使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
◇卑猥が一切無い◇
小ネタ ある平行世界の叛逆の物語
「この時を……待ってた」
その瞬間が、絶好の機会だった。
私は自己の感情に身を任せて、まどかの腕を掴んだ。何をどうすれば良いのかは分かっている。私はまどかを観測した、干渉も出来た。だから、制御も出来る筈だ。
「やっと、捕まえた」
私のソウルジェムが変質し、その中から呪いにも似た感情の塊が吹き出す。霧状にも見えるその黒い何かは瞬く間に広がり、円環の理へ、まどかへ干渉を仕掛けた。
まどかは驚いているのか、目を見開いていて、私の力を真っ正面に受けている。抵抗される気配は無く、上手く行くという確信が持てた。
美樹さやかや百江なぎさが戸惑っている姿が見えたが、彼女達には今起きている現象の正体など理解出来ないだろう。それに、巴マミと佐倉杏子も、その場に留まる事しか出来ていない。ならば、誰の邪魔も入らない。
私のソウルジェムは今、恐ろしい色をしている。その色は、呪いから生まれた物ではなかった。
理解できないのも当然よ。
この想いは、私の物。まどかの為だけの物……!
思い切り掴んだまどかの腕は、思い出の中に有る彼女の腕と全く変わらない。こんな細い腕で、こんなに小さな身体で、彼女は神に等しい物となった。
この子は優しくて、強いんだ。だが、認めない。他の誰が認め受け入れようと、私だけはもう二度と躊躇わない。それがまどかの望みでなくとも、まどかを汚す事になろうとも。私は、まどかの幸せを作ってみせる。
「ほむらちゃん……」
まどかが、少しだけ身体を前に倒した。我ながら恐ろしいと思ってしまう程の邪悪な力の中へ自ら身体を近づけて、より私の方へと接近する。
もう少しだ。もう少しで、円環の理からまどかを奪い取れる。後、もう少し。
「良いよ」
……へ?
「わたし、そうしてくれるって、知ってたから」
その時、ガシリと、肩を掴まれた。
腕を掴んだままなのに、まどかは力尽くで手を伸ばし、私の両肩を思い切り掴んだんだ。今までに無いくらいまどかの腕の力を強く感じた。
「え?」
「やっと捕まえたよ、ほむらちゃん」
私の目の前で、まどかの胸元から凄まじい光が溢れ出した。それは私の発する邪悪な力と混ざり合い、重なり合い、溶けていく。何をすれば良いのかも分からず、私はただ戸惑う事しか出来ない。
「え?」
「んっ……」
その間にまどかは私に顔を近づけて、ふんわりとした唇を私の口に付けた。唐突に行われたキスに、頭が真っ白になってしまう。
一体、何が起きているんだろう。まどかは一体何をしようと言うんだろう。正直に言って、怖い。何をされるのかが分からなくて、酷く不安で仕方が無い。
周りに居る人達も、この状況を予想していなかったらしく、美樹さやかに至っては口をあんぐりと開けたまま固まって、動かなくなっている。
「まどか、あなた一体……!」
「理解できないのも当然だよ。この気持ちは、ほむらちゃんにあげるもの。ほむらちゃんの為だけのものだから」
自分が頭の中で考えていた内容をまどかに言われて、恥ずかしくなる。それと同時に、一つ重要な事を思い出した。
そうだ。あの、概念となったまどかは……とんでもなく押しが強くて、しかも私に対して変態的なまでに好意を寄せていたじゃないか。
好きだと言ってくれるのは本当に嬉しかったけど、流石にあそこまで押しの強いまどかは初めてで、私は戸惑いながらも逃げていたんだ。
つまり……今、私は自分からまどかを誘惑した事に……
「もう二度と離さないからね」
「……え、え?」
光が広がっていき、世界が崩れた。私の中から溢れる感情の力も同じ様に世界を変えていくけれど、その方向性はまどかに制御されている様だった。
目映い光は私とまどかと私を飲み込んでいき、それから世界中を取り込んだ。もう何が何だか分からず、私はただ無心でまどかの腕の感触を確かめ続けていた。
+
気づけば、よく分からない空間に出ていた。いや、私とまどかはこの空間の中で一つとなり、肉体を失う代わりに魂でその身を構築している。
まどかは、その手に私のソウルジェムを持っていた。その柔らかな手で優しく表面を撫でると、ゆっくりと、自分の口元へ持っていく。
ソウルジェムに口づけをして、まどかは、私のソウルジェムを飲み込んだ。
すると、まどかのお腹からソウルジェムに似た物が現れた。その奥には蜥蜴と翼が刻印されていて、桃色を主体として紫に輝いている。いかにも妖しいその宝玉を、まどかは私に持たせてくれた。
「世界が書き換えられていく……この世界に、新しい概念が誕生したというのか……!?」
何時からか、その場には、インキュベーターが居た。彼らもまた何が起きたのかが理解できないのだろう。何となく、驚愕が伝わってくる。
「そうだね。あなたは、これを見るのは初めてだっけ。わたしとほむらちゃんにとっては二度目の光景だけど。だよね、ほむらちゃん?」
「え、え? え……うん」
まどかに言われるまま、頷いて答える。今回ばかりはインキュベーターに賛成だ。何が起きているのか全く分からないし、何を言えば良いのかも分からない。
大体、此処は何処なのか。世界の外側なのは分かるし、確かまどかが円環の理になった時も見た様な覚えは有る。けど、改めて注意深く周囲を伺ってみて、私は、この場が何で出来ているのかも分からない事を知った。
「今までほむらちゃんがしてきた全てが、わたしを想っての事だった。だから今はもう、ほむらちゃんに裂かれた痛みさえ愛おしいんだよ。ほむらちゃんのソウルジェムを濁らせたのは、呪いじゃなかったの」
「それじゃ、一体……」
インキュベーターの戸惑う声を背に、私はぼんやりと考えた。まどかを円環の理から分離させるのは、一応成功したらしい。気づいた時にはまどかに主導権を奪われていたので、本当に成功したのかは分からないけれど。
横から聞く限り、まどかは私の話をしている様だ。その台詞、私が言いたかったのに。そう思いつつも、私と手を繋いでくれる事に喜びを覚えてしまう。
「分かるはずが無いよね、キュゥべえには。これこそ、人間の感情の極み。希望よりも熱く狂おしく、絶望よりも深く甘い物……愛だよね、ほむらちゃん?」
「……うん」
そう、愛なんだ。こうなるとは思っていなかったけど、確かに私の胸を燃やすのは、深く強く重い愛だった。
私の服が書き変わっていく。魔法少女としての姿でも魔女としての姿でもない。まどかとお揃いの、だけど色だけが反転した服へ変わっていく。
胸元が大きく開けられているデザインだからか、まどかの指が服の間に入ってきた。
「君達は一体何なんだ。魔法少女でも魔女でも円環の理でもなく、一体何処に向かうつもりなんだ……!?」
「そうだね。こんなに可愛いほむらちゃんを汚しちゃうんだもん。そんな私は、もう、『人間』とでも呼ぶしか無いんじゃないかな?」
まどかの態度は愉快そうな物に溢れていた。とてつもなく楽しそうで、私を抱き締める姿には沢山の想いが込められている。もう堪らない。指を絡めて答えてしまう。
私達は夢中でお互いの身体を寄せ合って、見せつける様に心を預け合う。体中がまどかと一体化した気がした。こんなにも幸せな時間が有るだろうか。
今の私は悪魔と言えるが、まどかはそんな私を当たり前の様に受け入れて、受け止めて、飲み込んでいた。
「……これではっきりした。円環の理は、僕達が触るには余りにも変態的過ぎる。こんな結末、僕達は観測したくもない」
呆れた様な言葉を残して、インキュベーターが去っていく。だけど、許さない。こいつにはまだ役に立って貰わないと。
と、思っていたけれど、まどかの方が行動が早かった。まどかは彼の身体を抱き上げて、その頭を撫でた。
「逃げちゃ駄目だよ、キュゥべえ。これは、あなたにも悪い話じゃないから」
「それは……どういう」
「内緒だよ。それに、ほむらちゃんとの絡みをいっぱい見て貰わないといけないから」
インキュベーターの目に戸惑いの色が宿ったのが、何となく分かる。ただ、こいつの事を気にする余裕なんか今の私には無い。さっきからまどかが優し過ぎて、涙が出そうなんだ。
私はもう、まどかから逃げられないなと、思った。
+
私、美樹さやかは自分でもよく分からない気持ちを抱きながら、通学路に立っていた。
世界は改変された。よく分からないけど、それだけは理解できる。
今の私は、揺れる心のまま、まどかとほむらを見ている。二人は同じ傘の下に座ってテーブルを囲み、紅茶とお菓子を食べて、楽しげにしていた。
「はい、ほむらちゃん。あーん」
「あ、あーん……」
マミさんから貰ったケーキを切って、まどかがほむらに食べさせている。しかも、「あーん」だ。見せつけられているこちらの方が恥ずかしくなってしまう。
公衆の面前、しかも通学路のど真ん中でやる事じゃない。マミさんと杏子は関わらない様に目を逸らしている。 二人は何を考えているんだろう。
私も目を逸らして学校へ行きたくなる。勉強は面倒だけど、今はもう無性に授業を受けたい気分だ。だけど、他の人達が何も言わない以上、私が聞くしかないんだろう。
「まどか、あんた一体何をしたのか分かってるの!? っていうか、何で通学路でお茶してるの!?」
ほむらの事が大好きだと公言する親友に向かって、私は声を大にして語りかけた。
そうすると、まどかはこちらを見て、薄く微笑む。見た事が無いくらい妖艶な表情に、一瞬だけ心が凍り付くかと思ってしまった。
「その様子だと、さやかちゃんには何が起きたのか分かってるみたいだね」
「そ、そうね」
ほむらの目に、同情の色が宿ったのが分かる。しかし、あいつにも多少の責任は有ると思った。
「ほむら、あんたは円環の理をもぎ取っていったんだ。魔法少女の希望だった救済の力を……」
そう言うと、ほむらは心外だと言いたげに首を大きく振って、まどかにまた肩を撫でられ、恥ずかしそうにモジモジと足を揺らせる。
何だろう、これ。毒気を抜かれるし、まどかじゃないけど、ほむらを可愛いと思ってしまう。
「わ、私が持っていったのは、断片に過ぎないわ。人としてのまどかの記録だけ……の、筈だったんだけど」
「それに便乗して、円環の理ごと降りてきちゃったっ☆」
テヘッ☆ とでも言い出しそうな顔で、まどかは悪びれずに自分の額を小突いた。相変わらず子供っぽい仕草が似合う。だけど、今回やった事は幾ら私でもどうかと思う次元の物だ。
……思えば、こいつはほむらのストッキングを盗んだり、何時もと違うのを着けてると思ったらほむらのブラだったり、口を動かしてると思ったらほむらの髪を食べてたりする親友だった。円環の理になったからって、何一つ変わってない。むしろ悪化したんじゃないか、これは。
「まどかぁ……分かってたけど、あんたって奴はもう」
「大丈夫。ちゃーんと代役は用意してあるから」
「……ちなみに、誰?」
「わ・た・し」
円環の理ごと降りて来たとしても、流石に職務放棄はしなかったみたいだ。
「……あー、まどかに導かれたまどかね」
「ちょっと魔法少女救済の力を貸してあげたんだ」
自分と同じ鹿目まどかに全部任せて、まどか自身はほむらと仲良くやるのか。それはどうかと思ったけど、よく考えたら、多分仕事を任されたであろうまどかにも、ちゃんとパートナーのほむらが居るんだった。
あっちはあっちで、二人仲良く魔法少女救済の活動を続けるんだろう。それなら、円環の理自体には何の問題も無いんだと思う。
何だかんだで、まどかはちゃんと考えているんだ。ただし、その頭はほむらと一日中一緒に居る事にばっかり使われてるから、意味無いんだけど。
「にしても、ほむらと一緒に居たいからってそこまでやるか……」
「ふふふ、今の私は、鹿目まどかを司るもの、鹿目まどかを導くもの、そして……鹿目まどかそのもの。ほむらちゃんを腕の中に捕まえて、愛し続ける存在。ほむらちゃんの側に居るのは、当然の事だよね?」
「まどか。そこまで言われると流石に……」
横から聞いていたほむらが真っ赤になって俯き……いや、顔をテーブルに突っ伏した。全力で好きだと言われ続けるなんて、ある意味拷問だと思う。
相思相愛ではあるんだろうけど、まどかの押しが強過ぎるんだ。
「ほむら、同情はしないからね」
「……分かってるわよ」
本人も分かっているのか、別段嫌がっている風ではなかった。むしろ、喜んでいるんだと思う。
ただ、ほむらのやった事、円環の理に干渉するという好意は、確かにまどかに受け入れられたとはいえ、かなり不味いだろう……まどかを変態的に大喜びさせるという意味も含めて。
とはいえ、私が何を言った所でまどかが気にしていないんだから、どうしようもない。それに、無様なくらいまどかに可愛がられている姿を見ていると『悪魔』という呼称を使う気も失せてしまう。
「……で、まどか。あんたは、この宇宙をほむらとのラブラブ空間にするつもりなの……」
「うーん。ほむらちゃんを一通り可愛がったら、それも良いかもね。その時は改めて、さやかちゃんに協力して貰おうかな。あ、でも今のさやかちゃんには、助けて貰えないかも……ほら、記憶が無くなっていってるみたいだし……」
ああ、確かに。私は今までもっと大きな存在、この世界の外側と繋がっていた筈なのに。その感覚が今はもう思い出せない……いや、こんなのさっさと忘れたかったから丁度いいや、うん。
「少しずつ記憶が消えている様ね……ああ……いずれ、違和感すら覚えなくなるわ。美樹さやか……残念よ……」
血反吐でも吐き出しそうなくらい残念そうな視線を受けて、反射的にほむらを見ない様にした。
そういえば、円環の理が誕生する前、まどかによって体育倉庫裏に連れ込まれかけたほむらを助けた事が有る。あの時は半泣きのほむらに何度もお礼と罵声を浴びせられたんだったか。
「ほむら」
「……何よ」
「まあ、その。うん、ガンバレ。あたしは記憶失うっぽいし、まどかの凄い攻めから守ってやれないから」
「ええ、分かってる……分かってるわよ、もう」
ぐったりと倒れ込むほむら。その背中を撫でつつ、まどかは耳たぶを甘噛みしている。横から抱き締められたほむらの顔は、喜びと恥ずかしさで燃え上がっていた。
ああ、やっと記憶が殆ど無くなってきた。うん。そうだ、私は何も覚えてない。覚えてない。
+
ホームルームの自己紹介も終わって、休憩時間になった。表向きには『初めての見滝原中学』に来たまどかだけど、今は見慣れたクラスメイトの質問責めに会っている。
懐かしい光景だ。私も、転校した時には毎回同じ事をされていた。もっとも、繰り返しが後半に差し掛かると、問答の内容も一通りパターン化していたから、言葉に詰まる事は無かったけれど。
でも、まどかはこれが初めてだ。答えに困ってあたふたとしている姿が可愛らしく、私に対する態度以外は、あくまで何時もと変わらない事を再認識する。
ところで、「何だか小学生みたい」という声が聞こえた。騙されてはいけない。小柄で童顔のまどかだけど、中身は凄まじい子だ。
「あはは、えっとね」
そろそろ、助け船を出そうか。
何を答えれば良いのかが分からず、頭を掻いている姿をたっぷりと堪能させて貰った事だし、椅子から立ち上がって彼女の元へ向かう。
「みんな、一度に質問し過ぎて、鹿……まどかが困っているわ」
鹿目さんと呼ぼうとした瞬間、まどかが悲しそうにくしゃりと顔を歪めたので、慌てて何時もの呼び方に戻す。
内心ではかなり焦ったが今の私は基本的に鉄面皮であり、普通の人の前で素を出す様な愚は犯さない。まあ、所詮はまどかの前では一瞬で崩れ去る物でしかないが。
それまでまどかに話しかけていたクラスメイトは、ゆっくりと離れていった。私とまどかの間に有る気配に、人間の原初的な何かを刺激されたのだろう。
だが、そんな事はどうでも良い。私はまどかの柔らかそうなほっぺたにキスをしたい衝動に駆られつつ、その耳元へ口を近づける。
「まどか、ちょっと学校の中を歩いてみましょう」
「うんっ」
まどかは、そんな私の態度に対して首筋から肩に指を這わせる事で応えた。余りにも気持ちの良い手つきに思わず声が出そうになったが、それは何とか噛み殺して我慢する。
自分の顔が真っ赤になっている事を認識しつつも、私はまどかの身体を横から抱き締めて、恥ずかしさを胸にしながら教室を離れる。腕に結構な力が入ってしまったので、傍目には、私がまどかを無理矢理連れ出した様に見えただろう。
クラスメイトの何人かが強い視線を送ってくる辺り、人気の無い所へ連れ込んで転校生を虐めるとでも思われているに違いない。実際には、私がまどかに下着を脱がされたりするんだけど。
「いきなりカップルなのがバレちゃったね」
「……そうかしら」
予想とは違うまどかの言葉に、少し考えを改める。自分の目よりも、まどかの目の方が恐らくは正しいんだろう。
まどかに酷い事をすると思われているのは嫌だけど、カップルだと思われるのはそれはそれで恥ずかしかった。
「でも、まどかは私とカップルで良いの?」
「今更じゃないかな、それ」
「……まあ、認めるわ」
少なくとも、世の中のカップルと呼ばれる関係よりは凄い事をしたという確信は有った。
でも、私なんかがまどかと結ばれて良いんだろうか、とも思った。けど、それを考えた途端にまどかが私の髪を撫でて、「ほむらちゃんじゃなきゃ駄目なの」と囁いてきた。
私達の絡みはさぞ異様に映っただろう。ガラス張りの他の教室から、幾つかの視線が飛んでくる。しかし、まどかは何一つ恥はせず、堂々と歩いている。
前の世界でも、まどかは何一つ私への好意を恥じなかった。周りが何と言おうと、その点を揺るがせる子では無かった。その意志の強さが、私にはただ眩しい。
「あ、あー……ええと……久しぶりの現実の学校はどう?」
「んー、ほむらちゃんの結界の中と殆ど変わらない様な。変わっちゃったのは、わたしの方かも」
それを聞いて、一つ思い出す物が有った。
「……確かに、昔より表面的にはまともになったわね」
「ひどいよぉ、ほむらちゃん」
「一日一回は裸で息を荒くしながら私を薄暗い所へ連れ込もうとしていた人をまともと呼ぶのは、正直、かなり厳しい物が有ると思うわ」
前のまどかは、私の顔を見ればすぐに興奮して変になっていた。あまりの奇行ぶりにさやかですら辟易していたのを覚えている。
でも、目の前のまどかにはそれほど酷い暴走は見られなかった。円環の理という生物の枠から外れた概念になったからこそ、気持ちを制御出来ているんだろう。
「そう、まどかはもっと落ち着いてくれる筈……」
少しばかりボディタッチと変態行動が減ってくれれば、私も喜んでまどかに身体を捧げられる。
そう思っていると、まどかが急に私の背中へ抱きついてきた。
「大丈夫。今まで通り、ほむらちゃんを可愛がるから」
「え?」
言外に「落ち着く気は無い」と告げられてしまった。その事にショックを受けるより早く、まどかが私の前に身体を躍らせる。
それから改めて真っ正面から抱きついて、唇にキスをした。そこから続けて、舌が口腔に侵入する。
舌と唾液が絡み、私の口の中がまどかに蹂躙されていた。単なる「大人のキス」なのに、何も考えられなくなって、ただ悦びの声を漏らす事しか出来なくなった。
きっと、それは数秒程度の事だっただろう。けど、まどかの唾液が私の喉の奥へ侵入する快感と、歯茎を舐められている感触は、無限に続くかと思われる程に長く感じられた。
まどかの口が離れた時も、私はみっともないくらい口を開けていて、絡み合った証拠だと言わんばかりに、唾液が糸を引いていた。
「えへへ。ほむらちゃんに抱きついて、キスしちゃった」
「……まどか、ここ廊下だよ……?」
「大丈夫だよ、誰も見てないから」
かなり強烈なキスをしたというのに、まどかは仄かに頬を赤く染めただけだった。その強靱な精神にはある種の尊敬すら覚える。
こんな風にまどかと顔を近づけていると、幾つかの気持ちが頭から昏々と沸き出してくる。不思議な事に、私は彼女の変態性を忘れ、何時の間にやら悪魔として女神へ問答をしたいと想っていた。
「ねえ……まどか。貴女は……この世界が尊いと思う? 欲望よりも秩序を大事にしてる?」
私の質問に対して、まどかはどう答えるのか。きっと、彼女なら秩序より欲望を大事にする筈だ。でなければ、あれほどまでに遠慮無く私に欲望を向けるとは思えない。
突飛な質問だけど、まどかは少しも戸惑わずに即答した。
「わたしは、尊いと思うよ? やっぱり、同意無しで最後までしちゃうのは駄目だと思うし……あ! 言っておくけど、わたしはまだ経験無いからね? はじめては、ほむらちゃんに……」
「そ、それは嬉しいけれど。そう、まどか。貴女はそんな調子でも、一応秩序は大事にしているのね……」
予想に反して、まどかはこれでも秩序を重んじている気らしい。今でこれなのだ。もしも彼女が欲望を取れば、たちまち私は彼女にベッドへ連れ込まれるに違いなかった。
欲望の塊みたいな私でも、まどかの凄まじさには全く及ばない。そう思うと、何だか自分が酷く小さい存在に感じられた。
こんな私が、まどかと対等になれる日は来るんだろうか。そう思いながらも、気づけば私はまどかに手を引かれて歩いている。
「欲望とか秩序っていうのはね。どっちも大切で、どっちも無かったらいけない物だよ。その両方がしっかり働いているからこそ、私達が今、人間の中で楽しく生きていけるんだから」
意外なくらい真っ当な発言である。その忠告めいた言葉は驚く程に真剣な顔つきと共に送られて来ていて、胸を貫く様な勢いで心へ入り込んだ。
ようやく、彼女が円環の理と呼ばれる存在だと実感した気がする。ただの変態的な奇行が目立つ子ではなく、しっかりとした気持ちを持った存在なのだと。そして、私はやっと、まどかがこちらに戻ってきてくれた事を理解した。
「あ、あれ……?」
涙が流れた。抑えようとしていた感情が堪えきれずに溢れ出し、気づけば身体が震え出す。
まどかが居る。まどかが、私の傍に居る。何処にも行かずに寄り添ってくれているんだ。これは夢じゃなくて、紛れもない現実だった。なら、それに対して涙を抑えられる訳がない。
「ふふ、ほむらちゃん。泣いちゃってるの?」
「う……うん……まどかが、側に居るのが、嬉しくって……」
変態的な言動が嘘の様に、まどかは私へと話しかけてくれる。その優しさがまた私を揺らし、涙の量を増やしていた。
「これからは、ずっと傍にいるんだよっ」
「そうだね……そうだもんね……」
涙を拭おうと目を擦っていると、まどかがハンカチを取り出して、流れ落ちている涙を拭ってくれた。それはまるでまどかの舌に舐められている様な、とても不思議な感覚だった。
「そうだ。これを、返しておかないと……」
抑え難い感動の中で、私はやるべき事が有ったのだと思い出す。まどかと再会した以上、リボンを返しておかなければならないのだ。
まどかの居ない世界で、たった一つの残り香だった物。これが有ったからこそ、私は今まで生きていられた。そこに篭められた全ての想いが、私を守ってくれていた。
今なら分かる。このリボンは、まどかが概念になっても私を愛し続けてくれた証なんだ。
だから、少し惜しいと思った。リボンを返すのは心からの願望だったけれど、いざその時が来ると、どうも身体が鈍くなってしまう。
普通の人間なら悟られない程度の躊躇いだけれど、やはり見逃されなかった。まどかは一瞬だけ何かに気づいた素振りを見せると、瞬く間に温もりを私へ届けてくれる。
「片方はほむらちゃんにあげるよ。もう片方は、返して貰うね」
私が差し出したリボン、その片方だけを手に取って、まどかはその場で髪を結った。
一つしかないリボンを使ってポニーテールにすると、私の手の中に残ったリボンを掴み、今度は私の髪を結んでくれる。お揃いの髪型が、何だか照れくさい。
「ほら、ほむらちゃん。出来たよ」
「あ、ありがとう……まどか」
鏡を貸して貰い、自分の髪型を見る。
自分の見た目の印象は、今までとは少し違う物になっていると思った。ただ後ろで髪を束ねただけでこうなるのか、と感心すると同時に、惚けてしまうくらい優しいまどかの手つきを思い出して、また一つ、彼女の良い所を知る事が出来た。
「うん、凄く良いわ……」
「そうかな。えへへ……喜んで貰えて、練習した甲斐が有ったなぁ……」
まどかの言葉を聞いて、私は感動を覚えた。私の髪を結う為に、練習までしていたんだ。自分がどれほどに大事にされているかが、伝わってくる。
どうにも、くすぐったい空気だった。私もまどかも照れを覚えて、下を向いたり、目線を明後日の方向に逸らしていた。
変態的な部分は、あくまでまどかの一側面に過ぎない。こんなにも照れ屋で可愛らしい所も有って、それを見ていると、胸の奥に暖かい物が宿る。
「……と、ところで。インキュベーター対策は出来ているの?」
どれほど心が温まろうと、このまま無言で居る訳にも行かない。何か話題は無いかと思い、インキュベーターの事を思い出す。
「うん。勿論……あの子とほむらちゃんとわたしで3P……いいね……」
「?」
「な、なんでもないよ」
慌てて誤魔化している姿を見て、少しだけ疑問が沸いた。
まどかの言動には、気になる所が確かに有った。どうして私が悪魔になり、円環の理へ干渉すると知っていたのか。知っていたとして、私と一緒に現世へ降りようと計画したのは、本当にまどか自身なのか。インキュベーター対策とは、一体何をするのか。そして、さっきから私を何処に連れて行こうとしているのか。
どれも幾ら考えたって分からないけれど、一番最後のは聞いてみれば分かるだろう。私の手を引くまどかへ向かって、尋ねかけておく。
「ねえ、まどか、私を何処に連れていく気なの……?」
「体育倉庫」
「……え?」
まどかの言葉を受けて、私は一瞬だけ精神の動きを完全に止めた。
自分の思考まで時間操作で停止させたんだろうか。そんな馬鹿な想像をして硬直していると、聞こえていないと思ったのだろうか、まどかが、もう一度告げてくる。
「だから、体育倉庫の裏で……えへへ、王道だよね、こういうの」
まどかの顔は仄かに赤かったけれど、それ以上に夥しい情欲で満ちていた。
ゾっとする程の扇状的な表情に身体が熱くなる様な錯覚を覚えつつ、私は何とか流されない様に抵抗する。今はまだ休憩時間だけど、そろそろ授業も始まる事だし、戻らないといけないのに。
「ま……待って、まだこんな時間よ……?」
「だぁーめ。『まだだめよ』なんて言わせないもん。あ、保健室で先生の目を盗んで……っていうのも良いよね。それとも、教室で魔法を使って見えない様にして……みんなの居る場所で変態プレイが良い?」
それは勘弁して欲しい。けど、体育倉庫や保健室も正直嫌だ。恥ずかしいし、見られたら困る。私は良いけど、まどかの人生が困るだろう……こんな場所でキスをしている時点で手遅れかもしれないけど、大丈夫だ。この世界は私とまどかの手の中。誰も、私達の関係に干渉出来ないし、制御も出来ない。観測は、させてやるけれど。
だからって、流石に『本番』は問題外だ。やっぱり、家でしたい。そんな私の態度を拒絶だと思ったのか、まどかは酷く残念そうに、そして悲しげに目を伏せていた。
「……ほむらちゃん、いや?」
「え……う、ううん。いやじゃない。いやじゃない、けど……」
珍しい弱気な姿を見せられて、私の心はどうしようもないくらい辛い想いを抱く。まどかを悲しませる事、傷つける事、そして不幸にさせる事。それらは全て、一番に避けなきゃならない事だから。
でも、まだ気持ちが準備出来ていない。まどかを受け止める用意も何も無い。そんな私の態度がいけなかったんだろう、まどかは、いっそ儚く見えるくらい仄かに微笑んだ。
「……わたしね、ほむらちゃんが世界で一番、何よりも大好きだよ。だから、ほむらちゃんの全部が欲しい。その代わり、わたしの全部をあげるし、貰って欲しいの」
前の世界では最後まで知る事が出来なかった本音を聞いて、私は思わずまどかを抱き締めていた。
彼女は変態的な面が目立ち、私でさえ時折逃げたくなる性格をしている。けれど、性根には異常な所なんか何一つ無く、むしろ全身全霊で私を愛してくれているのだ。酷く押しが強い所は、ちょっと焦り過ぎているだけ、急ぎ過ぎているだけなんだ。
「放課後、私の家に来て。そこでしましょう」
まどかの、全てを篭めた好意。それに答えないなんて、暁美ほむらじゃないと思った。
「……分かった。それまで我慢するね」
納得してくれたのか、期待に胸を膨らませている。これはきっと、寝かせて貰えない夜になりそうだ。
まどかは一歩引き下がり、教室へ戻ろうとする。だが、此処からは私の番だ。離れそうになったまどかの腕を掴み、細心の注意を払いながらも、丁寧に引き寄せる。
「ふえ?」状況が理解できていないのか、まどかの身体が私の腕の中へと収まった。
「良い子ね、まどか。じゃあ一つ、良い子にはご褒美をあげないと」
その場の勢いと空気に任せて、私はまどかの顔をこちらへ向けさせ、顔を倒す。照れで動きが鈍らない様に唇を意識しないまま、まどかとの熱いキスを交わした。
こちらからするのは初めてだ。すぐに燃え上がる様な悦びがこみ上げてくる。
キスとはこんなにも良い物なんだろうか。
いや、これは相手がまどかだからだ。他の誰であっても、この幸福感は決して、絶対に、何が有ろうと得られる物じゃない。
「んっ……ほむらちゃ……」
「まどか、可愛いわ……」
まどかは驚いた様だけど、すぐに慣れて自分のペースに持ち込もうとする。でも、させない。一度くらい、こちらの我が儘を押し通したくなったから。
足を絡め、指を絡め、腕を絡め、髪を絡めて身体を絡める。私達は、まるで一つになるかの様に愛し合った。直接的な『行為』なんか無くたって、私達はその愛を証明出来るのだ。
唇を放し、余韻に浸る。自分は今、最強の幸福の中に居る。それを全身で感じると同時に、吐息を甘くしたまどかへと囁きかける。
「さっきから、言われっぱなしで悔しいわ」
「ほ、ほむらちゃん?」
「まどかにばっかり、言わせないわよ。だって、私もまどかを愛してるんだもの」
発育の悪い胸を張り、自分のこれまでの全てを何一つ恥じない堂々とした意志を持ち、私はまどかへの何より深い愛を口にした。
これが、私の結論だ。
まどかにばかり愛を語られたくは無い。何せ、私だってまどかを愛しているんだから。
だから、これはきっと戦いでもあるんだ。私とまどか、一体どちらの愛情がより深く熱く強いのか。互いに愛し合う事で理解出来るだろう。
可能なら、勝ちたい。まどかも似た気持ちを抱いているのだろう。何度か深呼吸をして落ち着くと、この世界の何より尊い声音で、静かに気持ちを口にした。
「大好きだよ」
その言葉と一緒に送られてきた、甘くも熱い笑顔を見て。
これは勝てないわね、と。しみじみと思った。
+
「良いのかい? 会わなくて」
「……別に。会えるのは嬉しいけど、今じゃないわ」
「いつか会うつもりなんだろう?」
「いつかは、今じゃないのよ」
「そうかい……本音は?」
「……3Pこわい……まどかにたべられちゃう、こわされちゃうよぉ……」
「やれやれ、それでも世界の外側に存在する怪物の端末かい? もう少し堂々と構えた方が良いんじゃないかな」
「……あ、あなたにお説教されるとは思わなかったわ」
「いや、僕も見たくはないけどね。目の毒だ」
「感情が無いのに?」
「そうだね。だけど、宇宙の概念の一つがあんなだと思うと、感情が無くても溜息くらい出るよ」
「……同感だわ」
「さて、彼女達を見ていても意味は無いね。君と新たなシステムについて話していた方が有意義だろう」
「あなたにとってはそうでしょうね。ええ、仲良くしましょう。まどかが幸せである内は、私達は互いのメリットを共有出来る間なのだし……新しいエネルギー供給システムは上手く行っているでしょう」
「そうだね、君にはお世話になった。でも、仮に君が鹿目まどかに襲われたとしても、僕らは助けられないから、そこは期待しないで欲しいな」
「……そこはリップサービスでも助けて欲しいんだけれど」
そんな会話が繰り広げられていた事は、この宇宙生物と使い魔以外は誰も知らない。
お、おかしいな。オールギャグだった筈なのに。
-あとがき-
この小ネタの二人はガチです。本編では『どちらとも言える』くらいの関係なんですけどね。
それにしても、本作では暁美ほむらを泣かせるシーンが多いですね。私、暁美ほむらという少女には、涙が似合うと思います。まどか絡みで流す涙は凄く綺麗じゃないかと。
最近、私の中で『悪魔は泣かない』というフレーズが割と重要な物となっています。AKEMI HOMURAと暁美ほむらの決定的な違いは、つまりそこじゃないかと。それを象徴する事実として、基本的にQBとAKEMI HOMURAは割りと仲が良い、というか、メリットを共有する関係になりやすいです。まどかか、宇宙か、という違いでしかなく、まどかの場合は人格が有るので手段が限られているだけ。暁美ほむらだとQBと手を取るのは避けると思いますが、彼女は違う。人間じゃないので、人間的な忌避感なんかがそもそも無かったりします。ベースになった人格は確かに暁美ほむらの物なのですが、中身が人間とは違う為に涙を流さない。いや、泣く機能は有りますが、本当の意味で人間の精神性、例えば本能的な欲求などは「暁美ほむらの人格を表現する上で必要だから」再現されている物に過ぎません。暁美ほむらのまどかに対する誤魔化し切れない承認欲求なんかも、彼女達には何一つ有りません。「まどかに認めて貰えるなら貰っておこう」程度の物になるわけです。人間の様に話したり考えたりするのは、あくまでまどかの為でしかありません。