使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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祝わねばならない事

 沢山のクラッカーの音で、そのパーティは始まった。

 

「お誕生日、おめでとう!」

 

 使い終わったクラッカーを机の上に戻して、あたしはまどかへお祝いの言葉を告げた。ほむ魔が揃えたちょっと安めのクラッカーだけど、お祝いには十分だ。

 まどかを除いた全員がクラッカーを鳴らすんだから、ちょっとくらい安っぽくても音はしっかりしていた。

 

「うんっ、ありがと、さやかちゃん!」

 

 あたしの言葉に対して、まどかは嬉しそうな顔で答えてくれた。

 前々から準備していたし、事前に告知しておいた誕生日パーティだ。ビックリさせる事はできなくても、喜ぶ顔は見れた。それで満足だ。

 

「これでまどかも十四かぁ。にしては相変わらず可愛い感じで……」

「あはは、誉めても何も出ないよー」

 

 まどかは照れて、頭を掻いた。同い年だけど、割と年下に見える気がする。

 何か言葉にするのが難しい、嬉しさや喜びが沸き上がってきた。まどかの誕生日、それは、一度この世界から永遠に失われた物だった。

 それにしては、ほむ魔はあまり力を入れなかったんだと、不思議な気持ちでパーティ会場を見る。想像していたよりは、簡単なパーティだった。いつものメンバーが揃ってケーキを囲んでいるだけで、意外なくらい地味だ。下手をすると、いつものケーキパーティの方が豪華かもしれない。

 空間とケーキはほむ魔とほむらが、飾り付けはマミさんとなぎさが、買い出しはあたしと杏子が担当した。まどかは座って待つ役だ。

 

「みんなありがとう! 準備までして貰っちゃって」

「良いんだよ、まどか。私も、とっても楽しかったから」

「ああ、誕生日パーティなんて初めてだからな、楽しかったぜ、なあマミ?」

「ええ……誰かを祝うのって、凄く幸せなのね」

 

 みんな、まどかを囲んでお祝いの言葉と、パーティの成功を祝う事を口にしている。

 ……私達全員で作ったパーティにこんな事は言いたくないけれど、中学生だけで作れる物には限度が有るし、だからこそほむ魔がどの程度とんでもない事をしてくるかと期待していたんだけど、案外、質素に感じていた。

 多分、こんな事を考えてるのはあたしだけだ。ほむ魔と割に近い所に居る、あたしだけ。

 

「ま、いっか」

 

 内心の疑問は置いておき、あたしはまどかの側へ近寄った。ケーキの良い香りがする。早く食べたい。

 

「まどかっ、ケーキを切ろうよ!」

「そうだね、切っちゃおうか。ちょっと大きいから……ほむらちゃん、手伝ってくれる?」

「喜んで」

 

 ほむらが包丁を取って、ゆっくりとまどかに渡した。大きめの包丁で、結婚式のケーキ入刀に使う物に形がちょっとだけ似てる。

 つまり、まどかとほむらにそれでケーキを切れっていう、ほむ魔のお節介なんだろう。

 

「……ええと、一緒に切る?」

「う……うん」

 

 二人もその意味を理解したのか、少しのぎこちなさを漂わせながらも、並んで同じ包丁を掴む。

 

「せーのっ」

 

 まどかの声を合図にして、二人はケーキを真っ二つに切った。心なしか、顔が赤かった。

 少し横へ寄って、二人はケーキを四分割にする。そこで、切れたケーキの生地の間からクリームがこぼれた。

 

「あっ」

 

 そのままじゃ床に落ちてしまいそうだ。だけど、それを思った時には、もう落ちたクリームは空中で停止して、静かに私の口元へと運ばれてきていた。

 まどかの所じゃないんだ。

 少し疑問に感じたけど、仮にも落ちそうになった物を、あいつがまどかに食べさせる事は無いと思い直す。

 

「味見、してみなさい。自信作よ」

 

 飾り付けられた壁に、同じくらい飾られた扉が生まれて、それが開く。

 奥から出てきたほむ魔は、とても機嫌の良さそうな顔をして、両手で大きなケーキの乗ったお皿を運んでいた。

 

「ほむ魔、戻ったんだ。何してたの?」

「見て分かるでしょう? ケーキ、ワンホールじゃどうせ足りないだろうと思って」

 

 手作り感の有るエプロン姿で、胸の所に小さく『ほむらあるいは宇宙、でもザンボットは関係無い』と刻まれている。誰が作ったのかは分からないけど、付け心地は悪くなさそうだ。

 ほむ魔の手製じゃ無さそうだし、誰かのプレゼントかもしれない。

 

「まどか、ケーキは切れたみたいね」

「うん」

「こっちは私が切っておくわ。ああ、食べたい物が有ったら何でも言ってね。今の私なら何でも作れるから」

 

 新しく出現したテーブルの上にケーキを置いた。ただそれだけで、ケーキは人数分に分割されている。目にも留まらない速度で魔法を行使したんだ。

 相変わらずとんでもない。魔法少女としての視点で見ても、ほむ魔は怪物だ。まあ、悪い奴じゃないから良いけど。

 きっと、ほむ魔を怪物扱いしたらまどかは怒るだろうな。そう思いながら、まどかを眺める。

 

「んっと……あっ、そうだ。ケーキにアイスを乗せて食べたいかも。お願いできるかな?」

「アイスね。ちょっと待ってて」

 

 まどかの注文を聞いて、ほむ魔は何処からか取り出したコップを置いて、その横にジュースを幾つか置いた。自分で入れろ、って事らしい。

 その間にアイスを作るつもりなのか、ほむ魔は背を向けて扉の奥へ歩いていく。少し疑問に思って、そこへ声をかけた。

 

「いや、待たなくても出来るんじゃないの? あんたにとって、時間なんていうのは」

 振り向いて、ほむ魔は笑った。「既に掌握した物だけれど、こういうのは気分よ、気分。そういうのもパーティの楽しさじゃない」

 

 パーティ用に態度まで準備してきたのか、ほむ魔はいつもより弾んだ口調で答えてきた。

 あたしの返事を待つ事もなく、そのまま扉の奥へ消えていってしまう。ここはあいつの空間で、あいつがこの場所の支配者だ。

 

「ケーキ、分けちゃおうか」

「そうだね。まどか、お皿を回そう?」

 

 テーブルの上に置かれたお皿を、まどかとほむらが全員へ回す。

 全員がお皿を持ったのを確認して、まどかは杏子に向かって声をかけた。

 

「杏子ちゃん、選んでいいよ」

「あたしでいいのか? 分かった」

 

 頷いて、杏子がケーキを真剣そうに見つめる。顔を何度か近づけて、唸りながら考えているみたいだ。

 それでも何とか決められたのか、ポンと手を打って、包丁を器用に使って一つ目をお皿へ盛った。

 

「まどかのはこれだな。ほら、一番大きいし」

「ありがとー」

 

 まどかのお皿を見てみると、確かに一回り大きめに切られている様に見えなくもない。そんな些細な違いを見て取るなんて、中々……と思った所で、杏子の皿を見て、何となく納得した。

 

「とか言って、二番目は杏子が確保してるんだよねー」

「悪いかよ。選んで良いって言うんだから、それくらい良いじゃねーか」

 

 悪態をつきながらも、杏子は他のみんなのお皿にケーキを盛る。なぎさの分が微妙に少なくて、マミさんの分にそれが行っている様に見える。

 あたしの分を盛ると、杏子はお皿を軽く突き出してきた。

 

「ほらよ」

「さんきゅー」

 

 ケーキを受け取って、そのお皿を上から見た。ちょっとだけクリームの塗り方が不格好だけど、それがまた手作りの良さを感じさせる。

 一切れでも結構大きいけど、あたし達で食べちゃうとすぐに無くなりそうだ。ほむ魔の作ってきてくれた二つ目も美味しそうで、つい目が行く。

 そんな時、杏子が最後の一つをお皿に乗せて、テーブルの上に置いた。

 

「これ、ほむ魔の分な」

「ありがとう、杏子」

 

 丁度良いタイミングで扉が開いて、ほむ魔が大きなボールを片手に出てきた。中にはアイスが入っているみたいだ。

 

「お待たせ、ご注文のアイスよ。残念ながら種類はバニラだけ。さっき手作りしたばかりなの」

 

 当たり前の様に手作りした事を告げると、ほむ魔の身体が少しブレて、次の瞬間にはアイスがケーキの上に乗っていた。

 

「おお、良いね」

「まだまだ有るし、溶けない様にしてあるから、欲しかったらどうぞ」

 

 それだけ言うと、ほむ魔はまるで疲れを見せずにケーキを持って、ニコリと笑う。ここまでずっと動き通しでも、全く堪えてない。

 珍しくテンション高めなほむ魔の笑みに、空気がかなり緩む。どこまでもパーティを楽しんでいる気持ちが、こちらにまで届いた気がした。

 ほむ魔がまどかとほむらの隣に立つと、まどかは幸せそうにケーキとほむ魔を見比べた。

 

「それじゃ、食べよう! いいよね、ほむ魔ちゃん?」

「勿論」

「良かった。それじゃ、いただきまーす!」

 

 まどかの言葉を合図にして、全員がケーキを口にする。

 少し甘いけど。

 

「美味しい!」

「そう、良かった」

 

 あたしとまどかの声が重なるのを聞いて、ほむ魔が口元を緩ませた。

 やっぱり美人だ。そう思いながら、ケーキを食べる。それにしても、とっても美味しいケーキだった。何か工夫が有りそうだ。

 そう思うと、あたしの考えを読んだ様に、ほむ魔が近づいてきた。

 

「素材から拘ったわ。言っておくけど泥棒じゃないわよ、時間と外見と身分をちょっと色々操って、体験乳搾りに参加してきたり。植物系の原材料はこの空間で一から栽培とか……粉類は栽培した物から抽出……」

「うわー……力入ってるねー……」

「楽しいんだもの。まどかの誕生日祝い」

 

 想像以上に拘りが有ったみたいで、微妙に引いてしまった。

 力が入ってるのレベルが違う。流石に、材料を一から全部自作したとは考えもしなかった。だからこそ、こんなに美味しいんだ。

 やっぱり、ほむ魔は疲れた顔一つ見せない。元々そういう存在なんだから当然だけど、気疲れなんかまるで無いみたいだ。

 

「ほむらちゃん、美味しい?」

「うん」

「ほむらちゃんも手伝ったんだもんね。はい、口開けてー」

「あー……」

 

 まどかの方を見てみると、あいつはほむらにケーキを食べさせていた。

 仲が良さそうで、凄く素敵だ。そう思いながら、ほむ魔に話しかける。

 

「でも、ちょっと意外だったかもね」

「あら、何が?」

「あんたの事だから、もっとド派手なパーティでもやるのかと思ってたよ。力の入れ方はとんでもないけど、見かけは案外普通だったじゃん」

 

 その辺りが少しだけ疑問だった。こいつなら、どこまでだってド派手に、それこそ宇宙を変えたりする事だって出来る筈なのに。

 だけど、ほむ魔は鼻で笑った。何も分かってない奴だ、そんな風に言いたそうな顔で。

 

「バカね。そんな事をする必要が何処に有るというの。馬鹿げた騒ぎなんか起こした所で、まどかに引かれて来年からのお祝いを拒否されるのが目に見えるわよ」

「いや、まあ理屈は分かるけど……」

「出来る限り地味そうな範囲で、一番楽しめそうな内容にする。ありきたりだけど、記憶に残る。そんな内容にね」

「それで? まどかの反応は?」

「基本的に、これで正解だったと思うわ。ケーキだけは多めに取ったのも、良く働いたわね」

 

 二つ目のケーキに手を伸ばして、食べてみる。美味しい。

 何層も合わせられた、ミルクレープみたいなケーキだった。ここまで色々な味を重ねておいて美味しいんだから、凄い物だ。

 

「これも、手作りだっけ?」

「ええ。あれこれの世界で得た知識による物よ」

 

 何となく誇らしげな顔をして、ほむ魔は笑って見せた。その目だけは、まどかとほむらの元へ向かっていて、あたしの事は殆ど意識に上げていない。

 少し不満ながらも、これがほむ魔だ。変わらない所に安心する。

 

「相変わらず能力をそっち方面でフル活用するんだね、あんたって」

「相変わらずも何も毎日会ってるんだから、知ってるでしょうに」

「ま、そうなんだけど」

 

 色々と動き回る奴なのは確かだけど、まどかの為にやっている時は凄く輝いている。ちょっとした事に大仰で大げさな力を使う所が、特にそれらしい。

 あたしの言葉に疑問を覚えたのか、ほむ魔は首を傾げた後で、小さく髪をかき上げた。

 その時、指先で玉虫色が目に入って、何となく気になった。

 

「あれ? それ、マニキュア? 着けてたんだ」

「……ええ、そうね。そういえばさやかには教えてなかったかしら」

 

 忘れていたのか、ほむ魔は軽く指を出して、あたしにマニキュアを見せてくれる。玉虫色に塗られていて、光の反射で輝いていた。

 ほむ魔にしては意外に感じる。マニキュアなんて、あまりするタイプには見えないのに。

 

「そういうお洒落とか考えてないでしょ、あんた。何でまた?」

「識別用よ。玉虫色なのは……趣味だけれど」

 

 マニキュアは片手の指にしか塗っていない様で、もう片方の指は綺麗な肌の色をしている。相変わらず、手入れ不要の便利な身体だ。

 識別用って言っても、今更ほむらとほむ魔を間違えたりはしないんだけどなぁ。そんな風に思っていると、ほむ魔は「ふふふ」と笑って、耳にかかった髪に触れた。

 

「変わったのは爪だけじゃないわ、見て」

 

 ふわ、とほむ魔の髪がなびく。

 風じゃなく、空間的な何かの力が働いたんだ。隠れていた耳には、銀色の鍵を模した小さなピアスが着けられていた。

 

「片方の耳だけれど、ほら、ピアス」

「あ、開けたんだ」

 

 らしいとも、意外とも取れる物だった。まどかが大切にしている「ほむらの身体」に、ピアスの穴を開ける事を嫌がりそうだったからだ。似合ってるけど、そこは疑問だ。

 ほむ魔は銀の鍵を耳から外して、小さな穴の開いた耳をあたしに見せた。

 

「折角だから耳を空けようと思ったんだけれど、それはまどかに止められたから。この通り」

 

 ピアスの穴が塞がり、また開いた。血は一滴も流れていない、肌色をした粘土の人形に見える。

 

「耳にピアスの穴を作ったのよ」

 

 ほむ魔は当たり前の様に言うけど、伸縮も変幻も自在だからこそ可能な事だった。

 ピアス、やってみたかったんだろうなあ。そう思った。まどかの反対を聞いても中止せず、微妙にズレた方法に切り替えた辺り、かなり興味が有ったんだろう。

 

「にしても、どうして銀の鍵?」

「銀の鍵の門を越えるから、だそうよ。詳しくは知らないわ」

 

 本人も知らなかったらしい。けれど、その銀色をした鍵は、ほむ魔の耳に違和感無く溶け込んでいる。

 本当に小さなピアスだから、近くで見ないと気づかないくらいだ。ほむ魔の愛らしさや魅力を邪魔しない程度に、存在感を持っている。

 

「うん、でも似合ってる」

「ありがとう、さやか。普通の感性を持った人に誉められるのは嬉しいものね」

「って事は、普通じゃない感性の奴には誉められたんだ」

「ええ、まあ」

 

 誰に誉められたのか。それは言わずに、ほむ魔はあたしから離れる。

 自然な動きで、引き留めるのも許さない。気づけば、ほむ魔はまどかの側に居た。あたしと一緒の時より幸せそうだ。

 

「まどか、お誕生日のプレゼント、なんだけれど」

「あ、ほむ魔ちゃん。前に言ったの、もしかして用意してくれたの?」

「ええ。勿論準備は済ませたわ」

「そうっ! ありがと、ほむ魔ちゃん大好き!」

 

 やけにテンションが高くなって、まどかはほむ魔と腕を組んだ。あたしは知らないけど、そんなに嬉しいプレゼントだったんだろうか。

 

「杏子、あんた知らない?」

「いや? あいつはいっつも裏で動いてるから、あたしもよく知らねえな」

「そうねえ……予想は出来るけど……」

 

 マミさんと杏子が考え込む。二人ともプレゼントはしっかり用意してきている。

 

「プレゼントの時間に入りましょうか」

「そうね。そうしましょう」

 

 ほむらとほむ魔の二人組が頷いて、まどかの両隣に立った。自然と、当たり前の様にまどかの手を繋いで、それから、心の限り祝福する気持ちを溢れさせる。

 まどかは幸せそうに二人を見比べて、大きく頷く。ちょっとだけ顔が赤い。

 

「あらためて、誕生日おめでとう」

 ほむらが告げると、ほむ魔が言葉を繋ぐ。

「……私からはこれよ、まどか」

 

 ほむ魔は少し大げさな、思わせぶりな手振りで指を鳴らした。

 良い音がする。それと同時に部屋の壁が光って、大きな衣装ダンスに変わる。二十着くらいは有る様に見える。まどかに似合う物から、多分似合わないと思える物まで、様々だ。

 まどかはとても嬉しそうな顔をして、沢山の服を見ている。ケーキをテーブルに置いて、凄く喜んでいるのが分かった。

 

「わぁぁ……頼んだ通りだね」

「当然よ。そうでなければ事前に聞いておいた意味が無いわ」

 

 心なしか、ほむ魔は自慢げに髪をかき上げた。

 多分、私達の中で一番のプレゼントだろう。流石に洋服を大量に、タンスごと渡すなんて、ほむ魔らしい。

 ちらりと見てみると、ほむらもプレゼントの内容は知らなかったのか、少し驚いた風な様子を見せている。でも、すぐに持ち直して、まどかに向かって微笑んだ。

 

「きっと、どれも全部まどかに似合うよ」

「あ、違うの。確かに何着かは私のなんだけど……」

「え?」

 

 まどかは首を横へ振った。

 ほむらが、よく分かっていない様な顔をする。勿論、あたしにも理解出来ない。この沢山の服は、どう見てもまどかへのプレゼントなのに。

 みんなの理解が得られていない事を察したのか、まどかは困った様に笑い、ほむらの肩を軽く叩いた。

 

「残りは、あのね。怒らないで聞いて欲しいんだけど。ほむらちゃんの着せかえセットなの」

「……え?」

「これ、ほむらちゃんに着て貰う為の服なんだ」

 

 まどかは洋服ダンスの中から何着か服を取り出して、ほむらの体に当てた。サイズは合わせてあるみたいだ。

 その中から真っ白でふわふわもこもこのセーターを選ぶと、まどかは他の服をタンスへ戻す。

 

「ど、どうして? 私の誕生日でもないのに」

「だってほら、ほむらちゃんってそんなに服を沢山持ってないし。可愛いのにもったいないなと思ってたから。一度、ほむらちゃんを色々と着替えさせてみたいなー、って。ほむ魔ちゃんに頼んでたんだー」

 

 まどかが、ほむ魔へ頷いてみせる。ほむ魔は無言で親指を立てた。いつもの態度を知ってると、ちょっとシュールだ。

 

「あいつ……まどか、ごめん。こんな所で着替えはちょっと」

「大丈夫だよ。ちゃんと見えない様に脱衣所は用意して貰ったから! ね!」

 

 まどかの言葉が合図になったのか、ほむ魔はまた一度指を鳴らす。今度は、壁が更衣室に変わった。これで問題ない。そういう事なんだろう。

 対して、ほむらは微妙な顔をしていた。まさか、まどかの誕生日パーティで自分が着せかえられるとは思っていなかったんだろう。あたしも思っていなかった。

 

「これかな……うん、これがいいよ。ほむらちゃん、これを着てみて!」

「う……分かった。着るよ。一人で着られるから」

「えー。私も手伝うよ!」

「手伝っ……い、いいけど、優しくお願いするね」

 

 諦めたらしく、ほむらはまどかに手を引かれて、更衣室へ向かっていった。

 扉が閉まって、二人の姿が見えなくなる。微妙に静かな空気になった中で、あたしは呟く。

 

「……なんていうか、アレだね。ほむらの着せかえなんて、また凄いプレゼントを」

「まどかが欲しいと言ったんだから、仕方が無いわ」

 

 ほむ魔が肩を竦めた。本人的にも、そんなプレゼントをする気は無かったんだろう。

 

「にしても、ほんとに自由自在だね。その能力」

「羨ましい? あげないわよ」

「いや、いらないけど……」

 

 有れば便利そうだけど、別に必要でもない。

 そういう気持ちを含めて返事をしてやると、ほむ魔は小さくウインクをした。

 

「そういや、今のあんたって使い魔じゃなくて、もっと大き物なんだっけ」

「ええ。鹿目まどかの存在するあらゆる世界に手を伸ばす、一種の怪物よ」

 

 自分で怪物とか言うなよ、と思いつつ、人間じゃない自分に胸を張れる所がこいつらしいと思う。あたしには無理だ。流石は生まれついての人外って所か。

 興味本位で、話を続ける。あたしとは多分、違うものが見えているこいつに、聞きたい事が有った。

 

「って事は、やっぱり色々な世界を見てきたんだ」

「そうね……沢山のまどかを見てきたわ」

「例えば?」

「暁美ほむらの為に円環の理を引きずり降ろした救済の魔女、とか」

 

 それはまた、凄い奴だ。やっぱり、そういうまどかも居るのか。

 

「良い子だったけど、説得には苦労したわ。私をもってしても、ただ一時的に帰宅させる事を納得させるので手一杯よ。何とか頼み込んで、誕生日くらいは祝う事を許して貰えたけれど……とんでもなく頑固だったのよ。まさしく驚き。まあ、最終的には喜んで貰えたから、成功と言えるかしら。大変だったのよ、本当に」

 

 やけに早口で言い切ると、ほむ魔は肩を竦めた。本人が言う通り、よっぽど大変だったんだろう。

 まどか絡みでこいつが大変だと言うくらいだから、あたしなら百回は心が折れるくらいの難儀だった筈だ。

 そこまで頑なで強固なまどかは、ちょっと想像が難しい。ほむ魔を相手にそういった態度を取っている姿は、もっと想像出来ない。

 

「随分だね」

「ええ、随分よ」

 

 素直に大変さを認めて、ほむ魔は息を吐いた。勿論、呼吸なんか必要無い奴なので、わざと人間みたいな動きをしている。

 色々な世界を見てきた中で、こいつすら手こずる事が有る。中々意外な事実だ。となると、他の世界のあたしも気になる。

 

「ねえねえ、じゃさ、あたしは? あたしはどうだったの?」

「……それ、聞きたい?」

「聞きたいって、どういう感じだった?」

 

 微妙に顔を下へ向け、ほむ魔はあたしの顔を覗き込む。

 本当に聞きたいのか、本当に? そう言いたそうな様子だ。微妙に、怖くなってきた。別世界のあたしはどんな奴だったのか。

 気になってきて、小さく頷いて見せる。すると、ほむ魔は溜息を吐いて、軽く答えた。

 

「ある世界では……刺されたわ」

「え」

「刺されたわ。背中から、ぐさっと」

 

 遠慮せずに言うと、ほむ魔は一瞬だけ周囲に目を配ると、あたしに背を向けて、軽く服を捲り上げる。そこには、小さな刺し傷が有った。

 けど、その傷は瞬く間に消える。どうやら、刺されたという証拠を見せたかっただけらしい。

 

「それ、本当に傷なの?」

「ええ。本物の傷よ。とはいえ、再現した物だけれど……」

「つ、つまり。あんたとあたしが戦ってたとか、そういう」

「いいえ、貴女が泣いてたから。抱き締めたら、背中に手を回されて、そのまま私ごと自殺しようとしたわ」

 

 何で抱き締める様な状況になったのか。それはともかくとして、刺されたっていうのは穏やかじゃない。

 

「少し、困ったわね。あの時は」

 

 眉を顰めて、ほむ魔はまどか達が消えていった扉の先を見つめる。その中がどうなっているのか、ほむ魔には見えているんだろう。

 それは分かっているから良い。それより、あたしがほむ魔を刺す状況って、どんな物だったのか。とんでもなく最悪な世界だ。

 

「うぇー……なんでまたそこまで行っちゃったのかねえ」

「さあ……かなり追い詰められてたみたい。まあ、あの世界だとまどかに絞め殺されかけたけど」

「どういう世界よ、それ」

 

 どういう経緯が有ったのかは知らないけど、凄い世界だ。この世界とは全然違う。

 

「心というのは面白くも恐ろしいものね。私は全部理解できている訳じゃないから、時々困るわ」

 

 ほむ魔は独白して、僅かに困惑した感じを出した。人間じゃないこいつが、人間の気持ちをちゃんと理解して立ち回るのは、不可能だからだ。

 

「しょうがないしょうがないっ、あんたは化け物みたいな心と力が有るんだもん。人間を理解できなくたって、しょうがないよ、気にしない方が良いと思う」

「……まあ、その通りよ。でも、ありがとう、慰めてくれて」

 

 笑いながら、ほむ魔はその場で右足を軸にして一度回る。揺れる髪の間から、銀の鍵が光った。

 ほむ魔は唐突に足を止めて、杏子の方を見た。

 

「杏子、そのケーキは丁寧に食べた方が良いわ。崩れるから」

「えっ?」杏子の持っているケーキからクリームが落ちかけた。「うぉっ……とと、先に言えよ」

「言ったじゃない」

「分かってるけど、忠告するならもうちょっと早く頼むぜ……」

 

 杏子がクリームを指で舐め取ると、マミさんがおしぼりを渡した。お礼の言葉を小さく口にして、杏子は指を拭いておしぼりを返す。

 それを見届けると、ほむ魔は何かを思い出す様に頭へ手を置いて、空を見上げた。

 

「私とは違って、人間は簡単に絶望し、希望を抱くのよね。感情とは重力の様な物。一押しすれば、人は真っ逆様に落ちていく。だったかしら。そういうものなんでしょう、人間って。この間知り合った丁寧語混じりの変な人が言ってたわ」

「誰それ」

「貴女の知らない人、耳飾りを渡すだけ渡しておいて、ピアスホールを空けるのは一番に反対した奴よ」

 

 適当な事を言っているとしか思えないけど、ほむ魔は真剣そうだ。あたしの知らない人って、誰なんだろうか。

 

「お待たせ!」

 

 そんな時、扉が開いてまどかが飛び出してきた。やけに楽しそうだ。

 

「ま、まどか……」

 

 その後に続いて、妙に恥ずかしそうな顔をしたほむらが現れる。上はセーター、下はミニスカートだ。いつものストッキングは無くなって、病弱気味の白い足が見える様になる。

 恥ずかしそうな顔をしていて、いつもの余裕は殆ど見えてこない。逆に、まどかは元気一杯で機嫌も良さそうだった。

 

「じゃん! どう、ほむらちゃんの新しい一面だと思わない?」

 

 見せびらかす様に、まどかはほむらに向かって腕を広げた。

 凄いミニスカートだ。セーターとのギャップが激しい。ほむらはやけに足下を気にしていて、スカートの裾を握っている。恥ずかしいんだろう。

 リボン付きのスカートが揺れる度に中が見えそうになって、ほむらは慌てて隠している。その姿を、まどかは嬉しそうに見つめていた。

 

「大丈夫大丈夫、見えたりしないよ! そういう風になってるから!」

「そ、そういう問題じゃないよ……まどかも履けば分かると思う」

「あ、あははー。自分で履くとね……あはは」

 

 ほむらの抗議を受けて、まどかは目を逸らした。そりゃ、かなり不安になるスカートだ。ほむらにはよく似合ってるけど。

 何を着ても似合う奴は似合うんだな。そう思いながら、ほむらの全体像を眺める。足の先から頭の先まで全部を見ていった所で、あたしは、ほむらの胸に注目した。

 気づいたあたしは、まどかに近づいて、その肩を叩く。

 

「ねえちょっと」

「え? なあに、さやかちゃん?」

「ほむらの奴、下着まで変えてない?」

「……何で分かるの?」

 

 まどかは微妙に驚いていた。あたしの直感は正しかったみたいだ。

 

「なんとなく。っていうか、胸の辺りのラインが変わった気がしてさ」

「鋭いね、さやかちゃん。そうなの、変えてみたんだ」

 

 「ちなみにわたしも変えたんだよ。ほむらちゃんとお揃い」と続けて、まどかはほんのり恥ずかしそうに頬を赤くした。相変わらず可愛い奴だ。本当に。

 ほむらはやっぱり恥ずかしいのか、あたしを睨んでくる。でも、よく似合っている。本人的には、恥ずかしいだろうけど。

 

「うん、似合うね」

「でしょでしょ! ほむらちゃんが素敵だからだよ!」

 

 あたしがうっかり口にした事を、まどかはすぐに聞き取って見せて、手を大きく叩いて音を鳴らす。放っておくと、その場で踊り出しかねない。

 

「さっ、ほむらちゃん! 次、行こっか!」

「え、ええ……分かったわ」

 

 思わず昔の口調に戻って、ほむらはまどかに引っ張られて行った。

 また、扉の奥へ二人が消えていく。今度はどんな服になって戻ってくるだろう。嵐の様に去っていった背中を頭に思い浮かべながら、ほむ魔に向かって話しかける。

 

「……まどかのテンションがやけに高いんだけど、お酒でも飲ませたんじゃないでしょうね」

「さやか。言っておくけど、貴女も割とああいう感じよ。貴女は、いつもお酒でも飲んでるの?」

「……え、あたしって、いつもあんな感じではしゃいでる風に見えてんの?」

「自覚なさい」

 

 軽く肩を叩かれ、同情にも似た視線を送られた、今のまどか程絶好調の時なんてそうは無い気がするけど、少なくとも、ほむ魔的にはそう見えている様だ。

 ちょっと、気をつけようかな。そう思っていると、ほむ魔があたしの頭を撫でた。

 

「そのままで居なさい、さやからしくも無い」

「心、読んだ?」

「いいえ。ただ、何となくそう思っただけ」

 

 それを聞いて、嬉しくなった。軽い会話で察してくれる程度には、仲良くなれた様だ。勿論、ほむ魔はもっと違う見方をするだろうけど。

 

「二人とも、次はどんな格好で出てくるだろうね」

「結構悪戦苦闘しているわね。難しい服に挑戦しているみたい」

 

 中の様子をちゃんと把握している様だ。ほむ魔は笑いもせず、真剣に答えてくれる。

 その顔に何を見たのか、マミさんが感心半分の顔となった。

 

「それにしても、着替えセットをプレゼントするなんて……色々と凄いわね。私もなぎさにやってみようかしら」

「そ、それは恥ずかしいのです……」

 

 下を向いて首を振り、なぎさがケーキを口にする。こいつの好きなチーズケーキだ。ほむ魔が作った三つ目のケーキだった。

 作り手のほむ魔は、なぎさに少しだけ笑いかけ、扉の方を見る。

 

「ちょっと、手伝ってくるわ」

「ん、行ってらっしゃい」

 

 よっぽど難しい服を着てるんだろう。そう思うと同時に、ほむ魔の姿がかき消えた。何の脈略も無い、唐突な消滅、転移だ。こういう時の圧倒的な力の使い方が、本当に凄い。

 

「行っちゃったよ」

「着替えの手伝いって、何着るつもりなんだろうな」

「さあ……着物とか?」

「ドレスっていう可能性も有るわね」

 

 マミさんの言葉に、成る程、と納得する。そういう物を着せる能力は、まどかには備わってない筈だから。同じ意味で着物も有り得るけど、ドレスの方が確率は高いだろう。

 

「そうだ、マミさんと杏子はプレゼント用意した?」

「ええ。ほむ魔さんに比べると、その、だけど」

「ああ。一応は用意してきたぜ」

 

 ほむ魔のプレゼントがプレゼントなので、二人は少し気後れしているみたいだった。まあ、そりゃそうだ。あんなとんでもプレゼントの後じゃ、普通の物を渡すのは気が引ける。けど。

 

「大丈夫ですって、まどかは喜んで受け取ってくれる子だから!」

「そうね。ふふ、その通りだと思うわ」

「まあ、そうだろうな。あいつがプレゼントの差で何か考える様な性格じゃないのは分かってるさ」

 

 ほむ魔を最後にした方が良かったな、と思う。一人目にしては滅茶苦茶に派手過ぎた。

 派手なパーティにはしないと言ってたのに。まどかの頼みだから、用意したんだろう。

 

「ところで、どうしてなぎさには聞かないのですか?」

「いや、だってあんた子供だし。用意してきたの?」

「しっ……失礼なのです! わたしだってプレゼントくらい用意しているのです! ねえマミ!?」

「そうねー、なぎさは大人だものねー」

「む、むぅぅっ」

 

 マミさんに頭を撫で回されて、なぎさが頬を膨らませた。かなり子供っぽいけど、なぎさは子供だから、変な感じはしなかった。

 なぎさは可愛いな。そんな気持ちを持ちながら、まどか達が出てくるのを待った。多分、十分くらいだ。その間に飲み物が無くなって、新しく継ぎ足すと、紅茶は冷たいチョコレートドリンクになっていた。丁度甘い物が飲みたい気分だったから、良い配慮だと思ってそれを飲み、更に待った。

 そうしていると、扉が開いてまどか達の姿が見える様になり、あたしは思わず「おお」と声を漏らした。

 まどかはタキシードを着ていた。黒がメインで、リボンに桃色を使った物だった。普通ならカッコいい印象の筈だけど、まどかが着ると可愛いことこの上ない。

 次に出てきたのは、ほむ魔だった。なぜかシスターさんの格好をしていて、髪を大きく布で覆っていた。何故かスカートはミニで、ストッキングが仄かな玉虫色に光っている。

 二人が出てきた所で、何となく、ほむらの服装が想像できる様になる。

 でも、ほむらが一向に扉の中から現れてこない。扉の先には暗闇が広がっていて、中の様子はまるで見えないから、ほむらが居るのかすら分からなかった。

 

「あれ? ほむらは?」

「あれっ。もう、ほむらちゃーん。恥ずかしがってないで、はやくおいでっ」

 

 まどかが手招きをした事で、ほむらが扉の横から顔だけを出した。純白のケープに包まれた頭を見て、あたしは、マミさんの予想が的中した事を確信した。

 恥ずかしいのか、ほむらはそこから一歩も出て来ない。首を何度も横へ振っていて、姿を隠し続けている。

 

「ま、まどか。これは少し。ちょっと」

「えー。あんなに可愛いし、似合うのに」

「ちょ、ちょっと待ってね。心の準備がまだなの……」

「良いから来なさい」

 

 ほむ魔が冷たく一蹴したかと思うと、指を鳴らす様な音が聞こえる。

 まどかの隣が一瞬光って、ほむらが現れた。豪華なウェディングドレスを着ていた。

 

「ほ、ほむ魔っ!?」

「私も恥ずかしいんだから、我慢なさい」

 

 肩を竦めて、ほむ魔は大きな白紙の本を開いた。何でミニスカート? という疑問を尋ねる事も許さない、きっぱりとした態度だ。

 突然転移させられてビックリしたのか、真っ赤になった顔のまま、下を向いた。

 

「あ、あまり見られると、その、恥ずかしいわ……」

 

 恥ずかしさの余り、口調まで昔に戻ってる。

 

「大丈夫、自信を持って。今のほむらちゃんは、世界で一番幸せな花嫁さんなんだよ」

 

 そう言うなり、まどかが腕を組みに行った。ほむらは抵抗しなかった。つまり、まどかが新郎、ほむらが新婦らしい。

 普通、逆じゃないかなぁ。似合っているけれど、何か違う。そんな気持ちで眺めていると、まどかがあたしの方を向いた。

 

「どうどうさやかちゃん? 素敵な結婚式!」

「あー。良いんじゃない?」

「だよね、だよね!」

 

 元気一杯に腕を振って、まどかはもうたまらないとばかりにほむらへ身体を寄せる。密着されたほむらは「ひあっ」とだけ声を出して、すぐに大人しくなる。

 ほむ魔が、どこからかカメラを取り出した。無駄に豪華なカメラで、見るからに画質が良さそうだ。毛の一本一本まで見分けられるくらいに。

 

「写真を撮っておくわね」

「うん、一生……ううん、その後もずっと思い出にしようね」

「まどかがそうしたいなら……良いわ」

 

 まどかが喜んでいるのを見て、ほむらは軽く息を吸ったかと思うと、口元にほんのり微笑みを浮かべる。何と言うか、花嫁さんの顔だ。

 二人が横へ並ぶと、ほむ魔はシャッターを切る。カメラの良い音が聞こえた。

 

「写真にするのは今すぐが良い? 後が良い?」

「後でお願いっ」

「じゃあ、明日くらいに渡すわね」

 

 ほむ魔はカメラを仕舞い込み、本を閉じた。多分、結婚式の神父さん役をやる様に言われたんだろう。けど、中身化け物にシスター姿は何だか違う様な……

 

「まどかとほむらを信仰しているのだから、間違ってはいないわ」

「かなぁ」

 

 横からほむ魔に言われても、納得出来ずに首を捻る。

 元々あたしを説得する気は無かったのか、ほむ魔は気にしなかった。

 あたしに構わず、ほむ魔はほむらの肩をそっと叩く。ウェディングドレスを汚さない様に、慎重な手つきで触っていた。

 

「ほら、ほむら。プレゼントは?」

「……ええ、分かってるわ。まどかが何を求めてるのかくらい」

 

 ほむらは眼差しから恥ずかしさを消して、自分の耳元をさっと撫でた。

 その手には、小箱が握られている。小さな銀のリボンが飾り付けられた、とても可愛いデザインの箱だ。上向きに開く様で、かなり頑丈そうだった。

 そんな小箱を両手の中に置き、ほむらは何か覚悟を決める様に、不思議そうなまどかの前で深呼吸をする。

 

「まどか」

「は、はい」

 

 真剣な顔付きを見て、まどかは背筋を伸ばした。

 そんな様子を見て取ると、ほむらの雰囲気が大分軽くなる。

 

「改めて、お誕生日おめでとう」

「うん」

「その……プレゼント、なんだけど」

 

 何か問題が有るのか、ほむらは目を逸らした。けど、いつまでも逃げられる筈も無く、諦めた様にまどかを捉える。

 さっきの真剣さが、恥ずかしそうな表情に戻っていた。

 

「こ、この格好で、渡すと、何だか……あの、先に行っておくけど、違うよ、そういう意味じゃないから」

 

 不安定な口調となって、ほむらは小箱をまどかへ突き出した。

 迷いながらも、まどかはそれを受け取った。

 

「開けてみて」

「うん、何だろ……」

 

 まどかはゆっくりと小箱を少しだけ開けて、その中身を覗き込んだ。そして、驚いた様に顔を上げて、ほむらを凝視した。

 

「こ、これ、こ、ここ。これ、ほむ、ほむらちゃんのっ」

 

 そこで、あたしの目にも小箱の中身が見える様になった。

 箱の中に有るのは、小さな台座の上に乗った、指輪だ。真ん中に紫色の宝石が入っていて、その周りに、文字が刻まれていた。あたしには読めるし、その指輪が何なのか、すぐに分かる。

 みんな、唖然としていた。勿論、指輪の正体は全員が分かっていた。だってそれは、あたし達が普段着けている物だから。

 

「そう。わ、私のソウルジェム」

「……えっ、ええ!?」

 

 驚きが大きくなったのか、まどかは小箱を落としそうになり、慌てて胸元で抱き締めた。

 

「い、いや。これ。も、貰えないよ!」

 

 あまりに予想外なプレゼントの内容に、まどかは酷く慌てていた。今までの、新郎姿でほむらを翻弄していた小悪魔ぶりが嘘みたいだ。

 

「駄目、かな?」

 

 失敗したと思ったのか、ほむらは不安そうに目を潤ませる。

 まどかが押されている気配を感じた。だけど、ソウルジェムを貰う訳にもいかないのか、まどかは首を何度も振る。

 

「……こっ、これ貰ったら、ほむらちゃんが私から離れられなく……駄目だよ!」

「大丈夫。それは私の一部分であって、全てじゃないから」

 

 悪戯っぽく笑って、ほむらは耳を軽く撫でる。

 耳元が光った。ほむらのダークオーブは、その耳でしっかり光っていた。

 

「ダークオーブはこっちに有るわ。この通り、ね」

 

 ほむらはニヤ、と病的に笑って、自分がまだ悪魔である事を見せつける。

 ただ、まどかの前でそんな顔を続ける気は無かったらしく、すぐに微笑みが戻ってきた。

 

「それは私の魂の一部、文字通り私だと思って大切に扱って欲しいの」

「そ、そうなんだ。それは、確かに嬉しいけど……」

「常に身につけておいてくれたら、きっと何か良い事が起きるわ」

「えっと……例えば?」

「そうね……テスト中に答えが頭の中に浮かんできたり、マラソン中に息切れが起きなくなったり、眠い時に子守歌が聞こえてきたり、話し相手が欲しい時に声が聞こえてきたり、まあ、そういう感じよ」

 

 それって、単にほむらが自分の魂を使って手を貸すだけなんじゃないか。口に出そうになった疑問を、封じ込める。

 本人的には、それで良いんだろうか。今一、ほむらの考えが分からない。

 でも、まどかは納得したみたいで、大きく頷いていた。

 

「そういう事なら……分かった。ありがとう、使わせて貰うね」

 

 指輪を小箱から外して、まどかは迷わず左手の薬指にはめた。

 

「うん、サイズも合ってる。指の太さが同じくらいなのかな?」

 

 宝石の部分を明かりにかざして、まどかがその指輪を眺めていた。嬉しそうだ。

 左手の薬指。多分、素でやってるんだろう。表情を見た感じ、結婚指輪とかはまるで意識してないんだ。でも、ほむらは真っ赤の上に真っ赤を重ねた様な顔をして、もっと深く下を向いた。

 そんな様子の変化に気づいているのかいないのか、まどかはほむらへニッコリと笑いかける。

 

「もう一度言うね。ありがとう、ほむらちゃん」

「どういたしまして」

 

 プレゼントが受け入れられた事がそんなに嬉しいのか、ほむらは機嫌良く声を返す。

 その時、まどかが、ほむらの両手を握った。

 

「まどか?」

「えへへっ、幸せにするからね」

 

 左手の薬指を見せつける様にして、まどかは楽しそうに言い切った。

 結婚指輪の位置なのは、分かってたらしい。冗談めかして笑っていたけれど、まどかの目は本気だった。

 その本気を受け取り、ほむらは口を閉ざした。もう一度、まどかが繰り返す。

 

「……」

「幸せにするから」

 

 今度は、遊びがまるで無い一言だった。

 その言葉だけで、何か色々な物が溢れ出してくる。円環の理、魔法少女、鹿目まどか。

 

 

「っ」

 

 

 ほむ魔が即座に動いたのが見えた。あたしがそれを認識出来たのは、殆ど奇跡に近かった。

 溢れ返りそうになった気配が、ほむ魔の手によって完璧に封じ込められる。

 

「ほむらちゃん」

 

 ほむ魔へ向かって小さく頭を下げてから、まどかは、どこまでも幸せそうにほむらを抱き締めた。

 急に抱き締められて、ほむらは驚いた様だ。だけれど、すぐに適応して、まどかを抱き返す。そのまま誓いのキスでもすれば完璧だけど、それはしない。

 二人は心の底から幸せな様子を見せていた。多分、これがまどかにとっての一番の誕生日プレゼントだった。

 

「……」

 

 どうしてだろう。

 二人の幸せそうな笑顔を見て、ちょっとだけ、センチメンタルな気分になる。嫉妬、違う。憧れ、違う。祝福、それは有るけど、なんか違う。

 素直におめでとうと思う気持ちと、もう一つ、寂しい様な心が有った。

 

 そんなあたしを、ほむ魔が見つめている様な気がした。

 

 

 

 

+----

 

 

 

 

 ベランダへ出て、あたしは大きく息を吸った。

 パーティはもう半分を終えた頃に差し掛かって、落ち着いてきた所だ。みんなが楽しく話している隙を見て、外へ出させて貰った。

 

「んんっ……ふはっ」

 

 大きく伸びをする。外は宇宙の様な模様に埋め尽くされていた。多分、ほむ魔の能力で作られたイメージ映像か何かだ。

 作られた空間に外なんて有る筈も無いので、この先へはいけない。でも、手すりから身を乗り出して、星の様な光を眺めるくらいは出来る。

 

「ふぅ」

 

 息を吐いて、ストロー越しにチョコレートドリンクを飲む。かなり甘い。

 ほむ魔の味覚に合わせたんだろうか。それとも、あいつなりの配慮か。どっちでもいい。甘い。

 

「うーん、甘い。いい気分」

 

 これは嘘だ。

 実際には、何かもやもやとした気持ちが、あたしの中でずっと渦を巻いていた。

 飲んでいる内に、チョコレートドリンクが無くなる。おかわりが欲しくなったから、一度部屋へ戻ろうと窓の方へ身体を向けると、ほむ魔がそこに立っている。

 

「おかわり、飲むでしょう?」

「あ、うん」

 

 瞬く間にあたしの目の前に来て、ほむ魔は二つのボトルを見せた。白か茶、ホワイトチョコか普通のチョコか、どちらか選べ、という事なんだろう。

 あたしは、白を選んだ。さっきまで飲んでいたのが茶色だったからだ。

 チョコが少し残るコップが一瞬で新品同様の清潔な物になると、そこへホワイトチョコのドリンクが注がれる。甘い香りがして、飲みやすそうだ。

 ほむ魔は自分のコップに普通のチョコレートドリンクを入れて、軽く前に出す。

 

「乾杯」

「ん」

 

 コップ同士を当てる軽い音がして、ほむ魔とあたしは同時にドリンクへ口をつける。

 想像より少し甘めだ。その甘さが良い。

 

「ん、美味しい」

「良かった。我ながらそれなりの水準の物に仕上がったわね」

 

 これもほむ魔の手作りだった様だ。パーティの準備を全力で楽しんだのが伝わってくる。

 

「……」

「少し甘過ぎたかしら……」

 

 あたしはちびちびとコップに口を着けながら、ほむ魔の顔色を観察した。

 いつも通りの、冷徹そうな顔立ちだ。まどかの為に必要な事なら何でもする、そういう、冷血と言っても良いくらいの心が見えた。

 

「……それで? 何か不満でも有ったの?」

「え?」

「さっきから、妙に表情が曇っていたわ」

 

 でも、眉を少し落としてあたしの顔を伺ってくる所からは、そういう冷たさは感じなかった。

 問いかけに、あたしは首を横へ振る。けれど、ほむ魔は納得しない。

 

「あなたらしくないわ、さやか。騒がしいのが嫌い、という訳でも無いのでしょうに。第一、まどかの誕生日なんて素晴らしい日を不安や不満で迎えるなんて、それこそ許せないわ。教えなさい、何が引っかかったのか」

 

 少し怒っているのか、ほむ魔の言い方はきつかった。けど、ほむ魔の顔はあたしを心配そうに見つめている。

 友達扱いを受けている喜びを感じながら、あたしは肩を竦めた。我ながら、こんなちょっとした事で悩むなんて情けない。

 

「いや……二人の結婚式みたいな姿を見てたら、ちょっと。さ」

「そう」

 

 詳しくは聞いて来ない。必要以上に近づいてくる気配も無い。

 遠慮してるのか、それとも、あたしの相談を聞くのは杏子やマミさんの仕事だと思ってるのか、それとも、あたしの事なんかどうでも良いのか。最後の悪質な想像を、首を振って消し飛ばした。

 こういう内容は、杏子やマミさんよりは、ほむ魔に聞いた方がずっと良いと思えた。自分の無限永劫をまどかに尽くす道を選んだ、こいつだからこそ。

 

「……話、聞いてくれる?」

「ええ、言うだけなら問題無いわ。まどかを傷つける様な事でなければ、だけれど」

 

 警告をしながらも、ほむ魔は真剣にあたしの話を聞いてくれる様だった。

 ありがたい事だ。そう思いながらも、あたしは空を見上げた。ほむ魔の気遣いなのか、いつの間にか青空が広がっていた。

 心なしか、空気が美味しい。少し気持ちが楽になって、あたしは、静かに呟いた。

 

「あと何回、こういうパーティが出来るんだろうね」

 

 こぼれ落ちる様な一言に、ほむ魔は何の反応も返さない。あたしが話を続けるのを待っている様で、ただ、笑いもせずにチョコレートドリンクを飲んでいる。

 出来れば笑い飛ばしてくれた方が嬉しいけど、贅沢は言わない。促される通りに、あたしは自分の気持ちを口にした。

 

「いやさ、ほむ魔でさえ見かけを変えたりしてるでしょ? だったら、あたしだって、まどかだって、ほむらだって、みんな変わるんだ。だから、こうしてみんなでワイワイ誕生日のお祝いをするとか、そういうの、いつまで出来るんだろうな、なんて……思っちゃって。情けないね、はは」

 

 笑おうとしたが、余り上手く行かない。

 まどかとほむら、二人の絆を確認する中で、あたしは何か小さな恐怖を覚えていた。

 まどかとあたしは、杏子とあたしは、そしてほむ魔とあたしは、一体いつまで親友で居られるんだろう。ほむらとまどかは本当の部分では人間じゃないから永遠の絆が有るけれど、あたしには、無い。

 離れる時が有るんだろうか。道が別れてしまう日が来るんだろうか。今日の様な日々が、これからも永遠に続く筈が無い。それを想像するだけで、あたしは言い様の無い不安に心を蝕まれていた。

 それは小さな不安だったけど、心を揺らす物としては十分に重くて、まどかの誕生日にそんな事を考えている自分が、とんでもないバカに思える。でも、止められない。

 

「結婚したり、色々有る内に、みんな一緒だった幸せな時間を失っちゃうんじゃないか、って……ごめん、ちょっと考えすぎだね」

 

 分かってる。考え過ぎなんだ。それでも抑えきれずに溢れてしまうから、始末に負えない。

 ほむ魔の顔は、特に変わった所を見せなかった。あたしの言葉じゃ、何一つ心に届く物は無かったんだろう。

 やっぱり、まどかじゃないと駄目なんだな。そう思った所で、ほむ魔は返事をしてくれた。

 

「……変わらないわよ、私は」

 

 ほむ魔は片手を出して、手のひらを見せる。何が起こるのかを察して、事前に覚悟を決めた。

 その時、ぐちゃ、ぐにゃ、ぐしゃり、そういう音を立てて、ほむ魔の腕がおぞましくて直視出来ない何かに変幻……いや、本当の形に戻って、また、すぐに元の傷一つ無い腕に変わる。

 不気味な何かが心の中へするりと入り込み、気分を悪くさせた。

 ほむ魔の本来の姿。見るだけで恐怖が振り切れそうになる泥人形。決して見慣れた訳じゃない。ただ、その形を捉えてしまっただけで、頭痛がして、酷い目眩がする。立っているのが辛くて、手すりに背中を預けようとすると、その前にほむ魔があたしを抱き支えてくれた。

 

「……大丈夫?」

「あ、ありがと。平気」

 

 何とか支えられた状態で立ち上がる。部屋の中は相変わらずまどかや杏子の笑い声で騒がしかった。こちらの出来事は、向こうには見えていないみたいだ。

 ほむ魔はあたしを横から支えたまま、頭を撫でてくれた。まどかがしてくれる様な、優しい手つきだ。

 

「あなたも見ての通り。所詮、私の本質はこの泥人形よ。糸が切れようとどうしようと、人形である事は変わらない」

 

 世界で唯一変わらない物が有るとすれば、それは暁美ほむらが鹿目まどかを想う気持ちだろうから。

 ほむ魔はそんな風に言った。

 

「だから安心して。私は永遠に変わらない。あなたがどんな風になっていったとしても、私はまどかの味方だし、必要なら、貴女を滅ぼすのも躊躇わないから」

 

 あたしの悩みなんか、取るに足らない事だ。そう言われた様な、切り捨てられた様な気がした。

 

「必要なら、殺されちゃうんだ?」

「当たり前でしょう。むしろ、そこで躊躇する事こそ私じゃない。そうやって全てを割り切る事は、暁美ほむらには出来なくても、私には出来る。私は、人間ではないのだから」

 

 決意的な発言を受けて、あたしは心の中で俯いた。ほむ魔はそれで良いだろう。永久無限にまどかを思い尽くせるなら、それで満足だろうから。

 でも、あたしはそれに着いていけない。一緒に行く事は出来ないんだ。

 

「私が何を言いたいのか、分かってないわね?」

 

 落ち込んだ瞬間、ほむ魔が不満げにあたしを見た。自分の言葉を理解されずに、怒っているのが分かる。

 あたしの肩を掴むと、ほむ魔は目を合わせた。紫の瞳の奥に、濁った泥が渦巻いていた。

 

「こう言ってるのよ、まどかを永久の幸せで包み込むなら、その幸福を彩る要素だって、永遠でなければならない」

 

「だから」とほむ魔は言葉を繋げる。

 

「あなたの永遠は、私が保証する」

 

 あたしの永遠は、ほむ魔が保証してくれる。らしい。

 不思議な事に、そう言われるだけで肩の力が抜ける。安心して、今を楽しむ余裕が戻ってきた様な感じがした。

 

「つまり……ビガー・ケイジズ、ロンガー・チェインズという事よ」ほむ魔は笑う。

「何それ」

「知り合いが言っていたの。私達は広大な檻の中にまどかを閉じ込めているだけ、自由と見せかける程に長い鎖で、彼女を縛っているだけ」

 ほむ魔は自嘲気味な、でも自分の選択に一つの悔いも持たない笑い顔を見せた。

「だからこそ、私達は胸を張って、誇りを持って、誰よりも心を強く持ち、永遠にまどかを大切にしていかなければならない。それが、まどかから自由を奪った存在が等しく負うべき責任だ、って」

 

 それは、ほむ魔にとっての永遠を保証する言葉だった。そして同じくらい、身勝手な発言にも思えた。

 こういう、まどかの前では滅多に見せないほむ魔の顔を、あたしは見る事が出来ている。多分、それはまどかへの配慮で、汚い物を見せない様に気遣っているんだろう。あたしは、そういう配慮をする対象じゃないって事だ。

 だけど、友達の一人としては、そういう部分を含めて見せてくれるのは、決して悪い気分じゃなかった。

 

「私の言う事を、信じる?」

 

 ほむ魔に問いかけられて、あたしは少し考え、答えた。

 

「……逆に不安な感じがするけど、いいや。あんたがまどかの味方で居るならね。あたしの味方でも有るからさ」

「必ずしもそれは成立しないと思うけど……まあいいわ。それより」

 

 あたしの手を取って、ほむ魔が引っ張った。やや乱暴で、まどかには決してやらない様な、そういう手つきだ。

 

「戻りましょう、まどかにプレゼントをあげないと」

「んっ」

 

 今日のほむ魔は手が冷たい。作り物の身体は、その時その時で一番だと思える体温をキープしている。

 手を引かれながらも、あたしは軽やかになった心のまま、その背中へ声をかけていた。

 

「ほむ魔」

「ん」

「ありがと」

 

 素直な感謝に意表を突かれたのか、ほむ魔は目を見開いてから、少し遅れて仄かに照れた。

 無意識なのか能力で髪を目元にかけ、顔色を隠そうとしていて、ただ、無感情を装った返事をする。

 

「……こういうのは、杏子の担当だと思うわ」

 

 照れ隠し混じりの言葉と一緒に、ほむ魔はそっと窓を横に開く。

 そこで、一気に騒がしさが耳に入り込んできた。ベランダと部屋が空間として繋がったので、音がはっきりと聞こえてきたんだ。

 あたし達が戻ってきたのを真っ先に認識したのは、まどかだった。まどかは、やっと見つけた様な表情で、ほむ魔に向かって詰め寄った。

 

「ほむ魔ちゃん! 急に居なくなっちゃうなんて、探したよ。これからがメインイベントなのに」

「ごめんなさい」

 

 ほむ魔が素直に頭を下げると、まどかはそれ以上は怒らず、その両手を掴む。

 

「私に要望でもあるの?」

「ううん、あ、うん、そうかな。実はね、私と同じ誕生日の人をお祝いしたいから、手伝って欲しいと思って」

 

 まどかは急にしおらしくなって、何度か「えへへ」と照れ笑いを口に出す。

 その顔を可愛いと思いつつも、あたしは疑問を抱いた。今日はまどかの誕生日で、他の誰かの誕生日という事は無い筈なのに。

 

「まどか、ごめん。そんな人居たっけ?」

「もう、さやかちゃん。忘れちゃったの? ほーら」

 

 尋ねてみると、まどかはほむ魔の腕を引き、空いた腕ででほむらを捕まえる。二人の間に挟まると、まどかは嬉しそうにほむ魔の肩へ頬を乗せた。

 

「ほむ魔ちゃん、お誕生日でしょ」

「……誕生日なんか本当は無いんだけれど」

「でも、私が生まれた日を自分の誕生日にしたんでしょ?」

「……よく知ってるわね。確かに、そうよ」

 

 ほむ魔は、今日が自分の誕生日だという事を認めた。

 本人の言う通り、時間の概念から切り離されたほむ魔には、本当の誕生日なんて無い。だから、自由に決めたんだろう。

 その誕生日をまどかが知っている理由は、分からないけど。

 自分の 誕生日だと言われたのに、当のほむ魔は戸惑っているのを感じる。あたしとまどかの顔を見比べて、最後にほむらに向かって静かに首を振っていた。

 

「それで、まどか。私の誕生日を祝ってくれるのは嬉しいけど、私は何をすれば良いの?」

「簡単だよ! 目を瞑って、しばらくじっとしてて!」

「わ、分かった。じっとしていれば良いのね」

 

 強い勢いを受けて、ほむ魔は言われた通りに動きを止める。目もしっかり閉じ、多分、能力も最低限以外は切っている。

 そんな姿をまどかは満足そうに見て、悪戯っぽく笑った。

 

「じゃあ、お祝いっ!」

 

 まどかは、勢い良くほむ魔の顔を抱き寄せる。そして、顔を近づけると、そのまま……頬に、キスをした。

 少しの間だけ、頬と唇が触れ合っていただけ。口を離したまどかは、美味しい物でも食べた様に、唇を舌で舐めた。

 

「もう開けていいよ……誕生日おめでとう、ほむ魔ちゃん」

「あ……」

 

 目を開けたほむ魔は、漫画チックに顔を赤くした。あいつにしては珍しく、素で狼狽えている様に見える。

 何とか調子を整えようとして、ほんの僅かながら魔力を感じる。小さく咳払いをすると、大分顔が冷静に戻った。

 

「あ、ありがと……その、嬉しいわ、とても」

「それじゃ、お返しお願いね」

 

 追い打ちをかける様に、まどかが前髪を上げた。

 

「えっ?」

「おでこに」

 

 おでこを出して、まどかは待っていた。そこにキスをして欲しいみたいだ。

 ほむ魔があたしを見た。あたしに助けを求めてる様だ。視線だけでそれが分かる。けど、面白過ぎて、見なかった事にした。

 ほら、まどかを大切にする責任が有るんだろ。早くやってやんなよ。そういう感じの事を、心の中で呟く。

 

「……そう」

 

 諦めたのか、ほむ魔は一度大きく息を吐いた。

 

「じゃあ、しても良いのね?」

「うん、どうぞ」

 

 ほむ魔は覚悟を決めたのか、まどかの前に立って両肩を掴む。

 それから、そっとまどかを引き寄せ、躊躇いがちに唇を当てた。

 軽く触れただけだ。友達同士のスキンシップ。あたしとまどかも、やった事が有るくらいだ。けど、あの二人がやっていると、雰囲気が違う。

 

「ほむ魔ちゃんの唇は、柔らかいね」

「まどかのだって……」

 

 それ以上は言葉に出来なかったのか、ほむ魔は下を向いて、また真っ赤になる。興奮しているのか、恥ずかしいのか。

 頭の中で、「恥ずかしいのよ」と答えが返ってきたけど、それは気にしない事にした。

 絶好調のまどかは、ほむ魔が無防備なのを良い事に、もう片方の頬にもキスをして、その隙に距離を取ろうとしたほむらを捕まえる。

 

「ほむらちゃん」

「ひうっ」

 

 顔が真っ赤になったほむらを引き寄せて、まどかは輝かんばかりに楽しそうな笑顔を見せた。

 

「ほむらちゃんはわたしのくちび……やっぱりほっぺたに、してくれる?」

「え、あっ、やっぱり、わ、私もするの?」

「……いや?」

 

 まどかの上目遣いがほむらに炸裂して、とてつもないダメージを与えた。小悪魔全開で、ほむらが嫌がらない範囲でワガママを言っている。

 そんな一撃を受けてほむらが平気で居られる筈も無く、こほんと咳払い。そして、髪を解いて眼鏡を外し、顔を余裕ぶった笑みで彩った。

 

「嫌じゃない、むしろ、させて欲しい」

 

 真剣な一言を受けて、まどかが静かに目を閉じた。

 全員が、空気を読んで見ない様にする。マミさんはなぎさの目を覆い、杏子はあたしの頭を下げさせた。

 ほむ魔はどうしているだろう。横目で確認すると、あたしへ向かって苦笑を見せた。

 

「んっ……」

 

 ほむらの小さな声が聞こえる。

 

「みんな、もうこっち見ても良いよ」

 

 振り向くと、まどかとほむらは並んで手を繋いでいた。

 唇にしたのか、頬にしたのか。どっちなのかは分からなかった。知っているのは、真っ赤になったほむらと、同じくらい恥ずかしそうなまどかだけだろう。

 何となく分かる気がしたけど、あたしはそれ以上突っ込んで考えるのは止めておいた。

 

「ふ、二人とも、おめでとう!!」

 

 ちょっと恥ずかしい気持ちと一緒に、大きな祝いの気持ちを言葉に乗せる。

 あたし達なら大丈夫。根拠は無いけど、そう思った。

 

 

 

「さやかちゃんもする?」

「え、えっ!?」

 

 

 

 それは、ちょっと遠慮したいと思った。




実の所、ほむ魔こそ三作の中で最も真っ当でやさしみの有るオリキャラになります。というより、人付き合いが良いと言うべきか。
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