使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
廊下の前に立って、私は少しの緊張と共にホームルーム中の先生の話を聞いていた。
「男女関係とか恋愛関係とかもう沢山ですし、このまま四捨五入して四十歳なんて言われるくらいなら、もういっそ何もかもおしまいになっちゃった方が……」
担任の先生の声は、何だか暗い。聞いた感じだと、彼氏さんと別れたみたいだ。
私は今まで男の人とお付き合いをした事が無いから、気持ちは余り分からない。けど、大好きな人を嫌いになっちゃったり、別れたりするのは、きっと辛い事だと思う。
少しズレた眼鏡の位置を、軽く手で戻す。
ガラスに写る自分の顔を見て、ちゃんと三つ編みになっているかを確認しておいた。転校初日なんだから、あんまりみっともない姿は見せたくない。
「はいはいそれから、今日は転校生を紹介しますっ。暁美さん、いらっしゃい」
担任の……確か、早乙女先生が私を手招きする。その招きに応じて、私はドアを開けた。ガラガラ、という音を立てて開き、教室へ入る事が出来る様になる。
最初の一歩を、出来るだけ緊張しない様に踏み出す。
教卓まで歩いていく中で、瞬く間に視線が私に集中した。ちょっとだけ胸の奥が重くなり、指先が痺れる様な感覚がやってくる。
それでも、胸を張って頑張らなきゃいけない。だって、私はこれからこのクラスの一員になるんだから。
早乙女先生が黒板に私の名前を書いていく。それを一瞥してから、教卓の前に立った。
向けられる視線は更に強くなり、思わず震えてしまいそうになる。けれど、自信を持って、声が震えない様に挨拶を口にした。
「暁美ほむらです。どうかよろしくお願いします」
静かに頭を下げて、クラスの皆さんの顔を見てみる。
大半の人が私に向けるのは、好奇心とか、そういう視線だった。当たり前の事だけど、突然の転校生だから、みんな興味を持つだろう。
「暁美さんは、心臓の病気で……」
早乙女先生の話を聞きながらも、クラスの皆さんの中で、私に対して興味以外の反応を見せている人達が居る事に気づく。
そんな視線を送ってくれる人が、四人居る。
『青くて短い髪の人』と『赤くて長い髪の人』は、私に向かって優しげな目を向けてくれていた。
明るくて、良い人そうだと思った。困った時に助けてくれそうな、そんな感じがする人達だ。特に赤い髪をした人は頼りがいが有りそうで、話をしたい気持ちになる。
クラスの人達の中でも、何だか話しやすそうな二人だ。そう思いながら、私は他の人に意識を移す。
『長くて綺麗な黒い髪をストレートにした人』が、私を静かに見つめていた。とても美人だけど、どこかで見た様な気がする。何だか怖くて、あまり近寄りたくない。
だって、私の顔へ向けられた瞳はまるで実験室のモルモットでも見る様な物で、凄く嫌な感じがしたんだ。
怖くて、目を逸らしてしまう。
私に向かって興味以外の視線を送っている人は、最後にもう一人居る……『桃色の髪をポニーテールにした女の子』が。
その人と目が合った気がした。
第一印象は、『優しそう』だ。顔立ちも雰囲気も穏やかで可愛らしく、一緒に居ると心が温まりそうだと思う。
ただ一度顔を見ただけなのに、胸の奥で何かが高鳴った。こんな気持ちになるのは、初めてだ。まるで一目惚れしたみたいだな、なんて事を考えてしまう。
そして、あの桃色の髪をした人が、私に向かって微笑んだ。
「っ……!」
「暁美さん? どうかしたの?」
「あ、いいえっ……何でもありません」
心配そうな早乙女先生に、何とか問題無い事を告げる。
でも、内心は動揺で一杯だった。
あの顔を見て、ただ微笑みかけられただけで、胸が締め付けられる様な心地になったんだ。
ただ、一緒の教室に居るだけの、初対面の人。なのに、私は思うんだ。あの人と同じ空気を吸って、同じ場所を共有出来る、それはとても幸せな事だと。
もう一度、まどかの顔を見てみる。やっぱり笑ってくれた。私も、笑い返す。
まどかが、私に笑いかけてくれる。それだけで、緊張が解れていった。
……まどか?
桃色の髪の人は、鹿目まどかという名前、だと思う。初対面の、名前なんて知らない相手の筈なのに、顔を見つめただけでフルネームまで分かってしまった。
どうしてなのかは、分からない。けど、あの人は確かにまどかだ。
「皆、仲良くしてくださいね?」
「はーい!」
早乙女先生やクラスのみんなの声が、どこか遠くに聞こえた。
世界が私とまどかの二人だけになってしまった様な気さえする。他の物は何も価値の無い、ただの鉄屑になってしまった気さえする。
ううん、一番価値が無いのは、きっと私だ。私こそ、何の価値も無い。少なくとも、まどかと比べるなら、何の価値も無い。
「あの、暁美さん?」
「あっ……ごめんなさい、先生」
早乙女先生の声で現実に意識が戻った。今はホームルーム中で、私は転校生なんだ。考え事でボウっとしていたら、嫌でも目立つ。
「大丈夫? えっと……席は、鹿目さんの隣が空いてるわね。さあ、あそこに座って?」
「は、はい」
早乙女先生の指示に従って、私はまどかの隣まで歩いていく。一歩、また一歩近づくだけで、心が喜びで跳ねた。
ただ、まどかに近づいていく。それだけで全身が幸福感で支配される気さえする。転校してきたばかりなのに、私はもう自分自身がこの教室に居るのが自然だと思えた。
だって、私の目の前にまどかが居るんだ。どうしてそれが理由になるのかは、私にも分からないけれど。
やっと椅子の前に辿り着いて、私はゼンマイ仕掛けの機械かと思うくらいぎこちない動きで椅子に座る。隣に居るまどかは小さな声で笑いつつも、私なんかに声をかけてくれた。
「ねえ、暁美さん?」
「え、ぅ……は、はい」
「そんなに緊張しなくても良いよぉ。それにしても、ふふ、ほむらちゃん、何だか格好いい名前だよね」
「い、いえ。私はっ」
そんな事は無い。名前負けしていると、ずっと前からそう思ってる。そういう意味の事を言おうとしたが、無理だった。
だって、まどかは私が何かを言うよりも早く、私の手を取って、満開の華より綺麗に微笑んでくれたんだ。
「わたし、鹿目まどか、よろしくね?」
「う、うん。私は暁美ほむら。えと……ほむらで、良いよ? よ、よろ、よろしくねっ、まどか」
互いの名前を告げ合うだけの、単純な挨拶をする。ただそれだけだった。相手の性格や趣味が分からないから、話があまり広がらない。
「さて、転校生の暁美さんも紹介した所で、ホームルームの続きをしますよー」
それからすぐにホームルームが再開されてしまって、顔を黒板の方に向ける。
まどかと話をするタイミングを失ってしまった。その事が何だか凄く残念で、つい横目で彼女の顔色を窺ってしまう。
まどかは、ホームルームが始まっても私の顔をじっと見つめていて、どこか心配そうな、強い暖かさを感じさせる表情となっていた。
+-----
ホームルームからの、一時間目がやっと終わった。
教科は数学で、見滝原中学の授業は結構難しかったけど、着いていけない程じゃなかった。事前にしっかり予習をしておいたから、それなりに理解出来たと思う。
むしろ、隣に座っているまどかの方が大変そうな顔をしていた。当てられた時なんて、真っ青になっていたんだ。その顔を見ていると胸が苦しくなって、思わず、答えを教えてしまった。
「さっきはありがとう」
授業を終えた喜びからか、若干弾んだ声でまどかがお礼を言ってくれた。
「助けてくれたよね、ほむらちゃん」
「その、う、うん」
「本当に、すっごく助かったよっ!」
そんな風に言われるだけで、涙が出そうなくらい嬉しい。目の前の少女を、僅かにでも助けられた。その事実が途方も無い喜びを私に与えてくれる。
「ほむらちゃん。頭良いんだね、良いなぁ。わたしは全然分からない所ばっかりで……」
「そんな事無いと思うよ、鹿目さん。私も、予習を頑張ってるだけだし……」
「うーん、わたしも予習くらいはしてるけど……でも、ちゃんと勉強できる、っていうのも凄いとわたしは思うよ」
どこか羨ましそうなまどかを見て、私の口からは勝手に言葉が溢れ出す。
「あの。え、えっと……良かったら、今度一緒に勉強とか、してみませんか?」
「え? ほむらちゃんと?」
「はいっ……」
少しばかり戸惑った様子で、まどかは考え込む仕草を見せた。
会ってまだ一時間しか経っていないのに、一緒に勉強しようなんて誘うのは、急ぎ過ぎたかもしれない。段々不安になってきてしまう。
もしかして、迷惑だったか。胸が苦しくなってきた。心が痛んで仕方が無くて、まどかの返答を聞くのが怖くなってきた。
だから、なのかもしれない。私達の会話を聞いていた黒い髪をした女の子が近づいて来る姿を見て、私は恐怖より安堵を覚えてしまった。
「まどかの勉強なら、私も参加させて貰うわ」
黒い髪の女の子は、近くで見るとより綺麗だった。真っ白い肌と滑らかな髪が輝いている様にすら見えて、その顔からは怜悧な感じがして、思わず見とれてしまう。
「まどか、良いかしら?」彼女はまどかに一言声をかけると、私の方へ目を向ける。
寒気がした。やっぱり、人間扱いされている気がしなくて、目を逸らしたくなる。けれど、向こうは私の反応なんか気にもせず、ただ冷たい声音で私に話しかけてくる。
「はじめまして、暁美ほむらさん。私は、暁美ほむら。ほむらで良いわ」
その名前を聞いて、思わず声が出そうになるくらい驚いた。
「えっ……あなたも、暁美ほむら、なんですか?」
「ええ。いわゆる、同姓同名ね」
楽しげに笑いつつも、黒い髪の……暁美さんが頷いた。
私と同姓同名で、髪も同じ黒色だ。背丈も殆ど同じくらいだと思う。だけど、私なんかよりずっと格好良くて、見た目も雰囲気も羨ましいくらい『クールな美少女』だ。
「暁美ほむらです。同じ名前だけど、えっと……よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
軽く片手を出してきて、私の手を握る。口元に笑みを浮かべて、表情の中に柔らかな物を宿してくれた。
肩の力が少しずつ抜けていく。モルモットや玩具を見る目なんかじゃなくて、私の事をちゃんと見てくれている事が分かったからだ。
そんな風に内心で喜びを覚えている私に、新しい驚きがやってくる。
(同じついでに、これも同じよ?)
テレパシーで言葉が送られてきた。
背中に電流が走る様な衝撃を覚えた。こんな事が出来る存在を、私は一つしか知らない。目の前の暁美さんが『それ』だと分かった時に私が感じたのは、強い驚きと、同類が居た事に対する喜びだった。
(あ、魔法少女……!)
(その通り。ちなみに、まどかも魔法少女よ)
思わず、まどかの顔を覗き込んでしまう。
急に見つめられても、まどかは驚きも嫌がりもせずに、小さく笑って答えてくれた。
(魔法少女同士、色々と話しておかなきゃいけない事が有るわね。そうね、後で屋上に行きましょう)
(屋上……ですか?)
(駄目かしら?)
(あ、いや。そういう訳じゃないんですけど……)
最初の怖い印象は何とか拭えたけど、人気の無い屋上で二人きりになると思うと、不安な感じがどうしても強くなってしまう。
そんな私の気持ちを理解してくれたのか、暁美さんは「ああ」と言葉に出してから、朗らかな調子のテレパシーを送ってきてくれた。
(ああ、そういう事。大丈夫よ、まどかも一緒だから。そうよね、まどか?)
(うんっ。だから、心配しなくても良いんだよ?)
(は、はいっ! じゃあ、詳しい話はお昼休みの時に……)
まどかの言葉で、不安は完全に消える。
むしろ、まどかと一緒に居られると思うと、とても明るい気持ちになる。今日会ったばかりの相手なのに、私はすっかりまどかに気を許し、心の底から信頼を抱いていた。
「まどかは良い子でしょう?」
私の気持ちを読み取ったかの様に、暁美さんが告げて来る。
「はい。まどかは素敵な人ですよね」
「そうね。そう判断して当然よ。まどかを悪く言える奴なんて、この世界には存在しないわ」
太鼓判を押し、暁美さんは『ふわり』と微笑んだ。まどかを想う心に溢れる、素晴らしい表情だ。
確かに、まどかは本当に素晴らしい良い子だと思う。こんな私に優しい笑顔を見せてくれて、それだけでも十分過ぎるくらいの幸福感を与えてくれる。
私は、暁美さんに対して強い共感を覚えた。まるで私達が同じ人間になったみたいで、向こうもきっと同じ事を考えたんだと思う、私の顔を見て、小さく頷いていた。
「ほむらちゃん、二人ともお似合いだね。すぐに仲良くなっちゃって……良いなぁ、わたしも二人と仲良くしたいなぁ」
「大丈夫よ、まどか。私が心から深い関係になりたい相手は、貴女だけだから」
「え、えっと……私も、まどかと仲良くなりたいですっ」
私達がまどかに声をかけたのは、殆ど同時だった。言葉の内容も殆ど一緒で、きっと内心も同じだったと思う。
そんな私達の間の共感を見て取ったのか、まどかは目を丸くしながらも、声をあげて微笑する。
「えへへ、ほむらちゃん。二人とも優しいんだね」
そう言ってから、まどかは何故か考え込む仕草を見せた。
「んー、『ほむらちゃん』だと名前一緒だから分かりにくいよね……うん、メガほむちゃん! これで、どうかな?」
「私も、この間まで眼鏡だったわ」
「でも、今のほむらちゃんはそういう感じじゃないからね……そういうあだ名とか、良いなって」
「メガほむ……」
急に付けられたあだ名を聞いて、噛み締める様に付けて貰った名前を口にする。
悪い気はしなかった。むしろ、まどかにあだ名を付けて貰った事が嬉しくて、舞い上がってしまいそうだとさえ思う。
「あ、気に入らなかった? じゃあ、えっと」
「あ、いいえっ。むしろ嬉しいっていうか……鹿目さん……じゃなくて、まどかとは、初対面じゃない感じがして……」
むしろ、ずっと前からまどかと会う事を心待ちにしていた気がする。
それを聞いたまどかは、私を気持ち悪がったりはせずに、心から嬉しそうな表情を見せてくれた。
「うん、私もそうだよ。メガほむちゃんの事、ずっと会いたかった気がするの。変だよね、初めて会うのに」
「何だか、出会う事が運命だった様な……そんな感じがします」
「そうだね。えへへ……」
まどかと私は互いの顔をしっかり見て、思い切り笑い合う。私達の間には、まるで、昔からの友達みたいに慣れ親しんだ空気が漂っている気がする。
「さ、次の授業時間よ、準備をしないと」
そうしていると、暁美さんが私達の間に入って軽く手を叩いた。
「あっ、そうだね。次の時間が有るんだったね」
慌てて、まどかは鞄から教科書を取り出す。私も急いで教科書を出しておかないといけないから、机に座って鞄を開く。
暁美さんは、私とまどかへ軽く手を振って自分の席へ座っていった。暁美さんの机の上にはもう教科書とノートが置いてあって、余裕が感じられた。
まどかと私は顔を見合わせ、クスクスと笑う。私達が慌ててるのに、暁美さんは落ち着いている。そんな所が何だかおかしかった。
「また後でね、メガほむちゃん」
「うんっ」
声を掛け合うと同時に、チャイムが鳴る。次の時間の準備は済ませたし、後は授業内容に着いていくだけ。
またまどかが困っていたら、助けられれば良いな。そんな風に思いつつ、私はしっかりと席へ座りなおした。
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授業時間も粗方終わって、もう昼休みとなった。
英語の授業でこっそりまどかに助けられたり、歴史の授業ではひっそりとまどかを助けたり、転校初日の授業は全部楽しかったと思う。
後は体育と現代文だ。上手く走れるか少し不安に思ったけど、まどかと一緒なら何でも出来る気がする。
「さて、と。紹介するね、メガほむちゃん」
鈴の音よりも綺麗に響くまどかの声を聞き、意識を集中させる。
約束通り、私達は屋上に来ていた。暁美さんや、同じクラスの美樹さんと佐倉さん、それに、私の知らない三年生の人も来ている。
五人の魔法少女。まどかが冗談めかして『ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット』なんて言っていたのを、私はしっかり覚えていた。
「こっちが、もう休憩時間に話したよね? さやかちゃんと杏子ちゃんだよ」
まどかが片手を出して、美樹さんと佐倉さんを紹介する。青と赤、長髪と短髪。何だか、抜群に噛み合った組み合わせだと思った。
「よっ、転校生。これからよろしくね」
「ああ、よろしくな、メガほむ、で良いんだったか?」
「あ、えっと……はい」
ちょっと乱暴な佐倉さんの話し方に、少し気後れを感じてしまう。
それを理解してくれたのか、美樹さんが眉を顰めて、隣にいる佐倉さんの頭を軽く叩いた。
「杏子、もうちょっとフレンドリーに行こうよ。メガほむ、何だか怖がってるっぽいし」
「良いじゃねえか。まだこれからだろ、これから」
「だ、大丈夫です。怖くないです、佐倉さん、優しそうだし……」
口調はちょっと乱暴だけれど、とても良い人だという事は、休憩時間に少し話しただけでも分かっていた。不思議な物で、何だか昔から知っている様な気がするんだ。
頼れる感じがして、少し距離を取った状態でなら、凄く仲良く出来る人だと思う。しかも、性根は素直な人なのか、私の言葉を聞いて顔を赤くしているのも好印象だ。
「だってさ。良かったね、杏子」
「……こっぱずかしい事を面と向かって言いやがって」
私の事を少しだけ睨んでいたけれど、全く怖くなかった。むしろ、思わず笑ってしまいそうになるのを誤魔化さなきゃいけないくらい。
とっても楽しい気分にさせてくれて、感謝したい気持ちだった。この人達のお陰で転校初日の緊張感はすっかり無くなり、しかも新しい友達が出来た喜びで心を一杯にしてくれたんだ。
「ふふっ、転校生は良い子だねぇー……」
気持ちを軽くしていると、美樹さんが朗らかで穏やかな微笑みを浮かべてくれた。何だろう、その、暖かく、かつ優しそうな顔は。
「まあ、あたしと杏子の事はここまでにして、ほら、マミさんの紹介っ」
「あ、うんっ。えっとね、こっちに居る人が、わたし達の自慢の先輩兼友達、みんなのマミさんだよ」
さっと手を振って、まどかが黄色い髪をロールにした人を指している。
暁美さんとはまた違う意味で、とっても綺麗な人だった。顔立ちには品があって、すらりと伸びた四肢は細いのに力強い。それに何より、嫌でも目を引くあの胸の大きさだ。私には無い物が、この人には沢山有る。
外見も良いけど、内面もきっと素敵な人だ。落ち着きに溢れた、余裕の有る雰囲気がとても魅力的で、思わず息を飲み込んでしまう。
「そんなに誉められると、流石に照れるわね……」
照れて頬を掻く所まで、何だか茶目っ気が有って可愛らしく見える。
無くなった筈の緊張が戻ってきた。こんなに凄そうな人と知り合いになるんだ。
「巴マミよ。ふふ、仲良くしましょう?」
「はいっ。よ、よろしくお願いしますっ!」
大人の雰囲気が感じられて、思わず背筋が伸びてしまう。微妙に言葉を噛んでしまったのが恥ずかしい。
そんな私の緊張を見て取って、巴さんが私の両肩を掴んだ。
「緊張しなくて良いわ、ほら、肩の力を抜いて深呼吸……ね?」
「ふ、ぅぅっ……あ、ありがとうございます」
言われた通りに呼吸を整えると、少しだけ気分が良くなる。
楽しげに笑う巴さんは、とっても大人で格好良かった。とっても優しそうな先輩の姿を見ていると、何だか憧れてしまう。
「落ち着いた?」
「は、はい」
「なら、もう大丈夫ね? 暁美さん……いえ、メガほむさん」
改めて、私の事をあだ名で呼んでくれた。
同姓同名の暁美さんが居るのが原因とはいえ、あだ名で呼ばれるのは此処に居る人達が私の事を認めてくれている気がして、とても嬉しい。
心を躍らせていると、巴さんは私から少し離れて、続いて暁美さんが一歩前に踏み出した。
「私とまどかを入れて、見滝原中学で基本的に行動を共にしている魔法少女は、此処にいる五人で全員よ」
それを聞いて、少し混乱してしまう。その言い方だと、この見滝原中学には他にも魔法少女が居る事になるんだ。
「え、他にも魔法少女の方が居るんですか?」
「うん。でも風見野の辺りで戦ってる人だから、あんまり魔法少女として一緒に活動はしないかなぁ」
答えたのは暁美さんではなく、まどかだった。彼女は何処か別の場所を見る様な目で話すと、次の瞬間には私の顔を見つめていた。
「あの人の事は今は置いておくね? それで、メガほむちゃん。今日からはわたし達と一緒に魔法少女、してくれるかな?」
「勿論です。これから、どうかよろしくお願いします」
皆さんに受け入れられたのが、本当に嬉しい。魔法少女として、皆さん……特にまどかと仲良くやっていけるなら、こんなにも幸せな事は無い。
だから、自然と口調も丁寧な物になってしまう。すると、佐倉さんとまどかが私へ手を振って見せた。
「良いよ、改まらなくたってさ。堅っ苦しいのはやり辛れぇだけだろ」
「そうだよ、メガほむちゃん。自然に話してくれて良いのに」
「あ、その。ぜ、善処します。何だか、丁寧語が癖になっちゃったみたいで……」
思わず、オドオドと弱気になってしまった。何だか情けないな、と自嘲気味な気持ちになる。
「まあ、その辺りは次第に直っていく事でしょうね。これだけは確信しているけれど、特に、貴女はまどか相手ならすぐに打ち解けられるわ」
遠回し気味な言葉遣いだったけど、暁美さんは私を心配してくれたみたいだ。
そんな言葉で心に余裕が生まれると同時に、ちょっとした疑問が浮かぶ。
「でも、その。私、急に貴女達のチームに入って大丈夫なんですか?」
魔法少女として一緒に行動する、という事は、『ナイトメア退治』も一緒にする事になる。
『ナイトメア退治』をするには、全員がしっかり協力しないといけない。初対面の皆さんと一緒に戦うのは、やっぱり緊張してしまう。
遊びじゃないんだ、『ナイトメア退治』は。私みたいな新参が入って連携を崩してしまったら、それこそ情けなさでどうにかなってしまう。
「あー……」
「それは、ね……」
何だか、奇妙な反応が返ってきた。五人全員が、説明に困った雰囲気で顔を見合わせて、言葉に迷った様子になったのだ。
思わず、首を傾げる。よく分からないけれど、何か、私には説明の難しい事なんだろう。
なら、聞かなくても良い。そう思って皆さんに声を掛けようと思ったが、それより先に佐倉さんが私の顔を見て、どこか歯切れの悪い調子で告げる。
「そのな、この町じゃ魔法少女は活動不要だし。気楽に遊んでて良いんだよ」
「ほむ魔が一人でやってくれるもんなぁ」
「ほむ魔ちゃん、その辺りは完璧だもんね」
口々に、『ほむ魔』という名前の人の話をしている。
全員が共通して知っている人みたいだった。名前、というより、あだ名みたいだ。
全く聞いた事の無い名前だけど、何だか語幹が『ほむら』に似ている気がした。
「ほむ魔?」
「ああ、ほむ……じゃなかった、転校生は知らないんだっけ? なら、教えてあげる。あたしの友達の事だしね」
そう言うと、美樹さんは腰に手を当ててちょっとしたポーズを取り、自分の友達を自慢する様子で説明をしてくれた。
曰く、ホムリリーと呼ばれる存在の使い魔で、その目的はまどかの幸せ。
ホムリリーとはまどかの幸福へ続く銀の門にして鍵。まどかは神様にも等しい物に愛されている。世界の流れと世界の在り方そのものに干渉するという怪物的な能力の持ち主。
その使い魔であるほむ魔さんは、暁美さんと凄く似た姿をしていて、まどかが絡むと滅茶苦茶に怖い様だ。
そのほむ魔さんが見滝原を一人で守っているので、基本的に魔法少女の活動は『トレーニング』と『みんなで集まって楽しく話す』事になってしまうそうだ。
「と、まあそんな感じ。割と、いや結構悪い奴なんだけどさ、まどかが絡んだ時は特にね。それでも、あたしや杏子の友達なんだ」
「……そうなんですか」
一通り美樹さんの説明を聞いて、私は何処か空に浮かぶ様な、ふわふわとした現実味の無さを覚えていた。
なんだか、他人事の様な気がする。信じられない訳じゃないけど、漠然としていて、今一伝わってこない。
折角分かりやすく説明してくれたのに、こんな態度で良いんだろうか。多少の罪悪感は確実に覚えてしまう。
「よく分からねーって顔だな。大丈夫だぞ、あたし等もよく分かってないからな」
佐倉さんがフォローを入れてくれる。
それでも、やっぱり現実感の無さは拭えなかった。そんな途方も無い存在が身近に居ると言われたって、納得する事は出来ない。
「信じられない、って事なら、実際に見てみれば良いんじゃねーか? あいつの能力見れば、心配なんか要らないっていうのも分かるだろ」
私の心を読み取ったかの様に、佐倉さんがアドバイスを口にしている。
確かに、そうだと思った。この現実感の無さは、きっと私がこの目で『ほむ魔』という人を見ていないからだ。その人が戦う所を見たら、きっと解消される。
けれど、何か問題が有る事に気づいたのか、佐倉さんは首を大きく振って顎に手を起き、何かを考え始めた。
「あー、でも魔獣は昨日倒しちまったんだよな。じゃあ、また今度って事になるか」
「え?」
小さく呟かれた言葉の中に有った、『魔獣』という単語。それを聞いて、心臓が跳ねた。
一瞬、心臓の病気が再発したのかと思ってしまうくらいの、強烈な動揺と困惑を覚える。私達が戦う相手は、『ナイトメア』ではなかったのか。
いや、それは違う。『ナイトメア』ではなく、私達がずっと戦い続けていた物は、『魔女』。いや、それも違う。そうではなくて。
「あん? ……何か、気になる事でも有ったか?」
「えっと……魔獣、って……あ、ああ! 魔獣ですよね! 魔法少女の敵で、呪いから生まれた」
「ははっ、一体何の事だと思ってたんだよ」
佐倉さんに声を掛けられて、やっと思い出せた。
魔獣。そうだ、魔獣だ。
魔法少女が戦う相手は、ナイトメアじゃなくて魔獣。当たり前の事なのに、何故か私は勘違いをしていた。
言葉に出さなくて良かった。もし『ナイトメア』という名前を口に出していたら、恥ずかしさで悶絶してしまいかねない。
「メガほむちゃん。どうかしたの?」
「あ、ううん。何でもないよ、ちょっと混乱しただけ」
「そう? 困った事が有ったら、何でも言ってね?」
「うん、ありがとう。まどか」
優しく気遣ってくれたまどかにお礼を言いつつ、私は顔から火が出そうな勘違いを心の中だけで留めておけた事を安堵した。
自己紹介も終わった事で、皆さんは揃って同じベンチへと座っていく。そこには最初から用意されていたかの様に幾つかのマットが置かれていて、座り易い様に工夫が施されていた。
「じゃあ、まずは一緒にお弁当を食べて、転校生の暁美さ……じゃなくて、メガほむさんとの親睦会と行きましょう?」
「ま、そうだな。まずはちゃんとお互いを知らないとな」
「はいはーい! あたしも賛成です!」
巴さんが一番最初に座って、続いて美樹さんと佐倉さんが座る。
何処に座れば良いのか、迷ってしまう。そこでまどかが私の手を取ってくれて、そっと自分の隣へ座らせてくれた。
「みんな一緒だよ、メガほむちゃん。これからは、みんなで楽しくやっていこうねっ」
「……うんっ」
そんな優しい言葉に対して、私は自分の中に篭もった全ての感情を吐き出す気持ちで頷く。それは、欠片の嘘も無い、心の底から出る行動だった。
『!?』と思ってくださったなら、それはとっても嬉しいなって思います。
さて、『[新編] 叛逆の物語』開始ですよ……!
-解説-
『「男女関係とか恋愛関係とか~』
また破局か。
『変だよね~』
そうかな?
『ナイトメア退治』
さて、どうでしょう。
『銀の門にして鍵』
本作におけるホムリリーの元ネタとなった、ヨグ=ソトースの事。ランドルフ・カーターの登場する作品ではキーパーソンの一つ。
『メガほむ』
一週目から三週目までの、眼鏡ほむらを指す。本作では識別用の名前として使用。