使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
私の返事を聞くと、ほむ魔は思い切りニッコリと笑った。どうも、『満面の笑み』、というのは私の顔では似合わない物だと思っていたが、彼女には相応の表情に見えた。
「そう言うと思って、準備は終えているわ」
やはり、私の返事は分かっていたのだろう。彼女は私の肩を何度も叩き、喜ばしげな態度を取る。これが彼女の素だろう。
今の私の身体を構成しているのは、彼女と同じ物だ。だから、私はこの世界の誰よりも、目の前のほむ魔という人物を理解出来た。
「貴女の世界には私も力を貸すから……そう、あえて言うなら『私と契約して、まどかの為に生きなさい』と言った所かしら?」
冗談めかして口にした言葉を聞いて、笑いがこみ上げてきた。まさか、そんな事を言ってくるとは思わなかったのだ。
「その台詞を、他ならぬ私の声で聞く事になるなんてね」
「命令口調な分、あの宇宙生物より悪質だという自覚は有るわよ?」
「でも、私が、『暁美ほむら』がそれを拒絶すると思う? まどかを救う手段が有ると知っていて、やらないなんて、あり得ると思う?」
「思わない」
ほむ魔が首を横に振る姿を見て、楽しくなってきた。また、私はまどかを救う為に戦える。まどかを想って傷つけるなら、苦しめるなら、本望だ。
私の内心は、当然の様にほむ魔へ筒抜けである。だからか、彼女は同感だと言わんばかりに頷き、もう一度私の肩を叩いた。
「さて……みんな、挨拶に来ているわ」
言葉と同時にほむ魔が虚空へ手を振ると、真っ白かった空間は裂けて、強い現実味の有る見滝原が広がった。どうやら、私達は魔女の結界から出たらしい。
私達は、見覚えの有る丘に立っていた。草原が爽やかな風を表現し、夜空に輝く満天の星に見守られている様な安らぎを与えてくれる。
「おーい!」
「ほむらちゃーん!」
そこへ、まどかと美樹さやか、それに他の三人が走ってきた。大声で名前を呼ばれて、それだけで心が跳ね飛んだ。
五人は軽やかな、魔法少女らしい足取りで近づいてくる。巴マミや佐倉杏子、それにこの世界の暁美ほむらは、随分と落ち着いた歩き方をしているのに、動きの素早さはまどか達と同じくらいだ。
「えへっ……!」
素早く接近してきたまどかが、私の胸に飛び込んでくる。避けるなんて選択肢は最初から無い、その小さな身体を全身で受け止め、心の行くままに抱き締めた。
まどかは、私服で此処に来ていた。白いシャツとミニスカートの組み合わせがまどかの無自覚に放つ魅力を高め、私を誘惑する。
「あっ……まどか……」
「んー……受け止めてくれてありがとうっ」
嬉しそうに私の頭を撫でると、まどかは腕を放して私から数歩くらい距離を取った。抱き締めたから嫌われたんじゃないかと心配したけれど、その笑顔を見る限り、私が心配性だっただけらしい。
「あーあー。やっぱ、どのほむらでもまどか相手だと全然態度が違うよね」
「そうね。暁美さんにとっては、鹿目さんこそ愛すべき人だろうから……」
何処かいじけた美樹さやかと、私の考えに同調する巴マミ。後者に関しては、どんな繰り返しの中でも見た事の無い顔をしている。
そんな巴マミを見て、ほむ魔が苦笑混じりに問いかけていた。
「あら、なぎさは連れてきて無いのね。彼女、どうしたの?」
「なぎさは今回、暁美さんを混乱させない為に不参加だったでしょう? 織莉子さんやキリカさんと一緒にお留守番をしてくれたわ」
百江なぎさ。日誌には名前が有ったが、私には見覚えの無い人物だ。お菓子の魔女、という意味で有れば、飽きる程によく見る相手だが。
すると、まるで私の思考を読んだかの様に巴マミが鋭い視線を送ってきて、殺意すら感じ取れる程に低い声を放った。
「……まあ、暁美さんにベベが虐められたら、今の私じゃ自分を抑える自信が無かったんだけれどね」
極寒の地にでも放り込まれたかの様に背筋が寒くなる。だが、ほむ魔の物よりはまだ受け止め易く、受け流すのも簡単だ。
それでも、私が怖がっていると思ったんだろう。まどかが一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、途方も無く大きな存在となり、巴マミを見た。
「マミさん」
「……ふふ、鹿目さん。分かってるわ、ちょっと意地悪してみただけよ」
絶望的なまでに巨大な気配と視線を受けつつも、巴マミは落ち着いた様子で私へ近づいてくる。
懐に手を入れたのを見て、何か攻撃の一つでも仕掛けてくるのかと思ったが、違った様だ。彼女は、紅茶のイラストがプリントされた箱を取り出していた。
「これ、紅茶よ。ダージリンに、カモミール。後、マロンショコラなんていうのも有るわ。向こうで飲んでね」
「巴マミ……」
どうやら、単純に餞別を渡したかっただけらしい。一つ一つの動作が怖いので、無駄に警戒してしまった。
素直に受け取って箱を撫でると、この愛と殺気に満ちた先輩の、優しさと暖かみを感じた気がした。
「ありがとう」
「どういたしまして。頑張るのよ、暁美さん。愛する人を想って戦い続けるのは、誰が何と言おうが素晴らしい事だから」
小さくウインクをすると、巴マミは数歩下がる。続いて近づいてきたのは、佐倉杏子だ。彼女は見るからに駄菓子の大きな箱を持っている。
小売り業者が買う様な、ダンボール箱だ。こんな物を渡されたって、私には食べきれないのだが。
「あたしからは菓子セットだ、貰っていけよ」
「杏子、また随分と……いえ、ありがとう」
「ま、アンタなら大丈夫だろ。まどかの事、一番に大切なんだろ。だったら、やるしか無いよね」
佐倉杏子は、私への理解を口にしながら下がっていく。相変わらず、心強い人だと思った。
腕にずっしりと来る重みを感じつつ、箱を私の足下に置く。そうしていると、何やら同情気味な視線を送りながらも、美樹さやかが近づいてくる。
この一ヶ月間では、何度も見た優しい表情。だけど、こんなに暖かみと余裕の有る彼女を見たのは、本当に久しぶりだと感じた。
「頑張れよ、ほむ……転校生。あんたも、まどかと一緒に幸せになりな」
「美樹さやか。ええ、私の居る世界の事は任せなさい」
「ん、任せたよ、転校生」
それだけ言うと、美樹さやかは下がろうとした。だが、そうは行かない。自分の心に沸いた意地の悪い感情のまま、声をかけてやる。
「で、何もくれないの?」
「ぐっ……い、いや。有るよ。ほら、これ、消火器」
足を止めると、美樹さやかは何処かから消火器を取り出して、私に突き出してきた。どうしろと言うんだ。
「……」
「……いや、そんな目で見ないでよ。え、えっと。その消火器には私の魔力とか篭めてあるからさ、あはは……」
誤魔化す様に笑いながら、美樹さやかが離れていく。多分、何も用意していなかったんだろう。消火器には確かに魔力が篭められていたけれど、特に意味が有るとは思えない。
何だか、私の口元に笑みが浮かぶ。美樹さやかはこういう人だ。厄介な所も有るけれど、面白い人なんだ。
「……」
「……」
そして、この世界の暁美ほむらが眼前へと現れた。
彼女は、一度悪魔になった存在だ。そして、本質的には今も悪魔のままだ。だが、悪魔が女神と仲良くしてはいけないなんて道理は、この世界ではほむ魔によって蹴り飛ばされていた。
「……」
「……」
私達の間には、殆ど会話なんか要らなかった。まどかを、まどかに、まどかへ、まどかだから。話さなくたって、そんな気持ちが伝わっている。
それでも、無言で見つめ合うのは良くない。だって、まどかが心配そうに私達を見ているんだから。
「ヒントの答えは、ソウルジェムで良いのかしら?」
私から話題を振ると、彼女はどことなく安堵した素振りを見せ、首を縦に振った。
「正解よ……もう一つ、答えは有るけれど」
「それは、何?」
「魔法少女ではなく、私達が変身する為に必要なのは?」
「まどか」私達の声が、重なった。気持ちも完璧に合致して、互いの想いが通わせられる。まどかとも、こんな風に分かり合えれば良いのに。
「まどかを想えるなら、自分の事なんか気にしなくても良い。あのヒントは、そういう意味よ」
悪魔らしい笑みと、暁美ほむららしい笑み。その両方が混じった表情で、彼女は私に向かって手を挙げた。
「私にとっては既に決着した事だけれど……」
「……」
「それでも、応援はしているわ。まどかの事を、全力で愛しなさい」
「暁美ほむら、そうね……貴女とは違う結末に、もっともっと幸福な結末に向かってみせるわ」
彼女の挙げた手を叩き、パシリ、と大きな音を鳴らす。
それから、私達は何事も無かったかの様に距離を取った。貰う物など、何も無い。有るとすれば、それは単なる激励の言葉くらいだろう。お互いに、分かっているんだ。
「ほむらちゃん……」
最後に、まどかが前に出た。何故か申し訳なさそうに俯いて、落ち込んでいる。
何を考えているんだろう。心配な気持ちが沸き出すと同時に、暁美ほむらの顔を睨みつけて、『まどかを慰めろ』という意志を篭める。すると、向こうは『それは貴女の仕事よ』と、目だけで返事をしてきた。
私達がそんな視線だけの会話を行っている事には気づかなかったらしく、まどかは落ち込み気味の表情で、私へ向かって頭を下げていた。
「色々と黙っていて、ごめんね。でも、わたしは……」
「気にし過ぎよ、まどか」
私の記憶喪失を治療する為とはいえ、何も教えなかった事を悔やんでいる様だ。そんな事、まどかは気にしなくても良いのに。
でも、優しいまどかは自分を責めているんだろう。伏し目がちに、罪悪感を篭めて私を見ている。
「でも、騙しちゃった様な物だし……」
「私は、まどかの優しさを久しぶりに堪能できて最高に幸せだったから。それだけで十分過ぎるわ」
だから、まどかは私の事を気にしなくても良いの。
そういう気持ちは確かに伝わったのか、まどかはそろそろと近づいて来て、私の背中に手を回し、心を溶解させる程に優しく抱きしめてくれる。
私もそれに答え、まどかの背中に手を回す。私達は、静かに抱き合っていた。
「それに、嘘でも嬉しかったよ、ずっと一緒に居るって、言ってくれて」
「……それは、嘘じゃないよ」
抱き締める力を強めて、まどかはその身から発せられる神々しいオーラをより巨大な物とした。
ただ気配を感じ取っただけで全身が歓喜による震えを覚え、自分の身体から感覚が抜けていき、全神経が悲鳴を合唱する。
「わたしは、何時だって傍に居る。貴女が元の世界に戻ったって、声さえ掛けてくれれば、存在を意識してくれれば、何時だって会えるよ……ふふ、わたしは、人間じゃないもんね」
誇らしげに、自分が人ではない事を見せつけている。
この子はきっと大丈夫なんだ。大切な人達と離ればなれになんかならないし、誰ともお別れなんてしない。この子は、たった一人で取り残されたりはしない。
大好きな人達に囲まれながら、自分が定めた使命を果たす。そんなまどかの態度は自信と慈悲に満ち溢れていた。
私は、そんな彼女を見ていたからか、少しだけ、自分の気持ちを口にしたくなっていた。こんな言葉でも、目の前のまどかは受け止めてくれると期待して。
「まどか。私、ずっと昔から、貴女の事が……」
「それは、貴女の世界の鹿目まどかに言ってあげて」
唇に指を置いて、まどかは何処までも魅力的な微笑みを見せてくれた。
頬が熱くなり、照れで頭が変になる。私が何を言うつもりだったか、なんて、まどかは最初から分かっていたんだろう。
「うん、分かった……」
「大丈夫、鹿目まどかは、暁美ほむらを見捨てたりしないよ? 『例え、その世界の全てが敵になったって、わたしとほむらちゃんなら絶対に大丈夫』だから」
「う、うん」
言葉の中に強烈な、荘厳と言っても良い形が宿り、思わず気圧されてしまうと同時に、尊敬の念を抱く。
やっぱり、私はまどかの手の中で踊っている。その事を愉快に感じながらも、元の世界のまどかに会いたくなった。
だから、そろそろ抱き合うのを止めなきゃいけない。酷く惜しい気持ちは有るけれど、それでも、離れなきゃ。
「まどか……例え貴女が私の世界のまどかでなくたって、貴女は、鹿目まどか。だから……その……げ、元気でね」
「……うんっ」
ちょっとした、お別れの言葉を口にする。
その瞬間、まどかは思い切り頷いたかと思うと、頬に、軽くキスをしてくれた。
濡れた唇の柔らかな感触と、愛おしさ。その両面が精神に襲いかかり、私の理性を吹き飛ばす。照れた様子で顔を赤くするまどかが、可愛くて仕方がない。
「……え、えへへ……わ、わたしからの贈り物だよ。ア、アメリカで結構やってたのに。ほむらちゃんが相手だと……えっと、何だか恥ずかしいね……」
「あ、ありがとう。最高の、私の人生で一番の贈り物だったわ」
焦ってしまい、言葉が上手く出てこない。きっと、自分の顔は真っ赤になっているだろう。
意識を逸らして、この世界の暁美ほむらを見てみる。彼女は、羨むでも嫉妬する訳でもなく、ただ静かに、安らかな笑みでまどかを見つめていた。
それを見ていると、私の心も何となく軽くなり、緊張が解れる。まどかとの抱擁は、それから少しだけ続いた。
抱き合うのを止めると、まどかは私の両頬を撫でて、一歩だけ下がる。
「幸福を堪能した、って顔をしているわね」
ほむ魔が、背後から私に話しかけてきた。小さく頷き返してやると、彼女は愉快そうな声を発して、私の前方へ回り込んでくる。
腰に両手を当てて、身体を少しだけ前に倒す仕草は、あまり暁美ほむららしい物では無かった。
「餞別よ。その身体はあげるわ」
「それは、助かるわね……貴女こそ、真に暁美ほむらを名乗るにふさわしいと思うのだけれど」
「いえ、私は単なる怪物よ。まどかの幸福を守る。ただそれだけの怪物、暁美ほむら程、上等な存在じゃないわ。特に、これからはね」
どこか意味深げな顔をすると、彼女の身から不気味な存在感が溢れ出す。でも、それは決して不快になる物ではなく、まどかが女神になった時の様な、大いなる物を感じる。
そんな彼女の気配を感じ取りつつも、この身体を貰えると聞いて、私は内心で喜んでいた。この肉体なら、彼女と同じ魔法が使えるし、使い方が分かる。
私の精神衛生を守る為か、残念ながら部分的に使えない能力が有ったが、それでも十分過ぎる。
「くるみ割り人形は呪いを受けず、人形にならず、くるみを割った青年としてお姫様と結ばれる。ああ、それが一番なんじゃないかしらね」
陶酔しながらも、ほむ魔は何も無い空間に軽く手を掛けて、ドアノブを捻る様な仕草を取る。
すると、そこに木製のドアが現れて、開いた。その奥は異次元の色彩に溢れていたが、私には分かる。この先は、私が元居た世界と繋がっているんだ。
改めて、この世界に居るみんなの顔を見る。美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子、暁美ほむら、ほむ魔……そして、まどか。
全員、私を笑顔で送ろうとしてくれている。でも、これはお別れじゃない。
「じゃあね。戦ってくるわ、もう一度」
みんなに背を向けて、私は扉へと飛び込んだ。きっと、今度こそ、まどかを救ってみせる。そういう気持ちを胸に抱いたまま。
傍に、雄大なる慈悲深きまどかの存在を感じながら。
+-----
扉から出ると、そこは私の寝かされた台座の横だった。近くでは私のソウルジェムがフィールドに隔離され、備え付けられていて、私の肉体は静かに眠っている。
確かに、戻ってきた様だ。
周囲を取り囲むインキュベーターから、戸惑いらしき物が感じられた。意味不明の現象を見て、どうすれば良いかを考えているのだろう。
その視線の数々が鬱陶しく感じられたので、試しに、軽く腕を振ってみる。瞬く間に魔法が発動し、彼らは一匹だけ残して消えた。連中は殺す意味が無いので、一匹だけ残して知性と記憶を奪い去り、異次元にその身体を封印しておいた。
その最後に残った一匹を、指先で摘み上げる。何時もより、軽い。
「おはよう、インキュベーター。私を観察した感想はいかがかしら」
出来る限り悪人らしき笑顔を見せつけて、挨拶をしてみる。
その発言を聞いて、何かを察したのだろう。彼はその目を何度か開閉させ、口も開かずに喋り出す。
「……成る程、その言葉を聞く限り、君は自分の身に何が起きたのかを把握している様だ。なら、逆に聞かせて欲しいね。一体、君はどこに行っていたんだい? 確保しておいた君のソウルジェムの中身は、何時の間にか空になっていたんだ。卵の中に居た筈の雛が卵を割らずに飛びさってしまったかの様だね」
「割らずに中身を覗いたら、白身だけになっていたのね。さぞ驚いたでしょう?」
質問に対して答えてやる気は無い。私が不用意に話をしてしまったから、まどかの存在を捉えられかけたんだ。もう、こいつに物を教える気なんか無い。
「今だって、君のソウルジェムは僕達の管理下にある。それなのに、君はもう一度自分の身からソウルジェムを形成して見せた」
「さて、不思議の国のほむら、あるいはほむら割り人形になっていたのかもしれないわね。もしかすると、王子様のキスで目覚めたのかもしれない。くるみ割り人形は愛される事で人間に戻り、お姫様と結婚するのよ」
ふざけて考えた、適当な答えを返してやる。もう、彼らは私にとって敵でも何でもない。ただの障害物だ。
私の答えを聞くと、インキュベーターは少しだけ考える素振りを見せた。実際にはもっと大きな思考が働いているのだろうけど、私の目にはそう映った。
そして、彼らは私に近づく事の愚を悟ったのだろう。小さく溜息を吐く様な動作を見せて、残念そうに、しかし無機質な声をあげた。
「残念だが、君を観測するのは不可能になってしまった様だ」
「その様ね」
「まあ、次を探すよ。魔法少女は沢山居るからね」
「キュゥべえ」
まだ、やるつもりの様だ。
そうはさせない。この肉体に許された能力で、分かりやすい物を使う。宇宙に干渉して、一瞬だけその大空に広がる星を単なる闇色の塵に変え、また元の星々へと戻した。
多大なエネルギーが動いた事を観測したのか、インキュベーターは唖然とした様子を見せた。そんな所が面白く、思わず嘲りの笑いが出てしまう。
「これは、心から善意で口にする事なのだけれど……もし、次に円環の理に手を出そうとしたら、何もかも終わるわよ」
脅し文句を告げて、最後に残っていた個体を消し飛ばす。有無を言わせずに消えて、後には何も残らなかった。
もう、この周囲には白い獣の姿は一つも無い。清々しい気分になる。
インキュベーターが居なくなった事を確認して、私の本来の肉体と、ソウルジェムを見る。どちらも酷い有様だ。今にも壊れてしまいそうで、間違いなく、まどかは迎えに来てくれる。
私は、自分の肉体へ手を伸ばした。すると、使い魔としての身体が本来の肉体へと溶け出し、魂がその中へ入っていく。
自分が魔法少女ではなく、もっと異なる物となっていくのが分かった。嫌悪感は無く、むしろ喜びが沸き上がった。今の自分は、魔法少女になる前の、肉体の中へ魂が入っている状態なんだ。
融合が終わり、使い魔の身体が人間の肉体に溶け込んで、暁美ほむらの姿が一つになる。
魔法少女でも使い魔でもない存在になったが、勿論、魔法は使えるという確信が有った。
そこで、干渉遮断フィールドを握り潰して強制的に解除した。簡単な物で、軽く力を入れるだけで、あっさりと崩れ去った。
壁となっていたフィールドが破壊された為だろう。天から、美しい橋が架かる。
その先には光り輝くアーチが有り、更にその先に……ああ、なんて綺麗なんだろう……まどかが、あの美しい姿をしたまどかが居た。
「やっと、会えたね」
暖かな、あの世界のまどかと同じ声。同じくらい深い慈悲を表しながら、彼女の姿がこちらへ近づいてくる。
この円環の理は、未来が見えているのだろうか。それとも見えていないのだろうか。どちらにせよ、瀕死の筈の私が立ち上がって平気な顔をしている事に対しては、何も言ってこない。
「ずっとずっと、わたしの為に頑張ってくれたんだよね」
彼女は、私の事を認めてくれる。私の事を大切だと思ってくれて、それが一番に幸せだって、思い知らせてくれる。
喜びで涙が出そうになる。だけど、それ以上に強い感情が溢れ出す。
これまで過ごした一ヶ月間。私は、まどかへの想いを更なる高みへ運んだ。その気持ちを胸に抱き、手の中に有るソウルジェムを、何の躊躇も無く差し出した。
「これからは、ずっと一緒だよ」
まどかの手が、私のソウルジェムへ届く。その中に入っていた全ての呪いが溶けて無くなり、ホムリリィという名で呼ばれる筈だった魔女は、生まれる前に消滅した。
これで、魔法少女の私はまどかに導かれた。だが、だが……まだ終わりじゃない。
ソウルジェムが浄化されて消え去っても、私は居なくならない。『私の魂は、円環に導かれない』。
「そうね……」
私は消えない。まどかの、まどかを大切に思う気持ちさえあれば、永遠に戦い続けられる。
だからこそ、まどかと再会した喜びに浸りながらも、私は……まどかの腕に、手を伸ばしていた。
「この時を、待ってたの」
「えっ……?」
戸惑うまどかの腕を、そっと握る。優しく、丁寧に。乱暴な態度を取る訳にはいかない。何せ、私はこれからまどかを説得しなきゃならないんだから。
その瞬間、私はこの中に有る魔法を全力で回し、まどかと私を別な空間へ移動させる。
円環の理という魔女と使い魔に対して絶対的な力を持つ存在には、AKEMI HOMURAの力は通用しない。けど、『私は暁美ほむらだ』、『使い魔じゃない』。
出た場所には、私とまどか。二人だけしか居ない。万が一にも、この会話を第三者に聞かれる心配は無かった。
だからこそ、私は少し呼吸を整えつつ、改めてまどかに話をする。
「ねえ、まどか。少し話をしましょう。大丈夫、悪い事ではないから」
「え? 待って……ほむらちゃん? あの、どうしたの?」
「大丈夫、インキュベーターに貴女は触らせないから」
驚きの余り慈悲深く輝く姿が消えて、素のまどかが出てきた。そんな所が可愛くて、あの神々しい姿が嘘みたいだ。思わず、ニヤケてしまいそうになるのを、頑張って抑える。
「ここは何処なの?」
「世界の外側に位置する場所。ホムリリーの人格部分が存在する場所を再現して作ってみたの」
と、言っても、まどかには意味が分からないだろう。
自分を不親切だと思いつつ、作り上げた空間を眺める。初めて使う魔法だが、上手く行った様だ。私達が秘密の会話をする為の場所としては、十分に合格点だろう。
この空間にはまどかの女神像が鎮座していて、その前には丸テーブルと椅子を設置しておいたし、二人分のティーカップも準備を済ませた。後は、巴マミから貰った茶葉を使うだけだ。
「餞別にマミから紅茶を貰っているんだけれど、折角だから一緒に飲みましょう」
「あの……ほむらちゃん?」
「ん、なあに?」
「何を、するつもりなの?」
まどかの声音に、不安さや怯えが宿った気がする。もしかすると、今の彼女には私の姿が恐ろしい魔法を使って概念を捕らえた悪魔の様に映っているのだろうか。
それは、少し悲しい。そんな気持ちが顔に出ていたのか、まどかは一瞬だけ衝撃を受けた様子となり、慌てて首を振った。
「そ、そうじゃないよ! ほむらちゃんが怖いとか、そういうのじゃなくて、その、急だったから、説明して欲しいなって……」
……ああ、そういえば、詳しい説明を飛ばすのは不味いんだった。素晴らしい魔法を得られた事で、少しはしゃいでいた様だ。
「ごめんなさい。説明が足りなかったわね。その辺りも話すから、座って?」
「あ、うん……」
反省して、まどかを席へ座らせる。自分はその対面席へ座り込み、巴マミから貰った茶葉を取り出した。
「そうねぇ……私は、まどかと仲良くお喋りがしたいだけかもしれないわ。インキュベーター対策は、そのついでかしら」
「インキュベーター対策……って」
「言葉通りよ。今の私なら、それが可能になるの。まどかの助けになれるわ」
箱を探ってみると、巴マミの所有する紅茶本が入っていた。これを使って上手く入れろと言う事なんだろうが、今は会話の方が優先だ。
「私はね。まどかに救われる私じゃなくて、まどかを救う私になりたいの。だから……その……私の話を、聞いてくれる?」
「……う、うん。分かった、聞くよ」
混乱している様だが、それでもまどかは私の話を聞く事を決めてくれた。私の言葉を真剣に、真摯に受け止めてくれたんだ。
やっぱり、まどかは私の唯一にして、最高の友達だ。
「ありがとう……」
「ううん。あの、わたしもね、ほむらちゃんとお話したいなって、ずっと思ってたから」
ほんの少しだけ心を落ち着かせたのか、まどかは穏やかな声音を向けてくれる。
この優しさが、私を捕まえて離さない。どんなに離れたって、私はまどかが居ないと駄目なんだ。まどかの居る世界は、本当に鮮やかで……カラフルだ。
「ふふ、まどかからは逃げられない。でも、私自身が逃げる気なんてこれっぽっちも無いんじゃ、しょうがないわね」
もう、私はまどかを妥協しない。絶対に、絶対にまどかの傍に居続ける。例え世界がそれを否定したって、まどかを守り続ける。
心へ刻みつけた思いが、深い魔力となって高まっていく。
こんなにも熱く、こんなにも深い気持ち。その溢れる気持ちを胸に燃やし、『あの世界のまどか』に言われた通り、私は、心からの気持ちを伝えた。
「まどか」
「?」
「……大好きよ」
「えと……うん。わたしも、ほむらちゃんの事、大好きだよ」
優しい言葉に、私は心底喜びを覚えていた。
きっと、まどかの『好き』と私の『好き』は、違う物だろうけど、それでも良いんだ。だって、私にとっては、まどかこそ世界で一番……いや、世界で唯一大切な存在なんだから。
本作における『叛逆の物語』に該当する部分は、此処までです。次が最終話になりますが、叛逆の物語ではなく、本作のラストとなりますね。
-解説-
『私と契約して、まどかの為に生きなさい』
ほむ魔とインキュベーターが同類項である事を何よりも示す言葉。ただし、暁美ほむらとインキュベーターは実は同類項ではない。
『「……まあ、暁美さんにベベが虐められたら、今の私じゃ自分を抑える自信が無かったんだけれどね」』
自分で改変したからアレだけど、マミさん怖い……
『マロンショコラ』
少し前に紅茶のお店に行って見つけたブツ。香りが凄い甘い。
『くるみ割り人形』
決して割れないくるみを割った人が呪いを受けて、くるみ割り人形にされた。くるみを割った人は、お姫様と結婚できる。
『私は暁美ほむらだ』、『使い魔じゃない』
使い魔AKEMI HOMURAの能力を持った魔法少女の暁美ほむらなので、円環の理に存在を否定されても能力が使える、という設定。