使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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未知なる温泉を異次元に求めて

 するするという音を立てて、全員が服を脱いでいく。

 脱衣所の造りはシンプルな物で、デザインよりも使いやすさを優先した。木目調の壁やロッカーに癒される人も居るだろう。

 ちなみに、ロッカーに鍵は無い。何せ使う人間はまどか達だけなのだ。誰に盗まれる心配も無い。

 

「まどか、可愛いじゃん。ははあ、勝負下着でほむらを悩殺……」

「ば、ばかな事言わないでよ、もうっ」

 

 下着姿のさやかが、下着姿のまどかを見て悪戯っぽい顔付きとなり、それに対してまどかが顔を赤くしてそっぽを向く。

 元々が親友だからか、さやかもまどかも遠慮が無い。二人とも下着だけになっているが、それほど恥ずかしげではなかった。杏子も気にしない類の人物だから、平気なのだろう。

 まどかの下着は薄桃色のフリルが多く付けられていて、よく似合っていた。卑猥な雰囲気や露出は少なく、可愛らしさだけがそこに有るのだ。

 

「まどか、本当に可愛いわ」

「ほむ魔ちゃんまで言う……むー」

 

 不満げに頬を膨らませているが、嫌がっている訳ではなさそうだ。

 そこで、まどかがブラのホックを外そうと指を掛けていて、思わず目を逸らしてしまう。私の胸に有るのは恋愛感情ではないが、それでもまどかという存在を愛しているのは真実で。少し、心が揺れる物が有る。

 まどかの肌から布が外れる音がする。流石に恥ずかしいのかタオルによってしっかり隠すべき所を覆っているが、頬を微かに紅に染めて胸を押さえつつも、時折暁美ほむらの顔を窺っている。そんな仕草からは、見ただけで慄然とした心地になる程の魅力を溢れ出しているのだ。 

 

 このままではいけない。意識を別の所へ移すべく、さやかの言動に注意する。彼女は杏子を見て、文句を言っていた。

 

「杏子。あんた前から思ってたんだけど、下着くらいちゃんと着けなさいよ」

「どうでも良いだろー? あたしなんか、金の無い時は布で済ませてたんだぜ?」

 

 自慢げに杏子が胸を張る。着用した下着は赤で統一されていたが、かなり乱暴な付け方だった。ゴムも緩くなっていて、全く気を遣っていないのが嫌でも伝わってくる。

 杏子はそういう方面に気遣いの有る人物ではない。分かっていたが、余り良い顔が出来る事ではない。

 

「それ、自慢する事じゃないでしょ。今度一緒に買いに行くよ」

「いや、いらねえよ。まだ使えるしな」

 

 何故か、下着を買うのを頑なに拒んでいる。

 ……さては、余り買った経験が無いから、さやかと一緒に行って戸惑うのが嫌なのか。何とも分かりやすく、可愛い人だ。

 

「杏子ちゃん、分かりやすいよね。えへへ、かわいいよね」まどかも分かったらしく、微笑ましそうにしている。

「まどか……うん、そうだね。杏子は良い子」

「お前等の声、ばっちり聞こえてるんだけどな」

 

 杏子の憮然とした声と顔を感じ取って、まどかはおどけた態度で笑った。

 

「ふふっ、わたし、杏子ちゃんともっともっと仲良くなりたいんだ。杏子ちゃん、凄く素敵な人だもん」

 

 嘘も誇張も感じられない、はっきりとした誉め言葉を口にしている。

 

 心から、佐倉杏子と友達になりたいと告げているのだ。

 

 全くの本心から来るまどかの声は、穏やかかつ愛らしく響く。その音色を受けた杏子は僅かな戸惑いと喜びを覚えたらしく、瞳の奥に少しだけ呆れた空気を宿した。

 

「……まどか、お前、何て言うか……」

「凄いでしょ、まどかって。このほんわか素直な雰囲気が無自覚にファンを増やすんだよね。流石はあたしの親友って感じ?」自慢げにさやかが笑う。

「そ、そんな事無いよ!?」

 

 大きく首を振って、まどかは何とか否定しようとした。

 だが、全員がまどかの魅力を知っているのだ。彼女自身がどれほど否定しようと、それは変わらない。

 私も時々、まどかが無自覚に発する凶悪なまでの魅力にクラッと来てしまうのだ。私がこれなら、暁美ほむらは毎日悶絶して気を失わない様に努力しているに違いない。

 

「ははっ、まどかは可愛い奴だなぁもうっ」楽しそうにさやかが抱きついていく。

「きゃっ……さやかちゃん。今は駄目だよぉっ」

 

 困った声を出しつつも、まどかの笑みは変わらない。しっかりとさやかを受け止めて、振り払おうとは決してしない。

 二人の仲の良い姿には安心させられる。彼女達が仲良く楽しく遊んでいる事は、まどかの世界が平和な限り続く光景だろうから。

 その喜びは、杏子も同じ物を抱いている様だった。彼女は肩を竦めながらも、さやかの笑顔を嬉しそうに眺めていたのだ。

 

「まったく、まどかとあたしで扱いが違うのはどういう事だろうな」

「……性格かしらね。まどかは最高の女神だから」

「へーへー、まどかは天使まどかは天使」

「冗談で言っている訳じゃないのだけれど」

「分かってるよ。確かにあたしよりまどかの方が可愛げが有るもんな。お前じゃなくたって、分かってるさ」

 

 何だか不貞腐れた風な声を上げる杏子。でも、決して悪い気分ではないのか、口元に浮かぶのは笑みのままだ。

 

「貴女だって、十分に素敵だと思うけれど」

「そりゃ評価が高すぎるぞ、あたしは……」

「私がそう思ってるんだから、気にしないで欲しいわね」

 

 そう、まどかとは比べるだけ無意味なだけで、杏子だって素敵な人なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ところで、杏子の胸はそれなりに大きかった。さやかの『それ』よりは小さめだが、私や暁美ほむら、まどかよりは遙かに良い。

 やはり、二人は発育が良いのだ。もっとも、マミに比べれば霞んでしまうが。

 

「……はぁ」

 

 私と同じ事を思っていたのか、暁美ほむらがさやか達を見て大きな溜息を吐いた。

 暁美ほむら、それに杏子は長い髪が湯に浸からない様に束ねていて、普段とは違う神秘的な雰囲気を放っている。そんな状態からの、深い落胆を思わせる吐息だ。誰の耳にだって印象的に残るだろう。

 そんな変化に気づいたまどかが、さやかに抱き締められた状態のまま、身体の動きを止めた。

 

「ほむらちゃん?」

「……い、いいえ。何でも無いの」

 

 チラチラとさやかの胸を見て、今度は私の胸を見てきた。『暁美ほむらを模した姿』の私とさやかの差を確認して、更に沈んだ様子を見せるのだ。

 そんな所まで見て、まどかは何を考えているのかを察して二回ほど頷いた。

 ちょっと困った様子で苦笑して、暁美ほむらの肩を叩いている。

 

「あー……ああ、そうだよね。うん、分かるよ、ほむらちゃん。さやかちゃんも大きめなのに、わたしなんか全然だもん」

「気を使わなくてもいいの、どうせ病弱で発育の悪い身体だから……」

「わたしは、そういうほむらちゃんが好きだよ。だから自分を否定しないで、ね?」

 

 まどかに笑いかけられても、暁美ほむらは遠くを見る様な目をしていた。

 意識と行動を完全に分けているのか、その間にもタオルで隠して下着を脱いでいる。

 

「……まどかに『ほむらちゃんって、胸が小さいよね。フニッてするだけだもん』って、マミと見比べながら言われた事が有ったの」

「それは『私じゃない鹿目まどか』だよ。はは、そんなわたしも居たんだね……」

 

 同じくらい遠い目をして、まどかは何だか乾いた笑い声を口にする。

 言葉の内容をよく考えてみれば分かる事だが、そんな事を言った『鹿目まどか』は、『暁美ほむらの胸を揉んで、感想を告げた』のだ。どんな『変態まどかさん』だったのかは、想像に難くない。

 変態の自分という嫌な想像をしたのだから、まどかだって溜息の一つも吐きたくなる。

 それでもまどかは優しく微笑み、暁美ほむらの肩を抱いていた。タオル一枚の姿になって、その肌を混ぜ合わせる様な手つきで引き寄せているんだ。

 

「ねえ、ほむらちゃんの肌はとっても綺麗で、ずっと見ていたくなるくらいなんだよ」

「ま、まどか……」

「さやかちゃんが大きいからね、気になっちゃうかもしれないけれど……わたしは、ほむらちゃんの綺麗な身体が好きだよ。それだけは、覚えていて欲しいの」

 

 とびきり大きな愛情がまどかの内側がら姿を覗かせて、暁美ほむらを呑み込んだ。

 甘い空気が流れ出す。遠慮の無いまどかは最大級に人間を外れた感情をいとも簡単に操って、『愛』を向けるべき相手を包むのだ。

 二人は相手がタオル一枚なのも忘れて手を繋ぎ合っていた。それはもう、混沌とした世界における究極の光にすら思えた。

 

「……え、何これ。あたし、悪者?」

「大丈夫だ、あたしはお前の胸のサイズなんか気にも留めてないからよ」

「まあ、そりゃそうだろうけど……そう言われると、それはそれで、ちょっと気になる様な……」

 

 さやかが釈然としていないが、無理もない。あの二人が無自覚に作り上げる空気は、常人には猛毒にすら感じられる程だ。

 実際に苦しくなる訳でもなければ、毒死する危険が有る訳でもないが、それでも近寄れない結界を張られている気分にはなる。

 ただ、今は二人とも多少の自重をしたらしく、その甘すぎる空気は素早く四散し、手を繋いだまどかと暁美ほむらは微笑み合っていた。

 

「美樹さんは快活そうな運動少女に見えてその胸ですから、まどかと交換しても良いんじゃないかって、思います」

 

 真顔の暁美ほむらが言い放つ。

 どこか妬ましそうな視線がさやかの胸に突き刺さっていた。やっぱり、まどかに『小さい』と言われたのを気にしている。

 だが、その言葉を聞いて最も大きな反応を見せたのはさやかではなく、まどかだった。

 

「……ほむらちゃん、わたしの胸じゃ嫌? やっぱり、わたしのは小さくて、駄目だよね……」落ち込んだ表情となったまどかが、涙を瞳に溜めた。

 

 一気に顔を青ざめさせて、暁美ほむらが慌てて首を横に振った。

 

「あっ……! い、いや、今のはそういう意味じゃないの! ただ、まどかが気にしてるなら、って……! わたしはっ、まどかの全部を愛してるからっ……!」

「えへへ、冗談だよー」

 

 その先を口にする前に、まどかの指が置かれる。悪戯好きな両目が暁美ほむらを捉えて離さない。

 迫真の演技だった。暁美ほむらがどれだけ目を凝らした所で、今の言動から嘘を見抜く事は不可能だろう。私ですら、騙されかけた。

 そんな、私や暁美ほむらを僅かにでも誤魔化したまどかに対する賞賛として、私は一つの事実を教える事にした。

 

「大丈夫、まどかは後何年かでそれなりに大きくなるわ。お母様くらいにはなれるわよ」

「えっ、ほんと!?」

「ほんと」

 

 まどかは高校生くらいで一応は成長する。小柄で童顔なのは変わらないが、身体的には成長の余地が残っているのだ。

 背も少しばかり高くなり、顔立ち……は同じでも、纏う雰囲気が大人っぽい物を帯びるのだ。

 だから、心配しなくとも、まどかは素敵な女性になれる。それを教えたつもりだったが、少なくとも、暁美ほむらにとっては良くない事だったらしい。

 

「……ねえ、私は? 私は、どうなの? ほむ魔、答えて」

「……カッコいい感じになれるわよ。クールビューティ的な」

「……そうじゃなくて、私はまどかと比べて、どうなの?」

「……」

 

 何を答えろと言うのか。

 いや、分かるが、本当に言ってしまっても構わないのか。

 私の沈黙で全てを察したのか、まどかがこちらに向かって頷いて見せた。

 

「あ、あはは……ほ、ほむらちゃん! 入ろうよっ!」

「え、ええ。そうだね、まどかっ!」

 

 何かを振り切る様に手に手を取り合い、浴場に揃って飛び込んでいく。お風呂の中で走ってはいけない、なんて注意はしなくとも、二人なら怪我はしない。

 浴場の扉が開かれた事で、湯気が脱衣所に入り込んでくる。別に何か弊害が有る訳でもないので、気にせず私も服を脱いだ。

 

「……まあ、あれだな。ほむらって、そういうイメージ有るもんな」

「乙女心としては気になるだろうけどさ、ま、あいつの大好きなまどかは、そういう事は気にしないタイプだから大丈夫でしょ」

 

 思わず同意したくなる事を言いつつ、さやかと杏子が続いて浴場に足を踏み入れる。

 全身にしっかりタオルを巻き付けているさやかとは違い、杏子は豪快にもタオルを持っているだけで、前だけを隠す状態となっている。

 なので、こちらからは何も身に着けていない後ろ姿が見えてしまう。そこに幾らか存在する傷は、彼女にとっての特別な物なんだろう。

 

 自分の身体をタオルで隠し、私もまた浴場に入る。溢れる湯気が暖かく、まどか達の香りが石鹸の匂いに混じっていた。

 

「ほむ魔ちゃん、おいで!」

「今行くわ。待ってて」

 

 手招きをするまどかの所へ歩いていく。その隣にはさやかが立っていた。暁美ほむらと杏子は、座らせられた様だ。

 

「ささ、座って座って」

 

 さやかが私の肩を掴み、腰を落としてくる。そのままの流れで私もまた座椅子へ座らされる。

 

「はい目を瞑ってー」

 

 まどかとさやかは息の合った様子で私達の頭へお湯を流し、備え付けられたシャンプーを手に取った。

 ここまで、僅か数秒。親友同士だからこそ出来る絶妙なタイミングの取り方だった。

 

「温泉の前に、身体を洗わなきゃねー。ほむ魔、あんたの髪、洗っても良い?」

 

 そこまでしてから、さやかは泡だった自分の手を見せつけつつ、尋ねてくる。

 是非、お願いしたい。実は、あまり髪を洗う方法には詳しくないのだ。どうでも良い事だったから、全く調べようとも思わなかったが、まどかと一緒に入るなら、必須知識だ。

 時間も空間も無視出来るのだから、その気になれば髪を洗う方法くらい簡単に分かるが、それで私が上手く出来る可能性は低い。第一、能力を使う様な事じゃない。

 その点、さやかに頼めば心配は要らない。安心して私の髪を任せられる。

 

「お願いするわね」

「やった、一回ほむ魔の髪を洗ってみたかったんだよね。滅茶苦茶手触り良いし」

 

 嬉しそうに私の髪を撫で始める。

 まどかが触るという前提で構成された私の身体は、あらゆる場所が触り心地の良い物となっていた。

 

「大丈夫、杏子の髪も何度か触ってるからさ。慣れてるよ」

「じゃあ、杏子はさやかの髪を?」

「ああ、あたしが洗ってやるのさ」

 

 頷きつつ、杏子は自分の髪を洗いだし始めた。何となくイメージしていたのとは違い、かなり丁寧で優しい手つきだ。

 髪を大事にしているのか、はたまた『さやかの髪を洗う時がある』からこそ、自分の髪で練習しているのか。どちらにせよ、杏子の洗い方は参考になる物だった。

 

「ほむらちゃん、私はほむらちゃんの髪を洗ってみたいな」

「じゃあ、私もまどかの髪を洗いたいよ。良い、かな?」

「うんっ! 洗いっこしようね」

 

 暁美ほむらの髪は、当然の様にまどかが担当する事になった。

 頭髪の一本一本に指を絡めて撫で、何とも言えない手つきでシャンプーを泡立てる姿は、この世のどんな貴重品を扱うより注意深くて……いや、まどかにとって、暁美ほむらこそ貴重な存在なのかもしれない。

 暁美ほむらが目を細め、安心しきった態度でまどかに身を預けている。まどかに髪を洗って貰えるのだから、当然の対応だ。

 

「髪と身体を洗ったら、それからみんなで一緒にお風呂だねー……」

「ひうっ」

「あ、ごめんね。ほむらちゃんのうなじに触っちゃった」

 

 髪越しにうなじを触られても、暁美ほむらは驚くだけで、当然の事とはいえ、嬉しそうにしている。

 良い光景だ。

 そんな二人の姿を、私は頭からお湯を被せられてもずっと、ずっと見つめていた。目の中に湯とシャンプーが入り込んでも、人間ではないから何の問題も無い。

 本当に、便利だ。

 

 

+-----

 

 

 

 髪を洗い、身体を洗い終えると、私達は湯の中へ入り込んだ。

 完璧な状態で保っておいたとはいえ、体感的な水温には個人差が有る。が、幸い今の所は誰も不満を抱いていない様だ。

 遅れて来たマミや織莉子達はまだ身体を洗っている。なぎさの髪を洗うマミの姿は、母親や仲の良い姉といった印象を与えていた。

 マミは普段とは違って髪を解いている為に、癖の強いロングヘアーになっている。何時もとは違う髪型は、彼女の見た目の雰囲気を幾らか大人っぽく見せていた。

 

 私は、さやかが洗ってくれたお陰で艶の有る髪を団子状にしている。

 暁美ほむらも同じ様にしているが、何となく纏め方が異なっていた。あちらの方は、まどかが纏めたのだ。

 

「ふゅー……良いお湯だねーほむらちゃーん……」

「ええ、とっても」

「まどか、くれぐれものぼせない様に気をつけるのよ」

「大丈夫だよー。心配し過ぎ……」

 

 すっかり癒された様子で、まどかが表情を緩ませている。元々垂れ目気味の目尻は普段より下がり、口からの息は疲労を完全に吐き出していた。

 健康や疲労に良い効能の有る湯だ。その辺りも考えて行動していたので、上手く行った事が喜ばしい。

 

「んー、いいじゃん。温泉、やっぱ皆で入ると気持ち良さが違うよねっ」

「おー、そうだなぁー……」

「杏子も良い感じに安らいじゃってるね。ま、家のお風呂とは比べ物にならないか」

「さやかちゃんだって、すっごく穏やかな顔になってるよ」

「ん、そうかな、まどか」

 

 まどかの言う通りだった。さやかの顔色はすこぶる良く、先程の戦闘で消費した体力は完全に回復した事が伝わってくる。

 

 仲良くお喋りをしながらも、皆が皆それぞれに入浴を楽しんでいた。

 そして誰も、タオルを身に着けてはいない。お湯にタオルを浸けないくらいのマナーは全員が知っていた様で、今の私達は完全に裸の状態だ。

 お湯は湯気で隠れた部分を除けば透明なので、私達は互いの身体を完全に認識出来てしまう。

 その為か、まどかの目に少しばかり羞恥心が宿っていた。暁美ほむらが全身を預けた状態でまどかに寄り添っているのが一番の原因だろう。

 ……私の姿を見て顔を赤くした気もするが、それはそれだ。

 

「あれ、ほむらちゃん?」

「あ……うん、大丈夫だよ、まどか」

 

 その暁美ほむらは、肩の力を抜き過ぎて眠る寸前だった様だ。何とか目を擦って意識を保っている。

 私と全く同じ体形の上に、曇るからと眼鏡は外しているので、格好は完全に同一だ。だが、気配や表情で差別化が出来ていた。

 

「本当に、ほむらって色白で、しかも細身だよね。まどかと並べると分かりやすいや」

「病的な白さと細さなんて、自慢出来ないです」

 

 それを聞いたさやかが目を丸くして、楽しそうに笑い出す。

 

「ふふっ」

「?」

「いやね、そういえば、こんな会話をほむ魔ともしたなって、思い出しちゃってさ」

「あー。有った有った」

「……ああ、有ったわね」

 

 確かに、そんな会話をした記憶が有る。私が人生で最初にさやかと接触した時の事だ。一緒に遊んだり、ロッキーを食べさせて貰った事を覚えている。

 

「あの時はあたし、ほむ魔の事をほむらと間違ってたからね」

「そう見える様に誤魔化していたんだもの」

「今ならキスしても良いよ?」

 

 何も身に纏っていないさやかが私に前方から身体を寄せ、顔を近づけてくる。全裸で前から迫れば、当然ながら胸が当たり、吐息が近くなる。

 胸部の柔らかな感触が伝わる。私のそれに比べると、形も弾力も遙かに素晴らしい物が有った。

 恥ずかしげも無く胸を押しつけて来たさやかだが、それでも少しばかり照れつつ、私の唇寸前にまで近づいてくる。

 

「こら」

 

 軽く頭を小突いてやると、さやかは舌を出して笑って見せた。

 前にやった冗談のお返しなのだろう。私の時は服を着ていたので、数倍にして返された気分だ。もし、私が顔を前に出したらどうするつもりだったのか。

 

「キスは好きな人に取っておきなさい」

「……あー、いや。この世界ならファーストキスはまだだね、うん」

 

 どこか遠くを見る様な表情となっている。

 意外な事に、ファーストキスはもう済ませた記憶が有るらしい。一体、誰としたのか。そう考えると、電流が走る様な衝撃を覚える。

 

 成る程、分かった。それは確かに言い難い。公然と『愛』を口にする暁美ほむらの前では、それは言えなくなってしまっても仕方が無い。それが例え、友達同士のお遊びであったとしても、だ。

 

「キス!? ほむ魔ちゃん、さやかちゃんと一体何が……」

「ふふーん、内緒だよ、まどか」

 

 狼狽えるまどかに人差し指を一本立てて笑うと、さやかは軽く伸びをした。身体の線が強調される仕草は、とても彼女の魅力を高めている。

 

「それにしてもさ……あーあー、仁美には恭介、まどかにはほむらとほむ魔。マミさんにはなぎさ、織莉子さんにはキリカさん。こんなに素敵なカップルに囲まれてるとさ、あたしにも素敵な恋が来ないかなって思っちゃうよね、割と本気で」

 

 冗談めかしつつ、さやかは本気の言葉を口にしている。

 そういえば、彼女はもうすっかり上条恭介の事を吹っ切ったらしい。厳密には親友に任せた、というのが正解だが。

 

「同性で良いならあなたの隣に居るじゃない」

「勘違いすんな、あたしは至ってノーマルだぞ」

 

 杏子は眉を顰めて反論した。ただ、あまり説得力が無いのは私の気のせいではあるまい。

 何せ、佐倉杏子という少女は雰囲気的に男らしい部分が有り、快活で豪放な所を持ち合わせた人物だ。

 口調は乱暴だが、人を思いやる心も強く持っていて、それと同じくらい繊細かつ優しい人である。その魅力は異性と同性、両方を魅了する物が有るのだ。

 彼女自身もそういう好意に対してはしっかりと気持ちで応えてくれるタイプの人間性の持ち主だからか、杏子を時折熱っぽい目で見ている人が居る事を、私は知っている。

 

「……自覚、無いみたいだね」

「ええ、そうみたいね」

 

 私と同じ事を考えたらしく、まどかが囁きかけてきた。

 実は、まどかも杏子の事を好んでいる節が有る。「杏子ちゃんはかわいい」と、何度か言っている所を耳にした覚えが有るのだ。

 

「あはは、あたしも杏子が彼女なら悪くないかな?」

「止せよ、そういうのじゃないんだから。それにな、お前は好きになった奴と一緒になりゃいいじゃねえか」

 

 笑いながらも、杏子の言葉の内容は真剣だった。篭められた気持ちは本物で、さやかの幸福を願う想いが無意識にでも声に現れたのだ。

 それを受け止めて、さやかは小さく頷いた。神妙に、その気持ちを汲もうと努力する姿勢を見せて。

 

「分かってるって。そうだ、恋愛といえばさ、和子先生、今度はどんな人と付き合うんだろうね。これで何回目だっけ?」さやかが話題を変える。

「……何回目だっけ?」

 

 まどかも覚えていないらしく、首を傾げていた。

 ちなみに、この世界での彼女が破局した回数は……正直に言えば、私は知らない。知る必要の無い情報だからだ。

 

「彼女、悪い人ではないと思うのだけれど……」

「私が同じ一ヶ月を繰り返していた時もね、あの先生はいつだって転校初日に破局したんだよ、まどか。私が予定より早く転校しても、予定通りに転校してもその初日に破局しちゃってて」

「うわー、和子先生、ある意味凄いね……」

 

 半ば哀れむ様な暁美ほむらの発言を聞いて、まどかが同情心にも似た声を出した。それが何処か軽く聞こえるのは、きっと『よくある事』だからだ。

 これがさやかや仁美の事であれば、必死になって慰めようと努力するだろう。

 

「先生はママの友達だし、いずれ結婚式に呼んで欲しいってママも言ってるんだけど、中々上手く行かないんだね」

「人間、そんな物よ。この世には運命なんて都合の良い物は無いから、あの先生の頑張りと運次第で結果は幾らでも変えられると思うわ」

「えへへ。未来を見る事が出来るほむ魔ちゃんの言葉とは思えないよ?」

「でも、その方がロマンティックで面白いと思うでしょう?」

「そうだね、うん、そう思うよ」

 

 不確実な未知なる未来。それはとても恐ろしいが、強い期待も抱かせる物が有る。私には必要の無い物だが、まどかには必要だろう。

 そのまどかは暁美ほむらの肩を抱き、私に向かって笑って見せる。とても幸福そうにお湯を堪能しながらの微笑み顔は、それ自体が一種の破壊的な要素を含む程に愛おしい。

 

「そう思うとさ、ほむらちゃんと出会えたのは、きっと凄く幸運だったんだね」

「っ、まどか……嬉しい」

 

 暁美ほむらは隠しきれない歓喜を口にして、身を震わせた。

 その動きでお湯が跳ね、チャプンという良い音がする。何とも心の落ち着く光景だ。まどかと暁美ほむらが互いの存在を湯の中で繋ぎ、確かな絆を暖め合っている。

 さやかと杏子が目を細めた。友人の幸福そうな姿は、彼女達にとっても嬉しい物なのだ。

 

 そんな時、お湯に入ってくる人達が居た。

 一番早かったのは、金髪の癖毛を晒した水着姿のマミだった。小さな音を立てて足を浸け、水温が適切である事を確認して、彼女はその半身を静かにお湯へ浸す。

 

「遅かったじゃねえか、マミ」

「お待たせ、みんな。ごめんなさいね、なぎさの身体を洗うのに手間取っちゃって」

 

 水着の中に手を突っ込んで洗っていたから、当たり前だ。

 彼女に遅れて、キリカと織莉子、期待と羞恥で顔を赤く染めたなぎさが入る。

 

「やぁっ! 先に言っておくけど、幾ら魅力的だからって織莉子の水着姿をジロジロ見ないで欲しいね」

「私は卵を持ってきたのです、みんな暖めて食べましょう」

「温泉卵ね、ふふ。なぎさちゃんは温泉は初めてなのかしら?」

「はいっ、これが最初なのです!」

 

 全員、水着姿だ。個室で着替えた彼女達は、しっかりと身体を綺麗にした状態となっていて、桃色の熱い空気が流れ込んで来る錯覚を与えてくる。

 勿論、彼女達が入ってもお湯が溢れたりはしない。そのくらいは考えている。

 

「うん……最高よ、ほら、なぎさも入って」

「ふぅぅっ……ポカポカなのです……」

「膝に乗ってみる?」

「はーい、分かったのです」

 

 マミが、膝に乗せたなぎさを後ろから抱き締めた。二人とも悦びで表情を緩ませて、余りにも深い癒しに身を委ねる。

 なぎさとマミは黄色を主体としたお揃いの水着を身に纏っていた。胸元を強調するデザインがマミには似合っているが、なぎさの場合、『背伸び』という単語が頭に浮かんでしまう。それでも艶やかに見えるのだから、不思議な物だ。

 その二着は私が買った物である。腹部を大きく開けたタイプの水着だから、恥ずかしがって着てくれないかとも心配したが、杞憂だったらしい。

 まだ幼く、成長途中のなぎさの身体を慈しむ様に抱くマミの姿は聖母の様であったが、そこから堪えきれない欲望が見え隠れする姿は、途方も無い悪魔に見えてしまった。

 

「キリカも膝の上に乗ってみる?」

「私は是非とも織莉子に乗って欲しいね」

 

 マミ達とは反対方向に織莉子とキリカが居て、互いの膝に手を置き合い、その顔を近づけていた。既に、近寄るのが難しくなる程の気配が発せられている。結界かと思う程だ。

 

 マミやキリカと私達との距離は、一人分くらい空いている。

 どうせ放っておけば二人だけの世界に入り込んでしまうのだ。近すぎると居心地が悪くなってしまう。彼女達自身もそれを心得ているのだ。

 

「マミさん、水着似合ってます」

「あら、ありがとう美樹さん。そう言って貰えると助かるわ。ちょっと、露出が多くて抵抗も有ったのだけれど……」

「そんな事無いですって! むしろちょっと大胆なくらいがマミさんの魅力がバッチリ出ますよ!」

 

 さやかは心から賞賛して、マミの身体……いや胸をじっと見つめた。

 強い視線を受けてもマミは顔色を変えず、ただ年上としての余裕を感じさせる対応を見せる。

 

「もう、人の身体をジロジロ見ないの」

「あはは、ごめんなさい」

 

 軽く頭を掻きつつ、それでも時折マミの胸に視線が行っている。

 まあ、無理もない。服装で隠されている時とは違い、はっきりと露出している分、気になるのは確かだ。

 まどかも気になっているんだろう。失礼にならない様に目を逸らしていたが、何度か堪えきれなくなってマミの胸を見ていた。

 

「さやか、まどか。暁美ほむらも。ちょっと、こっちに来てくれないかしら」

 

 流石に、本人の前で話をする訳には行かない。

 少し離れた場所で話そうと三人へ声を掛けると、示し合わせたかの様なタイミングで私の元へ向かってきてくれた。

 遅れて、杏子も来た。私達の会話の内容を察したらしい。

 

「空間は切り離したわ。さあ、好きなだけ感想を言って頂戴」

 

マミ達には聞かれない状態になった事を確認して、まどかが圧倒された様子で口を開いた。

 

「マミさん、改めて見ると、やっぱりすっごく大きい……」

「……うん、凄いよね。圧倒される感じがするわ」

 

 思わず同意を表明してしまった。

 なぎさが腕の中に居るからか、その胸は普段よりも大きく見えるのだ。

 私達とはそもそも比べ物にならない大きさである。私の場合、外見は自由に変えられるが、やはり『暁美ほむら』の姿がメインである以上、胸の大きさはお察しの通りだ。

 今の所の成長が鈍い為か、まどかも自分の胸を何度か触って、小さく溜息を吐いている。胸を大きくする事で、年上の雰囲気を持った女性になりたい様だ。

 目標はマミなんだろう。だが、遠い目標だ。遙か彼方先にすら思える。

 

「何喰ったらああなるんだろうな、あいつ」

「いや……織莉子さんだって凄いよ、マミさん並じゃないかな、あの人のって」

 

 皆の視線が織莉子の方へ移る。あちらは凶悪な百合の花が咲き乱れる空間だ。正直な所、直視するのは目の毒となる。

 

「あー……織莉子の素肌が私を包んでるよぉー……」

「ふふ、キリカに甘えられるの、凄く良いわね……」

 

 なぎさとマミが姉妹同然の雰囲気を形成しているならば、こちらは本物の夫婦だ。しかも新婚で、最も仲の良く甘い時期のそれである。

 二人とも水着姿だが、そんな物は気にならないくらいピンク色の光景だった。

 露出は極力抑えられたデザインだ。競泳水着に近く、体形がはっきりと分かる。キリカも織莉子も細身だが、私よりは明らかに胸が大きく背も高い。

 彼女達が着ている水着は持参してきた物だから、私が買ってきた品ではない。

 身体のラインは分かるが、素肌はあまり見えない。だが、僅かに見える二人の細い肩や腕はとても綺麗で、水晶の様に透き通っている気がした。

 

「うん……織莉子さん、大きいね」

「キリカさんも実は結構有るよね。割とスレンダー系なのに」

 

 二人の胸部に視線が集中する。織莉子もキリカも互いの事しか見ていないからか、気づかない。

 

「共通する物……あー、紅茶?」

「紅茶を飲むと、胸が大きくなるの?」

「そりゃねーだろ」

「絶対に、断じて無いわ」

 

 会話の中で、急に真面目な顔をした暁美ほむらが、はっきりとした否定を口にする。

 一体、何を考えているのか。その表情は眉を顰めて心の痛みに耐える様な物であり、何らかのトラウマでも負っている風だ。

 

「え、ほむらちゃん。どうして今、前の口調に戻ったの?」

 

 まどかも、彼女の急激な変化に戸惑いを隠せない。

 まどかの声で自分が平静さを失っていた事を自覚したのか、暁美ほむらは小さく溜息を吐いた後、静かに呟いた。

 

「……その、紅茶には、豊胸効果なんて無いわよ、ええ、無いのよ」

 

 それだけで、まどかと私には言葉の意味が伝わった。

 

「……えと、ごめんね」

「……ううん、いいの。まどかと出会った頃のままって、よく考えたら嬉しい事だと思うから」

「そう、かな」

 

 言葉を受けて、まどかが一瞬だけ切なげな顔をする。『二十年後の暁美ほむら』が口にした事と同じ内容を聞いて、あの世界を思い出したのだろう。

 でも心配は要らない。まどかの見てきたあの世界は、確かに救われているのだから。

 

 ところで、例え豊胸効果が有ったとしても、たった一ヶ月の間じゃ大して変わらないと思ったんだけれど、その辺には誰も気づかなかったらしい。

 第一、暁美ほむらは今も成長期なのだ。自分を卑下するにはまだ早いと思うのだが。

 

「ま、まあそれは置いておくとしてね。織莉子さんとキリカさんの水着、なんだか格好いいよね。スポーツ選手の人みたいで」

「そうだね、まどか。呉さんはそういう運動とか得意そう」

 

 暁美ほむらの言葉には、僅かながらも羨ましそうな気配が有った。

 魔法で底上げしているとはいえ、元の身体能力はかなり低い部類なのだ。悪魔と化した事で肉体すら変質していたが、それでも元が病弱な少女だった事実は曲げられない。

 でも、少し嬉しげな様子も有った。だって、そういう『守られる側』であったからこそ、暁美ほむらは鹿目まどかという名前をした、自らの全てに巡り会えたのだから。

 

「ふふ、わたしだって、全然運動は得意じゃないんだよ、ほむらちゃん」

「私よりは良いよ。素の状態じゃ、ちょっと走っただけで息切れしちゃうから」

「大丈夫だよ。ほむらちゃんが倒れそうになったら、わたしが支えてあげるね」

「うん……今度のマラソン大会、まどかと一緒に走りたいな」

「いいねっ。そうしよ!」

「……いや、まだ先じゃん。まだ真夏でもないのに、マラソンは秋でしょ。ちょっと気が早いんじゃない?」約束を交わす横で、さやかが会話に混ざっていく。

「えへへ、今から約束しておきたいんだよね、ほむらちゃん」

「うん……」

 

 まどかと、暁美ほむら。二人の浮かべるはにかむ様な笑顔が眩しい。明るすぎて、私には直視するのが難しいくらいだ。

 私が悶えていたのを見て取ったのか、さやかがクスクスと笑っていた。

 

「あはっ……あたし等は競争だよね、マラソン」

「あー……面倒だな、そういうの」やる気の無さそうな杏子は、湯の中に首まで沈めている。

「もうちょっと真面目にやりなさいよ」

「お前が言うかよ。お前が」

 

 嘲笑を飛ばして、軽く両手を握り込む。中に湯を溜めている状態だ。

 それから、杏子は素早く溜めた湯をさやかに浴びせかけた。水鉄砲を飛ばしたのだ。

 

「わぶっ……やったな、このっ!」顔に思い切り湯を浴びて、さやかは反撃を開始する。

「へへ、油断してるからだぞっ……っと!」首を軽く横に倒すだけで、飛んできた湯を全て回避していた。

「避けんなぁ!」

「効かねー。効かねぇなー!」

 

 はしゃぎ出した二人が、お湯の浴びせ合いを始めた。温泉でやる事では決して無いが、この場は私達しか使わないから、問題は無い。

 

「ふふ、さやかちゃんも杏子ちゃんも楽しそうだね」

 

 遊び回る二人の姿を、まどかは呆れ半分、楽しさ半分で眺めていた。勿論、自分自身は暁美ほむらに寄り添ったままで。

 

 これが、幸福。喜びと、楽しさだけしか、もう感じ取れない。

 ああ、これがこの世界の……愛。

 

 

 

「まみぃ……なんだかあったかいのれす……」

 

 そんな愛を体現する二人、マミとなぎさの方向から声が聞こえる。

 なぎさの声だった。普段の数百倍安らいだ、半ば溶けかけた雰囲気が有る。その顔が、熱せられて溶けたチーズの様にすら思えた。

 

「なぎさ、大丈夫?」

「はーい。だいじょーぶなのれすよ……ちょっと、リラックスし過ぎただけなのです……」

 

 膝に乗ったまま、なぎさがマミの首筋にキスをした。ただ可愛らしく愛情を示す行為であり、そこにいやらしさは欠片も無い。

 

「織莉子、あったかいね」

「それは、お湯が? はたまた私が?」

「両方さ。決まってるだろう?」

 

 織莉子とキリカもまた、温泉を堪能してくれる。二人は仲睦まじく、とても幸せそうだ。

 まどかと二人で顔を見合わせ、笑い合う。こんなにも幸せな光景を見せ付けれると、こちらまで幸福な気分になる。

 

「そういえば、来週は数学の小テストだよね。ほむらちゃんは大丈夫?」

「うん、予習はしっかり終わってるよ。まどかは?」

「……助けてね、ほむらちゃん」

「勿論、まどかさえ良かったら、頑張って教えるね」

「良かったぁ。断られちゃったら、赤点になってたかも……あ、さやかちゃん!」

 

「んっ……何、まどか?」

 

 杏子と遊んでいたから、話を聞いていなかった様だ。

 

「今度の数学のテストなんだけど……」

「うぐはっ……! い、いまここでその話か……!」

 

 『テスト』という単語を聞いた瞬間、さやかが膝の上に顔を伏して、唸った。数学で撃沈している様だ。円環の理なのに。

 円環の理の代表にして女神であるまどか自身も、数学の前には撃墜寸前にまで追い詰められるのだから、仕方が無いだろうが。

 

「さやかちゃんも大変なんだね。えと、杏子ちゃんも準備はしてないよね?」

「あたしは端から諦めてるから問題無いね」あからさまに、杏子が得意げにしている。

「そ、そうなんだ……ふぅ」

 

 まどかが安堵した様子で息を吐いている姿を、私は見逃さなかった。自分と同じくらい数学が苦手そうな二人の態度を見て、『二人よりは良い点が取れるかも』と思ったらしい。

 そういう問題ではないと思うのだが、気のせいだろうか。いや、まどかが納得しているなら、それで良いんだろう。

 

「ほーんとうらやましーよ、ほむ魔。あんたリアル『試験も何にも無い』生活だしさー」

「だって私、必要な知識は勝手に頭へ浮かんでくるんだもの。別に貴女達と付き合っていくのに勉強は必要無いし」

 

 さやかの羨ましげな言葉に返事をしながら、流れてきた籠から温泉卵を一つ取って、食べる。うん、美味しい。まどかにも渡しておこう。

 

「はい、まどか」

「んっ、ありがとう」

 

 スプーンとお皿を空間操作でまどかの家から持ってきて、卵と一緒に手渡す。

 味付けに使えそうな物も一式準備してあるので、まどかの表情の変化次第で渡せる様にしておいた。

 そこで、まどかは受け取った卵を口の間に挟んで、少しだけ上を向いた。どこかで見た格好に暁美ほむらが反応し、若干慌てる。

 

「ま、まどか。喉に詰まっちゃうかもしれないから……」

「えへへ、ほむらちゃんのものまねー」

 

 流石に歯で卵を噛み砕く気は無かったのか、まどかは普通に卵を割って、お皿の中へ入れた。

 

 勉強する必要が有るとすれば、まどかの幸福の為に必要な場合だ。例えば、まどかが『一緒に勉強しよう』と言ってくれた時など。

 

「あー、ほんとうらやましーなーもう。あたしも円環の理の鞄持ちなんだしさぁ。やっぱまどかの家に居候する妖精的な立場の方が良かったかも……」

「人間としての生涯を終えるまでは、円環には戻らないんでしょう?」

「いやだって、学生やってると勉強がさ」

「そんな事言いつつ、さやかだってその気になれば勉強要らずでしょうに」

 

 円環の理なんだから。

 まあ、人間としての生をもう一度歩むと決めたなら、そういう手段は使えないか。不便な物だ。

 大体、人間社会に関わる気のない私が、勉強をする必要が何処に有るのか。

 

「あっ……良い事を思いつきました。数学を誰よりも簡単に教えてくれるし、とても効率的で簡単な計算方法を教えてくれる……」

「え、それってまさか。ほむら?」

「キュゥべえに頼むんです。ほら、奴らはそういうの得意そうですよね」

 

 名案だと言いたげに暁美ほむらが微笑む。だが、それを素直に受けてキュゥべえに頼み込む人が世の中にどれだけ居るだろう。

 確かに正確性は誰よりも信用の出来る相手だが、あれに教わるくらいなら、教本でも買って読み込んだ方が余程楽だと思う。何故なら、彼らの優れた知識を得た所で、中学の数学の役に立つ可能性は高くないのだから。

 

「いや、キュゥべえに頼むくらいならマミさんか織莉子さんを頼るよ」

 

 さやかも分かっているのだろう。首を振って、拒否している。

 

「あら、私や暁美ほむらには頼まないの?」

「あんたらはまどか以外には割と厳しそうだもん。間違えたらあざ笑われるイメージが有るし」

「大当たりよ。よく分かってるじゃない」

「何でだろう……美樹さんの言う事、結構酷いのに……否定できない気がします」

 

 さやかの言う通りだ。まどかに教える時とさやかに教える時を比べるなら、教え方も教える態度も、間違いなくまどかに対する方が優しく、かつ丁寧に出来る。

 これは、きっと暁美ほむらも同じだ。まどかとそれ以外の存在は、私達の中で天と地以上の差が有る。例えさやかでも、それは変わらない。

 

「っんく……さやかちゃん、ならわたしと一緒に勉強しようよ。これなら、ほむらちゃんも一緒に教えてくれるし……」

「ぅー! ありがとう、やっぱまどかは優しいなぁ……!」

 

 温泉卵を食べ終えたまどかの言葉に感動する余り、さやかは号泣するフリをした。

 テストは、もうすぐに迫っている。

 だが、今からちゃんと勉強すれば普通の点くらいは取れる筈だ。テストの成績は大して『まどかの幸福』に影響する物ではないので、低く過ぎず高過ぎない程度の点数が有れば十分だろう。

 頭の中で、放課後にまどかへ教える内容を考える。まどかが辛くない程度の、適度な授業内容と授業時間を設定し、普通の点を取れる状態へ持っていく計画を立てる。

 そうしていると、まどかはマミの方を一瞥して、何か思い付いた様子になっていた。

 何を考えているのか。そう思って顔を覗き込んでみると、彼女は笑いながら私と暁美ほむらの肩を叩いた。

 

「ねえ、ほむらちゃんと、ほむ魔ちゃん」

「何かしら」

「ちょっと、やってみたい事が有るの。しても良いかな?」

 

 具体的に何をするのかは言わないまま、まどかは尋ねてくる。内緒にしたいんだろう。

 なら、私は先を読んで行動する気はない。特に悪い予感もしない為に、普通に受け入れる。

 

「? ええ、構わないけれど……暁美ほむら、貴女は?」

「勿論、まどかがやってみたいなら、良いよ」

 

 暁美ほむらもまた、まどかの行動を受け入れる。

 特に悪い事ではないだろうが、何をしてくるのだろうか。期待半分にまどかを見つめていると、彼女は暁美ほむらの両脇に腕を突っ込んだ。

 

「ひゃっ……!」

「ごめん。じっとしててね……よっと」

「えっ、あっ……」

「それで、このまま……」

「まどか……何を?」

「ほむ魔ちゃんも、動かないでねー……うん、いいよいいよ」

 

 『それ』を終えて、まどかは満足げになった。とても幸せそうにしてくれて、私は自分の存在意義が満たされた事に感動を覚える。

 ……が、それどころではない。そんな物は問題ではないのだ。

 

(どうしてよ……)

(ねえ、なんで……)

 

 暁美ほむらと私の間に奇妙な繋がり……テレパシーにも似た言葉のやりとりが発生した。

 原理も発生理由も不明の現象だが、そんな事はどうでも良い。むしろ、もっと重要な事が有る。

 この、状況だ。まどかが行った『それ』についてだ。

 

 私達の姿を見て、マミとなぎさは「ふふふ」と笑っていた。

 さやかと杏子は呆れからか、乾いた笑いを溢れさせている。

 織莉子とキリカは「私達もやってみようか」と口にして、同じ真似を始めていた。

 

(一体……)

(どういう意味が有って……)

 

 そう、これはまどかがやりたいと思った事だ。だからこそ、予想外過ぎる状況に、私達はパニックを起こした。

 

 

 

(私の膝に、まどかが乗っているの!?)

(まどかの膝に、私が乗っているの!?)

 

 

「ほむらちゃん、ほむ魔ちゃん。二人ともすっごく肌もスベスベで、包まれてる感じが凄く良いよ……」

 

 

 暁美ほむらを膝に乗せて、まどかは私に膝を乗せている。

 暁美ほむら、まどか、私。そういう形での『ほむらちゃんサンドイッチ』が完成していた。前はパジャマだったが、今度は全裸だ。しかも座った状態であり、背中やお尻の感触が直に感じられる。

 まどかの香りが、まどかの胴体が、まどかの肌が、まどかの心が……まどかの全てが、私に預けられている。

 

「ど、どうしてこんな事を?」

「マミさんを見てたら、ちょっと羨ましくなっちゃって。駄目、だったかな」

「いええっ? む、むしろいい気分だよっ」

「そう、そうね。そうよ。ふふ、ふふふふふ」

 

 マミがなぎさを膝の上に置いている所を見て、真似をしようと思ったらしい。

 しかし、ただ暁美ほむらを膝の上に乗せるだけではない。私の膝に乗る事で、完璧な状態を作り上げたのだ。

 何が完璧なのか? それは気にしない事にする。

 暁美ほむらは茹だった蛸より赤くなり、私の全身からは痙攣が止まらない。

 私の震えを何だと思ったのか、まどかが心配そうに声をかけてくれた。

 

「あっ……ほむ魔ちゃん。重い?」

「あ、安心しなさい。私はAKEMI HOMURA。心配しなくともまどかのお尻の感触だって平気、そう、柔らかであったかくてふにふにの肌が直接私に乗っていて気持ちが良いけれど、そんな事では狼狽えない。ええ、狼狽えない」

 

 パニックを起こしているからか、まともな返事が出来なかった。

 しかし、そんな焦りは見事にまどかへと伝わってしまった。彼女は一気に小悪魔めいた表情となり、私の肩や首筋に手を回す。

 

「そっかぁ……わたしのお尻、良いんだね。じゃあもっとしてあげるねっ」

「ちょ、まってまどひゃっ!」

 

 まどかから掛けられる重みが増加し、柔らかな感触は更に強烈な物となった。

 適度な肉感がたまらない。それに、もう少し座る位置がズレてしまった場合、取り返しの着かない部分に私の太股が触れてしまう危険が有る。

 どうすれば良いんだ。一体、何をどうしたら良いんだ。完全に思考の迷路に入り込んでしまう。

 そこへ、暁美ほむらからパニック気味のテレパシーが送られてきた。

 

(ど、どうすればいいのほむ魔。まどかの、まどかの身体が私に当たってて……)

(そ、それはこちらの台詞よ。まどかの背中が……ああ、身じろぎしないでまどか。座り心地の良い場所を確かめなくて良いから)

(っい、いまふにって。まどかの胸が背中に当たって、ふにって……)

(お、落ち着きなさい。落ち着くのよ暁美ほむら。暁美ほむらでしょう貴女は。まどかが喜んでくれてるんだから、私達も喜びましょう。喜ぶのよ)

 

 そうだ、まどかが楽しんでいるのだから、私達はそれを素直に受け入れなければならない。例え胸や尻の感触で精神を蝕まれたとしても、やるべき事は同じだ。

 何とか意志を呼び覚まし、私と暁美ほむらは平静さを取り戻そうと必死になる。

 が、そうもいかなかった。思考しようと努力する中でも、余りにも近過ぎる為に、まどかの吐息が聞こえてしまう。

 

「んっ……ふっ……」

 

 それを耳にした瞬間、数百の落雷に一気に襲われた気分にさせられた。

 

(ね、ねえ。今の声何。まどかの艶っぽくて気持ちよさそうな、今の、何。何なの)

(だ、大丈夫。きっと。多分、ちょっと貴女の背中にその、まどかのその、それが当たっただけだから)

(大丈夫じゃないよ、大丈夫じゃないわ。どうしろっていうのこれ……私はどうすればいいの……)

 

 そんなの知るか、私が聞きたい。そう返しそうになってしまう。私は、まどかの愛らしすぎる肉体に乗られているのだ。全身で彼女を感じている以上、思考が揺れてしまうのも無理はない。

 何とか、まどかのお腹に腕を回そうとしてみる。子供っぽさの残る腹部の感触は恐ろしい程に柔らかく、内臓の動く音すら愛おしく感じられてしまう。

 何とか冷静になろうとしたが、これは無理だ。誰か助けて欲しい。これはどうなってるんだ、どういう状況なんだ。

 

(暁美さん。リラックスして、鹿目さんに全てを預けるのよ。そうすればお互いに気持ち良くなれるわ)

(そうそう。ほむ魔も、まどかをしっかり受け止めていれば良いんだよ。愛する人の椅子になれるなら死ねるよ、私ならね)

 

 マミとキリカ、二人がテレパシーを使って、私達にアドバイスをくれた。

 普段は年上の印象なんか全くないキリカだけど、この時ばかりは先輩の威厳に満ちている気がした。

 

(あ、ありがとうマミ。ありがとうキリカ……)

(貴女達こそ最後に残った道しるべよ、ありがとう。ありがとう……)

 

 二人揃って素直にお礼を告げて、まどかの感触に身を委ねる事にする。鹿目まどかという存在の全てが暴悪なまでに思考へ直撃して、私達の理性と知性をドロドロに溶かしてしまうのだ。

 全裸の三人が絡む姿は、端から見るとどうなるのだろう。気恥ずかしくもあるが、それ以上にまどかの紅潮した頬の色が魅力的過ぎて、全てがどうでも良くなりそうだ。

 

「ふ、ぁ……えへ」

 

 酔った様なまどかの声が聞こえる。

 彼女自身も、自分が行った事にパニックを起こしているんだろう。何を思ったのか暁美ほむらの胸を揉みだしたり、何の弾みか背中に少しだけ舌を這わせている。

 その度に「ひゃわ!」だの「ひうっ」だのと、暁美ほむらが変な声を漏らして、真っ赤になった顔を隠していた。

 ……私も、まどかの胸を揉んだり背中を舐めたりするべきなんだろうか。友達同士のスキンシップというには少々過激だと思うのだが、さてどうしよう。

 どうしようかと考えてみても、答えは少しも出てこない。

 身体全体でまどかを感じすぎて、このAKEMI HOMURAの肉体が崩れそうになる。何という柔らかさか、何という暖かさか、何という……何という、艶やかさか。

 鹿目まどか、その存在の凄まじさは、人間の状態であっても圧倒的だった。

 




温 泉 回

 はい、温泉回です。サブタイトルは『未知なるカダスを夢に求めて』です。……まあ、私はクトゥルー神話はロバート・ブロック派なんですけどね。あ、ダーレスも大丈夫。四元説はちょっとナンセンスかなと思いますけど、クトゥルーの水属性とナイアーラトテップの地属性が特に。
 ところで下世話な事かもしれませんが、本作の胸の大きさは……
 マミ≧織莉子>さやか≧キリカ>杏子>壁>まどか>ほむら=ほむ魔>なぎさとなっております。基本的に胸の大きさを気にする様な暁美さんではないのですが、まどかが絡むと色々コンプレックスが出てきたり、落ち込んだりして、表情と感情が豊かになります。
 後、この温泉はまどペンで出てきた物と同じお湯が遣われています。場所はほむ魔の作った空間なので、見かけは全く異なりますが。
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