使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
沢山の敵……魔獣が目の前に居る。
それらは大きく、不気味な雰囲気が有った。人々の呪いから生まれる、魔法少女の敵と呼ぶべき存在。鬱陶しいくらいに数が多くて、どうしても好きになれない。
沢山の魔法少女があいつ等と戦ってきた。それが使命だけど、契約したばかりの私にとっては、とても怖い相手の筈だ。
(でも、何だろう。怖くないや)
不思議と、魔獣なんか恐れる程の物じゃないと思った。
むしろ、もっと怖い物を知っている。それは、もっと深くて暗く、重苦しい絶望を背負っていた気がする。でも、それが何なのかは思い出せない。
(ま、いっか)
気にしない事にしておく。それより、今はあいつ等を倒す方が先だ。
まだ、奴らは私に気づいていない。さっさと倒してしまおう。
クラウチングスタートの格好になって、魔力をため込む。周囲に綺麗な青の楽譜が流れて、円を作り上げた。
その時、魔獣がこちらを向いた。
気づかれた! けど、もう遅い!
一気に魔力へブーストを行い、距離を詰めて、一斬。二つの魔獣が纏めて消え去る。もう一度剣を振れば、今度は三つが頭部と思わしき物を失って、消えた。
まだまだ周囲には十数体が存在しているが、その動きは手に取る様に分かる。魔獣の攻撃は単調で、全く問題無く避けられる。
全方向から、糸の様な物が飛ばされた。こちらは指揮棒にも似たナイフを片手に握り、簡単に斬り払う。ナイフを投げつけると、並んでいた何体かが滅んだ。
こちらの攻撃は確実に届き、あちらの攻撃は簡単に防げる。まさに楽勝だ。でも、油断は禁物。
「さぁて、次はどうしてくるつもりさ」
挑発してみると、魔獣は声に反応して攻撃を仕掛けて来た。予想通りの攻撃だ。
首を軽く動かすだけで避け、そのまま懐に飛び込んで突き破る。通り抜けた先に居る一体に蹴りを入れて、その衝撃で天高く跳躍する。着地先は魔獣が溜まっている場所で、一体を斬る。
斬った魔獣の残骸を足場にして、取り囲む魔獣を次々と斬る。斬る、斬る、斬る! 反撃が来るけれど、それも斬って捨てる!
斬る、斬るっ! もう一回斬る!
さあ、残り一体!
「これでっ、最後!」
最後に、背後へ剣を投げつける。少しだけ離れていたが、見事に頭部へ命中して、残っていた魔獣はあっさりと消え去った。
「終了、っと」
辺りに漂っていた嫌な気配が消えて、この場の魔獣が全滅した事を知らせてくれる。
今日の戦闘は終了だ。自分が投げた剣やナイフを消し、魔法少女としての服装を解除すると、すっかり私服姿の自分に戻っていた。
「んんっ……ふぅっ……」
大きく背伸びをして、深呼吸を一つ。
初めて、一人でこの数の魔獣を相手にした。だけど、それほど辛く無い。ソウルジェムの汚れもほぼ溜まっていないし、疲労感は一度の呼吸で消えた。
達成感が強く残る。今日の見滝原の平穏は守られたという訳だ。
でも、また現れるだろうな、とは思う。人々の呪いから生まれる魔獣は、無限に存在する。
そう、魔獣は人々から生まれる。だから、世界から呪いが無くならなければ、滅ばない。
『全ての魔獣が滅んだら、それも良いかもね』
聞き覚えが有るのに、聞いた覚えの無い声が頭の中で響いた。
「ん?」
唐突に浮かんだ言葉に首を捻る。声の調子だけは見知ったクラスメイトの物にそっくりで、だけど彼女からそんな話を聞いた事が無い。
そもそも、彼女は『普通の人間』だ。魔法少女も魔獣も知らない筈で……
「美樹さん」
「おおっ、マミさん。で、どうでした? 今日の私」
マミさんの声で思考が途切れ、意識が現実に戻る。
そういえば、今日の戦いは魔法少女としての最終試験だった。試験内容は、魔獣の群を一人で突破する事。これを達成すれば、一人前だと認めてくれるらしい。
そして、私はこの試験を無傷で終わらせた。
「ええ、もう十分に一人前よ。これならもう、心配は要らないわ」マミさんも、満足そうに頷いてくれた。
「よしっ! 合格ですね!」思わずガッツポーズが出る。
「こらこら、一人前だからって油断は禁物、油断大敵よ?」
「あはは、分かってますって」
頭を掻きながら、素直に助言を受け取っておく。
すると、私の試験を見ていた他の二人も声をかけてきた。
「はっ……私に言わせりゃまだまだだね」
「そうそう、折角だから私達全員と互角に戦えるくらいまでじゃないと、一人前なんて言えないのです」
マミさんの背後には、見知った二人も立っていた。私の家の居候兼クラスメイトと、マミさんの家に入り浸ってるチーズ大好き小学生だ。
そう、杏子は明らかに面白がっていて、なぎさは悪戯っぽく笑っている。
「むぅぅ、杏子はともかく、なぎさはまだ小学生の癖にぃっ……」
「魔法少女としては遙かに先輩なのですよ。マミより上だったりするかもしれないくらいには」
実感の籠もった台詞だけど、悪戯心が顔に出ていて説得力が無い。
この外見でも、なぎさはかなりのベテランだ。具体的に何年魔法少女をやっているのかは本人も忘れたそうだけど、かなり強いのは間違いない。
この中では一番最後に魔法少女になったのが私なので、三人とも、特に杏子となぎさは私を半人前と扱っていて、時々不満に感じる。
「マミの評価は甘いんだよなー、そりゃ甘い物ばっかり食べてればそうなるか?」
「そうなのです。マミは魔法少女なのを良い事にケーキを沢山食べるのです。私には『発育に悪いから』なんて言ってチーズケーキを週に一つしかくれないのに!」
「そうやって油断してると、いずれ太るよな。あたしは身体動かしてるから大丈夫だけどさ」
何時の間にか、話題がマミさんの方向に行っている。
「ま、マミさーん」恐る恐るマミさんの顔を見てみると、その表情は凄く綺麗な笑顔だった。が、微妙に怖い。
今のマミさんは、魔獣を打ち抜く時の目をしていた。
「……ふふっ、大丈夫よ。ちゃんと栄養のコントロールはしているわ」
「なら、小さくて可愛いなぎさにもチーズクレクレ、なのですよ。カマンベールなのです、マスカルポーネなのです。私に分けてくれないと、罰として胸に行く栄養がお腹に行くかもしれないのです」
「……マミは太ってから後悔するタイプだよな……ま、今は良いさ、今はな。だけど、将来は……」
二人ともマミさんとは昔からの知り合いだからか、言葉に遠慮が無い。
それでも地雷を踏み抜いたのか、マミさんはニッコリ笑って持っているマスケット銃を撫でた。
「佐倉さん、なぎさ。そういう事を言ってると、貴女達の分のチーズケーキが偶然、そう、偶然売り切れてしまうかもしれないわよ?」
「ごめんなさい」
「もう言わないのです」
杏子となぎさが全速力で頭を下げた。
二人とも、味覚が子供っぽい上にお菓子が大好きだから、それを取り上げられそうになると、すぐに素直になる。
「よろしい。二人にもちゃんとケーキを用意するわよ」
「おおおっ! そういうマミが大好きなのです!」嬉しそうに、なぎさがマミさんへ抱きついた。
「私は、マミのプロポーションが完璧だという事を知っているのです! だから私にチーズをよこすのです! さあ早く!」
「……なぎさは凄く現金ね……将来が心配になるわ」なぎさの頭を撫でながら、マミさんは複雑そうに笑っている。
そんな姿を眺めていた杏子が、何故か私から顔を背けて、小さな声で呟いた。「でもま、さやかは伸びると思ってたけどな」
とても意外な発言に、私は少し驚いた。杏子がそんな事を言うなんて、明日はワルプルギスの夜が来るのかもしれない。
……『ワルプルギスの夜』って、何だっけ?
まあ良い、それより杏子の顔を見てみる。
「杏子にしては珍しい発言だね。さては、やっとさやかちゃんの強さを認める気になったな?」
「うっせ。けど、昔の私よりは確実に強いさ」
背を向けて、後ろで腕を組んでいる。
顔を見られない様にしているけど、落ち着きのない足下が恥ずかしそうに揺れている。どう見たって照れ隠し。素直じゃないけど、とっても可愛い奴め。
此処は、肩を叩いて頬をつつくべきかもしれない。
手を近づけながら、意識を逸らす為に会話を続ける。
「それって何時頃の話よ」
「幻覚魔法を使えた頃の話だよ」
茹だった頭に冷水をかけられた。
手が肩に届く途中で止まって、口を自然に閉ざしてしまう。
「……」
「ま、あの頃の私はまだまだ半人前だったしな。やっと半人前から一歩踏み出したさやかよりは、弱いよね」
杏子は気づかずに、独り言の様な事を口にした。
でも、聞くまでもない。私は、杏子が本来持っていた魔法を使えなくなった理由を知っている。
「あ、その」
「良いって、あたしが勝手に話し出したんだから……あれ? この話、前にした事有ったっけ?」
気にするな、そう言わんばかりに手を振りながらも、杏子は尋ねかけてきた。
気を取り直し、記憶をひっくり返してみる。しかし、杏子から『この話』を聞いた覚えがない。
「聞いた事……有ったっけ?」
「おいおい、さやかが分からないんじゃ、どうしようもないだろ」
「うーん、でも私は知ってるよ。杏子の昔の話」
「じゃあ、あたしが話したんだろうな」
勝手に納得したらしく、杏子は魔法少女の姿を解除して、何時も来ている私服に戻る。
見滝原の制服より、こっちの方がずっと自然に見えた。
「ま、良いや。とりあえずさやかも戦えるレベルになった事だし、この辺りで今日は解散か?」
「まだちょっと早いのですよ? 何かやってから帰っても遅くはないと思うのです」
なぎさの提案は、とても同意できる。
「なぎさはマミさんの家にお泊まりでも平気だしね」
「でも、マミは一緒に寝ると私を抱き枕にしてくるのです。次の日は身体が痛くって」
「他の布団を敷けば良いんじゃねーの?」
「でも、ベッドは一つしかないし、お布団もマミの分しか無いのですよ。何度言ってもマミはお布団を買ってくれないし、私はソファで寝ても良いのに、マミは身体に良くないとか言って」
それって、単にマミさんが一緒に寝たいだけなんじゃないか。
「だいたい、マミは私を子供扱いしすぎるのです。歯磨きはしたか、とか、お風呂でちゃんと身体を綺麗にしなきゃ駄目、とか。お野菜もちゃんと食べる、とか……チーズは一日一つまで、とか!! マミはお母さんですか!」
かなり、なぎさを大事にしているみたいだ。
ちょっとマミさんへ視線を送ってみると、指先を口元にいた姿勢で、ウインクを返された。黙っていて欲しいらしい。うん、何も言うまい。
それにしても、マミさんとベベ、やっぱり良い関係だなぁ。
うん? ……『ベベ』?
「折角だし、チーム名でも決めてみる?」
知らない記憶に首を傾げてると、マミさんが私達に向けて提案した。私達の技名を決めた時と同じくらい、目が輝いている。
「一人前の魔法少女が四人も揃ったんだもの、何かしらのチーム名が欲しいわね」
「プレイアデス聖団、みたいな感じか?」
「ええ、そうよ。ミチルちゃんは元気かしらねぇ……また会いたいわ」
私の知らない名前が出てきた。でも、その名前には記憶が刺激されない。ちょっとだけホッとする。
「ま、チーム名で周知されてたら、大抵の連中は警戒して狩り場の奪い取りには来ないしね。私は別に異論はねーよ。さやかは?」杏子が何も言わずにロッキーを渡してくる。
「私も別に問題は無いと思うかな」貰ったロッキーを一口食べてみると、良い感じの甘さが口に広がった。
「じゃあ、何か名前のアイデアは有るかしら?」
マミさんが私達を見回すと、なぎさが一番に手を挙げた。
「はい、マミ」
「どうぞ、なぎさ」
「ピュエラ・マギ・ホーリー・カルテットとか、どうなのです?」
その名前を聞いて、また記憶が刺激される。
「カルテットだと、何だか不自然な感じがするね」聞き覚えの有る単語だけど、何かが違う。
「それ以前に、ちょっと子供っぽいセンスじゃねーか?」
少し笑いながら、杏子はロッキーをもう一本口に運ぶ。無言で手を差し出すと、半分食べたロッキーを渡された。こいつめ。
「……そんなに、子供っぽいかなぁ」
何故か、マミさんが小さな声を出していた。心なしか小さくなって、あからさまに落ち込んでいる。
それを見たなぎさが慌てて、杏子の背中を思い切り叩いた。
「杏子、マミが落ち込んでしまったのです! 謝ってください! ああもう、だから別の名前にした方が良いと言ったのに……!」
「あ、ああ悪い。マミの発案だったんだな……」
「……いえ、良いのよ。子供っぽいのは分かってるから。なぎさの方がよっぽど大人だもの……ふふ」
落ち込んだフリをしながら、マミさんが笑っている。
凄く楽しそうだなぁ、なんて。あんな風に気取らないマミさん、何だか前より肩の荷が降りて、まさに絶好調って感じだ。
あれ、『前』って、何だろう?
ともかく、最強モードのマミさんに勝てる人なんて居ない。杏子もなぎさも、あれでマミさんに甘えまくっているんだ。
「ま、チーム名はマミの家で決めるか」
「あら、みんな家に来るのが前提なの?」マミさんが顔を上げて、腰に手を当てている。言葉とは違って、全く迷惑そうじゃない。
何時でも私達を歓迎する準備を済ませている人なので、悪戯っぽい冗談を言っているのがすぐに分かった。
「さやかん家は、ほら、居候のあたしはともかく、マミやなぎさまで押し掛けたら迷惑だろ。四人で騒いで怒られたくねーし、特になぎさは騒がしいからな。その点、マミの家なら大丈夫って訳だ」杏子が手を後ろに回して、なぎさを少しだけ見ている。
「マミは何時でも反省会の準備をしてるのに、駄目なんて言う筈が無いのです……って、誰が騒がしいですか! 私はそんなうるさい子じゃないのです!」遅れてなぎさが怒りだして、杏子に抗議を始めた。
「いや、うるさいよな。な、さやか」
「何でそこで私に振るのよ……」
「さ、さやかもそう思ってるのですか!? 後輩の癖に失礼なのです!」
正直に言えば、結構騒がしい子だと思う。「……うーん、ノーコメントで」
「なんなのですか、もうっ……」
なぎさが顔を赤くして、頬を膨らませる。こうしていると、普通の小さい子にしか見えない。違う意味で正当派魔法少女って感じかもしれない。
「こらこら。なぎさ、先輩の威厳が台無しよ? それに、二人もそんなにからかわないの」
「む、むぅー……マミが言うなら」マミさんの言葉だからか、なぎさは素直に大人しくなる。
やっぱり、お互いが特別な相手なんだろう。こういう時に、強く認識する。
じゃあ、私にとっての特別な相手は誰だろう。杏子なのかもしれないけど、それとは違う方向性で、もう一人居た気がする。
「ところで、今日はチーズケーキよ?」
「! ……おおおぉっ! ま、マミの姉御はやっぱり優しいのです! 私、一生着いていくのです!」
「ふふ、何。その台詞」
「昨日見た昔のドラマで言ってたのです」
頭の中で幾つも動き回る記憶の正体を探っていると、知らない間にマミさん達が歩きだしていた。
手を繋いで、一緒に歩いていく。指先の一つ一つが確かな絆を感じさせる。まるで姉妹、あるいは親子にも見えなくはない。
どちらにせよ、本当に仲が良いと思う。
「さやか、二人とも先に行っちまうぞ」杏子が声をかけてきた。
「あ、うん」
少し遅れて、私と杏子は二人で並んで歩きだした。前を行くなぎさがはしゃいでいる。マミさんが引っ張られているのが、何だか可愛く見えた。
大好きな先輩への評価としては微妙な気がするけれど、マミさんはなぎさと一緒に居る時が一番素敵な人だと思うのは、確かだ。
……なぎさとマミさん、何時から一緒なんだっけ?
「さやか」思い出そうとしていると、杏子が顔を覗き込んできた。
「ん、杏子」
「どうしたんだよ? 幾らさやかだからって、さっきから変だぞ」
「む、さやかだからって、って何よ」
「そういう意味だよ」
冗談めかして杏子が笑っている。こいつの顔を見ていると、何だか元気が出てくる気がした。
様子が変だと思われたみたいだ。何時も通りの口調だけれど、心配されているのが何となく読み取れる。普段は悪ぶってる癖に、こういう時は気遣いとか、優しさとかの有る奴なんだ。
(私、良い友達を持ったなぁ)
杏子になら、この違和感を相談しても良いかもしれない。きっと真剣に聞いてくれる。素直にそう思った。
「あのさ。なんか、変っていうか……私って、本当にこんなだったかなぁ、って」
「?」
首を傾げた杏子に向かって、言葉を続ける。「もっと、こう。私は凄い力を持っていた気がしなくも……」
「何だよ、それ」
「そう、なんだけどさ」
杏子はよく分かっていないみたいだけど、一番分かっていないのは私自身だ。
近頃、記憶に妙な部分がありすぎる。知らない筈の事を知っていたり、此処ではない何処かを知っていたり。未来とも過去とも思えないし、変な夢も見る。夢の中でも、私は魔法少女だった。だけど、何かが違って……詳しい事は思い出せない。
ちょっと前、始業式から少し経った頃……十六日くらいからだから、一月近くはこの調子だ。酷く気になって、仕方がない。
そして、一番に心へ引っかかるのは……。
「ねえ、そもそも、私って何の願いで魔法少女になったんだっけ……杏子、知ってる?」
「ん? 知らないな……他人の為の願いだった気がするけど」
「そう、だよね。うん、そんな気がする」
そうだ、願いの内容が、どうしても思い出せない。
記憶が閉ざされたかの様で、もどかしい。絶対に知っている筈なのに、これだけは頭の何処にも無い気がする。
とても大切で、とても重要な事。魔獣と戦う使命を背負ってでも、叶えたい願いだった筈なのに。
知っている筈の事を知らない。他のどの事よりも、一番に不気味に思う。
「どうしてだと思う?」
突然に聞こえた声は、何処かで聞いた覚えが有った。
「誰!? ……あんたっ!?」
反射的に振り返ると、そこには『私』が居た。そう、私、『美樹さやか』だ。
何時も鏡で見る、自分の姿がそこに有る。
格好は魔法少女としての物だけど、決定的に違う部分があった。下半身が、魚の物となっている。つまり、人魚だったという点だ。
人魚の姿をした『私』は、ただそこに佇んで、私をじっと見つめている。寂しそうな、悲しそうな。それでいて強い力が感じられた。
「ねえ、今、幸せ?」
『私』が話しかけてくる。何故だろう、その声はとっても切なそうで、息苦しい。
だから、素直に答えてしまう。
「……うん、幸せだよ」
私は今、幸せだ。
マミさんが居て、なぎさが居て、仁美が居て、恭介が居て、クラスの皆が居て、それに杏子も居る。みんなと挨拶をしたり、喋ったり。それだけの事が、すっごく幸せなんだ。
「じゃあ、私の事は忘れたままの方が良いよ」
『私』が、血の涙を流す。
酷く懐かしくて、昔見ていた夢を押しつけられている様な。
そうだ。私はかつて、恋慕の夢を……
+
「おい、おい! さぁやーか!」
私を揺さぶる声が聞こえて、一気に意識が覚醒した。
「うわっ!? ……あれ、え?」
「やっと起きたのかよ、まったく」
呆れ気味な杏子の声。それは聞こえていたけれど、私は自然と周囲を見回していた。
そこは見慣れた教室だった。もうすっかり人は居ない。目の前に杏子が居て、後は仁美と、少し離れた場所にほむら、後は何人かが立っているだけだ。
続いて、時計を見てみる。時間を見てすぐに分かった。授業が、完全に終わってる。
「あっちゃー……寝ちゃってたか。うあー、やっばー……」
机に突っ伏して、頭を掻く。何時から寝たのかは覚えてないけれど、殆ど授業を受けた記憶が無い。
不味い、かなり不味い。けれど、それ以上に気になる事が有る。
「……んー?」
「おいおい、まだ寝ぼけてんのか?」
「いや、そうじゃないけどさ」
朧気だけど、夢の内容は覚えている。
見た夢は、昨日の夜の光景だった。魔獣と戦い、杏子と話した所までは一緒だったけど、最後だけは違った。
あの私の姿をした人魚は、何かの暗示なのだろうか。いや、そもそも私は何を考えていたんだろう。やっぱり、思い出せない。
「なあ、今日は一日中寝てなかったか?」
「何おぉ、杏子だって寝てた癖にぃっ」杏子が軽く首を振る。「あたしは寝てない」
「え」
「今日は寝てないぞ」
こんな事で嘘を吐く杏子じゃない。本当に寝てないみたいだ。
「えー、昨日一緒に騒いだのに、寝てないの?」
「まーな」
魔獣を倒した後、マミさんの家でチーム名を考えたけど、結局決まらなかったので家に戻り、杏子と一緒に二人でお菓子を片手に夜中まで喋っていた。
だから、寝ていた時間は同じ筈なんだけれど……
まあ、それは別に良いや。ところで、問題が一つ有る。机からノートを取り出して、開いてみる。
「……ノート、全然書いてないや」
白紙のページを見せて、もう一度机に顔を押しつける。何一つ、全く書かれていない。寝ていたんだから、当たり前だ。
「まずい」というより、「やばい」。後半の授業は殆ど寝ていたから、何も出来ていない。
「ねえ杏子、もしかして……」縋る思いで、微かな期待を杏子に寄せる。
「あたしは書いてないぞ」
「……何で起きてるのに書いてないのよ」
「寝っぱなしのさやかがあんまり間抜けだから、笑ってたんだよ。悪いか?」
「すっごく悪い!」
やっぱり、杏子はこういう時に助けを求める相手じゃない。この場合に頼るべきは、もう一人の親友だ。
ノートを置いて、すぐ隣に居る仁美に顔を向ける。
「仁美ー! 助けてぇー!」
「さやかさん……そう言うと思っていましたわ」
仁美はちょっと呆れ気味な顔をしていたけれど、最初から準備していたかの様にノートを持っていた。
「ありがとぉー! 仁美は最高だよっ」思わず、抱きついてしまう。
「きゃっ……もう、さやかさん?」
「あはは、ごめんごめん」
ちょっと離れて、軽く謝る。仁美は全然気にしていないのか、何処か嬉しそうにしてくれた。
ほんのり微笑んでいる所がお嬢様然としていて、相変わらずの美人だ。更に言うなら、今の私にとっては救いの天使だ。
「なあ仁美、ついでにあたしも助けてくれないか? さやかが面白くってさ」
「ええ、構いませんわ……私も、さやかさんは面白かったですし」
「え? ……仁美まで私の観察やってたの!?」
衝撃の事実に驚いている内に、私が受け取ったノートを杏子が鞄に詰め込んでいる。
同じ家に住んでいるんだから勝手に使っても良いだろうに、わざわざ仁美に許可を取るなんて。そういう所が割と義理堅いなぁ、と思う。
「あ」杏子が思い出した様に手を叩く。「よく考えたら、あたしとさやかの二人でノートを分けると時間が掛かるよな」
「……だね」 よく考えてみると、そうかもしれない。
なら、もう一人に助けを求めよう。「よし、ほむら! 助けて!」
「ええ、ノートなら貸してあげるわ」
少し離れた場所に居るほむらへ助けを求めると、やっぱり用意していた様にノートが机の上に置かれた。抱きつかれたくないらしく、少し距離を取ったまま。
「良かった! やっぱ良い友達を持ったわ!」
「でも、本当に良い友達はノートを貸さないと思うわね」
「私もそう思いますわ。でも、私は良い友達なんて物になりたくないですし」
「あら、仁美さんはさやかの悪い友達なのね」
「ふふっ。そうなのですわ、暁美さん」
背後での会話が聞こえたけど、聞かなかったフリをしよう。とりあえず、ノートは家で写す事にする。明日になったら、ちゃんと返そう。
「まあ、さやかが寝ているのは私も気づいていたわ。どうせノートを貸す事になるとは思っていたの」
「うぐっ」
「後で騒ぐくらいなら、ちゃんと起きていれば良いのよ」
「うぐぐっ」
当然の指摘だからか、言い返せない。
割と不気味な印象の有るほむらだけれど、性根が悪い奴じゃない事は知っているし、何より今の言葉が私を心配している物なのが分かるから、余計に何も言えなくなってしまう。
最初に出会った時は、ほむらの事を悪魔だと思っていたけど、何でこんな奴を悪魔だなんて思っていたんだろう。
また、記憶に何かが引っかかる感じがした。
「ほむらちゃん。ごめんね、待った?」
もどかしい気持ちになっていると、廊下からまどかが現れた。転校してきたばっかりなのに、もう学校に慣れた感じだ。
やっぱり、何か気になる。まどかに関しては、もっと重要で重苦しい『何か』を忘れている感じだ。
「いいえ、全然待っていないわ」
「よ、良かったぁ」
私の困惑を置いて、ほむらはまどかの側へ歩いていった。もうすっかり仲が良い。転校してきた頃はとっても気弱そうだったけど、近頃は『まどからしく』なってきた。
まどかとほむらは二人で仲良く並んでいる。一緒に帰るつもりらしかった。
「さ、帰ろ!」
「ええ。今日はよろしくね」
珍しく、ほむらが微かに微笑んだ。
その口調は普段通りに暗めだけど、とても朗らかで優しい。私達には全くと言って良いくらいに向けられない、一杯の親愛が有った。
友達とは言っても、ほむらは何時も突き放す様な冷たい感じの奴なのに、まどかに対しては冷ややかさが一切無い。こんな状態になった理由に、興味が沸く。
「にしても、あのほむらを一月でこんなにしちゃうなんて、まどかはやるなぁ」
「そんなんじゃないよぉ。美樹さ……さやかちゃんの方が」
「おおっ、さやかちゃんって呼んでくれたなぁ? うんうん、他人行儀な呼び方なんてしなくて良いって」何故か、まどかに『美樹さん』と呼ばれると、胸が締め付けられる様な苦しさが有ったからだ。
「そっちの方が、しっくり来るんだよねー。って、ほむら、どしたの?」
「……いいえ、何でもないわ」
ほむらの目が、私に集中している気がする。本人は否定しているけれど、どうしても視線を感じる。
今まではそんな事、無かったのに。どうしてだろう。やっぱり、四月の十六日くらいから色々な事が気になって仕方が無い。
でも、今は気にしていない様に見せよう。あんまり、変な目で見られたくない。
「さっ、ほむらちゃん行こっ。じゃあね、さやかちゃん」
「そうね、行きましょう」
まどかが、ほむらの手を引いていく。
背中越しに、何となく会話が聞こえてくる。
「あのね、ほむらちゃん。今日は……」
「ええ、ちゃんと準備はしているわ……」
手を繋いだまま歩いて、廊下の端へと消えていく。やっぱり仲良しだ。二人とも全然違うタイプに見えるのに、凄く気が合っている感じがする。
(……でも)
だけど、あの中に私が居ない事に漠然とした違和感が有った。まどかも、ほむらも友達だけど、そんなに深い付き合いはしていない筈なのに。
「……何だろうなぁ」
「さやかさん」仁美が声をかけてくる。
「っん? どしたの仁美?」
「私も、今日はお茶のお稽古が有りますので……そろそろ帰りませんと……」
申し訳なさそうな顔で、先に帰る事を伝えてきた。
そんな事は全然気にしなくても良いのに、と思う。仁美は、何も悪くないんだから。
「ああっ、いやいや。仁美も頑張ってね」
「はいっ。では、お先に……」
「ん、また明日ね」
軽く手を振ると、仁美も振り返してきた。
そのまま仁美は小さく微笑んで、軽い足取りで帰っていく。習い事が多いのはとても大変そうだけど、本人はそれほど苦じゃないみたいだ。
ところで……
(恭介とは、上手くいってるのかな)
あの二人、登校中は一緒に歩いてるけど、下校は一緒じゃないのだ。
仁美は沢山のお稽古、恭介はバイオリンのレッスン。一緒の時間を過ごせない用事が沢山有る二人組。
自分も恭介の幼馴染みで、仁美の親友なんだ。忙しそうな二人を目の前で見ていたんだから、予定が噛み合わないのは、最初から分かっていた。
(でも、上手く行けば良いな)
素直に、そう思う。『かつて』恋慕の夢を見た私にとって、二人の関係が上手く行くのは、とても嬉しい事だから。
人魚姫は泡になってしまっても、好きになった人の幸せを願う事くらいは出来る筈だから。
……これも、知らない記憶だ。どういう事だろう?
「さやか、おい。さやか!」
記憶に浸ろうとしていると、杏子に肩を揺さぶられた。
驚いて顔を上げてみると、そこに居た杏子がじっとこちらを見つめて、何とも言えない表情となっている。
「あれ? どしたの?」
「どしたの、じゃない。またボウっとしやがって、そっちこそどうしたんだよ?」
その雰囲気は、何となく心配そう……いや、不安そうに見えた。
もしかして、私が何処かに行ってしまう様に思ってるのかな。本人が気づいているかは別として、目に辛そうな色が宿っている。
いつでも強くて頼りになる杏子とは思えない。そんな悲しげな調子が、私の気持ちを切り替えさせてくれた。
(うん、こんなのじゃいけないよね。楽しく、楽しく幸せに。折角の人生なんだもん。楽しまなきゃ損でしょ、ね、『私』)
ありがと、杏子。
心の中だけで感謝して、小さく息を整える。
「……いやぁ、何? このままじゃ補習とかの危険有りかねーと」
「寝てるからだよ、バカ」
「杏子だって普段は寝てるでしょー、この、この」
頬をつつくと、杏子が身じろぎした。「お、おいこら。やめろって」
手で振り払われてしまったけど、杏子の口元に笑顔が戻ってる。良かった、暗い表情なんてこいつには似合わない。もっとこう、悪戯っぽい感じが良いんだ。
「よーし、今日は何処に寄っていく?」
私と杏子は、学校帰りにしょっちゅう寄り道をしている。
こういう時、一緒に住んでいるのは本当に便利だ。魔法少女としての活動にしたって、遊びに行くにしたって、無計画でもすぐに揃って行動出来る。
問題が有るとすれば、杏子と私じゃ勉強では殆ど助け合えない所か。どっちもどっち、だ。
「それは帰りながら決めようぜ。もう全員帰っちまったし」
何時の間にか、教室には私達だけが残っていた。
「それもそうだね、うし、とりあえず学校から出るか!」
鞄を取って、二人で誰も居ない教室から出ていく。全面ガラス張りだから、他の教室に残っている人の姿が確認できた。
内緒話には向かない場所だと思いながら、歩いていく。誰かと付き合いでもしたら、すぐにバレそうだ。恭介と仁美が付き合い始めた時も、それはそれは簡単に噂が広まったのを覚えている。
じゃあ、杏子と並んで歩いてる私はどういう扱いになるんだろう。杏子が居候なのは、親しい友達なら知っている事だ。
「こんな調子で勉強とかは良いのか、私達さぁ。特にさやかは気をつけないとなー。心配する親御さんも居るんだしなー」
「いや、あんたが言うと重いから……」
「まーねー、でも、実際やべーよマジでー、高校には行けるのかねー」
妙に間延びした、やる気の無さそうな杏子の声。口では危機感を煽りながら、本人には微塵の気力も無い。
当然か。杏子は世捨て人みたいな奴で、私やマミさんが何とか学校に通わせているんだ。けど、それが無かったら四六時中遊び回っているに違いないし、学校に未練は無いんだろう。
その癖、私にはちゃんとした人生を歩んで欲しいと思ってるのが、よく分かる。
「さあ? 別に良いんじゃない? 補修が面倒になるだけだしー」
……まあ、私も人の事は言えないんだけど。
「なーんか、適当だな」
「あんたもね。まあ、楽観的にいこうよ、そっちの方が楽だし。あ、一本貰うね」
「だな。あたしも同じ考えだ。おい、良いって言う前に持っていくなよ、ったく」
一緒に校門を出ると同時に、杏子が持っていたロッキーの箱から、一本奪い取っておく。
何時もの事だからか、杏子は怒らずに自分の分を口へ放り込んだ。
その横顔を見ていると、気持ちが暖かくなる。
『私』が最後に見た夢の中では、結局最後まで分かりあえなかった子。なのに、最後まで私なんかを見捨てずにいてくれた子。
今、そいつは目の前に居て、私と一緒に笑ってる。何時からか一緒の学校に通い、何時の間にか同居していた。
「で、結局何処に行く?」
「ん? ああ、ゲーセンで良いんじゃねーの」
思わず踊り出したくなるくらい、嬉しかった。
……『私』って、本当に何なんだろう。ま、いっか。
戦闘描写のせの字も入れたくないくらい、戦闘が苦手です……
後、私の予想と好みの関係で、なぎさちゃんは基本的に他の人を呼び捨てにします。叛逆でもさやかちゃんは呼び捨てだったので。シャルロッテが舞い上がってないマミさん相手でも苦戦させられる事を鑑みて、実力的にはマミさんよりちょっと下くらいを想定しています。固有魔法無し杏子ちゃんより強いかな? くらいで……叛逆の描写だとそんなに強そうじゃないんですが、そこはご愛嬌。