使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結) 作:曇天紫苑
見滝原にある、ショッピングセンターから少し離れた通りの先、対面側にファミリーレストランが有る場所に、ゲームセンターが有る。
中央に大きなダンスゲーム……DDRが置いてあって、妙に目立つのが特徴だ。
杏子と私にとっては通い慣れた場所だけど、今日は勝手が少しだけ違う。普段は一緒に行かない暁美ほむらが、隣に居るのだから。
「はい、此処が私達が普段行ってるゲーセンだよー」
「両替はあっち、カウンターはあっちな。あ、アイスはあっちの自販機だから」
「ええ、分かったわ」
杏子の案内に、一回一回頷いていくほむら。何だか学校で見るより子供っぽく、そわそわしている様にも見える。
ただ、真っ白くて清楚なワンピースなんて着ているからか、周囲の空気からは浮いていた。
店の中はちょっと暗めで、とても騒がしい。いかにも、という感じのゲーセンで、私達と同じ見滝原中学の生徒も何人か居る。ほむらが居る場所としては、何となく不釣り合いな気がした。
(美人だもんね、ほむら)
至近距離で再確認したから、余計にそう思う。
仁美ほどじゃないけど、こういう所に来るイメージが殆ど無い。杏子なんか一日中入り浸っていそうな感じがするのに、世の中って平等じゃない。
そんなほむらの様子を見ていると、あいつは無造作に財布を取りだして、中の小銭入れを覗いていた。
「……小銭が心許ないわね。とりあえず、百円に両替するのが先かしら」
「あたしがやってきてやろーか?」
「お願いするわ」
「おう、任せとけ」
千円を手渡されて、杏子が軽やかな足取りで両替機へ走っていく。
お金の扱いが微妙に適当だけど、気にしていないみたいだ。私達を信じてくれている証に思えて、何だか嬉しくなってくる。誘って良かった。
お金を渡したほむらは、UFOキャッチャーの中のぬいぐるみを見つめたり、ボタンを押してみたりと落ち着き無く周りの物に触れていた。
「どしたの、ほむら?」
「ええ、こういう場所は初めてだから、ちょっと、物珍しくて」
きょろきょろと周囲を見回し、ほんの少しだけ恥ずかしそうに目線を下げていた。
ちょっとした仕草が、とても絵になる。制服を着ている時はそうでもないのに、こんな格好をしているからか、何だか不思議の国から来たお姫様みたいだ。
(じゃあ、まどかが王子様? ……いや、どっちもお姫様か)
あまり意味の無い考えが頭を通り過ぎたけど、気にしない事にする。
「さやかと杏子は、何時も此処に遊びに来ているの?」
「あ、うん。結構な割合で来てるよ。杏子の奴、あのDDRが大好きでさ、かなりハイスコア出せるんだよね」
おかげで、私は負けっぱなしだ。杏子とスコアを競う時は、絶対にDDRだけはやらない。とてつもなく得意げな杏子の顔が見たくなれば、話は別かもしれないけど。
「そう、一度見てみたいわね。さぞ綺麗な動きでしょう?」
「いやいや、ほむらならもっと良い感じかもよ」
「そうでもないわ。私、身体を動かすのは苦手だから」
体育の授業で抜群の成績を出す奴の台詞とは思えない。
でも、やっぱり意外な姿だ。何時でもクールで、ちょっと不気味な奴だと思っていたけど、目の前のほむらにはどちらも無い。
「そうだ。まどかはどうなんだろうね。ああいうゲームとか、上手いのかな」
「……あの子は、きっと可愛い立ち回りよ。スコアなんてどうでも良くなるくらいね」
まどかの名前が出た瞬間、少し空気が変わる。
張り詰めた感じ、いや、優しげなのかもしれない。真剣そうな態度が前面に出ている。
うん、ほむらだ。疑う余地が何一つ無い、本人そのもの。所々で態度が違うから、別人かと思ってしまうくらいだ。
「あはは、本当にほむらなのかって思っちゃったよ。うん、でも『まどか、まどか、まどか!』な所は誰にも真似できないよねー」
「……そう」
冗談でほむら自身に言ってみると、ほんの僅かに目を細められた。不味い、怒らせたかもしれない。
けど、ほむらは素早く表情を明るめに変えて、小さく笑いかけて来た。
「ごめんなさい。でも私は確かに『ほむら』よ」
「だよね。ま、こんな美人他には居ないし。くぅっ、世の中顔かぁ!」
「からかわないで。大体、さやかも人の事が言えないくらい美少女でしょうに」
互いに互いの顔を誉め合うと、何だか間抜けな気がして面白くなってきた。
声を出して笑いたくなったけど、ちょっと我慢。そうしていると、ゲーセンの奥から杏子が戻ってくる。両手で小銭を握っているみたいだ。
「ん、待たせたか。ほら、百円十枚」
「ありがとう、助かったわ」
百円を受け取ると、ほむらが小さく頭を下げる。
杏子が気にするなと言わんばかりに手を振って、自分のお金を取り出した。盗んだ金じゃなくて、魔法で年齢を誤魔化してアルバイトやお手伝いで稼いだ物だ。
「で、ほむら。まずは何をやる?」
杏子が尋ねかけると、ほむらが少し考え込んでから、すぐ側に有る台を撫でた。
「そうね、UFOキャッチャーとか……やってみようかと思うわ」
子供っぽいと思っているのか、照れているみたいだ。肌が白いから、顔色が変わると分かりやすい。
(確かにUFOキャッチャーは印象と違うけど……ま、いっか)
「ん、じゃあ取り易そうなのから行ってみよっか」
「案外さやかより上手かったりしてな」
「いや、そりゃ無い……と、思ったけどさ、ありえそうだから怖いよねー」
むしろ、このゲーセンの中に有るゲームを全部完璧にクリア出来ても不思議じゃない。少なくとも、普段のほむらは何でも完璧な印象が有る。
今は完璧と言うより、意志の強そうな雰囲気が強いけれど。
「絶対に無いわよ、そんなに期待しないで欲しいわ」
「大丈夫だろ。ほむら、何でもそつなくこなせるしな」
「買い被りよ」
何時もの癖、左手で髪を軽くかき上げる仕草を見せながら、ほむらは杏子の後を着いていく。あの綺麗な動きはちょっとやってみたいと思う。
でも、私の毛だと長さが足りない。青は私の大好きな色だけど、ああいう髪型には似合わないと思うから、伸ばしたいとは思わない。
そういえば、杏子も赤くて綺麗な長い髪だ。なら、私の前を行く二人は長髪コンビなのか。私の周りには、髪を伸ばしてる子が結構多い。
ぼんやりとした事を考えながら、二人に着いていく。
ほむらなら、きっとどのゲームだって出来るだろう。そんな期待を寄せながら。
+
私、AKEMI HOMURAは、とある台の上に立っている。足下には矢印が有って、それを踏めば良いという事が何となく分かる。
ちらりと背後を見てみると、さやかと杏子がこちらを見ている。やりにくいから止めて、そう言いたくなったが、誘われた手前、そういう訳にもいかない。
騒がしく、あまり人の声は聞こえなかった。だけれど、目の前のスピーカーから流れる音はしっかりと耳に入り込んでくる。
さやかと杏子の声が聞こえる。声援の様な、激励の様な。しかし、妙なプレッシャーを与えないで欲しかった。少なくとも、動き難さが増していくのだから。
さあ、音楽が始まる。アップテンポの、いかにもなゲームのBGM。画面内で矢印が流れてきた。早い。いや、反応は簡単に出来る筈だが、何故か動けない。
元々の身体能力で動いてみるが、何一つ間に合っていない、これでも、素の暁美ほむらよりは良い動きが出来る筈なのだが。
そして、まだまだ矢印は止まらない。むしろ激しさを増していく、いや、一瞬止まった。そこで呼吸を整えようとしたが、その時には既に音楽が再開されている。
(ええいっ、もうっ!)
慌てて踊ろうとしたが、かなり無理が有った。気づいた時には音楽も終わりに差し掛かっており、スコアは全く伸びない。
そして、スピーカーから流れる音楽が消えて、変わりに低評価の際に流れると思わしき効果音が飛び出してきた。
苛立ちはしないが、嫌な効果音だ。
「はあ……うふふ」
どんよりとした空気が私の周りに漂う。想像以上に駄目なスコアだ。思い切り溜息を吐きたくなるくらいに、酷い。
背後のさやかと杏子が言葉に迷っているのが、顔を見なくとも分かる。それは当然だ。私は、誰がどう見ても落ち込んでいるのだから。
「あー……ほむらって、結構ゲーム苦手なんだな」迷った末なのか、やっと杏子が話しかけてくる。
「……そう、かもしれないわ。昔は入院の連続だったから、そういうのに触れる機会も無くて」勿論、嘘だ。しかし、言い訳くらい口にしたって構わないだろう。
何せ、ここに至るまであらゆるゲームで全戦全敗だ。ダンスゲームからUFOキャッチャー、ガンシューティングなんかも触ったが、どれも上手く行かなかった。
ガンシューティングくらい良いじゃないかと思う。暁美ほむらといえば、象徴となるのは拳銃と蜥蜴だ。だから、そういう方面のゲームくらい上手くやれるとばかり思っていたのだが、見当違いも良い所だった。むしろ、実銃とのギャップに戸惑った分、他より不味かった気がする。
そんな苦い経験の上に挑んだこのダンスゲームだけど、想像以上に難しかった。反射神経や運動能力は、このゲームには深く関係が無いのだろうか。
……いや、単に自分が下手なだけだと思う。
「ま、まあ気にするなって。初心者なんだからさ、しょうがないでしょ?」さやかが努めて、しかし僅かにひきつった笑みを浮かべている。
「……そうよね。ええ、確かにそう」
それにしたって、此処まで自分が下手だとは思わなかった。どうでも良い事とはいえ、地味にショックだ。というか、さやかと杏子はもっと冗談っぽく笑ってくれないだろうか。そんな、深刻そうな顔をされても困るのだが。
「い、いやあ、あはは。い、意外な一面?」
「うん、まあ、悪かった」
さやかは明らかに目を合わせようとせず、杏子は何故か素直に謝ってきた。
反応を見る限り、もしかすると、私が酷く落ち込んでいると思っているのかもしれない。誤解だ。私はこんな程度の事で塞ぎ込む程暇ではない。
「良いのよ。こんな風に私を誘ってくれるだけで、本当に嬉しいの。貴女達は何も悪くない訳だしね」
楽しそうな笑みを作って、声の調子を普段より若干明るい物に変える。
「それに、面白くなかった訳ではないわ。だから、安心して?」
二人の顔にやっと安堵が宿る。やはり、彼らには落ち込んだ様子は似合わなかった。まどかを含めて、この子達には笑顔がとても似合う。
私の気持ちも心なしか軽くなった。まどかの周辺に居る人間を落ち込ませるのは、望む所ではないのだ。
「楽しかったけれど、結構騒がしいわね」
「あー、まあゲーセンってそういう所だしな。ほむら、声が小さいし」
「小さい代わりに、滅茶苦茶良い声だけどね」
「そんな細かい所まで褒められると、流石に照れるのだけれど……第一、二人だって声が綺麗じゃない。私は、杏子の声は可愛いし、さやかの声は格好いいと前々から思っていたわ」
まるで少年みたいに、とは言わない。かつてそれを言った暁美ほむらは、さやかに随分と怒られた。私まで同じ失敗をする事は無い。
「そうかぁ?」杏子には分からない様だ。
「あー、分かる。杏子ってさ、何か性格の割に子供っぽい声っていうか……いや、性格も子供だっけ」
「おい、そりゃどういう意味だ。喧嘩でも売ってんのか」
憮然とした表情の杏子。だけど、それほど怒ってる風じゃない。むしろ、嬉しそうに見えるには気のせいだろうか。
……いや、私達はまだ子供。魔法少女は人間ではないが、それでも子供なのだ。私に至っては、生後一ヶ月。子供どころか乳児と呼ぶしかない。
「ところでさやか、杏子。これから時間は、有る?」
「あ、うん。有るけど」
「まー、夜も結構遊んでるしな、あたしら」
遊んでる、じゃなく、魔獣と戦っている、だろう。
まあ、二人にとっての私は何も知らない、ちょっと不思議ちゃんという感じの一般人だ。遊んでいる、という事にするのが正解だろう。
「そう、良かった」
「おお、リベンジでもする? 今度はレースゲームでも……」流石に、これ以上ゲームをする気は起きないのだけど。「それは止めておくわ」
「んー、そっか。じゃあ、どしたの?」
思ったよりあっさりと、さやかがゲームの話題から離れた。
何だか、私の顔をじっと見つめている気がする。視線は外されているが、意識は私から全く動いていない。一体、何のつもりだ。
だが、敵意や猜疑心の類は感じられない。それだけ分かれば、安心して話を進める事が出来た。
「何か奢らせて。都合良く、対面側にファミレスが有るから」
ゲームセンターの入り口から、道路を挟んだ先に有るファミリーレストランへ視線を送る。折角だから、寄って置こうと思っていた店だ。
私一人で行くのも良かったが、やっぱり二人を連れていくのも悪くないと思える。
「別に良いけど、気遣いとかはいらないぞ。あたし等だって、飯くらい喰う金は持ってる」
「そうだよ、ほむらに奢って貰おうなんて」
「いいえ、折角誘ってくれたんだもの、お礼くらいさせなさい。じゃないと、私の気が済まない」
想像通りの返答に、用意していた言葉を返しておいた。
それを聞いた杏子は少しだけ考え込んだ後で、持っていたロッキーの空箱をビニール袋へ戻し、また新しい駄菓子を取り出した。
「んー……じゃあ、ドリンクバー三人分で良いよ。食い物の方はあたしもさやかも自分で出すからさ」
「ちょっと杏子っ。ねえほむら、本当に良いの?」
「こいつが納得できねえって言うなら、それに乗ってやるのが友情だと思うけどな」
「勿論、本当に良いのよ」
杏子の言う事の方が、今は正しい。そういう所を弁えているから、何時だって、どんなループの時だって頼れる人物なのだ。人格的にも、能力的にも。
「んー、まあ、ほむらがそう言うなら」
「ええ、そう言うんだから、甘えておきなさい」
ちょっと不満そうなさやかに手を振りながら、ゲームセンターを出る。外の空気は中とは違って、BGMと効果音の強烈な音はあまり聞こえて来なくなる。
一歩出ただけで、まるで別世界だ。あるいは、世の中なんてそんな物なのかもしれない。
どうでも良い事を考えながら、私はファミレスへ向かっていった。
+
ファミレスのメニューは、結構簡単な物が多い。経験としてはつい先程知った事だ。
でも、結構種類が有るし、味もそう悪い物ではない。自分で作った方が美味しいかもしえない、なんて思っていては、楽しく食事が出来ないだろう。
(まあ、食事なんて滅多にしないから、判断は難しいけど)
切り分けたハンバーグにフォークを突き刺し、口へ入れる。チーズ入りの肉は悪くない味がした。生まれて初めての肉料理だ。
家畜が食卓に並ぶサイクルをインキュベーターがまどかに見せた時間軸も有るらしい。まどかなら残酷さに肉が食べられなくなる所だが、私なら、一言で終わらせてやる。『美味しいんだから、興味無いわね』で。
ただ、目の前にさやかが居るというのは、良い事なのだろうか。味に彩りを加えてくれている気がするから、悪いとは思わないが。
(でも本当なのね、あれ)
一人で食べるのも美味しいが、二人で食べるのはまた別種の楽しさが有る。知ってはいたが、私個人が実感するのはこれが最初だ。私は生まれて間が無いのだから、当たり前だが。
その相手がまどかではなく、さやかだという点は喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
「巴マミって先輩が居るんだけど、その人の家で……」
「ふぅん……」
さやかが私に話してくれている。聞きながらも、何となく相槌を打っておいた。話題は私も知っている巴マミの物で、彼女がどれだけ凄い人なのかという話だ。
曰く、彼女は何だって相談出来る様な頼りになる人物であり、お菓子作りとチーズ料理が得意で、怒らせると怖いけど普段はとても優しい人で、勇気と知性に溢れた素晴らしい人、その上スタイル抜群で胸が大きい、という事だ。
少し大げさではないか、とは思えない。彼女を賞賛する言葉として、それらはとても正当な内容だ。チーズ料理が得意というのは、初耳だが。
(『愛と正義の魔法少女』としての活動を加えたら、この見滝原で比べる者が居ないくらい凄い人よ……ああ、まどかは除くけど)
利他的な魔法少女は、辛い物で長く続く事は少ない。
普通の少女なら、簡単に心が折れる戦いだ。
彼女はそれを何年も戦い抜き、たった一人で生きてきたのだ。例え、それが強がりや見栄、自己嫌悪から来る行動であったとしても、凄いという事は変わらない。
さやかが自慢したくなるのも、無理はないのだ。
(まあ、そこまで深く知っていなくても、彼女は凄い人だけどね)
さやかだって深くは知らないだろうが、マミが強い事は分かっているだろう。
純粋な実力的には近辺の魔法少女で最上位。絶好調なら敵が居ない程だ。誰だって頼りにしたくなる。勿論、私達暁美ほむらは除外した話だが。
「それでね、そのなぎさって子とマミさんは凄く仲が良くって……」
巴マミと、百江なぎさ。二人の名前が出た。
とても良い二人組だ。巴マミは年下でも魔法少女としての先輩の百江なぎさに甘えている所が有り、百江なぎさは年相応に巴マミへ甘えている。
何度か遠く離れた場所から姿を見ただけだが、それでも姉妹同然の関係が見て取れた。
(入浴まで一緒にする関係。随分と深いわね)
何をするにしても、一緒の二人組だ。ある意味では杏子とさやかより関係は深い様に見える。
あれが改変される前は魔女と魔法少女として殺し合う間柄だったと言われても、誰も信じないに違いない。二人はお互いを殺すくらいなら、自分のソウルジェムを砕くだろう。
(それに……なぎさも親に甘えられない生活を送っているのよね。向けられる愛情には、とっても敏感な子。同じくらい性根の繊細なマミとは、気が合うのかもね)
確か、百江なぎさの母親は重病を煩っていた筈だ。今も生きているのかは知らないが、なぎさの境遇は何となく想像が可能だ。
巴マミとの出会いは、間違いなく彼女に良い物を与えただろう。
元は、暁美ほむらの作った結界に入る際、円環の理が巴マミの元に派遣したらしいが、まどかは何を考えて百江なぎさを送り込んだのだろう。
よく分からないが、良い判断だったと思う。
「ちょっと、聞いてる?」
思考に沈んでいると、不満そうな表情のさやかに見つめられていた。しまった、少し考え込んでいたから、彼女の話に相槌を打っていなかった。
勿論、話の内容は頭に入っている。すぐに返すべき言葉を頭に浮かべ、口を開く。
「その小憎らしい小学生のなぎさちゃんとやらに、さやかが良い様に遊ばれてる事が分かったわ」
「う、酷い。まあ、間違ってないけどねー……あいつの方が、先輩だし」
小声で呟いた様だが、私には聞こえる。確かに、百江なぎさは魔法少女としてさやかより経験が上だ。実力も、同等以上だろう。
大いに先輩ぶられて、ちょっと腹立たしいけど嫌いにはなれない。さやかのそんな内心が見え隠れしていた。
「ま、可愛い子なんだけどさ。私らが小学生時代に置いてきた物を持ってるって言うか」
「それはもう少し歳を重ねてから言う台詞じゃないかしら」さやかの年齢で言う事ではないと思う。
「まあね。だけど、そういうのって一年違うだけで全然違うからさ。分かる?」
「分からなくは……無いわね」子供なんて、一年もあれば大分変わる物だ。ホムリリーの記憶が、そう言ってくれた。
……しかし、私は変わらない。変わってたまるか。誰がどうなろうと私は私であって、絶対に曲がらない。それは意志でも決意でもない、確定事項だ。絶対の真理だ。
私の中で蠢く狂気的な感情が僅かに外へ出たのか、さやかが訝しげな表情となっている。とりあえず気持ちを落ち着かせ、感情を整えた。
気づけば、注文したハンバーグは全て無くなっている。付け合わせのサラダも既に食べた後だったので、とりあえずフォークを置いた。
「それにしても杏子、遅いわね」
この場に居ない杏子が、少し気になる。
自分の食事を済ませ、私達の分の飲み物も用意すると言ってさっさとドリンクバーに向かっていった筈だ。あれから五分と二十三秒程……二十五秒経つが、まだ戻らない。
ファミレスの経験が全く無くとも、ドリンクバーで五分と二十九秒も使わないのは分かるだろう。
さやかも少し考えて、微妙そうな顔をする。「オリジナルドリンクでも作ってるんじゃないかな、あいつ……しかも、私に飲ませる為にさ」
「ああ、なるほどね。容易に想像出来るわ。だけど、杏子って結構食べ物には真面目でしょう?」
「まあね。でも、それくらいなら普通にやりそうな感じが……」
確かに、印象に合う行いだ。杏子なら、そういう悪戯を働いても違和感は無い。いや、目の前に居るさやかが同じ事をしても不思議ではない。
「まあ、良いんじゃない? 心配しなくても、杏子なら飲める物を持ってくるでしょう。もし無理でも、代わりに飲んでくれるわ」
「まあ、だろうね。心配するだけ損かな」
そう言うと、さやかは少し伸びをして声を漏らした。健康的な雰囲気があって、大変良い。不健康そうな私よりは、ずっと人を安心させるだろう。
私にしても悪魔の暁美ほむらにしても、もう少し病的な印象を払拭できれば良いのだけれど。頭の片隅でそんな事を考えていると、ふと、さやかが再びこちらを見つめている事に気づいた。
決して悪い視線ではないが、今度こそ気になって、直接尋ねてみる。
「……どうしたの、さやか?」
「いや、何かさ、こうやってると、ほむらって思ったより話しやすいよね」
それは、どういう意味だろうか。悪魔は相当に酷い態度を取っているのか。
「……普段の私は、どういう印象を持たれているのかしら?」
何度か首を振って、さやかが笑いかけてくる。「馬鹿にした訳じゃなくて。私さ、もっとこう、高い所に居る奴だと思ってたんだ、ほむらの事」
「どういう意味で?」
「ん、私達とは居る場所が違うって言うのかな、どんなに話しかけても、ほむらの気持ちは何処か遠くに居る気がしてたの。私なんて、全然届かないなって」
「不思議だよ、目の前に居るのにね」さやかが続けた言葉に、少なからず感情を揺らされる。彼女は鋭い。私はともかく、悪魔の暁美ほむらを朧気ながら感じ取っている。
「実はね、今日誘ったのってさ、ほむらの事をもっと知りたかったからなんだ」
「あら、愛の告白か何か?」
「違うっつーの。そうじゃなくて、私って、実はほむらの事を全然知らないんだと思って。あんな所で寝てみたり、ロッキーを美味しそうに食べてたり、ゲームで負けて落ち込んだりさ」
「落ち込んでないわ」
「そうやって反論したがる所も、意外だよね。ほむらが私の側に来てくれた気がする。同レベルの人間なんだって思えるんだ」
いや、本当に落ち込んでいない。そう言いたかったけれど、言っても無意味だろう。さやかの認識は変わるまい。
反論を諦めると、さやかが僅かに俯いて、ほんの少しだけ口を開いていた。
「……どうして、悪魔なんだろうね」
ほんの小さく、小さく呟かれた言葉だが、聞き取れた。
それは、決定的な部分だ。さやかの記憶が、戻ってきているのかもしれない。完全に戻っているとは思えないが、かなり重要な点を思い出し始めている。
私がさやかの記憶に関して考え込もうとしていると、彼女は頭に両手を置いて、ふざけた様に笑っていた。
「まあ、友達なのに距離感が有るってのも寂しいしさ? 私の方から、ちょっと歩み寄ってみよーかなーって」
「……へぇ」
「それでね、杏子に相談してみたら、『じゃあ、あたし達と一緒にどっかで遊んでみたりすれば良いんじゃねーか?』って言われてさ。実際に誘ってみたってワケ」
笑いかけられたので、少し笑い返してみる。満面の笑みは苦手だ。私の表情はそういう風な顔を作る事には向いていない。
そして、佐倉杏子には強く感謝すべきだろう。こんなにも美樹さやかの良い所を見る事が出来た。まどかの友達に相応の優しさと強さ、そして鋭さを持ち合わせている事が確認出来て、嬉しい。
「で、私の事は失望したの?」
「ううん、むしろ今までより良いと思った」
得意げな笑みを浮かべて、手を伸ばしてくる。
友好の握手、それに応じるべき人間は私ではない。だが、代理として、私という個人としても握手を返しておきたいと思い、素直に手を握り返した。
「えへへ」
「ふふっ」
暖かい手だ。血が通っているのが分かり、魔法少女をゾンビや抜け殻と表現するのは間違いだと確信する。
「改めてさ、よろしくね、ほむら」
「ええ……ええっ」
好意と友情は本当に、本当に嬉しい。
さやかなら、まどかを抜きにしても、友人として上手くやっていけるだろう。とはいえ、私は暁美ほむらではないから、後は彼女の仕事だ。さやかと仲良くやって欲しい。
(ただし、今、此処に居る間だけは私の友達よ。譲ってあげないわ)
「おー、ドリンクバー行ってきてやったぞ」
握手を止めた瞬間、狙った様なタイミングで杏子が帰ってきた。両手には三つのグラスが握られ、別々の色をした飲み物が入っている。
私にはコーヒー、さやかにはメロンソーダと思わしき物。杏子自身は、リンゴジュースだ。
「サンキュ! 杏子……変な物作ってないでしょうね」
「そんな訳ねーだろ、さやか。何を飲むかで迷ってたんだよ」
「……私にはコーヒーなのね」
「嫌いだったか? そういう印象だったんだけど」
「いいえ、好きよ」
(でも、砂糖もミルクも入っていない、持ってきてすらないのはどういう事よ……ああ、ブラック派だと思われてるのね……)
このファミレスは、ドリンクバーのコーナーに砂糖とミルクが置いてあるらしい。今更取りに行くのも、杏子に悪い気がする。
まあ、とりあえず飲んでおこう。ストローで吸ってみると、相応の苦みが口に押し寄せてきた。
(うっ……苦いわ)
苦味自体は弱いが、私の味覚には厳しい物がある。眉を顰めたくなるが、我慢だ、我慢。
思わず杏子に文句を言いたくなったが、それをコーヒーと一緒に飲み込んで、変わりの言葉を口にする。
「……選ぶだけで、五分もかかったのかしら」
「あー、いや、本当は一種類ずつ飲み干して一番良さそうな感じのを考えてた」
「あんた、飲み過ぎでしょ……」
「お酒を飲み始めたら、きっと危険ね」
「大丈夫だ、健康には気を配ってるつもりだからさ」無意識なのか、ソウルジェムの有る指を撫でている。
それは健康に配慮している、とは言わない。魔法で問題を解決しているだけだ。
杏子の生活習慣が微妙に心配になってきた。まあ、彼女自身が魔法を便利な力として活用しているのだから、文句は言わないが。
(……苦い)
ああ、コーヒーが苦い。正直、砂糖とミルクが欲しい。呉キリカみたいな数は要らないから、その半分くらい欲しい。でも、立ち上がって持ってくるのも失礼かもしれない。
この苦味は、まるで世界の様だ。この世界はコーヒーの様にドス黒く、残酷な苦味を持つ。誰かが、こんな暗黒にミルクという光を射さねばならない。
そのミルクになる資格を、まどかは持っているかもしれない。なら、私は氷だろうか。ほんの少しコーヒーを薄めるだけ。ほんの少しを妥協しないのが、私だ。
(苦くて、変な事を考えてしまうわね)
現実逃避にも似た思考の回転を自覚する。私にはブラックコーヒーは向かない、そう日誌に書いておこう。
私はコーヒーを飲む事に専念する。そこで、二人の表情に大きな変化が訪れた。
「っ……!」
「……あ」
ピクリ、そう表現するのが一番近いか。二人が一瞬だけ、普通の人には気づかれない程度に雰囲気を変え、椅子から少し腰を上げた。
(魔獣ね)
すぐに分かる。私の感覚にも、少し離れた場所で発生した魔獣の気配が捉えられていた。むしろ、二人が気づくより先に分かっていたくらいだ。
さあ、二人が僅かに目配せをしている。テレパシーの最中らしい。横から盗み聞きも出来るが、止めておこう。
気づかないフリをしながら、ちびちびとコーヒーを飲み続ける。苦味で半ば無心になった私の目には、さやかと杏子が携帯電話を取り出す姿が見えていた。
「あ、ええと……も、もしもし? あ、うん。えっと、今遊んで……今すぐ? うん、分かった」
「もしもし? ……あー、分かったよ。分かったから待ってな」
とっさに携帯電話で通話する真似をしている。向こう側の音が聞こえないから、間違い無く演技。
一般人の私が目の前に居るので、この場を離れる言い訳を考えたんだろう。テレパシーで慌てて打ち合わせをする二人を想像すると、少し和む。
二人は携帯電話を仕舞いつつも素早く立ち上がって、私へと頭を下げてきた。
「ごめんほむら! 私、ちょっと急用が有って! お金、置いてくから!」
「悪い、あたしもだ。どうしても外せないからさ」
「そう」
「ほんと、ごめんね」
さやかが申し訳なさそうにしている。貴女と友達になれて、私は喜んでいるんだから、気にしなくても良いのに。
「良いのよ、それより、何か大変な事なの? 何か有るのなら、力を貸すわ。友達でしょう?」
「ううん、いいよ。その気持ちだけで凄く嬉しい」
頼もしそうな、力強い表情だ。円環に導かれる前の、一直線なさやかを思わせる。
『こういう奴を守りたくて、私は戦ってるんだから』
そう言いたいんだろうな、と思う。そんな扱いを受けているのは、幸せな事だ。まどかにも、こういう気持ちを味わって欲しいと思う。
(いや、まどかは自分が大事にされているのを分かっている子だもの、もう既に私が得た幸福は得ているわね)
まどかの事を考えていると、何時の間にか二人がファミレスを飛び出していた。
窓から見えない所まで行き、私の視線から逃れたと判断したのか、二人は魔法少女となって逆方向を指さす。
もっとも、私の視線はまだ外れていないのだが。
「さやか、あたしはあっち、お前はそっち!」
「分かった!」
大きく頷いて、さやかが先に走り出していった。魔法少女としての凛々しさに輝く、透き通った青い光。燃える様な赤い光とは対照的だ。
私を象徴する恐るべき紫色より、よほど強そうだ。魔獣など、敵にすらならないだろう。だが、それでも……
「……さて、行きましょうか」
コーヒーを一気に飲み干して、立ち上がる。喉に苦味が残るが、魔法で消しておいた。ソウルジェムの心配が要らないから、こんな事に魔法を使える。使い魔というのは実に便利だ。
さて、少しだけさやか達が心配になった。見張りとなる使い魔達が守っていても、うっかり死んでしまいそうな危うさも有る子達だ。
「ま、少しくらい助けてあげても良いわよね」
まどかの周囲を回る、言ってみれば衛星だ。助ける価値は大いに有る。
それと……正直に言うと、少し苛立っていた。
折角、さやか達と一緒に居たというのに、それを邪魔するなんて無粋な魔獣達。全力で叩き潰してやりたくなったのだ。