、見える。あそこまで遠慮無く接する事が出来たら、とっても嬉しいのに。流石に、あそこまで堂々とは動けない。

 でも、私もああいう感じでほむらちゃんと遊んでみたい。記憶を取り戻した今だからこそ、もっともっと深い仲になれると思うのに。

 その為にも、『それ』を言わなきゃいけないのかもしれない。だけど、さっきは結局言えなかったんだ。

 

「あいつ等の事は放っておきましょう」

 

 楽しそうな二つに呆れ顔を見せながら、ほむらちゃんの姿をした使い魔さんが私達に声を掛けてきた。

 この空間に入って、やっとあの人の正体と目的が分かった。全ては、私の……『鹿目まどか』の為に。胸が痛くなるくらい、必死に思いを遂げようとしているんだ。

 涙が出そうになった。『暁美ほむら』という人は、こんなにも私ばかり見ているんだ。他を全て捨てて、自分の人生を捨ててでも、私一人の為に生きてくれる。

 愛されているのは嬉しいけれど、喜べない。声が掠れて、喉が痛くなってしまう。

 

「私……ほむらちゃんに……」

「何を言いたいのかは分からないけれど」

 

 震える私の手を取って、ほむらちゃんは笑いかけてくれた。

 

「まどか、貴女の言葉なら何でも聞くし、何でも信じるわ。さあ、言ってみて。私を……信じて」

「ほむらちゃん……」

「今、私達はこんなにも触れ合えているんだもの。もう、大丈夫だから」

 

 私が引き裂かれた時から見ていなかった、心からニッコリとした笑顔だ。こんなにも綺麗で可愛らしい表情なんて、滅多に見れないのに。

 

「ええ。大丈夫よ、まどか。私は、『鹿目さんを守る私になりたい』の。だから、貴女の悩みや苦しみを受け止めたいと思ってるし、そうしてくれたら……嬉しいのよ」

 

 『大切な人に頼られる自分になりたい』

 私にだって、その気持ちは分かる。だって、私もほむらちゃんと同じくらい自分の弱さを嫌がっていたし、頼って貰えない自分が情けなかった。

 だから、言うべきなんだ。『これ』を話す事が、ほむらちゃんを幸せにするんだから。

 

「……ね、ほむらちゃん」

 

 息が詰まる様な思いをして、舌を噛みそうになりつつ。凍りそうになる唇を抑え込む。

 怖い。自分のした事を口にするのは、本当に辛かった。辛かったけど、それでも言うんだ。それで、ほむらちゃんが幸せになってくれさえすれば。

 

「実は、ね」

 

 魔法少女になった時よりも強い覚悟を篭めて、深呼吸を一つ。そして、溢れそうになる涙を堪えながら、一気に私の罪を口にした。

 

「ほむらちゃんが私を裂く事……知ってたの」

「え……?」

 

 それを聞いたほむらちゃんは、酷く戸惑っている様だった。

 でも、他の人達は驚いていない。円環の理とホムリリーは当然の様に私の言葉を受け止めて、使い魔さんは表情を変えなかった。だから、私はほむらちゃんの為だけに説明を告げる。

 

「ほら、私には過去と未来の全てが、見えるんだよ。あり得たかもしれない世界も、かつて有った世界も、全部」

 

 円環の理として、概念として一つ上の存在に成った瞬間、私はあらゆる時間に等しく存在する物となった。過去も未来も関係無く、魔法少女達の全てを知った。

 そして、その中には当然だけど、ほむらちゃんの事も含まれていたんだ。

 

「だから、私は知ってたの。ほむらちゃんが、こうなるって」

 

 私は、ほむらちゃんの全部を知った。だから、知っていたんだ。『この時を待ってた』も、『やっと捕まえた』も、『もう二度と、貴女を離さない』も、全部。

 

「そこのホムリリーちゃんが介入して、未来も過去も全然見えなくなっちゃったけど……少なくとも、私はあの瞬間、自分が裂かれるのを分かっていて、貴女を迎えに行ったの」

 

 そう、行ってしまったんだ。何が有るか分かっていた癖に、まるで何も知らない少女のフリをして。

 やっぱり、ほむらちゃんは気づいていなかったんだろう。口を大きく開けて固まっていたかと思うと、怒りとも悲しみとも取れる震えを現した。

 

「じゃあ……じゃあ! 貴女は、どうして拒絶しなかったの? 貴女ほどの存在なら、私の気持ちなんて簡単に防げた筈なのに!」

「ごめん、本当にごめんね。私は、受け入れちゃったの。そういう運命だからって、操り人形みたいに……ほむらちゃんがどんな気持ちになるのかも分かってた癖に……」

 

 概念としての自分は、人間じゃない。だから、ほむらちゃんが何をしようと、私は運命の通りに動いてしまう。それが自然だった。

 けれど、人間としての思考を取り戻して、気づいたんだ。私がどれほどほむらちゃんに苦しい選択をさせてしまったのか。そして、私はそれを無視したという事実に。

 

「酷いよね。幻滅したよね……私は、ほむらちゃんが苦しい思いをするのを知ってて、見過ごしたんだよ……」

 

 涙が浮かぶ。私に泣く資格なんて無いと思っているのに、許容範囲を越えた感情は簡単に溢れ出していく。ほむらちゃんを抱き締めて、謝りたいのに、近づくのが辛い。

 私に釣られたのか、それとも私の仕打ちに傷ついたのか、ほむらちゃんの瞳から一杯の涙が溢れる。それはどんどんと量を増していき、遂に落ちていく。

 一筋の滴がこのよく分からない場所に落ちるのを合図にして、彼女は嗚咽を堪える息を吐いた。

 

「う、あ」

「ごめんなさい、ごめん」

 

 耐えきれずに泣き出してしまったほむらちゃん。こんな時だけは、あの眼鏡を掛けていた姿を思い出す。『鹿目まどか』があの姿を見たのは、偽街での一ヶ月が初めてだった。

 でも、円環の理は知っているんだ。沢山泣いて、沢山傷ついたほむらちゃんの、弱々しい涙を。

 弱々しくって可愛いほむらちゃんをもう一度見たいと思った事が無いとは言わない。けれど、涙は見たくなかった。

 

「ひっく、えぐ。う、あぁ」

「ほむらちゃん……」

「えう、まどか。泣かないでっ……!」

 

 酷く泣きながら、ほむらちゃんは私を抱き締めた。そこで初めて、自分が泣いていた事に気づく。

 そんな涙を拭って、そっと、けど強く腕を回してくれて。その姿勢は『違う時間を生きている』事を告白してくれた時とそっくりで。

 けど、私の反応だけが違う。何も知らずにこの子の言う事を理解しなかった私は居なくなり、何もかも知ってしまった私が此処に居る。

 

「ごめんね……私、ほむらちゃんを傷つけて……こんなに泣かせて……」

「ううん、ううんっ……!」

 

 顔を少しだけ離すと、ほむらちゃんは大きく、何度も首を横へ振った。慰めようとしている訳じゃなくて、ただ、ひたすら首を振っていた。

 ……私は、責められなきゃいけないのに。

 

「ちがう、の。嬉しいの」

「え……?」

「あ、ありがとう」

 

 何で、お礼を言うんだろう。

 けど、ほむらちゃんは本気だった。嗚咽で声が途切れる事も有ったけど、流れる涙を一生懸命に拭って、私に気持ちを伝えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の気持ちを受け止めてくれて、ありがとう。引き裂かれてくれて、ありがとうぅっ」

 

 

 

 

 

 

 

 それは、心の底からの感謝だった。嘘なんかじゃない。私を気遣っている訳じゃない。本気で、気持ちを受け入れてくれたと喜んでいる。

 ああ、それは。それは何て素敵な事だろう。私は、これを話せばほむらちゃんが傷つくって、そう思ってた。

 けど違ったんだ。ほむらちゃんは、私が、『鹿目まどかが暁美ほむらに守られる事を受け入れる』という事実を、心から喜んでくれた。

 ボロボロになるくらい涙が落ちる。二人揃って泣き虫さんみたいに滅茶苦茶な泣き方をしたけど、絶対にお互いの手を離さない。

 

「ああっ……ほむらちゃん、ほむらちゃん……こっちこそ、ありがとう……私を、こんなに大事にしてくれて……私の幸せを、望んでくれて……ありがとう!」

 

 ほむらちゃんだけが喜んでいる、なんて思われたくはない。私だって、ほむらちゃんが私を望んでくれた事を喜んでいる。

 概念としての使命も、この胸の想いも、彼女に守られて、望まれていたから抱いた物なんだから。

 

「まどか、これからも、私の友達で居てくれる……? こんな、貴女の気持ちを台無しにした、私なんかでも……?」

「そんなのっ……良いんだよ。私、言ったじゃない。どんなになっても、ほむらちゃんはほむらちゃん。私は、絶対に見捨てない、って」

「そう、そうよ……そう、だよねっ。まどか、まどかぁっ……」

 

 改めての『友達宣言』は、二人とも心が振り切れるくらいの喜びを感じた。私は目が痛くなるくらい泣き、ほむらちゃんは泣きすぎて目が充血している。

 

「まどかと一緒なら、私、なんだって出来ますっ。なんだって、出来るのよ。きっと、世界だって愛せると思うからっ」

 

 ほむらちゃんの口調は、酷く混沌としていた。悪魔としての自分、地獄の繰り返しを生き抜いた自分、そして、眼鏡を掛けていた自分。その三つが重なって、遂に一つになっていくんだ。

 隠していた弱味を見せてくれて、私への強い愛も一杯で、燃え上がる様な決死の意志が有る。その全てが、一つになっていく。

 

 感情の全てが許容量を越えた事で、ダークオーブが砕けた。

 

 その中に閉じ込められた最後の想いが解放される。

 それこそ、愛。私への愛情。ほむらちゃんの全てを形にしたオーブの中を染め上げていた物。

 残されたのはソウルジェムでもグリーフシードでもなく、単なる魂だった。透き通る様な紫色の輝きが、私達の姿を照らす。喜びで踊り周る様に、私の周囲を飛び回る。

 使い魔さんが小さくウインクをしているのが見えた。バスタブの中の二つが私達を祝福しているのが分かった。

 この瞬間の為に、私達を分かり合える関係にする為だけに、この人達は力を尽くした。感謝の言葉すら口に出来ないくらいだ。

 

 でも、最後にもう一つ。私がほむらちゃんと一緒に幸せになる為に必要な事が有る。

 

 親友でも恋人でも良い。家族でも相棒でも、何でも良いんだ。今日までずっと頑張ってきたほむらちゃんの幸せを、私は奪いたくない。ずっとずっと笑顔で居て欲しい。

 

 その為なら、私は何だって出来る……!!

 

『なら、貴女は私だね』

 

 バスタブ越しに、円環の理が手を伸ばてきた。

 意志が伝わる。だって、私達は鹿目まどかで、円環の理なんだ。考えはしっかり伝わって、私も、同じ様に手を出した。

 距離も大きさも無視して二つの手が重なり合い、混ざり合った。私の中に巨大で、認識すら難しい物が入り込んでくるのが分かる。不快ではないから、拒絶したいとも思わない。

 現象は、一瞬で終わった。ほむらちゃんが心配そうに見ていたけど、そんな顔はしなくて良い。むしろ、喜んで欲しい。

 

 目の前に居る私は、数多の世界で生まれた円環の理が集合体となった存在で、実体としてお風呂の中に居る人型は端末……概念の人格部分や化身と呼ぶべき物でしかない。けれど、確かに『あの人型は概念が人間の形を取った物』なんだ。

 つまり、この集合体に加われば、『私もそうなれる』。『ほむらちゃんと一緒に、概念でありながら人間として生きていく事が出来る』。

 私が望んだ『概念として魔法少女を救済する事』と、ほむらちゃんが望んだ『鹿目まどかが人として幸せに暮らす事』。その両方を成し遂げられる。お互いに妥協せず、望みを叶えられる。

 

 

 

 今や、円環の理は一つになった。でも、決して同化する事は無く、そこには変わらず二人の鹿目まどかが存在した。

 『暁美ほむら』を幸せにする為には、まどかが一人では足りない。

 でも、もう大丈夫。私は、私達は大丈夫だ。やっと、ほむらちゃんを捕まえた。

 

「帰ろう、ほむらちゃん。私達の、世界へ」

「うん……!!」

 

 一も二も無く頷いて、今起きた事を何も聞かずに肯定してくれる。こんなにも素敵な友達が私には居るんだ。自慢したくなるくらい、誇らしい。

 そして、私達の居た世界に戻るんだ。二人で、一緒に。

 どう帰れば良いかはもう分かってる。だって、私はこの世界を理解したんだ。円環の理として、膨大過ぎる知識が全ての答えを教えてくれる。けれど、人間として現世で生きるなら、この知識は封印しておこう。その方が、ほむらちゃんと楽しく生きられる。

 

 

「おめでとう、まどか。それに暁美ほむら」

 

 

 使い魔さんが祝福してくれる。強固な凄まじい意志を感じさせる瞳の中に、今後の応援と幸福を願う気持ちが有った。

 あの人が居なかったら、私はほむらちゃんを理解出来ず、自分を取り戻す為に戦ったかもしれない。ほむらちゃんを、手に掛けてしまったかもしれない。

 そうならなかったのはきっと、私があの日、あの人と出会ったからだ。

 私は……そして、ほむらちゃんも、あの使い魔さんに向かって視線だけで『ありがとう』と気持ちを送る。

 

 手を振って返してくれたけど、言葉は来ない。

 でも、それで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+

 

 

 女の子は、大切な友達と一緒に行く自分を殺そうとしていました。拳銃を持って、頭を吹き飛ばして、お別れをしようとしていました。

 

 けれど、私は銃を掴んで、腕を下ろしてあげます。だってもう、無理をしなくても良いのです。女の子が泣いて苦しんだら、友達が悲しむからです。

 

 自分はもうさよならしなくて良いと知って、女の子は涙を流していました。私はそれを拭いません、お友達が……神様が、ハンカチを持っていたのです。

 

 神様になったお友達は、ハンカチで女の子の涙を拭き取って、それからギュっと抱き締めます。

 

 会いたいなら、会えば良い。そんな簡単な事だけど、教えてあげるのは大変でした。でも、難しくは無かったです。 

 

 いつの間にか、女の子は悪魔になっていました。この世で一番可愛くて、愛に満ちた悪魔さんです。

 

 神様に近づきたがっている悪魔の背中を、私が押してあげます。

 

 急に押したからちょっと慌てていましたが、すぐに笑って走り出します。もう振り返りません。神様と悪魔は仲良く手を繋いで、何処かへ消えていきました。

 

 私は、寂しくありません。二人の幸せが、私の幸せです。

 

 

 

 

 

 

+

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿目まどかと暁美ほむらが、光の固まりとなっていく。最後に私への感謝を残していった二人の心意気に対して、少しばかりの余韻に浸る。

 

「こちらこそ、使命を果たさせてくれてありがとう」

 

 私の方が感謝したいくらいだ。これで、また一人鹿目まどかとその周辺の幸せが確定した。

 紫の羽を帯びた桃色の光が元の世界へ戻っていく。その光景は数秒に満たない時間で消え去り、その気配すら感じられなくなった。

 さて、二人は既にこの地を離れた。世界に戻り、二人で仲良くやり直すつもりだろう。その関係が親友だろうと夫婦になろうと、構わない。

 どちらにせよ、私は用済みだ。もう何の後悔も無い。

 

「ほむらちゃん、私の身体も洗ってくれる?」

「う、うん」

「ちゃ、ちゃんと前も洗ってね! 綺麗にしてね!」

 

 二つの概念か神か何かは、まだ続けている。あいつ等は何がしたいのか。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。けど、彼女が円環の理である以上、邪魔は出来ない。

 面倒な事だ。でも、円環の理が……鹿目まどかが幸せなら、それで良いんじゃないかと思う自分が居る事は否定しない。

 だからって、目の前で見せつけられるのを良い気分だとは言えない。自分にはもう価値が無い訳だし、さっさと消えようかとすら思う。

 

「さあ、私もお役御免よ」

 

 出来る限り大きな声を放って、まだまだ触れ合いが足りないという顔をしている二人の動きを止める。相手は神すら越える化け物。この程度で何とかなる連中ではないけれど、まあ、私の声は届く筈だ。

 

「ん、なあに?」

「『AKEMI HOMURA』。ええ、ご苦労ね」

「貴女に褒められても嬉しくないわ」

 

 少なくとも、こんな所でイチャつく彼女を尊敬しろと言われても、困る。でも、円環の理が放つキラキラとした視線はくすぐったい物が有るし、有り難く受け取っておこう。

 悪くない気分だが、自分の事なんかどうでも良い。ホムリリーの指示を得よう。

 

「どうなるのかしら。消滅するのか、また他のまどかの所に送られるのか」

「どちらでもないわ」

「うん、どっちでもないよね」

 

 私の質問に対して、二つの存在は意味有りげに顔を合わせて笑う。それほど嫌な予感がする訳ではないが、ほぼ全裸の少女二人が見つめ合う光景は、何だか心臓に悪い。

 ……心臓なんて、私には無いけれど。

 

「では、どうなるの?」

 

 それで、私はどうなるのか。不安も悔いも無い。妥協無く、まどかの幸せを求めた。此処で消えるとしても、満足した気持ちは揺るがない

 

「ふふ、当然……ね」

「うんうん」

 

 でも、二つは明言する事を避けて、互いの顔を見た。そのまま頬を擦り合わせて、自慢でもしたそうな顔付きで私を見つめてくる。

 何だ、その表情は。そう聞きたくなるけど、止めておこう。砂糖でも吐きそうだ。

 

「で、彼女達は幸せにやっていけるの?」

 

 私の内心なんて気にもしていないんだろう。不意打ちの様にホムリリーの人格は表情を正して、真面目な質問を掛けてくる。そんな事くらい、私に聞かなくたって分かるだろうに。

 でも、しっかり真剣に聞かれたんだ。私には、ちゃんと答えるだけの義務が有った。

 

「ええ、あのまどかはもう心配要らないわ」

「ほんと?」

「ええ」

「本当に、そう思ってるのかしら」

「……」

 

 ……何が言いたいのか、分かってきた気がする。しかし、もう私の手は必要無い。ホムリリーの力が運び込まれた以上、あの世界に居るまどかは、救わる事が確定している。

 私が出ていって行動するより、遙かに良いだろう。なのに、どうして彼女は私を使おうとしているのか。説明を求めなければならない。

 

「ホムリリー、既に貴女の手が届いているのに、私の手助けが必要なの?」

「要らないわね。でも、まどかの両手を『暁美ほむら』が塞ぐ。これは、幸福な事だと思うわ。まどかの幸福を妥協しないなら、貴女が必要よ」

 

 そういう考え方も有るか。

 説明を聞いて、私の中で少し変化が起きた。勿論、感情や目的は変わらないが。

 自分は暁美ほむらのコピーにしてすげ替えの利く予備くらいに考えていたが、成る程確かに、まどかを守る者は多い方が良い。

 何より、私は既に自分の正体と存在を知られてしまった。私が居ないよりは居た方が良いと、そこで初めて気づいた。杏子に言われた通り、私はまだまだ自分を低く見すぎていたんだろう。まどかの為に改めたつもりだったけど、そういう感覚は無くなっていなかったらしい。

 

「……分かったわよ。私も、あちらへ戻るわ」

 

 確かに必要な事だ。その為にも、私は動き出す。もう一度扉を生み出して、開く。

 その向こうには時空間のトンネルが有った。向かう先は当然、先程の二人が帰っていった場所だ。しっかりと分かれた手前、戻るのは少し恥ずかしいが。

 ホムリリーから止められる気配は存在しない。むしろ、私と数語会話を交わした後は、もうすっかり二人だけの世界へ戻ってしまった様だ。

 

「さあ、ほむらちゃん。もっとしよ……!」

「ええ……! 無限永久にまどかと幸せになれるなんて、本当に最高よ!」

 

 このまま留まっていると、二人の絡みを延々と見せられそうだ。流石にそれは止めて欲しい。

 ああ、早く戻って、普通で羞恥心の有る『鹿目まどか』と『暁美ほむら』に会おう。こんな恥ずかしいのが標準だと思っていると、指針が壊れそうだ。

 

「じゃ、さっさと私は行かせて貰うから……」

「頑張りなさい、私」

 

 けど、去り際に一言、我らがホムリリーはその時だけ絶対者としての、最悪の概念として妥協の無い意志を言葉に乗せてくれた。

 

「……言われるまでもないわ」

 

 そう、言われるまでもない。貴女の分まで私は戦ってみせる。

 

(だって、貴女が一番頑張ったんだから、そこでずっと遊んでいれば良いのよ)

 

 それがまどかの幸せに繋がるんだし、何より、孤軍奮闘した果てに勝利を掴み取った貴女には、それだけの幸せを受け取る権利が有る。

 明日も昨日も無いこの場所では、どんな我が儘だって押し通せるだろう。それが間違いだとしても、私達の道は幸福へ繋がっているのだから。

 

「行ってらっしゃい」

 

 ええ、行ってきます。

 






さあ、次はエピローグです。6000字を超えるあとがきを書いてしまいました。
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