使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
十数分も経つと、注文した料理はテーブルの上に置かれていたし、私達の気持ちも桃色な状態から抜け出していた。
何だか暴走してしまったから、凄く恥ずかしかったけれど、今は別に構わない。それよりもほむらちゃんの状態が気になる。
俯きがちの顔は芯から真っ赤で、笑えるくらい恥ずかしそうだった。照れに照れた顔付きは見惚れるくらい素敵だったけど、やっぱり、スキンシップが過剰だったんだ。何だか悪い事をしちゃった。
「ほ、ほむらちゃん。ごめんね? ちょっと調子に乗っちゃって」
「いえ、ううん。良いんだよ、まどか。私、凄く幸せだから。うん、最高だったよ、まどかは柔らかくて、あったかくて、ふふ……」
自分の腕を抱き締めて、嬉しそうにしている。そんな姿を見ていると、私だって幸福な気持ちになってしまう。
でも、やっぱりこの気持ちが自分……『鹿目まどか』の物なのか、『円環の理』の物なのか、区別が出来ない。スキンシップは出来たけど、それ以上に踏み込む勇気が無かった。
「は、はい。ほむらちゃん、あーん」ほむらちゃんにイチゴリゾットを差し出すと、小さな口を開けて食べてくれた。
「……ん……まどか、美味しいよ。私からも、あーん」スプーンを持って掬い取り、私に食べさせてくれる。
「あーん……」
私もイチゴリゾットを食べてみる。酸味の中に有る澄んだ甘みというか、優しい味だった。心が温まる様な、これがきっと、幸せの味なんだ。
「このイチゴリゾット、美味しいですね」
「そうね。キリカと時々来ているんだけど、此処のは凄く美味しいわ」
「デザート以外も最高なんだ。ビーフストロガノフとかさ、また来る機会が有ったら食べてみると良いよ」
抱き合う事を中断した織莉子さん達も、自分が注文したケーキと紅茶に手を着けている。
キリカさんは外側からケーキの生地を外す様に食べていて、何だか変わった食べ方だと思う。
でも、織莉子さんの手つきの優雅さが際だっていて、そんな変わった所が全然目に入らない。
本当にお似合いの二人だった。
「イチゴリゾット……」
ほむ魔ちゃんが、小さな声を出している。
イチゴリゾットが食べたいのかと思ったけど、何だかそうは思えない。
「ほむ魔ちゃん?」
「あ、いいえ。何でもないわ。ホムリリーがまた少し、恥ずかしい真似をしたのが見えて」
身内の恥を晒す様で残念だけど、なんて冗談めかして言いつつも、何故かその言葉は薄っぺらな物に聞こえた。きっと、その嘘くささは私にしか分からなかったと思う。
周りに居るみんなを見ても、気づいている素振りを見せた人は居なかった。織莉子さん達も気づいていないのか、二人で普通に会話を続けている。
「織莉子ー、紅茶にお砂糖九つくらい入れて良いかな?」
「普段の三倍じゃない。せめてほむら……ほむ魔さんくらいにしておきなさい、キリカ」
「えー、織莉子の紅茶より三倍苦いんだよー」
「それじゃシロップどころか、砂糖水になってしまうわ」
その話の内容を聞いて、ほむ魔ちゃんが飲んでいるコーヒーには角砂糖が三つ、ミルクを三杯も入れてある事を思い出す。
ほむ魔ちゃんが苦い物を苦手としている事はさやかちゃんから聞いたけど、此処までとは思わなかった。
普通の人ならお砂糖の取り過ぎだって言わなきゃいけないけど、この人は使い魔であって人間じゃないから、心配は要らないんだ。
「羨ましい。素の状態でも体調に心配が要らないのは人外の特権だよ、本当にさ。私も魔力さえ有れば簡単に出来るけどね」
キリカさんが笑いながら言いつつ、角砂糖を大量に投入している。甘党なのは『知っていた』けど、実際に目にすると圧倒されるくらい凄い物だと感じる。
そんなキリカさんの声は聞こえているだろうに、ほむ魔ちゃんは上の空で「ええ」や「そうね」としか返事をしない。心配になってきたので、聞いてみる事にする。
「どうしたの、ほむ魔ちゃん」
普段より一瞬くらい遅れて、ほむ魔ちゃんは私に返事をしてくれた。
「いえ……ご同類が生まれなかったのを悲しむべきか、喜ぶべきなのかと思って」
さえずる様に喋りながら、その視線は店の奥で働く女の子へ向けられていた。
一瞬、ほむ魔ちゃんがその子を好きになったのか、なんて変な事を考えてしまったけど、小さく呟かれた声には、そういう浮ついた物なんて何処にも無かった。
「魔女の肉詰め……か」
知らない単語だけど、それを口にするほむ魔ちゃんの顔は、何処か切なそうだった。
何の事だろう。そう思っていると、お店の入店を示すベルが鳴って、扉が開く。
店の外から歩いて入ってきたのは、特徴的な金髪ロールで、胸の大きな人……どう見ても、マミさんだった。
「マミさんっ」
呼んでみると、マミさんはこちらに気づいて近づいて来て、私達の姿をしっかりと確認する。
「あら? ……鹿目さんに暁美さん、リリーさんも……あら、呉さんも居るのね」
マミさんが小さく手を振り返してくれて、キリカさんの側に立つ。
暫くの間、キリカさんはその顔を眺めていたけれど、何かを思い出した様に意外そうな表情で軽く手を叩いた。
「誰かと思えば、師匠じゃないか! 師匠もこのお店にはよく来てるのかい?」
「ええ、知り合いが此処でお手伝いをしているの」
店の奥に居る女の子へマミさんが朗らかに手を振ると、女の子は小さく頭を下げた。何だか、師匠と弟子っていう感じだ。杏子ちゃんも、昔はああいう感じだったんだと思う。
ところで、師匠と言えば、キリカさんの言葉だ。同じ見滝原中の三年生だから顔見知りでも不思議ではないけど、何で『師匠』なんだろう。
ほむらちゃんも同じ疑問を抱いたのか、小首を傾げてマミさんとキリカさんを見比べていた。
「……師匠?」
「愛の師匠さ! 色々と語り合ってるんだ!」
楽しげに返事をすると、キリカさんは少しだけ横へ寄り、一人分くらいのスペースを作って座る場所を確保する。
「貴女が、巴マミさんですね? 多分、キリカが話していると思いますが、美国織莉子です」
「ええ、話は伺っています。初めまして、美国さん」
そこへ座ったマミさんと織莉子さんが挨拶を交わして、握手をする。二人ともとっても綺麗で、手つきや身振りが格好いい。飲み物を口にする動きも本当に素敵で、しかも……胸、大きいよね。
「キリカったら、こんな綺麗な人と友達になっていたのね。もしかして、二股かしら?」織莉子さんが悪戯っぽく笑う。
「おっと、君は何を言ってるんだい? 私は織莉子一筋だよ。でも師匠は凄いんだ。この歳で、何と小学生の女の子と愛し合ってるんだから!」
「呉さん……大きな声で言われると、困るんだけれど」
「巴さん。顔、怖いです」
盛大に顔を引きつらせたマミさんを見て、ほむらちゃんが微妙に怖がった。私も怖いマミさんの顔を思い出して、背筋が寒くなる。
けど、今の顔色くらいなら怯えるくらいの物じゃない。キリカさんは平気そうだった。
「織莉子に言わなかったのは、流石にロ……を自信満々に師匠だって紹介する勇気が無かったからなんだよ、うん」
「その呼び方はやめて頂戴」
マミさんの声が嫌そうな物に変わり、「まったく、私の場合は、好きになった子が小学生の女の子だっただけなのに」なんて呟いている。
それ、そういう趣味を持っている人の典型的な言葉よね。なんて、ほむ魔ちゃんの顔が言っている気がした。口には出さなかったけど、私もそう思う。
この話題を続けていると、マミさんが怖くて仕方が無くなりそうだ。反射的にほむ魔ちゃんに助けを求めると、彼女は軽く頷いてくれた。
「ところでその、リリーさんというのは私の事かしら?」
分かりやすい話題の転換だけど、マミさんは気にしなかったみたいだ。首を傾げた後、言っている事は分かったって顔をしている。
「ああ、その名前? 貴女はホムリリーの使い魔なんでしょう? なら、ホムを抜いてリリー。駄目かしら?」
「私は、まどかが着けてくれた名前を気に入っているのよ」
自分の名前は『ほむ魔』で良い。そう、はっきりと断言してくれる。
あんな格好悪い名前を気に入ってくれるのは嬉しいけど、でも、私も『リリーちゃん』の方が良い気がする……
「ほむ魔さん、って何だか呼び難くて」
「ほむ魔ちゃん、私もリリーさんの方が好きかも……」
「……どんな風に呼んでも良いけど、私が一番気に入っているのは『ほむ魔』よ」
どの名前で呼んでもきっと返事をしてくれるけど、やっぱり『ほむ魔』と呼んで欲しいみたいだった。
マミさんも納得したのか、小さく頷いている。
「じゃあ、ほむ魔さんと呼ばせて貰うわね」
「私も、今まで通りほむ魔ちゃん、って呼ぶね?」
「お好きな方をどうぞ」
名前の事は気にしていないのか、角砂糖とミルク三つずつをかき混ぜたコーヒーを口にして、それからイチゴショートケーキのクリームを少しずつ食べている。
見ているだけで甘そうな光景だと思う。何だか、私も同じ事をしたくなってきた。
その三倍のお砂糖とミルクを投入しているキリカさんは、私達の会話が終わったのを察したのか、紅茶を一度口に運び、もう一つお砂糖を入れ、笑い声をあげた。
「それはともかく、私は今、師匠に習って新技の特訓中なのさ! 織莉子の未来予知と、私の魔法を使った技をね!」
「だから師匠なんだ……」
「そうさ、魔法少女としてのマミは非常に頼りになるからね」
やっぱり、必殺技の名前はマミさんが決めたのかな。聞いてみようかと思ったけど、止めておいた。キリカさんが、織莉子さんとの合体技の名前を他人に決めさせる訳がないから。
「へぇー……織莉子さんの未来予知と、キリカさんの魔法かぁ……あ、織莉子さんの魔法って、どれくらい凄いんですか?」
織莉子さんに聞いてみたけど、返事が無い。この人はお店のテレビ画面をじっと見ていて、こちらの声は聞こえていないみたいだ。
「あの、織莉子さん?」
もう一度声を掛けてみると、織莉子さんは慌てて私の方を向いてくれた。
「え、ええ。まどかさん、何かしら?」
「えと、織莉子さんの未来予知はどの程度先を見られるんですか?」
未来を知る事が出来る力は、私も持っている。だから、ちょっとした好奇心が有った。
聞いてから、魔法の内容を聞くのはいけないかな、と思ったけれど、織莉子さんは気にしていないのか、小さく笑って答えてくれる。
「少なくとも、まどかさん……いえ、円環の理が見通せるそれに比べれば劣ると思うわ。どう頑張っても一日後が精一杯。それだって正確じゃない」
一息置いて、手の中でソウルジェムを弄ぶ。未来を見ているのかもしれない。
「でも、十秒くらいの未来なら確実よ。私生活ならともかく、戦闘中なら便利な能力ね」
織莉子さんの言葉を、キリカさんが繋ぐ。「そう、その十秒先の未来を私が聞いて、私の固有魔法の応用でその十秒を引き延ばす! そして、時間の経過速度と世界が時を刻む速度にズレを生じさせ、確定した未来を変える! その名も『キング・クリ……」
言い終わるより早く、ほむ魔ちゃんが首を振った。「パクリじゃないの、それ。大体、貴女の魔法は速度に干渉する物じゃ……」
「愛が有れば何でも出来るさ! 時間の流れの速さに干渉するのも、愛で何とかなる!」
流石に、そこまで何でもかんでも愛が有れば大丈夫とは行かないんじゃないかな。そう思っていたけど、そういえば、私の隣に座っている子が『愛が有れば何でも出来る』の生き証人だった事を思い出した。
マミさんも思い至ったらしく、ほむらちゃんの顔をじっと見つめる。
「……愛で何とかしちゃった人は此処に居るけれどね」
「あの、呉さん? もしかして、巴さんから何か聞いてしまったの? 悪魔の事とか……」
自分の行いを広められるのが恥ずかしいのか、ほむらちゃんが少し顔を赤くした。
だけど、此処で嘘を吐くキリカさんじゃない。普通に頷いて、認めている。
「ああ聞いたよ! 愛で世界を蝕む! 素敵じゃないか最高じゃないか! 私も織莉子の為なら同じ事が出来るって断言させて貰うよ!」
何だか対抗心を燃やしているのか、ほむらちゃんに猛獣みたいな笑顔を向けている。敵意や殺意ではなく、ただ『自分の方が凄い』と言いたいみたいだった。
ただ、ほむらちゃんはよく分かっていないのか、困惑して目を白黒させている。
そんな二人を見比べて、マミさんが思い出す様に呟いた。「そういえば、暁美さんと呉さんはどこか似ているわね。全ては愛故に、愛かぁ……」
「ふふん。愛は全て、でも、私の方が愛の深さじゃ負けないさ。織莉子への愛は無限大だよ」
ほんのり顔を赤くして、織莉子さんの手の甲を撫でている。凄く仲が良さそうで、やっぱり私もああいう事をしてみたい。
そう思っていると、ほむらちゃんの手が私の指先に触れた。その目には、キリカさんへの対抗心が有った。
「……甘いです。まどかに抱くこの想いは、世界を変える程の物なんですよ? ……幾ら貴女達が相思相愛だからって、負けたりはしないわ」
聞いている私が嬉しくて、凄く恥ずかしくなる。どうしてこんなにも堂々と断言出来るんだろう。
……ううん、ほむらちゃんの顔も赤い。照れてるんだ。きっと、今の私達はお揃いの表情をしていると思う。
「それは、聞き捨てならないわ」
意外な事に、真っ先に反論を口にしたのは織莉子さんだった。
あれ、何だろう。反論というよりは、『悪戯』と言いたくなる様な顔をしている。キリカさんは気づいていないのか、得意げに胸を張っているけど。
「ふふ、織莉子への愛は君達の理解が及ぶレベルには無いんだよ。ねえ、織莉子?」
「そうねぇ……こんな事も、出来るものね」
チラりとほむ魔ちゃんへ目配せをして、互いに頷き合う。何かを頼んだみたいだ。
そして、織莉子さんは砂糖を沢山入れた紅茶を横から手にとって、キリカさんに気づかれない内に飲む。
凄く甘かったのか少しだけ顔色を悪くしたけど、そのまま、隣に居るキリカさんの肩を抱き、顔を向けさせて……
「キリカ」
「何だい織莉むぐっ!?」
一気に、口をくっつけた。
その瞬間、また、空間が隔絶される気配が有った。目の前の恥ずかしい光景を周目から隠す為に、ほむ魔ちゃんが能力を使ったらしい。
多分、織莉子さんが頼んだんだ。もしかすると、さっきほむらちゃんを挑発したのも、私が二人を止める所を見たかったからなのかもしれない。
目の前で繰り広げられるめくるめく百合の花畑が眩し過ぎて、そんな事をぼんやりと考えてしまう。
その間にも織莉子さんは倒れ込む様に椅子へキリカさんを押し倒し、顔を真っ赤にしたキリカさんの唇を貪る様に口付けをする。
しかも、紅茶を口移しで飲ませているんだろう、喉が動いているのが分かる。
「おり、ひゃうっ……!」
「ん、ふっ……きり、かぁ……すき……」
ああ、舌まで入ったみたい。何かを食べている様な、「くちゃくちゃくちゅちゅ」っていう感じのとってもいやらしい音が聞こえる。
キリカさんの方が積極的に見えたけど、実際には織莉子さんの方が何倍も押しているんだ。
……円環の理として、概念としての精神性で平静を保たなかったら、この場で私の頭が爆発しても不思議じゃないくらい気恥ずかしくなる姿だった。私が純粋な『鹿目まどか』だったら、今頃目を瞑っていたと思う。
そんな恥ずかしくも綺麗な光景は、多分ほんの十秒くらいしか続かなかったんだと思う。だけど、体感的には何時間も経った様だった。
「ふはっ……どうかしら。こんな事、貴女には出来る?」
「お、おり。おりこ、こんなところで、おり、おりこぉ……」
「あら、もう一回する?」キリカさんのほっぺたに、唇が当てられる。
「ふぁ……か、かえってからにしようよぉ……はずかしいよぉ……」
「ふふ、呂律が回らなくなるくらい気持ち良かったのね。ああ、キリカって本当に可愛いわ」
椅子に転がったまま動かなくなったキリカさんの頭を自分の膝に移動させて、織莉子さんは満足げに唇を舐めた。
お姫様みたいな雰囲気が、もっと凄い大人のお姉さんみたいな印象に変わる。
そんな姿を見ていたから、私の頭はとっくに動かなくなっていた。イチゴリゾットを口に運んで落ち着こうとしたけど、指に力が入らない。
「……何処かで見た光景だと思ったら、巴マミと百江なぎさも似た様な物を見せつけてきたわね」
ほむ魔ちゃんは何時も通りの声で、でも少しだけ疲れた様子を見せていた。
その声でやっと頭が動くようになって、私は今見た物を似たような光景を目にした事を思い出す。
「……『円環の理』と『ホムリリー』さんも、あんな感じだったね」
「ちょ、ちょっとほむ魔さん? 私はあそこまで凄いキスをなぎさとした事なんて」マミさんが首を振っているけど、何の説得力も無い。
そこで、織莉子さんが顔を上げた。
「え?」
キリカさんの頭を撫でる手を止めて、何故か目を丸くした状態で私達を見つめている。
何だか不安そうな表情だった。あんな凄いキスを人前で見せたとは思えないくらいに。
「あ、あら……もしかして、その、お二人にも、見えていたのかしら?」
見えていたも何も、ばっちりだった。
頷いて返事をすると、織莉子さんは一気に焦りだして、ほむ魔ちゃんに向かって真っ赤になった顔を見せる。
「ほ、ほむ魔さん!?」
「私はちゃんと第三者に貴女達の姿が見えない様にしたわ。まどかと暁美ほむらと巴マミは、無関係の第三者じゃないでしょう?」
ほむ魔ちゃんが悪戯っぽく、悪い人みたいに笑っていた。
何となく状況は伝わってくる。織莉子さんが頼んだ事と、ほむ魔ちゃんが実行した内容が違ったんだと思う。
「み、みられてしまったのね。キリカを恥ずかしがらせたかったのに……ううっ」
軽く頭を抱えた姿は、沸騰したお湯より熱い雰囲気を出していた。
何だか、見た目や普段の印象よりも面白い所の有る人なんだな、と思う。
今まで、織莉子さんに対してちょっとした緊張を覚えていたけど、それも消えて無くなる。心から打ち解けた感じになれて、嬉しい。
だからこそ、恥ずかしがる織莉子さんは素直に可愛くて、親近感を抱ける人だと思えた。
……まさか、ほむ魔ちゃん。私の緊張を解す為に……?
「え、えと。織莉子。元気出して欲しいな。私は大丈夫、恥ずかしかったけど、織莉子のなら何時でも来いだよ」
「そうね……でも、ちょっとさっきのはやり過ぎだったわ……」
二人で揃って顔を赤くして、身を寄せながら揺れている。結構話しやすくなったからか、私は遠慮せずに声をかける事が出来た。
「あの、美国さん」
「な、なんでしょうか? ……いえ、どうしたの? 鹿目さん」
うっかりさっきまでの敬語が出そうになって、少し咳払いをする。キリカさんが惚れ込むのが分かるくらい可愛くて綺麗な仕草だと思った。
でも、そんな所に夢中で話の内容を忘れちゃいけない。心の中で首を振って、聞いてみたかった事を尋ねる。
「二人は、その、恋人さん……なんですか」
「いいえ」
「え……ち、違うんですか?」
てっきり、「その通りよ」なんて返してくれると思っていた。この二人の関係はどう見たって恋人同士で、それ以上に愛で繋がっているんだから。
けど、そういう関係じゃないと織莉子さんは言っている。どうしてなのか分からずに居ると、彼女は大きな胸を張って、堂々と断言した。
「キリカは、伴侶よ」
「はんりょ……?」
「ええ。生涯なんて言葉じゃ足りない。貴女の居る世界に導かれた後も、生まれ変わったとしても変わらず互いを求め続けられる存在。キリカも言っていたでしょう? 『死だって、二人の仲は断てない』って」
自分の想いを素直に答えてくれる所に、照れは無い。その心に曇りは無くて、絶対的な絆は神様だって消し去れないんだ。
だからこそ、私は……自分の気持ちに戸惑っている私には、二人の心はどうしても眩し過ぎて、少しだけ辛い。
今も私はほむらちゃんに向かって踏み出す事を怖がっている。自分の気持ちを疑っているんだ。だから聞きたかった。恋も愛も全部混ぜ込んで、一本の大きな想いを共有し合う、この二人に。
「……人を好きになるって、どんな事なんですか?」
自分の中の気持ちを少しでも飲み込む為に、私は尋ねていた。
ほむらちゃんが首を傾げている。きっと、私がそんな事を聞こうとするなんて、思わなかったんだと思う。
「それはきっと、貴女の胸の中に答えが有る筈よ」
突拍子も無い質問だったけど、織莉子さんの答えは真剣そのものだった。
言われた通り、胸の中で大きく揺れる物が有る。沢山の気持ちが一つになって、恋でもあり友でもある『愛』が、反応する。
『円環の理』としてじゃない。私は、私としての想いを胸で踊らせていた。
黙り込んだ私の態度をどう見たんだろう。キリカさんが紅茶から口を離して、フォークを持ったまま話しかけてくる。
「君がどう思っているにせよ、愛は無限に有限さ。大きさなんか関係ない。だからこそ、私は全てを織莉子に捧げると決めたんだ。だけど、一つ……君の言うほむ魔を見ていて分かった事が有るかな」
ほむ魔ちゃんの方を見る目は、何だか異常な怪物とか、幽霊なんかを見る様な物だった。
そんな風に私の……じゃなく、『暁美ほむら』の象徴を見られて、少し嫌な気持ちになる。けれど、キリカさんは微笑んでいる。
「本当の意味で見返りを求めない愛は、怖い物だよ」
「そうね。確かに、怖いわ」
織莉子さんが同意して、同じ様にほむ魔ちゃんを見た。やっぱり、その視線は人間を扱う物じゃなくて、自分とは全く違う場所に居る化け物を見ているんだ。
視線を受ける本人は気にせずコーヒーを飲んでいる。でも、私は酷いと思った。けど、二人が言っている事を、間違っているとは言い切れなかった。
「……かも、しれませんね」
ほむ魔ちゃんは、時々背筋が凍るくらい私の事を考えている。私の為なら平気で人類を滅亡させるし、私が幸福になれるとすれば、笑って死んでくれると思う
キリカさんもきっと同じだろうけど、一つ違う所が有る。ほむ魔ちゃんは、本当に、欠片も、これっぽっちも見返りを欲していない、私との絆を必要としていない。
有れば嬉しいけど、別に無くても問題は無い。そういう態度は絶対に私へ見せたりはしないけれど、でも、表情や言葉を聞いていれば分かる。
「本人の前で言う事じゃないわね」
ほむ魔ちゃんがコーヒーにもう一つお砂糖を入れた。流石に入れ過ぎだと思ったけど、口には出さない事にする。
本人だって自覚は有るんだ。自分が、元々人間とは違う意識を持っているんだって。
「ところで、一つ良いかしら。ニュース、やっと貴女の見たがっている物を映したみたいよ」
けど、ほむ魔ちゃんは自分の精神性を全然気にしていないのか、持っていたティースプーンをテレビの有る方向へ向けた。
地方放送のチャンネルで、画面の中では児童虐待の容疑で逮捕、というニュースが流れた。それがどうしたんだろうと思ったけど、逮捕された人の名字を見た瞬間、言わんとする所が伝わってきた。
その名字は、『千歳』。
ゆまちゃんの親御さんだ。
織莉子さんとキリカさんが現れた回で、杏子ちゃんと一緒に戦っていた小さな女の子。それがゆまちゃんだった魔法少女の真実にすら耐えきった、強い子だ。
「ありがとう。助かったわ」
ニュース番組を見た織莉子さんが腰を上げて、頭を下げた。
しっかりとした感謝の気持ちを現していて、私には何の事か分からなかったけれど、ほむ魔ちゃんには伝わったみたいだ。
「私はまどかの幸福な世界を実現したいだけだから、感謝なんかする必要は無いわ」
本心からの言葉を聞いて、よく分からなくなった。ほむ魔ちゃんは一体何をしたんだろう。
「えと、どういう事?」
「千歳ゆま、よ。彼女の親に、少し痛い目を見て貰ったの」
簡潔に答えて、何でもない様に頬杖を着いている。
何となく分かった。ほむ魔ちゃんは、その異質かつ『鹿目まどかの幸福』の為に存在している力を使い、ゆまちゃんの家庭環境に干渉したんだ。
良い悪いじゃなく、『鹿目まどか』の為に。
「私達でどうにかしたかったのだけれど、魔法少女といっても中学生二人じゃ力不足で……」織莉子さんが目線を下げて、自分の無力を悔やむ様に呟く。
「そこに偶然ほむら……ほむ魔が居たからね。ちょっと助けて貰った、そういう訳さ」
二人の言葉が、私の理解した内容を補足してくれる。ニュースはもう別の内容を流していたけれど、私達がそちらへ意識を裂く事は無かった。
「マスコミの類は私が受け持つわ。美国織莉子、安心して任せなさい。私は、まどかの周辺を明るい物にする為なら何でも出来るから」
ついでに、貴女達の所に来る馬鹿共も黙らせておくから。そう続けた様な気がする。
ほむ魔ちゃんの『愛』が篭められた言葉の底に含まれた恐ろしさが、周囲の空気を冷たくする。けど、この場に居る人達は、全員が全員、形は違っても『愛』で立っている。誰も、『愛』から生まれた恐ろしい気配に警戒を抱いたりはしない。
「でも、千歳ゆまの精神に関しては、私は関知しないわ。そこからは貴女達と……彼女のご家族の努力次第よ。虐待されている子供は、親よりも自分を責める傾向が強いそうだから、気をつけて」
はっきりと忠告だと分かる事を言うと、ほむ魔ちゃんは追加注文でビーフストロガノフを頼んだ。晩ご飯も此処で食べていくつもりみたいだ。
後の事なんてどうでも良い、そう言わんばかりの表情。けど、私には分かった。この人は確かに私の為にゆまちゃんを助けたけど、それなら織莉子さん達へ注意を促す必要なんて無いんだ。
気遣った。織莉子さん達と、ゆまちゃんを。
私の胸に宿ったのは、感心と喜びだった。ほむ魔ちゃんはこんなに凄くて心の優しい人なんだって、人間としては『外れている』けど、確かに良い子なんだから。
「ほむ魔ちゃん。優しいね」
素直に告げると、ほむ魔ちゃんはほんのり、私にしか分からない程度に顔を赤くした。
「……私が優しいなら、家族と仲間を大事にするギャングは聖人集団になるわよ。ただ、普通の人間より詳細な線引きをしているだけ」
照れ隠しみたいに言いながらも、内容は事実だと分かる。
それは確かに優しくないのかもしれない。けど、だからって、こんなに強い思いを抱いてくれる人から逃げたくはない。
もう私はほむらちゃんを離さないと決めたし、ほむ魔ちゃんの想いも受け止めるんだから。
「千歳ゆま……ね。未来の有る、素敵で強い女の子でしたね。そう、魔法少女なんかに関わるべきじゃないです。例え、私達がどれだけ変えていくとしても」
昔の口調で話しながらも、ほむらちゃんが確信を持って声を放っていた。
これから、魔法少女はより良い物になっていく。キュゥベえの協力も有って、変わっていく事だろう。
それでも、ほむらちゃんにとっては魔法少女との接触は好ましくないんだと思う。一種のトラウマなんだな、なんて考えて自分で納得する。
けど、一方で、私はゆまちゃんと近い内に会うかもしれないという直感が有った。
「……ゆまちゃんなら、なぎさちゃんと仲良くなれるんじゃないかなぁ」
「私達の中で歳が一番近いんだったね、百江さんは」
なぎさちゃんの名前が出た瞬間、マミさんが反応した。
「ゆまちゃん、という子が誰なのかは知らないけど……なぎさなら大丈夫よ、あの子を嫌いになる人間なんて、この世には居ないから」
言葉の裏に『居たら私が排除する』という意図が有る様な気がしたのは、そのまま気のせいだと思って忘れたい。
けど、多分本当なんだと思う。その程度の行いなら、今のマミさんなら不思議じゃないから。
マミさんから出る愛のオーラが広がるけど、誰も恐がりはしなかった。むしろ、キリカさんが張り合っているくらいだ。
互いの想いを言葉ではなく気配でぶつけ合い、互角の勝負をする二人。それを呆れた表情で見つめて、織莉子さんが中腰の状態から椅子を完全に立つ。
「じゃあ、私達はそろそろゆまちゃんの所に行くわ」
「会いに行くなら、気をつけなさい。善意からの行動だろうが、千歳ゆまに責められても仕方が無い事をしたのだから」
「分かっているわ。人からどんな風に見られていたって、どんな目に遭っていたからって、親が逮捕されるのは凄く辛い事だから……私が関わったのが原因だと思うと、余計にね」
「ほら、行くわよキリカ」なんて声をかけられて、キリカさんが即座に意識を切り替え、満面の笑みで立ち上がる。
その顔には『織莉子、だいっ好き!』と書いてある気がした。
「これから大変よ、キリカ」
「うん、二人なら頑張れるよ。それに、ゆまには織莉子の素晴らしさを教え込まないといけないからね!」
楽しそうに腕を組み、二人は仲睦まじく歩き出した。
あの調子なら、きっと大丈夫だと思う。ゆまちゃんだって心を開ける筈だ。もし駄目なら、私も何か出来る事があるなら、協力したいな……
「そうそう、鹿目さん?」振り返った織莉子さんが、急に私へ声をかけてきた。
「は、はいっ?」
何を言われるんだろう。そんなに悪い事じゃないと思うけど、相手の瞳があんまり真摯で心の篭もった物だったから、身構えてしまう。
そんな私の反応が面白かったのか、織莉子さんの口元が緩んだ。
「その気持ちはきっと、貴女の本心よ。誰に左右された物でもない。貴女だけの物だから」
「素直になりなよ、私と違って、君は人格改造なんてしなくたって、勇気の有る子なんだからさ」
それだけ言い終えると、二人はお店から出ていく。
互いの仲を感じ合う様に身を寄せながら、一度だけ私達へ手を振ってくれた。
手を振り返しながら、思う。二人は私の事情を知っていたのか、私の言動から察してくれたのか。どちらにせよ……思わず、ほむ魔ちゃんの方を見てしまう。
「何かしら、まどか」
「……ううん、何でもないの」
何でもなくない。
私とほむらちゃんが此処に来たのは偶然の筈だけど、そこで丁度ほむ魔ちゃんが居て、更に織莉子さんとキリカさんが居合わせ、マミさんが来る。そんな偶然が有るんだろうか。
有るとすれば、それはきっと仕組まれた事だったんだ。
疑いの眼ではないけれど、やっぱり気になってしまう。そんな気持ちでほむ魔ちゃんをじっと見つめていると、何故か、彼女は私と頭を下げた。
「ごめんなさい、まどか」
「?」
「急な用事が出来たから、先に帰らせて貰うわ。後は頼むわね、暁美ほむら」
急な言葉を口にして、椅子から立ち上がる。
「え、え? ほむ魔ちゃん、帰るの?」
「ええ、帰るわ」
戸惑う私に、はっきりと答えてくれる。
本当に帰っちゃうみたいだ。思わず、ビーフストロガノフはどうしたの、と聞きたくなったけど、尋ねる前に言葉が続けられる。
「貴女達で食べて。本当に美味しいし、代金は私持ちよ」
「そんな、悪いよ」
「いいえ。このお店の常連になって欲しいから、今回はお試しよ。今度から払えば良いわ……まあ、どうせ今度みんなで行くけれどね」
そういえば、マミさんがこのお店に連れていってくれる約束だった。
そのマミさんの肩を、何故かほむ魔ちゃんが叩いている。連れ出す様に立ち上がらせて、腕を引っ張っていこうとしている。
「ちょっと、どうしたの?」あんまり急な行動に、マミさんだって怪訝そうにしていた。
「用事よ、用事。巴マミ、貴女も着いてきて」
「え、ちょっと……」
「いいから」
それだけ言うと、またマミさんを連れてお店から出ようとする。
二人のティーカップは何時の間にか空になっていて、店員さんに私達の分までお金を払っているのが見える。奢らせているみたいで嫌だと思った。
(気にしないで。後でちゃんと返して貰うから)
(あ、そうなの? 良かった、ほむ魔ちゃんに全部奢って貰うなんて、ちょっとね)
(分かってるわ。まどかはそういう子よね……そうじゃなかったら、返して貰わなくても構わないんだけど)
念話で告げてくると同時に、お店の扉を開く。
でも、マミさんが動かない。まだ納得出来ていないみたいで、表情が説明を求めていた。
「ねえ、ほむ魔さん。一体どうしたの?」
「ほら、此処じゃ……ね?」
対するほむ魔ちゃんの返答の言葉は、とっても簡素で、私にはよく分からなかった。
けど、マミさんにはしっかりと伝わったんだろう。私とほむらちゃんの顔を見比べると、マミさんは納得したと言いたげに大きく頷く。
「……ああ、そういう事。そうね、馬に蹴られてしまうわね」
マミさんの瞳がなま暖かく……悪く言えば、生々しい暖かさを帯びる。
……あぁー……そういう事かぁ……
ほむ魔ちゃんがどうして席を外すのか、マミさんの視線の理由は何なのか、分かってしまった。
顔が熱くなる。もしかして、ほむ魔ちゃんは私に『これ』をさせる為だけにお店で待っていたんだろうか。織莉子さんとキリカさんを助けつつも巻き込んで、ただ、私の背中を押す為に。
凄く、あり得る。
「がんばって、まどか」
私だけに向かって告げられた、空間も時間も飛び越した先から響く声。私にしか聞こえない、声援と応援の言葉。
お店から出ていったほむ魔ちゃんの言葉であり、その大本である存在の言葉でもある。
何の応援なのかは、聞くまでもない。
「あ、あう」
「まどか?」
「え、あ……うん、大丈夫だよ、ほむらちゃん」
ほむらちゃんの顔をしっかり見つめて、荒くなりそうな息を頑張って整える。
あんまり恥ずかしくって照れてしまうけど、逃げずに我慢した。織莉子さん達が自然に受け止めている自らの感情を、受け入れる為に。
外で降っていた雨が、一気に消えていった。
+
お店の外から少し離れると、『あけみほむら』……リリーさん……いえ、ほむ魔さんは、雨の降る空へ向かって視線を送った。
ただ、それだけの事で雨は一滴も落ちてこなくなる。一瞬の事だった。まるで、雨自体が嘘だったみたいに消えて無くなってしまったんだから。
「……鬱陶しい雨は吹き飛ばしておいたわ。まあ、これくらい良いわよね。雨の中よりは、晴れの中の方がまどかだって『言いやすい』に決まってる」
気を使って、雨を消したらしい。そんな事まで片手間でやってのけるんだから、この子は本当に人間ではないと思いつつも、鹿目さんへの深い愛情……思いやりを感じる。
それだけお膳立てをされたんだ。結果は分かっているけど、鹿目さんを応援せざるを得ない。
……良い結果か、悪い結果か? そんなの、言うまでもない。良い結果だ。暁美さんが、鹿目さんを拒絶する筈がない。
それが友情であれ恋であれ、間違い無く喜んで受け入れる未来が見える。
「あの二人、どうなるのかしらね」
「大丈夫でしょう。さあ、行くわよ」
私の言葉に頷きつつも、彼女は無表情だった。
この子は、それで良いんだろうか。自分が愛される訳じゃないのに。暁美さんと鹿目さんを結んだって、その中に自分は入り込めないのに。
「まどかの寵愛は、まどかの気持ちで向ける物よ。欲しがったりはしない」
我慢している訳でもなくて、当然の様に告げてくる。でも、自分を蔑ろにしている様には見えない。彼女は、この精神性が自然なんだ。
その背中は大きくも、小さくも見える。偉大、と表現するべきだろうか。そう、鹿目さんに殉じる所はまさしく偉大と言って良いと思う。
彼女がこの世界で存在しているのは、それが鹿目さんの望みだからだ。彼女の幸福に対して必要ではないなら、このほむ魔と名乗る怪物は消えて無くなるだろう。
私だってその気持ちで負けるつもりは無い。愛、私の胸に有る愛は、なぎさへ注がれている。あの子の幸せと自分の命なら、迷い無く前者を取れるくらいには。
……勿論、私が命を捧げたってなぎさは泣くだろうから、『死ぬ時は一緒』が正解なんだろう。呉さんの言う通り、強く結ばれた絆は死ですら断てないんだ。
しかし、私に背中を晒すほむ魔さんは消えてしまえば何処にも残らない。『魔なるもの』である彼女は、人間の様に死後の事を曖昧にして誤魔化したりは出来ない。死んでしまえば天国に行けず、円環にも導かれずに『無くなって』しまう。そう、彼女には、『愛しい鹿目さんとの二人っきりの幸福』が与えられない事が約束されているんだ。
それを悲しみもせず、辛いとも思わない。自らの愛に対する姿勢についての尊敬とは別に、そんな彼女の事が少し心配になった。
私の気持ちは伝わっているのだろうか。きっと、伝わっているのだろう。ほむ魔さんは私の思考に反応したかの様に足を止めて、気づけば隣に立っていた。
「それで、私の用事に付き合ってくれるのかしら」
「え?」
二人っきりにするのが目的じゃなかったの? と聞くより早く、ほむ魔さんは小さな笑い声を放つ。嘲笑じゃなく、単なる笑みだ。
「何、そういえばもう一人ご同類が居た事を思い出したのよ」
「それは、どういう」
「人であって人ではない物。人間っぽく作り上げられた人間もどき。私は自分のそういう部分が便利だし、まどかの為に生まれてきた事実が誇らしいけど……そういう生まれ方、嫌がる子も居るから」
雨の降らなくなった空へ視線を移しつつ、彼女は瞳の奥に鹿目さんを映し出している。けど、その視界は別な誰かを見ている様だった。
何の事か、詳細な所は分からなかったけど、何の目的が有るのかは知っている。やっぱり、鹿目さんが絡む話だろう。
その証拠に、彼女は燃え上がる様な気配を立ち上がらせて、人間ではない『物』としての嫌な存在感を漂わせていたのだから。
「まどかと知り合う可能性が繋がったんだもの。あのお店には和紗ミチルが居た。ええ、『思い出した』わ」
唐突に出たミチルちゃんの名前に困惑してしまう。
あの子は少し離れた所に有るあすなろ市を拠点にしている、プレイアデス聖団のリーダーだ。私が遠足中に偶然助けた可愛い後輩でもあり、時々見滝原で知り合いのお店を手伝っているけど、あくまでこの近辺の魔法少女じゃない。
見滝原に住む鹿目さんとはまるで関係の無い……円環の理は全ての魔法少女に関係が有るから別として、個人としての『鹿目まどか』には関係の無い人だ。
そんなあの子が、どうして鹿目さんと絡むのか。いや、ただ同じお店に居たというだけでも、注意すべきなのかもしれない。少し、心配性だとは思うけれど。
「ねえ、巴マミ」
「何、リリー……ほむ魔さん」
「プレイアデス聖団の神那ニコ。知っているかしら?」
「……ええ、ミチルさんの繋がりだから、顔見知り程度の物だけど」
勿論、私はその名前を……ニコさんを知っている。プレイアデス聖団の一人だ。
物静かで言葉の少ない性格の持ち主だけれど、ちょっと話すだけで悪い人じゃないのが伝わってくる子だった。
「十分よ。連絡は取れる?」
「まあ、一応は」メールアドレスくらいは聞いてある。
「なら頼むわ。一刻を争うのよ」
ヒュアデス、なんて呟いている。その意味は分からない。けれど、彼女が言葉に出す程だ。きっと、何か重要な事なんだと思う。
例えば、世界の終わりとかはどうだろう。鹿目さんにも被害が及ぶなら、彼女は宇宙だってあっさり滅ぼしてしまうに違いない。もしも、この国が何処かと戦争をしそうになったら、その前に全ての国を支配してしまっても不思議ではないんだ。
この世界を天国にするのも、地獄にするのも彼女の匙加減一つ……いいえ、鹿目さんの価値観次第で決まってしまう。恐ろしい事だけれど、少なくとも、今の彼女は私の敵ではなかった。
なぎさや、美樹さん、佐倉さんに鹿目さんと暁美さん。それに呉さんや美国さん。ミチルちゃん達のプレイアデス聖団。あの子達と一緒に楽しく生きていけるなら、彼女が悪魔だろうが邪神だろうが、私には関係無いんだから。
「何か大変な事が有ったなら、最初から片付けておけば良かったのに」
でも、これは素直な感想だった。何か早急に対処すべき事が有ったなら、そうなる前に解決出来る筈なんだ。
けれど、彼女は私の言葉に対して至極残念そうに肩を竦めて、自分の能力にも限界が有る事を表情に出してくる。
「まどかとは関係の無い所で世界が滅びそうになっているとして、それを止める理由が私達には無いし、第一、まどかが絡まない限り、ホムリリーの知識は頭に浮かんでこないのよ。私だって、まどかが関係する前にどうにかしておきたいのだけれどね」
「そういう意味で、美国織莉子や呉キリカと接触したのは大正解だったわ」なんて言いつつ、彼女は背中に翼を生み出す。
羽の色は真っ黒いけれど、その翼には桃色のリボンが大量に結ばれていて、まるで拘束されている様だった。
悪魔の羽……いいや、これはきっと天使の羽だ。鹿目さんの幸福という使命に全てを捧げた、愛の天使が生み出した物なんだ。黒い羽であっても、それは変わらない。
「忠告ありがとう。私はこの足であすなろ市に向かうわ。神那ニコには、話を通しておいて」
「え、ちょっと、幾ら何でも急ぎ過ぎよ?」そんなにもすぐ動かなきゃいけないのか、と内心で驚く。
「多分、プレイアデスに人員が増えるわ。人数が合わなくなったら、『プレイアデス+1聖団』にでもなるのかしら」
よく分からない事を言いながら、彼女は自分の羽を広げた。そこから軽く足踏みをするだけで天高く飛び上がるだろう。
空間移動や時間操作だって出来る筈なのに、あえて飛行での移動を選択しているのは、何故なのか。
「こんなにも分かりやすく『人間もどき』の姿を見せておけば、少しは話もスムーズに進むからよ」
私の内心を読み取ってその疑問に答えると、彼女は大きく翼を揺らせて、完璧に飛翔出来るであろう状態になる。
次の瞬間には、私の目の前から消えるだろう。
そう思っていたけれど、実際の彼女はピクッと身体を震わせて足を止め、虹の架かる青くなった空を眺めていた。
「……ほむ魔さん?」
「……ふふっ、見滝原に温泉ね」
その細められた瞳は何を見ていて、小さく呟かれた言葉には何の意味が有るのか。この世界とは違う何処かへと視点を移す所は、私達の理解が及ぶ物じゃなかった。
けれど、一つだけ分かる。今、ほむ魔さんは心から喜んでいるんだ。その胸に抱く愛を燃え上がらせ、世界を焼き付くす程に燃えている。
最高の幸せを噛み絞めている姿は、私にとっても好感を抱ける物だった。
「セイクリッド・ペンタグラム……」
「え?」唐突にこちらへ向けて放たれた単語の意味が分からず、首を傾げる。
「合体技の名前、それで行ってみたら? 一つ多いけれど、ええ、記念よ、記念」
ほむ魔さんは、普段の彼女より更に楽しそうな笑みを浮かべていた。非常に機嫌が良くて、私に対しても好意的な感情を見せてくれる。
けれど……
「……何で技の名前を考えている事、知ってるの?」
「さあね」
はぐらかす様に手を振る事で、彼女は答えて見せた。
もし見滝原の外で戦う事が有ったら……なんて思いで合体技を作って、ミチルちゃんに見せようと考えているのは、私自身しか知らない筈なのに。
まあ、知られている事はそれほど驚かないけれど、それ以上に彼女が『技名』を提案して来た事は、本当に驚きだった。そういうタイプの人じゃないと思っていたから、意外過ぎる。
珍しい姿を晒す彼女は、小さく足踏みをしたかと思うと、踊る様に腕を回していき、その勢いで釣られる様に全身を一回転させた。
黒い羽が少し落ちる。綺麗な黒色だ。純粋な黒というのは、本当に綺麗だった。
「また一つ、鹿目まどかの幸福が確定した事を知ったのよ……ああ、まったく。まどかの居る世界とは、本当に愛おしい物ね……!」
両手を空へ伸ばし、何かを掴む様に手を握る。その構えは絶対的な神への信仰を表現する信者の様で、思わず見とれてしまう。
私の視線を受け入れながら、彼女は改めて空へと飛び上がり、気づいた時には消えていた。
本当に存在したのかすら怪しく思えるくらいの急激な消失だったけれど、彼女が存在したという証拠は有る。私の手の中に有る、一枚の黒い羽という形で。
「セイクリッド・ペンタグラムかぁ」
羽を握り、提案された名前を言葉に出してみる。
凄く良いな、その技名。一斉に攻撃をする時の掛け声としては、最高だと思う。語感的には五人用だから人数が合わないけれど、そこは調整していけば良いだろうから。
「ああ、でもほむ魔さんと二人で合体魔法をするなら……『ティロ・エスプロジオーネ』なんて良さそうね」
そういう事を考えていると、何だか気持ちが盛り上がってきた。鹿目さんと暁美さんは上手く行っているだろうし、何も心配は要らない。ほむ魔さんが鹿目さん絡みで失敗するなんて有り得ないと自信を持って言える。
何もかも上手く行っていると信じられるのは、素晴らしい。その中で気楽にも必殺技の名前を考える時間が有るのは、本当に素敵な事だと思った。
+
雨が止んだ。
これはきっと、ほむ魔ちゃんが気を使ってくれたんだろう。あの人は私の為に何でもしてくれるから、間違いない。
そんな凄まじい献身は、私からすると少し気後れしてしまう物だった。けど、だからって渡された気持ちを『要らない』と言って返すつもりは無いし……何より、雨音が聞こえなくなったのは、私の心を明るくしてくれた。
「ほむらちゃん、えと」
話しかけると、ほむらちゃんはコンマくらいの遅れも無く私の顔を見つめてくれた。
息が詰まりそうになる。言葉が止まって、身体が逃げていこうとするのを必死に堪える。
「その、あの」
中々、言葉が出ない。
でも気持ちは何とか定まっていた。織莉子さんやキリカさんの関係を見て、言葉を聞いて、ほむ魔ちゃんから応援されて、マミさんに気遣われて。
みんなに背中を押されて、やっと私は自分の気持ちに一つの区切りを……一つの想いを描く事が出来る様になった。
それをほむらちゃんに伝えたい。今の私の顔は真っ赤になってると思うけど、その顔だってほむらちゃんに見て欲しい。ほむらちゃんの全部を受け入れる代わりに、私の全部を受け入れて欲しい。
こういう気持ちは『見返りを欲しがっている』なんて思われるかもしれないけど、そうじゃない。お互いに受け入れ合う事こそ、ほむらちゃんの幸せ……私達の幸せの為には、一番重要な事なんだ。
私がほむらちゃんを救い、ほむらちゃんが私を救う。その為にも、私の気持ちを伝えるんだ。
「言いたい事が、有ってね」
だから、どんなに照れる気持ちが有っても無理矢理押し通す。沸騰しそうになる頭を何とか冷まし、抑える。
けれど円環の理としての精神は用いない。今の私は人間として、自分の気持ちに向き合いたかった。
受け入れて貰えないんじゃないか、なんて不安は無い。
二度とすれ違わない為にも、私はほむらちゃんの想いを理解出来る様になっていた。だから、分かるんだ。ほむらちゃんは、きっと笑顔で、もしかしたら泣きながら頷いてくれる。
そう思うと、心が軽くなった。少なくとも、『何もしなかった』事を告白した時よりは、ずっと言いやすいんだから。
「ほむらちゃん。あのね、私……」
そして、決定的な言葉を聞いたほむらちゃんの瞳が大きく見開かれて、涙が浮かぶ。その全てに心が揺らされて、私は思わず彼女を抱き締めていた。
雨上がりの空に掛かった虹が、私達を見守ってくれている様に思えた。
さて、彼女は自分の中の気持ちとどう向き合って、何と言ったでしょう? 正解は次の話で分かります。作中でも言っていますが、愛だからと言って恋愛である必要は無く、また友愛である必要もありません。ただ、希望よりも熱く絶望よりも深いもの、である事だけは確かです。
◇あとがき◇今回も眺め◇前よりネタ発言増量◇
HOMURA改め個体名ほむ魔が呟いた『魔女の肉詰め』という言葉と、「ご同類が生まれなかった」という台詞を見れば、誰を指しているのかはかずマギを読んだ人なら分かるかな……? 言うまでも無く、マレフィカ・ファルスの事です。この世界では魔女が生まれませんし、ミチルも生きているので、ね。
あ、プレイアデス聖団はミチルハーレムです。全員がミチルだいっ好き! で、ミチルの為なら地獄にだって落ちるレベルの……まあ「もう一度、貴女に会いたいって……その気持ちを裏切るくらいなら、そうだ、私はどんな罪だって背負える」を実行した人達ですから。本作中のマミさんに匹敵するレベルで愛が重いんですが、ミチルが生きている間は一線を弁えている人達だと……信じたいなぁ。
そして、ほむ魔が広義の『ヒトモドキ』である事に気づけて良かったと思います。全然意識していなかったんですが、あの人の形が崩れたりする所とか……
神那ニコ……つまり聖カンナが行動するにあたって、『人の形をした人ではない何か』の存在は凄く重要な物だと思うんです。行動次第で彼女の目的が大きく変わる可能性も有りますし……まあ、彼女がどれだけ必死でヒュアデスを広めようとした所で、この世界は既に『人間』鹿目まどかを中心に回っている訳で、それを覆す様な行為に及ぼうとするのは、クトゥルー神話における外なる神を敵に回す様な物なんですが……外なる神に、コネクトするのか……? やめたげてよぉ! ホムリリーは外なる神じゃないんですけど、あんなのに接続したら精神を支配されて判定が酷い事になり、まどか教の敬虔な信者に改宗されてしまう。あ、私はまどか教新教派の更に端、教祖自身も幸福にならねばならない派なので。
そういえば一つ書いていませんでしたが、このほむ魔という存在は『自分が舞台裏のスタッフである事を認めている(それでいて強固な価値観を持った)暁美ほむら』という人格を持っているので、誰かと誰かを巡り合わせたり、話し合わせたりする事、要するに対話を行わせる事が本業、というか宿命です。そういう人格だからこそ、『悪魔ほむらと女神まどか』の存在する世界へ送られた訳で。つまり、ニコとカンナも……うん、笑顔が一番。その方がまどっちもお喜びになるでしょう。
ただ、かずみマギカに関しては考察不足でストーリーに強く食い込ませる事が出来なかったのが、少し残念ですね。結局台詞が一つも有りませんでした。本編は一応目を通しているんですが、特典SSとかは触っていなくて……
そして、本後日談で散々イチャイチャキャッキャウフフを見せ付けたおりキリコンビの話です。彼女達に関しては、明確に『永遠の新婚夫婦』というイメージで書きました。二人は死ぬ時も死んだ後も一緒に存在する事を約束し合った仲であり、つまるところガチです。
本作の織莉子さんが妙にフレンドリーだったり、キリカ相手にはっちゃけたりしているのは、『人殺しの重荷を背負っていない』からですね。『魔法少女狩り』なんて当然やっていませんし(実はウォッチメンとクロスしようと思ったきっかけはこの単語からだったりする)、世界を救う為に何も知らない女子中学生を殺害しなくても良い、という事が、彼女をあらゆる悩みから解き放っています。そして願いで見た光景が『円環の理で繰り広げられるキリカとのラブラブ生活』だったので、余計にぶっ壊れています。まあ、それでも常識人ではありますが……あ、キリカさんは特に何か改変する気が有った訳では有りません。そのまま喋らせていても十分に壊れている人なので。
あの二人の性質は別編の彼女達に近いですね。ゆまちゃんと出会っているのも、その辺りの絡みです。ちょっと出会うタイミングがズレていますが……
さあ、後、残す所一本なのですが……残念ながら、まだ書き上がっていません。メガ・クー・デビを描写したなら、後は、ね? まどっちの最高に天使な所を全力で描写する所存です。それを書き上げた後は、番外編の一つや二つ書いてみようかと。見ておれ、AKEMI HOMURAが揃えば番外編の一つや二つ……!
……余り関係の無い話ですが、私も甘党なので紅茶やコーヒーに3つずつくらいなら平気でミルクと砂糖を投入しますし、5つまでなら普通にやります。だからキリカさんの味覚は大いに同感できますね。