使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
それから、一ヶ月が経った。
この一ヶ月間、沢山の事が有った。
巴さんの家で揃って手作りのイチゴのホールケーキをみんなで食べて、あんまり美味しかったので、つい普段よりはしゃいでしまった事。
美樹さんの誘いで水族館に行って、ラッコとアザラシが同じ水槽の中に居る所を見て、何故かもの凄く嬉しい気分になった事。
佐倉さんに連れられて入ったゲームセンターで、偶然良いスコアが出せて、「お前はゲーム得意なんだな」って言われた事。
暁美さんと一緒に登校した時、あんまり会話が無くて居心地が悪くなっていると、暁美さんが何も言わずに私の側へ来て、少し申し訳なさそうにしてくれた事。
そして、まどかと過ごした全ての事。
全部が、どんな宝物より価値の有る思い出だった。転校した日に感じた緊張や不安は嘘みたいに無くなって、記憶の全てが輝いた物に感じられる。
「結局、一ヶ月も経っちゃったね」
隣に座ったまどかが、夜空を眺めながら呟いた。
結局、私は一度も魔法少女になっていない。魔獣がこの見滝原に現れたのは、私が転校する前日の一回きりで、その後は一度も無かった。
不気味なくらい静かで、平穏だった。まるで誰かが『そうなる』様にし向けたのかと思ってしまうくらい、この一ヶ月間は平和過ぎたんだ。
「けれど、この一ヶ月は本当に楽しかったよ」
「そっか。メガほむちゃんが喜んでくれたなら、わたしも嬉しいよ」
そう。本当に楽しかった。大好きなまどかに、それ以外の沢山の友達に囲まれて、楽しく幸せに日常を過ごす。
それだけの事かもしれないけれど、ずっと心臓の病気で入退院を繰り返していた私にとって、これは何よりも得難い物だった。
夜空の中で見滝原の街は光っていて、星空が余り見えない。自然の明かりを好む人も居るのかもしれないけど、私はこの人工的な光が闇夜の中で輝く所が、素直に綺麗だと思えた。
「綺麗な眺めだね」
「そうだね、まどか」
丘の上にシートを置いて、私達は二人っきりで風景を堪能していた。
普段なら、まどかの隣には何時だって暁美さんが居る。暁美さんは常にまどかを守っていて、何が有っても大丈夫な様に準備をしている。
けれど、時折まどかは「メガほむちゃんと二人で話したいの」と言って、私を色々な所へ連れていってくれた。まどかと一緒なら何処へ行っても楽しくて、たまらなかった。
「不思議だね。メガほむちゃんと一緒の一ヶ月は、楽しすぎて一瞬で過ぎちゃった気がするの」
えへへ、と笑うまどか。こんな表情を私なんかに見せてくれる。
「うん、私も同じだよ。まだ転校初日じゃないか、って、そんな風に思う時が有るくらいなの」
まるで、夢を見ている気分だ。
まだ自分は病院のベッドで寝ているんじゃないか、なんて考えてしまう時が有るくらい、今の自分は幸せの絶頂に居る。
私の中のちょっとした不安を見抜いたのか、まどかは私の膝に手を置いて、顔を近づけてくる。
頬にキスが出来るくらい近寄ると、私の手の甲に頬をすり寄せ、猫が甘えてくる時みたいに愛らしい仕草で私に優しくしてくれた。
「メガほむちゃん、かわいい」
「う……て、照れるよ。そんなの……」
輝く瞳に見つめられて、頬が熱くなるのが分かる。
もしかすると、自分はまどかを恋人にしたいんだろうか。少し考えてみるだけで、それはとても甘美な誘惑に感じられる。
こんな事を考えている事が発覚したら。拒絶され、気持ち悪いと思われたらどうしよう。まどかに引かれてしまったら、私は死んでしまうかもしれない。
「どうしたの?」
「え、え。あの……き、気にしないで?」
そうだ。絶対に隠し通さなければならない。自分の気持ちを知られたら、まどかに迷惑を掛けてしまうから。
それでも、まどかは私の事を心配して、じっと顔を見つめてくる。あんまり見られているからか、胸の鼓動がどんどん早くなっていった。
誰か、助けて。そんな事を考えたからだろうか、まどかが私に何かを言う寸前で、見滝原に嫌な気配が現れた。
何かを残っている存在の気配だ。普通の人間では殆ど感じられない物だけど、魔法少女なら即座に見て取れる。人々の呪いから生まれた、私達の敵だ。
「あ、魔獣だ! 行こう、メガほむちゃん!」
「う、うんっ」
立ち上がり、まどかが私の手を引く。それまでの心配は、一度脇に置いておく事にしたみたいだ。
内心で、少しだけ魔獣に感謝する。もし私の気持ちを見抜かれてしまったら、彼女を酷く困らせただろうから。
でも、それで魔獣に手加減をする訳じゃない。彼らは私達魔法少女の敵であり、戦い続けるべき相手だ。そんな私達だからこそ、彼女は身を挺して救ってくれたんだから。
「ほーらっ、急ぐよ!」
「あ、ごめんなさいっ!」
まどかに引っ張られる形で、私達は丘を下っていった。
行き先は、電車の上。巴さんの自宅からそんなに離れた場所ではないので、もう何人かは到着していると思う。
遅れてしまう事に少しばかりの罪悪感を覚えつつ、私と手を繋いでくれたまどかの手の感触を確認する。
柔らかくて、暖かかった。許されるならば指先を舐めたり、爪を切ってあげたり、あわよくば恋人繋ぎだってしてみたいと思う。
純真なまどかは、きっと私の欲望になんか気づいていない。ただ、友達と一緒に走っている気分なんだと思う。私の薄皮一枚下にはいやらしい獣が居る事になんか、一つも気づいてない。
そう考えると、私は余計に自分が汚らわしい存在の様に思えてならなかった。
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ちょっぴり暗い気分を味わいつつも、私とまどかは走っている電車の上に着地して、特徴的な黄色や青、赤、そして黒い髪をした人達の元へ走っていく。
私達を除いた全員が先に集まっていて、何だか待たせてしまったみたいで、悪い気がした。
「遅かったわね」
一番先に口を開いたのは、暁美さんだ。待たされた事を怒っているのか、それともまどかと私が二人だけで行動していた事を怒っているのかもしれない。
この人もきっと、まどかに対して特別な気持ちを抱いている。半ば確信が有ったけど、直接尋ねるのは流石に難しかった。
「あはは、ごめんなさい」
「まどかは良いのよ」
まどかが手を頭に当てて謝ると、暁美さんはすぐに首を振った。やっぱり、まどかには何一つ怒る気なんて無いみたいだ。
そんな姿に共感しつつ、暁美さん以外の三人を見て、しっかりと謝罪しておく。
「美樹さん、佐倉さん、巴さんも、遅れてしまってごめんなさい」
「ああ、良いって。どうせ戦う気は無いしね」
美樹さんが代表して首を横に振り、私を責める気が無い事を告げてくれる。
もう、皆さんは魔法少女に変身していた。この人達の魔法少女としての姿を見るのは、これで何度目かだ。
赤いドレスみたいな佐倉さん、お臍の辺りと胸元が大きく露出して、凄く短いミニスカートの美樹さん、コルセットを着用していて、露出も控えめなのに胸が強調されている巴さん。
皆さん、格好良くて可愛くて、何度見ても『良いな』と思う服装だった。
「まどか。今日は景色でも見ていたの?」
「よ、よく分かったね、ほむらちゃん」
「今日は、あれから一ヶ月でしょう? なら、行く場所はあそこしか無いと思って」
暁美さんも、魔法少女になっている。
でも、その服装は目を覆いたくなる物だった。全体的に真っ黒で、お腹と胸以外は殆ど露出しているんだ。真っ白い肌が思い切り見えてしまって、目を逸らしてしまう。
しかも、背中から生えた黒い翼は粒子みたいな物を吹き出して、それもまた妖しげな空気を纏っていた。
何度見たって、どうしても落ち着かないデザイン。だけど、それ以上に気になるのは、暁美さんが私を警戒しているという事だった。
あの格好をしている時の暁美さんは、何時だって私を攻撃出来る位置に居るんだ。彼女の技は一つも見た事が無いけど、間合いに入っているのは直感で分かってしまう。
私、何か彼女に嫌われる様な事をしてしまったんだろうか。そんな態度を取られているからか、私は内心で傷ついた。
「ほら、まどか。そろそろ彼女を呼びましょう」
「あ、うん。そうだね、今日はメガほむちゃんにほむ魔ちゃんの力を見せるんだったっけ」
今思い出した、そう言わんばかりにまどかが自分の頭を小突いた。
少なくとも、まどかは私を警戒していない。生唾を呑み込みたくなるくらい、無防備に私へ近づいてくれる。
「先月、話したよね。ほむ魔ちゃんの事」
「うん。覚えてるよ」
先月聞いた存在の事は、しっかり覚えている。今でも半信半疑……いや、疑う気持ちの方が強いんだけれど、今から会えるんだ。
まどかは、変身もせずに空へ目を向けた。魔獣の存在で若干暗くなったけど、それでも綺麗な星空へと向かって。
「さ、出てきて。ほむ魔ちゃん」
「勿論、出てきたわ」
一瞬の遅れも無く、黒い髪をした女の子がまどかの隣に立っていた。
何の音も無く、気配もなく、何時の間にかそこに居た人。確かに、その姿は暁美さんにそっくりだった。
目元に凄い隈が有ったり、紫色の派手めな耳飾りを付けているから、見分ける事は出来る。けど、全体的には殆ど同じ人にしか見えない。
そんなほむ魔さんは、まどかに何事かを話したかと思うと、堂々とした足取りで私の方へ向かってきた。
「初めまして、暁美ほむらさん。私はAKEMI HOMURA。気軽にほむ魔と呼んで頂戴」
「はい。あ、よろしくお願いします」
気圧される感じを覚えながらも、何とか挨拶を返す。白いワンピースはこの人に似合っていて、とっても綺麗だと思えた。
こうして近くで見ると、思ったより背は低い。暁美さんや私と殆ど変わらないだろう。
「さて、呼ばれたからには魔獣を倒さないとね」
「あの」
「?」
「本当にお一人で大丈夫なんですか? やっぱり、皆さんと一緒の方が……」
少なくとも、この人が一人で魔獣を全部倒せる程に強いとは思えなかった。美人な女子中学生にしか見えず、それほど圧倒的な力は感じられないんだ。
「ああ、そんな事」
私の心配を、ほむ魔さんは鼻で笑った。
私を見る目には、何だか興味深そうな物が宿っている。そこから感じられる不気味さに、思わず彼女から視線を外してしまう。
そんな対応をどう思ったのか、ほむ魔さんは小さな声で笑いつつも、どんなに獰猛な獣だって見せられない様な恐ろしい表情となった。
「見ていなさい。そうすれば、すぐに分かるわ」
巨大な門が彼女を潜り抜けた気がした。
背景が一気に暗黒を帯びると同時に、ほむ魔さんの姿は黒く、沢山の間接を持ち、上から伸びた糸に操られる人形……マリオネットとなる。
暗黒の中でマリオネットが踊り出す。上から操られる形で、ぎこちなく、だが少しずつ自然な動きになっていく。流れる音楽は軽やかだが、恐ろしい程に暗く重い。
マリオネットが人間と同じくらいの動きをする様になると、真っ黒い身体から一本の鋏が現れた。
全部の間接が一気に曲がり、折れる。マリオネットの形をした黒い影は自分を操る糸を鋏で全て切ってしまい、最後に残った桃色の糸を回転しながら自分の身に絡める。
全ての糸がその黒い塊と一体化したその瞬間、塊を引き裂く様に人の腕や足が浮かび上がり、血液にも似た赤色の何かが溢れ出す中で胴体が作られ、最後に顔が生まれた。
塊から現れた人型の何かが独楽の様に回転したかと思うと、そのまま飛び上がり、腕を組んだ状態で着地する。
背景には山の様な桃色と、鹿目さんに似た神々しい石像が有った。
最後に軽く髪をかき上げると、その頭髪の一本一本が意志を持つ生命の様にふわりと広がって、どんな宝石よりも美しく輝き、その光が消えた瞬間、そこには魔法少女の姿をしたほむ魔さんが立っていた。
かなりコスプレチックにアレンジされていたけれど、まるで学校の制服みたいな服装だった。ポーズを取った際に手に持っていた糸は、『どこかの何か』を操っている。
腕に着けられた盾の時計を思わせるデザインがとても格好良くて、思わず見とれてしまった。
凄い『変身シーン』だった。抽象的だったけど、印象に残りやすくて、中々忘れられそうもない。
「今のは格好良かったよ、ほむ魔ちゃん!」
「誉めてくれてありがとう、嬉しいわ」
まどかに誉められて、ほんのり顔を赤くしている。
こういう所まで、暁美さんにそっくりだと思う。しかも、魔法少女としての服装は全く違うのに、二人が同じ物を着ている様にすら感じられた。
私の目を感じ取ったらしく、ほむ魔さんは私を一瞥する。鋭い視線に一瞬だけ怯んでしまい、肩が震える。
「ほむ魔ちゃん。メガほむちゃんを怖がらせないで」
「……ごめんなさい、素がこれだから、怖がらせるつもりは無かったの」
まどかに怒られて、少し肩を落としている。それを見たからか、恐怖はすぐに薄れていった。
生暖かい気持ちでほむ魔さんを見ていたからか、彼女は大きく肩を竦めて、嘲笑でもする風な態度で空を見上げる。
「早速格好悪い所を見せてしまったわ。次は、良い所を見せてあげないといけないわね」
「絶対、無茶はしないでね?」
「分かっているわ。だからそんなに心配しなくても大丈夫なのよ」
心配してくれるまどかの頭を撫でつつ、ほむ魔さんの身体の方向は魔獣が沢山居る場所へ向けられる。
美樹さんも佐倉さんも、ただ『頑張れよ』とだけ告げていた。巴さんに至っては、時々見る邪悪な笑顔で『よろしくね、同類』なんて言っていて、誰もほむ魔さんを心配していない。
「今日は私の能力を見せる方向で行くんだったかしら。なら、少しばかり派手に行きましょう」
それを当然の様に受け止めながら、ほむ魔さんは確認する様子で一言だけ私に告げてきて、即座に魔獣の元へ飛び込んでいく。
一人で行くのは無茶だと思ったけど、次の瞬間には、自分の心配が不必要な物だった事を思い知らされた。
吹き飛んだ。
ただ、そうとしか言えない。沢山居た魔獣の内、三分の一が彼女が『ただその場に近づいただけ』で内部から爆発する様に消滅し、跡形も無くなった。
そんな凄まじい出来事に唖然とする暇も与えられず、ほむ魔さんは巨大な呪いから生まれた魔力を使って、槍や剣を生み出す。
それを軽く投げつけるだけで、何体かの魔獣が消滅に追い込まれた。
魔獣達だって攻撃の手を休めたりはしない。私達にも攻撃を仕掛けて来たけれど、全ての攻撃は私達には届かず、その目前で手品みたいに弾かれて、消失する。
何となく、だけど。自分達が居る場所と、ほむ魔さんが居る場所。そこの間には大きな大きな壁が有る様に思える。
余りにも凄まじい能力に私が驚きを覚えている内に、彼女は二本の剣を持って魔獣が集まった場所に飛び込み、超高速で斬り刻んでいった。
魔法少女の視力でさえ、存在を認識するのがやっとだ。
「と、まあこんな感じよ。そして……」
魔獣の攻撃を片手で受け止めると、その掌に自分の魔力で出来た槍を突き刺し、貫通させる事で魔獣にまで届かせる。
掌に出来た大きな穴を、私に見せびらかしてくる。血は一滴も流れておらず、代わりにヘドロの様な黒く粘着質な物体が溢れている。
だが、その腕から吹き出した黒い……呪いにも似た何かが瞬く間に手を修復し、気づいた時には綺麗な手の甲に戻っていた。
「こんな風にしても、何一つ障害が発生しない。便利でしょう?」
嘲笑とも冷笑ともつかない表情となり、彼女はその身から混沌とした慄然すべき気配を漏らしている。
思わず背筋が凍る心地にさせられた。あれは、確かに人という種族とは何の関わりも無い、あるいは何らかの人心が及ばぬ世界よりの使者ではないかと思われた。
それでも、彼女がまどかを見つめる瞳には、思わず感心してしまう程に輝かしいまでに熱く深い物が有る。その点だけは、共感出来る物だ。
「大技、行くわよ」
ほむ魔と呼ばれる何者かは空中で停止し、腕を広げて異形の存在感を放ち、視覚的情報に影響する何らかの物を発生させた。
それは、言葉に出来ない現象としか言いようが無かった。
もはや、現世、いや宇宙の外側より発生した猛悪かつ暴悪に満ち溢れた毒液であり、例え小規模な街角の小さな隙間であったとしても、それを行使する事は世界という不確定な概念を邪悪な陰謀の赴くままに操る行為に等しかった。
周囲を見ても、誰もがその光景に疑問や恐慌を覚えず、ただひたすらに目映く力強いだけの単なる攻撃として捉えている様に感じられた。
この悪夢ですら有り得ない、この世のどんな生物ですら叫べぬ悲鳴にも似た音を聞き、起きている現象のおぞましさを知覚する事が出来たのは、その光景を見ている者達の中では、恐らくは私だけなのだろう。
自分が狂っているのか、それとも彼女達が狂っているのか。それすら判別が出来ず、私は必死の思いでまどかだけを見つめた。
まどか、彼女はただ愛らしい花火でも見つめる様に、あの冒涜的かつ醜悪な力の発露を眺めている。彼女は狂っているのかもしれない。あの様な物を目撃して目を輝かせる存在など、到底正気とは思えなかった。
それでも、私は狂おしいまでに『鹿目まどか』という少女へ縋った。
まどかの事だけを認識し、それ以外の全てを遮断して、知覚せずに済む状態にする。まどかのあらゆる全てを知覚する事に全てを費やし、ただひたすら世界を蹂躙する呪いがもたらす結果から目を背ける。
それが良かったのか、気づいた時には発狂する寸前にまで思われた邪悪は感じ取れなくなり、ついでに魔獣と、それに付随する呪いもすっかり居なくなっていた。どの様な方法で魔獣は倒されたのか、それすらも精神が理解を拒んでいる。
私達の居る場所に降り立つほむ魔と呼ばれた存在は、自身がまるで人とは異なった物である事を隠しもせず、口元に小さな微笑を作った状態で近づいてくる。
思わず、まどかの服の裾を掴んでしまった。幸い、誰も私の行動に気づく事は無かったらしく、特別な反応をする人は居なかった。
「相変わらず派手だな、あんたの能力」
「それほどでもないわ。今日のは規模が少し大きめなだけで、そこに含まれた魔力は控えめにしたから」
暁美さんと全く同じ顔が、僅かに歪む。自分が突き刺した方の手を何度か開いては閉じ、少しの間だけ目を瞑っている。
「私もまだまだね。もっと強くならないと」
小さく呟かれた言葉を聞いて、美樹さんが目を軽く見開いた。あれだけ恐ろしく凄まじい力を振るっておいて、「まだまだ」とはどういう事なのか。
「そんなの強いのにさ、まだ足りないの?」
「ええ、足りないわ。私には目的達成の為の力が足りない……だから、色々と考えているのだけれどね」
魔獣が残した沢山のグリーフシードを手に取り、その表面に触れている。
妖しく輝くグリーフシードは、佐倉さんに投げ渡された。それを受け取った佐倉さんが、どこか安堵した様に笑う。
「やっと、コイツにお前の事を見せられたな。最近、魔獣が出てこなくってさ。風見野とかあすなろでも魔獣がめっきり出なくなったって聞いてたんだが、何か知ってるか?」
「そうね。世界中で魔獣の発生が殆ど無くなっているわ」
「……おい、そりゃ大丈夫なのか?」
佐倉さんの顔に真剣味が宿り、心配そうに尋ね掛けている。
「ええ。キュゥべえと協力して、グリーフシードを配って歩いているから」
「そうか、なら暫くは行けるな」
ほむ魔の返事で安心したのか、佐倉さんは顔色を明るくした。何の話かはよく分からなかったけど、何も問題は無かったみたいだ。
佐倉さんは、手に持っていたグリーフシードを巴さんにも渡して、一歩下がった。そこで、タイミングを見計らっていたのか、まどかが不満げな顔でほむ魔を見つめた。
「むぅ……」
何だか、怒っている様に聞こえる声だ。
それはほむ魔も気づいたらしく、彼女は今までの余裕たっぷりな顔色を、どこか不安そうな物へと変えた。
「どうしたの?」
「何で、自分で手を傷つけたりしたの?」
じっと見つめながら、まどかは非難を口にした。言い逃れは許さないと言いたいのか、視線はかなり強い物だ。
彼女が、槍で自分の手を貫いた事を気にしてるんだ。心配している雰囲気も含まれる怒りの声は、何だか優しい物に聞こえた。
怒られている事を自覚したのか、ほむ魔は一度目を瞑って、申し訳なさそうに答えた。
「ほら、私がどれくらい人間じゃないのかを、分かりやすく教えてあげようかと思って」
「そっか……でも、あんな事しちゃ駄目だからね? そういうの、ほむ魔ちゃんの為にならないよ」
「……ええ、分かってるわ。心配させてごめんなさい、まどか」
まどかに叱られたからか、しょんぼりと肩を落としている。
あの許されざる程におぞましき気配は、すっかり無くなっていた。むしろ、まどかに対する尋常ではないくらい柔らかな態度が好意的に見えるくらいだ。
「うん、分かってくれたなら良いよ」気持ちが伝わった事を理解したのか、まどかが表情を緩める。
「そう? ふふ、まどかは優しいわね……」
横から聞いていて、思わず頷いてしまった。本当にまどかは優しい人で、何よりも尊い、私の最高の友達だから。
「さて、私は忙しいの。ここで失礼するわ」
くるりと身体を捻って、ほむ魔が私達から背を向ける。背中のリボンが生き物の様に揺らいで、不気味な雰囲気を思わせる。
けれど、まどかはそんな事なんか一つも気にせず、ただ、ひたすらに明るくほむ魔へと手を振った。
「また後でね、ほむ魔ちゃん」
「ええ、また後で」
まどかに対する、思い切り緩んだ声。それが聞こえたかと思うと、ほむ魔と呼ばれた存在は瞬く間にその場から消えた。
「行っちゃった……」
「なんか、あいつ最近、中々出てこなくなったよね。何でだろ」
美樹さんが疑問を口にすると、まどかが首を横に振る。
「あ、ううん。わたしが呼んだらすぐに来てくれるよ?」
「そりゃそうだろ。まどかの呼び声なら宇宙の外からだって駆けつけるぜ、あいつ」
佐倉さんの言う通りだと思った。あの圧倒的な力を、彼女はきっとまどかの為に使っている。そう思うと、あのおぞましさも許容出来る気がする。
ともあれ、彼女はすっかり私達の前から姿を消していた。何処に居るのかは分からないけれど、まどかを見ている事は、きっと間違いない。
「さて、メガほむさんにほむ魔さんの能力を見せる事も出来たわね。皆、これからどうするの?」
小さく手を叩き、巴さんが皆さんに尋ねる。
予定が無いのか、まどかや美樹さんは考え込む仕草を見せる。私も予定なんか立てていなかったので、家に帰る事しか考えていなかった。
でも、私達の中で佐倉さんは何かに気づいたらしく、「ははーん」と声に出して巴さんに笑いかけた。
「その言い方だと、何だかもう準備してあるみたいだな、マミ」
「まあね。ふふ、みんなでケーキパーティーからのお泊まり会なんて、どう?」
予定を聞いてくれたのは、お誘いをする為の前振りだったみたいだ。
それを聞いたまどかが嬉しそうにしている。勿論、私もだ。巴さんの家にみんなで遊びに行くのは、何時だって楽しい。
「やった! あ、マミさん。今日は……」
「あの子は風見野に居るわ。だから、今日はいつもの五人にメガほむさんを足して六人ね。だから、チーズケーキは用意してないの」
巴さんと一緒に暮らしている人の話みたいだ。私はまだ一度も会った事が無いけれど、小学生の可愛い女の子らしい。
……その子の話を聞いた時に、巴さんが凄く怖い笑顔で私を睨んで来たのは、今でも理由が分からないけれど。
「ほむらちゃんは行く?」
「ええ、喜んで行かせて貰うわ。まどか、貴女はご家族に連絡を入れないと」
「大丈夫だよ、もう『泊まりになる』って言ってあるから」
まどかが悪戯っぽく舌を出すと、暁美さんは一瞬だけ虚を突かれた顔になって、それからすぐに微笑んだ。私達には滅多に見せてくれない、とても穏やかな表情だった。
「あたしと杏子も、勿論行くよ。ま、家に連絡は入れてないから、後で電話しないといけないけどね」
「だな。あたしも行かせて貰うぜ」
巴さんの家でのお泊まり会は、全員が参加するみたいだ。私も、勿論行きたい。
「メガほむちゃんはどうするの?」
「私も行きたいです。巴さんの紅茶とケーキ、凄く美味しいし……皆さんと一緒にお泊まりなんて、夢みたいに幸せだから」
精一杯気持ちが伝わる様に、まどかと巴さん、それに皆さんへ向かって話す。
まどかと一緒に遊べるだけでも幸せなのに、他の人とも仲良く出来るなんて、今の自分は幸せ者だ。それが、はっきり分かる。
「メガほむちゃん……」
私の気持ちを受け取ってくれたのか、まどかが私の手を握り、優しく笑ってくれた。美樹さんと巴さんも表情を緩め、私へ暖かな目を向けてくれる。
そこで、佐倉さんが顔を赤くして、自分の頬を撫でていた。
「ははっ……あんた、割りと素で恥ずかしい事言うよな」
「えっ、そう……ですか? ごめんなさい、変ですよね」
「いや、変って訳じゃねえから、気にすんな。そう言ってくれるのは、嬉しかったよ」
顔は赤いままだったけど、佐倉さんは私の言葉をしっかり受け取ってくれる。良い人だなぁ、と内心で幾度も思った事を繰り返した。
「そうと決まれば話は早いわね。巴さん、早く行きましょう。まどかが待ちきれない、って顔をしているから」
「え? ほ、ほむらちゃん!? わたしはそんな、ケーキ食べたいなぁなんて思ってないよ?」
「あら、ケーキなんて一言も言ってないんだけれど?」
「う、ほむらちゃんのいじわる……」
暁美さんにからかわれて、まどかは大きく首を横に振る。そんな所が可愛らしくて、私なんかとは大違いだと思った。
まどかの顔を見て、みんなが笑い出す。まどか自身も、何だか楽しそうにしていた。
それから、私達は揃って歩み出した。行き先は巴さんの家で、ここからそう遠くは無い。あの素敵なお部屋に初めてお邪魔した時の感動は、今でも思い出せる。
同じ一人暮らしでも、殺風景な私の部屋とは大違いだな、なんて自虐的な事を考えては、それをまどかに見抜かれて注意を受けたという事も有ったので、巴さんの家の雰囲気は強く記憶に残っている。
巴さんの足取りは見るからに弾んでいた。先輩として普段は大人っぽく振る舞っている人だけど、時々、こんな風にはしゃいだ所を見せてくれる、可愛い人なんだ。たまに笑顔が怖い時も有るけど、魅力に溢れた素敵で優しい人だと思う。
「ふふ、今日も紅茶は幾つか種類を用意してあるから、みんな好きな物を選んでね」
「んー……この間飲んだラムレーズンは面白かったな、ちょっと酸っぱかったけど、悪くねえ」
「あれは今回もちゃんと用意してあるわよ、佐倉さん。他にも色々な新しい茶葉を買ってみたから、試してみたらどうかしらね」
「へぇー……なら、杏子。一緒に飲み比べしてみよっか?」
「ああ、良い感じのが見つかると良いな」
佐倉さんと美樹さん、それに巴さんは三人で並んで歩いていた。
まどかから聞いた事だけど、巴さんと佐倉さんは昔からの仲間で、美樹さんはその二人と凄く仲が良いみたいだ。
勿論、まどかや暁美さんだって巴さんとは仲が良い。今も、彼女達は楽しく会話を交わしている。
「あの、わたしは前に飲んだカモミールティーが良いんですけど……」
「勿論、有るわよ。ふふ、鹿目さんはアレが好きだものね。暁美さんは?」
「まどかと同じで良いわ」
はきはきとした口調で暁美さんが答えた。あんな風にきっぱりと、しっかりと答える事が出来る姿には、ちょっとした憧れを抱いている。
外見的な特徴も似ているのに、どうしてこんなに違うのか。私も眼鏡を外してみようか、それとも三つ編みを止めた方が良いのか。そんな風に考えた事は、一度や二度じゃなかった。
でも……どうしてだろう。何か、何かが変だった。
ただ、一ヶ月と一日が経っただけ。
それなのに、『転入してから一ヶ月より後の時間に自分が存在する』事が、どうしようもなく違和感が有った。
全く、今まで意識しなかった事だけど、変なんだ。
だって、変じゃないか。あんなに自分と同じ外見をした、自分と同じ名前の存在が居る事を、何一つ疑問に思わないなんて。明らかに異常だ。
「メガほむさんは……」
「あっ……特に無いので、巴さんのお勧めを飲んでみようかと……後、まどかと同じカモミールもお願いします」
巴さんの言葉に何とか答えながらも、自分の中で、ほむ魔という存在を認識した瞬間に生まれた考えを巡らせる。
おかしい。何がおかしいかは分かり難いけど、色々な事が奇妙に感じられる。
こんな風に私達が揃って歩いている事?
暁美ほむら、という同姓同名で外見も似ている人が居る事?
それとも……ほむ魔と名乗る、あの冒涜的な存在? いや、そもそも、私はあの存在の何に対して冒涜的だと思ったのか。
「あはっ、ほむらもメガほむも、まどかの事が大好きなんだね。まどかって、『暁美ほむら』にモテるんだなぁ」
「そうだね。さやかちゃん」
「……え? 否定しないの?」
「えへへ……ほむらちゃん達が好きだって言ってくれるの、凄く嬉しいんだもん。否定なんて出来ないよ」
まどかが隣に居て、美樹さん……美樹さやかと一緒に話している。見慣れた光景の筈なのに、どこか変だ。何か、絶対に有り得ない事を見ている気持ちにさせられる。
けれど、まどかに受け入れて貰える事は、それだけで天にも昇る心地にさせてくれた。こんな幸せが人生の上で存在する事に対しても、違和感が有る。
まるで自分が幸福になる資格を失った人間の様だ。そう思っている自分もまた、変だ。
私達って、これが正しい状態だったっけ……?
幾多の疑問が浮かび、答えが一向に思い浮かばない。酷いもどかしさを覚えながらも、私は一つの慄然たる可能性に気づいていた。
もしかすると、あらゆる疑問は私の気のせいであって、そんな妄想めいた疑念を抱く自分自身の精神が狂っているのかもしれない。
今の幸福に疑いを覚え、現状の全てを奇妙な物と感じているのだ。それは、果たして狂人の精神ではないだろうか。
自分の置かれた幸福な状況に対する疑念。そして、自らに対する疑念が、私の思考を否応なしに染めていた。
『叛逆の物語』で言う、「私達の戦いって、これで良かったんだっけ……?」までです。
-解説-
『手作りのケーキ』
まどペンの全員絆イベントから。
『ラッコとアザラシ』
ほむラッコと、ごまどかの事。
『暁美さんの魔法少女の姿』
悪魔バージョン。通常の暁美ほむらが見たら、露出の多さに恥ずかしくて倒れそうになるデザインだと思います。
『変身シーン』
多分、この2部で一番考え込んだシーン。叛逆の物語と言えば、あの特徴的な変身シーンですよね。あれを私なりにやってみたいと思った結果がこれ。ダンスの題は、人形です。