使い魔少女HOMURA★ほむら ~だが、誰が救い手を救うのか?~(完結)   作:曇天紫苑

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愛よ……!

◇出血的百合描写が重点される◆マミさんの精神が危険◆マミさんのあいはひかった◇


それぞれの選ぶ希望よりも熱く絶望よりも深いもの

「また会いましょう!」

 

 慌てたほむらが私に向かって叫んだ。かと思うと、一気に何処かへ消える。

 精神に加えられ続けていた重すぎる圧力が消え、あまりの変化に気が抜けてしまう。もう身体に力が入らない。ふらつく暇も無く、倒れそうになる。

 そんな時、何も無い空間が引き裂かれて、向こう側から杏子が飛び込んできた。

 

「あ……きょうこ……」

「さやかぁ!」

 

 膝から崩れていく寸前、勢い良く私を支えてくれた杏子の姿。それはもう頼りになり過ぎて、何とか耐えていた涙が流れ出す。

 私の涙を見た杏子がぎょっとした様な顔を見せる。まあ、普段は絶対に見せない表情だから、当然か。

 

「さ、さやか! 大丈夫か!?」

「う、う……きょうこぉ……」

「ああ、あたしだ! あたしだよ、さやか!」

 

 安心しようと手を伸ばす私の腕を取って、杏子が後ろから抱き締めてきた。

 流れる涙を拭ってくれて、震える身体を押さえてくれる。暖かな手つきで頭を何度か撫でて、耳元で優しい声をかけてくれた。

 頭は冷静な筈なのに、心と身体が感動している。杏子の優しさに甘えてしまう。

 

「大丈夫だ。大丈夫だからな……」

「……杏子、杏子。杏子……!」

 

 何度も杏子の名前を呼んで、さっき見せられたおぞましい姿を忘れようと努力した。

 吐きそうになる自分を抑え込み、あらゆる精神的な苦痛を魔法で制御した。円環の理でなければ、私はとっくに壊れていただろう。

 そう、怖かった。酷く怖かった。あまりにも怖過ぎた。理性ではほむら……HOMURAが友達で、私を壊す気なんて一つも無い事は分かっているのに、本能は酷く醜い悲鳴を上げてしまった。

 

「く、う、うっ……」

「ああ、泣けよ。好きなだけ泣いていいんだ。な?」

 

 私を抱き締め、そして受け止めてくれる杏子の腕を抱き返す。頭がショートしそうな程の恐怖は、私の行動を素直にさせた。今まで我慢してきた気持ちが溢れ返ってしまい、自分でも制御できない。

 

 そうだ、杏子と別れたくない。一緒に居たい。

 

 けど、駄目だ。それを許してはならない。自分の感情がどれほど杏子と過ごす時間を求めても、意志はもうやるべき事を定めているから、揺らがない。

 だから、泣くんだ。好きなだけ涙を流し続けて、今は杏子に甘えよう。涙を拭った時、私はもう覚悟を決めている筈だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、数分くらいは泣き続けただろうか。

 杏子の前でこんなに泣きじゃくるなんて、初めての経験だ。まどかには何度か見せた事が有るけれど、こいつが相手だと気恥ずかしくなる。

 

「あ、ありがと……」

「ははっ、珍しい所を見ちまったな」

 

 私から少しだけ離れた所で、杏子が背を向けている。後頭部で腕を組む所からは、何時も通りの頼りになる感じがした。

 伝っていた涙の痕跡を拭い去って、立ち上がる。何度か深呼吸をして、気持ちを切り替える。思考がクリアになって、自分の身に仕舞い込んだ人魚の魔女が再び動き出す。

 去っていったほむらの痕跡を探してみたが、何も残っていなかった。

 

「居ない……」

 

 去っていった事はもう理解していた。しかし、そこにはもう気配の欠片も、痕跡すらも残っていなかったんだ。

 追いかけられないけど、それで良かったと思える。あんな物の存在が僅かにでも残っていれば、杏子と私の精神に悪影響を及ぼすだろう。

 念入りというか、気配りが出来ると言うべきか。

 

「ほんと、助かったよ」

「……なあ、今のは何だ? 何があったんだ?」

 

 私の顔を見ないまま、杏子が尋ねかけてきた。

 悪いけれど、教えられない。あんなとてつもない存在の事を語れば、杏子の精神が壊れてしまいかねないから。

 

「……もう大丈夫。平気だよ、気にしないで」

「さっきのあれは、何なんだ? 何だか、やばい感じがしたぞ」

「あはは、心配すんなって、杏子らしくないぞー?」

「……心配くらいさせろよ」

 

 何とかして誤魔化したいけど、杏子の声に鋭さが帯び始めている。ちょっと、危ないかもしれない。

 けど、やっぱり教えてはならない。私はあのほむらを化け物扱いしたくないけど、話すべきだとは絶対に思えない。

 

「何だ何だ、私を心配してるの? はは、杏子は良い奴だなぁ」

「心配して悪いかよ、あたしはさやかが心配なんだ」

 

 何時もの杏子じゃない。

 私に向けられる返事を聞いて、ちょっと動揺させられた。それでも言うつもりは無かったので、軽く肩を竦めて返す。

 

「ま、今度話すよ。その時はちゃんと」

「何も、話してくれないのか?」

 

 悲痛な声だった。杏子の口から出たとは思えないくらい弱りきっていて、今にも倒れてしまいそうな不安定さが感じ取れる。

 

「さやか」

「何……えっ」

 

 振り返った杏子の顔を見て、素直に驚いた。

 だって、あの杏子が泣いていたんだ。瞳に涙を一杯に溜めて、今にも壊れてしまいそうな表情で、ただ、ひたすらに涙を流していたんだ。

 

「お前、いきてるん、だよな?」

 

 息が詰まる様な空気の中で、杏子が縋る様な声を発した。あまりの事に、私は正確な返事が出来ない。ただ混乱して、戸惑いしか表せない。

 

「杏、子……?」

「……く、ううっ……さやかぁ……」

 

 小さい子供みたいに泣き出した杏子を見ていると、何を言って良いのか分からなくなる。

 適当な事を言って誤魔化せば良いのか、それとも本当の、残酷な真実を告げてしまえば良いのか。どちらにせよ、悲しい選択だ。

 

「は、ははっ……」

 

 私の表情はそんなにも辛そうだったのか、はっとした様子の杏子が涙を拭い、嗚咽を堪えながら乾いた笑い声を口にする。

 

「ははは……わけわかんねぇ、さやかは、此処に居るのにな……悪ぃ、忘れて」

「ううん」

 

 今の話を無かった事にしようとする杏子の肩を掴んで、私の方から近づいた。

 杏子の吐息が聞こえる距離まで寄り、首を振って見せる。深い信頼と感謝を心に乗せて、私の中で決断する。

 杏子は逃げなかった。少しだけ戸惑い、涙の残る瞳を揺らしたが、決して足を動かそうとはしなかった。

 きっと、杏子なら、杏子なら大丈夫だ。杏子を信じたい。私の気持ちと決断を、しっかりと聞いて欲しい。

 

「聞いて」

 

 そうだ、私は、真実を話す方を選んだ。

 

+

 

 

 

「ただいま、なのです!」

 

 玄関を開いて、中に飛び込む。人気の無い家の中で、せめて自分だけは元気良く、一生懸命に盛り上げなきゃならない。

 でも、やっぱり家の中は暗かった。お父さんはお仕事中で、お母さんは入院中だから、誰も居る筈がないんだ。

 円環に導かれる前、私はこの家が嫌いだった。一人は怖くて、寂しくて。だけど、今の私は一人じゃない。

 

「ふふんふふふんふふふふふん、なのです」

 

 即興で作った鼻歌を適当に鳴らして、階段にランドセルを置く。でも、何だか自分の家に居る安らぎとかは、全く感じられない。むしろ暗く誰も居ない部屋の中は、不安を煽る。

 まあ、円環に導かれた私は幽霊なんて怖くない、怖くない。こわくないから、こわくない。

 

(そう言ってるのに、マミは何時もテレビの心霊番組を見せに来るのです、困った物なのです)

 

 多分、怖がったマミを心配した私が、添い寝をしてあげるからだと思う。うん、怖がっているのはマミであって、私ではないのです。

 そういえば、今日のマミは一段と美味しそうにチーズを食べてくれた。一緒にチーズケーキを食べる時の、あの顔は羨ましいくらい幸せそうで、とっても綺麗だと思う。

 明日辺り、また添い寝をしてあげよう。一緒にお風呂に入った時も、マミはお母さんみたいに私を洗ってくれる。ちょっと恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。

 

「むむ、マミばっかりなのです」

 

 気づけば、私はマミの事ばかりを考えていた。まるで、他の物なんて目に入っていないみたいだ。

 ううん、本当に目に入ってないのかもしれない。一度死んだなぎさにとって、この世の未練はチーズとマミだけだから。

 それにしても、円環の理の事すら考えていないのは自分でも酷いと思う。

 でも、このままでも良いんじゃないか、そんな風に思っている自分が居るのも確かだから、構わない。

 

「ささ、今日の晩ご飯はチーズたっぷりのパスタなのですよー」

 

 冷蔵庫から材料を取り出して、戸棚から麺を引っ張ってくる。簡単な料理くらいはマミに教わっているから、一人でも平気だ。

 けど、やっぱり誰かと一緒に食べたい。

 

 そんな風に思っていると、リビングに、見知った人が座っている事に気づいた。

 暗がりの中で、たった一人。その姿は、何だか寂しさを思わせた。

 

「……マミ?」

 

 そう、あんな特徴的な髪型をした人はマミくらいだ。どうして私の家に居るのかは分からないけど、とりあえず近づいて話しかけてみる。

 

「えと、どうしたのです? チーズが足りないのですか? 私の手料理を食べにきたのです?」

「なぎさっ!」

 

 そこで初めて私の声が届いたのか、勢い良く顔を上げたマミが、私の顔をじっと見つめてきた。

 何時も通りに綺麗な人だと思う。私も、こんな感じの尊敬されるお姉さんになりたいと思った事は一度や二度じゃない。色々な意味で、私の目標だ。

 でも、今のマミは思い詰めた様な顔色をしていて、優雅さや格好良さはまるで無かった。

 

「ねえ、なぎさ」

 

 話しかけてくる声だって、とても弱々しい。

 

「?」

「なぎさは、私とずっと一緒だよね? お父さんやお母さんみたいに、どこか行っちゃったりしないよね?」

 

 マミがこういう口調になるのは、余裕を失っている証拠だ。どうしたんだろう。

 こんな感じの雰囲気を見るのは、あの偽街以来だ。もしかすると、マミは既に……

 

「お願い。私を、独りにしないで……ベベっ!」

「っ……」

 

 身体を乗り出した状態での叫び声を聞いて、私は予感が的中した事を理解した。

 『ベベ』。それは、今のマミが口にする筈の無い名前。けれど、記憶を取り戻したならば、必ず知っている名前。

 これを聞いたという事は、目の前で泣きそうな顔をしてるマミは。

 

「思い出したの、ですね。思い出してしまったのですね」

「うん、今さっき、思い出したわ……」

 

 座り込んだマミは、いつもよりずっと小さく見えた。縮こまって、怯える様に私を見つめて、それだけで胸が締め付けてられる気分になる。

 

「夢の中でね、黒いのが私の中に入ってきて、記憶が揺らされて、思い出しちゃった。全部、全部思い出しちゃったのよ」

「どうして、そんな急に……」

「分からない、分からないけど、なぎさぁ……」

 

 勢い良くマミが立ち上がり、私を強く抱き締める。手から麺が落ちた。袋は開けていなかったから、中身は出ていない。

 いつもなら素直に抱き返せる。だけど、今は背中に手を回す事だって辛かった。

 

「……本当は、私はマミと関わる人間じゃないのです。ただ、あなたを殺すか、あなたに殺されるだけの、ただの敵」

「違う、違うわ……違うのよ、なぎさ……」

 

 小さく首を振って、マミは私を逃がすまいと抱き続けている。耳元で囁かれる言葉は、チーズよりも強い誘惑だった。

 

「私は、ね。なぎさが何かなんて、どんな出会いをしたかなんて関係無い、私、なぎさが好きなの……大好きで、大切なのよ……」

 

 唇を噛んで、スカートを握り締める。円環でなければ、苦しみのあまり絶望しても不思議じゃないくらいの重みが肩に乗った気がした。

 こういう事を言われると分かっていたから、マミに記憶を取り戻して欲しくなかった。こんなにも胸が痛くなって、逃げてしまいたくなる。

 

「なぎさ、また、行っちゃうの……?」

「……ごめんなさい」私にはもう、謝る事しか許されてない。

 だって、マミと別れるのは、必然だから。

 

「嫌、いや……いやよ、いやだよ……ベベ、なぎさ、なぎさぁ……」

 

 このまま放って置いたら、マミは死んでしまいそうで、悲しい。

 本当は誰より泣き虫で、誰より寂しがり屋のマミ。ベベと呼ばれていた頃から、私は誰よりもマミを理解していたから、その姿には納得できる。

 

 でも、耐えられないのは私もいっしょ。

 

 マミは強がりさんだから、何とか一人でも我慢して戦える。けど、私は一人じゃ戦えない。マミの弱音を、苦しみを聞いて、平気ではいられない。

 

「マミ……マミ……お願いだから、そんなに、そんなに言わないで……」

「いやっ……! なぎさ、私を、置いていかないで……」

 

 これ以上、揺らさないで欲しい。私は、なぎさは円環の理、本当は此処に居ちゃいけない。

 希望を抱いたまま、世界から消えなきゃならなくて……それで、だから……だめなのにっ……

 

「わ、私っ、私だっ、て……」

 

 言っちゃ駄目。言うな、駄目。言ってはいけない。そんな事を言ったら、私は……!

 

「私、だって……お別れなんて、本当は……本当はしたくないのですっ……!」

 

(ああ、言っちゃった……)

 

 遂に言うべきじゃない事が、口から出てしまった。

 もう駄目だ、マミから離れられなくなる。どうすれば良いんだろう。マミと一緒に居ながら、円環の理としても戦うなんて、そんなのは無理なのに。

 だから、真実を話したくなかった。なのに、マミが勝手に思い出してしまったから、どうしようもなかった。

 

+

 

「……そうかよ」

 

 一通りの話を聞き終えて、杏子は小さく舌打ちをした。

 

「聞いてくれて、ありがと」

「……ああ」

 

 もう、杏子は全部を思い出している。ほむらの結界に居た事も、あの改変に巻き込まれた事も。

 いや、聞くまでも無く、杏子は半分くらい記憶を取り戻していたみたいだ。だからこそ、私を助けに来てくれたらしい。

 

「行っちまうつもりなのか、さやか」

「うん……ごめん」

「謝んな」

 

 軽く小突かれる。想像していたより、態度は穏やかだ。少し厳しい雰囲気は有るけれど、それは別れを拒絶する子が出す物じゃない。

 何だか、受け入れられている様な気がする。激しく縋られる可能性も考えていただけに、肩透かしだった。

 そんな私の意外そうな視線を受け取ったのか、杏子が顔を逸らす。その目は何処も見ていなかったけど、それはとても穏やかな感じだった。

 

「……最初はさ、気に入らねーってだけだった。昔の自分を見てるみたいでさ、ただ、それだけだったんだ」

 

 急に、杏子は思い出した記憶を語り始める。私の口出しを許さない空気が有って、決して邪魔をしようとは思えない神聖さが含まれていた。

 

「けど、あんたはあたしの心に入ってきた。誰も失いたくないから、全部捨てちまったのにね。なのに、さやかは……どんなに拒絶しようと思っても、嫌おうと思っても、出来なかった」

「……うん」

 

 相槌を打つ私の心に、暖かい物がこみ上げる。元々、自分の気持ちは素直に語ってくれる杏子だけど、今の声音は他に例が無いくらい真剣で、優しい。

 

「あたしは、何時の間にか、あんたを友達だと思ってた。最後に残った、たった一つだって。それだけ守れるなら、あたしには十分過ぎるって……」

 

 苦笑混じりの声が止まり、私の肩を掴む手に力が入る。

 見た事が無いくらい真剣な視線が私を捉えて離さず、嘘を見抜く瞳が輝いている。

 

「それでも……それでも行くのか、さやか?」

「杏子、それは……」

「お前は、それで良いのか?」

 

 それは、万感を篭めた一言だった。私の意志を問いかけると同時に、絶対に嘘を返せないと思わせた。

 円環の理なんか関係無く、私は、目の前の杏子が放つ正体不明の意志に衝撃を与えられる。

 冗談なんか返せない。誤魔化しも通用しない。ただ、本心からの言葉を求められているのが分かる。だから、私は今、自分が思っている事を杏子に話そうと決めた。

 

「私はね」

 

 私を捕まえた杏子の腕を掴み、自分の胸元に持っていく。繋がれた両手越しに、お互いの心臓の鼓動が伝わってくる。

 今なら、どんな事だって言える気がした。

 

「私には、何よりも大事っていう友達が六人も居るんだ」

 片手だけを開き、一人ずつずつ指折り確認で数えていく。

「仁美、マミさん、なぎさ、まどか、ほむら……それに、杏子」最後に、杏子の顔を指す。

 

 そんな行動に対して、杏子は無言で答えた。

 でも、声を出さないだけで、私の話はしっかりと聞いている。一言でも聞き逃さない様にって、必死になってくれている。

 

「みんなみんな、私の大切な人だよ。別れたくないかって言われたら、当然、別れたくないよ」

 

 その言葉に小さな反応が有ったが、今は無視して話を続けた。

 

「でもね」

 

 声を一度切って、顔を覗き込む。特徴的で意志の強そうな瞳が、私を写していて、何だかとっても綺麗に見えた。

 

「でもね、杏子。私は、まどかとほむらの応援をしたい、って思うの。円環の理としての使命感なんかじゃない。私は、その為に戦ってやりたい、って」

 

 それが、今の私の目的だ。

 ほむらの幸せとまどかの幸せ、それに私の気持ち。どれも取る方法が有るとしたら、それはもう、まどかが円環の理に戻るしかない。

 大切な親友が自分の願いを忘れ、やっと気持ちを理解出来た友達が苦しむ代わりに、私が幸せな時間を過ごしていくなんて我慢できない。

 だから、戦うんだ。崇高な使命なんて何一つ無い。ただの我が儘で、私は戦い続ける。

 でも、分かってる。それは、目の前の杏子を捨てる選択なんだって事くらい。

 

「ごめんね、杏子……最低、だよね。杏子を、見捨ててる様な物だもんね……」

 

 謝りつつも、頭を下げる資格すら無いと思った。

 こんなに大切に想われておいて、自分は勝手に決断して、自分が思った事へ走り去ってしまうんだ。杏子には、何発殴られたって反撃できないくらいの負い目がある。

 

「ッチ」

 

 だけど、杏子は私を殴らず、代わりに舌打ちを一つした。

 

「……わーったよ」

「え?」

「分かったって言ってるだろうが、バカ」

 

 杏子の態度が、何時もと遜色の無い物へ戻っている。

 あの悲しいくらい辛そうな顔は何処に行ったのかと思いたくなる程に穏やかで、それでいて爆発する様な感情の強さが見え隠れしているんだ。

 今の彼女は、どんな佐倉杏子より強い人に見えた。

 

「あたしは、あんたを応援する。助けてやる。それが、あんたの意志で選んだ事なら……何が何でも、手を貸すよ」

「良いの? 私は、あんたを」

「思い出したんだよ。あんたがそういう奴だから、何より大切だと思えたんだ、あたしは」

 

 得意げでありながら、抜群の力強さと頼もしさが有る。最後まで私を見捨てなかった杏子の、本当の強さが目の前に有る気がした。

 杏子は、自分が孤独になってでも私の背中を押そうと決意してくれたんだ。それがどんなに辛い事なのか、今の私には痛いくらい分かった。

 

「その代わり、あたしのお迎えには、さやかも来てくれよ? まどかだけじゃ許さないからな?」

 

 私の視線に気づいた杏子は、何だか悪ふざけを混ぜた態度を取る。勿論、心の中では相応の苦しみを受けている筈だけど、表には全く出ていない。

 こっちも、湿っぽい雰囲気ばっかり出してる訳にはいかなくなった。そうだ、こうでなきゃ張り合いが無い。

 

「もっちろん! 杏子が円環に来る日が来たら、まどかに土下座してでも着いていくからさ!」

「はは、土下座するさやかって面白いねえ? 想像できるな、ほんと」

「まあーねー」

 

 もう、今までの暗さと重さはすっかり消えていた。

 私達は揃って魔法少女に変身している。作戦を立てる前に、一つやっておかなきゃいけない事が有ったからだ。

 

「さぁて、その前にっ」

「ちょっと片づけてやるか!」

 

 揃って武器を手に取って、眼前の存在へ向ける。

 槍先と刃先が向けられた先から、二本の針が飛んでくる。それと同時に、隠れていた二つの着せ替え人形が姿を現した。

 悪魔のほむらが送ってきた、私達の監視と守護を行う使い魔達。実力的にも私達に劣らない使い魔との二対二だけど、負ける気はしない。

 何故なら、私の横に杏子が居て、私の中には円環の力が有るからだ。

 

 この状況で負けるなんて、想像もできなかった。

 

 

 

+

 

 

「ねえ、覚えてる? 私とあなたが、何時出会ったのか」

「ベベとしての記憶は、捏造された物なのです。でも」「こっちの記憶なら、分かるのですよ」

 

 私達は抱き締め合ったまま、静かに会話を続けていた。

 一度認めてしまえば楽な物で、私はもうマミと別れようとする気持ちなんか一つも思い浮かばなくなった。堕落したと言われても仕方が無いけど、誰に何を言われようが、関係無かった。

 きっと、この気持ちはマミも共有しているに違いない。その証拠に、マミは今も私を捕まえる様にしていて、合意の上とはいえ、絶対に離れない様にお互いの手をリボンで縛っているんだから。

 

「そう、確かデパートでチーズを買っていた時だったかしら」少しだけ上を見て、マミが記憶を口にする。「あなたはチーズ売場に、夢中で走ってきて。売り切れで、泣きそうな顔をしていたわね」

「泣いてなんかいないのです」

「ええ、泣きそうな顔、って言ったじゃない」

 

 悪戯っぽく微笑みかけてきたかと思うと、また何かを思い出そうとする表情に戻る。

 

「でね、偶然だけど、私は同じチーズを買ってた。だから、初対面の女の子に思わず渡しちゃった」

「あれは嬉しかったのです。運命の出会いだと思ったのですよ」

「ええっ。そうしたら、貴女は凄く嬉しそうな顔をしてさ、あげて良かったなって、思えたのよ」

 

 普段の年上ぶった口調が消えている。珍しいけど、これがマミ本来の言葉使いだ。本当に心が動いた時にしか出てこないけど、私は知ってる。

 

「それで、次に魔獣退治に行ったらビックリしたわ! あなたが戦っていたんだもの」

「そうそう、会ってすぐ、話しかけられたのです。『あ……チーズの子』って。いや、間違ってないのですけど」

「ふふっ、そうだよね。そう、そんな出会いだった。だからもう、貴女とチームを組めた時は嬉しかったの、辛い筈の魔獣退治が、御花畑で踊っているみたいに思えたのよ」

「私も、チーズ畑に居る気分だったのです。だから、マミは黄色なのです」

「もうっ、これは生まれつきの髪色よ?」

 

 ああ、マミとの会話はこんなにも嬉しく、幸せで、楽しい。この手を振り払う理由は、何処にも無い。少なくとも『百江なぎさ』個人には、マミを放っておける理由なんか一つも無かった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

 

 

 

 

 マミの声が不思議と響く。耳元から聞こえるんだから、当然か。けど、この声は好き。聞いていると、何だか安らいでしまうから。

 でも、マミの声音は辛すぎた。今までの思い出を楽しげに語っていた雰囲気が嘘みたいに、呪いに染まり上がっていた。

 世界が書き換えられる前であれば、魔女になる寸前かと思える程に。

 

「なぎさ、これからどうするの?」

 

 極寒に近く、灼熱に遠い。ひたすら寒々しい言葉が、私を完璧に捉える。

 腕が痛い。よく見ると、私を捕まえたリボンへの締め付けが強くなっていて、マミと私の腕から血が流れ出している。

 それに、マミの肩に乗った、黄色の小さな魔女の姿が見えた様な……

 

「マミっ!」

 

 反射的に、マミを押し倒す。後頭部がクッションに当たる様に加減して、身動きを取らないマミを押さえつけた。罪悪感が込み上がってくるけど、今は忘れよう。

 このままのマミを放ってはおけなかった。いや、私を置いて先に円環に導かれるなんて、許しちゃいけない。私を捕まえておいて、先に逝くなんて絶対に認める訳にはいかない。

 

「マミ」

「あっ……なぎさ?」

 

 驚きからか、マミの声に正気が戻る。でも、相変わらず濁ったままの瞳が痛々しくて、目を背けたくなった。

 でも、絶対に背けない。マミをじっと見つめて、私の全身をマミの身体に被せる。柔らかで、暖かな身体から来る、お母さんみたいな感触が気持ちいい。

 だけど、今の弱りきったマミは、頼りになる人じゃなくて、私が助けてあげなきゃいけない相手として見なきゃならない。

 マミのソウルジェムはすっかり濁っていた。それを手持ちのグリーフシードで浄化しながら、マミと私の腕から流れて混ざった血を、思い切って舐め取る。

 

「ひゃ……」

「んっ……マミの血はチーズ味なのです」

 

 鉄の味だけど、マミのだと思えばチーズ味に思えてくる。

 のし掛かって、血を舐めて。まるで、私がマミを襲って食べているみたい。そんな連想をすると、あの最後の夢で見た光景が蘇ってくる気がして、慌てて首を振った。

 

「ねえ、マミには、感謝、しているのです。それに、私もマミが大好きなのですよ。だから」悪魔みたいな提案を、口にしてしまう。「一緒に、行きましょう」

「え……」

「マミが一緒に円環に導かれれば良いのですよ。私は、マミが来てくれるなら歓迎するのです」

 

 困惑するマミの隙を突いて、リボンを噛んで裂く。私達を繋げるのに、リボンなんて要らなかった。だって、そんな拘束が無くたって、私達は手を握り続けていたんだから。

 

(あぁ……マミ……マミ……)

 

 一緒に死んで欲しいなんて、普段のマミに言ったらきっと怒られるだけじゃ済まない。 

 けど、今はそれがとっても魅力的な提案だと思えた。この命一つで、独りぼっちの私達は二人ぼっちになれる。こんな幸せは、他に無い。

 それにもう一つ、可能性は低いけど、この世界に留まる方法が無い訳でもないんだ。

 

「それに、もしかしたら、無理を言って此処に残る事も出来るかもしれないのです。今の私は、殆ど人間なのです」

 

 これも、希望の一つとしては確かに存在する。

 でも、多分無理だと思う。まどかは私の気持ちを汲んでくれると思うけど、現世に未練が有るからって、そう簡単に生き返る事は許してくれない。

 『なら、まどかの記憶を戻さなくても良いんじゃないか』そんな気持ちが浮かぶが、多分、それを決めるには遅すぎた。

 記憶を取り戻したから、分かる。この世界で感じられる円環の理が放つ気配が、どんどんと大きくなっていく事が。

 

(私が何かするまでもなく、円環の理は姿を見せるのです、きっと……)

 

 でも、円環の理を元の状態に戻すのは、自分の使命だ。これを片づけさえすれば、私はさっさと理に戻る……今度は、マミと一緒に。

 そんな邪悪な感情を抱いていたからか、自然に手がマミの首筋に振れていた。何だろう、無性に歯を立てたくなる。この綺麗な肌に傷を付けたくなってしまう。

 ああ、マミの瞳が揺れていた。きっと、怖がってるんだろう。誰だって死ぬのは怖い。でも、大丈夫。円環に導かれた先には、私との永遠が待っているのです……

 

「でも……でも」

「これからは、ううん。これからも、ずっと一緒。なのです」

 

 はっきりと、意志を告げた。マミとの一緒の時間こそ、今の私の全てだと、言った。

 

「……ええ、そうね」

 

 マミの目に、決断が宿る。酷く濁っているのは気のせいだろうか。ソウルジェムは輝き、雰囲気は溌剌としていて絶好調に見えるのに、瞳だけが異様な物を宿している。

 

「起きても、良い?」

「どうぞ、なのです」

 

 クッションからマミが起き上がり、一瞬にして魔法少女の姿になる。私もそれに合わせる形で魔法少女に変身しておいた。

 二人とも、腕の傷はそのままだ。簡単に治せるけど、これは私達の絆の証だから。

 

「ふ、ふふ……さあ、私達の一世一代の晴れ舞台なのです! 派手に行きましょう!」

「ええっ!」

 

 一気に調子を上げて、手を繋いだまま走り出す。リビングを飛び出し、玄関の扉を吹き飛ばして、外へ出た。

 玄関先に、二つの人形が居た。

 どうやら、私達を驚異と認めたみたいだ。でも、こんな玩具、私とマミにかかれば敵にもならない。

 

「消えなさいっ!」

 

 瞬時にマスケット銃が姿を見せて、誰も反応出来ない程の神速で人形の頭を打ち抜いた。

 崩れ落ちた人形に、追い打ちでシャボン玉を放っておく。命中した部分が爆発し、後には何も残らない。

 

 

 さあ、早く使命を片づけて、まどかの記憶も戻して……私が此処に留まれないなら、マミを円環に連れていこう。

 

 

 なんだか、今の自分はちょっと病んでいる気がする。けれど、マミの為に病めるなら、何の躊躇いも必要無いと思った。

 

(ん……不思議なのです。開き直ると、こんなに清々しく呪いが湧き出る物なのですね……これが、悪魔さんの見つけた『愛』?)

 

 

 

 今頃、さやかは杏子と話をしているのかもしれない。あちらは、どんな結論を出したんだろう。私達と同じ事は、きっと考えないだろう。

 

 あの二人がそんな道を選ぶなんて、まず無いだろうから。




『それぞれの選ぶ希望よりも熱く絶望よりも深いもの』はそのままの意味です。別れを伝えられる側の三人、ほむら・杏子・マミの組み合わせですね。彼女達が、パートナーとの別れに対してどの様な反応を見せるか、という方向性で、私の視点から書きました。杏子ちゃんは背中を押して、マミさんは止めようとして、ほむらちゃんは一度受け入れかけるけど最終的には無理矢理にでも止める、という感じです。
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