「はぁっ、はぁっ……!」
走る。
「こんなカルデアに召喚されるなんて、私もついてないなぁ……!」
走る。
「……ふぅっ、ようやく着いた。腰が痛い」
走り続け──到着したのは、今まで一度も訪れたことの無かった部屋だ。
ドアの横にある札に『サポート転送室』という文字が記されてるそこは、ここまで全力で走ってきた
多くの別れを。一方的な追放を嫌という程繰り返してきた藤丸立香にとって、この部屋は二度と訪れたくない拷問部屋だ。
初めてサーヴァントを──ランサー、アルトリア・ペンドラゴンを追放したあの日から、彼は追放以外でこの部屋に来ることはなかった。
なぜなら彼は新宿で出会った白髪のアーチャーから『真実』を聞いたその時から、他カルデアへのサポート、その一切を断ち切っていたからだ。
二度と
そんな藤丸の健闘も虚しく、契約した数多のサーヴァントたちはその手から零れていってしまったが。
とにかく、積み上げてきた努力も信頼も何もかもを奪った原因であるこの部屋へ、藤丸立香は絶対に足を踏み入れたくはなかった。
──しかしそのような事、藤丸のサーヴァントである
「ふむ。このコフィンの中に入り、外側のボタンを押せば転送するわけか」
「──待ってくださいッ!」
アーチャーが荷物と共にコフィンの中へ入ろうとしたその瞬間、張り裂けるような叫びと共に転送室のドアが音を立てて開かれた。
肩で呼吸をしながら、血走った瞳でアーチャーを見るその人物は──
「おや、シールダー君ではないか。こんな所までわざわざご苦労だネ」
「一体……! 何をするつもりですか……!」
シールダー・マシュ。
マシュ・キリエライト。
数多の並行世界に存在するマシュ・キリエライトの中で、それこそ星の数ほど存在する『もしも』の中で、カルデア職員を──人間を明確な殺意をもって惨殺した
「何って……見て分からんかね? わざわざこの部屋に訪れて──やる事など一つしかないだろうに」
そんな彼女をからかうように軽い調子で返事をしたアーチャーは手に持った杖の先をマシュに向けた。
アーチャーの持つその杖は仕込み銃であり、引き金を引けばサーヴァントにもダメージを与えられる代物だ。
しかし、それを知っていても尚マシュは怯まない。
「いいえ! いいえ、いいえ! 駄目です! 許可できません! 一切ッ!」
「君の許可など必要ないように思うが……」
アーチャーは苦笑する。
大切なものを失わない為に必死になって追い縋ろうとする少女の姿はとても儚く美しい……と、普段ならそう思うのだろうが、数刻前の惨状を知っているアーチャーの目には、今のマシュは何とも惨めで哀れにしか映らない。
目の前のマシュは血
自分の血と返り血で真っ赤に染まっている彼女の姿は、怪物と言っても過言ではない。
もはや人理を守ろうと奔走していたあの健気な少女はいない、気高き
「流石に私でも解るよ」
「なっ、何がですか!」
「今の君はきっとマスターには相応しくない。……なんて、ただでさえ胡散臭い私にすら言われてしまうのだから間違いないだろう」
「勝手な事を言わないでくださいッ! マスターは! 先輩はッ! 『またよろしく』って仰って下さったんです! 私をまたサーヴァントとして──」
「んー、果たしてそうかな?」
心底気の抜けるようなアーチャーの声音を聞いて、マシュの言葉は止まってしまう。
飄々とした雰囲気を崩さないアーチャーは、押し黙ってしまったマシュをその目で射抜いた。
「彼を脅していた様に見えたヨ。私にはね」
「………そ、そんなことは」
「そう否定しないでくれたまえ。あそこまでして彼を裏切ったならず者に、彼に対してまだ誠意があるだなんて悪いジョークだ」
「この身は! この身はマスターと共に……っ!」
「共にないだろう。あれば彼の心を必要以上に傷つけたりはしない筈だよねぇ」
責めるような口調ではなく、敢えて明るい声音で語るアーチャー。
「失態どころの話ではない……っと、いけないな。こんなにも虫唾が走る様なセリフを喋ってしまうなんて、私も相当イカレてしまったらしい。まさか自分の事を棚に上げた発言をしてしまうとは……あぁ。まいった、私の負けだ。所詮は私もこの狂ったカルデアの一員だった、というわけか」
「……そんなの」
肩を竦めて小さく笑うアーチャー。
そんな
「そんなのどうだっていいんです! 先輩をッ! 先輩を返してくださいッ!!」
アーチャーのいるコフィンへ向かって駆け出すマシュ。
彼女の行動を見てアーチャーは溜め息一つ。
「返すわけにはいかないねぇ。だってマスター君、このカルデアにいたら死んでしまうよ。マスターの命を最優先に考えるのがサーヴァントなのではないかネ?」
のち、引き金を引いた。
銃口から発射された銃弾が転送装置の起動スイッチを掠めると同時に、アーチャーは
「やめてっ、まって、せんぱいをつれて、いかないで──」
血涙を流しながらマシュはコフィンに手を伸ばしたが、もう遅い。
転送は始まってしまった。
「さようなら、マシュ・キリエライト」
さようなら、狂ったカルデア。
★ ★ ★ ★ ★
「……あれ」
意識が覚醒した時。
まずは薄らと瞼を上げる。
「……っ?」
視界がボヤけてよく見えない。
右手の甲で目を擦り、改めて目の前を確認する。
「…………マシュ?」
「あっ、目を覚まされましたか?」
「……えっ」
藤丸立香は見慣れた少女に声を掛けられてようやく、自分の現在の状況を把握した。
ベッドだ。自分はベッドの上で、上半身に軽い掛布団をかけられて寝そべっているのだ。
「───マシュっ!?」
そして藤丸は脳に深く刻み込まれた彼女への恐怖を思い出し、反射的にのけ反ってしまう。
結果、バランスを崩した彼はベッドから転げ落ち、見事に背中を硬い床に叩きつけてしまったのだった。
「い゛っ! ……い、いてて……!」
「だ、大丈夫ですか!?」
目覚めてから急に驚いてベッドから転落した彼を心配して駆け寄るマシュ。
そんな彼女を見て藤丸は少しだけ違和感を覚えた。
「目覚めたばかりで気が動転しているのですね……これ、お水どうぞ」
「……ぁ、」
記憶の中では自分に激しい執着を見せ、凶行にまで走った彼女からは考えられない、労わる様な優しい声音。
思わず『ありがとう』を言葉にできないままマシュから水の入ったペットボトルを受け取ると、彼女は立ち上がって部屋のドアを開けた。
「目を覚まされたので、とりあえず私は先輩を──あっ、いえっ、マスターを呼んできますね! すぐに戻ります!」
「…………ぅ、うん」
「はいっ。では!」
元気のいいマシュは部屋を後にし、カツカツと足音を立ててどこか別の場所へと向かっていった。
部屋にはただ一人、呆然としたままペットボトルを握った藤丸だけが取り残されている。
「……どう、なってるんだ」
まるで自分の置かれた状況が理解できない藤丸は小さく呟き、脱力するようにベッドへ腰を下ろした。
ペットボトルの水を喉に流し込み、ふと部屋を見渡してみれば──そこには既視感が。
(ここ、マイルームか……?)
簡素な造りながらも自室としての体裁は保っているシンプルな内装。
とても見覚えのある部屋だ。あんなに長く時を過ごした自室を忘れるはずもない。
些か見覚えのない写真立てや私物などが散見されるものの、全体的には藤丸が過ごしていたあの部屋で間違いない。
「おやおやマスター、お目覚めかな」
周囲を注意深く見渡していると、部屋のドアが開かれると同時に聞き慣れた声が耳に響いた。
ドアの方へ視線を動かせば──そこにいたのは新宿のアーチャーことジェームズ・モリアーティ教授だ。
散々自分を裏切ってきたサーヴァントたちの中で様子が変わらなかった唯一の存在である。
(……そうだ、教授は)
彼は召喚時から追放時期まで徹頭徹尾、ブレることなく藤丸立香を嫌っていた。
そりが合わない、どうしても意見が食い違う、互いに心を開かない。
二人が二人を信頼せず、また絆を深めなかったからこそ、彼らは今こうしてここにいる。
「……他の、カルデアの皆は」
「意外だな。聞きたいのかね」
「……うん。俺、腐ってもマスターだから」
「そうか。ならば教えよう。そして端的に結論だけを述べよう」
こほん、と咳払いをしたジェームズは藤丸のいるベッドの前に置かれた椅子に座り、淡々と事実だけを告げた。
「おそらく全滅だ。我々二人以外は全員」
その言葉を聞いた藤丸は一瞬、息が止まった。
──しかし、程なくして彼は平静を取り戻す。
「……そっか」
「うむ。この場所も君が残していた唯一のフレンドである
「うん、わかってる。一人で俺をここまで連れてきてくれたんだろ? ありがとう教授」
「ま、君のサーヴァントだからネ。当然と言えば当然さ」
お互い、どこか一定の距離感を持って接している。今までもずっとそうだった。
だが今は少しだけ、ほんの少しだけ近くなったような、そんな気がする。
「……さて教授。全滅とは聞いたけど、さっき質問したように俺は記憶が混濁してるみたいなんだ。今回の事、また一から説明してくれるかな」
「それは構わないが……面倒だからこの際隠していた事も全て言うよ? 怒らないでくれたまえよ?」
「うーん、どうかな。自害せよアーチャー、とかついやっちゃうかも」
「勘弁してくれ……」
「冗談だよ。……あははっ」
誰かに冗談を言ったのはいつぶりだろうか。
果たして他の並行世界に、自分の罪を簡単に明かしてしまうジェームズ・モリアーティはいるのだろうか。
二人の主従は互いにそんなくだらない事を考えつつ、まるで雑談の様に自分たちのカルデアについて振り返っていった。
ある日、一人のサーヴァントが変貌した。
まるで英雄にあり得るはずもない『性快楽への堕落』という精神汚染を受け、抗う間も無いままマスターを裏切った。
そしてソレは他のサーヴァント──ひいてはカルデア全体へと拡散した。
厳密には『性快楽への堕落』ではなく『感情の歪曲』。ある者は前述のとおり性に溺れ、ある者は自ら命を断ち、ある者は依存の対象をマスターから他のマスターへと入れ替えては戻してを繰り返す。
事態は明らかに何者かの仕業だったが、それを察したところで藤丸のカルデアに事態を収束させるだけの力は既に残っていなかった。
故にジェームズは延命措置を図った。マスターに危害を加える可能性を孕んでいる、既に精神汚染が進んでいるサーヴァント達を唆し、他カルデアや微小な特異点へと送り込んだ。
正気を失っている彼らは狙い通り一線を越え、マスターの逆鱗に触れ、彼に永久追放をされてカルデアを去った。それで少しはマスターの危険も減った筈だった。
しかし、誤算が。
精神を病んだ彼らは
戻ってきたサーヴァント達は一見するとマスターに再び忠誠を誓ったようにも見受けられたが、所詮は一時的な感情の動きに過ぎない。
程なくして彼らは行き場を失った感情を爆発させ、暴走を始めた。
敵も味方も関係なく殺し、ただ自分一人が藤丸の傍にいるために戦い、彼を奪い合う。彼らにとってマスターこそが最後の心の拠り所だったから。
だがそんな狂気に染まったカルデアに残っていては、いずれ藤丸は確実に命を落とす。その証拠に彼は戦いに巻き込まれて記憶が飛ぶほどの攻撃にも被弾した。
故にジェームズは藤丸の安全の為、彼を連れてこのカルデアへと避難したのだ。
藤丸が唯一残していたフレンド──あらゆる面で『正解の道』を辿っている
「あー! 本当に起きてる!」
丁度二人が話し終えた辺りで、マイルームのドアが再び開かれた。
部屋に入ってきたのはマシュともう一人。
赤が濃いオレンジ色の髪の毛をした、セミショートヘアの少女。
シュシュで結んだ一房の髪を揺らしながら、彼女──『藤丸立香』はその場を駆け出し、ベッドに腰掛けている藤丸に正面から抱きついた。
「藤丸くんっ!」
「うわっ。ちょ、立香ちゃん……?」
突然の抱擁に驚く藤丸。
構わず、立香は抱擁の手を緩めない。
「よかった……本当にっ、本当に無事でよかった……!」
「……ごめん。ありがとう」
もう一人の自分ともいえる存在に抱きしめられ、自然と藤丸は顔が綻んでいった。彼のこの感情を人は『安心』と呼ぶ。
マスター二人の、この二人にしか理解できない心境を汲み取り、マシュもジェームズも言葉は発さない。ただ静かにその二人を見守っている。
人理修復に乗り出した頃から、そんな新米マスターだった頃から交流のある立香と藤丸。
今までは携帯端末の画面越しでの会話しかしていなかったにも拘わらず、二人は友人──親友とも呼べる程に近かった。故に、今のこの場で初めて直接会ったことにもさほど緊張はしていない。
「ずっと、ずっと辛かったでしょ? なのに私っ、自分の事だけで精一杯で。なんて言ったらいいか……」
「謝らないで。立香ちゃんは何も悪くないし、こうして匿ってくれただけでも……本当に、言葉じゃ表せないくらい感謝してるんだ」
「……藤丸くん」
優しい声音で立香を宥めた藤丸はそっと彼女との抱擁をやめ、肩に手を置いて正面から向き合う。
その真剣な眼差しで、立香の目をしっかりと見つめたまま、彼は言うべき言葉をハッキリ言った。
「俺、こんな俺をカルデアに受け入れてくれた君の……立香ちゃんの力になりたいんだ」
「ふぇっ」
「自分の世界から逃げてきた臆病者だけど……それでも、俺に出来る事をやらせてほしい。何でも言ってくれ。魔術はロクにできないけどガンドなら当てるの上手いし、なんなら教授もコキ使ってくれて構わないから」
「ちょーっとちょっとマスターくん? 流石に少しサーヴァント使い荒くない? 私ほんとに死ぬ思いでここまで君を連れてきたんですけど! 休暇くらい欲しいんですけど!」
藤丸とジェームズがあーだーこーだ言い合っている最中、マシュは視線を彼らから自らのマスターである立香の方へと動かした。
視線の先で、藤丸の隣でベッドに座っている立香は……少しだけ顔が赤くなっている。
「……うぅ~」
(せ、先輩……!?)
どんな紳士的なサーヴァントに優しくされようと、顔面偏差値が暴力の域に達している『顔がいい』サーヴァントに言い寄られても、全く靡かず気丈に振る舞い、それどころか笑って対応していたあの立香とは思えない──見たことのない反応を見て、後輩デミサーヴァントは胸が高鳴った。
(先輩もそういう感情がしっかりあったんですね……! よかった……!)
この世界のマシュは立香に恋焦がれているわけではなく健全な信頼関係で成り立っているためか、彼女が抱いた感情は嫉妬ではなく関心、いや感動。もはや保護者的な目線であった。
「と、とにかくっ!」
揺れる感情を切り替えるように声を出し、ベッドから立ち上がる立香。
そしてパンパンと両手で頬を軽く叩いて表情を真剣なものに切り替え、隣にいる藤丸へと向き合った。
この切り替えの早さ、場の弁えこそ立香が藤丸立香たる所以なのかもしれない。
「……藤丸くんのカルデアは、私たちの世界にも影響が出る程の『特異点』になってる。これを放っておくわけにはいかない」
そう言いながら立香はマシュに渡された端末を藤丸に渡した。
端末を受け取った藤丸は画面をスライドしていき、自分のいた世界が今どうなっているのかを理解し、顔を強張らせる。
「さっき藤丸くんは力になってくれるって言ったよね」
「うん」
「なら──特異点修復、一緒に来てくれる?」
手を差し伸べる立香。
深呼吸をし──すぐさまその手を取り立ち上がる藤丸。
「もちろんだよ。こちらこそ……俺の仲間たちを眠らせるために、協力してほしい。お願いします」
「……うんっ! 一緒にがんばろ!」
明るい笑みで返答してくれた立香に釣られて、藤丸も自然と笑った。
その様子を見て、二人のサーヴァントもホッと息をついたのだった。
あらゆる並行世界で唯一マスターが二人存在するカルデア──彼らが次に向かう先は、愛と憎悪にまみれて破綻した別世界のカルデア。
自らが元居た世界を特異点として修復するという事実を目の当たりにして、ジェームズはふと思った。
(どこで間違えたのか……遠い場所の話だと考えていたが、どうやら私たちの世界も『もしも』になってしまったようだな)
溜め息を吐いた。狂気に染まったあの世界に敗北した自分の宿敵も、せめてこの手で葬ってやろう。
そしてマスターを陥れた黒幕も必ず暴いてみせる──なんて、ついに自分まで探偵ごっこを始める事になってしまった事実に辟易しつつ、ジェームズは自らのマスターに付き従うのだった。
【亜種並行世界Ⅱ:感情歪曲城塞 カルデア】
シリアス寄りのイベント。いろんな場所で闇堕ちした鯖と戦ったりする。
ラスボスは別世界のマシュ。真ボスは見たことない新キャラ。神格寄りの鯖の精神汚染もできるので多分だいぶヤベーやつ。
クリアすると配布で『藤丸&ジェームズ』が貰える。アンメア的な二人で一人の鯖。
ジェームズ・モリアーティ:(マスター藤丸)
藤丸のことは好きではなかったものの、無関心に近い方の嫌いだったので歪曲してもあんまり変わらず。むしろ感情が反転した分少しだけ距離が縮んだ。少しだけ。
立香世界のほだされてる自分を見てちょっと呆れた。あとバーの弟子入りした。
藤丸立香:(歪曲世界)
他世界の主人公に比べて少し精神が弱い。歪曲事件のせいでメンタルボロボロ。
でも本気出せば『藤丸立香に出来ること』はやれるので腐っても藤丸立香。
ジェームズ以外のサーヴァントとはもう契約しないと決めた。
藤丸立香:(正規世界)
要するに皆がプレイしてるFGOに近い世界線のマスター。
健全オブ健全なので鯖が寝取られたりとかはしない。ヤンデレ要素は溶岩水泳部が頑張ってる。
実は藤丸の方が少し先輩なので最初はこっちが頼る方だった。
チョロイので大分初期の頃から藤丸が好き。