使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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夢の中に居たような

「んー、ゲーセンじゃ遅くまでは居られないかな?」

「あたし達って夜中まで居られないもんねー。制服着てるから誤魔化せないし」

 

 杏子と一緒に帰る道には、水が流れる音がする。

 公園沿いの通学路には、良い感じに自然が溢れていた。この辺りを流れる小川は、最近作られた物らしい。温暖化対策とか、町に自然を戻すとか、そういう話が有ったらしいけど、その辺りは詳しくなかった。

 何となく、昔はもっと草木が少なかった記憶が有るだけだ。

 光がよく反射するから夏場は少しだけ眩しいけど、今は心地良い光となっている。

 水の音色が気持ち良く感じられた。中を通る小さな魚の一匹一匹、それが跳ね、泳いでいく姿に酷く親近感を覚える。特に、先月からは水こそ自分の居場所ではないか、なんて思う様になっていた。

 試しに、お風呂の中に潜って魔法も使わなかった結果、逆上せて杏子に助けられたのは恥ずかしい思い出だ。

 心臓の辺りに手を置いてみる。これが、私。いや、今となっては私という身体を維持する機械。だけど、それが何か大きな物と繋がっている気がする。

 魂の奥から沸き上がってくる様な、強い力の波みたいな物。それは希望に溢れていて、思わず触れたくなってしまうけれど、同じくらい触りたくなかった。

 希望の円は甘美だけれど、近づけば今の自分が居なくなってしまう様で、怖い。

 そんな気持ちから目を逸らして、私は杏子との話に没頭する事にしていた。

 

「補導される前に魔法で逃げれば良いんだよ」

「こーら、そんなどうしようもない事に使ったらもったいないでしょ」

「……あ、注意する所、そこなのか」杏子が微妙な顔をしている。

「いやいや、魔獣だって何時でも出てくれる訳じゃないんだから、そんな事に使って、いざって時にあの世行きじゃ話にならないよ」私は魔法を正しい事に使いたいとは思っているけど、そういう使い方を否定しようとは思わない。

「ま……一理有るか」

「でしょ?」

「さやかの癖に考えてるじゃん」

「何だとこの杏子め」

 

 杏子に、鼻で笑って返された。

 鞄を持っていない方の手には、丸いチョコレートの箱が握られていて、何粒か私に手渡してくる。

 私の口にはまだロッキーが残っているのに、杏子はもう一箱全部食べてしまったらしい。凄い食べっぷりだけど、昔はもっと沢山食べていたそうだ。

 

「でも、何か意外だな。そういう使い方、嫌いだと思ってた」

「ふふん、さやかちゃんは理解の有る正義の味方なのです」

 

 そう、良いじゃないか。魔法少女は希望を守る存在だけど、同時に普通の女の子として過ごす資格も持っているんだ。

 そう、そういう身勝手さが有っても良いんだ。だって、私達はただの少女なんだから。

 

「なぎさの真似か? 似合ってねーぞ」杏子の目に、あからさまな笑いが浮かんだ。

「むっ」

「なんつーか、なぎさが子供っぽいなら、さやかはガキっぽい、だよな」

 なんて言い種だ。ちょっとばかり、お仕置きがしたくなった。「むうう、失礼な奴めっ。そんな事を言う杏子には、こうだぁー!」

「わっっ!?」

 

 思い切り飛びついて、後ろに回る。普通の人ならともかく、相手は魔法少女で、しかも反応の早い杏子だ。逃げられない様に、すぐに両脇の下へ両手を回さなければ。

 そして、不意と打つ形で素早く思いっきり擽ってみる。脇から脇腹にかけてのラインを触り倒すと、杏子が変な声を発しながら暴れだした。

 

「ちょ、こら。ひゃ……ん、やめ、ぅっ! やばいって、それちょ、脇腹はやめっ……ひゃう!」

 

 前屈み気味な姿勢で身体を大きく揺さぶり、何とか逃れようとしてくる。だけど、しっかり全身を捕まえていれば問題は無い。

 そんな抵抗が面白くって、より一層私のやる気を強めてくれる。

 

「こう、ここかなぁ? お腹と背筋はどうかなぁ?」つい、他の部分まで手が伸びた。

「お、おい。い、いいかげ、ゃ!」

「おおぉ、いい反応。どれどれぇ……」

「ひぅっ」

 期待した通り、良い感じの反応が来る。やっぱり面白い。少しばかり脇に指を這わせて、更に首筋にまで手を届かせていく。

 杏子の息がどんどん荒くなっていった。暴れ方も強くなるけど、私を傷つけない様に動くから、それほど酷い抵抗じゃない。もっと擽ってやりたくなる。

 何か凄い事をしている気がするけど、まあいいか。

 

「ひ……ぁっく、いい加減、ぅ……にしろぉ!」

 

 調子に乗ってやり過ぎになる寸前、杏子は一気に力を入れて、全力で振り解いてきた。

 よっぽどくすぐったかったのか、魔法少女としての力を使われたのが分かる。

 よろけながら立ち上がり、顔を赤くしながら睨みつけてくるけど、魔獣と戦っている時の鋭さは微塵も無い。こんなに不満そうなのに、それでも私を突き飛ばさなかった辺りが実に優しい奴だと思う。

 

「この、このさやかめ」

「へへ、私に弱い所を知られた杏子が、私に勝てるわけないでしょー?」杏子は割とからかい易く、悪戯のやりがいが有った。

「こいつぅ……」

 

 赤くなった頬をつつきたくなるけど、此処は我慢しよう。流石に、これ以上は本気で怒らせるかもしれない。

 でも、こうやって杏子の肌に触れていると、この世界は現実なんだと強く感じられた。夢や幻なんかじゃない。本物の感触だって、そう信じられる。

 そんな理由でくすぐられたと聞いたら、杏子は怒るだろう。そう思って、ちょっとだけ悪い事をした気になる。

 

「あっはっは、いやぁ」

「お、おい」何故か、杏子が私の肩を叩いてくる。

「え、どうしたの?」

「どうした、じゃねーよ……見てみろって」

 

 言われるままに見てみると、いつの間にか多くの視線が私達へ向けられていた。その中には、見滝原中学の学生が何人も居る。

 随分と興味を引いてしまったみたいだ。まあ、そりゃそうだ、杏子と二人であんなに騒いだんだから、気になる人も居るだろう。

 調子を取り戻した杏子が、顔を真っ赤にしながら周囲を見回している。私まで恥ずかしくなってきた。杏子も同じ気持ちなのか、微妙に責める様な目をしていた。

 

(おい、どうすんだよこれ! さやかのせいだぞ!)

(ご、ごめん。やりすぎたわ)

 

 杏子が送ってくるテレパシーには、余裕が全く無い。

 私にだって余裕は無い。ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど、派手すぎた。恥じる所は無いと思っても、やっぱり恥ずかしい物は恥ずかしい。

 駄目だ、この場は居心地が悪すぎる。

 

(う、うん。逃げよう。こっち、こっちに確か人の通らない所が有ったと思う)

(さやか、お前なぁ……!)

(き、聞こえなーい!)

 

 杏子を引っ張って、逃げる様に脇道へ飛び込む。出来るだけ人の居ない場所に行かなければ、頭が爆発しそうだ。

 木と木の間を潜って、草の周りを走り、小さな川は飛び越える。途中で人形みたいな子供とすれ違った気がした。けど、それを気にする余裕が無い。

 

「こ、この辺で良いかな」

「……」

 

 一気に走っていくと、人気の無い所へ出た。誰も居ない事を確認して、深呼吸をする。

 後悔は無いけど、流石にさっきのはどうなんだろう。杏子を見てみると、何かを誤魔化す様にウイダーonゼリーを飲み干していた。

 

「……」

「……」

 

 気まずい沈黙。

 何か、何か話題を見つけなければ。そう思っていると、杏子が先に口を開いていた。

 

「は、話は変わるけどさ。最近、魔獣も割と大人しめだよな。ま、別にそれほど困っちゃいないけどな」

「だ、だよね。数だけが取り柄の連中なのにね」

 

 明らかに関係の無い話題だけど、私はそれに乗る事にした。

 さっきのは、無かった事にしてしまおう。これに限っては、何も言葉に出さなくたって私達はお互いに通じ合える。

 

「やっぱり、魔獣が減ってくるって事はさ、この町の人が呪いを吐き出さなくなったんじゃないかなぁ」

「いや、そりゃねえよ。世の中、誰だって心に重い物の一つや二つくらい抱えてるしな。程度問題ってだけだろ」普通の中学生では決して口に出来ない、確かな実感の伴った言葉だった。

「おお、何か良い感じの発言」

「さやかと違って、あたしは人生経験って奴が深いんだよ」

「何、あたしが浅いってか」

「そうは言ってないだろ? ただ、あたしが深いだけさ」

 

 良い感じに得意げな表情を見せつけてきた。重い過去だろうに、本人はもう決着をつけたんだろう。

 親友が過去を吹っ切ってくれたのは、嬉しいような寂しい様な。

 

「……まあ、あたしがこんな風に思える様になったのは、さやかが側に居てくれたからなんだけどな」

「ほほう? 何か言ったかなぁ?」

「き、きこえねーフリなんて狡いぞ、さやか。あ、あたしは、あんたに助けられたんだ。って言ったんだよ」

 

 ……うん、話題は逸れてる。何だかちょっとばかし湿っぽい雰囲気だけど、杏子も意識して話しているみたいだ。

 照れる様に周りを見回して、杏子は私から背を向けている。だけど、その口から出た小さな声は決して聞き逃せなかった。

 

 

「……あんたは、あたしに残った最後の希望だからさ」

 

 

 『いいよ、一緒にいてやるよ』

 

 また、記憶に何か引っかかる。今までより、ずっと切ない記憶の欠片。だけど気にせず、私は杏子の背中を叩いておいた。

 

「おおっ、恥ずかしい事を言ってくれるねー」

「う、うっせえよ。あたしはただ……」

 

 照れながらも、杏子は少しだけ怒った素振りを見せた。勿論、本当は全く怒っていない事くらい見れば分かる。

 前に回ってみれば、誰だって分かるだろう。目が泳いでいるのが、何よりの証拠だ。

 

「……ん?」そんな杏子の視線が、ある一点で止まった。

 

 瞬く間に、杏子の顔へ困惑が浮かんだ。魔獣が大量に出現した時だって、こんな表情にはならない。何だか心配になって、肩を揺さぶってみる。

 すぐに顔は私の方へ向いたけど、片目だけは今も草原の向こうを見つめていた。

 

「どしたの?」

「なあ、さやか」

 言いながら、杏子の指が視線の先へと向けられる。

「あれ……」

 

 言われた通りに、同じ方を見てみる。

 草原の先に小さな黒色が有った。それは髪の様にも見えたけど、何故か焔の化身に感じられた。僅かな肌色が見えた所で、そこに寝ているのが人間だと分かる。

 魔法少女としての視覚を使ってみれば、そこに誰かが居るのは簡単に見て取れた。

 いや、見ず知らずの誰か、なんかじゃない。もっと身近な所に居る、顔見知りの……

 

「……ほむら?」

 

 そう、ほむらだ。あの暁美ほむらが、草原で寝ている。

 あり得ない光景なのに、何故か自然だ。あいつは、まどかと一緒に帰った筈なのに。

 

「何でこんな所に」

 

 草原へ駆け寄って、ほむらへの全身が見える所まで行ってみる。

 ほむらが寝ている場所は坂になっているのか、後五歩分という程度の距離になって、やっと姿をしっかりと認識出来た。

 珍しい事に、真っ白いワンピース姿だ。元が美人なだけに、草原で眠る姿はお姫様みたいで、とても似合う。ほむらの私服姿なんて滅多に見れる物じゃない。物珍しさと同時に、好奇心が沸いた。

 寝顔をそっと覗き込んでみる。気持ちよさそうで、純真な表情をしていた。起きている時の妖しげな雰囲気は、何一つ無い。

 

「うわー……本当に居るんだね、寝てる時と起きてる時で全然印象が違う人って」

 

 改めて、凄い美人だ。私の中の楽しげな気分が、また沸き上がってくる。

 頬をつついてみたくなった。その欲望が赴くまま、ほむらの顔に指を伸ばしてみる。起こさない様に、でも悪戯心は全開にして。

 

「さやか、やめとけって」杏子が小声で制止するが、特に問題が有るとは思えない。

「平気平気、ほむらなら許してくれるよ」

 

 特に根拠の無い確信を持ったまま、指がほむらの頬まで後僅かという距離まで来る。どんな感触なんだろう。きっと、子供みたいに柔らかに違いない。

 ほむらが起きたら、そういう話題で盛り上がるのも悪くないと思って、そのまま指に神経を集中させる。

 起こさない様に、静かに、静かに……今だ。

 

 

「美樹さやか」

 

 

 触れる寸前、勢い良く目を開いたほむらが、私の腕を思い切り掴んだ。

 不意打ちで驚いた隙を突いて一気に姿勢を倒され、逆に押し倒される。掴まれたままの腕がちょっとだけ痛むけど、それより顔が近い。

 綺麗な紫の瞳が私を捉えて離さない。その奥には、深い狂気が佇んでいる気がした。

 

「あ、えと」言葉に詰まったけど、何とか挨拶を口にする。「おはよ、ほむら」

「……おはよう、美樹さやか」

 少し遅れて、ほむらは挨拶を返してきた。だけど、私を離してはくれない。両腕は、何時の間にか草原に押しつけられていた。

「えーと……起きても、良いかな?」

「良いわよ。でも、その前に一つやっておく事が有るの」

 

 私を押さえていた片手が、頬を撫でる。優しく、母親が子供にやる様な手つき。なのに、何故か胸の奥が騒ぐ。恋人に触れられているみたいに、ドキドキする。

 何が、起きているんだろう。何だか、雰囲気がおかしい。

 

「良い肌触りね、美樹さやか」

 

 ほむらが髪に鼻を近づけて、品良く匂いを嗅いできた。

「シャンプーの良い香りがする。その青い髪に似合うわ」

 手が後頭部を撫でて、また顔が近づいてくる。肌と肌が触れ合うまで、後、拳一個分くらいか。

 私と目を合わせて、ほむらは紫の瞳を謎の艶やかさで埋め尽くした。

「意志の強そうな目、私が一杯に写っていて、永遠に取っておきたくなるくらい、綺麗だと思うわ」

「え……え? ちょ、ほむら? まさか、寝ぼけてる、とか……?」

 戸惑う私の唇の周りを、指がなぞる。「この唇も……とても艶やかで、素敵よ……食べてしまいたいくらいに……」

 

「え?」

 

 顔が、顔がまた近づく。まだ、まだ近づいてくる。

 ほむらの黒い髪が私の顔に少しだけ垂れ下がった。花みたいな良い香りがして、私の中の抵抗する気持ちを奪い取っていく。

 

「ちょっとだけ……つまみ食いをしたくなったの。良いわよね、杏子」

「あ? え? あたしに、え?」

 

 急に話を振られて、杏子が目に見えて慌てた。普段なら面白い光景だけど、今は私の方がよっぽど困惑してるから、笑えない。

 

「ほむ、ほむら? えっと、何を……何、するつもり、なの?」

「脈が上がってきたわ、緊張しているのね。でも大丈夫、怖がらなくても良いの。すぐに済むし、優しく食べてあげる……」

 

 まどかと接する時と同じくらい、優しい声。だけれど、空気が変だ。こんなの、まるで恋人同士みたいで。

 私には、そっち方面の適正なんて無い筈なのに。だけど、逃げられない。少し顔を背ければ避けられるのに、身体が動いてくれない。

 雰囲気に呑まれる。私、ムードに酔ってるみたいだ。昔、私と恭介が病室で寄り添ってCDを聞いた時より、ずっと……そんな事、有ったっけ? 『恭介、入院なんてした事無い』のに……

 

「あら、他の誰かの事を考える余裕が有ったのね」

「ひぁ……やめっ……!」

 

 く、首筋に、指が!

 そんな事を考えてる場合じゃない! 今は知らない記憶の事よりも、この状況をどうやって切り抜けるかの方が優先!

 

「……待っ、待って……本気……本気で、私と……?」

「ふふふ……嘘に見える?」

 

 やばい、色々とやばい。このままじゃ、唇が。唇が唇に。

 私のファーストキスが。でも、ああ、でもほむら凄く綺麗で、紫の瞳が愛情に満ち溢れて。今のほむら、とんでもなく色っぽいし、大事な友達だし、ほむらなら、良いかも……

 

(いや、いやいやいや駄目でしょ! 駄目だって!)

 

 やっぱり駄目! 流されるな、私!

 だけど、腕が動かない。抵抗する気力が、もう削がれている。こんな時、やっぱり頼りにするべきは。

 

(杏子ぉー! 助けてー!)

(い、いや。それはその……さ、さやか)

 

 頼りになる筈の親友に、顔を背けられた。私以上に横顔が赤くて、照れに照れている。ドラマでラブシーンが映った時の小さい子みたいな反応だ。もう中学生なのに、杏子は変な所で純心らしい。

 

(って、何をどうしたらそんなに照れるの! あんたがやられてる訳じゃないんだから)

(こ、この、こんな凄いさやかの、ううっ)

(ああこの、あんたってこっち方面は全然だよね!)

(しょ、しょうがねえだろこっちは元々教会の娘なんだぞ! そんなの見た事もねえよ! 大体、キスなんて、そんな……そんな凄い事を……)

(どんだけ耐性無いんだよ!?)

 

 助けを求めてみたけど、駄目だった。杏子は想像よりずっと役に立たない。むしろ、余計に私の中のムードを盛り上げてくれた。

 やばい。杏子と話している間に、ほむらの顔がもう指先の爪くらいの距離まで来ている。キスまですぐそこ、逃げられない。

 もういっそ、受け入れてしまおう。

 

 

 

 

(ぁっ、あ、あ、ぁぁぁ……!!!)

 

 

 

 

 

 

 目をギュッと瞑って、その時を待つ。だけど、何時まで経っても柔らかな唇の感触はやって来なかった。ただ、髪を優しく撫でられているだけで。

 

(あ、れ?)

 

 恐る恐る、目を開いてみる。ほむらは、私の顔から後一センチも無い距離で動きを止めて、愉快そうな息を吐いていた。

 

「冗談に決まっているでしょう? 古典的な冗談なのに、引っかかってくれて嬉しいわ」

 

 顔を上げて、馬乗りの状態になっている。

 最初からキスをする気なんてこれっぽっちも無かったみたいだ。こんなよくある冗談を真に受けた自分が恥ずかしい。でも、少し残念だった気が……忘れよう。

 

「ひ、ひどい」

「私に悪戯を働こうとした仕返しよ」

 馬乗りのまま、ほむらが私の額を軽く押す。頭を押さえられている気分になったけど、抵抗感は無い。

「……あー、さっきから起きてたんだ」

「ええ、貴女に見つかった辺りから、意識だけは有ったのよ。安心なさい、外見の評価は嘘じゃないから」

「いや、そりゃ嬉しいけど。何だか納得できない物が」

「あら? 本当にしたかった?」一瞬、ほむらの唇を舌が這う。尋常じゃないくらい、艶やかに。

「そ、そんなわけないじゃん!」そう、そんな筈が無い。

 

 ちょっとだけ落ち着こうと、ほむらの顔を改めて見つめてみる。起きている時の表情が何とも妖しげで、不思議な魅力に溢れていた。

 上に乗られているのに重くは感じない辺り、かなり軽い。全体重を私に預ける気は無いみたいだけど、それでもかなり軽めだ。何て羨ましい奴だろう。指先がほっそりとしていて、細やかな動きが得意そうだ。

 ただ、何となく普段より穏やか、あるいは静かに見えるのは気のせいじゃない。教室で見た姿とは少しだけ、全体的な雰囲気が違う。

 そういえば、と、一緒に帰った筈のまどかが居ない事を不思議に思った。

 

「まどかは? 一緒に帰ってたんじゃないの?」

「……まどかは、もう家に帰ったわ」

 

 少しの間を入れた後で、ほむらは首を小さく横に振った。

 うん、ほむらだ。まどかの名前を口にした時の何だかとても嬉しそうな空気や、細められた目の全てが語ってくれる。

 どうしてそこまでまどかを大切にするのか、前々から気になっていた。『そっち』の気が有るんじゃないかと疑ったのは、内緒だ。冗談半分で本人に聞いたら、微妙な顔をされた挙げ句に意味有りげな嘲笑を返されたけど。

 

「そっか。まどかとは一緒じゃないんだ。なら、何でこんな所で寝てたの?」

「気持ちが良いからよ。で、美樹さやか。貴女こそ、どうしてこんな所に?」

「そ、そんな事はどうでも良いだろうが!」

「どうして貴女が反応するの、佐倉杏子?」

「う……さやか!」

 

 杏子が恨めしそうに睨んでくる。また恥ずかしさがぶり返してきたみたいだ。怒っている感じは無いから、別に構わない。

 

「成る程、美樹さやかが何かしたのね」

「え、何。納得されちゃうの、私」

「貴女よりは佐倉杏子の方が、まだ真面目でしょう」

 流石に、その扱いには文句を言いたくなった。

「杏子より不真面目って、何だか私が凄い不良みたいなんだけど」

「あら、違うの? 最近、夜中に見かけたという話を聞いたのだけれど」

「うっ……それは、その」

 

 それは、魔獣退治をやっているからだ。とは言えない。ほむらは『魔法少女なんて知らない』し、信じてくれるタイプじゃないだろう。変な妄想癖の持ち主だとは思われたくなかった。

 

「二人とも、深夜に人気の無い所を歩いていたそうね。危ないから止めておいた方が良いわ」

 

 心配そうな目で見られている事が余計に堪える。

 横目で、杏子も微妙に居心地が悪そうにしている事を確認する。善意百パーセントの忠告には、反論し難い物が有った。

 

「それを言うなら、あんただってこんな場所で寝てたでしょ」

「私は良いのよ。それより、そろそろ降りるわ」

 

 今まで馬乗りになっていたほむらが、私のお腹の下辺りから降りる。片手を差し出されたので、そっと握ってみると、すぐに引っ張られて立たされた。

 何だか、足に全く負担を感じない。重さの余韻が何も無く、まるで羽根に乗られていた気分だ。体重計に悩まされる全国の女子を代表して、羨んでおこう。

 

「……ほむら、すっごく軽いね。もう殆ど意識してなかったわ。どうしたらそんなに軽くなるんだろ」

「これは病的な細さと言うのよ。美樹さやか、バランスの取れた貴女が羨ましいわ」

 

 嫌味でも何でもない事が私にだって伝わってくる。ちょっとだけ惨めな気分になるから、それ以上は言って欲しく無い。

 思わず、心の中で溜息が出た。

 いや、杏子に比べればまだ良い。いつだって何かしら食べてる癖に、こいつの体重は変わらないんだから。

 そんな杏子の方を見てみると、何だか戸惑っている様な視線をほむらへと送っていた。何故だろう、そう思っている内に、杏子が口を開く。

 

 

「なあ、どうして私達をフルネームで呼ぶんだ?」

 

 

「……あ、確かに」

 確かに、そうだ。何か違和感が有ると思ったら、それも一つの原因だった。

 もしかすると、普段とは呼び方が違うから、全体的な雰囲気が違う様に思えたのかもしれない。

 

「そうね、そういう気分だから、かしら?」

 

 ほむらの顔色を伺ってみたけど、変化は無かった。本当に、単なる気分で呼び方を変えていたのかも。

 でも、いきなりフルネームで呼ばれるなんて、嫌われたのかと感じる子も多いだろう。私も、そういう呼び方は他人行儀で好きになれない。

 

「ええ……さやか、杏子。これで良いかしら」

「いや、これで良いか、じゃなくって……何か変だぞ、お前」

 

 杏子が首を傾げているけど、ほむらには今一伝わっていないみたいだ。

 クールぶってるけど割と天然な所が有って、性根は微妙に臆病。だけど、それを誤魔化す為に怖い感じになってる。実は、一途で可愛い所の有る奴。それが私の中の暁美ほむらだ。

 だけど、目の前のほむらは何となく違う気がした。話しているだけで、ただ立っているだけで、凄まじい意志を感じる。強固過ぎる感情、この世の呪いと希望を蹴り飛ばし、遠慮無く両方から恩恵だけを奪い取る。目的の為なら手段を踏み潰し、大事と小事を両方救う。そんな感じだ。

 

 

 

 

 

 

      『だけど美樹さやか、貴女は私に立ち向かえるの?』

 

 

 

 

 心の奥で、何かが刺さる様な痛みが有った。

 ほむらは、悪魔だ。でも、どうして悪魔なんだろう。考えないでおこうと思ったのに、ほむらの目を見ていると嫌でも知らない記憶が流れ込んできた。

 

 

+

 

「まあ良いじゃない、杏子……後、さやか」

「……え、私って杏子のおまけ?」

 

 いや、美樹さやかは面白い。ありきたりな冗談にも、良い反応を返してくれる。単なるキス未遂くらいであそこまで驚いてくれるんだ、やりがいが有って仕方が無い。

 時折こちらを疑う素振りを見せてくるけど、それは当然の事だ。さやかは一見鈍く思えるが、実はとても鋭い。

 

「いいえ、杏子とさやかはセットよ」少なくとも、さやかと杏子が並んでいる光景は非常にしっくり来る。

 

 二人とも言葉には出さないけど、結構嬉しそうだ。言って良かったと思える。

 

 私が現れて、もう一月近くが経過した。

 

 私が現れた時にはかろうじて残っていた桜は完全に散って、今はもう葉だけが残っている。見滝原には少しばかり夏の暑さが入りかけているけど、まだまだ気分の良い陽気と表現して良いだろう。

 この一月は、私にとってまさに安定した日々だった。

 まどかに関しては、暁美ほむらが精一杯幸せにしようと頑張っている。現状では、私が手を出す必要は無い。

 そこで、最大の問題が有るとすれば一つだ。

 つまり、寝床が無い。

 

「ところで、この草原は結構良い感じよ。貴女達も寝てみたらどうかしら、きっと身体が楽になれるわ」

「いや、良いよ……」

 

 杏子にはさやかの家という寝台が有るけれど、私にはない。

 そう、寝る場所が無いのは当たり前だ。異物である私にはこの世界の居場所なんて無いし、戻るべき魔女もこの世界には居ない。

 つまり、使い魔たる私が安らぎを覚える事が出来るベッドが、此処には無いという事である。普通の使い魔はともかく、人型の私にはそういう機能もしっかり備わっているのだ。

 

 ……まあ、まどかと添い寝でもしたいから組み込まれたのかもしれないけれど。

 

 別に死活問題ではないし、睡眠を取らなくても問題は無い。魔法少女でも大丈夫なのに、使い魔が睡眠不足で倒れるものか。

 だがしかし、精神的な面での問題が無いとは限らない。寝られるなら寝ておくべきだ。ただ、寝る場所は無いのだが。

 正直に言えば、誤算だった。円環の理となったまどか曰く、妙にドジな所が暁美ほむらのチャームポイントらしいが、要らない特徴だと思う。少なくとも、今は。

 

「そういや、それほむらの私服? 珍しいね、いや、始めてみたかも」

「そうかしら。まあ、そうかもね……」ワンピースの裾を摘んでみる。下にはしっかり黒いストッキングを履いているから、寒気は無い。素足でも良いかと思ったけれど、何だか心許なかった。

「白かぁ。ほむらは紫か黒ってイメージだけど、似合ってると思うよ」

「ありがとう。白なのはね、黒と相性が良いと思ったからよ」ちなみに、ちゃんと購入した……購入した? 物だ。

 

 さやかと話す傍ら、頭の中でこの場を寝床にした時の記憶が蘇る。

 寝る場所を探す作業は、思ったより難航した。ホテルの空き部屋や公園のベンチ、空き家を使うという手も有るけれど、何だか違う気がする。空間の狭間に潜めば良いけど、それ程の力はまだ得ていない。

 もうホムリリーの手は結構近いけど、そこから落ちてきた力だけでは限度という物が有った。それでも、時間停止以外を使用できるのは大きいと思う。

 

 そして、選んだのが此処だ。人気の無い草原での野宿である。

 

 あの暁美ほむらが佇む丘とは違い、此処には何の装飾も行われていない。ほぼ人は通らないし、接近されれば逃げられる。

 しかし、美樹さやかと、佐倉杏子に見つかってしまった。

 まどかの気配には敏感だったが、まさか、さやか達に見つかるとは。

 予想外ではないけど、ちょっとだけ驚く。こういう時の為に、わざわざ魔獣が出現する確率が低く、なおかつ学校が有るお昼間に寝ていたのに。

 

 だが、見つかってしまった物は仕方がない。

 

「ああ、新しいワンピースなのに、草で汚れちゃってる」

「でも、凄く寝心地が良いのよ。程良くクッションになっていて、この陽気が私を眠らせてしまうの」

「あー……まあな。確かに、思ったより気分良いよな。あたしもやったから分かる。でも冬場はやべえ、リアルに死ねるから」

 

 経験が有るのか、杏子が少し震える仕草を見せる。重い過去に遭った出来事だろうに、何だか楽しそうだ。

 その意識は、明らかにさやかへと集中していた。成る程、今の彼女を支えているのは、彼女の様だ。

 

「ま、わりーな。安眠妨害しちまって」

「良いのよ、何の問題も無いから」

「喰う?」差し出されたのは、一本のロッキーだった。ストロベリー味、期間限定のバージョンだろう。

「いただくわ」

 

 別に嫌いではない。素直に受け取って、一口食べてみる。

 苺味の、可愛らしい甘さを感じた。暁美ほむらがこういう物を食べない訳ではないけど、私が食べるのは初めてだ。

 

(実年齢は生後一ヶ月だもの)

 

 ロッキーの触感は、悪くない。適度に堅く、適度に甘い。

 思わず口の中で転がしていると、杏子とさやかが意外な物を見たと言いたげに目を見開いていた。ああ、ロッキーを夢中で食べるなんて、暁美ほむらの印象とは随分遠い行いだった。

 

「あ、もう一本食う?」

「貰えるなら、貰うわ」

 

 思わず差し出した、という雰囲気の杏子からもう一本だけ貰っておく。安っぽい味と表現する人も居るかもしれないが、私は好きだ。

 単に自分が子供っぽい味覚の持ち主なのかもしれない。そう思うと、恥ずかしさと愉快さがこみ上げてくる気がした。

 

「っんく。二人とも、これから普通に帰宅?」食べ終えたロッキーを飲み込み、二人に尋ねかけてみる。

「ああ、いや。これからゲーセンだよ。杏子の奴もDDRやりたいらしくって」

「……まあ、嘘じゃないよな。久しぶりにやりたいのは確かさ」杏子が、随分と大人しい。

「ゲームセンター、ね。深夜まで居ちゃ駄目よ?」魔法少女に常人が勝てる通りは微塵も無いのは、分かっているが。

「明日も学校なんだし、居られないって」

 

 ……ああ、そうだった。明日も平日だ。

 この私は年中無休だから、曜日の感覚なんか殆どなかった。いや、そもそも自分は学校になど行かないし、社会的な存在ではない。日付すら、街頭テレビのニュースで判断しているくらいだ。

 現代的な生活をしていない自覚は有るが、まどかが優先である。何の問題も感じられなかった。

 と、杏子とさやかが私を見て、内緒話をしている。何か、提案でもあるみたいだ。

 

(何を言うのかしら。まさか、バレた?)

 

 こんな短時間の接触で見抜いてくる類の相手ではない筈だ。心配は要らないだろう。

 自問自答している間に、さやかが一歩前に出る。

 

「良かったらさ、ほむら、アンタも行く?」

「え?」

「ゲーセン。あんまり一緒に遊んだりって、無かったでしょ?」

 

 突然の誘いに、少しだけ驚く。

 さやかが私を誘うなんて。いや、私自身はさやかに対して何もしていないが、暁美ほむらは別だ。この世界では友好関係に有るらしいが、それでも根底に有る感情は、無意識の内に暁美ほむらへの敵意になる筈だ。

 

(それを、人格が覆しているのね……本当に、良い子)

 

 どれほど理由の無い敵意を抱いても、友を友だと認識できる。それは素晴らしい人格の現れだ。

 

「ま、一回くらいあたし等と遊んでみても良いんじゃねえの?」

「一回くらい奢るからさ、どうよ?」

「……そうね、良いかもしれないわ」

 

 本当は、貴女達と関わった事など、一度も無い。だが、あえてそれを口にする気にもならない。今はただ、差し出された手を取るとしよう。

 振り払う理由も無いし、何より今は余裕が有るのだから。

 

「誘って貰えて嬉しいわ」

「何の何の、友達でしょ? 気にすんなって事よ」

 

 軽く手を振ると、杏子が私の背中を押してきた。

 ちょっと強引だが、それがまた良い。まどかが、美樹さやかや佐倉杏子と上手く関係を築ける理由が何となく伝わってくる。

 

「さーさー行っくよー! 今日こそあのUFOキャッチャーを攻略してやるんだから!」

「止めとけって、それで二千円財布から消したのは何処の誰だよ」

「こういうのはノリと勢いなんだって!」

 

 腕を広げて主張する所が面白かったので、とりあえずワンピースのポケットに手を入れ、ちょっとした空間の操作を行う。

 仕舞い込んでいる財布を取り出し、さやかの前で何度か見せびらかしてやった。

 

「私が貸してあげるわ。お金にはそんなに困っていないの」時間系の能力を駆使すれば、簡単に稼げるのだから。

「いや、それも悪い気がするなぁ……」

「遠慮しなくても良いのよ」

「私達が誘ったんだぞ、気にすんなって」

 

 杏子はそう言うが、こちらは誘われた身だ、気になる。それに、正直に言えばさやかと遊ぶのも楽しそうだと思っている自分は否定できない。

 私がゲームセンターに行った事は無いけど、『与えられた暁美ほむらの記憶』にはしっかりと存在している。まどかがダンスゲームに夢中になっている姿を眺めていた程度で、揺れる腰や、楽しそうな笑顔。思い出せるのはそういう物ばかり。実際に遊んだ経験は、そちらにも無い。

 だから、これが初めてまどか以外と行くゲームセンターなのだ。

 

「ゲーセンなんて全然知らないから、案内と紹介は頼むわよ」

「そりゃ勿論、当然でしょ」

「遊び方も少ししか知らないから、お願いね」

 

 遊びに行った先での事はさやかと杏子に任せよう。

 まどかは今、悪魔の庇護下に居る。心配は要らない、必ず、まどかを幸せにしているだろう。

 

(……さて、貴女はどうしているのかしらね?)

 

 さやか達と歩きながら話し、その傍らで視線をほんの僅かに逸らして、木の上に立つ二つの人型を認識する。

 悪魔の使い魔、『クララドールズ』の内、ミエとウソツキの二つが杏子とさやかを見張っていた。

 

(いえ、違うか)

 

 違う。もしかすると、守っているのかもしれない。この二人に、万が一の事が無い様に。

 そう間違っていない予想だと思う。彼らが手に持った針は、明らかに二人から狙いを外しているのだから。

 

(貴女はやっぱり、素直じゃない)

 

 だが、私も同意見だ。この二人は、簡単に心へ踏み込んでくる。それが故に傷つく時も傷つける時も有るけれど、そんな所も含めて二人の魅力だ。

 まどかの衛星としては文句無しの合格点。もっともっとまどかに深く関わって、彼女の幸せに貢献して欲しいと思った。

 

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