使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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虚空からの使者

 あれから、数時間が経過した。

 入浴の為の用具はすっかり揃い、スーツ姿の私は小道を歩んでいる。近くで見滝原中学の学生が下校していて、楽しげに話し込んでいた。

 まどか達は、もう既に授業を終えている。

 何時でも迎えに行ける状態だが、まだまだ空は青い。夕日までは少し時間が有るだろう。温泉に入るにしても、タイミングという物が有るのだ。

 暁美ほむらとまどか、杏子とさやかは一緒に帰っているらしい。マミはなぎさを迎えに行き、キリカは白女に戻った織莉子の元へ向かった様だ。

 まどか達は寄り道をして買い物へ行くらしい。まだ日が高く、門限にも余裕が有るから、問題は無いだろう。

 勿論、不審者の類など現れる筈も無く、仮に有ったとしても私が許さないのだが。

 

 さて、後は空が暗くなるまで待つだけだ。そう思っていると、私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「ほむ!」

 

「あら、タツヤ君」

 

 名前を呼び、小さな身体で頑張って駆け寄って来てくれる。背丈を合わせる為にしゃがみ込むと、腕の中に飛び込んでくれて、私のお腹辺りに顔を押しつけた。

 後ろには何時も通り、まどかのお父様が居る。軽く頭を下げると、向こうも会釈を返してくれる。

 

「ほむ、こんにちは!」

「ええ、こんにちは」

 

 顔を上げたタツヤ君に挨拶を返しつつ、軽く頭を撫でる。すると、嬉しそうに笑ってくれた。彼もまた、まどかの世界の一部だ。

 ……ところで、彼は常に私を『ほむ』と呼び、暁美ほむらを『ほむねーちゃ』と呼ぶ。驚くべき事に、見分けが付いているのだ。

 何故『ねーちゃ』なのかは……きっと、まどかと暁美ほむらは将来的に家族になる予定でも立てているんだろう。

 

「少し背が伸びたかしら?」

 

 子供の成長は早い。頭を撫でてみると、前の時より少し大きくなっている。このまま行けば、素敵な男の子に育ってくれるだろう。

 軽く持ち上げて、『高い高い』をしてみる。これくらいの事でもタツヤ君は素直に喜んで、笑い声をあげてくれる。

 

「ほむ、あれ、みせて!」

「ええ、アレね。良いわよ」

 

 慎重に地面に立たせて、腰を落として目線を合わす。

 前に見せた時は凄く喜んでくれたが、今度は大丈夫だろうか。不安は無いが、受けが悪かった時の事は考えておく。

 そんな内心とは別に、片手を出してみせる。その上には何も乗っていない。

 タツヤ君が確認したのを見て、勢い良く手を振る。何かを捕まえる様な仕草をすると同時に能力を発動させて、手の中に異空間からの物体を出現させた。

 そして、握った手をタツヤ君の前に出して、開く。その中には、プレゼント用に買っておいたミニカーが有った。

 

「はい、どうぞ」

 

 私の魔法を手品か何かだと思っているのか、目を輝かせるタツヤ君に手渡すと、喜んで受け取ってくれる。

 

「ありがと!」

「どういたしまして。喜んでくれるなら、何よりだわ」

 

 もう一度頭を撫で回して、立ち上がる。まどかのお父様も私の『手品』を見てくれていた。

 近づいてきたまどかのお父様は、まどかに似た微笑みを浮かべている。

 

「いつもありがとう、暁美さん」

「いえ、私もこの子が好きですから」

「あはは、タツヤも暁美さんに凄く懐いているよ」

「そうですね……私も、タツヤ君に好いて貰えるのは嬉しいです」

 

 まどかの弟だから、というのが大きいとはいえ、多分、私は子供好きの部類に入るのだろう。タツヤ君は純粋に好きだし、抱きつかれるのも悪くない。

 

「本当にありがとう」

 

 身に覚えのないお礼を言われて、思わず首を傾げる。

 

「え、はい?」

「まどかがね、最近、本当に楽しそうなんだ。アメリカから戻ってきて、ちょっと不安にしていたから心配していたんだけどね……はは、今はもうすっかり元気になったよ」

 

 まどかのお父様が口にした言葉の中には、強い安堵と喜びが有った。

 無理もない、急激な環境の変化に娘が晒されるのが、心配でたまらなかったんだろう。多感な少女にとって、それがどれだけの悪影響を与えるかは計り知れない。きっと夫妻で深く心配し、悩んだに違いない。

 

 それでも、まどかは変わらず優しく暖かく良い子で、しかも前より明るくなった。それが、とても嬉しいのだろう。

 

「まどかはね、こっちに戻ってきてから沢山友達が出来たって喜んでるんだ。君も色々とまどかを助けてくれてるんだろう?」

「……ふふ、友達が沢山出来るのは、まどかの性格が良いからですよ。私は何もしてませんから」

 

 そう、私は何もしていない。暁美ほむらとの間に入って仲を取り持ったが、それ以外は本当に何もしていない。

 

 種明かしをすれば、簡単な話だ。

 あのまどかは、『アメリカから帰ってきたまどか』であり、円環の理になる前の『アメリカに行かず、見滝原中学に最初から入校していたまどか』でもある。

 まどかにとっては、全員が初対面ではない。見知った相手と友好を結び直すだけなのだ。

 後は、持ち前の暖かみの有る性格と、円環の理としての雄大な感情が有れば、友達となるのは簡単だろう。

 

「そっか、まどかの性格は良い……か。やっぱり、そう言われると嬉しい物だね」

「大切な娘さんなんですね」

「……あはは、あんまりはっきり言うのは照れくさいけど、そうだよ。まどかは僕らが胸を張って自慢出来る娘だ」

「それ、是非まどかに言ってあげてください。とっても喜んでくれると思いますよ」

「……娘離れ出来てないって、笑われないかな」

「まどかは、そういうタイプじゃないと思いますよ?」

 

 意表を突かれた様に目を丸くすると、まどかのお父様は小さく笑い声をあげて、何度も頷いた。

 

「ははっ、その通りだね。うん、今度言ってみようかな。暁美さん、ありがとう」

「いえ、私は……」

 

 「まどかに喜んで欲しいだけです」そう言おうとした瞬間、私の中の感覚が何かを捉えた。

 濃くも重い、嫌な気配だ。自分の肉体を構成する呪いに似た性質を持ちながら、その方向性は許しがたい程に気持ち悪く、その存在を感じるだけで何だか嫌な気分にさせられる。

 そう、こんな時だというのに、魔獣の気配だ。まだ発生する寸前の様なので、軽く空間を潰しておけば何の問題も無く消しされる。

 いつも通り、軽く消し去ろう。

 

 だが、私が能力を使おうとすると、何が絡んだのか、『まどかの為にするべき事』が見えた。

 

 見えたのは、ここから少し先の未来の光景だ。

 

 魔獣に対し、マミ、その肩に乗ったなぎさ、それと杏子が一緒に戦っている。その顔は楽しそうで、存分に力を振るっていた。たまにはマミや杏子も戦いたいんだろう。二人ともベテランだからか、腕が鈍ってしまうのを嫌がっている。

 少し離れた場所でまどかとさやか、暁美ほむらの三人が魔獣の前に立ち、強大な魔力を放っていた。

 全員、嫌々戦っている訳ではなく、むしろ楽しげですらある。まどかは、暁美ほむらと手を取って戦える瞬間を幸せに思っている様だ。

 なら、時には彼女達に魔獣を倒して貰うのも良いかもしれない。私達にとっては、魔獣はちょっとした的当ての『動く的』程度の相手に過ぎないのだから。

 

「あの、私はここで失礼します」

 

 そうと決まれば、この場を離れる事にする。まどかのお父様には悪いと思って、頭を下げた。

 

「ああ、用事が有ったのかい、引き留めちゃってごめんね」

 

 少し申し訳なさそうに眉を下げて、謝っている。こういう気を使う時の言動が、まどかとそっくりだ。

 

「いえ、大丈夫です。タツヤ君に会えて嬉しかったですから……ふふ」

 

 成る程、まどかはお父様に似たらしい。となると、タツヤ君は将来、お母様に似て凛々しい人物になるのだろうか。

 少なくとも、まどかが人間としての生涯を終えるまでは、タツヤ君もまた私の手が及ぶべき相手である。どんな風な人生を過ごすかは、まだ分からないのだが。

 

 ああ、楽しみだ。

 

「……どうかしたのかい?」

 

 まどかのお父様が、私の顔を覗き込む様な顔をして声をかけてくる。

 急に表情を変えたので、戸惑われたらしい。どこか訝しげな顔をしているが、その雰囲気はやはり、まどかにそっくりだった。

 

「ふふ、まどかと似ていると思ったんですよ」

「……そうかい? そうかな。そう言って貰えると、嬉しいな。まどかは凄く良い子だから……って、親馬鹿みたいだね」

「そうでもありません。まどかは、本当に素晴らしい人ですからね」

 

 頑張って、笑顔を見せる。でも、言葉は本心からの物だ。

 

 

「それでは、また」

 

 

 手を振りながら二人に背中を向けて、少しずつ離れていく。人目が無くなるまではゆっくりと歩いていき、視線が感じられなくなった所で、一気に走る。

 土手の影に隠れ、時間と空間を飛ぶ。行く先は一時間後の、魔獣が発生する場所だ。

 これで、一時的に私……『暁美ほむらの姿をしたほむ魔』の存在はこの世界から消える。ただし、『AKEMI HOMURA』は消えない。全く姿の違う、『まどかの為に存在する人の形をした何か』が、私の存在しない間にも戦い続けている。

 それらは全て、姿の違う私自身なのだ。

 

 

 

 

 

 時間を超えると言っても、体感としては一瞬も経たない、僅かに黒い空間が見えたかと思うと、すぐに違う場所に出た。

 夕焼けが差し掛かった空が見える。時間はしっかりと経っていた。

 先程に感じた気配は随分と大きくなっていて、放出される呪いの量は薄く小さいが、魔獣を作り出すには十分過ぎるだろう。

 

 よく見ると、黄色のリボンが飛んでいる。そこから感じ取れる魔力の量や性質から言って、間違いなく巴マミの物だ。

 向こうもこちらに気づいたらしく、表情を軽やかに変えて飛び、壁や道路の端々を足場にしながら降りてきて、私の前に立った。

 

「ほむ魔さん!」

「マミ」

 

 軽く手を挙げると、同じ動作で応えてくれた。その肩には何時もの様になぎさ……ベベが乗っており、戦闘の補佐をしている。

 

「貴女も来ていたのね。今日は魔獣が倒されていないから、ちょっと驚いたわ」

「たまにはストレス発散になるでしょう」

「こらっ、魔獣を遊び道具みたいに扱っちゃいけません」

 

 痛みは無い程度に、軽く頭を小突かれた。そういう方面は、本当に真面目な人だ。

 ベベの声が響く。私の耳にはチーズの種類を連呼している様にしか聞こえず、その口からカタカナの言葉が溢れ出していた。

 

「なぎさまで、そんな風に言う物じゃないわよ?」

「……分かるのね」

 

 虚空に浮かぶ文字を追わずとも、マミはなぎさの言葉を理解している様だ。流石だと思いつつ、天空に居る魔獣の大群を眺めてみる。

 赤い影が飛び交っていた。幻覚魔法によって増えた沢山の佐倉杏子が戦っていて、瞬く間に魔獣を倒していた。

 その内の一人が、素晴らしい速度で飛び込んで来た。本物の杏子だ。

 

「おうっ! ほむ魔!」

「こんばんは」

 

 地に降り立った杏子は、元気良く笑いかけてくる。隣にさやかが居ない事に、少しだけ違和感を覚えた。

 しかし、彼女が何時だってさやかの側に居る訳ではないのだ。

 杏子は腕を軽く回し、首を何度か左右に揺らしている。肩を何度か叩き、満足げに息を吐いた。

 

「あー、久しぶりに暴れたな」

「腕は鈍っていなかったの?」

「まあな。ちょくちょくさやかと一緒に模擬戦とかやってたからな」

 

 腕を軽く振ると、また魔獣が消え去る。ただその場に立っているだけで、その意識は魔獣を倒し続けているのだ。本当に、素晴らしい技だと思う。

 私も疑似的に同じ真似は出来るが、ここまで本格的で使い道の多い物は使えない。

 

「ロッソ・ファンタズマ、良いわね。応用性の有る使い勝手の良い技だと思うわ」

「へへ、まあな。でもその技名はあたしが付けた訳じゃねーからな?」

「はいはい、分かってるわよ」

 

 その技はマミの命名だ。

 そう答えると、杏子は私が此処に居る事に対して何らかの疑問を抱いたらしく、首を傾げてきた。

 

「ん、何でこっちに来たんだ? さやか達は別の所だぞ」

「知ってるわ。でも、良いじゃない」

 

 実際、良いのだ。まどかが幸福であれば、私はどこに居ても問題は無い。

 現在、まどかは笑みを浮かべながら戦っているのだ。今は、私が会いに行く必要など無い。

 

「ふーん。まあ、あんたはまどかとほむらが仲良くしてる間は、出番無いか」

「そう、そういう事よ」

 

 理解を示した杏子に頷く。その瞬間、魔獣達の攻撃が私達に届いた。有形無形の糸や光線の束が一斉に私達を襲い、通常の魔法少女なら即死する程の呪いが含まれていた。

 しかしながら、それを素直に受ける私達ではない。今まで居た場所を三人揃って蹴り上げ、天高く飛び上がって攻撃を避ける。

 足下が爆発した瞬間から、私の能力を使って時間を逆行し、壊れた道路を再生させる。

 それを見ていた杏子が、空中に浮いたまま私をじっと見つめた。

 

「お前の能力こそ、とんでもなく便利だろ」

「否定はしないわ。確かに凄い力よ」

 

 自然現象に任せず、腕を組んだまま空の上で自分の身を固定する。マミと杏子も腕組みをして、眼下の魔獣を眺めていた。

 かなりの数を倒している筈だが、まだ残っている。今の私達にとっては壁にもならない雑魚だが、これだけ居ると壮観だ。煩わしさに溜息すら出てしまいそうになる。

 

「多いな、おい」

「そうね。さやか達の方と半分ずつだから、これでもまだ少ない方よ」

「お前なら一秒要らないだろ?」

「その通りよ。そろそろ、やっても良いかしら?」

 

 彼女達の気が済んだなら、さっさと片づけて温泉に行きたい。そういう気持ちで提案すると、杏子が静かに頷いて見せた。「良いから早くしろ」と言っている雰囲気だ。

 なら、遠慮せずにやろう。そう思って軽く世界に影響を及ぼそうとすると、マミが肩を叩いてきた。

 

「ねえ、ほむ魔さん」

「……何かしら、マミ」返事をしている間にも、魔獣を消し飛ばす準備を終える。

「一つ、頼んでも良いかしら」

 

 何を頼んで来るかは分からないが、まどかに影響する物なら即座に嫌な予感や知識が入り込む感触が有る物だ。が、特には無いので、そう悪い物ではないだろう。

 なら、構わない。他ならぬマミの頼みだ。大抵の事なら聞こうと思う。

 

「良いわよ、何?」

「アレ、やって見せてくれない?」

 

 アレ、と言われて少し記憶を探る。

 すぐに見つかった。すぐに見つかったが……

 

「……アレを?」

「ええ」

 

 期待たっぷりの表情で、マミが私を見ている。

 『アレ』とは、この間、『時間と空間を操れるなら、アレもできるんじゃないかしら』と興奮気味のマミに言われた物の事だ。

 

 つまり、それをやって見せて欲しい様だ。

 

 戦いを遊び扱いしない人だが、彼女はこういう事は好む。技名を付ける所もそうだが、形から入るタイプなのだ。そうやって自分の精神を戦闘状態に運んでいるのだろう。

 

「……まあ、良いわよ」

 

 どうせ魔獣は全滅させる。その方法が名状し難い謎の攻撃などではなく、『ゲームの技』であっても違わない。

 

 そこで、腕組みをしたままもっと上空へ昇っていく。

 

 丁度杏子とマミからよく見える位置で止まり、両腕で構えを取った。

 頭の中で、BGMが流れる。確か……

 

 

 『虚空からの使者』

 

 

 だったか。前に一度見せて貰ったから、覚えていた。

 元の技は機械的、あるいは魔法的な性質を持った物だ。今回は、後者に似せる。……台詞は、前者から貰っておこう。

 

「時の流れを垣間見なさい……!」

 

 一瞬足らずの時間を膨大に引き延ばし、胸の間で一つの力を構築する。時間と空間の両面を操作する事により、そこから放出されるエネルギーを操る。そこへ使い魔としての呪いを篭めて一気に固めた。

 下手に使えば宇宙が混沌に返る一撃だ。まあ、暴発させた所でホムリリーが何とかするのだが、それでも慎重に技を組み上げる。

 ここまで、現実世界では僅かに三秒程度だが、体感的には一時間が経過した様に思えた。ただ同じ現象を起こす攻撃を行うだけなら楽だが、演出などまで似せた技となると、これだけの準備が必要になってしまうのだ。

 ようやく組み上がった『それ』は球体状となっていて、その内部には宇宙の全てが内包されている様に見えた。

 頑張って作り上げた物を単なる攻撃で使用する事に少し惜しさを覚えたが、このまま持っていたって仕方が無い。

 マミと、何時の間にか人間に戻っていたなぎさの期待に満ちた表情、そして杏子の呆れた視線を受けて、私は『それ』を発動した。

 

 

 

「時を遡り……あなたは無に帰するのよ!」

 

 

 

 胸部に満ちた力が光線という形で降り注ぎ、魔獣達に牙を剥く。

 巨大な光が直撃すると、そこから一つの魔法陣が形成された。その中から発生した十二個の時間逆行の性質を持つ球体が魔獣の周辺を取り囲み、一つずつ直撃していく。

 当たる毎に時間が戻り、存在が消える事によって敵の姿が欠ける。激流の如き時の流れが相手では、たかが呪いの集合体程度の存在が抵抗など許される筈も無い。

 

 何も出来ずに魔獣は消えた。

 

 全てが終わった時には、敵の姿は何処にも存在しなかった。原初へと逆行して相手の存在を根本から消し去る無限光。演出面、攻撃の予備動作に至るまで、まさしく完璧な再現度だった。

 

「凄いわ!」

「凄いのです!」

 

 マミとなぎさが飛んできて、私に向かって左右から抱きついてきた。振り解く気は無いので、大人しく受け止める。

 

「まさか本当にやってくれるなんて」

「……私も驚いてるわよ。そんなに見たかったのかしら?」

「フフフ……なぎさと一緒に遊んでたから、一回実際に見てみたかったの。実物は本当に大迫力ね……」

「フフフ……なのです」

 

 両サイドから抱きつく力を強めてくる。マミは仄かに紅茶の香りがする身体と豊満な胸を腕に押しつけてきて、なぎさはその幼い四肢を感極まった様子で私に絡め、甘いミルクの様な香りで鼻孔を擽っている。

 何だか、私を介して二人が互いを抱きしめ合っている様な錯覚に襲われる。二人の顔が赤いのも、技を見たからではなく、愛を交わし合っているからだと思われた。

 実際、なぎさの小さな胸の鼓動が少しずつ加速していき、甘い吐息にけだものの気配を含み始めている。

 対するマミの場合は眼光に異常な欲望を宿していて、まるで、私はこれから捕食されてしまうのではないか、という妄想が浮かんでしまう程だった。

 

「フフフ……」

「フフフ……」

「さ、さて、まどかの方も……」

 

 さしもの私も二人に食べられたくはない。まどかの方へ逃げ出そうとしてみる。……杏子は成り行きを見守っていた。いや、この二人を止めなさいよ。

 

 そう思いつつ、マミとなぎさを避けてまどかに意識を裂く。

 

 と、同時に、魔女の結界が発生した。

 

 巨大な演奏場にも似た世界の客席に私達は立ち、大いなる演奏を耳にする。見滝原中を覆い尽くさんばかりの規模が有り、充満した魔力は途方も無い物だ。

 人魚の魔女の結界。さやかが展開した様だが、魔女の姿は見当たらず、中央部には何体もの魔獣が固められていた。

 

「美樹さんの結界ね。どうしたのかしら」

「さやかの結界……」

 

 一瞬でマミは元の状態へと戻り、真剣な様子で結界の内部を観察する。まだ私から離れてくれないが、その意味合いは先程までとは異なり、私の側に居た方が安全だと判断した様だ。

 しかし、心配は要らない。既に、私はこの結界が生まれた理由を突き止めていた。

 

「空を見なさい」

「え?」

「良い物が見えるわ」

 

 私の言葉を聞いて、三人は一斉に空を見た。

 その瞬間、空の気配が揺らぎ、神聖かつ恐ろしい魔力が爆発し、余りにも大き過ぎる力に世界が軋んだ。

 天空に桃色の魔法陣が浮かび、更に時計にも似た歯車がその上に覆い被さる。桃色と紫色が寄り添い、美しい光景を演出した。

 二つの種類の魔力は完璧な程に合致していて、光り輝いている。幻想的だが、それこそ破壊的な凄まじさが感じられた。

 

 そして、魔法陣が一瞬だけ揺れたかと思うと、結界の形が保て切れずに崩れ輝き。

 天から、裁きの光が落ちた。

 

 閃光と呼ぶ事すら出来ない、まるで太陽が権限したかの様な光が満ちる。衝撃は私達の元まで届き、吹き飛ばされそうになった。

 眼下で魔獣が断末魔の一つすら口に出来ず、消し飛んだ。しかも、この結界内部ですら崩壊寸前まで追い込まれているのだ。

 何せ、一発が世界を破壊する一撃だ。しかし、美樹さやかの結界は円環の理から力を得ている物なので、そう簡単には壊れない。

 それでも、『全力で』抑え込む。二人にとっては仲良く撃った技でも、十分過ぎる威力が有ったのだ。

 

 

 時間にして数秒程度が経過すると、巨大な破壊は終わり、崩れた結界だけが残された。

 まあ、当然ながら私やマミ達には何の影響も無いのだが、魔獣はその存在の痕跡すら残されていない。完全無欠に全滅している。

 マミ達が目を丸くしたまま、何も言えなくなっている。私だって、想定以上の威力に驚愕していたのだ。

 

「ほむらちゃん、凄かったねっ」

「ええ、とっても良かった」

 

 とんでもない光景を作り上げた二人の声が聞こえてきた。結界の中央でまどかと暁美ほむらが立っていて、本当に楽しそうに笑い合っていたのだ。

 二人の持っている武器は、巨大な一本の弓となっている。満開の桜と神々しい彫刻が刻まれた、あまりにも優美な弓だった。

 その側でさやかが座り込んでいて、何度か自分の肩を叩いている。あれだけの一撃を結界内部だけで抑え込んだのだ。それなりの疲労を覚えても仕方が無い。

 

 時には、ああやって二人一緒に魔獣を倒すという行為も重要なのだ。折角、魔法少女なのだ。一緒に戦う事も絆を深めるのには十分に役立つ。

 

 

 空間を飛ぶ。出た先はさやかの隣だ。

 私の存在に気づいたらしく、まどかが手を振ってきた。

 

「まどか。随分派手にやったわね」

「ほむらちゃんと一緒に、一回だけやってみたかったの。ね?」

 

 まどかと暁美ほむらが手を繋ぎ、仲良く微笑み合う。あんな一撃を放った二人とは思えないくらい、のんびりとした明るい姿だ。

 横に座ったさやかが、疲労を溜めつつ笑っていた。二人の幸せそうな姿を見るのが嬉しいのだ。

 

「さやか、大丈夫?」

「あっ、さやかちゃん、辛くない? ごめんね、無理言っちゃって」

「良いって。ちょっと疲れただけだよ」

 

 本当に良い物を見せて貰った。さやかが、そう言いたげな顔をしている。

 杏子やマミ、なぎさもこちらへと向かってきた。凄い勢いで迫って、床へ降り立つ。コンサートホールの跡地となった結界の瓦礫の上へ足を掛けると、呆れ半分の顔を見せた。

 

「ド派手にやったなぁ」

「凄かったのです……」

「ええ、本当に……」

 

 私の使った……『アイン・ソフ・オウル』が『とんでもない技』なら、二人が協力して撃ったのは『絶句する技』だ。

 一応、二人は魔法少女なのだが、明らかにそのレベルからかけ離れた力を扱っている。悪魔と円環の理。魔力の使用に一切の制限が無いからこそ、好き勝手に魔法を使う事が出来るのだ。

 ただし、少し体力の消耗は有るのか、まどかの首筋を珠の汗が伝っている。その美しさは思わず息を呑む物が有った。

 

「すっごく良かったね、ほむらちゃん」

「うん、息もピッタリ合ったわ」

 

 暁美ほむらも少し疲れたのか、普段より声の調子や呼吸の感覚が早い。いや、あるいは、まどかと一緒に戦えるという感動が心を揺らしているのだろうか。

 

 見た限りでは、まどか達はそれなりに疲労を溜めている様だ。さやかなんて肩で息をしているし、杏子やマミも僅かに疲れている様子を見せていた。

 良いタイミングだと思った。魔獣も一つ残らず倒したし、休息がてら、湯に浸かりたいと思う人も居る筈だ。

 

「ところで、疲れていないかしら?」

 

 狙って、尋ねてみる。するとまどかが少し考える素振りを見せて、小さく頷いた。

 

「んー……ちょっと」

「そう? 良かったら、汗を流さない?」

 

 何を言いたがっているのかは、すぐに分かった様だ。まどかは神々しい程に輝かんばかりの表情を一層明るくしてくれた。

 

「あっ、温泉だねっ?」

「そうよ。これから行きましょう」

 

 そう言うと、まどかは驚いた風な顔をする。

 

「え? これから行くの?」

「そう、これから。みんな都合も有るでしょうし、早めに済ませて起きたいと思って」

 

 まどかは納得したのか、眉を下げて口元に笑みを浮かべ、楽しげな様子を見せてくれる。期待に答えられる様に努力したい、そう思わせる笑顔だ。

 

「あら、今から行くなら着替えや水着はどうするの?」マミが尋ね掛けてくる。

「着替えはちゃんと一緒に転移させるわ。水着もね」

 

 着替えも水着も魔力で構成すれば良いじゃないかと思わないでもないが、その辺りは気分の問題だろう。

 

「温泉か……いいな、それ」

「温泉、うーん、温泉卵にチーズを乗せて食べてみたいのです」

 

 全員、乗り気の様子だ。反対意見も出ていないので、問題無く進行する。この場に居ない織莉子とキリカには、時間連絡を送っておく。

 ……既に準備が完了していたのか、素早く同意が返ってきた。水着もしっかり用意して、二人仲良く手を繋ぐ姿が見える。

 

「じゃあ、織莉子とキリカも連れていくわね。同時に転移させるから、みんな出来るだけ私に近づいて」

 

 私の言葉を聞いて、まどか達は一斉に私の元へ集まった。多少の圧迫感を覚えたが、目の前のまどかが全身、その存在の全てから放つ魅惑的なオーラに比べれば、それはちょっとした物でしかない。

 他のAKEMI HOMURAなら、顔を真っ赤にするか、勢い余って襲いかかるか、悶死していた所だ。

 自分が自分であった事に感謝しながら軽く足踏みをして、全員を纏めた状態で空間を飛ぶ。

 織莉子とキリカも含め、温泉の前に設置しておいた脱衣所へ、一緒に転移させた。

 

+----

 

 

 降り立った先は、ほぼ全て木製で出来た脱衣所の前だった。温泉らしくのれんも設置したが、そこには『女』しかない。この場には女性しか居ないのだから、男湯は必要無いのだ。

 

「おおっと……織莉子、大丈夫かい?」

「勿論、もう慣れたわ」

 

 転移の衝撃で微かにふらついた織莉子を、キリカが支えている。体調には何の支障も無いので、心配は要らないだろう。

 

「本格的だねー……」

 

 まどかは周囲をキョロキョロと見回して、関心を寄せていた。銭湯まがいのデザインで入り易い空間にしたつもりだが、気に入って貰えたなら喜びだ。

 番台が有り、のれんも有り、脱衣所もしっかり用意してある。通常の銭湯や温泉と違うのは、その横に二つ、個室の脱衣所が備えられているという所だろうか。

 

「服と水着は貴女達の持っている鞄の中よ。持っていない人の分も用意したから、使いたいならどうぞ」

 

 織莉子とキリカは持参した水着だが、他の全員分は私が揃えておいた。

 すると、それを聞いた杏子が顔の前で手を横に振っていた。

 

「あたしはいらないな。女同士で恥ずかしいも何もねーし」

「んー、あたしも良いや。やっぱ温泉は何も着けないで入りたいよね」

 

 杏子とさやかは水着は使わない事を決めたらしい。普段の印象通り、二人は何も着けないでお湯に浸かりたい様だ。

 

「わたしも良いかな……ほむらちゃんは、どう?」

「まどかが着けないなら、私も着けないよ」

 

 続いて、まどかと暁美ほむらが水着を使わないと決めている。暁美ほむらは気恥ずかしさで落ち着かないのか、足下を何度か揺らしてるが、それでも着ないのだ。

 この二人も水着を使わないとなると、残るはマミとなぎさだけだ。彼女達へ視線を送ると、意外な事に、なぎさが先に口を開いた。

 

「なぎさは、マミには水着を着て欲しいのです」

「私も、なぎさには水着を着て欲しいわね」

 

 やはり、二人は互いの裸を他者に見せたくないのだろう。息の揃った声で、相手には水着を着ける事を勧めている。

 そう言うと思っていた。だから、二人の為に買った水着は他とは趣向が違う物を採用している。……水着売場でサイズの合わない……特にカップサイズの合わない水着を買うのは、少々の抵抗が有った事だけは忘れよう。

 

「やっぱり師匠も私と同じ結論に落ち着いた様だね。愛する人の裸を見られたくないのは、普通の事だ」

「なぎさの裸はとっても綺麗なんだもの。誰にも見られたくないわ」

 

 暗に「私はなぎさの身体を全て知っている」と言いつつ、マミが自慢げに胸を張る。

 それを見ていたまどかが少しばかり不満げとなり、繋いでいた暁美ほむらの手を握った。

 

「……ほむらちゃんだって」

「ま、まどか」

 

 まどかの言わんとする所を察し、顔を赤くした暁美ほむらが慌てて言葉を止めた。

 そんな姿を見ながらも、お湯の温度を確認する。人間が入るのに丁度良い状態で保たれていると判断し、その状態のまま時間を止める。

 こうしておけば、何時でも完璧な温度で入る事が出来るのだ。今日だけ限定で使う場所とはいえ、まどかが使うのだから。

 

「さて、あっちが個室の脱衣所、こっちは集団用よ」

 

 のれんの横にある扉、続いて中に有るロッカーを指す。案内図も準備しておいたが、余り広い場所ではないから、誰も使わない。

 視線を回すと、マミが手を挙げていた。

 視線だけで「何かしら」と問いかけてみると、上手く伝わったのか、彼女は少しばかり申し訳なさそうに告げてくる。

 

「ごめんなさい、なぎさと私も個室で良いかしら?」

 

 予想通りの発言だ。その為に、個室を二つ作ったのだから。

 

「ええ、構わないけど……まどか、貴女達は?」

「あ、いいよ。わたし達は集団用の方で」

 

 こちらも想定していた通りだが、まどか達は普通の脱衣所を使うらしい。まあ、さやかとまどか、杏子とさやか、そしてまどかとほむらは深く親しい関係だ。

 全員が一緒、という事は無くとも、一緒にお風呂へ入った経験くらい有るんだろう。

 

「勿論、織莉子とキリカは個室よね」

「そうさ。当然だろう?」

 

 そして、今更織莉子とキリカの事は聞くまでもない。二人は全く躊躇わず、完璧に同じ歩幅で個室へ歩いていく。

 

「それじゃ、私と織莉子は先に着替えてるよ」

「ふふ、楽しみね、キリカ」

「うん。織莉子の水着が早く見たいな……」

 

 二人だけの世界に入った状態のまま、扉の奥へと入っていく。十分なスペースを確保しておいたから、二人が着替えるくらいなら全く問題は無い。

 

「なぎさ、私達も行くわよ」

「はいなのです!」

 

 手を繋いだマミ達もまた、反対方向の個室へ入っていく。どう見ても姉妹ではなく、恋人同士の雰囲気が形成されていて、声をかける気すら失せた。

 

「楽しみだねー、温泉ってあんまり入ってないから、どんなのかな……? ほむらちゃんは知ってる?」

「ううん。あんまり、そういうのには縁が無かったかな」

「あたしもだ。さやかの家で居候する前は、風呂なんかホテルのシャワーだけで済ませてたからなぁ」昔を思い出したのか、杏子が軽く頭を掻いている。

「おお、未経験ばっかか。あたしは小さい頃に何度か言った覚えが有るけど……やっぱ、最近は全然かな」

「さやかちゃんもなんだ……ほむ魔ちゃんは?」まどかが私に話を振ってきた。だが……

「残念ながら、生後二ヶ月の私には経験が無いわね」

 

 温泉の経験どころか、普通に入浴した経験すら少ない。使い魔の身体が酷く便利なので、まどかが望まない限り入浴は必要の無い習慣だからだ。

 これで身体を洗わずに悪臭を漂わせてまどかに嫌がられるなら、一日三回は入っていただろう。

 

「そっか、なら温泉慣れしてる人は居ないんだね。良かったぁ、わたしだけだったらどうしようかと思っちゃった」

「まどかと一緒に入れるんだもの、もし、私が慣れていたとしても嬉しいと思うわ」

 

 クスクスと笑いながら暁美ほむらがまどかを連れて、のれんを潜る。その後ろをさやかと杏子が付いていく。皆、期待からか、背中を揺らしていた。

 番台の横に背中を預けて、まどかに手を振る。

 お風呂場の湿度や温度は任せて欲しい。友達と一緒の快適な入浴は、彼女の幸せに繋がる筈だから。

 

「楽しんできてね、まどか」

「え? 駄目だよほむ魔ちゃん」

 

 しかし、まどかはくるりと振り返って、私の方へ駆け寄ってきた。

 当然の様に手を掴まれる。

 

「ほむ魔ちゃん、ほら! 行こ?」

「私は……」

「そんな事言わないで、ね。わたし、ほむ魔ちゃんと一緒に入りたいな」

 

 繋いだ手を引かれる。腰を低く下げた状態からの上目遣いは勘弁して欲しい。

 とはいえ、断る理由が無いのも確かだった。風呂の管理は入りながらでも出来るし、まどかがそうして欲しいなら、一緒に入るのは決して悪い選択ではない。

 ……ただ、少しばかり肌を見せるのが恥ずかしいだけで。

 

「……分かったわ、そうしましょう」

「うんっ、さっ、行こう。ほむらちゃんも!」

「わ、まどかっ……」

 

 片手に暁美ほむら、もう片方の手で私を捕まえて、まどかは脱衣所に入っていく。私達は引っ張られる形となっていた。

 どうやら、多少強引なくらいが暁美ほむらへの対応としては丁度良い事を、まどかは学んだらしい。有無を言わさずに連れ込まれるのは、決して悪い気分ではない。

 まどかと一緒の入浴か、悪い物ではないだろう。それはともかく、彼女が何をすれば喜んでくれるのかを考えなければ。

 

 そうだ……二十年後に地球へ衝突する可能性がコンマ単位で存在する小惑星を消し去っておいた。楽な物で、此処から宇宙の先にまで干渉出来る。

 

 また一つ、人類に迫る危機が回避された。が、それよりお風呂だ。期待に胸を膨らませるまどかを見ていると、俄然力を入れねばならない気がした。

 

 




さあ、次は温泉回ですよ……!

ところでパロネタです。アストラナガンのインフィニティシリンダーと、ディス・アストラナガンのアイン・ソフ・オウルですね。グランゾンのブラックホールクラスターやネオの縮退砲も素敵だったんですが、アレのパイロットは「何よりも自由を愛する」ので。
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