使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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願望の世界

 

「さあ、着いたわよ」

 

 私を抱えた暁美さんは、投げ出す様に私を地面へ降ろした。

 水溜まりが目立つコンクリートの上に降り立って、私は周囲の様子を確認する。此処は見覚えの有る路地裏で、人通りなんか一つも無い。秘密の会話には丁度良い場所だ。

 

「さて、話って何かしら」

 

 今も時間は停止したままだ。その為、私と暁美さんは互いの肩を掴んだ状態のまま、対面している。

 少しの間、お互いに何も言わなかった。最初に何を言うべきか。下手に敵対する事は避けたい。暁美さんとまどかは仲が良いから、もし戦えば、まどかを不快にさせてしまうかもしれない。

 だからこそ、言葉は慎重に選ぶ。じっと考えていると、痺れを切らせたのか、向こうから話しかけてきた。

 

「まどかを心配させるといけないわ。手短にお願いするわね」

 

 向こうも、まどかの事を考えていた。

 やはり、私達は同じ事を考えている様だ。だからこそ、『どういう言い方をすれば暁美ほむらと敵対せずに済むか』を考えていたのだが、これ以上黙り込んでいるのは余計に不味い。

 そう判断して、まず事情を説明をしようとする。それに伴い、彼女が何者であるのかを調べる意味で、顔をしっかり見つめた。

 すると、彼女もまた私の顔を見つめて、私が何かを言う前に、納得した様子で頷いていた。

 

「……成る程ね。その様子だと、何か気づいた、という事で良いのかしら」

 

 私が彼女の考えを読み取れる様に、彼女も私の考えを読み取ったらしい。

 少なくとも、告げられた言葉は正解だった。

 

「……ええ、そうよ。思い出したわ、私が何者で、何処から来たのか」

「そう」

 

 正直に答えると、彼女は何を思ったのか、口元に笑みを浮かべた。どこか病的な悪意を感じる……作り笑いだ。

 

「貴女の思い出した記憶は、永遠の迷路の中で迷子になっていた事、で良いのかしら?」

「……ええ。その通りよ」

 

 彼女の質問内容に驚きを覚えつつも、素直に頷く。確かに、私はかつて何度も同じ時間を繰り返した時の事を覚えている。魔女の事も、魔法少女の事も。

 ……そして、円環の理の事も。

 

「酷く、懐かしいわ」

 

 私の言葉を聞くと、暁美さんは強い懐古を表情に出して、遠くを見る様な目となった。その瞳には、何が映っているのだろうか。

 

「あの頃は辛かったわね。どうしてもまどかを救えなくて、ワルプルギスの夜に勝てなくて……何度も泣いて、苦しんで。まどかに分かって貰えた時は、悲しかったけど、同じくらい嬉しかった」

 

 沢山の想いを込めた口調で、本当に昔を懐かしんでいる。言葉の中には確かな実感が有って、その中に嘘が何一つ含まれていない事を現している。

 彼女は、紛れもなく暁美ほむらだった。自分自身の事だから、よく分かる。

 

 けど、それならば。私は、誰?

 

「貴女、魔女の事は覚えてる?」

「ええ、勿論。かつて魔法少女が行き着く果ての姿だったもの、よね?」暁美さんは、魔女の事も知っていた。

 

 間違いない。目の前の暁美ほむらは、私と同じく『円環の理が生まれる前の世界』を覚えている。

 

「でも、覚えているのはただ一人。私……暁美ほむらだけだった筈」

「……そうね」含み笑いをしながら、暁美さんは私の話を聞いていた。

「此処には、あり得ない存在が多すぎる、巴マミと佐倉杏子の性格、美樹さやかの存在、しかも、暁美ほむらが二人居て……何より、まどかが此処にいる」

 

 思い切り意志を篭めて睨んだが、暁美さんは全く動じなかった。当然だ、私達は同じ姿なんだから、鏡で自分の顔を見ている様な物でしかない。

 それでも、私は思いきり力を入れて、彼女の姿を見つめ続けた。

 

「あなたは、何者? 暁美ほむら、いいえ、あなたの正体は何なの……!?」

 

 自分の中に宿る疑念の全てを、今だけは力に変える。絶対に真実を見抜こうと、必死で暁美さんの表情の変化を観察する。

 すると、暁美さんは何を思ったのか口元を押さえて、小さな声で笑い出した。その笑い方には呆れが混じっていたが、どこか賞賛されている気持ちにもさせられた。

 

「ふふ、普通。そこは私が二人居る事を最後に持ってこないかしら?」

「まどかの存在に比べれば、私が二人居るのは些細な事でしょう? ただ、まどかを調べるのは気が引けたから、私が二人居る理由を調べる事を優先しただけよ」

 

 ポカンとした顔になって、目を思い切り丸くした。私は、こんな表情も出来るのか。内心で小さな感動を覚える。

 

「ふ、ふふ。ふっ……く、ふふ」

 

 そこで、彼女はお腹を抱えて、堪えきれない様子で笑いだした。

 どこか悪魔めいた雰囲気の有る声の使い方だ。こんな風に大声で笑う自分の姿を客観的に眺めるのは、何となく気恥ずかしさが有った。

 

「あは、はははっ……成る程。彼女が貴女を選んだ理由は、貴女のそういう所なのね……」

 

 一通り笑ったかと思うと、暁美さんは口元に邪悪とも取れる笑みを浮かべたまま、じっと私の姿を見つめてくる。

 私の言葉を待っている様だ。

 

「さあ、答えて。貴女は、誰?」

「……さて、何かしらね? かつて、私は確かに暁美ほむらと呼ばれていた。けれど、今の私は、厳密には暁美ほむらじゃないかもしれないわ」

 

 軽く腕を広げると、暁美さんは不気味な雰囲気を纏った。そこから感じられる力は、同じ暁美ほむらとは思えないくらいに巨大で、闇色に輝いていた。

 でも、あのほむ魔と呼ばれた存在のおぞましき気配に比べれば幾分か対応出来る。私は気を強く持って、睨み返してやった。

 その反応を賞賛するかの様に、暁美さんは指を一本突き出して私の目前に置いた。

 

「一つ、良い事を教えてあげる」

 

 近づけられた瞳はどこか自慢げで、得意げで。何よりも暗い優越感に歪んだ色をしていた。

 肩を掴まれたまま、顔を近づけられている。私達の吐息が混ざり合うくらいの距離まで接近していて、目の前に迫る艶やかな空気が息苦しい気分にさせる。

 これは、危険だ。

 

「確かに、貴女と私は同じよ。でも、私と貴女には、決定的な差が有るわ……まどかに再会したか、再会していないか、よ」

 

 嫌悪感にも似た殺気を叩きつけられた。

 時間操作の魔法が解除されて、代わりに凄まじい力が迫って来る。攻撃の類ではない。ただ、その身の奥に隠していた力を解放しただけだ。

 

「まだ感情の極みに到達していない貴女が、既に到達している私と互角にやり合うなんて、無理だと思わない?」

 

 ただの一言の中に、猛悪な感情が隠されている。何という、恐るべき相手だ。

 それでも、この『悪魔に等しく邪なるもの』は、暁美ほむらだった。だって、『まどか』という名前を口にする時の彼女の声音は、愛しい人を想う物だったのだから。

 

「さて……危害を加えるつもりは無いけれど……どうしましょうか?」

 

 暁美さん……いや、悪魔の口から、嗜虐心と嫌悪感が漏れている。

 どうして、私に対してそんな感情を向けてくるのか。そんな疑問を抱いている場合ではないというのに、つい考えてしまう。このままでは、何かが危険だ。分かっているが、動けない。

 

 そんな時、消火器が飛んできた。

 

 何処にでも有る、ありふれた消火器だった。それは私と悪魔の間を引き裂く様に天から落ちてきて、その先端部が見事に地面へと突き刺さる。幸い、中身が飛び出す事はしなかった。

 そこには、『同族嫌悪?』と書かれた青色の紙が貼り付けられていて、とても印象的だった。

 それを見た悪魔は少しばかり目を見開き、大きく息を吐く。その吐息と一緒に凶悪な存在感も四散して、後には単なる『暁美ほむら』が残る。

 

「そう、かもしれない。暁美ほむら同士だから、何となく嫌悪していたのは否定しないわ……でも、少しやりすぎたのね。ああ、まどかに叱られるわ……」

 

 落ち込んだ様子で、悪魔……暁美さんは俯いた。

 この人の何処が悪魔なんだろうか。まどかに怒られるかもしれない所を想像して気落ちしている姿からは、何の覇気も感じられない。

 先程までは何だったのかと思いたくなる。

 

「一体、何が有ったというの……?」気づけば、私は問いかけていた。

「ちょっと、貴女を怖がらせてしまったから。ええ、きっとこれを知られたら、まどかに怒られるわ」

「……気持ちは察するわ」

 

 やはり、それなりに落ち込んでいる。しかし、気を取り直したらしく、彼女は一度咳払いをして、私から距離を取った。

 

「貴女が昔の自分に似ていたから。つい、ね」

 

 自虐的な笑みを作ると、彼女は私から背を向けた。こちらからの質問になど、答える気は無い様だ。

 むしろ、その背中が『私に聞かず、自分で調べろ』と言っている気さえする。

 

「……『私達が』変身する為に必要な物を、一つ思い浮かべなさい」

「え?」

「それがヒントよ。後は自力で何とかしなさい。貴女も暁美ほむらなら、自分が何をするべきかは分かるでしょう?」

 

 確信を篭めた口調で、私に聞こえる様に呟くと、彼女は路地の出口へと歩を進めた。その歩調はかなり早く、瞬く間に遠ざかっていく。

 まだ、話は終わっていない。呼び止めようと口を開くと、それより早く彼女が唐突に足を止めて、こちらを振り向かずに声だけを放って来た。

 

「……ああ。もう一つ、忘れていたわね」

 

 声の中に何処か硬質な物を宿らせて、彼女は嘆く様に、または誇る様に言葉を続けた。

 

「まどかは、自分が犠牲になったなんて思ってないわ。あの子は何時だって、何時だって誰よりも素敵な人。暁美ほむらが助ける必要なんて、本来は無いのよ。多分、ね」

 

 何の話かは分からない。けれど、何かしらの重要な意味が含まれた話だという事だけは伝わってくる。

 それはどうも、私への助言に聞こえていた。私が道を踏み外さない様に、気遣っているんだ。

 

「だから、私みたいに、まどかの為を思って先走るのは止めなさい。きっと、それが一番まどかの心を傷つけて、辛い思いをさせる事になるから」

 

 私に対して背を向けたまま、彼女は何処か遠くの空を見上げて、言葉の中に嘆きを篭める。

 

「だって、私達は暁美ほむらだもの。何時まで経っても、まどかとはすれ違ってばっかりよ……私は違うけれど、ね」

 

 最後の一言に強く嬉しそうな感情を現したかと思うと、彼女の姿は一瞬にして消えた。

 瞬間移動にも見えたが、私には分かる。時間操作によって、止まった時の中を移動したんだ。私もかつては使い慣れていた物だから、よく分かる。

 追いかけられるとは思わなかった。時間操作の魔法が使える彼女と、使えない自分。有利なのは、明らかに前者だ。

 

 結局、彼女が何を言いたいかは上手く伝わって来なかった。ただ、彼女は間違いなく鹿目まどかを大切にしている。その点に関しては、強烈な共感を覚えた。

 

 やはり、彼女は暁美ほむらだ。

 

 ならば、と。私は教えられたヒントを頭の中で反芻する。暁美ほむらが、私と同じ存在が教えた事だ。何かしらの意味が有るに違いない。

 『魔法少女が変身する時に必要としている物』。そんなのは、誰だって分かる。

 

 

 そう、ソウルジェ……え?

 

 

「……え?」

 

 

 

+-----

 

 ……そうだ。

 

 そもそも、私は『ソウルジェムを持っていない』。

 今までずっと魔法少女になっていなかった事に、私は今更ながら気づいた。

 

 だったら、私は何者なんだろう?

 

+-----

 

 

 気づけば、私は土手の上を歩いていた。

 無意識の内に身体が動いていたらしく、見慣れた川沿いが視界に広がっている。

 受けた精神的な衝撃が大き過ぎて、まともに思考する事が出来なかったんだろう。無意識の内に歩いていた自分は、傍から見れば夢遊病に近い有様だったに違いない。

 

 何とか頭を働かせて、自分の中で幾らか考えを纏めて頭を冷やし、冷静になろうとする。

 

 『まどかの居る世界を作れるのは、まどかを知っている人だけ』

 

 私は、既にその点に気づいていた。

 きっと、その予測は正しい。だから、あの『暁美ほむら』は疑わしく思っていたのだ。勿論、私自身も相当に怪しかったのだが。

 しかし、その疑いを探ってみた結果、もっと恐ろしい事が明らかになってしまった。『私が暁美ほむら』だというのは、間違いだったのかもしれないんだ。

 

 もしかして、もしかすると、偽物なのは私の方で、『暁美ほむら』は彼女なのではないか。

 私は『魔女になった暁美ほむら』ではなく、『魔女の結界に取り込まれた暁美ほむら』でもなく、ただの魔女の手下……使い魔なんじゃないか。

 

 だって、私はソウルジェムを持っていないんだ。なのに、私は自分が魔法少女だと信じ込んでいた。昔、自分が騎士だと妄想して旅に出た男の物語を聞いた事が有るけれど、まさにそれだ。

 ソウルジェムを持たない私は、魔法少女ではない。

 もしかすると、『暁美ほむら』という名を持つ者でさえないのか。

 

 私は、ある程度は魔力を扱う事も出来るし、魔力を感じる事も出来る。ソウルジェムを持っていないのに、そんな事が可能な存在を、私は魔女とその使い魔、後は魔獣くらいしか知らない。

 私という存在は、あの『暁美ほむら』が作り上げた、『自分を暁美ほむらだと思い込んでいる』単なる人形に過ぎないとしたら。

 

 だとすると、怖い。

 今まで自分が少しずつ取り戻してきた記憶。私はそれに縋って、自分の置かれた状況を理解しようとしてきた。だが、本当は私の方が夢の産物でしかないのなら……

 恐怖が私を蝕む。今までの土台が一気に崩れ、落ちていく様にすら感じられる。

 

 まどかの笑顔や、まどかの存在を思い出して、何とか心を支えた。今となっては、彼女こそが唯一の光だった。

 彼女が此処に居る事はよく分からない。だが、それでも鹿目まどかの存在は、私にとって何よりも優先すべき価値が有った。

 

 

 とにかく、自分の存在の真偽を確かめなければならない。

 こんな精神状態では、まともにまどかと顔を合わせる事すら出来ないし、こんな無様な顔をした自分を、まどかに見せたくはなかった。

 

「となると、方法は、一つよね」

 

 虚空に呟くと、土手の下に置かれたコンクリートブロックへ偶然に目が行った。あれを使おう、そう思って、そちらへ近づく。

 何の変哲も無いブロックだ。そこへ私は手を置いて、制服の上着を脱ぐ。ワイシャツ姿になり、上着を使ってブロックに自分の手を縛り付ける。

 そして、周囲に誰も居ない事を確認すると、私は何処かから拳銃を取り出していた。

 この拳銃も、何時の間にか持っていた物だ。こんな物を何処かから持って来る事が出来るのだから、少なくとも私には何らかの魔法的な力が有るんだろう。

 では、何が真実で何が嘘なのか。確認する術は、有る。

 

 コンクリートに縛り付けた手へ拳銃を突きつけ、引き金に指をかける。痛覚は打ち消し、すぐに魔力で修復出来る様に準備をする。

 もう一度周囲に見ている人間が居ない事を確認して、私は自分の手の甲に銃口を押しつけた。

 もし、私が偽物だったなら、あのほむ魔と名乗る存在と同質であったなら、深い怪我を負えば何かしらの反応が有る筈だ。

 だからこそ、あのほむ魔がやったのと同じ様に、自分の手に穴を開けてみれば良い。それで出血が有るなら私の身体は人間の物で、別の何かが見えるならば、私は人間ではない事が確定する。

 だから、手を撃つ。言葉にするのは簡単だったが、実行するには勇気が要った。まどかを撃った時の様な地獄の苦痛は無かったが、それでも指先は震えていた。

 

 自分の手を吹き飛ばすのだ、怖い。怖いけれど、このまま自分が本物なのか偽物なのかも分からないままで過ごす事の不安に比べれば、まだ良い。

 それでも怖くて、目を背け、瞼を閉じた。痛くないと分かっていたって、見たくない。

 

 何度か深呼吸をする。心を落ち着かせて、何時もと同じ様に引き金に力を込める。ああ、安全装置を外すのを忘れていた。私とした事が。

 反省で気持ちを静めて、しっかりと撃てる様に震えも無理矢理抑え込んで、それから、引き金を……

 




今回、凄く短いです。今まで殆どやって無かったんですが、試しに「次回に続く!」的な話の切り方をしてみたくなったので。

-解説- 

『ソウルジェム』
 ここまで、文中にも台詞にもソウルジェムという単語は入れてないと思います。

『自分の手を吹き飛ばすのだ~』
 こんな事言いつつ、多分、それがまどかの為になるなら、平然と腕くらい吹き飛ばすでしょうね。
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