使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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間違いない、此処は……魔女の、結界?

 

「お互いに動きの読み合いね……でも、同じ条件で私に勝てる?」

「こ、根比べなら、負けません……!」

 

 巴さんの声を聞いて、私の手が動き出す。

 棒が積み重なって塔になった玩具が目の前に有り、私はその中の一本を引いた。際どい部分を狙った為に、塔はかなり揺れて、今にも崩れそうになる。

 けど、何とか倒れずに済んだみたいだ。幾度か揺れたが、動きが止まる。かなり傾きかけていたけれど、それでも巴さんなら当たり前の様に塔を崩さずに棒を引いてみせるだろう。

 自信が有るのか、巴さん……いいえ、巴マミは堂々としながらも口元を押さえてクスクスと笑い声をあげていた。

 

「ふふ、埒が開かないわね」

「巴さんが上手いんです」

「メガほむさんだって、上手いわ」

 

 当たり前の様に、彼女は私をあだ名で呼んでいる。まどかが付けてくれた素敵な名前だけれど、それでも『暁美さん』という呼ばれ方に懐かしい物を感じてしまうのは、仕方が無い事だろう。

 時間はもう零時を過ぎていた。明日は祝日だから、寝坊の心配は無い。真夜中に魔獣と戦う魔法少女にとっては、この程度の事は問題ではないのだ。

 しかしながら、今、巴マミが私の目の前に居るのは理由がある。それは勿論、ちょっとした遊びが思いの外盛り上がって、他の人達が寝た後までずっと遊び続けていたから、というのも大きいのだが。

 

「もうこんな時間ね……さて……話って何かしら?」

 

 塔を置いて、巴マミは少し表情を改めた。彼女が夜遅くまで私と遊んでいたのは、私が相談を持ちかけたからなのだ。他の人には聞かれたくないと告げた為に、彼女は今まで待っていてくれた。

 

「ごめんなさい。こんな夜遅くに」

「いいえ、良いのよ。みんなには聞かれたくない相談なのよね」

 

 もう、他のみんなは眠っている。お泊まり会のベッドは少し離れた場所に有り、そこで集まって寝ていた。まどかと暁美さんが寄り添う様に眠っている姿を見ていると、何だか酷く心が乱されている気がした。

 

「それで……話って、何かしら?」

「あの……その、最近、何だか変な感じがするんです」

 

 巴マミが無言で続きを促してきたので、私はすぐに話を続ける事にする。

 

「私の記憶と、色々な物が食い違ってて……」

 

 一度言葉を区切り、巴マミの顔色を窺ってみる。

 特に、何らかの変わった表情を見せている訳ではなかった。むしろ心配そうに私を見つめる所からは、平素の優しい女性という印象しか読み取れない。

 だからこそ、彼女が私へ向けて時折見せる強い警戒心、そして、一日に一度くらいのペースで浮かべる、邪悪とも呼べる笑顔への違和感は殊更強い物だった。

 

「あの。失礼ですけど、巴さんって、こんなじゃなかった様な気がして……」

 

 とても失礼な発言だとは承知していたが、言葉は止まらなかった。

 巴マミは私の言葉を気にもしていないのか、視線を上方へ持っていき、どこか別な場所を見る様な表情を見せている。

 

「ふぅん……そうね、あの子に会って、この気持ちを抱くまでの私とは違うわね」

 

 巴マミの表情が、異形の笑みへ変化する。

 ああ、これだ。この笑顔こそ、最も強い違和感であり、強烈な危険なのだ。

 佐倉杏子も変だったけど、巴マミはもっと奇妙だ。真偽の知れない記憶の彼女は、この様な邪悪な笑みなど見せた事は無い筈だというのに。

 

「私はね、一番大切な物を見つけたの。だから、それまでの自分とは全くの別人なのかもね」

「その、一番大切な物って……?」

「そうねぇ。『愛』、かしら?」

 

 ふふふ、と不気味に笑っている。そこには頼れる先輩でも優しいマミさんでもなく、ただ一人の狂った何者かが居る様に思えてしまう。

 言い様の無い恐怖を覚えると同時に、どこか羨ましくも思えた。誰かを想う彼女の気持ちは、狂気的なまでの域へ到達しているのだ。

 この部分からは何の有益な情報も得られない。むしろ、下手に干渉すると狂気に呑まれてしまう。そう直感して、私は別な質問をしてみる事を決めた。

 

「その……私と暁美さんって、似ていると思いませんか?」

「え?」

 

 少し考え込んでから、巴マミは答えた。

 

「まあ、そうね。眼鏡を取って、三つ編みを解いて、目つきとか雰囲気を変えたらそっくりだと思うわ」

 

 その返答は、私に概ね満足感を与えてくれる。

 決して、私と『暁美ほむらと名乗る少女』が完全な別人に見えている訳ではない。少なくとも、巴マミの目は暁美ほむらが二人居るという状況を把握している。

 それが分かれば最初の一歩としては十分だ。

 

「変……だと思いませんか? 同姓同名で、見かけも同じなんて」

「……どういう意味で、かしら?」巴マミの目に微かな鋭い物が宿る。

「ごめんなさい、暁美さんが変だと思ってる訳じゃないんです。暁美さんと私、何だか深い繋がりが有るんじゃないかなって……何か、聞いた事は有りませんか?」

 

 若干の嘘を混ぜつつも、何とか情報を得られないかと尋ねかける。

 しかしながら、それほど深い期待は抱いていなかった。今の巴マミは、どうも信頼するのが難しい相手に見える。

 だが、巴マミは私の質問を真剣に考えてくれた様で、申し訳なさそうに首を横へ振った。

 

「ごめんなさい。無いわ。けど、暁美さんは素敵な子よ……自分の気持ちをしっかり持っていて、共感出来るわ」

「じゃあ、その、暁美さんと出会ったのは何時なのか、覚えてますか?」

 

 続く質問に、巴マミはまた深く考え込んだ。

 何時出会ったのか、なんてそれほど難しい質問ではないというのに。

 此処で答えを即座に言えないという時点で、彼女が何らかの記憶操作を受けている……あるいは、彼女が嘘を吐いている事は明らかだった。

 

「……さあ、そうね。あえて言うなら、『この世界が生まれる前から』かしら?」

「え?」

「ふざけている訳ではないのよ。ごめんなさい、よく覚えていなくて。少なくとも、私が鹿目さんと会った時より前なのは確かよ。あの時の暁美さんは一人だったから」

 

 しかし、その答えには、嘘は感じられなかった。

 どうせ私は人の嘘を見抜く才能など無いけれど、その答えには誠意が感じられたんだ。

 

「そう、ですか……」

 

 口を紡ぎつつも、私は心の中で考え込んでいる。

 

 この世界に対する違和感、それを覚えているのは、私だけなの?

 それとも、狂った私が、有りもしない記憶を捏造しているだけ……?

 

 自分の中に宿り、今も私の思考を汚染し続ける疑念。それに少し苦しみを覚えた瞬間、物音が聞こえて、布団が並んだ場所から一人が起きあがった。

 寝癖だらけの桃色の髪が素敵に光り、目を擦る仕草が途方も無く愛らしい少女、まどかだった。私と巴マミの会話で、起こしてしまったらしい。

 

「……あれ? まだ、起きてたんだ……」

「ええ。どうしたの、鹿目さん」

「あ、マミさん。ちょっと目が覚めちゃって……」

 

 言いつつも、まどかは酷く眠そうにしている。今にも二度寝を初めてしまいそうだ。

 そんな愛くるしい姿に心を暴れ狂わせながらも、何とか表面的には平静を装い、巴マミとまどかの会話を耳にする。

 

「鹿目さん、何か飲む?」

「はぁい、お願いします」

「ココア……はカフェインが有るから、ホットミルクで良いかしら?」

 

 眠気が酷いのか、まどかは何も言わずに頷いた。

 その様子が面白かったのか、巴マミは楽しげに笑い出し、私へ向かって悪戯っぽい顔を見せてくる。

 

「凄く眠そうね、鹿目さん……そうだ、メガほむさん、鹿目さんと一緒に寝てあげたら?」

「……わたし、『ほむらちゃんサンドイッチ』がしたいなぁ。ほむらちゃんの間で寝るの、凄く幸せだと思うの」

 

 そう言われると、断れない。

 まどかと添い寝をした事は有るけど、極度の緊張で眠る事なんて全く出来なくて、結局朝までまどかの寝顔を見つめるだけで終わってしまったのだ。

 きっと、今回もそうなるだろう。自分の中に生まれたあらゆる疑念は、目の前にまどかが居るという事実の前には、酷く無力な物でしかない。

 

「ふわぁっ……あれっ……?」

 

 その時、まどかは椅子に座る感覚で座布団に腰掛けようとしたんだろう。バランスを崩して思い切り身体を滑らせ、転けそうになった。

 このままでは、背中を床で打ってしまう。そう考えると同時に、私は身体を動かしていた。

 

「まどかっ!」

 

 とっさに私は身を乗り出して、倒れそうになっていたまどかを抱き締める形で支える。

 その時、テーブルの上に置いてあった塔が私の胸元にぶつかってしまい、音を立てて崩れた。

 

「あ、崩れちゃった……」

 

 その音で、まどかは眠気を吹き飛ばしたんだろう、一気に目を見開き、呆然とした様な声を漏らす。

 次いで、自分の置かれている状況に気づいたらしく、まどかは少し俯いて、私へ謝罪を口にした。

 

 

 

 

「『ほむらちゃん』。その、ごめんね。私のせいで」

 

 

 

 

 

 槍で身を貫かれた様な衝撃が訪れた。

 謝罪の内容自体は、まどからしい物だ。そんな事は気にしなくても良いのに、と思う。が、その前に言った……私を『ほむらちゃん』と呼んだ事は、私の精神と記憶に巨大な影響を叩きつけた。

 一気に蓋が開き、あらゆる感情が溢れ出してくる。言葉に出来ない感動で心が埋め尽くされて、まどかの声に返事を口にする事も出来なくなる。

 

「ほむらちゃん?」

「……う、ううん。平気だよ。気にしないで」

 

 それでも、それでも私は何とか心を支え、まどかに返事をするという行為に神経を集中させる。

 そこで、まどかは自分が呼び方を間違えた事に気づいたのだろう、「あっ」と呟き、すぐに訂正を口にした。

 

「メガほむちゃんだったね。寝ぼけてたからかな、間違えちゃった」

 

 『ほむらちゃん』と呼ばれない事に寂しさを覚えながら、あだ名で呼んでくれる事に歓喜する。

 そこで、巴マミが暖めたミルクを持ってきた。カップの上から湯気が漏れていて、身体がとても暖まりそうだ。

 

「はい、ホットミルクよ。ちょっと熱めだから、ゆっくり飲んでね」

「はぁい、ありがとうございますっ」

 

 両手でカップを掴むと、まどかがふーふーと息を吹きかけて冷ましている。子供っぽい動作なのに、彼女がすると何より魅力的な姿だと思えてならない。

 

「美味しいです、これ……」

「そう? お気に入りメーカーの牛乳なのよ。あの子が紅茶を飲む時に入れたがるの」

「そうなんですか? やっぱり、マミさんは味覚が鋭いんだなぁ……」

「そんな事無いわ。鹿目さんだって結構繊細な舌を持ってるわよ?」

 

 巴マミと朗らかな会話を交わしている。

 そんな姿を無意識的に眺めつつ、私の精神が『蘇った記憶』を思い浮かべる。

 

 まどかに、『ほむらちゃん』と呼ばれる事が出来た。その瞬間、傷つき苦しんできた全ての記憶が、私の中に蘇ったんだ。

 

 幾らか思い出せない事は有ったけれど、そんなのはどうでも良い。私にとって、一番肝心な事……あの、交わした約束を思い出せたんだ。

 

「っ……くぅっ……」

 

 まどかを殺した最悪の記憶と、まどかと約束を交わした決意の記憶。それが同時に蘇り、否応なしに私に涙を流させた。

 それを見たからか、ホットミルクを楽しんでいたまどかが急激に顔色を変えて、詰め寄る様に私へ顔を近づけた。

 

「あ。ほむ、メガほむちゃん!? どうしたの、何か、辛い事が有ったの……?」

「だ、大丈夫。何でもないの、心配してくれてありがとう」

「ご、ごめんね。何だかわたし……」

「違うわ。本当に、まどかは何も悪くないから。ただちょっと、悲しい事を思い出しちゃって……」

 

 嘘ではない。悲しい事を思い出して、私は酷く泣いている。

 まどかが、側にいる。側に居てくれる。

 夢でも妄想でも良いから、今だけは涙する事を許して欲しかった。

 ずっと願っていた、けれど絶対に叶わないと諦めていた、まどかとの平穏で幸せな関係。それが今、叶っているんだ。

 例えそれが嘘だったとしても、今だけは嬉し涙を流させて欲しかった。

 

 

 

 

 

+-----

 

 

 でも、この世界は、変だ。

 

 記憶を取り戻した私が思ったのは、それだった。

 この世界は様々な部分が奇妙な状態になっている。特に、私の周辺に居る人々は、私の知る彼女達とは大きく異なっていた。

 巴マミの様子が酷くおかしい。私の記憶の中に有る彼女は、あんな怖い笑顔を見せる人ではなかった。

 だのに、この世界での巴マミは悪魔か何かの様な顔を見せる時が有る。強がりも、繊細な心も感じられず、曲がらない強固な価値観を抱いている。

 佐倉杏子は殆ど同じだが、もっと『悪っぽい』人格の持ち主だった筈だ。少なくとも、あんなに素直で快活な明るい人物では無かった。

 美樹さやかに至っては、存在自体が変だ。既に円環に導かれているのに、此処に居る。人格的には私の知っている彼女と相違無いが、時折私の行動を監視する様な目を向けてくる事が気になっている。

 

 そして……私に姿がよく似た『使い魔』を名乗るほむ魔、そして、暁美ほむらが居て、まどかを守る様な位置に居る。

 彼女達に関しては、存在自体がおかしい。だって、『暁美ほむら』は私なんだから。

 しかし、二人は私にそっくりな外見を持っていて、人格面も似通っている。特にまどかが絡んだ時の態度は、ほぼ同じだと言っても良いくらいだ。

 明らかにおかしい。何より奇妙なのは、同じ外見の人間が三人も居るのに、誰も疑問を抱いている素振りを見せない所だ。

 何者かが、都合良く記憶や印象を操作している疑いが強い。少なくとも、あのほむ魔という存在は明らかに怪しかった。その程度の事なら、片手間でやってしまうだろうから。

 

 

 だが、

 

 

 『鹿目まどかはもう居ないのに、此処に居る』

 

 

 この一点に比べれば、それ以外の全てがとるに足らない問題にしか感じられなかった。

 

 

 それは、最大の不審点だ。まどかは世界の何処にも居ない筈なのに、この一ヶ月間を私と一緒に過ごしていたんだから。

 ならば、あのまどかは偽物なのかもしれない。でも、それにしては、あの子の姿を見るだけで、私は泣きそうになってしまう。

 私の、まどかに対する感情の全てが偽物である事を否定している。しかし、理性は『あのまどかは偽物かもしれない』と告げてくる。

 もう一度、彼女に会いたかった。その気持ちは裏切れないし、誤魔化せない本心だ。だけれど、もしも。もしも円環の理に異常が発生していて、それが原因でまどかが現れたなら、私は全てを賭けてまどかを助けたいと思う。

 

 

 

 

 ……全員、私の見ている都合の良い幻だという可能性も有った。自分が正気だという確信を持てない為に、否定し切るのは難しい。寝ている間に見る夢じゃないかと疑う気持ちも有る。

 そうでなければ、魔女の結界だ。

 閉ざされた空間で、記憶の操作が働いているんだとすれば、私達の記憶を捏造された物にすり替える事くらいは簡単だろう。

 

 でも……でも……

 

「な、旨いだろ、ここのラーメン」

「は、はい。あつつっ……!」

「おいおい、無理して喰うなよ。もうちょっと落ち着いてから一気にいけよ」

 

 ……ここは、風見野市に有る、佐倉杏子お勧めのラーメン屋だ。彼女に頼んで連れて来て貰った。

 そう、風見野は、有る。見滝原市だけではない。この世界は、閉ざされていない。

 

「普通に行けたじゃねえか、風見野。何が気にかかってたんだ?」

 

 佐倉杏子の尋ね掛けてくる声が、何処か遠くに聞こえている。『この見滝原に外は無い』と確信していただけに、ある意味で愕然としてしまう。

 私は今、自分の仮説の一つが間違っていた事を思い知らされていた。風見野まで再現された大規模な魔女の結界という可能性を推理する事も出来たが、現実味の無い考えだと思えた。

 

「……私の、勘違いだったみたいです」

「そっか。まあ、そういう事も有るだろ。また何か有ったら相談しろよ」

 

 こちらの言葉をどういう風に受け取ったのか、佐倉杏子は私を笑い飛ばしもせず、それなりの真摯さで私の肩を叩いてくれる。

 

「じゃ、此処はあたしが奢ってやるよ」

「えっ……? でも、私が奢る約束で……」

「良いって。気にすんなよ」

 

 八重歯を出して笑う姿が、とても印象深い。彼女の言動からは、過去のトラウマは何一つ見て取れなかった。

 『無理をする事をやめて、自然な態度で生きる事』。この奇妙な世界では、私の知る魔法少女達は皆、そういう風に生きている。

 まさに理想郷だ。だけど、そんな幸福を喜んで受け取れる程、私は大人しくは……

 

「あっつぃ!」

「無理して喰うなって言ったろうが。舌、火傷すんぞ。ほら、水飲めよ」

 

 ……考え込みながらラーメンを啜っていたのがいけなかった。舌がヒリヒリする。

 しかし、こんな感触までリアルな物だ。このラーメンは本物の職人芸という雰囲気が有るし、夢の中にしては本当に舌が痛い。

 私は、ラーメンの作り方や味には詳しくない。知らない事は夢に出ようがない。だから、この世界が私の見ている夢だという可能性は、限りなく低い様に思えた。

 

 だとすると、余計に自分が狂人だという可能性が高まるので、その疑念から目を逸らしたくなったのだが。

 

 

+-----

 

 

「ほむらちゃん、此処は?」

「そうね、この式は……」

 

 テーブルから身を乗り出して、まどかに数式の解き方を懇切丁寧に、出来るだけ分かりやすく解説している『暁美ほむら』……便宜的に、暁美さんと呼ぼう。その姿を眺めつつ、私は自分の宿題を片づけていた。

 私と暁美さんはまどかの部屋に集まり、四角いテーブルを囲んでいた。まどかと一緒の勉強会だ。

 転校初日に誘った時以来、私達の時間が空いている時に集まっている。三人居れば殆どの教科を勉強出来て、その上、まどかと一緒に居られるんだ。何の不満も無かった。

 

「メガほむちゃん、何か分からない事は有る?」

「大丈夫だよ、まどか。ありがとう」

 

 苦手な教科を勉強する時は、まどかに色々と教えて貰っている。

 ……記憶を取り戻した私にとっては苦手でも何でもない教科なので、まどかに教わる必要は無い。それが少し残念だと思う自分を否定出来なかった。

 

「ほら、まどか。彼女の事より自分の勉強を優先しなさい。このままじゃ赤点よ」

「わ、分かってるもん」

 

 暁美さんの言葉を受けて、まどかは自分の勉強へと戻っていく。

 あの『暁美さん』は随分と優秀なのか、私より幾らか勉強が出来る様だ。

 まどかに対する教え方は本職の教師より遙かに上手く、明らかに専門の教育を受けた様な巧みさが有った。

 もしも、彼女が私と同じ考え方をしていたんだとすれば、暁美さんは必死で『物の教え方』を学んだに違いなく、まどかの為なら労力を厭わない点に関しては共感を抱ける物が有った。

 

「あ、分かった! やっと分かったよ、ほむらちゃん!」

「ふふ、良かったわね。何かご褒美が必要かもしれないわ」

 

 嬉しそうに顔色を緩める所からは、感情が読みとりにくい。けど、自分と同じ顔をしているからか、その奥には隠しきれない『努力が報われた喜び』が見て取れた。

 きっと、まどかも気づいているんだろう。朗らかに暁美さんと腕を組むと、上目遣いで口を開く。

 

「じゃあ、そうだねー……『まどか、だいっ好き!』って言ってくれる?」

「えっ……そ、それを言うの? 大体、それは彼女の言葉じゃ……」

「でも、ほむらちゃんにそう言って貰えたら、嬉しいな」

 

 あの上目遣いは、『暁美ほむら』にとっては強烈な物となる。拒絶など、出来る筈も無い。

 暁美さんも抵抗する気が無いのか、顔を赤くして俯きつつも、小さな声で言い放った。

 

「……まどか、だいっ好きよ」

「うん。私もほむらちゃんが、だいっ好きだよ!」

 

 嬉しそうにまどかが暁美さんの肩を抱き、空いている方のてで私の肩も引き寄せた。

 

「メガほむちゃんも、だいっ好き!」

「う、うん。私もだよ、まどか」

 

 私達はされるがままにまどかに抱かれて、両面からまどかを挟んでいる。いつまでも、こんな風に彼女の存在を感じていたくなってしまう。

 

「ふふ、ほむらちゃんもメガほむちゃんも、わたしとずっと仲良くしてくれて嬉しいな」

「私も、まどかに好意を向けられるのは幸せよ」

「私もだよ、まどか。こんな風に仲良くしてくれて、とっても良い気分なの」

 

 意識的に口調を柔らかくしつつも、出た言葉は本心だった。

 私達が殆ど同時に口にした好意は確かにまどかへ届いたらしく、彼女は小さな笑い声を漏らしたかと思うと、私達の髪を撫で回す。

 

「三つ編みのメガほむちゃんも、ストレートのほむらちゃんも。髪質は同じくらい良いよね。わたしも見習いたいなぁ」

 

 まどかに、髪を誉められた。それだけの事でも、私にとっては十分過ぎる程に嬉しい。

 まだ、私は三つ編みと眼鏡を止めていない。暁美さんと間違われたくないからだ。まどかに間違えられたら、きっと落ち込んでしまう。

 

「まどかの髪は柔らかくて、良い香りがするわ。私の髪よりずっと綺麗よ」

「えへへっ、そうかな……実はね、頑張ってほむらちゃんみたいな髪にしたいなって、丁寧にお手入れしてるの」

 

 照れる所を見ていると、心が温まる。私達の髪に触れる手つきは優しくて、何だか眠くなってきてしまった。自分はきっと、トロンとした顔になっている。

 暁美さんも、喜びを隠し切れずに目を細めて、強い幸福を現していた。やはり、私と彼女は似た感性を持っていて、何よりまどかが大好きなのだ。

 まどかは私達を堪能するかの様に髪を撫で終えると、思い出した様に時計を確認する。もうそれなりに良い時間だ。

 

「あっ、もうこんな時間だ。えへへ、そろそろわたし、お風呂入らなきゃ……」

 

 私は少し早い時間だと思ったが、まどかの就寝は早い。お風呂の時間としては、妥当な物だ。

 

「行ってらっしゃい、まどか」

 

 暁美さんがまどかから離れる。

 

「んー、一緒に入ろっか?」

 

 思いついた様子のまどかの発言によって、私と暁美さんは顔色を変えた。動揺の余り、今まで考えていた全ての事を忘れてしまいそうになる程だった。

 

「あっ」

「きょ、今日も、一緒に入るの?」

「えへへ、『今日は』冗談だよ。三人で入ったら、流石に狭過ぎるしね」

 

 冗談だったらしい。内心で少し残念に思っている自分を感じ取って、自戒する。まどかと一緒にお風呂へ入った事が無いとは言わないが、緊張して身体も洗えなくなってしまうから。

 きっと、暁美さんも似た様な物だろう。自分と同じ顔をしているからか、彼女が安堵している事が伝わってくる。

 

「えっと。二人とも、待っててね」

 

 可愛らしい冗談を口にしたまどかは、ご機嫌な様子で立ち上がり、私達へ軽く手を振って部屋を出ていく。あの小さな背中が、私にとっては何よりの宝だった。

 

 

 ……記憶って良い物ね。一つ取り戻すと、もっともっとあの子の良い所を実感できる。

 ええ、思い出したわ。鹿目まどか。

 私はあの子が大好きだった。気遣いが出来て、暖かくて、その上誰よりも優しい心の持ち主で。あの子を想って戦える事は、何時だって幸せすぎて……嬉しかった。

 記憶を取り戻せて良かった。今まで自分が、誰を想って戦い続けていたのかを忘れていたなんて。

 

 

 例え、この気持ちが自分の妄想であったとしても、私はまどかの事が大好きだ。それだけは、誓って本当だと断言できる。

 だからこそ、余計に自分の記憶が気になってしまう。この世界にまどかが存在している事が、どうしようもない違和感として私の背中に乗っている。

 

「……少し、話が有るの。付き合って貰えるかしら」

 

 まどかの気配が完全に消えたのを見計らって、私は暁美さんへ話しかけた。

 口調が自然に冷たくなり、まどかに対する暖かくも幸せな感情は奥へと引っ込んでしまい、気持ちは完全に切り替わっていた。

 私の急激な変化に、暁美さんは戸惑う様子すら見せなかった。むしろ、それが当然の事であるかの様な顔をして、私へ向かって頷いてくる。

 

「ええ、構わないわよ。メガほむさん……いいえ、暁美ほむらさん」

 

 今更フルネームで呼ばれると、何となく違和感が有る。

 だが、向こうも私に対して何らかの警戒を覚えている様だ。こちらから攻撃を仕掛ければ、即座に反撃を加えてくるだろう。

 それに、此処はまどかの部屋だ。戦闘になって、家具やぬいぐるみ、ノートなんかに傷がついてしまうのは避けたい。万が一戦いになった場合に備えて、私はこの場を離れる事を考えた。

 

「此処じゃ不味いから、少し離れた場所で話しても良いかしら」

「……でも、まどかを心配させるのは不味いわね」

 

 それは分かっている。急に居なくなれば、まどかを心配させてしまうのは間違い無い。

 しかし、どうしても暁美さんとは話しをする必要が有る。悩ましい所だったが、暁美さんは何らかの解決策を持っているのだろう。軽く腕を出して、そこを魔力で覆っていた。

 すると、そこから時計とも取れるデザインの盾が出現した。私も、時間操作の魔法が使えた時に使っていた物だから、よく知っている。

 

「止めるわよ」

 

 その一言を聞いて、私は素早く暁美さんの腕を掴んだ。次の瞬間には今まで自分達の居た場所がモノクロになり、時間が停止する。

 

「行きましょう」

 

 私の腕を掴み返し、暁美さんに引っ張る様に持ち上げられる。何かを言う暇も与えられずに脇で抱えられ、そのまま窓から飛び出した。

 暁美さんは怜悧な表情を崩さないまま、魔法少女としての脚力で屋根を蹴って飛んだ。完全に、あちらのペースに乗せられている。

 しかし、妙な共感が有った為だろうか、不思議と危険は感じられず、むしろ、まどかに対する気遣いに溢れた態度が好意的に思えてしまった。

 

「……貴女は、まどかをどう思っているの?」

 

 だから、尋ねてみた。私と全く同じで決定的に違う少女が、まどかをどういう目で見ているのかが、どうしても気になって。

 私の質問は意表を突いた物だったのだろう。彼女は一瞬だけ足を止めて、目を瞑り、心の内側から響かせる様に答えを告げた。

 

「まどかは、まどかは素敵な人よ。私を好きだって言ってくれて、大事にしてくれて。気持ちを分かってくれて、優しくしてくれて、愛してくれて、私に救われてくれて。私を救ってくれて。こんな風な関係になれるなんて、夢にも思っていなかったわ」

 

 それは酷く感慨深げであり、同時に幸せを噛み締めた口調だった。紛れも無い本心から来る言葉だという事が、私には分かる。

 そして、彼女は陶酔した雰囲気を放ちながら、小さな声で呟いた。

 

「……悪魔になった時は、私は許されない存在だと思っていたのにね」

「それは、どういう……?」

「貴女には知る必要の無い事よ」

 

 眉を顰め、私に向かってきっぱりと拒絶を口にする。

 でも、私には彼女の内心が不思議と読み取れた。思わず口を滑らせたんだ。まどかの話をしている内に、自分では口に出す気の無かった部分まで話してしまったんだろう。

 悪魔。悪魔。単語の意味は分かる。だが、それと『暁美ほむら』に何の関わりが有るのか。それは全く分からなかった。

 




-解説-

『棒が積み重なって塔になった玩具』
 一昔前にパーティグッズとして流行しましたよね。

『ラーメン屋』
 風見野に有るという、杏子の通っていたラーメン屋。

『……記憶って良い物ね~』
 叛逆の物語の『記憶って厄介な物ね~』から。本来は巴マミに向けられた物ですが、本作ではまどかに向けられている為、好意に満ち溢れた内容となっています。
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