使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
世界という筒の中を潜り抜けると、そこは夕方の見滝原だった。
綺麗に灼けた太陽の中、私はこの地に立ち上がる。
私が現れると同時に、周囲を雷撃の様な物が覆い尽くした。これも演出の一種だろう。私の本体は随分と見栄えの方に意識を裂いているらしい。
人通りの無い路地裏だから、驚かれないのは助けだ。
しかし、随分とうるさい。と、考えた所で、自分の身体を確認してみる。
(服は、着ているわね)
幸い、服は見滝原中学の物をしっかりと着用していた。この手の時間転移では全裸がセオリーだと記憶に有ったので、少し慌ててしまった。
流石に、雷を纏いながら現れる全裸の少女にはなりたくない。万が一まどかに見られでもしたら、憤死物だ。
やっと、雷が落ち着いてきた。足下に溜まった水が感電の不安を煽ったが、この雷は自分に対しては何の影響も与えないらしい。
危険が無いと分かれば、後は自分の能力を確認してみる。
一瞬で外見を書き換え、魔法少女の姿へ変わる。
紫を基調とする、制服にも似た服装だった。時間操作の象徴たる盾は勿論、まどかを思い起こさせる弓もしっかりと備わっており、かつて暁美ほむらと呼ばれていた存在が基本的に持っていた者は、全て再現されていた。
(いえ……リボンが、変わったわね)
よく見てみれば、腰のリボンがホムリリーと同じく手の形をしていて、着用者の意志とは別に蠢いていた。
微妙に不気味だ。少なくとも、これをまどかに近づけたいとは思えない。
(まあ、問題無し……でも、能力面での制約は大きいのね)
軽く腕を振ってみたが、大本の『ホムリリー』、その前身となる『暁美ほむら』程に恐ろしい力は使えない。どう見積もっても、時間停止が良い所だ。
だが、構わない。私が本来持っている役目を進めば、ホムリリーがこの世界に手を伸ばしさえすれば、使える力の規模は広がっていくだろう。最低限の能力が使えるなら、文句は無い。
それに、自分は使い魔だ。暁美ほむらには出来なかった事でも、自分には出来る。
(特に、変身無しで魔力の制限無しに停止出来るのは大きいわ。良かった、何とかなりそうね)
能力を確認すると、続いて世界の空気を感じ取る。まどかが存在するか、それとも円環の理となっているのか。ただ目を瞑るだけで、分かる。
(っ……)
すぐに理解できた。この世界には、円環の理が存在している。しかし、鹿目まどかも存在している。矛盾だ。神が存在するというのに、神となる前の人物も居るのだから。
それに対する答えを、私は知っていた。
(悪魔)
そうだ。暁美ほむらの可能性の一つ。円環の理から一部分を奪い取った結果から生まれた姿だ。
その不敵な笑顔と、病的に苦しげな様子が潜む。記憶の中に潜んでいる。この私自身が持つべき記憶とは異なる、ホムリリーから与えられた知識として。
「そう、そうなのね」納得した。私が、この場に来た理由を。「私が居て、まどかが居る世界か。ふふ、私の居場所が無いわ」
若干の寂寥感が私を襲う。
ほむらの居ない世界であれば、まどかと一緒に居られるだろう。まどかの居ない世界であれば、ほむらを支えられるだろう。
なら、どちらも居る世界では?
ワルプルギスは消え、インキュベーターは動きを封じられ、誰もまどかの幸せを邪魔しない。なら、自分は何をするべきなのだろう。
既にまどかを幸福にした世界で、『幸福実現』の使い魔は何処に行けば良いのだろうか。
「ほむら、ち」
反射的に、時間を停止した。
「まどかっ!?」
声を認識した瞬間、記憶が悲鳴を上げた。あらゆる全てが歓喜し、感情が爆発するかと思った。時間操作が間に合って良かった。魔法少女でなくとも使えるのは、本当に便利だ。
振り向いてみると、そこには予想通りに鹿目まどかが居た。自分と同じく見滝原の制服を着ていて、驚いた様に目を見開いている。
不味い。この世界に居る本物の暁美ほむらの外見に近づけなければ。ルージュに、目元へ隈のメイクだ。それに耳飾りも忘れてはならない。
周囲には化粧品店は無い。なら、外見を変えよう。本当に使い魔で助かった。外見を軽く変えるくらい、易々と出来る。
目元を少しなぞると、陰鬱な隈が作り上げられて、更に口元へ自然な色のルージュが張り付く。耳元を撫でれば、一つの耳飾りが現れた。
外見を『悪魔としてのほむら』へ変え終えた。完璧だ。身体の位置を同じ場所へと戻し、時間停止を解除する。
すぐに世界は動きを再開して、再びまどかが動き出した。
「ゃん?」
「あら、鹿目さん」
何事も無かったかの様に振り向き直して、暗めな微笑みを作る。怪しげな雰囲気を放つと、ほんの僅かにまどかが仰け反るのが見えた。
少し泣きたい気分にさせられるが、構うか。それよりも、平然とした様子を装っておく事が先決だ。
「こんな所で、どうしたのかしら」
「え?」
「もう日が沈む頃よ。一人でどうしたの?」
「あ……うん。それがね、ちょっと寄り道してたら遅くなっちゃって……えと、昔使ってた近道を使ってたの」
嘘を言っている様子は無い。何かを隠しているとか、庇っている所は無さそうだ。
「そう。でも鹿目さんみたいな子の一人歩きは、夕方でも危ないわ」
「……ほむらちゃんだって、私と同い年じゃないかな?」
「私は良いのよ。貴女って、助けを求められたら、簡単に信じてしまうタイプに見えるもの」インキュベーターとかね、と頭の中で続ける。
(まあ、まどかの安全は殆ど確実だけれど)
少し視線を上げてみれば、まどかの安全を保障する者の姿が見えた。
子供型の使い魔……十字の丸い帽子を被っている。確か、あれはネクラとか言う名前だったか。奴がこちらを見ている。一本の針を片手に、睨んでいる。
まどかに対して悪しき企みをする相手が近寄れば、たちどころに始末されるだろう。魔法少女並の実力を持った使い魔だ。人間どころか、魔獣でも一蹴できる。
こちらの姿を認識しているが、判断に困っている様だ。
本体たる悪魔に対して、どの程度の意識を伝達できるのかは分からない。まあ、別に自らの存在が露見しても問題は無い。どうせ、目的は同じくまどかの幸せだ。
堂々と、まどかに誘いをかける事にした。
「一緒に行かない? 二人なら安全よ」
「ええっ!?」まどかが、少し慌てる。怪しい少女に言われて、動揺したらしい。
これは不味い。
「ご、ごめんなさい、子供扱いしている訳じゃないわ。ただ、あなたはほら、優しい人みたいだから」そう、行うべきは泣き落とし。「初対面の私が急に抱きついたのに、今だって普通に接してくれるし。そういう人って、騙されちゃう時も多いし」
瞳を潤ませて、声をほんの僅かに辛そうな物へ変える。悲しくて死んでしまいそうと言わんばかりに、如何にも残念そうな声音にするのだ。
迫真かつ最低の演技だと思うが、まどかは騙される。
「だから、あの、心配で。その、もう言わないわ」
「ううん。そんな事無いよ。い、一緒に帰ろ?」
一度引こうとすると、まどかがおずおずと手を伸ばしてくれた。
ゆっくりと、遠慮がちにその手を取る。記憶から来る懐かしい感触と優しさに、心が溶けてしまいそうだ。
(でも、惑わされてはならないわ。使い魔の私は、本物の暁美ほむらではないのだから)
「ありがとうっ。その、無理を言ってごめんなさい」
「い、良いよ。気にしないで」
「嬉しい。そう言ってくれると、心が救われる気がするわね」
余り握手を続けていても、まどかを怖がらせるだけだ。握った手を軽く振って、すぐに離す。心なしか残念そうに見えるのは、単なる錯覚かもしれない。
「さ、行きましょう。貴女の家は何処?」
「それなら、こっちだよ」
少し前を行き、まどかが背中を向ける。
何とも小さな肩だ。小学生みたいだと言われるのは伊達ではなく、なるほど小さくて可愛らしい雰囲気が有る。
「鹿目さん」
「あ、ええっと……まどかで良いよ?」
「そう? じゃあ、遠慮無く」
隣に立って、静かに歩みを進める。ネクラはじっと見つめたまま、何もしてこない。ただし、何時攻撃されたとしても良い様に心の準備はしておこう。
ただ、まどかを巻き込む事はあり得ないので、杞憂だと分かっては居る。
「学校にはもう慣れた?」
「う、うん。みんな良い人達だから、凄く」それにしては、少し暗い。
深く聞くべきではない。まどかを不快にさせてはならない。
違う話題を考えている為か、微妙な沈黙が訪れる。何か言わなければ、特に言える事が無い。
と、急にまどかが路地の奥を指さした。
「あ、猫!」
「え?」
言われるままに見てみると、黒猫と思わしき尻尾が小さな隙間へ入っていく瞬間が見て取れた。その可愛らしい姿を断片だけでも認識すると、記憶の中から引き出される物が有った。
エイミーだ。まどかの契約の引き金となった事も有る、小さな黒猫である。
「見えないわ……うーん、残念ね」
「あっ、ほむらちゃんは猫好きなの?」
心の中で動いた物を隠していると、まどかが興味深げな表情で尋ねかけてきた。
エイミーの件は後回しだ。掠めた記憶の事は忘れて、会話に集中しなければ。
「ええ、好きよ。この間、今の猫とそっくりな黒猫ちゃんを見かけたんだけど、もう可愛くって。飼えれば良いのだけれど」
「へぇぇ、黒猫かぁ。こう、お尻を振って歩くところが良いよね! お腹とか撫でさせてくれないかなぁ」
「私としては、猫じゃらしも良いと思うわ。猫パンチよ、猫パンチ」
「うんうん!」
「逃げられてしまう時の方が多いけど、時々人に慣れた子が近づいてきてくれて、癒されるのよ」
「そう! そうだよね! 子猫も良いけど、ちょっと悪そうな顔の猫が近寄ってくれると、すっごく嬉しくなるなぁ」
まどかが何度も同意して、頷いている。
猫は好きだ。まどかと暁美ほむらの共通の好みとして、大事にしたいと思っている。ただし、インキュベーターだけはお世辞にも可愛らしいとは言えないが。
そうだ。インキュベーターの気配が無い。と、よく見てみると、ネクラの針に刺さっている。始末されたらしい。
「ほむらちゃんはさ、ぬいぐるみとかも好き?」
「ええ、勿論。だけど、あんまり買うお金が無くって、だから自分で編んでるのよ」
「そうなんだ、私も自分で作った事は有るけど、どんな感じなの?」
「こう、結構リアルな奴ね。目がガッと開いてて、牙が凄い女の子とか……ああ、デフォルメした人のぬいぐるみも作った事が有るわ」ナイトメアの造形はお気に入りだ。オリジナルたる暁美ほむらの世界で生まれたのだから当然だが。
「な、なんだか凄いね。私なんか、普通の編みぐるみしか作れないんだよ」
「その方が余程素敵だと思うわよ、私はね」
気づくと、自然に話を楽しんでいる自分が居る。
まどかと単なる雑談をして、一緒に帰る事。これこそ、暁美ほむらが心の底から欲していた物だ。
そんな幸福が欲しかったのに、求める事を許されなかった。いや、許せなかった。我が事ながら、意地を張る人間だ。
少しばかりオリジナルの暁美ほむらが持つ性格を悲しく思いながら、まどかに意識を戻す。彼女は瞳に明るい物を宿して、少しだけ照れていた。
「……ほむらちゃんって、良い人だね」少し驚く発言だった。「私は悪い奴よ?」
「ううん。こんなにゆっくり話すなんて、久しぶりなんだ。心配してくれるし、とっても良い人だよ!」
気遣いで言っている訳ではない。本心から来る言葉だと分かる。
こんな不気味でよく分からない女の事を、とても良い人だと言ってくれる。
涙が溢れそうになるが、必死で抑える。恋愛感情としてではなく、親愛としての極限に来た感情が爆発寸前に陥る。しかし、落ち着かねばならない理由が有った。
(駄目よ。喜ぶより先に、言わなきゃならない事が有るんだから)
まどかの言葉をよく聞けば、聞き逃してはならない部分が有る事が即座に分かる。
さっきは聞くべきではないと思ったが、これは駄目だ。
「話は変わるけど……」
「……ね、学校、居心地は悪く無いかしら?」
僅かに、微かにまどかの肩が震えた。
確定だ。悲しい気持ちになり、思わず口が閉じてしまう。その間に、まどかが何かを言おうとした。
「あの、わ、わたし」
「三年ぶりだし、知らない子の方が多いと思うわ。それに、昔とは変わった子も居るでしょう?」
まどかの発言を遮って、静かに告げる。
それだけで、彼女は口を閉ざしてしまった。強い罪悪感を覚えたが、だからといって言葉を止める訳には行かない。
「馴染めなくて、辛くない? アメリカに居たんでしょう、すっかりそちらの感覚に染まって、戻ってきた筈の見滝原に居場所が無い気がするんじゃないかしら」
淡々と言うと、まどかの瞳が確実に泳ぐ。辛そうな顔色を見る限り、責めている様に聞こえているのかもしれない。
そんな訳が有るものか。私がまどかを責めるなんて、あり得ない。だから、フォローを入れておく。
「私がそうだった」
「え?」
「私もね、転校生なの。だから、まどかも、そうなのかって」
そうだ、記憶を持つ私には分かる。『眼鏡の暁美ほむら』が味わった物だから、忘れる筈もない。
全く知らない人間達の仲に、既に構築された関係の中に入り込もうとする事の難しさ。それと、自分が見知らぬ場所へ放り出されてしまったかの様な、あの漠然とした孤独。どうしようもなく無力で、寂しく、辛い。酷く、息苦しい。
まどかは、美樹さやかの様な快活で友達を作りやすい子とは違う。程度の差は有っても、似た感情を抱いている筈だ。
「そう、だね」その予想を、まどかが確信に変えてくれる。「ちょっと、寂しいかな」
「……」
「私、取り柄とかあんまり無いし、友達も、すぐには出来ないかも、なんて……三年振りで、私、あんまり仲の良い友達も居なかったんだ。だから」
美樹さやかとの出会いは、三年前。この世界では、アメリカに居たまどかはさやかと親友になっていない。つまり、まどかにとっての一番の友達が居ないという事だ。
「だ、だからねっ。ほむらちゃんが声を掛けてくれて、名前で呼んでくれて、ちょっとビックリしたけど、嬉しいなって」
「そう」嬉しいが、それ以上に苦しい。「喜んで貰えたのなら、私も嬉しいわ」
一点減点よ、暁美ほむら。頭の中で呟く。
まどかを寂しがらせるなんて、それは明らかな失態だ。
(貴女は、まどかを神格化しているから、まどかが友達を欲していても気づけない。当たり前のまどかの気持ちを、本人から聞くまで分かってなかった)
(そう、「誰とだって、お別れなんてしたくない」。そんなの、聞かなくたって分かった筈なのに、貴女は気づかなかった。責めてる訳じゃないけれど……敵になっちゃいけないのよ、まどかの幸せを思うなら)
「ほむらちゃん……?」
突然黙り込んだ為か、まどかが訝しげに様子を伺ってくる。早く何か言わなければと思うが、この場で一番告げるべき事は何だろう。
何がまどかの幸せになれるだろう。暁美ほむらとして、掛けて上げられる物は何か。
(私は貴女を責められない。『暁美ほむら』は立派だもの。だけど……そう、ここは……!)
そう、良い言葉が有る。
「わっ」少しばかり言葉に詰まりながら、言うべき事を告げる。「私じゃ、駄目かしら?」
「え?」
「あのね。その、これからも、まどかに変な事を言うかもしれないけど、こんな私で良かったら、友達になって、欲しいな、なんて」
伏し目がちに、多少の緊張を見せる。
演技のつもりだが、指先が当たり前の様に震える。精神はしっかりと平静を保っているというのに、身体は素直な反応を見せてくれた。
この『まどか』に対する『暁美ほむら』は自分ではないし、私はコピーの使い魔でしかないが、それでも心は揺れる。
対するまどかは、私が本物の暁美ほむらだと思い込んでいるのだ。動揺は更に大きいのか、目を回す様に何度も口を開いては、閉じている。
断られてしまうだろうか。有り得ないと思っていても、拳を握りしめてしまった。
「ほむらちゃんって、もっと……ううん」何かを言おうとして、まどかは首を大きく振り、明るく微笑んで見せた。「全然、違ったね」
何を言おうとしたのかは分かる。
確かに、たった今見せた感情と普段の印象は全く違う物だろう。だが、これが暁美ほむらなのだ。本来の彼女が、顔を覗かせた結果なのだ。
「その……アレはそういう設定なの。ええ」悪魔に謝りたい気分だが、こう言っておいた方が都合が良い気がした。
「お化粧とか、耳飾りとか、怒られないの?」
「最初は怒られたんだけど、先生も諦めたみたいで……」嘘である。まどかは例外だが、この世界では誰も暁美ほむらの格好に文句を付けられない。
「あはは、そうなんだ」
まどかは面白がっているのか、少し笑っていた。想像とは全く異なる姿を楽しんでくれている。
それが分かった事で、『幸福実現』の役割を少しでも果たせたという達成感、それにまどかの笑顔という最高の報酬を与えられた。
「あのね」言葉を止めると、まどかは輝かんばかりに笑う。「私、そんな風に言って貰えるの、初めてだから。本当に嬉しいよ」
何という笑顔だろう。何でも許せる気がした。「私も、受けてくれるなんて思わなかったから、えと、凄く素敵な気持ちになるわね」
「そうだね。えへへ、友達かぁ。日本に戻ってきて友達第一号がほむらちゃんで良かった!」
「私も、まどかと友達になれて……本当に幸せよっ」
だから、その笑顔は本物の暁美ほむらに見せてあげて? きっと、喜ぶわ。
「よっ、よろしくね、まどか」
「うんっ、よろしくね! ほむらちゃん!」
改めて笑い合うと、まどかが若干強引に手を繋いできた。
勢いが良すぎて、まどかが少しばかり倒れ込みそうになる。
「まどかっ」
「おっ……と、ありがとう! 助けられちゃったね!」
慌てて支えると、楽しそうに微笑んでくれる。
それから、まどかは私の手を引いて走り出した。さほど早くは無いが、嬉しそうな勢いが私を置いて行きそうになった。
「さ、私の家はこっちだよー!」
「ええ! ふふ、明日から学校が楽しみね!」
「うん!」
「あ、ところで、明日からはまた何時も通りの『設定』で行くわ。遠慮しなくて良いから、迷わず話しかけてね」
「うん? あ、うん。分かった!」
やっぱり、本物の暁美ほむらに悪い事をしただろうか。設定というのは無理が有った気もするのだが、まあ良いだろう。
まどかに引っ張られながら走る中で、私は考える。
このまどかは幸せだ。だが、完全ではないかもしれない。しかし、幸福の中に居る。それ以上は無いと思っていたけれど、実際には有るじゃないか。
まどかをより幸せにする為に、必要な事が分かってきた。
そう……決めた。
私の、やるべき事を……
+
まどか、行かないでっ……
この世界は、かつてあの子が守ろうとした世界なんだ。
それを、覚えてる。決して、忘れはしない。
だから私は、戦い続ける。
暁美ほむらです、これから皆さんと一緒に、この町のナイトメアと戦います。どうかよろしくっ。
ずっとずっと、待ってた気がする。
私ね、とても怖い夢を見たの。
寂しいのに、悲しいのに、その気持ちを誰にも分かって貰えない……!!
そう、そうだったのね……それが貴女の本当の気持ちなら、わたしっ、なんて馬鹿な間違いを……
でも分かる。貴女は本当のまどかだわ。
また優しくしてくれて、本当に嬉しいっ……!
ありがとう。それだけで、私は十分に幸せだった。
ごめんなさい。私が、意気地無しだった……
どんな姿に成り果てたとしても、きっと平気だわ……! あなたが、側に居てくれさえすれば……!
そうね、この時を
待ってた
やっと、捕まえた。
もう、貴女を離さない。
……やっぱり、貴女の方が似合うわね。
+
見覚えの有る少女の涙。それを見た瞬間、世界が暗転して、私の目は自然に開いた。
「んくっ? む、ふぅ」
カーテン越しの朝日が入って、ぼんやりとした頭を刺激する。少しずつ記憶が戻り、心が元の状態へと戻っていく。
寝ていたという事を理解した時には、私の意識は完全に現実へ帰ってきていた。
夢を見ていた。夢の中で、自分は何か、遙かに大きな存在だった気がする。世界の全てが見えていた気がする。誰かを救っていた気がする。誰かと一緒に丘の上に居た気がする。
私は、沢山の人を救って、沢山の人の希望を守って
……大切な人を、傷つけてしまった気がする。
……傷つける事になるって、知っていたくせに。知っていたくせに、何もしなかった。
「あれ……? ほむら、ちゃん?」
つい昨日、最初の友達になってくれた少女が、夢の中に出てきた様な気がした。
表情も、どんな経緯で現れたのかも分からなかったが、一つ分かる事が有る。昨日、彼女と友達になったのは、夢では無かったという事。
「うぇへへ」
クマのぬいぐるみを抱き締めて、喜びを目一杯に表現する。昨日の夜なんてもっと凄かった。嬉し涙が流れそうになりながら、ベッドの上で転がっていた。
その結果、昨日は今までに無いくらい夜更かしさんに……
「って、わわわっ!」
無意識の内に時計を見てみると、もうかなり危ない時間だ。すぐに準備して走らないと、遅刻する可能性が凄く高い。
ベッドから飛び起き、リビングに駆け降りる。
そこには何時も通り、パパが居た。
「お、おはよ!」
「おはよう、まどか。今朝は遅いね」
「ま、ママは?」普段なら、私が起こす所だけど。「もう起きてるよ」やっぱり、起きていた。
何せ、時間が時間だ。昨日は随分とはしゃいで疲れたから、その影響も有ると思う。
「ごめんパパ! 急がないと!」
「まどか、朝ご飯は」
「た、食べる! 今から!」
「まどか、着替え着替え」
「ああぁっ忘れてたっ!」
まだパジャマ姿! それに気づいたのはたった今だ。混乱し過ぎて、色々と忘れている。
でも、しょうがないよね、と思う。ほむらちゃんと友達になれたんだ。
最初に会った時は、ちょっと怖いと思った。急に抱きついて、勝手にリボンを巻いてきて、わけがわからなかった。昨日会った時も、最初は不気味な人だと思った。でも、少し話してみれば何の事も無くて、普通で、共感の出来る優しい女の子だった。
そう思ってみると、あの怖い雰囲気の理由が分かる気がする。周囲を寄せ付けない所も、逆に近寄りやすく感じられた。
それに、何だろう。ほむらちゃんを見ていると、記憶の奥で何かが叫んでいる気がする。ほむらちゃんに関わる、一番忘れてはならない事を忘れている気が……
「ねーちゃ!」
タツヤの声で、思いだそうとした何かが消えた。
「あっ……た、タツヤ」
「どしたの?」
「う、ううんっ。何でもない……って、こんな事してる場合じゃないんだった!」
早く着替えなきゃならない。立ち止まって考え無くたって、ほむらちゃんには学校で会えるんだから。
学校に行けば、ほむらちゃんが居る。何だろう。当たり前の事なのに、それがとっても嬉しくて、それがとっても……
悲しい。
気のせいかもしれないけど、そう思った。
数分くらいで準備を整えて、イスに座る。何時もより髪の手入れが出来なかった気がするけれど、背に腹は代えられない。
もうママは座っていて、タツヤはミニトマトにフォークを刺していた。パパは、何時も通りキッチンに立っていて、ママにコーヒーのお代わりを出していた。
「おはよ、まどか」コーヒーを飲みながら、ママが朝の挨拶をしてくる。
「おはよ、ママ、今日は早かったんだね」
「まどかが遅いんだよ。夕べ、あんなに騒ぐから」
「あ、あれは。あはは」
確かに、昨日はかなりハイテンションだった。新しい学校という環境がいきなり天国に変わってしまったみたいで、もうたまらなくなっていた。
ママにも、その姿はかなり見られていた記憶が有る。だからか、ママが面白がって笑っている。
「まどか、やっぱりそのリボン着けたんだ」
「うん、ほむらちゃんから貰った物だもん」ママがリボンを撫でる。
「うんうん、よく似合ってる」私の頭から手を離すと、ママは軽く手を叩き、すぐに玄関へ向かって歩きだした。「じゃ、私は先に行くからね。まどかも急ぎなよ?」
「う、うん! 行ってらっしゃい!」
どうやら、ママは私を待っていてくれたみたいだった。ちょっと迷惑を掛けちゃったかな、と思うと同時に、凄く嬉しく思う。
「まどか、そろそろ行かないと」パパの声で、時間がかなり差し迫っている事を思い出す。
「う、うん! 分かった!」
朝ご飯の食パンを口に突っ込んで。そのまま口で挟んだまま鞄を持ち、ママと同じ様に玄関へ走る。
普段より遅いから、結構走らないと。
そのままドアノブに手を掛けると、パパの声が聞こえてきた。
「まどか、靴は?」
「あ、わぁっ!? やっちゃう所だった、パパ、ありがと!」
改めて靴を履き直し、やっぱりドアを開く。今度は何も忘れてない……たぶん。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「いってらっしゃー!」
タツヤとパパの声を背に、私は口元のパンを食べながら走り出そうとする。
そう、実際には走り出せなかった。
「わっ……」
あんまり慌てていたから、勢い余って何かに躓いて、身体が一気に前に倒れてしまった。
衝撃に備えて目を強く瞑る。けど、想像していた痛みは無い。あれ? と思って恐る恐る目を開けると、誰かの腕が自分の身体を支えているのが見える。
目線を少し上げると、そこに、ほむらちゃんが居た。
「ま」
「ほむらちゃん! ありがと! また助けられちゃったね」
支えてくれた腕を取って、精一杯感謝を見せる。ほむらちゃんには助けられっぱなしだ。昨日だって心配してくれたし、私の不安を解消しようと頑張ってるのが凄く伝わってきた。
目の前に居るほむらちゃんは、やっぱりちょっと怖い雰囲気が有る。けれど、昨日と同じで何だか心配そうだし、これが『設定』だと分かっていれば、何も気にしなくて良い。
「家の前で待っててくれたんだ? 待たせちゃって、ごめんね!」
「え、あの、まどか?」
「本当にごめん! 私が寝坊したから、走らないと本当に間に合わないかも!」
ほむらちゃんの手を握って、軽く引く。昨日より少しだけ手が暖かい。急に手を繋いだから、ビックリしているのかもしれない。
急に動くのは良くなかったかな、ちゃんと聞いてから繋げば良かったかも。と思ったが、しかし。
(私のせいで、ほむらちゃんを遅刻させたくはないよね)
「ほら、走らないと……」
「ま、まど」
「行こっ、遅刻しちゃいそうだよ!」
「え、ええ。分かったわ、行きましょう」
走り出すと、ほむらちゃんも同じ様に着いてきてくれる。すぐ隣を、手を繋いだまま走る。横目で表情を伺って見ると、戸惑っている様に思えたけど、凄く嬉しそうにも見えた。
「ね」
走りながら、話しかける。
「私、ほむらちゃんと友達になれて、沢山助けてくれて、凄く嬉して、もう、嬉しすぎて夜更かししちゃった」
「まどか……?」
「えへへ、不思議だよね。ずっと昔から、ほむらちゃんが友達だった気がするの。ずっとずっと会えなかった友達に、再会出来た気がするの」
だから、余計に嬉しかった。
「……ぅ、うんっ」
ほむらちゃんの目に涙が浮かぶのが分かる。
何か酷い事を言ってしまったんじゃないかと思ったけれど、違う。全身から溢れる様に凄く嬉しそうな気配が出ていて、誰が見たって分かるくらい幸せそうだった。
「あ、昨日は言えなかったけど」
そんな風に喜んでくれた事が嬉しくて、思わず貰ったリボンを撫でた。
「リボン、大事にするね!」
「ぁ、ぅ」
見開かれたほむらちゃんの目元から、一筋の涙が流れ落ちる。
綺麗だなぁ、って素直に思う。
『あんなに控えめで大人しい子だったほむらちゃんが』こんなに綺麗で格好良くなるなんて、でも、それは、『私』との約束で。
私はほむらちゃんと……迎えに……裂けて……何もしなかった……
……あれ?
「ま、どか……」
ほむらちゃんの声が聞こえると、靄がかかっていた頭がすっきりとして、今まで考えていた事がよく分からなくなった。
私は、何を考えていたんだろう。
「うん、リボン、大事にしてね……私の、宝物だから……」
走りながらでも、ほむらちゃんは壊れ物を扱うみたいに優しい手つきで私のリボンを撫でていた。
「あはは、くすぐったいよぉ」
「まどかの髪、綺麗よ」
「ほむらちゃんの髪の方がずっと綺麗だと思うなぁ」
頭を撫でられている感じで、何だか子供扱いされている様にも思う。けど、それがやっぱり嬉しくて、こうやって触れ合える時間が、まるで永遠に待ち望んでいた事の様に思えた。
でも、私は一体、何を……
「さ、急ぎましょう。後十分、私がまどかを背負っていきましょうか? これでも、脚力には自信が有るの」
「……そ、それはいらないかな、大丈夫、ギリギリ間に合う……はず!」
うん、ま、いっか! それより、急がないと!
「どうやら、上手く行ったみたいね」
+
日誌 使い魔の暁美ほむら……AKEMI HOMURA記 四月十七日
今朝、黒猫ちゃん……エイミーを見かけた。腹にタイヤの痕が着く寸前に、助ける事ができた。
お礼なのか、紫チューリップの花弁を持ってきてくれた。確か、ガーベラと並んでまどかが好きな花だ。花言葉は『不滅の愛』。私よりは、あの悪魔の私に似合う花だろう。
街頭のテレビでは、遠い国の独裁政権に対する不満が爆発し、テロ活動が活発化しているというニュースや、近年の社会不安により自殺者が増加しているという話、外国の殺人事件のニュースも流れている。
誰もがそれに目を向けないまま、自らの道を走っていく。ある者は通学、ある者は通勤と言った具合にだ。
登校時間、何かを言おうとした悪魔である暁美ほむらがまどかに連れられていく。勿論、学校へだ。円環に導かれている訳ではない。
どうやら、あの悪魔と使い魔の間には繋がりが有ったらしく、何者かがまどかと深く接触した事は察知された様だ。
大方、まどかの様子を見に来たのだろう。そのついでに、何か警告でもしようと考えたのかもしれない。でも残念ながら、まどかはもう貴女の友達になったのだ。
まどかは、テンションが高いと抱きついたりする事が結構有る子だ。性根の明るい子だから、貴女の暗さを飲み込むくらい簡単に出来る。
暁美ほむらは明らかに嬉しそうで、まどかの手の感触という現実を幸せそうに味わっている。隠しているつもりだろうが、自分の事だ。喜びの中に居る事が手に取るように見える。あるいは、まどかにも分かったかもしれない。
そう、自分の幸せを捨てる覚悟を決めたからって、得られた幸せを喜ばない筈は無い。自分を苦しめて喜ぶ程、私達はマゾではない。
唐突に、頭の片隅で美国織莉子の事を思い出す。
彼女もまた、大きな目標の為に自分個人の願望を捨てた者だ。この世界では幸せであってくれる事を願おう。
呉キリカと美国織莉子、あの二人は、敵でなければ羨ましいくらいに良好な組み合わせだったのだから。
そう、私は決定した。この世界で、どうするべきか。
まどかは、幸せそうだ。幸福の中に居ると言って良いだろう。他の全てが壊れても、まどかの幸せが保たれているなら問題は無い、だろうか?
そう、まどかの幸せは絶対だ。だからと言って、周囲を回る衛星が……悪魔が、苦しむばかりの世界で良いのだろうか? 自分を間違った存在だと否定し続けるなんて、そんな酷い目に遭わせて、まどかは平気だろうか? 他の全てが壊れた状態の幸せが、まどかの幸せなんだろうか?
暁美ほむら自身は、構わないと言うに違いない。私だって、同じ事を言うだろう。
だが、私は妥協などしない。鹿目まどかを構成する全てを、特に、『彼女の最高の友達』を幸福とする。これが私の役割だ。
そう決めた。もう、決定した。
……あ、遅刻ギリギリセーフだ。まどかはともかく、暁美ほむらまで息切れを起こしている。まどかとの久しぶりの触れ合いで、実に緊張した様だ。
可愛い所が有る。悪魔なんてやっぱり、貴女には似合わない。
見栄っ張りな嘘吐きさん。貴女には、まどかの幸せの一部になって貰う。
本作における『デビルほむら』は、『酷く無理をしているけど辛いのを我慢して、まどかと触れ合いたいのも必死に堪えてる子』という扱いになっています。私の目にはそうとしか見えなかったので……
◇元ネタ◇
『ここにいるまどかの為に』
ウォッチメンから。『ここにいないダチ公』
『美樹さやかとの出会いは、三年前』
小説版情報
『確か、ガーベラと並んでまどかが好きな花だ』
『鹿目まどかへの100の質問』から
『美国織莉子』
『魔法少女おりこ☆マギカ』より。ラスボス系主人公。おりキリは最強
本作の設定はあくまで『劇場版の前編・後編・新編』がベースで、それ以外の部分……小説版の設定などは面白そうな所を取り込んでいます。