使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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ほむ魔の日常
ホムリリーからの菌類


 朝だ。

 

 平日の平凡な朝が来た。私ことほむ魔には何の意味も無い事だが、人間にとっての朝とは重要な意味を持つ。

 まどかは、まだ眠っている。もう少し寝かせておこう。

 かわいい寝相の悪さを発揮したお陰で、私は何時の間にか布団の中へ引きずり込まれ、抱きつかれている。振り払う訳にも行かないので、ぬいぐるみ感覚で締め上げられている。

 痛くないとは言わないが、安眠の為だ。これくらいの事なら何の問題も無い。この状態でする事と言えば、体温を操作して、最も寝心地の良い状態に保っておくくらいだが。

 私はまどかの部屋に居候する形になっている。基本的に人間としての生活なんかする必要も無いから、その役割はまどかが寝る前の話し相手だ。

 食事も時々まどかが一緒に食べたがった時だけで十分だし、肉体の反応は所詮疑似的な物だから、入浴も睡眠もその気になれば必要無い。便利な生まれ方をして良かった、流石の暁美ほむらも、洗っていない身体でまどかと一緒に居る勇気は無いから。

 っと、そろそろ起きなければならない時間だ。ここからなら、普通に準備した場合、ホームルームの五分前には到着する。

 しかし、まどかは笑顔だ。何か良い夢を見ているんだろうか。起こすのも可愛そうだし、時間を引き延ばせば良いか。

 そう思っていたのだが、まどかはぼんやりと目を開き始め、目を覚ましかけていた。

 

「んぅ……もうあさー……?」

 

 私を抱き締める力が強くなる。まだ寝ぼけているみたいだ。私をぬいぐるみだと思っている。

 いや、人形という呼び方なら間違ってはいない。自分の糸を自分で操っているとはいえ、マリオネットだという認識は確かに存在する。が、まあそんな事はどうでもいい。まどかも起きてしまった事だし、そろそろ朝ご飯の時間だ。

 

「おはよう、まどか」

「おはよー……ほむ魔ちゃん」

 

 まだ意識が起ききっていない声で挨拶をして、また目を閉じそうになっては、首を小さく振って起きようとしている。

 その課程で自分が抱きついている物がぬいぐるみでも炊き枕でもない事を知ったのか、まどかの両目が少しずつ丸くなっていった。

 

「あれー……あれ? あれ!?」

 

 やっと気づいたらしく、飛び起きて私から身を離す。目を白黒させつつ状況を飲み込むと、慌てて私に頭を下げてくる。

 

「ご、ごめんねほむ魔ちゃん!」

「謝らなくて良いわ。むしろ暖かくて、まどかを堪能できたもの」

 

 だから、気にされても逆に私が困ってしまう。そういう空気を演出すると、まどかは安心した様子になってくれる。彼女の気遣いが不要な立場で居た方が、私にとっても都合が良い。

 

「それで、まどか。そろそろ起きないと」

「え? あ、もうこんな時間……うん、起きるよ」

 

 時計を確認して、まどかが起き上がる。パジャマ姿で、寝癖が結構酷い。私が直しておこう。

 

「まどか、髪を解かすわね」

「うん、お願い……」

 

 ベッドに座るまどかの背後に周り、素手で髪に触れる。手櫛を使って一本ずつ丁寧に、それと同じくらい素早く繊細な動きで寝癖を戻す。

 体温を操作して、ポカポカ陽気を演出するのも忘れない。まどかが、目を細めて気持ち良さそうにしてくれる。

 

「ふゅぅ……あったかーい」

 

 春を想起させる温度を維持したのが不味かったのか、まどかは眠そうだ。

 時間を操作すれば幾らでも眠らせてあげられるけど、まどか自身が望まないだろう。だから一応、注意だけはしておく。

 

「二度寝は駄目よ」

「えへへ、分かってるよーほむ魔ちゃーん……」

 

 気づけば、私の方にまどかが倒れ込んでいた。ベッド代わりにして眠り出しそうだ。

 それでも忘れずに後頭部の跳ねた髪を戻していく。髪が一本でも抜けない様に薄桃色の毛を撫で、空間の操作によって着いてしまった癖を直す。

 あんまり丁寧に優しい手つきを心がけてしまったからか、まどかの表情はぽやぽやとして、しかも目が閉じかけている。ちゃんと起こしておく必要が有った。

 

「まどか、起きて?」

「んー……だいじょーぶ、おきてるから……」

「その調子じゃ、寝てるのとほぼ変わらないわ」

 

 最後の癖を直すと同時に、片手の体温を冷蔵庫並みに冷やす。

 それを不意打ち気味に頬へ当てると、まどかの目が驚きで思い切り開いた。

 

「ひゃっ!? つ、つめたっ!」

 

 しっかり意識を覚醒させて、まどかは自分のほっぺたを撫でた。急速に冷却された肌は、生半可な目覚ましなんかより、ずっと効果的だ。

 

「さ、起きなさい」

「むー、酷いよほむ魔ちゃん。ビックリしちゃった」

「ごめんなさい。さあ、私の事より起きる方が先よ。さやかや杏子、暁美ほむらを待たせちゃ悪いでしょう」

「そ、そうだったね」

 

 一緒に登校する三人の名前を聞くと、やっと自分の意志で目を覚ましてくれる。こういう部分が分かりやすい子で助かった。他の誰かの名前を出すと、迷惑を掛けまいと動いてくれるから。

 パジャマ姿のまどかは普段通りの顔付きになり、ベッドから立ち上がる。寝相の悪さでかなり布団が乱れている。

 

「ベッドとぬいぐるみは任せて」

「うん、お願い!」

 

 まどかは小走りに自分の部屋から出ていく。

 その背中を見送り、すぐにベッドの状態を直す作業に移る。同時進行でまどかの護衛も忘れない。いつだって私は彼女の側に居るが、別の場所でも動いている。

 世界中に私は存在し、『まどかの幸福』という目的で働いている。

 こうしている間にも、海の向こうで鹿目詢子さんの働いている会社に悪影響を及ぼすと思われる外資系ファンドを破滅に導いている。その課程で何百人か路頭に迷うだろうが、その中でも幸福や愛を得られる様に誘導しておけば良い。首を吊られると、まどかにバレた時が問題になってしまうから。

 乱れた布団の形を直し、枕を元の位置へ移動させる。四隅をきっちり揃えて、出来るだけ綺麗に見える様にする。これは手作業で十分だ。嗅覚を集中させれば布団に残ったまどかの香りを堪能出来るかもしれないが、生憎と私にそんな趣味は無い。

 さて、ベッドメイクは済ませた。次はぬいぐるみだ。暁美ほむらがプレゼントした色違いトレホくん人形が大事そうに飾られている横に、彼女の炊き枕になっていたぬいぐるみを置く。

 そろそろまどかも着替えを済ませているだろう。服を洗うのは私の役目ではないから、次は忘れ物が無いか確認しておく。

 今日は五時間目まで。教科は、数学、体育、社会、英語、後は技術だったか。教科書や道具をしっかり入れているのか……空間を越えて、鞄の中を確認する。

 良し、大丈夫そうだ。まあ心配は要らないか。もし忘れてしまっても、私が空間を飛んで渡しに行けば良いんだから。

 とはいえ、日常面での手助けはそれほど大それた物ではないにせよ、重要だ。

 まどかの部屋には私に見られたくない物も有るから、最低限のマナーを守って掃除もしておこう。埃やゴミは能力を使えばすぐに片づく。箒や掃除機を使うと、物音でご家族に私の存在が露呈しかねない。

 そう、私はまどかの家に無断で……まどかにだけ許可を貰った状態で居着いている。こうやって彼女の側に出来るだけ張り付いていた方が、あらゆる意味で便利だからだ。

 一人寝が寂しい時は私を頼ってくれるから基本的には問題ではないが、ご家族は私の存在を全く知らない。知られない方が都合が良い。

 やはり、人間ではなくて良かった。

 まどかが家族から自立する時期になったら、この役目は暁美ほむらに譲るだろう。二人が一緒に暮らして幸せになってくれるなら、今の内にまどかが慣れる様に、私が予行練習の道具になるのが最善だ。

 

 まどかが朝食に手を着け始めた。朝はパン派のまどか、時間的にはまだ余裕が有るから、ゆっくりと食べている。少し遅れても魔法少女の身体能力なら何の問題も無いが、やはり人間らしい感覚を維持したいんだろう。

 パンを両手で食べるまどかは、何だかハムスターを思わせる。ポニーテールにした髪型が実に似合っていて、微笑ましい気持ちにさせられる。

 家族団欒の光景を空間越しに眺めつつ、他の者達の姿も捉えておいた。

 人間にはプライバシーという厄介な概念が有るから、私の目は普段まどかだけを見ているが、朝の状況を確認するだけなら問題無い……というか、本人達から許可を貰っている。

 暁美ほむらは一人で起きて、背伸びをしていた。壁に貼られたまどかとの写真に挨拶をして、朝食はさっさと済ませている。まあ心配は無用か。

 次に、さやかと杏子は既に朝食を終えていて、食後のお菓子を口にしている。最初に見た時は意外だったが、杏子の食事量は家に居る時だけは控えめだ。人の家だから遠慮しているんだろう。

 二人の姿も見つめつつ、私はマミとなぎさの事も認識している。既に同棲生活を始めた二人は、この私が思わず目を背けたくなるくらい仲が良い。今だってなぎさはマミの膝の上に座り、当たり前の様にキスを交わしている。

 幾ら許可を得て、二人が自らの関係を見せびらかして気持ち良くなる意図で行っているからといって、柔らかそうな二つの唇が重なり合う所を見るのは余りにも失礼だ。目を逸らす。

 残る織莉子とキリカも似た様な物だ。いや、二人はもうそういう次元じゃない。そう、『昨日はお楽しみでしたね』だ。明らかに一線を越えている。

 二人の存在だけ確認して見るのを止める。この姿を見るのは幾ら何でも野暮だし、何より恥ずかしい。織莉子からも『私達の無事を確認するだけなら見ても良い』と釘を刺されている。

 ところで、彼女達が『定期的な監視』を受け入れた理由だが、『モーニングコール』の為だそうだ。人を何だと思っているのか。

 それはともかく、全員がちゃんと朝起きている事は確認した。まどかにそれを伝えておかないと。

 

(まどか、みんな起きているわ)

(うん、分かった。ほむ魔ちゃんありがとう)

(どういたしまして)

 

 お礼は不要だ。まどかと待ち合わせをしている人達の状態も把握しておく必要が有るだけだから。

 

 さて、そろそろ時間が来ている。鹿目詢子さんも出た事だし、私のテレパシーを合図にする形でまどかは食事を終えて準備を整え、鞄を持って靴を履いている。

 今日の通学コースは何時もの場所で待ち合わせだ。本日のメンバーはまどか、暁美ほむら、さやかと杏子、キリカ、マミ、それに小学校への分かれ道まではなぎさも。そして、校門までは私も居る。

 割と大人数だが、その方が喜んでくれるのだ。

 タツヤ君とお父様に挨拶をして、まどかも家からステップを踏みながら走っていく。その背中の楽しそうな雰囲気といったら、本当に幸せそうで仕方が無い。

 私も先回りして向かっておこう。まだ誰も到着していない様だから、気を遣わせない様に隠れて待っていればいい。

 他の何人かも家から出た事を察知する。さやかと杏子が早い。が、それより私の方が早い。

 服装を見滝原中学の物に変えておく。こうすれば、人前に出ても不審がられない。

 

 転移した先は人目も監視カメラも届かない場所だ。さて、後は待ち合わせ場所まで行って、待つだけ。それまでエイミーでもかわいがっていよう。

 

 

+------

 

 

 

「おはよう、ほむ魔さん」

 

 意外な事に、一番先に来たのは暁美ほむらだった。

 さやかと杏子が先だと思っていたが、彼女の方が早かった理由は察せる。まどかと一緒に登校するというのは、どれだけ回数を重ねても気合いが入ってしまう行為だからだ。

 他の連中にとってはそうでなくとも、暁美ほむらにとって『まどかと登校』という状況は、最高の幸せなのだから。

 

「随分早いわね」

「そうでもないと思います。ほら、そろそろまどかも来るわ」

 

 未だに口調が安定していない。昔の自分に立ち返ろうとしているが、上手く行っていない様だ。

 まあ、仕方が無い。例えどれだけ肩の力を抜こうが、その心には狂気にも似た灼熱が渦巻いているんだ。そう簡単に変えられる物じゃない。

 

「今朝のまどかは何時も通りよ。機嫌は上々。みんなで登校というシチュエーションが楽しいみたいね」

「そう、それは良かったわ……良かったです。まどかやみんなと一緒なのは私も楽しいですから」

「だから、なのかしら?」

「はい?」

「寝癖、結構有るわよ」

 

 そう言われると、暁美ほむらは思わず自分の頭に手を当てた。

 

「えっ……本当に?」

「ええ、はりきり過ぎて髪をセットするのを忘れた様ね。直してあげるわ」

 

 後ろに回り込んで、幾らか残る寝癖に櫛を通していく。まどかの髪より触れた時の感動は小さいが、触り心地は良い。

 抵抗されないのは幸いだ。髪を触っても嫌がられない程度には心を許されているらしい。

 幾らか跳ねている髪を魔法で直し、最後に全体的に手櫛を通す。それだけで十分だ。基本的にストレートロングの髪型だから、それほど凝った事をする必要は無い。

 彼女が持つこの流れる様に綺麗な髪質は、まどかが好んでいる。しっかりと欠かさず手入れをしていて欲しい。

 

 よし、終わった。

 

「おはよー、ほむら! ほむ魔も!」

「よう、二人とも早いじゃねーか」

 

 暁美ほむらの髪を直し終えると、それとほぼ同時にさやかと杏子が通学路に入り込んできた。近道を使って来たらしい。

 

「おはようございます、美樹さんに、佐倉さん」

「おはよう、さやか、あんこ」

「あんこって誰だよ。あたしは杏子だ、きょ、う、こ!」

 

 ちょっと怒り気味に顔を近づけて、大きく自分の名前を口にする。ん、杏子の口元にご飯粒が付いていた。暁美ほむらは気づいているが、あえて言わない事にした様だ。

 

「何してたの?」さやかが私達の直前にしていた行動へ興味を持ったらしく、聞いてきた。

「彼女の髪を直していたのよ。私達が外でそういう事をしていても姉妹か双子に見えるから、結構自然に見えて良いわ」

 

 こういう面でも、自分の姿が暁美ほむらそのものである事が非常に便利で有り難い。

 

「ふーん……ほむらも髪型乱れる時って有るんだね。こう、あたしの知ってるほむらはビシっとしてて、寝癖とか一つも見せないタイプだと思ってたんだけど」

「忘れているかもしれないですけど、私、元は……」

「ああ、昔のほむらなら分かるけどさ。今はそういう印象無いし、実際、何も知らなかったら今のほむらは口調が変な人だし」

 

 暁美ほむらは少し目を細め、眼鏡越しにさやかを睨む。敵意の有る物ではない。あくまで、友人に対する冗談混じりの怒りを見せているだけだ。

 それだけでも纏う雰囲気は変わる。弱気な所を感じさせる少女の心が薄まり、悪魔とでも呼ぶべき邪悪さが表に出るのだ。

 

「……失礼ね、美樹さん。少なくとも色々と努力はしているのよ」

「あ、やっぱこういう時は戻すんだ」

「まだまだ、昔の自分を取り戻せていないのよ、残念ながらね……ま、当然よ。まどかと一緒に生きていくと言っても、私は……」

「こらっ」

 

 ほんの僅かに口元が自嘲を浮かべかけた瞬間、さやかがその頭を叩いていた。

 

「また自分は悪い事をしたから罰を……なんて思ってるんじゃないでしょうね?」

「……」沈黙の肯定という形で、暁美ほむらは答えた。

「そーゆーの良いから、ほんと。あたし的には、ほむらが罰を受けるかどうかはまどかが決める事だと思うしね、そのまどかが『罰なんてとんでもない』って言ってるんだから、それで納得しなよ、あんた、暁美ほむらでしょ」

 

 言い方は横暴だが、暁美ほむらへの気遣いは本物だった。

 内容も賛同出来る。『汝に罪無し』と鹿目まどかが決めたんだ、それを引っ張っては、まどかに気を遣わせてしまう。あの子は人の事を気遣い過ぎて自分の選択肢を狭めていくタイプだから、尚更だ。

 

「そうね、うん。そうでしたね、美樹さん。あんまり気にする方が、まどかに迷惑を掛けてしまいますか」

「分かったならよろしい。まあ、ほむらになら、まどかは迷惑を掛けられた方が喜ぶと思うけどね」

「そういう訳には行きません。まどかは慈悲深く、暖かく、私に対しても真剣に接してくれて、まどかの素晴らしさは筆舌に尽くし難い物があって……」

 

 暁美ほむらが『まどか万歳』を唱え始める。全く同意見だが、本人が聞いたら照れるだろう。

 さやかはどう見ても呆れている。暁美ほむらが心の底から口にしているとはいえ、やはり呑まれる様な圧迫感が発せられていないから、それほど重い言葉として感じられないんだ。

 まあ、いい。

 

「ほむらの奴、自分の世界に入り込んじまってるなー」

 

 それより、ふむむ……杏子の口元のご飯粒がやはり気になる。非常食として置いている訳でも無いだろうから、とりあえず取ってあげよう。

 

「ところで杏子、顔にご飯粒が付いているわ」

「え? どこだ?」

「ここよ」

 

 指先で取って、杏子の口へ運ぶ。失礼だとは思うが、金魚に餌をあげる気分だ。

 しかし、私の内心など知らない杏子は何の疑いも無く指先の米粒を舐め取る。中々豪快な動きであり、指を舐められた事に対する感覚は沸いてこなかった。

 それを見ていたさやかが顔色を変えて、私に向かって頬を膨らませる。

 

「あー! ほむ魔、あたしがあえて言わなかったのにぃー!」

「おいこら、どういう意味ださやか。あたしを笑い者にしようってか」

「っていうか杏子! あんた何人の指舐めてんのよ!」

「悪いか?」

「……あ、いや。悪くないけどさ。何か、変じゃん?」

 

 さやかの口調にどうも歯切れの悪い物が入り込む。自分の感情を自分でも理解出来ていないんだろう。

 それは嫉妬か、それとも、単純な羞恥か。どちらにせよ、指を舐められた時に抱いた杏子への印象は、『犬みたい』だったと認識する。

 

「まどかの優しさは宇宙を救い、私を救ってくれる。そしてまどかはあらゆる仕草がかわいくて、動物にも優しくて、猫ちゃんが好きで、私なんかを愛してるって言ってくれて……」 

 

 そして、横で繰り返されるお決まりの口喧嘩の横で、暁美ほむらはまだまどかを礼賛している。

 もはやそれは病気の域だが、それで良い。まどかに狂えない暁美ほむらなんか不必要なんだから。

 そんな私の気持ちが届いたのだろうか。

 

「お待たせ、みんな!」

 

 最初から存在を認識していたとはいえ、疑似的に与えられた人間らしい聴覚は、この世で最も尊い声を響かせる。

 やはり、まどかの声を聞くと背筋にマグマが流れ込む様な熱さが宿る。

 まどかは少し離れた通学路の先から走ってきている。ちょっと急いだ様だけど、既に魔法少女の体力を持っているから、息一つ切れていない。

 私達の姿を確認した為に、まどかは走る速度を倍以上に引き上げる。

 あっと言う間に私達の元へ辿り着くと、彼女はニッコリと笑い顔を浮かべて見せ、愛らしい吐息を口から漏らす。

 その髪型はポニーテールで、既に見慣れた姿だ。『彼女』から貰った赤いリボンは健在で、その髪をしっかり束ねている。

 決して朽ちぬリボンが舞い、まどかと共に存在出来る事の喜びを表現していた。

 

「おお、やっぱポニーテールのまどかもかっわいいなぁ」最初に彼女の髪を誉めたのは、さやかだ。

「ふぇ? そんな事無いよ。私なんか全然」

「ちったぁ自分に自信持てよ、謙遜も過ぎると逆にウザいんだぜ?」

 

 杏子も言外に誉めている。

 彼女は余り嘘を吐くタイプではないし、まどかも素直に受け取ったらしい。「えへへ……」と言いつつ照れている。

 

「まどかの可愛さはあらゆる生命体の愛らしさを兼ね備え、そして超越する程で……おはよう、まどか」

 

 そして、ここでようやく現実に戻った暁美ほむらがまどかに向かって小さく頭を下げ、あらゆる歓喜を含めた声音で話しかけた。

 さしものまどかも『ある意味で異世界トリップ』していた人間の独り言は聞き流せなかったのか、頬を赤く染めあげつつ、暁美ほむらの顔を見つめる。

 

「な、何を言ってたの?」

「え、ええ。うん。まどかの自慢話、かな?」

 

 流石に、公共の場でまどかを礼賛する言葉を並べ立てた事は覚えていた様だ。

 まどかが顔を真っ赤にした。

 

「どうしてまた、そんな。恥ずかしいよ」

「ごめんなさい。我慢できなくなって、つい」

 

 安心して欲しい。周りには聞こえない様に空間を制御しておいたし、致命的に恥ずかしい内容を口にしない程度の理性は暁美ほむらも保っていた。

 しかし、まどかが反応したのは話の内容ではない。暁美ほむらの謝罪を聞いた瞬間、彼女は一瞬だけ切なそうな顔をして、目線を下げる。

 

「謝らないで、ほむらちゃんに謝られると、何だか胸が痛くなっちゃうんだ」

 

 ……ああ、彼女か。『二十年後の暁美ほむら』はまどかの心に確かに残ったらしい。

 まどかの心に寂しさや切なさを残さないで欲しいが、それが彼女を不幸にする訳ではなく、むしろ幸福にしているんだ。なら、良いだろう。

 

「分かったよ、まどか。ポニーテール、似合うね」

「えへへ……そっかな?」

「なーんか、ほむらとあたしで反応が違うんだけど……」

「えー、そんな事無いよ、さやかちゃん」

「美樹さん、心配しないでください。まどかはみんなのまどかですから」

「あ、あはは。恥ずかしいよぉ、ほむらちゃん」

「大丈夫、まどかはみんなに愛される最高の女の子だから」

「もー、ほむらちゃん誉めすぎだよー」

 

 赤くなったまどかが暁美ほむらの肩を軽く叩く。

 完結された光景がそこに有る。他者の進入を許さぬ結界の様に広がり、桃色風のオーラを発している様にすら思えた。

 

「……え、何これ。さやかちゃんの存在感……無くね?」

 

 さやかが微妙に不満げな顔をしているが、心配は要らない。

 まどかは、『暁美ほむらと一緒に居る』という状況自体に喜びを覚えているんだ

 

「ねー、ほむ魔ー。あの二人、何だか一日ずつ関係が深くなっていく気がするんだけど」

 

 まどかと暁美ほむらが仲良く二人で話す姿を見て、さやかが私に耳打ちしてくる。二人だけの空間を作っているまどか達には、私達の行動は余り見えていない。

 と、言うよりも、私とさやかは友達なので、ちょっとした内緒話だと思って気にしていないんだろう。

 

「あら、私がまどかの代わりじゃ不満?」

「あんたの代わりもまどかの代わりも居ないよ。でもねー、やっぱ一番の親友がほむらに盗られちゃった感じが」

 

 明るい態度を取って困った風な笑みを浮かべているが、内心では割と複雑な気分なんだろう。瞳の奥に微かな心の揺れが見える。

 

 『最高の、そして一番の親友』

 

 さやかとまどかの関係は、その一言で説明出来る。

 恐らくは、自分の位置を暁美ほむらに取って代わられた気分がするんだろう。私には実感出来ない気持ちだが、理解は可能だ。

 ただし、その手の感情に疎い私が、彼女に対して言える事は余り多くない。それでも、フォローくらいはしておきたい。

 

「安心なさい。あの二人の関係はそういう、親友とかじゃないから」

「んー、じゃあ、何?」

「……嫁かしら?」

「嫁、って……」

「冗談よ。まあ……友達や恋人、そういう枠を越えた関係、という物なんじゃないかしらね。だから、そんなに気にしなくて良いと思うわ」

 

 余り良い言葉では無かった気がする。根本的な解決にはなっていない。

 そこへ杏子が割り込んできた。微妙に腹立たしそうなのは、『自分こそさやかの親友』だと思っているからなのか。

 

「あのな、まどかは別にお前を捨てた訳じゃねーよ。あたしも居るしな」

「ま、ね」

「大体、まどかはお前の親友なんだろ。だったらさ、早くあの二人の間に入っていけよ。ビビってたんじゃ、何も進まないぞ」

 

 杏子の激励が飛んで、さやかに命中する。

 その言葉はしっかりと胸に届いたんだろう。さやかは少し目を見開いたかと思うと、深呼吸を一つして、しっかりと微笑んだ。

 

「……ん、ごめん。気遣わせちゃって。そうだね、ほむらがどうとか関係無く、あたしはまどかの親友だもん。ありがと、杏子、ほむ魔」

 

 礼には及ばない。まどかの親友は貴女。貴女が傷ついていたら、まどかが傷つく。

 

「嫉妬に狂って暁美ほむらを刺されたら困るもの。礼には及ばないわ」

「いや、あんたの中のさやかちゃんは一体どんな奴なのよ……」

 

 若干不満そうなさやかだけど、冗談だと分かっているからか、それ以上は何も言ってこない。

 そこで私はまどかの方へ顔を向ける。 

 空間越しの目は何時でも彼女の姿を捉えているから意味の無い仕草だ。が、まどかは私の視線に答える形で笑い、思い出した様に手を叩いていた。

 

「あ! そうそう、途中で呉さ」

「やぁ下級生諸君!」

 

 私にとってはタイミングを狙って、他の皆にとっては唐突に、呉キリカ……自称美国キリカが木の上から飛び降りて、三回転してから着地した。

 ……あ、ショーツが見えた。見覚えのある水晶がプリントされているんだけど、気のせいだと思いたい。

 

「おはよう! 今日も一日頑張ろうじゃないか! 私としては織莉子に一刻も早く会いたい気持ちで一杯なんだけどっ、織莉子が学校に居るんじゃ仕方無いしね……うう、織莉子ぉー……」

 

 まくし立てていた筈なのに、言葉の最後辺りはどんどんテンションが落ちていく。織莉子が居ないと何時もこの通りだ。

 普段も割とハイテンションの彼女だが、織莉子が居る時と居ない時では大分違う。

 

「よ、よっす、呉さん」

 

 杏子が唖然として、トラウマを刺激された暁美ほむらが反射的に変身しかけてまどかに止められる中、さやかだけは微妙に引きつつも挨拶を口にしていた。

 

「やあ……えと、確か。ああ、さやかだっけ。おっと、魂はとっくに美国キリカだけどね!」

 

 キリカもちゃんと挨拶を返す。

 名前を覚えていたが、美樹さやかが特別な訳ではない。二人は顔見知りなのだ。魔法少女の先輩という事も有って、お互いに名前と顔くらいは知っている。

 

 ただし……恐らくは、二人の外見が少し似ている、と織莉子に言われたから覚えていたんだろう。

 

 遅れて、調子を取り戻した杏子が軽く手を振る。

 

「よう」

「……ええっと、確か……」

「杏子ちゃんだよ、キリカさん」

「そう、杏子だったっけ。君もおはよう!」

 

 顔合わせをしていた筈だが、彼女の事は覚えていなかったらしい。杏子が眉間に皺を寄せている。

 思わず得意げな顔をしたさやかの足を、杏子が軽く踏みつけていた。

 

「って! 何すんのさ!」

「そのドヤ顔やめろ!」

 

 何時も通り、杏子とさやかは仲良く喧嘩を始める。

 そんな姿を見て苦笑するまどかの横で、暁美ほむらはキリカに向かって軽く頭を下げていた。年長者に対して最低限の礼儀を払おうと努力はしている。

 

「おはようございます、呉さん」

「美国さんと呼んで欲しいけど、それだと織莉子と被るね。おはよ、ほむら」

 

 お互いに、慣れ慣れしさの無い挨拶だった。誰かを狂ってでも愛すると決めた二人だが、その相手が違う以上、どこかで衝突する可能性も考えているんだろう。

 敵対した場合に備えて、相手の挙動を観察しているのが分かる。

 そういう意味では私が一番危険で狙われる確率が高いのだが、こちらに視線は来ない。今の所、キリカに出会い頭で『ヴァンパイア・ファング』される心配は無さそうだ。

 

「よし、挨拶も終わったしそろそろ行かないかい? 私的にはこのまま白女へ乗り込んで織莉子と幸せ状態に突入したいんだけど、織莉子が言うんじゃちゃんと学生生活してないといけないしね、ああ織莉子に会いたいよ会いたいよ織莉子ー……」

 

 織莉子中毒。

 まさしく、そんな単語で表現出来る人間性を見せつけてくれる。

 

「美国織莉子に会いたいなら空間操作で何時でも手を貸すわよ」

「それはありがたいっ! しかし今日は織莉子から抜け出し禁止を言い渡されてしまったんだ。特にお昼は絶対に居なきゃならないらしい、ああ、実に残念だね」

 

 嘆きに嘆いたと思うと、キリカは大人しくなる。ブツブツと『織莉子……織莉子……』と呟いているのが不気味だが、それは気にしない。

 それにしても、こんな調子のキリカと一緒で織莉子の身体は保つんだろうか。いや、それともベッドの上では織莉子の方が……深く考えるのは止めよう。

 キリカの周囲だけ異様な空気が流れている。普段はもう少しだけマシなので、きっと『抜け出し禁止令』が抜群に効いてしまったんだろう。

 

「あ、あー」

「お、おお」

 

 全員の背筋が寒くなる中、口を開いたのはさやかと杏子だった。

 二人は周囲を見回して、わざとらしく首を傾げている。

 

「そ、そういえば、マミさんは?」

「マミの奴、遅いな。全員集まっちまったぞ」

「ごめんなさい、遅れて」

 

 その瞬間、二人の肩を掴む形で金髪ロールの女性……マミが姿を現した。

 勿論、二人の背後に。

 

「マミっ!?」

「うわっ!? マミさん、いつの間に!?」

「ええ、おはよう。二人とも」

 

 余りにも唐突な登場に対し、さやかが飛び上がって腰を抜かしそうな驚き方をして、杏子は目を思い切り見開いたまま動かなくなる。暁美ほむらですら、驚きで硬直していた。

 彼女が隠れている事に気づいていたまどかと私は、目配せをして一緒に笑った。ちょっとしたドッキリだ。

 ただし、キリカは大して顔色を変えなかったが。

 

「私達が一番最後になってしまったわね、遅れてしまって本当にごめんなさい」

「あ、いえっ。あたしらが予定より早く集まっただけですから」

「お、おお。そうだな。あたし達が早かっただけさ」

 

 驚きから復帰した二人が誤魔化す様に同じ内容を口にする中、マミの肩からベベが降りてきて、一瞬光ったかと思うと人間の百江なぎさがその場に立つ。

 頬を膨らませてマミを睨む所は、やはりとてつもなく愛らしい小動物を思わせた。

 

「もう、マミが夢中になるのが悪いのですっ朝からあんな恥ずかしい……恥ずかしいのです……」

 

 顔を赤くしたかと思うと、なぎさは自分の頬に両手を当てて『あうあう』と小さく唸っている。

 その姿があんまりにも可愛らしかったからか、さやかが抱きついた。

 

「ああもう、なぎさはかわいいなぁ、マミさんが大好きになるのも無理はないよねっ!」

「はうっ……さやか! 痛いのです!」

「おおっと、ごめんごめん。でもほんと、なぎさはかわいいよねー」

 

 急にさやかが元気を出した。どうやら、空気を変えようと考えたらしい。

 実際、さやかがなぎさを抱き締めた事でその場の『重度の織莉子中毒者』が放つ狂気は消えていく。

 

「目が据わってるわよ、マミ」

「はっ……え、ええ。そうね。なぎさはかわいい、間違い無いわ」

 

 ……代わりに『致死レベルのなぎさ愛』が広がりかけたが、それは私がマミの肩を叩いて阻止しておいた。

 まあ、実際の所、仲間を愛するマミがさやかを傷つける様な事はあり得ないんだが。

 

 何であれ、待ち合わせをしていた全員が揃った。後は学校に出向くだけだ。

 この人数で話しながら歩いた場合、予測では登校時間がかなり危ない気がするが、別に良いか。希望者が居れば、空間転移を使えば良いだけだ。

 

 

「さ、今日も張り切って行こー!」

「おー!」

 

 

 さやかが掛け声をあげると、その場の空気は完全に明るくなった。

 思わずキリカが軽く手を挙げて、なぎさがはしゃいで小さくジャンプした。杏子は呆れつつも口元に笑みを浮かべ、マミがクスクスと楽しげに笑っている。

 そんな彼女達の真ん中に、まどかはしっかりと立っている。掛け声をあげたさやかに飛びつく勢いで手を伸ばし、その手を握り締めて。

 

「ほら、さやかちゃん!」

「う、おおっと! ま、まどか?」

「一緒に歩こうよ! ほら、ほむらちゃんも!」

「え、ええ……どうしたの、まどか?」

 

 暁美ほむらの手も握って、両手に親友と愛する人を携えている。

 そんな状況に戸惑うさやかと暁美ほむらに向かって、まどかの満面の笑みが炸裂した。

 

「うぇへへ。みんなが仲良く一緒に学校に行けるのって、それだけでとっても幸せだと思って!」

 

 満面の笑みから来る幸せそうな気配が人の心を貫く。暁美ほむらはそれを見て、涙を流さんばかりに喜んだ。

 

 だが、まどかの声の中に微かな、しかし、彼女の親友や私には分かる程度の気遣いが感じ取れる。

 暁美ほむらには見抜けなかったらしいが、さやかは、やはり気づいている様だ。こっそり私へ視線を送ってきたさやかが、こう言っている様に思える。

 

 『あんたまさか、さっきの会話をまどかに聞かせたの?』

 

 大正解……あの子は、親友が寂しい思いをしているのを隠されて喜ぶ様な子じゃない。

 それが魔法少女全体や自己犠牲の域に入り込んだ時はこの身の全てを使ってでも止めるが、日常生活で人間が当たり前に経験する事であれば、問題は無い。

 多少の不幸や衝突は、人生を彩る。多少、そう、多少はまどかに気を遣わせた方が、幸福な日常への調味料になるのだ。この子は、誰かを救える自分である事をこそ喜びとしているから。

 

「さーさー行こ! マミさんもキリカさんもなぎさちゃんも、置いて行っちゃいますよ!」

「ふふ、楽しそうね、鹿目さん」

「織莉子も喜ぶよ、我らが女神が幸せだという事は、少なくとも私達の結婚式場……円環の理に何の問題も生じていないという事だからさ」

 

 多少の気遣いは有っても、まどかは本当に楽しんでいる。

 

 暁美ほむらが夢に見た光景が、そこに有ると思った。

 

 ホムリリー……いや、『かつて暁美ほむらだったもの』が目指した理想は、きっとこういう物だ。まどかの周りに沢山の友達が居て、理解者が居て。

 みんな、楽しくお喋りをしながら一緒に学校へ行く。それこそ、彼女がずっと想い続けた理想の世界である事に、間違いは無かった。

 

 そして私は、それを一歩引いた所から見ていた。

 使い魔たる私は、この光景を作り上げる為の背景で良い。人間の本能である承認欲求という物を持たないのは、ああ、本当に便利だ。

 

「ほら、ほむ魔ちゃんも一緒に!」

 

 ただし、まどかの希望であるならば、私がそこに入っても良いだろう。学校に通う気も無いけれど、通学路までなら一緒に居られるから。

 

 

 

 

 

 

+------

 

 

 

 

 

 登校を済ませると、私は校門から少し離れた場所で散策していた。

 服装は中学の制服から白いワンピースに変えて、髪留めには薄桃色のリボンを使う。体格を少し操作して、外見的には中学生に見えない程度にしておいた。こんな時間から学生が外を歩いていたら、問題になりかねない。面倒は御免だ。

 

 確か、一時間目は数学。まどかの大の苦手教科だ。

 手助けする気は無い。あちらから教えて欲しいと言われれば幾らでも手を貸すけれど、こういうのは私が介入すべき不幸でも何でもない。人生における一つのイベントの様な物だ。

 それでも、一応何時でも要請に対応出来る様に準備はしておく。意識の片隅で問題を解きつつ、まどかの様子を窺う。

 四苦八苦しているのかと思えば、一生懸命……お絵かきをしている。ノートも一応取っているみたいだから、注意はしなくていいか。

 

 しかし、こんな姿を円環に導かれた魔法少女達が見たらどう思うか……いや、あまりの愛くるしさに気絶するか。

 『女の子天国』と化した理の中には、まどかの女神級の可愛さで悶死する者も少なくない。同性しか居ない環境下で『そっち』に目覚める者や、元々『そっち』だった者も居る。

 

 ……おっと、さやかと杏子は寝ている。学生ならよく有る事だけど、駄目だこいつら。

 

 そういえば、二時間目は体育だったか。この学校は何故か体操服に今もブルマーを採用している。どんな格好でも可愛らしいまどかだ。当然似合うけれど、その可愛さが故に盗撮被害を受ける可能性が微かに存在する。先回りして可能性を摘んでおこう。

 やはり、その姿も円環に導かれた魔法少女が涎を垂らす光景になるだろうが、見せてやる気は微塵も無い。

 体育と言えば、まどかはそれほど優れた成績を得ている訳ではない。魔法を使えば良いと思うが、人間にはそういう点で拘りが有るのも納得している。

 そもそも、まどかとさやかは円環の理なのだから、本当に知識を必要とすれば即座に得られる筈なのだ。

 

 

 三時間目は社会……歴史で、四時間目は英語だ。どちらもまどかがさほど嫌っていない教科だし、心配は要らないか。

 ……ああ、学生生活に関してはさほど心配は要らない。この学校の生徒は良い人ばかりだし、まどか自身の最強にかわいくて優しい性格も有って、みんなに愛されている。

 

 さて、そうなると暇だ。学生生活は暁美ほむらが支える領域だし、今も私は世界中でまどかが絡む可能性が有るあらゆる事に干渉しているが、それでも暇だ。

 なぎさやマミ、キリカも心配は要らない。彼女達はしっかりしているし、少し覗き見をしても、何か問題が有るとは思えない。

 これで虐め被害にでも会っていたら助けられるが、何も無いなら私の仕事は実質無いのと同じだ。……いや、万が一、億が一にでもなぎさが虐められた場合、激怒したマミによって見滝原が火の海になるか。

 

「……考えたくないわね」

 

 うん、考えない事にしておこう。今の彼女は精神面でも能力面でも化け物だが、それでもマミは優しい人なんだ。そういう考えは失礼に当たる。

 

 なら、何をしていようか。まどかの幸福を妥協しないと言っても、今現在まどかは最高に幸福だ。

 

 川辺を踊りながら歩いてみたり、土手の上を歩く猫の喉を撫でてゴロゴロと言わせたり、工事現場を眺めてみたり、出現した魔獣を消し去ったり。そんな事をしながら、何をするかを考える。

 まどかを眺めているだけでも十分に時間は過ぎるし、その気になれば時間を『消し飛ばす』事も、『未来へ出現する』事も可能だが……

 

 そうだ。何かしら旅行の計画でも立ててみるのはどうだろう。温泉、海……は季節的に問題が有る、山も良い。あるいは宇宙にでも出てみようか。

 温泉と言えば、あのワルプルギスの夜を越えた光景だ。安らぎに身を任せて眠る暁美ほむらと、それを支えるまどか。その姿は私の胸に息づいている。

 あれもまた、ホムリリーが目指した理想の姿だ。まどかは魔法少女になっていたが、それは重要じゃない。まどかが幸福で一杯になっている事こそ、一番大切なんだ。

 

 温泉。ああ、それは良い。しかし、今の見滝原には温泉に入れる所も無いが……いや、有る。

 有るじゃないか。そうだ、まどかの為に必要な知識だからこそ、分かる。現在の見滝原の、どこに温泉が沸くのかが。

 そうと決まれば話は早い。どこかの開発業者を誘導するなり洗脳するなりして……それより、私が温泉を掘り出した方が早いか。

 少なくとも今週の土日には行ける様に、超高速で行動しなければ。こっそり掘り出して空間ごと隔離し、一度全員で入ってから、改めて土地の所有者に返せば良い。

 存在を知りもしない温泉が労せずして手には入るんだ。誰も文句は言わない。

 そして何より、この方法ならまどかも悲しまないし、不幸にもならないのが最高だ。

 

 さっさと行こう。時間を止めて、湯の場所を突き止めて、空間を切り取らなければ。

 

 ああ、旅行をするなら温泉だけじゃ不十分だ。これでは、この見滝原市の中で遊んでいるだけで、旅行とは言えない。

 何か面白い計画は無いか。温泉を掘り当てつつ、考えておこう。

 




 ほむ魔の普通の一日を書くだけの話です。別に山も谷も落ちも有りませんが、よろしかったらどうぞ。
 サブタイトルは、「ユゴスからの菌類」ことミ=ゴから取っています
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