使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

7 / 39
近い庭の幸福な物語

 お昼間の屋上で、何羽かのカラスが飛んだ。

 

 見滝原中学の校舎は無駄に装飾が施された特徴的なガラス張りだが、屋上はそれほど酷くない。いや、ちょっとフェンスのデザインが凄いとは思うけれど、まだ良い方だ。ベンチもそう変わった物じゃない。

 私はもう、落ち着かない学校の内装に慣れた。むしろ、普通の中学校はどんな風だったのかを思い出せない。心臓病を患っていた頃は、この学校に通っていなかった筈なのに。

 繰り返しの中で、すっかり見滝原が私の母校になったみたいだ。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。でも、まどかと一緒に居られると思えば悪くない。

 

 そう、こんな悪魔の私でも、まどかと一緒に居られるならば。

 

 見上げてみると、カラスの中に私の使い魔も混じっている。殆ど鳥並みの知能しか持ってないので何の役にも立っていないが、数だけは多い。放っておこう。

 学校の付近を回る使い魔『ロッテ』と、インキュベーターを探して右往左往する『ルイーゼロッテ』が居る。こちらも今は特に必要ない。

 

 もう、私に処刑の案内人は要らないのだから。

 

 そして、『クララドールズ』はワガママ、ヒガミ、ヤキモチ、オクビョウの四体が立って、私にトマトを投げつける瞬間を待っている様だった。

 この使い魔達が私から出た物だと思えば、その思考も理解出来る。今、私の隣にはまどかが居るのだ。羨ましいのか、ああ、羨ましいだろう。でも、譲ってやる気はない。

 自分の使い魔なのに、どうしてそんな事を考えているのか。ああ、きっと、まどかが近くに居るから、私もちょっと混乱しているんだと思う。

 

「ほむらちゃん、お弁当は?」

「持ってきているわ」

 

 隣に座るまどかの声を合図にして、私は一瞬で混乱から脱して、鞄から弁当を取り出した。

 そう、今はお弁当の時間だ。偶然なのか、私が無意識に何かを操作しているのか、良い時間だというのに他に食事を進めている人は見あたらない。

 そこで取り出したお弁当箱を開けると、まどかが中身を覗き込んできた。

 

「あ、美味しそうだね」

「そう? 私が作ってみたのだけど」

 

 時間の余った私には、弁当を作る時間くらい有る。基本的には和食を意識していて、魚の切り身が主菜だ。

 付け合わせのミニトマトが彩りを加えてくれて、箸休めのカボチャは甘く味付けた。それなりに美味しく見える配置に気を使ったつもりだ。

 弁当の隣に、丸いスープも付けている。中身は……まどかのお弁当を見るのが先だろう。

 

「まどかの方はどうなのかしら」

「え、ええー、あはは……私のはパパが作ってくれたの。ほむらちゃんは凄いなぁ」

 

 軽く頭を掻きながら、まどかがお弁当を開く。サラダから御飯に至るまで冷凍食品が一つも無く、唐揚げが何個か見えた。形が整えられていない唐揚げが混ざっているのは気のせいか。

 

「美味しそうね」

「でしょ? やっぱりパパ、凄いよね。私もちょっとくらい上手くなりたいなぁ」

「まどかなら出来るわ。手先も器用だし、すぐに上手くなるわよ」

「そ、そうかな?」

「そうよ」だって、私なんかより、まどかの方がずっと凄いんだから。

 

(ああ、いけない。この考えは不味いわね)

 

 そうだ。あまり、まどかを凄い子だと思ってはいけない。神格化すればするほど、神聖視すればする程に、理へ近づいていくだろうから。

 でも、これくらいは良いだろう。お料理なら、まどかだって頑張れば普通に出来る筈だから。

 

「ねえ、ほむらちゃん! おかず交換しない?」

「良いわね、じゃあ、私から選んでも?」

「うん。はい、どうぞっ」

 

 まどかの差し出してくれた弁当に、箸を寄せる。

 それにしても、まどかと二人きりのお昼は強く幸せを感じさせてくれる。静かで、安らかで。夢にまで見た時間だ。

 こんな時間が永遠に続けば良いと思う自分を、素直に認められる。

 

(「時よ止まれ、お前は美しい」……ね。ふふ、本当に時間を止められた私じゃ、悪魔に魂を奪われもしないか。もっとも、その悪魔は私なのだけど)

 

 ……でも、これで良かったんだろうか。まどかは私と二人きりで嫌じゃないか、もしかしてさやかも居た方が良いんじゃないか。沢山の心配事が有る。

 所詮、私は暁美ほむら、まどかの気持ちを全て理解している訳じゃないから。

 ドールズがトマトを投げる姿勢に入っている。投げたいならさっさと投げれば良いのに、素直にそう思った。

 

「ほむらちゃん、唐揚げどう?」

「いただくわ」

 

 でも、今は考えるよりまどかの存在を感じていたい。

 そう、多分だけど、食べるべきは形が歪んでいる方だ。

 まどかの表情を何となく観察していると、少し形の整っていない唐揚げに箸が触れる瞬間、期待と不安を思わせる顔になるのが分かった。

 食べる方は決めた。唐揚げを箸で掴み、一度自分の弁当に置いてから口へ運ぶ。小さめに作られたからか、一口で食べる事が出来た。

 うん、美味しい。表情に出たのか、まどかが嬉しそうにしている。

 

「この唐揚げ、美味しいわね」

「ほんと? ……実はね。それ、私が作ったの」

「貴女が?」分かっていたけど、驚いたフリだ。

「うん。パパに教えて貰って、上手く行って良かったなぁ」

「ふふ、言ったでしょう。まどかならすぐ上手くなるって」

「ううん、そんな凄くないよぉ」

 

 そう言いながらも、まどかはそれなりに照れている。何だか、微笑ましい気持ちにさせられる。

 そんな素直さは、私が過去に置いてきてしまった感情だ。それをしっかりと持っているまどかが、とても眩しく感じられた。

 

「ねえ、ほむらちゃん。その、お弁当の横に置かれてるのは何?」

「ああ、これ?」

 

 私の隣に置いてある丸い入れ物に気づいたらしい。タイミングを見計らって見せるつもりだったので、丁度良かった。

 まどかの前に持っていき、蓋を外す。魔法まで使って保温した為に、湯気が漂ってくる。その奥には白い液状の物と、食べやすくカットされた野菜が幾つか入っている。

 

「わぁ……」

「これはね、クリームシチューよ」

 

 驚く姿を見ていると、内心でちょっとだけ得意げな顔をしたくなった。

 弁当の調理時間の殆どは、このクリームシチューに費やした物だ。まどかは、喜んでくれるだろうか。

 

「す、すごいね。お弁当で、クリームシチューまで作っちゃうんだ」

「まどかも食べる? 実は、作り過ぎてしまって」

 

 本当は、最初からまどかに食べて貰おうと思って作った料理だ。

 自分が食べる分は余り力を入れず、代わりにかなり気合いを入れて作ったつもりだ。是非とも美味しく食べて貰いたいし、そうしてくれるだけで私は幸せだと思う。

 そんな気持ちを見抜かれたのか、ほんの少しだけ訝しげな視線が私に向けられた。

 

「……もしかして、ほむらちゃん。私の好物、パパから聞いたり……?」

「……ふふっ、どうかしら」

 

 思わせぶりに笑って返す。

 まどかの想像は、完全に当たっていた。勿論、最初からまどかの好物は知っていたが、何度か勉強会で家に出向いた際、怪しまれない様に聞いておいたのだ。

 少しでも私が怪しまれると、その分だけ円環に気づく確率も上がるだろう。させる訳には行かないが、それでもクリームシチューを作りたかった。

 

「ほら、どうぞ」

「でも、貰うなんて悪いよ?」

「そう? なら、唐揚げを後半分くらい食べさせてくれたら、貴女にもクリームシチューを半分あげるわ」

「うん、良いよ! でも半分じゃなくて、唐揚げ全部でも良いって」

 

 自分の好物だからか、まどかの視線はシチューに向いている。ある程度は隠そうとしているけど、私には通用しない。

 自然と笑い声が出そうになったので、冗談めかした口調で誤魔化した。

 

「あら、ならシチューも全部あげなきゃいけないわ。まどかって、思ったより沢山食べるのね」

「えっ!? い、いやあの……えへへ」

 

 目を逸らして、頭を軽く小突いている。全体的に幼さの残る雰囲気を持っているからか、そんな子供っぽい仕草がとても似合った。

 

「ふふ、まあ、一緒に食べましょう? まどかも、自分で作った唐揚げを食べるべきだと思うわ」

「あ、ううん、実は味見で何個か……」

「出来立てをいただいておいた、と」

「……食べ過ぎかな?」

「大丈夫よ、これくらいなら普通だと思うわ」

 

 どうやら、体重を気にしているみたいだ。

 やっぱり、可愛らしい。私なんかとは比べ物にならないくらい、普通で、真っ当で、可愛い女の子なんだ。私みたいに、人間を半ば捨てている様な奴とは違う。

 だけど、その心には絶望を跳ね返す勇気と慈悲が有って、決然とした意志が有って。

 ……でも、父親のココアとクリームシチューが好物で、演歌と小動物が大好きな、どこにでも居る、だけどとっても魅力的な普通の女の子なんだ。

 

 こんな小さな肩に魔法少女の絶望を負わせるなんて。

 

 

 

 

  ゆるせない

 

 

 

 

「? どうしたの、ほむらちゃん?」

「あ、いいえ。何でもないわ。ちょっと、顔の前に蚊が飛んできて」

 

 私の空気が変わった事を、まどかに読み取られてしまった。反省しておくべきだ。

 ああ、やっぱり私は神や悪魔には成りきれない。まどかに寂しい思いをさせたと知った時から思っていたが、やっぱり私は暁美ほむら以上の存在にはなれないみたいだ。

 まあ、自分の事なんか今はどうでも良い。それより、折角作ったクリームシチューが冷めてしまう前に、食べて貰わないと。

 

「ほら、どうぞ」

「ん、ありがとう。じゃあ、いただきまーすっ」

 

 準備しておいたスプーンを手渡すと、まどかは喜んで食べてくれる。

 口に入れた瞬間、表情が一気に明るくなる。目が輝いていると表現すべきか。とっても、見惚れてしまう。

 

「美味しい!」

「そう、良かった」

 

 本当に良かった。口に合うと確信していたとしても。

 ああ、こんな表情をずっと見ていたい。まどかの幸せは私の幸せ、まどかが側で笑ってくれるなら、私は他の全てを捨てられる。

 

(こんな醜い私の気持ち、まどかにだけは知られたくないわね)

 

 身勝手な感情だと思う。まどかの意志を無視した痛みは、今も私の心に苦痛を与えている。だけど、退く気は無い。今更の話だ。

 そうだ、負けてたまるものか。

 例えば……今、私達の側に近寄ってくる人物の邪魔が入ったとしても。

 

 

 

「ほむら」

 

 

 

 私の名前を呼ぶ声。そこには、特に気負いの無い友人を呼ぶ調子だけが有る。少なくとも、敵を扱う物では無かった。

 だけど、油断は出来ない。彼女は、かつて円環に導かれた存在。この世界では数少ない、私に立ち向かえる可能性の有る人物なのだから。

 

「何かしら、さやか……言い忘れたけど、貸したノートは、次の授業まで返さなくて良いわよ」

「ん、助かる。実はまだ書いてなくてさ」

 

 笑って感謝されるが、それが本心とは限らない。

 かつてのさやかならまだしも、今のさやかは演技くらい出来る。でなければ、あの偽りの世界で自分を隠し通せる筈が無い。器用な人間だと見ておくべきだ。

 

「……」

「……」

 

 二人とも、黙り込む。この世界では、まあまあの関係を維持している。が、あまり沢山の話をする相手では無かった。

 この世界のさやかは、まどかより杏子と深い関係を築いている。さやかと杏子は常に一緒に居るので、あまり関わる機会が無いのだ。

 その、杏子が居ない。

 

「杏子はどうしたの?」

「ああ、お弁当買ってくるってさ。ちゃんと用意してるのに、随分食べるよね」

 

 からかい気味な笑い顔には、嘘は無い様に見える。同じ学校に通い、同じ部屋に住んでいる。いっそ羨ましいくらいだ。私もまどかと一緒に住みたい。

 

「おお、まどかが食べてるのは、シチューかなぁ?」

「あ、うん。ほむらちゃんの手作りなんだよ」

「へー。やっぱ料理上手いんだ。あーあ、うらやましー、まどかの周りにはお料理上手ばっかりか」

「あ、私自身はそんなでもなんだけど……」

「いやいや、まどかの手料理なら何でも喜んで食べる奴がそこに居るじゃん」私を指さしてくる。

 

 確かに、まどかの手料理なら何であっても美味しく食べられる。ああ、一緒に料理をするのも悪くない。

 

(……ほむぅ)

 

 まどかと親しげに話している。普段通り、いや、何時もよりさやかの雰囲気が柔らかい様に思えた。まるで、長年の親友に話しかけているみたいだ。

 怪しい。いや、私の錯覚かもしれない。下手に刺激してしまうのは悪手だ。

 

「ねえ、さやかちゃんはどうしたの?」

「んー? まあ、外で食べようかと思ったんだけどさ、まどかとほむらのラブラブな時間を邪魔できないよねぇ」

「う、だから、そういうのじゃないんだって」

 

 私を置いて、さやかとまどかが親しげに話し続けている。内容は私に関係の有る物だが、入り込みにくい会話に思えた。

 

「はいはい、ごちそうさま。独り身には辛い光景だぁー」

「も、もー……さやかちゃんって、まったくもう……」

 困った様子のまどかに向かって、さやかが手を合わせた。

「あはは、ごめんごめん。んじゃね、まどほむ」

「その略、なんか違う感じがするんだけど……」

「気のせいさー」

 

 一通りまどかをからかうと、気が済んだのか、大きく手を振って軽く去っていく。その背中は、あくまで何時も通りに見える。

 とりあえず、口に切り身の魚を放り込んでおく。食べながら、少しだけ考えなければならない事が有った。

 

 さやか、いいえ……『美樹さやか』は、何か思い出してしまったのだろうか。

 

 昨日、何故かまどかの家に現れた。何らかの記憶が刺激されたのかもしれないし、あるいは完全に自分を取り戻してしまった可能性も無いとは言えない。

 その場合、彼女は敵だ。最大限の警戒を以て、まどかの記憶を守りながら立ち回らなければ。

 

「ほむらちゃん、これ本当においしいっ! 私の唐揚げもどうぞ?」

「喜んで貰えるなら何よりね。私も、遠慮無く貰っておくわ」

 

 それはさておき、まどかの手作り唐揚げを一つ食べて味を噛み締める。やっぱり美味しい。まどかの手料理という事も加味すれば、この世で最も美味しい唐揚げだと思う。

 

「うん……うん。揚げ方が良かったのかしら、時間が経っているのに、まだカリカリで良い食感よ」

「こっちも、シチューの人参、食べやすい大きさだよ。丁度良くって、すっごく合う!」

「そう? あ……ねえまどか、顔がハムスターみたいになってるわ」

「へっ?」

「口に溜め込んだまま喋ってるんだから、当然よね」

「わ、わわわっ……」

 

 慌てて飲み込み、手を膝の間に入れて恥ずかしそうにするまどか。こんな姿を見るのは本当に久しぶり。いや、そもそもこんな風にまどかと安らかに過ごす一ヶ月自体が久しぶり……偽りの世界を入れて二ヶ月か。

 ああ、やっぱりあの繰り返しを過ごした私は、迷子だったんだろう。まどかと一緒に居る時間がどんどん無くなって、絶望と戦う度に傷つき苦しんで、その果てがまどかとの別れ。疲弊して当然だ。

 今なら、強がりを言う必要も無い。素直にそう思える。

 

「い、今のは見なかった事に」

「そうね、まどハムくんの事は忘れましょう」

「わ、私はハムちゃんじゃないもん」

 

 いじけた態度を取るまどかの肩を軽く叩いて、頬をつついてみる。

 

「そうね、こんなほっぺたの柔らかなハムちゃんは居ないわね」

「ひうっ、む、むむ、お返しだーっ!」

「きゃっ……ま、まどか」

 

 反撃なのか、私の頬もつつかれた。思ったよりつつく強さが有って、ちょっと痛い。けど顔には見せないし、傷も作らない。

 ああ、楽しい。楽しい。楽し過ぎる。この時間を過ごす為なら、私はどんな真似だってしてやろう。

 

(どんな姿に成り果てたとしても、まどかが側に居れば平気……平気っ!)

 

 まどかが戻ってしまう日も、近いのかもしれない。

 しかし、絶対に。

 

「させないわっ……!」

 

 口から、勝手に言葉が出てしまった。

 まどかに聞かれたみたいだ、どうしよう。

 

「……あ、ごめん。痛かった? ごめんね」

「いえ、全然痛くなかったわ、まどか。ちょっと、お弁当の魚の骨が引っかかって」

「あ、そうなんだ」

「ええ。私の手作りだから、骨なんか入れてないと思ったんだけど……でも失敗したわ、割と大きめな骨を見逃すなんて」そう、骨を見逃すなんて、ね。

 

 近々、美樹さやかとは事を構える気がする。それにくっついて佐倉杏子も居るだろうし、百江なぎさだって危険分子、巴マミは絶好調なら今の私とも戦えそうだ。

 あの四人と戦う……ああ、戦うんだ。

 

 

「fort!」

「Got ist tot!」

 

 

 

 ……オクビョウとワガママ。それに何時の間にか現れたミエが、トマトを投げてきた。まどかには見えないのが不幸中の幸いだけど、鬱陶しい。

 私には、まどかさえ居れば良いのに。

 

+

 

 

「ほむらの奴、まどかとずっと一緒だね……」

 

 鉄壁とも言える防御に、思わず溜息が出た。

 隙を見てまどかに干渉しようと思っているけど、どうにもならない。

 何時見ても、ほむらが一緒だ。まどかが他の友達と喋っている時は気にしていない素振りを見せているけど、実際には一切視線を外していない。

 

「あれはきっついなぁ……」

 

 まどかに対して害意の一つ、悪意の一つでも向ければ、それで終わりだ。殺されても不思議じゃない。

 円環の力を使っても、正直に言って厳しい。今の暁美ほむらは、まさしく悪魔。魔女の上を行く存在だ。正面切って戦うには無理が有る。

 

「んっ……」

 

 通り過ぎた洗面台の上で、私の使い魔が演奏をしている。車輪が舞って、バイオリンの音色が響き渡っていく。水滴に人魚の魔女が写り、光る。

 誰にも見えないだろうが、ほむらに感知されると厄介だ。即座に消して、何事も無かった風を装う。

 何とか誤魔化せている筈だ。そうでなければ、使い魔を呼んだ時点で即座に攻撃を仕掛けられているだろう。

 まだ大丈夫。それを確認し終えて、杏子の待っている廊下へ行く。ガラス張りだから姿が見える。少し離れた場所だけど、あいつはちゃんと立っていた。

 急いで走り、側に辿り着く。腕を組んで待っていた杏子は、私の姿を見るなり手を挙げて見せた。

 

「ああ、さやか。屋上は使えたか?」

「ダメ。ほむらに睨まれたし、無理だよ」

 首を振ると、杏子は特に残念そうな顔にもならず、仕方が無いと肩を竦める。

「ん、そっか。ほむらの奴、まどか相手だと本当に甘いな」

 

 記憶を持たない杏子ですらも、ほむらの態度がまどかに対してだけ異常な程に優しげな事くらいは分かるだろう。

 あそこまで分かりやすく見せておいて、気づかれていないと思っているなら、話にならないくらいのドジだ。

 

「んじゃあ、中庭とかで食べる?」

「ああ……いや……」妙な調子が気になる。

「ん、何か有ったの?」

「まあな。ほら、あそこ」

 

 何故か、杏子が後ろを指さす。近くには誰も居ないけど、ガラスの先に二つの人影が見えた。

 

「んー……あれ?」

 

 よく見ると、それはなぎさとマミさんだった。

 マミさんは良い。先輩だし、見滝原中学の生徒だ。だけど、なぎさは小学生。この中学に居て良い子じゃない筈だけれど、何故か居る。

 

「……何でなぎさが此処に居るの?」

「本人に聞けよ」

 

 こちらの視線に気づいたのか、なぎさが大きく手を振って来て、遅れてマミさんが小さく手を振った。

 タイミングといい、身長の差といい、まるで姉妹だ。これが本当は何の関係も無かった二人組なのか。運命というのは、分からない。

 

「ま、行ってみれば分かると思うぞ」

「だね。行ってみるか」

 

 さっさと行って、話を聞こう。お昼休みに入ってから、少し時間が経ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学から少し出た、公園の中。その影に有るベンチへ座り、弁当を広げる。なぎさが見つからない様に、人通りの殆ど無い場所だ。

 作ったのは、偽りの世界でも見せたソウルジェム弁当。杏子に取られ、キュゥベえに食べられた記憶が蘇る。味にも気をかけたのに、感情の無い奴に食べられたのがちょっと悔しかった。

 まあ、今はあいつも居ない。何処に行ったのか分からないくらいだ。気にせず食べられるだろう。

 

「お、ソウルジェム弁当じゃん」

「まあね。結構良い形でしょ」

 

 杏子のはコンビニ弁当と、自分で作った赤いお弁当だ。いや、赤の弁当箱は中身が無い。曰く、授業中に食べたらしい。

 そして、私のお弁当を覗き込むのは、杏子だけじゃない。なぎさも興味深げに見てきた後、感心と言いたげに腰へ手を置いた。

 

「さやかは普段の態度の割に丁寧な仕事をするのです。魔獣退治は大雑把なのに」

「む、こいつめっ」

「痛ぁっ!」

 

 軽く頭を叩く、大げさに頭を抱える反応を返してくる。

 マミさんがクスクスと笑っていた。もし、なぎさを攻撃したらマミさんが絶対に黙ってないけど、今のは単なる冗談だから平気だろう。

 

「なぎさ、あんまり美樹さんをバカにしてると、頭の中がチーズになっちゃうわよ」

「上等なのです。頭がチーズなら問題無いのです。頭をちぎって自分の口に入れられると思えば」

「おいおい、何のキャラクターだよ」

 

 杏子のツッコミに力が無い。

 それくらい、なぎさのチーズ愛は深くて強いんだ。何せ、魔法少女になる時の願いすらチーズ、喋ってる言葉はチーズ、食べてる物もチーズなんだから。

 

「まあさ? 今の私は真の力に目覚めちゃったからさ? 料理も上手くなるんだよ?」

「……そうなのですか」

 

 ちょっと間を置いた返事。なんだか引かれている気がする。いや、小学生にそんな反応を返されても、困る。

 ちなみに、なぎさは小学校を抜け出して来たみたいだ。魔法の無駄遣いだけど、誰も止めない。

 唯一マミさんは怒ったそうだけど、出てきてしまった物は仕方が無いと遂に諦めたそうだ。

 それに、口では怒っていても嬉しかったんだと思う。なぎさに甘えられている時のマミさんは、とっても幸せそうな様子だから。

 

「さあて、私をバカにしてくれたなぎさのお弁、当……は……うわぁ……」

 

 反撃でなぎさのお弁当を見てみると、理解を超えた光景に頭がショートした。

 まず見た目からして、おかしい。殆ど黄色だ。

 御飯の上にチーズが乗せられている。というか、御飯がチーズ色だ。小さなハンバーグの上にもチーズが乗っている。ほうれん草の中にもチーズの欠片が入っている。小さなペンネには粉チーズが振ってあった。

 入れ物もチーズ色。蓋には大きなスライスチーズのイラストが乗せられ、弁当袋の中にチーズスティックが入っていた。

 何もかもチーズで出来ている。幾ら何でも、そりゃ無いんじゃないか。

 

「おお、さやかはこのお弁当の凄さが分かるのですね。わたしのお手製なのです。マミにも負けてないでしょう?」

 

 なぎさが胸を張って何か言ってるけど、頭に入ってこない。

 え、何これ冗談? マミさんのジョーク? 杏子の幻覚魔法が蘇ったとか? ……いや、現実っぽい。

 

「な、なぎさ。それは無いんじゃない?」

「? 何の事なのですか?」

「いやいや、いやいやいや」

 

 本人は、この弁当がどれほど酷いか分かっていないみたいだ。慌てて、保護者代わりのマミさんにテレパシーを送る。

 

(ま、マミさん!?)

(……ええ、私もどうかと思うわ。でもね、あんまり言うとなぎさ、泣き落としにくるのよ……正直、怒った私が傷つくくらいよ……)

(こいつ、もう頭の中チーズなんじゃねーの?)

 

 何とも微妙そうな杏子の声が頭に響く。けど、こいつだって頭の中はお菓子で出来ていても不思議じゃない。

 お菓子の魔女と、お菓子ばっかり食べてる杏子。どっちもどっちだ。だけど、今はなぎさのチーズ弁当に意識が行く。

 

「む、早く食べたいのです。おっと、なぎさの魂が籠もったチーズ弁当、マミにも一口くらいあげるのですよ?」

「あ、ありがとう、なぎさ。でも、私はちょっと……ちょっとね」

「遠慮は良いのです。マミには何時も助けられてばっかりなのです」

 

 あくまで善意だと言わんばかりに、何処までもチーズな御飯をマミさんのお弁当箱に入れている。

 正面からは分からないだろうけど、横顔が悪戯っぽい。百江なぎさ、こいつ、分かっているみたいだ。

 

「ささ、どうぞマミ。チーズは最高の食べ物なのです。大切な人にしか譲らないのですよ。ありがたく食べてください」

「……え、ええ」

 

 日頃の感謝や親愛の籠もった笑顔……と見せかけた、遊び。

 いや、もしかすると、私には見抜けない所で、なぎさは本気で感謝の気持ちを表現しているのかもしれない。

 分かるのは、マミさんのお弁当箱がチーズ色に浸食されていくという現実だけだ。

 

「美味しいのですよ、チーズご飯。誰よりも最初に、食べてみて欲しいのです」

「う……わ、分かったわ。後で食べるわね。ありがとう、なぎさ」

「いえ、何なら『あーん』してあげるのです。今、ここで」

 スプーンでチーズを掬い取り、マミさんの口元に運んでいく。

「ほら、あーん、あーんなのです。口を開けて、ほらほら……」

「う、あ、あーん……」

 

 押しの強さに負けて、マミさんが口を開く。そこへチーズが何の遠慮も無く入れられた。熱く無さそうなのが、救いか。

 スプーンが口から引き抜かれ、僅かに糸を引く。羞恥でマミさん、そしになぎさの顔が仄かに赤くなっているから、何とも言えない空気が漂ってくる。

 

「んくっ……確かに、美味しいわね」

「でしょう? なぎさは料理も上手なのです」

 

 心の底から得意げな、なぎさの顔。

 それに対してマミさんが何も言わない所を見るに、本当に美味しかったみたいだ。あの恐ろしい見かけをしたチーズ弁当が美味しいというのは、とてもではないが信じられない。

 と、思っていると、マミさんから弱々しいテレパシーが飛んできた。

 

(凄い濃い味付けだったわ……これが、なぎさの見ている世界なのね……)

(ま、マミさーん?)

 

 訂正。美味しかったけど、とんでもないチーズ味だったみたいだ。

 

「……」

「む、疑っているのです? でも、あげないのです。これは私とマミの物なのですよ!」自分の胸元に弁当を引き寄せて、守ろうとする。

「いや、そんな風に言わなくたって、奪い取ったりしないけどさ……」

 

 頼まれたって、そんな色々な意味で凄い弁当を貰おうとは思わない。

 気持ちが上手く伝わったみたいで、なぎさは弁当を膝の上に戻した。

 

「なら良いのです。マミ、一緒に食べましょう」

「え……な、なぎさ、えっと、それはなぎさのお弁当でしょう。私が貰ったら悪いわ」

「いや、なのですか?」

 

 やんわりと断ろうとしたマミさんへ、涙で潤んだ瞳と悲しげな声が直撃した。

 あの小生意気な小学生が苦しさを堪える様な表情をしていると思うと、年長者としてどうしても心に来る物が有る。

 マミさんに至っては、思い切り衝撃を受けた様な顔をしたかと思うと、言いたい事を全部飲み込み、すぐに優しげな笑みを浮かべていた。

 

「いえ……うん、そんな事無いわ。ただ、なぎさの分を食べるのはね」

「マミなら、良いのです」

 

 なぎさが大きく首を振って、可愛らしく微笑みかけている。

 マミさんがこっちに顔を向けて、小さく小さく首を振って助けを求めてきた。幾ら家族同然の妹分が作ったからって、チーズ弁当は辛いだろう。

 

(ご、ごめんなさい、マミさん。私、嫌な子だ。だから見捨てさせてください)

(み、美樹さん!?)

 

 けど、何も言えない。なぎさみたいな小さい子が、その気持ちを精一杯篭めた行動を責める言葉なんて、誰が言えるというのか。

 諦めて自分のソウルジェム弁当に視線を戻す。

 ……青色だけが無くなっていた。隣を見てみると、杏子が小さく口を動かして、何かを食べている。

 

(杏子、また食べたなぁー……)

(気にすんなよ。それよりさやかー、マミ、どうにかしてやれよ)

(え゛)

(ああいう顔で食うのは、食い物をバカにしてる様なもんだ。気に食わねえからさ)

 

 テレパシーの声音は、何だか腹立たしそうだった。そんなに怒っている訳じゃないから、本当にただ『気に入らない』んだろう。

 でも、それなら私ではなく、杏子自身が言えば良いんだ。こいつが言った方が、説得力が有る。

 

(じゃ、じゃあ杏子が言えば良いんじゃないかな)

(ゴーさやか、ガンバレさやか。あたしはその間にメシを食う)

(押し付けたいだけか!! って、赤まで持っていくなぁ!)

(ほれほれー、急がないと昼休み終わっちまうぞー)

 

 杏子は、赤いソウルジェムまで口に運んでいった。今頃、青と赤が口の中で一緒になってるんだろう。

 食べられてしまった物は仕方ない。丁度良く、なぎさには話が有ったんだ。杏子の言葉に乗ってしまおう。 

 

「あ、えと」

「?」

「なぎさ、後でさ、ちょっと話さない?」

「どうしたのですか?」

「ま、ちょっとね……」

 

 チーズの事、それともう一つ、とても重要な話が有る。

 

(そうださやか、言ってやれよ。一回ちゃんと言ってやらねえと、なぎさの将来に響くぞ)

(……わ、分かってるって。でもジャンクフード漬けのあんたにだけは言われたくないと思う)

 

 杏子のテレパシーに返事をしながら、私はなぎさに話しかける事を優先する。

 チーズの話はともかくとして、この場で円環の理が絡む内容を話す訳にはいかない。時計を見てみると、昼休みも後半に差し掛かっている。話は別の場所でやるべきだ。

 

「あ、あのさ。此処だとなぎさが見つかっちゃうし、時間も無いしさ。マミさんの家で集合した帰りに話さない?」

「……? そうなのですね、マスカルポーネ一つでお願いするのです」

「そこまでチーズか……まあ、用意はしておく。後でね」

 

 何時でも何処でもチーズ、チーズ。こんなとてつもないチーズ愛好家だけど、これでもなぎさは円環の理の一部だ。

 まさか、マミさんを気に入ってるのはイメージカラーが黄色だから、なのか。そんな疑いすら頭に昇ってくる。流石に失礼な考えだと思ったので、口には決して出さないが。

 

「さ、お弁当に戻るのですよ。さやかの言う通り、時間もちょっと危ないのです」

 

 そう言うと、なぎさは弁当を幾らかマミさんに渡して、残った分を自分の口の中に入れ始めた。

 どうやら、マミさんはチーズ弁当から逃げられなかったみたいだ。

 

(美樹さん……)

(えと、頑張ってください)

 

 そう、残念だけど頑張って貰うしかない。私だって自分の弁当を片づけないといけないんだ。

 杏子にちょっと食べられたけど、それでも十分な量は作ってきた。だから、休みが終わるまでに食べきれるのか、ちょっと不安だ。

 

「ほら、あたしの弁当、やるよ。さやかの作ったの、勝手に貰っちまったからな」

「ん、ありがと」

 

 杏子が持ってきたコンビニ弁当の具を貰っておく。完全な善意から来る行動だけに、嫌とは言えない。

 余計に弁当の中身が増えてしまった。さあ、食べきれるのか。

 

 駄目だったら、杏子に食べて貰おう。頭の中で、ちょっとした決断をした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。