使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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愛の悪魔と向き合えますか?

 走る。走る。走る。

 魔法少女としての脚力は変身していなくとも十分に使える物で、普通の人間なら飛び越えられない様な壁も簡単に越えられた。

 目指すは、魔獣の気配が多数感じ取れる場所だ。杏子から貰ったロッキーを食べながら、更にスピードを上げていく。

 気配に近づくにつれて、どんどんと人気が無くなっていった。辺りは少し薄暗さを増していき、空気は重くなっている。何も知らない人でも、息苦しさは分かる筈だ。

 でも、今の私の心はとっても明るかった。周りの暗さなんて、一息で吹き飛ばせる気がした。

 

 理由は簡単、今日、ほむらと仲良くなれたからだ。

 

 私達は、やっと分かり合えた気がする。私達の間に今まで存在していた溝が消え去って、手を取り合えた。

 沢山、ほむらの意外な所が見えた。ちょっと変わった完璧超人だと思っていたけど、実は欠点も沢山有る奴なんだ。コーヒーを飲みながら少し嫌そうな顔をしていた事に気づけたのは、きっと私だけだろう。

 

(苦いの、実は駄目なんだろうなあ)

 

 そんな意外な一面を知って、嬉しさがこみ上げてくる。

 今ならマミさんと一対一で戦っても勝てそうだ。それくらいの絶好調。魔力が凄まじい勢いで発せられるのに、ソウルジェムが欠片も濁らない。

 そういえば、私のソウルジェムは昔から濁りにくかった。加えて今は人生最高の気分が後押ししてくれる、魔力が無限に沸いてくる気がした。

 

(さぁて、行ってみますかねー!)

 

 素敵な気分のまま、気配の元へ到達した。

 ちょっと大きめの廃工場だ。心霊スポットや肝試しにでも使われそうな、嫌な雰囲気を纏った場所。きっと、此処が潰れたのは苦しくも辛い原因が有ったんだろうと思う。

 

 でも、今は考えない。私がやるべきは、魔獣との戦いだから。

 

 ソウルジェムの輝きが強まった。

 廃工場の中に、数え切れないくらい沢山の魔獣が居るみたいだ。でも人の姿は見当たらない。幸い、まだ犠牲者は出ていないみたいだ。

 内心で安堵を吐くと同時に、腕に力を籠める。一瞬で魔法少女の姿に変わると、鳩尾の辺りから剣を取り出した。

 息を一度、大きく吸う。軽い覚悟を決めて、それから一気に走り出す。入り口のシャッターを突き破って中に飛び込むと、一面に広がる魔獣の山が私を歓迎してきた。

 

(おおぉっ、い……きなり、多いなぁ!)

 

 幾つもの攻撃と、迫り来る魔獣。だけど、今の私の敵じゃない。攻撃は全部避けて、すれ違う瞬間に一斬する。それだけで魔獣は倒せるんだから。

 場所が狭いからか、此処に居る奴らは余り大きくない。道路に出た時とは比べ物にならないくらい小さいと言っても良いだろう。その分、数は山みたいで、攻撃は数えるのが面倒なくらい来る。でも、こんな奴らは敵じゃない!

 剣を投げる。魔獣の身体が簡単に貫通して、並んでいた十数体が一瞬の一撃だけで消し飛んだ。落ちてくる小粒のグリーフシードを掴む余裕すら有って、楽な物だ。

 こいつ等も私には勝てないと判断したのか、少し退こうとする。でも、そんなのは関係無い。一気に距離を詰めて、身を捻る事で剣を回す。一体、二体、三体、四体、五体、負ける気がまるでしない。

 

(うんうん、まさに絶好調っって感じ!)

 

 小型の魔獣が接近していたので、指揮棒を軽く投げる。磔になった魔獣は消えて、床に刺さった棒が一種の結界を生み出した。

 周囲の十数メートル圏内に存在した魔獣が、結界に呑み込まれて消える。その姿はまるで、溺れているみたいだった。

 何故か、私はこういうのが得意だ。水や結界を自由に操る、後はリズムを取ったりするのも好きだけれど、自分がこんな能力を持っている事に違和感は有る。

 だけど、今は気にしない。そんなのは関係の無い話で、魔獣を倒しやすいという点だけが真実だ。

 

「おっと!」

 

 考え込んでいると、数体の攻撃が私の側を通り過ぎていた。無意識の内に避けていたみたいだが、ちょっと危なかった。

 危ない、危ない。うっかり傷を負う所だった。まあ、回復魔法を使えるんだから、掠り傷くらい平気だけど、怪我をしない方が良いに決まってる。

 私が一度足を止めたのを隙と見たのか、一カ所に固まった魔獣の、鋭い触手の様な攻撃が多数迫ってきた。

 

「その気になれば痛みなんて完全に消しちゃえるんだーってねー」

 

 一撃一撃丁寧に避け、避けられなさそうな物は切り払って突破する。出来るだけ格好良く見える様に、見栄を張ってるのも忘れない。

 マミさん曰く、格好つけていると危ないけど、気持ちは上向きになるらしい。その通りだった。

 

「ま、今の私なら攻撃を受けないから、痛みなんて関係無いんだけどさ」

 

 全く攻撃を受けてないんだから、痛覚なんて意味は無い。口の中に残ったメロンソーダの味が自己主張を続けているだけ。

 瞬く間に、魔獣は半分くらいまで減っていた。私とほむらの仲良く話す場を邪魔したんだ、簡単に全滅されると、ストレス発散にもならない。

 

(あ、そういえば、杏子は上手くやってるかな。ま、心配するだけ損か)

 

 杏子の事が頭を掠めたけど、まあ何も心配は要らない。あいつが怪我をする程の相手なら、私だって無事じゃ済まないだろうし。

 でも、こいつらを片づけたら杏子が向かった方に回るのも悪くないかもしれない。獲物の横取りだって怒るかもしれないけど、どうせグリーフシードは一緒に使っているんだから、良いじゃないか。

 

(よし、そうと決まれば話は早い。さっさと倒そう)

 

 マントから剣を何本か取り出して、床に溜まった水を払う。浮かんだ水滴が私の姿を写して、消えた。

 その瞬間、私は一気に魔獣の居る場所へ飛び込んだ。意識が遅延し、世界が鈍速に見えていく。あらゆる攻撃が手に取る様に見えて、一ミリ身体を逸らすだけで避けられた。

 両手に握った剣を、最接近した瞬間に小さく振る。力を全く入れなくても、この勢いで斬れば必殺になる。

 魔獣が次々に消し飛んで、後に残った物も軽く回収していく。

 本当に楽だ。楽すぎる。油断大敵と言ったって、油断するだけの時間すらこいつらは保ってくれない。肩の力が抜けそうになって、色々と面倒だ。

 そんな事を考えていたのが、いけなかった。

 

(……ん)

 

 周辺に居た最後の魔獣を斬った瞬間、何かの気配に引っ張られる様に意識が脇へ逸れた。

 そこには黒くて綺麗な長い髪が特徴的な、大事な友達が居て、私を見つめていたんだ。

 

「ほむら!?」

 

 思わず声に出る。魔獣の身体を縦に七割くらい断ち切った時の事だ。世界は止まる寸前だと思うくらいに進行が遅く、思考する時間は十分に有る。

 そこに居たのは、間違いなく暁美ほむらだ。廃工場の入り口付近で、私の事を見つめている。

 

「どうして、こんな所に……っ!?」

 

 戸惑ったけど、答えは何となく分かった。

 そして、分かった瞬間、私は天を見上げて嘆きたくなった。

 

(ああっ……)そう、ほむらの瞳には、紛れも無く私への心配が見えていたのだ。

(私を、心配してくれたんだ)

 

 心が温かくなる。一方通行の友情なんかじゃなかったと確信できて、何だかとても嬉しい。

 こんな状況じゃ、なければ……魔法少女としての姿を見られてしまった。化け物扱いされるだろうか。私達はもうゾンビで、拒絶されるかもしれない。そう思うと、少し怖い。

 

 でも、気にしている場合じゃなかった。

 何体かの、魔獣の気配。何処に居るのかと探してみると、すぐに見つかった。

 

 ほむらの背後に、居たのだから。

 

 そう、魔獣達は既に、ほむらの背中に攻撃を。

 

「ぁ、ぁぁぁぁっ!!」

 

 自分でも信じられないくらい、喉が張り裂けそうな叫び声が出た。それを合図にする形で、今まで斬っていた魔獣が消える。

 でも、そっちはどうでも良い。私は一気に駆け出して、ほむらの元へ急いだ。

 

「避けっ……逃げてっ!」

 

 言ったって、無駄だ。高速移動から生まれる一瞬の世界に、普通の人間が入り込める筈がない。

 でも、私が幾ら高速になったって、直撃寸前の攻撃よりは遅い。

 

(駄目っ……私が油断したから、マミさんにあれだけ言われたのに。ごめん、私。駄目な子だ。でも、私を盾にしてでも、ほむらを助けなきゃ、いけない!)

 

 魔獣自体は殆ど残っていないけど、残ってる奴らが問題だ。あんな弱い連中でも、人を一人殺すくらいなら十分過ぎる!

 

「ほむらぁぁっ!!」

 

 無理矢理割り込んで、ほむらに抱きつく。背中に魔力を全開で回して、何とか防御しなければ。心臓が突き破られてでも、私の皮一枚を盾にしてでも、攻撃を絶対に届かせてはいけない。

 防ぎ切ったら、そのまま魔力を使い果たしてでも攻めに転じなきゃいけない。魔獣を一体でも残したら、ほむらが、ほむらが、私を心配したばっかりに……!

 

「本当に、貴女は良い人ね」

 

 背中に手を回し、私の髪を撫でてくれた。

 それだけで、命を捨てても良いと思える。ほむらは、私の大切な友達だから。

 

「でも、大丈夫」

 

 だけど、この一瞬の意識を引き延ばした世界で、何故、暁美ほむらは普通に喋っているんだろう。

 そんな疑問が浮かんだ瞬間だった。

 

「こんな連中には、負けないわ」

 

 ほむらが、軽く腕を振る。

 

 たった、それだけ。それだけの挙動で、そこに居た魔獣は簡単に消し飛んだ。

 

 一瞬遅れて、何処かから一本の針が飛び、魔獣の下半身が縫いつけられる。魔獣は抵抗も出来ずに消えて、後には黒い針だけが残された。

 膨大過ぎる魔力の気配が私を通り過ぎていく。魔獣を倒したのは、時間も空間も無視した絶対的な破壊力だと分かった。

 

「ありがとう、美樹さや……ううん。親愛と尊敬を籠めて呼ばせて貰うわ、『さやか』。こんなにも素敵な人を、避けていたなんて」

 

 私を抱き締めたまま、耳元に寄せられる、心の底から感情を籠めた呼び方。それに、強い感謝を思わせる腕の力

 それは、とっても嬉しい事だ。ほむらが目の前で魔獣を消し去った後でなければ、もっと嬉しかったと思う。

 

「……ほむら、魔法少女だったんだ」

 

 ほむらは、変身していない。ワンピース姿のままだ。だけど、あんな力を振るう存在は魔法少女しか居なかった。

 つまり、暁美ほむらは魔法少女なんだ。

 

(それも、相当強い)

 

 変身すらせずに、ただ一回動いただけ。しかも、振り向きすらせずに腕を軽く振る、ただそれだけで巨大過ぎる魔力を操り、魔獣を滅ぼしたんだ。

 相当な実力者どころか、とてつもない実力者、そう表現したくなった。

 

「確かに、私は魔法に類する力を使えるわ。でなかったら、あんな不気味な感じにならないわ」

「ああ……私はてっきり」

「ああ、思春期によくある『アレ』だと思ったのね。まあ、間違ってはいないわ」

 

 ふわりと微笑み、ほむらは私から少しだけ離れた。

 敵意も、縄張りを奪い取ってやろうという悪意も無い。それまで見てきた暁美ほむらと、何一つ変わってはいない。

 少しだけ安心した。魔法少女でも、ほむらはほむら。何も変わっていなかったから。

 

「まあ、でも嬉しかったわ。助けようとしてくれたんだもの」

「ん、そりゃまあね。今の今まで、ほむらは普通の人だと思ってたし」

「それに関しては謝るわ。もっと早くに言ってあげれば良かったと思ってる」

 

 軽く頭を下げられた。そういう対応をされると、むしろこっちが困る。

 

「いや、良いよ。普通、そんな事を話したら変な奴だって思われるだろうし。少なくとも、こっちは自分が魔法少女だと言わなかったんだからさ」

「そう言って貰えると、心が軽くなるわね」

 

 顔を上げたほむらは、何時も通り不思議な雰囲気だった。これが魔法少女だからこそ発せられる物だと思うと、親近感が沸く。

 ほむらが魔法少女なら、もっと仲良く出来るかもしれない。もし私達の仲間になるならチーム名はピュエラ・マギ・ホーリー・クインテットになる。

 

 クインテット、クインテット。何故か、しっくり来る。

 

 でも、だけど。何でだろう。頭が、騒ぐ。知らない記憶が浮かんでは消えて、絶対に消えない単語が一つだけ空中で舞い踊っていた。

 

 『悪魔』

 

 ただそれだけの単語が、今はひたすらに重い。

 目の前のほむらは、平常通りで何も変わってない。なのに、どうしてだろう。何かが決定的に違う。私は、ほむらに対して一番大切な何かを忘れている。

 

「……ねえ、一つだけ聞いていい?」

 もうたまらない。本人に、直接聞きたくて仕方が無くなった。

「構わないけれど、どうしたの?」

「私さ。先月からずっと、妙な感じがしてるんだ」

 

 ほむらの顔に怪訝そうな物が浮かぶ。

 何だか悪い事をしている気分になる。これを尋ねたら、ほむらは私の敵になるじゃないかって、そう思うと身動きが取れなくなるくらい怖い。

 けれど、言葉は勝手に口から飛び出していった。

 

「気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど……どうして、ほむらが悪魔なの?」

 

 

 

+

 

 

 

「どうして、ほむらが悪魔なの?」

 

 『私は、悪魔じゃない。使い魔よ』。そう答えそうになったが、やめておいた。

 さやかの質問は、答え難い部分を突いている。

 彼女に見つかったのは別に失敗でも何でもない。分かっていて姿を見られた。結果、さやかの勇気と友情を見る事が出来たし、それはそれで構わない。が、まさか直接聞いてくるとは思わなかった。

 そうだ、さやかは気づいている。暁美ほむらが何をしたのかを、思い出す寸前の所に居るのだ。

 

(教えるべき、なのかしらね)

 

 強い意志の籠もった……いや、その中にも怯えの宿った瞳が、私を捉えている。

 分かり合えた友達が、実は最悪の敵なのではないか、という不安、そして覚悟。さやかの気持ちは、深く伝わってきた。

 どう答えてあげるべきだろう。ほんの数瞬だけ考えて、すぐに答えが出る。

 

(教えた方が良いわね。中途半端な記憶で無理をさせるくらいなら、全て思い出させた方がまだ良いかしら)

 

 さやかの為を思うなら、今すぐ教えるべきだ。

 これがまどかの幸せにも繋がるという確信も有ったし、それほど迷いはしない。

 

 

「ねえ、さやか。私達は、友達?」

 

 

 瞳を見つめ返し、深く問いかける。

 さやかがどういう内容を答えてくるかは、分かった上での質問だ。

 

「……あったりまえでしょ。何を今更」

「本当に?」

「本当に本当だよ。嘘なんか言わないって」

 

 予想通り、さやかは私をちゃんと友達だと思っている。だからこそ、今まで深い疑念を友情で包み込んでいたんだろう。だがそれも、もう限界らしい。

 

「私も貴女を大切な友達だと思っているわ。少なくとも今はね」

 

 本心を口にしながらも、私は自分の姿を魔法少女の物へと変える。腰のリボンが相変わらず自立行動を初め、さやかの方を向いていた。

 空間と時間を操らなくとも、さやかの側には近寄れる。一瞬だけ、さやかは剣を持つ手に力を入れたが、すぐに警戒を解いてくれる。

 すぐ目の前まで来ると、私はリボンの先に存在する手を、彼女の頭に置いた。

 

 

「でも、貴女はこれでも嘘じゃないと言えるのかしら」

「な、何を……」

「真実を、見せてあげる」

 

 

 一気に魔法を展開し、さやかの脳裏に封印された真実の記憶を解放した。

 

「え、あっ……」

 

 呆然としたまま、さやかは私の干渉を受け入れる。

 一人の人間に干渉するにしては大きすぎる魔力を制御して、心や身体にマイナスの影響が行かない様にしておく。

 全身が酷く痙攣していたが、それも一瞬だけの事。すぐに苦痛は過ぎ去って、彼女への負荷は無くなった。 

 

「ひ、うあ」

「ごめんなさい、痛かったかもしれないわ」

 

 さやかは少しふらついたが、膝を崩す寸前で姿勢を元に戻した。私を見る瞳には、まだ何も映っていない。感情を整理して、何かの答えを出そうとしている。

 

 小さな水溜まりに、人魚の魔女の姿が見える。

 記憶も力も、完全に戻ったみたいだ。

 

「分かったでしょう? 私が、悪魔だという理由」

 

 美樹さやかにとっての暁美ほむらは、悪魔だ。

 それを思い出した彼女は、どんな風になるだろう。さあ、どんな反応を……

 

「もう一度聞くわ。失望……した?」

「っ……私を、舐めないで」

「……!」

 

 燃え上がる様な感情の光が、言葉に乗せられ返ってきた。

 剣を床に突き刺し、思い切り深く息を吸ってガクガクと震える足を正している。これは、この向けられる感情の正体は愛だ。深く、澄んだ瞳が私を捉えて離さなかった。

 この私を、捕まえている。美樹さやか、貴女は本当に。

 

「悪魔だろうと、そうじゃなかろうと、友達は友達だよ」

 

 思い切った様に、彼女は笑顔になった。私の事を何とか受け入れようと必死になっている癖に、口元に作られた笑みは何も変わらない。

 

「あんた、今日はあんなに楽しそうだった。やっぱり、ほむらはほむらだよ。世界を壊すなんて無理だろうし、見当違いも良い所だったって思う」

「どうして、そう思うの?」

「此処は、まどかの居る世界だよ? 大体、全ての魔獣が滅んだら、なんて……よく考えれば、人間が居る限り魔獣は居なくならないじゃん」

 首を振り、天を仰ぎながら呟く。「魔獣は、人々の心から生まれるんだからさ」

 

 私って馬鹿だな、そんな気持ちが籠もった一言。

 さやかが聞いた暁美ほむらの見栄を張った言葉は、私が口にした物ではない。だけれど、私の心にはしっかりと届いた。

 

「さやか、貴女って本当に」さやかの顔に、悪戯っぽい物が宿る。「鋭い?」

「……そうよ」

 

 いや、「本当に素敵な人」と言いたかった。先回りされたお陰で、素直に言えなくなってしまった。

 

「あははっ、前にも言われちゃったなぁ、それ」

「だけど、私は悪魔なんでしょう? どうするの、さやか」

 

 問いかけてみると、さやかは表情を真剣な物へと改めて、少しだけ目線を下げた。

 

「……正直ね、この世界も良いかな、って思うんだ」

「円環の鞄持ちが言う台詞じゃないわ」

「分かってる。けどさ、この世界は私達に優しくて、居心地が良くて、まどかも杏子も、マミさんもなぎさも側に居る。今が最高に幸せなんだ、って心から思えるの」

 

 本心を口にする彼女の顔に、嘘は微塵も無い。ただ、この世界で過ごしてきた日常の尊さ、愛おしさだけがそこに有る。

 

「だから、私はこの世界が好きだよ。まどかの救済と、ほむらの愛。どっちも尊くて、損なっちゃいけないって思う」

「……」

「私さ、ほむらの気持ち。分からないけど、分かるよ。色々とさ、耐えられなかったんだよね? だから、こんな大げさな事をしてまで、まどかを人間に戻したかったんだよね?」

 

 意外だ。さやかは、その部分を否定すると思っていた。

 私の予想に反して、彼女は『暁美ほむらの行い』を受け入れている。是非、悪魔の私に聞かせてあげたいと思った。

 

「意外ね。ああいうルール違反、貴女は嫌いだと思っていたのだけれど」

「私達は、この世界の現実を踏み越える為に契約して、希望を願ったんだよ。それをルール違反だって言うなら、魔法少女はルール違反の塊」言葉を一度切ると、床の水溜まりを軽く蹴った。「まして、友達を助けたいって思う気持ち自体が間違いだなんて言う奴が居るなら、私が許さない」

「貴女は……そう、思っているのね」

「だけど、さ」

 

 納得しかけた私の手を、さやかが強く握った。

 私の両手を自分の胸元に持っていくと、彼女は波一つ無い静かな言葉を口にする。

 

「ほむらはどう? 傷ついてない? まどかの手を拒絶して、それで本当に平気なの?」

「……」

 

 その質問に対して、私は答える口を持たない。答える資格が無いのだ。何せ私は、あの暁美ほむらではない。その行いに及んだのは、私ではないのだから。

 だけど、さやかは沈黙の肯定と受け取ったのだろう。「そっか」と呟いて、私から手を離す。床に刺さっていた剣を引き抜いて消し去ると、強い決意を思わせる表情を見せた。

 

「ほむらが辛いなら、私は戦うよ。それが、友達としてあんたにやってあげられる、一番の事だって思う」

 

 『友達と戦うのは、凄く辛いけど』

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 

「……そう、じゃあこうしましょう」

 

 やっぱり、その台詞は本物の暁美ほむらに言うべきだ。だから、暁美ほむらの代わりに、しっかりと答えてやる。

 

「『その時』が来るまでは。ううん、全てが終わったら、『私』と仲良くして欲しいの。これで寂しがり屋の、孤独な女の子だから」

「分かってるって」

 

 深く大きく頷いて、さやかは魔法少女としての姿を解除した。普段通りの見滝原の制服。それを纏える事がどんなに幸せなのか、噛みしめる様に。

 

「アンタが何者でも、ほむらだもんね。私が、私であるとの同じ様に」

「……私は」

「敵になっても、友達だよ」

 

 その結論に至るまで、どれくらい考えたんだろう。さやかは単純そうで、結構複雑な子だ。きっと、僅かでも悩んだろう。それでも彼女は、この言葉を口にした。

 だが、私は嘘を吐いている。罪悪感は抱かないが、居心地の悪さは確かに有って、それを誤魔化す為に、私は彼女から背を向ける。

 

「……助けようとしてくれて、ありがとう」

 

 振り向きはしない。ただ、一つはっきりと分かったのは、暁美ほむらは掛け替えの無い友を持っているという、それだけの事だ。

 

「こんな私を友達と言ってくれて、本当に、嬉しいわ」

 

 そのまま、私はさやかから遠ざかっていく。

 背後のさやかが少し手を伸ばそうとして、止めたのが分かった。私の気配を感じ取って、それ以上の干渉は間違っていると思ったんだろう。

 こんなにも気遣いの出来る人だったか、さやかは。あるいは、円環の理に一度導かれた事が精神に影響を与えているのかもしれない。

 

 素直に好意を受け取れない自分に、少しだけ腹が立った。

 

+

 

 

 自分の部屋のドアを少しだけ開けて、中を見てみる。

 杏子は、とっくに戻っていた。

 ベッドに座って、暇そうに欠伸をしている。普段なら、ノートはどうしたんだ、とからかいたくなる所だけど、今はそんな気分じゃない。

 扉を開けて、中に入る。杏子が私に話しかけてくる前に、こちらから声をかけた。

 

「杏子」

「んあ? 何だよ、さやか。今日の魔獣なら、ちゃんと倒してきたぞ」

 

 赤いソウルジェムを拭くと、杏子はコンビニのビニール袋からうんまい棒を取り出して、食べる。

 今の私は、杏子がお菓子を食べる理由を知っている。昔は、罪悪感を誤魔化す為にストレス発散で食べていたけど、今は単純に食べる事を楽しんでるんだ。

 

(ほんと、単純な奴だよね)

 

 でも、笑い飛ばせない。

 円環の理の一部に戻った私には、部分的ながら自分と関わった人々の気持ちや運命が見えていた。杏子の壮絶な過去も、我が事の様に感じ取れるくらいに。

 だから、今の杏子を笑えない。沢山の絶望を踏み越えた末に、やっとの事で掴んだ最後の希望。それが私だと、痛いくらい分かるから。

 

「ん、私も魔獣、倒してきたよ。いや、相変わらず弱くって、油断しちゃいそう」

「おい、さやか。油断するんじゃねえぞ」

「あはは、まあね」

 

 普段なら、冗談めかして笑える。だけど、杏子が本気で私を心配して、本気で私を失う事を怖がってるのが分かってしまったから、からかえない。

 

「分かってるって、分かってるよ」

「……どうしたんだよ」

「ごめん。ちょっと、さ」

 

 杏子の横に座って、肩を寄せる。気づけば、シーツの上の手を握っていた。

 杏子に甘えている自分を自覚する。円環の理に戻ったからって、私はやっぱり美樹さやかのままなんだろう。

 

「ねえ、例えば」

 

 ベッドに寝転がり、深く深く息を吸う。瞳に溜まった涙すら、人魚の魔女を召還する媒体に使えるだろう。

 

「例えば、だよ? 私が死んだら、杏子は、泣く?」

「なっ」

「例え話だって」

 

 ほんの少しだけど、杏子が震えたのが分かった。普段の私なら、見過ごしてしまう程度の弱い反応だけど、今はもう誤魔化されない。

 照れ隠しなんて、させない。

 

「で、どうなの? 泣く?」

 

 じっと顔を覗き込むと、杏子が目を逸らした。無意識の反応かもしれないけど、何より分かりやすい返答だ。

 重くも深く、複雑な気持ちを覚える。一番近いのは、後悔だろうか。やっぱり、私は心残りだったんだろう。こいつを置き去りにして、先に逝ってしまった事が。

 

「そうかそうか。私が死んだら泣くかー、おうおう、かわいい奴めぇー」

「……まあな」

「おおっ、素直な返事。珍しいじゃん」

「嘘は言えないよ、こんな事なら特にさ」

 

 何とか軽い雰囲気を出そうとして、失敗した。杏子が纏う空気が重過ぎて、私の言動を飲み込んでしまった。

 そのまま、少しだけ沈黙が広がる。

 繋いだ手はそのままに、杏子は私の隣へ寝転がってきた。ベッドに二人分の重さが加わって、クッションが沈む。

 

「よ、っと……」

「ん……杏子?」

 

 天井を見上げると、杏子は空に手を伸ばして何かを掴む様な仕草をしながら、夢でも見てるみたいな安らかな表情になった。

 

「なあ」

 

 唄う様に、杏子は口を開いている。目を瞑って、まるで何かを決めたみたいに。

 

「あたしの魔法、いずれ取り返したいと思ってるんだ」

 

 杏子が口にした内容を聞いて、私は少なからず驚いた。

 それが何を指すのか、今の私には分かる。幻覚魔法、ロッソ・ファンタズマ。杏子の希望、そして後悔と苦しみの証であり、トラウマが具現したに等しい魔法だ。

 

「どうして? あの魔法は封印したんじゃ……」

「うん、使いたくないよ。でも、私に手が足りなかったから、なんて理由で諦めたくないんだ」

 

 横顔しか見えなかったけど、分かる。今の杏子は澄んだ顔をしているんだ。あの魔法を使う事が、どれほど辛いのか分かっているだろうに。

 

「私の、事を?」

 杏子が諦めを拒絶する理由なんて、今はもう一つしか無い。そう、私の事だ。

「……さあな」誤魔化す様に、顔を背けてくる。でも、声の調子で気持ちは伝わってきた。

 

 手は相変わらず空に伸びて、また掴めない何かを掴んでいる。幻覚魔法を使おうとしているのかもしれなかった。

 だけど、何も起きない。まだトラウマは杏子の心を蝕んで、苦痛に落としているんだ。

 抱き締めて安心させてやりたくなるけど、それはしちゃいけない。これは、杏子自身が越えなきゃいけない事だから。

 魔法が発動しなかったのが悔しかったのか、杏子は溜息を吐いて、それでも強い意志を口にした。

 

「でもさ、二度と失いたくねえんだ、あたしは」

 二度と、という言葉が、どうしても気になった。普通なら両親と妹を指すんだろうけど。まさか、杏子は……

「……ねえ、杏子。もしかして、あんた何か思い出して」

 

 言い終える前に、小さく首を振って返される。

 

「さあ、わっかんねえ。何もかもよく分からねえ。だけど、きっと……」

「きっと?」

 

 

 杏子は虚空を見つめて、何かを言おうとしていた。だけど、私が相槌を打った瞬間、慌ててこちらの顔を見つめてきて、一気に照れた様な表情に変わる。

 重苦しい空気が一瞬で崩れて、杏子が軽そうな笑顔を作って見せつけてきた。

 

「……ま、あたしの事よりさやかは自分の事を考えねーとな? ちなみにあたしはもうノートを写し終わったぜ?」

 その言葉で、ようやく授業ノートの事を思い出す。

「げっ……マジ!? うわ、もうこんな時間!? やっべ……一行も書いてない」

 

 鞄からノートを取り出すが、何も書いていない。ほむらの事ばっかり考えていたから、すっかり忘れていた。

 何という情けなさ。自分がもっと大きな存在の一部だなんて、信じられなくなってくる。偽りの見滝原じゃ、まだ真面目にやれたのに。

 

(私、これでも円環の理の一部なんだけど……ああ、魔法少女に希望が着いてくるみたいに、学生には勉強が着いて回るんだねー……あーあ)

 

 上体を起こして、思い切り肩を竦める。寝たままの杏子がうんまい棒をもう一本食べていて、粉がシーツに落ちている。怒る気にもなれない。

 

「へへ、やっぱさやかは間抜けだなー」

「杏子が言うか、それー」

 

 頭を小突きつつ、こみ上げてくる笑い声に任せた。

 勉強で困ったり、こんな風に杏子と話したり。そんな事が、やっぱり幸せだ。記憶を完全に取り戻したから、余計にそう思う。

 今だけは、幸せに浸っていたい。

 

 要するに、まどかが人間としての生涯を終える前に、記憶を戻せば良いんだ。もっとモラトリアムを楽しんでも、罰は当たらない筈だよね。

 

 そう思った……

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、だけど!

 やらなきゃいけない事が、私には有る!

 

「あー……ごめん。ちょっと出てくるわ」

 

 ノートを机に置いておく。これもほむらからの借り物だ。そう思うと、余計に大事な物だと思える。

 そんな私に向かって杏子が眉を顰め、微妙な困惑を表していた。

 

「おいおい、ノートはどうするんだよ。しらねーぞ」

「帰ってからやるって。あ、代わりに書いてても良いぞー?」

「誰がやるかよ!」

 

 杏子の言葉を背に、私は部屋の扉を開けた。

 

「んじゃ、行ってくるね」

 

 もしかしたら、帰って来れないかもしれない。

 そうは、決して言えない。

 振り返られない。顔は合わせられない。杏子の瞳を見ていると、離れたくない気持ちが強くなってしまうから。

 

「……さやか」

 

 あくまで軽い感じを維持しながら、外へ出ようとしていたのに、深刻そうな杏子の声が私を呼び止めた。

 でも、振り向かない。きっと、決意が鈍ってしまう。

 

「なに?」

「居なくなったり、しないよな?」

 

 不安そうな声が、私を動揺させる。

 だけど答えない。ただ唇を噛んで、揺れる感情を抑え込む。流れそうになる涙をぐっと堪え、強い意志を以て肉体の反応を止めた。

 

「……行ってくるから」

「ああ……早めに戻って来いよ」

 

 その懇願にも似た言葉には、返事の一つも出来ない。

 大丈夫だなんて無責任な言葉は、絶対に言えなかった。

 でも、別れの言葉はもっと口に出来なかった。言おうとしても、喉が動かなかったんだ。

 

 私は円環の一部だけど、それでも美樹さやかで、それでも単なる中学生の魔法少女なんだろう。自嘲気味に、そう感じる自分が居た。

 

+

 

 周囲の暗さに溶け込みながら、私の心は深い所に落ちていく。だけど、それは決して悪い事じゃない。

 円環の理の一部に戻った私は、既に世界の外側に位置する力を操る事が出来る。今も、半身たる人魚の魔女の存在を感じ取れた。

 だけど、これだけの力が有っても、私には目の前のボタンを押す覚悟を決められなかった。

 

「っ……」

 

 私は今、まどかの家の前に居る。

 インターホンに指を伸ばしながら、一向に押そうという決意が浮かんでこない。

 当然だと思う。これは、折角友達になれた相手の気持ちを踏みにじるに等しい行いで、普段なら絶対にやりたくない事だったから。

 

(……ほむら)

 

 そう、暁美ほむら。

 私は、ほむらと友達になった。そう、本当の意味で友達になったんだ。何もかも分かり合って、思いを通じ合わせる事が出来た。

 それがどんなに素敵で、どんなに幸せなのか。私は、強く強く理解できた。だけど、だけど……

 

「……ほむら。ごめんね。アンタの行動、無意味にしちゃうから……」

 

 でも、やっぱり、まどかは円環に戻るべきだ。

 私はまどかの親友でもある。あいつがどんな気持ちで、どれくらい決然とした態度で神にも等しい存在になったのか、私はよく知っていた。

 だから、まどかの気持ちを尊重してあげたい。あの子に救われた魔法少女の一人として、そして、親友として。

 そしてもう一つ、私にはまどかを円環に戻す理由が有る。

 

(……ほむらの幸せを考えるなら、まどかは戻るべきなんだ)

 

 世界で一番大切な、最高の友達の手を振り払って、それで暁美ほむらが幸せだなんて、そんなのは嘘だ。私にだって、それくらい分かる。

 だから、あいつには何とかして幸せになって欲しかった。仁美と恭介の幸せを願った時と同じくらい、そう思った。

 

 だから、私は此処に居る。

 

 今の私には、まどかから預かった記憶と力がそのまま残っていた。どうやら、円環の理から切り離された際、ほむらの結界内で預かっていた物も含めて、今の私、『美樹さやか』が現世に居るらしい。

 だから、後は簡単なんだ。まどかと接触して記憶を返せば良い。それだけで、まどかは思い出す。自分が何者で、どんな役目を持っているのかを。

 

 だけど、その決意だけが定まらない。指先が震えて仕方が無くて、身体が動かない。

 

 ああ、もしかすると、ほむらもこんな気持ちだったのかもしれない。大切な友達の決意や覚悟を無駄にしてでも、その人を想って行動する。それが、こんなに痛く、苦しいなんて。

 

 だけど、やらなきゃいけないんだ。誰かが、誰かがほむらを救わなきゃいけない。

 『誰が、救済者を救う者を……救うのか?』。それはきっと、救う者に救われる者にしか出来ない。悔しいけど、私じゃほむらを永遠の呪いから救えない。

 だから、決意しなきゃいけないんだ。私が嫌われても、敵意を向けられても、苦しめられたって構わない。そんな覚悟が、必要なんだ。

 

 それでも、絶望に倒れる杏子の姿が、私を縛り付けていた。

 

(杏……子……)

 

 出来れば、もっともっと杏子と一緒に居たい。あいつを置いておくのは、死んでしまいたくなるくらい辛い。一度置いていったから、余計にそう思う。

 しかも、この世界での私達は、それまでのどんな世界より深い付き合いをしている。別れは、余計に重く辛い物となるだろう。

 でも、やらなきゃいけないんだ、絶対に。

 

 

(う、く、ううぅっっ!!)

 

 

 震える指を残った手で掴み、魔法まで使って無理矢理インターホンへ伸ばす。

 ベルにも似た音と一緒に、血の涙が流れているのではないかとすら思えた。

 でも、押せた。この時間帯なら、まどかは絶対に家に居る。門限はちゃんとしてる親御さんだし、間違いなく……

 

「はいはーい……ってさやかちゃん?」

 

 ほら、出た。

 普段着姿のまどかが、玄関から私を見つめている。割と薄着のミニスカートで、私にとっては見慣れた格好だった。

 ほんの少しだけ不思議そうに首を傾げる所を見ていると、心に刺さる物が有る。今のこの子は、私を親友だと想っていない。でも、私はまどかを親友だと思ってる。

 正直に言えば、息苦しい気分。でも、ほむらはこれを何度も繰り返してきたんだ。あいつが耐えたのに、私が折れる訳にはいかない。

 

「や、まどか」

「あの、どうしたの?」

 

 尋ねかけられて、私は答えに詰まった。此処に来る事ばかり考えて、詳しい話の内容を上手く考えていなかったんだ。

 しまった、そう思いながら、私は自分の頭を軽く掻いて、ちょっとふざけた態度を取る。

 

「……あ、あははっ! いやあ、ちょっと話が有ってさー……」

 

 とりあえず、此処で話すのは不味い。もっと落ち着いて話せる場所、例えば、まどかの部屋なんかが良い。

 まどかに家の中へ入れて貰おうと、言葉を選んだその時、この場に居る筈の無い声が私の耳へと飛び込んできた。

 

   「どうしたの、まどか」

 

 嘘。

 声を聞いた瞬間、私が思ったのはそれだけだ。感情が着いてこないまま、ただ信じられない気持ちだけが押し寄せてきた。

 ちょっと静かだけど、綺麗で不思議な雰囲気の声音。冷たそうに聞こえる中にも、まどかへの暖かさが含まれた物。そんな声の主を、私は一人しか知らない。

 

「あ、さやかちゃんだよ!」

 

 玄関の奥側へ、まどかが返事をしている。

 驚いた私が何も言えなくなっていると、まどかが私の方を見て、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔を見せてくれた。

 

「ごめん、今ほむらちゃんと勉強会なの」

「……え?」

「私、アメリカに居たからさ。日本語とかは結構勉強遅れちゃってて、それでね、ほむらちゃんが教えてくれてるんだ」

 

 とても嬉しそうに理由を説明してくれる。けど、あまり耳には届かなかった。

 だって、暁美ほむらとはさっき別れたばかりで、此処に居る筈が無い。

 魔法少女なんだから、来る事だけは出来るだろう。

 だけど、あのほむらを遊びに誘った時、まどかと勉強会の約束をしているなんて一言も口にしていなかった。あの暁美ほむらが、まどかより私達を優先するなんて有り得ないのに。

 じゃあ、あのほむらは、一体。

 

「あら、さやか。まどかに用事?」

 

 玄関から、ほむらが姿を見せる。

 見かけは同じだ。その特徴的なイヤーカフスも、ちょっと疲れた様な目元も変わらない。けど、何故だろう。さっきまで一緒だったほむらと同一人物だとは、とても思えなかった。

 

「ああ、いや、うん」

 

 戸惑いで、変な答えしか返せない。ほむらもまどかも、怪訝そうにするだけだ。

 いや、ほむらの目に疑いが宿ってる。けど、私にはどうしても聞いておかなきゃいけない事が有った。

 

「ふ、二人とも、あれからずっと一緒なの?」

「ええ。一緒に下校してから、ずっとまどかの家にお邪魔させて貰っているわ」

 

 自分が此処に居た事をあっさりと断言するほむらの声を聞いて、私は飲み込めない気分に陥った。だって、私と友達になったほむらは、確かに暁美ほむらだったんだから。

 でも、目の前に居るほむらも、確かに暁美ほむらだった。嘘の吐き様も無く、確かに本人。偽物なんかじゃ、無い。

 

「そ、そうなんだ。ふーん、勉強会かぁ。まどかも真面目っていうか、大変っていうか」

「あ、さやかちゃんも一緒にする?」

 

 まどかに誘われたのは嬉しい。けど、困惑とほむらの視線が私の首を横に振らせた。

 

「い、いや。良いよ、私は平気だし」

「そう言って補修になるのね、さやか」

「……うん、まあ言い返せないけどさ、本当に危なかったら杏子と一緒に何とかするから、うん」

 

 誤魔化しながら笑いつつ、理解の及ばない状況の正体を考え込む。

 目の前のほむらは、まどかと一緒に居た。それは間違い無い。でも、私とも一緒に居たんだ。つまり、今日、この見滝原には暁美ほむらが二人居た事になる。

 とはいえ『悪魔』なんだし、もしかすると分身の一つでも作れるかもしれない。けど、それにしては私を見る瞳が冷たい気がする。

 あんなにもしっかり友達になれた。それなのに、こんな目を向けられるとは思いたくない。

 でも、確かに、さっきまで一緒に……

 

「で、何の用事かしら?」

 

 ほむらの声で思考が止まる。

 そうだ。私はとっくに、ほむらの友達かつ敵にもなると決めた。だから此処に来たんだ。けど、相手が目の前に居るのに、まどかの記憶を易々と戻させてくれる筈も無い。

 退こう。私の中で、ほむらへの罪悪感と疑念が渦を巻いていている。

 

「なんか、まあ、何となくまどかの家に行きたくなって!」

「何よ、それ」

 

 適当過ぎる答えだったのか、ほむらの目に鋭さが加わった。

 不味い。こいつに記憶が戻ってる事を悟られてはいけない。直感で判断出来た。私の記憶を戻したのは『暁美ほむら』の筈なのに、絶対に知られてはいけないと思った。

 

「まあ、二人の仲睦まじい時間を邪魔する訳にもいきませんからなぁー、また今度話すよ、まどか!」

「そ、そんなんじゃないよぉ」

「またまたぁ、『愛』を育む時間なんでしょー?」

 

 可愛い反応を返してくれるまどかの姿に、懐かしさを覚えた。

 だけど、ほむらの視線は、まだ私から外れていない。明らかに不審がられている。一見難解に見えて、一度理解してしまえば分かりやすい性格だ。

 思わず口元が緩く綻んで、それを隠す為に二人へ背を向ける。今の私、まどかから見れば家に押し掛けてきた変な人だ。

 

「ささ、私はさっさと消えるから、後は仲良くねっ!」

「あ、さやかちゃ……」

 

 あまり目を合わせたくなかったので、まどかの言葉を聞くより早く玄関口から離れて、道路に出る。

 飛び出した私に向けられるのは、困惑と疑念。ほむらが、ひたすら私の記憶が戻っていないかと見張っている様に思える。

 早く立ち去りたくて、魔法少女の足を使いたくなったけど、止めた。なんだか、それをしてはいけない気がするから。

 でも、景色はどんどんと流れていく。あの青い道路標識、昔も有ったんだろうか。何となく、あそこには信号しか無かった気がした。

 

 

「……どういう事?」

 

 

 自分の家に走りながら、私の頭には沢山の疑念が浮かんでは、消える。円環の理、魔女、見滝原、魔獣、恋慕、暁美ほむら、暁美ほむら?

 ともかく、今日は家に帰ろう。ノートは、何とか書けるかな。多分、集中出来なくて途中で寝る。

 杏子に散々からかわれるに違いない。そう確信して、ほんの少しだけ気分が軽くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さやか」

 

 

 何だろう。私を呼ぶ声が聞こえた、気がする。

 

+

 

 

 

 日誌 AKEMI HOMURA記 五月十三日

 

 街頭のテレビでは、遠い国で遂に軍事クーデターが発生した事を報道している。他の液晶には何時もの様に殺人や自殺の話題。後は、バラエティ番組や友情物のドラマが流れていた。

 くだらない。誰も見ていないのだから、流す必要も無い気がするのだが、まあ、私には関係の無い事だ。

 

 ところで今日、美樹さやか、否、さやかと会った。

 

 色々な事が有ったけど、随分と彼女の事を知った。面白い所も、強い所も。

 なんて、なんて良い子なんだろう。直情的で、馬鹿みたいに真っ直ぐで、だけど懐の広い所も有って……私みたいな存在の為に、命を捨ててくれる。

 

 だからこそ、彼女は魔法少女に向いていない。優しすぎて、だから脆い。まどかとは違って、直線的過ぎるんだ。幾多の繰り返しの中で、彼女が魔女となった回数は多い。

 幸い、円環に導かれた影響で彼女の精神性は多少変化している。因果から解脱した為か、色々な事に対して余裕が感じられた。暁美ほむらを簡単に受け入れたのも、全てを知ったが為だろう。

 嬉しい物だ。分かっていたけど、心の何処かで彼女を嫌う自分が居たのかもしれない。私の言葉を聞いてくれない、彼女を嫌っていたのかもしれない。私には関係無い話だというのに。

 

 ああ、ホムリリーの手が近づいてくる。私も、空間を扱える様になった。魔獣を捻り潰すくらいは、楽な物だ。

 練習がてら、見滝原の魔獣は私が大半を潰しているから、さやか達も割と暇だろう。グリーフシードの分くらいは残しているので、ソウルジェム自体は大丈夫だろうが。

 

 ところで、さやかの記憶は少しずつ戻っている様だった。恐らくはホムリリーが流入していくにつれて、失われた記憶が刺激されていったんだろう。力を使った私との接触、それによって遂に完全な記憶を取り戻す事が出来た様だ。

 早速まどかの記憶を戻そうとした様だが、悪魔の私が居たので断念したみたいだ。

 これで、私の存在に疑いを持っただろう。その間は、まどかへの接触は避けると思う。

 

 そう、いずれまどかは戻るだろう。まどかは、魔法少女にふさわしい女神だ。

 だが、まだ今は違う。

 だから、まだ戻らない。

 だから、私が妨害する。今の彼女は神じゃなく、人間なんだから。

 

 

 

 

 ところで、ブラックコーヒーは私に合う物じゃない。悪魔の私はどうなんだろうか。

 紅茶派になろうかと思っている自分が居る。まどかはどっちが好きだろう。……いや、確か父親の作ったココアが一番だったか。

 ホムリリーの記憶の中に、その味は有る。まどかに合わせたのか、甘かった。その時の暁美ほむらはブラックコーヒー派だったが、今の私ならどうだろう。

 少しだけ、ココアが飲みたくなった。




叛逆の物語、13回目を見てきました。この作品、書いて良かったと思います。出来不出来は置いておくとしても、自分の中のまどかマギカに一つの区切りを作る事が出来ました。そして、十六茶を買い占める作業が始まりますよ……BD特典のボツほむも楽しみにしています。(本作の悪魔ほむは迷いとか戸惑いとか自問自答を繰り返しているアニメ仕様です。漫画や没仕様の完成した悪魔じゃないですね)BDプレイヤー買わないと、です。
とか何とか言いつつ、まだ半分も投下していない訳ですが、よろしくお願いします。



もう恐13、行きたかったなぁ……
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