使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
「つまり、私は織莉子を愛しているのさ」
キリカは織莉子特製のポテトサラダを夢中で咀嚼しながらも、堂々と『愛』を口にしていた。
「そして、織莉子も私を愛している」
自信満々に断言して、織莉子の方を見る。織莉子はふわりと微笑み返し、何も言わずにキリカの言葉を肯定していた。
気持ちは伝わったと言わんばかりにキリカはニッコリ笑い、宝石でも扱うかの様な手つきで箸を使って、食事を勧めている。そこでポテトサラダを少しだけ摘み、これ見よがしに口の中へ入れていた。
「例えば、このポテトサラダだって、織莉子は美味しく作れる様にいっぱい練習したんだよ。包丁でうっかり指を切ってしまっても、頑張ってくれたんだ」
「もう、キリカ……」
「織莉子さんも、失敗とかするんですね」
まどかが意外そうにしている。
実は、美国織莉子は不得意な事も多い人物なのだ。それを知っているキリカは大きく大きく頷いて、砂糖を漬け込んだ様に甘い表情となった。
「織莉子にだって出来ない事は有るよ。だから私が存在するんだ。もし完全無欠の完璧超人だったなら、私の存在意義が無いじゃないか」
「もし私が完璧でも、キリカが居なかったら全てが完璧とは言えないわよ」
「二人とも、本当に素敵な仲ですよね……」
「羨ましいのかい、まどか?」
キリカの問いかけに対して、まどかは小さく首を振って、瞳へ輝かんばかりに明るい光を宿す。
「あ、いいえ。そういう訳じゃなくって……それくらい、深い関係の人が居るのは凄く幸せな事だろうなって」
「君にほむらが居る様に?」
「はい、わたしにほむらちゃんが居る様に」
頷くと、一気に暁美ほむらへ頬を擦り寄せる。
「まどっ……ふふ」
少し驚いて、暁美ほむらは声を漏らした。が、次の瞬間には喜んで頬を寄せ、幸せそうな顔をする。頬を寄せ合うと、二人は一つの生き物にすら見えた。
「もう……まどか。恥ずかしいよ」
「えへへ、ごめんねほむらちゃん。でも、本当の事だもん」
自分の頭を小突いて舌を出す。それだけの動作だが、まどかがすると何もかも魅力的に見える。
それほどまでの愛らしさを真っ正面から受けて、暁美ほむらは微かに顔を赤くし、誤魔化す様に自分の弁当に入っていたリンゴ……ウサギさんカットを口に放り込んだ。
そんな姿を見て、キリカが「ほう」、と感心の息を漏らす。一連の挙動に『愛』を感じ取ったらしい。
「君らの愛も深いね。いや、強い、かな。織莉子と私の間に有るのとは少し違うけど、うん、良いと思うな」
うんうんと頷き、親指を立てる。
それは誉め言葉だったらしく、聞き入れたまどかがほんのり照れつつも、素直に喜ぶ。
「キリカさん達の愛だって、すっごく深いです」
「まあね。バレンタインにはお互いの血が入ったチョコを交換しようと思っているくらいには、深いよ」
「え……?」キリカの口から出た言葉に、まどかや他の何人かが目を丸くした。
「……おっと、冗談だよ諸君。本気にされると困るね」
訂正したが……今のは絶対に本気だった。横に居る織莉子が『言われてしまった』という顔をして、頬を赤くしているんだから、明白だ。
血液入りチョコレート。余り健康には良くないだろうが、愛情を交換する意味では、かなり重いが分かりやすい表現と言える。
魔法少女だからこそ、健康に気を遣わずに済むというのも大きい。身体的な面では何の問題も無いのだ。精神的、あるいは常識的な物を無視すれば、実行には壁など無い。
「お、重いですね。なんて言うか、ヤンデレ的な……?」
「流石に、あたしも血入りチョコはきついぞ……」
さやかと杏子が思い切り引いている。この中で一番の常識人達には、理解出来ない様だ。まあ、彼女達の抱く『愛』はそういう方向性ではないのだから、仕方ない。
しかし、キリカは二人の声を耳聡く聞き取って、失礼なと言いたげに眉を顰めていた。
「誰がヤンデレなんだい? 私は、もし、もし織莉子に他の好きな人が出来たら、喜んで、身を引いて……ひぐっ……辛いけど……ぐすっ……」その光景を想像してしまったのか、瞬く間にキリカが涙を見せる。
今にも声を上げて泣き出してしまいそうだ。何も知らない人が見れば、テンションの異様な落差に戸惑いを覚えるだろう。
そういう姿を見つめて、織莉子はマミから貰った紅茶を一口飲んで、キリカに頬を擦り寄せた。
「はうっ……!」
「私は、キリカに他の好きな人が出来たら刺しちゃうかもしれないわね。ふふっ、私はキリカを信じているから、そんな事は無いでしょうけれど」
冗談めかしていたが、割と本気の言葉に聞こえた。
そんな言葉が嬉しかったらしく、キリカの顔は一気に喜色を帯びて、涙は完全に引っ込んだ。機嫌は普段の数倍良くなり、今にも鼻歌でも始めそうになる。
「えへへ。そっか、織莉子は私を離さないんだね」
「ええ、そうよ。キリカ」
「織莉子、織莉子」
「キリカ、キリカ」
相手の名前を呼び合うと、その表情に熱っぽい物が溢れ出す。その間にも食事は続いているのだから、とても器用な真似をしている。
二人の姿はまさしく恋人同士。愛で結ばれた最高のカップルだ。しかし、まどか達も負けてはいない。
まどかは、そんな二人に張り合う様に暁美ほむらの手を握り、ニッコリと笑っていた。
「ふふ、わたしも、ほむらちゃんが離れて行かない様にしないとね」
「え?」
「刺したりはしないけど……ずっと、一緒だもんね」
「……そうね。そう、ずっと一緒だよ。まどか」
少し戸惑いつつも、暁美ほむらが手を握り返す。それでも二人は食事を止めず、時折食べさせ合っている。
『あーん』という言葉を口にする必要すら無い。息がピッタリ合っている為に、おかずを摘んでから相手の口に入れるまでの間、一切のタイムラグが存在しなかった。
負けじと織莉子とキリカも同じ真似をし始める。
こちらに関しては、呼吸のペースや鼓動すら無意識に合わせているらしく、緊張と喜び、そして少しの羞恥心で早鐘を打つ心臓の音が、全く同じに聞こえた。
「うわー……」
「……なんか、すげーな、おい」
自分で食べるのと遜色の無い速度で食べさせ合う。そんな技巧を目にして、常識人の二人は置いて行かれた様に疲れた顔をしている。
さやかと杏子は八割がた弁当を食べ終えていた。美味しそうに食べて、雑談も交わしていたのだが、織莉子とキリカ、まどかと暁美ほむらの作り出す世界には到底入り込めない。
そして、『二人だけの世界』に入り込んでいないのは、さやかと杏子だけではない。
私とマミも、同じく外側から彼女達が作り出す世界を見守っていた。
マミは持参した紅茶を飲んでいて、その瞳はきっとなぎさを見つめている。
「そういえば……血液の混ぜ合いなら、前にやったわね」
マミが、思い出した様に呟いた。
それを聞いたまどかとキリカが動きを止める。片方は驚き、片方は尊敬と感心の色で顔を一杯にして、目を思い切り見開いていた。
「さ、流石師匠。私の一歩先を行っているっ……!」
「マミさん、そんな事をしてたんですね……」
まどかの声は若干引き気味だが、それ以上の感情は見て取れない。マミなら、それくらいやっていても不思議ではない。そう思わせる物が彼女には有るのだ。
マミはその時の事を思い出しているらしく、遠い目をしながらも、困った様に笑っている。
「はは……あの時は頭が変になってしまいそうで、なぎさに受け止めて貰えなかったら、きっと私は死んじゃってたわね。暁美さんに殺されてたかもしれないわ」
「私は……巴さんを殺さなくて、本当に良かったと思っています」
暁美ほむらが横から口を挟んだ。
何処か言い難そうな、歯切れの悪い口調ではあったが、それは確かにマミへの好意だった。
実際に殺し合ったからこそ、今こうやって側で一緒に食事が出来る事の幸せを心から喜んでいるのだ。例えまどかを最優先にしていたとしても、彼女は他の人間を捨てている訳ではないのだから。
その気持ちは確かにマミへと伝わったらしく、彼女は驚きで僅かに目を白黒させたが、すぐに口元へ優しげな雰囲気を宿していた。
「私も、暁美さんを潰さなくて良かったと思ってるわ。こんな風に、貴女を含む全員でお弁当を食べたりするのって、凄く幸せな事よね」
「そう……ですか」
隠しきれない喜びを小さな声で現しつつ、暁美ほむらの目線が逃げる様にまどかの方へ行った。が、その顔は羞恥心で真っ赤になっている。
「あーもう! ほむらっ、あんた何かかわいくなり過ぎ!」
嬉しげな、あるいは小悪魔的な笑顔を浮かべて、さやかは感極まった様子で暁美ほむらに抱きついた。
「あっ……み、美樹さん?」
「ふふふ。ほむらって良い匂いだよねー……こう、ナチュラルな感じで……まどかの家のシャンプーみたいな……ん?」
すんすんと鼻を使って、首を傾げていた。まどかと同じ香りがするという事で、疑問に思ったらしい。
「まどかお勧めのシャンプーを使ってみたんです。あの、だからその、美樹さん? ちょっと、離して欲しいんですけど……」
「やだ。昔みたいな言い方をしたら離してあげる」
抱きつきつつ、さやかは妙な要求をした。
それを聞き入れたらしく、暁美ほむらはそっと目を瞑り、開く。瞳の光が昔と同じ冷たさを持って重い雰囲気を演出し、強烈な殺気がさやかに叩きつけられた。
「……離しなさい、美樹さやか。私の身体に抱きつく権利は、まどかの物よ。それ以上無駄に私の体温を上げる気なら、こちらにも抵抗する準備が有るわ」
「おおっ、懐かしい口調じゃん!」
冷徹さすら感じさせる声を正面から受けて、さやかは喜んで腕を離した。何度も頷きながら笑う所からは、殺気を浴びせられた事への不満など無い。
「やっぱ、ほむらと言えば私の中じゃ、その感じだもん。それが無いと、張り合いが無いよね」
「……マゾヒストかと思いました。美樹さんがそんな性癖を持っているなんて」わけがわからない、という顔をしている。
「そんな訳無いでしょ。なんか、慣れ親しんだほむらの口調を聞きたかったというかね」
過去と未来の全てを知っている訳ではないからこその言葉だった。
此処に居るさやかは、『最後に見た夢』と『円環の影響下で暁美ほむらと同じ世界に居た美樹さやか』の精神と記憶を統合した形で存在している。
だからこそ、彼女にとっての暁美ほむらは、あのクールぶった少女なのだ。
「暁美さんってこんなじゃ無かった様な……ってか? はは、別に良いじゃん。ほむ魔の口調を聞けば良いじゃねーか」
「それはそれ、これはこれ。って言葉が有るんだよね。ほむらとほむ魔は別人だし、代わりになんてならないでしょー?」
「まあな」
杏子も同意見だと思ったのか、理解を示している。
私と暁美ほむらを別物として考えてくれるのは、正直に言って有り難い。私は『暁美ほむらのコピー』あるいは『暁美ほむらに限りなく近い別の何か』であって、暁美ほむらと同一人物だと扱われると、困るのだ。
外見が同じとはいえ、差別化してくれないと面倒な事になるのだから。
「それにしても、ほむらって本当に変わっちゃう物だよね。これで何回目だっけ?」
「さやかちゃん。ほむらちゃんが雰囲気を変えるのは、これで三回目だよ。一周回って元のほむらちゃんに戻ってきたんだよ」
「クールになって、で、悪魔化して、最後に元の眼鏡装備ほむらに戻って感じ?」
「そう、そういう感じ。でもね……どんなに変わってもほむらちゃんは、ほむらちゃん。このあったかさは変わらなかった」
まどかは目を細め、頬に赤みを差している。切なくも暖かみの深い瞳が雄大な愛情の湖の様に塗れていて、吐息は甘く優しく、何より暁美ほむらを想っている。
『一緒に寝た時、あったかくて幸せだった』
言葉にしなくとも、まどかの笑顔から頭に浮かべている内容は想像出来た。前にまどかの家に私と暁美ほむらが泊まった時も、こんな表情をしていたから。
「ははっ、今のまどかって、ほむらの事なら何でも知ってそうだよね」
さやかにも、まどかの気持ちが分かったんだろう。流石は一番の親友だけあって理解が早く、まどかの幸せそうな様子を喜んで眺めている。
そんなさやかの気持ちを知ってか知らでか、まどかは嬉しげな顔をした。
「うんっ。ほむらちゃんとは何時も一緒だもん」
「ええ、そうだね。人の身体は離れていても、心と心、円環の理と悪魔は何時だって静かに寄り添っているから」
暁美ほむらがまどかの言葉に同意を示し、その身体を寄せる。
言葉は、全て真実だ。こうしている間にも円環の理は悪魔の側に在り、『人間の鹿目まどかと暁美ほむら』を見守っている。
あるいは、強い感受性を持つ人間であれば、二人の背後に深い愛の繋がりが見えるかもしれない。
「まさか女神と悪魔がこんなに仲良くなるなんてねー。くぅっ、親友として何だか悔しいぞぉー?」
腕を広げ、立ち上がったさやかが暁美ほむらとまどかの肩を掴み、思い切り抱きついた。
暁美ほむらには、スポーツ選手がチームの仲間に激励でもする様な手つきで肩を握る。
それとは違い、親友のまどかには、チームの優勝を祝福する時の様な喜びを篭めた腕を遣って、その気持ちを表現していた。
「えへへ、さやかちゃんは私の一番の親友だよ!」
「ほむらは?」
「……えと、えへへ。あ、愛する人、かな?」
まどかの恥ずかしがる姿を見て、端からキリカが不満そうにした。
「もっと自信満々に言っても良いと思うよ、恥ずかしがらなくても良いんだ。愛は無限に広がり続けるんだから、君は何一つ恥じなくて良い」
「だからって、あんたとそこの美国織莉子みたいに、あそこまで明け透けに派手な事をやっちゃいけねーと思うけどな……」
呆れた杏子がロッキーを一本口にしつつ、重めのバカップル全開な織莉子とキリカに向けて呟いた。
ただ、自分の言葉で何かが変わる訳ではないと分かっているらしく、杏子は口を何度か動かしながら、諦めた様に視線をまどかとほむら、そしてさやかへ移す。
「……それにしても、神とか悪魔、そんで神様の遣い……要するに天使だろ? 嘘みたいだよな。あいつら見てると、信じられなくなってくるぜ」
友人達の絡みを目撃した杏子の小さな声は、私の耳であれば完璧に聞き取れるくらいの物だった。
確かに彼女の言う通り、今の三人を見て何か神聖な物を感じる事は出来ない。何か特別な関係……あるいは微かに同性愛的な物が見て取れるくらいだ。
……いや、神や悪魔である前に彼女達は鹿目まどかであり、暁美ほむらなんだ。そこを履き違えてはいけない。
そもそも、神と悪魔が争い敵対する関係でしかないなら、そういう物とは根本から違う。
……とは思うが、流石に食事の席での話に反論したくはない。空気が悪くなる。
「はい、ほむ魔ちゃん。あーん」
そんな考えに浸って黙り込んでいたからだろうか、私の元へまどかが手に持ったリンゴを突き出して来た。
「え? ああ、あーん……」
まどかの好意を素直に受け取り、リンゴを口に挟む。
まどかの指先が少しだけ唇に当たった。細く柔らかく、かつ優しい指の感触が強い快感の様な錯覚を与えてきた。思わず声が出そうになったが、何とか抑え込む。
リンゴの方は少し堅いが、この程度なら何の問題も感じられない。歯に力を入れるだけで、簡単に食べられる。
シャクシャクと小気味良い音をわざと立てていると、まどかは安心した様子で息を吐き、私の顔を覗き込んできた。
「また考え事をしてたんだよね? 邪魔、しちゃったかな」
「ううん。私で良ければ、何でも言ってくれて結構よ。邪魔だなんてとんでもない」
リンゴを食べ終えてから返事をすると、まどかは「そっか……えへへ」と言って笑ってくれた。
まどかは、私の存在を理解し、気持ちや行動を受け入れてくれているのだ。
「でも、暁美ほむらにも食べさせてあげたらどうかしら」
「もうしてるよぉ」
「……ああ、既にした後だったのね」
さっきから暁美ほむらが何も言わないと思っていたが、まどかの手でリンゴを食べさせられ、頑張って口を動かしていた様だ。
「まどかが積極的にやってくれて嬉しいわ。その方が双方にとって幸せだもの」
少なくとも、暁美ほむらは鹿目まどかに対して強くは出られない。遠慮や、生来まどかに対して弱い部分が有る為か、どうしても行動が弱くなってしまうのだ。
だからこそ、まどかから絡みに行く。そうすれば、二人はもっと関係を深める事が出来るのだ。
そんな気持ちを篭めた言葉を聞くと、まどかは一瞬黙り込み、私の耳元へ口を近づける。
「……ん、ほむらちゃんってさ、何て言うかね、こっちから押していった方が嬉しそうにしてくれるんだ。だからね、ちょっと恥ずかしくても、頑張ろうって思えるの」
耳打ちされた内容を聞いて、成る程と納得する。それはきっと、暁美ほむらが最初に出会った『鹿目さん』の仕業だ。
彼女が明るく積極的で、『人間の』暁美ほむらを救ったからこそ、その後の暁美ほむらにとってのまどかは『そういう存在』として位置づけられ、『全てを捧げたい相手』となったのだから。
「そう、無理もないわね」
「んく……何を話していたんですか?」ようやくリンゴを食べた暁美ほむらが尋ねてきた。
「内緒よ、暁美ほむら」
口元で指を立てて、微笑む。実際、まどかが口にした内容を聞けば暁美ほむらは顔を真っ赤にして照れるだろうから、聞かない方が良い。
「そうですか。後でまどかから聞こうかな……」
「そうしなさい」
暁美ほむらは納得した様だ。それなら構わない。
「ほむらちゃん、リンゴ美味しかった?」
「ええ。とっても」
まどかが暁美ほむらに積極的な態度で話しかけていく。
万が一にも喧嘩の類が起きたなら、私が止める。だから心配せずに、まどかは楽しく幸せにやっていて欲しい。
さて、会話が一段落したところで、全員に対してあの事を言おうと思っていたのだが、そろそろ言うべきだろうか。
全員の予定が合わない可能性も考慮して、今の内に告げるべきだと判断する。別にまどかと暁美ほむらの二人きりでも良いが、それより皆で一緒に行く方が、まどかに喜ばれるだろう。
「ああ、そうだ。お弁当の時間が楽しくって忘れてしまう所だったわ」
本当は全く忘れていなかったが、前置きとして言葉に出しておく。
そこで私の言葉を聞き、一斉に視線が私に集中した。
「一つ提案が有るんだけれど……」
「何なに、ほむ魔?」
よっぽど重要な事だと思ったのか、さやかはふざけた態度を取りつつも、言葉の裏には正直な真剣さが有る。
そんな、対応しなければならない案件が有る訳ではないから、さやかの心配は杞憂だ。心の中だけでクスリと笑い、告げる。
「ちょっとした温泉を作ってみたのだけれど……みんなで入らない?」
私の言葉で驚いてくれたのか、全員の目が丸くなる。
特に、まどかは強い反応を示し、驚愕を声に出してくれた。
「温泉!? え、ほむ魔ちゃん、温泉作っちゃったの?」
「今日だけ限定だけれど、ね。異空間の上に小さな温泉を引いてみたのよ。見滝原には、源泉が有るから」
意識的に得意げな顔をして、立ち上がって腰に手を当てる。
「希望が有れば今すぐでも入って良いけれど……流石にまだ早いわよね」
「あー、準備する物は有るか?」杏子が興味津々と言う顔をして問いかけてくる。
「利用料金等は全く取らないわ。石鹸なども準備して有るから安心して……お湯の関係で今日しか入れないんだけれど、何か予定は有るかしら」
聞いてみたが、全員、特に問題が有るという顔はしていない。
マミも笑みを浮かべたまま口出しはしてこないので、この場に居ないなぎさも特に予定が入っている訳ではないのだろう。
「温泉か……よし、あたしは行くぞ。興味有るしな」
「面白そうじゃん。あたしも行って良いかな、まどか」
「え、どうしてわたしに聞くの?」
「ほむ魔に聞いたって、『まどかが良いなら』って言葉が返ってくるだけでしょ」
その通りだ。
いや、今日はまどか以外にも入って貰うつもりだったので、まどかが明確に拒否しない限りは問題無いのだが。
「私も行くわ。後でなぎさも連れてくるけれど、構わないわね?」
「勿論よ」
「わたしも行くよ、ほむ魔ちゃん。ほむらちゃんは?」
「私も行きたいな。まどかと一緒に入りたいし……」
まどかと暁美ほむら、それにマミも参加を希望してくれた。この五人が参加してくれるなら、何よりだ。
後はキリカと織莉子が残っている。二人が来てくれる可能性は、恐らくは半分くらいだろう。
「キリカと織莉子は?」尋ねてみる。
「行かせて貰うわ」
織莉子がすぐに返してきた。キリカは返事をしなかったが、織莉子が参加するのだから、参加したも同然だ。
「むー……」
しかし、キリカが不満げな声を漏らした。
「どうしたの、キリカ?」
「いや、織莉子の裸を私以外が目にするなんて、ちょっと嫌だと思ったんだよ」
子供っぽくも真剣味の有る不満を顔に浮かべて、小さく首を横に振っている。
織莉子とキリカが来ない可能性が高いと判断したのは、まさにこの理由だった。他の誰よりも互いを恋人、あるいは夫婦として認識している二人だからこそ、他者に肌を見せる事を嫌がるのだ。
ただ、その場合もちゃんと対策は考えてある。織莉子とキリカも居てくれた方が、まどかにとっても嬉しいだろうから。
「大丈夫、私が作った空間なんだから、見ず知らずの客なんて居ないんだけれど……どうしても、と言うなら水着でも良いわよ」
「ああ、なら良いよ! いや織莉子の水着姿だって見せたくないけど、織莉子だって温泉に入りたいだろうしね!」
キリカはあっさりと表情を変えて、それまでの雰囲気をすっかりと消し去った。
驚く程に素早い心の切り替えに内心で少しばかり面白いと思い、織莉子の方を見てみると、彼女も同じ様に笑っている。
「ふふ、じゃあ、キリカの水着も買わないといけないわね。私だって、キリカの裸を見られたくないもの」
「織莉子……」
「はいはい、ごちそうさまでした。全く、場所も空気も関係無いわね、貴女達は」
再び二人だけの世界に突入しようとした織莉子とキリカを制止する。
そろそろ、全員が弁当を食べ終えていた。会話を交えながらの為にかなり時間を使っていたが、時間の進行を遅れさせていたので、まだ少し余裕は有る。
「あはは、ごちそうさまでした」
「ええ、ごちそうさまでした」
私の言葉に促されたのか、まどかと暁美ほむらが同時に食後の言葉を口にした。
そこからは早い。さやかと杏子、それにマミ、織莉子とキリカも手を軽く合わせ、「ごちそうさまでした」と言う。その動きも楽しげで、誰も心に痛みの一つすら覚えていない。
これで良いのだ。満足感を覚えつつ、フェンスに指を絡める。運動場では何人かがボールで遊んでいたが、特に興味は無い。
「さ、私は消えるとするわ。学校が終わるまで、また温泉の準備をしておくわね」
「うん、それじゃ、ほむ魔ちゃん。また後で会おうね」
「また後でね、ほむ魔」
まどかとさやか、それに遅れて他の者達の言葉を背にして、軽い足踏みを合図に空間を飛ぶ。
転移先は、すっかり準備の整った温泉だ。しかし、シャンプーやリンスは用意していないし、ドライヤーの数も足りない。
脱衣所は完備したが、少し簡素だった気がする。もう少し作って……
「あら……」
幾らか離れた国でテロリストが無差別テロを起こそうとしている。彼らが飛行機に入った瞬間に理解できた。まどかが巻き込まれる確率はほぼゼロだが、全くの無ではない様だ。
とりあえず、アメリカの陸軍基地の前にでも転移させよう。指名手配されているリーダー格だけ生かしておけば、他を死体にしても良いか。……そもそも人間の攻撃程度でまどかがどうにかなる確率は完全無欠にゼロだが、それはそれだ。まどかがトラウマを負ったらどうする。
まあ、もう解決した事だ。さっさと忘れて、入浴時に使う用具を揃えておかなければならない。
今回、切りが悪かったので短めです。
サブタイトルは、ヨグ=ソトースの異名『戸口に潜むもの』からです