バンドリカレンダー企画! ~みんなで繋ごう、ガルパの一年を~   作:大里野上

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本日は、マヨネーズ撲滅委員長さんです!


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代表作:https://syosetu.org/novel/157872/
作家ページ:https://syosetu.org/?mode=user&uid=96821


12月・雲母坂

 ただ、逆算的に導かれた時刻に則って起床し、惰性がままに長針を廻し、それら凡てを清算するべく目蓋で意識を塞ぎ込む。

 きっと、それらが『日常』と呼ぶべき集合体だろう。一つ一つ、事細かに解体すれば凡庸にも程があるぐらいの要素が(ちりば)められた、それら。

 

 雑に全容を捉えたとしても、第一印象を(たが)えないであろうそれらは。結局、酷く面白くない。

 今日の『日常』を刈り取って明日へと強引に貼り付けようが、きっと不都合なことはあるまい。そう確信しうる根拠が、十数年生きた経験から己の根幹に根付いていた。

 

 だから。これからするであろう行動も、きっと比較すれば単調な代物なのだろう。

 

 

 


 

 

 

 やや擦り切れたかと過信してしまう程、踏み慣れている石階段を登っていく。何段目がひび割れて欠けているのかすらも、今の自分は容易く把握していた。

 やがて、一分と時間を費やさずに登り切った先には、こじんまりとした公園があった。

 

 正確には、見捨てられた空き地と呼称するべきだろうか。手入れがされていないであろう滑り台やジャングルジムは所々ペンキが剥がれ落ちて、粗い錆色を曝していた。

 ちょっとした高台に位置するこの広場は、眼下の住宅街を気軽に眺めることができる穴場なのだ。

 ────最も、目的の光景は()()ではないのだが。

 

 少しばかり敷地を進むと、鉄柵の前に朽ちた木製のベンチが設置されていた。慣れた所作で中央に座り込めば、いつも通りの見慣れた光景が待っていた。

 

 ここは、云わば自分だけの特等席だ。少なくともここ1、2年の間に利用したのは自分だけであろう。

 質感は最悪で、時折ささくれの棘で痛い思いをすることもあった。それでも、対価として得られる景色だけは、何処までも一級品だった。

 

 そして、これもまた『いつも通り』に。下ではなく上を見上げた。徐々に黄金色から宵闇へと塗り替わりつつあり、それでもまだ辛うじて空色を保ちつつある碧空(へきくう)を。

 

 幻想的だった。それを評するため数多に着飾った言葉が陳腐に思えるぐらいの、神秘に満ちた絶景。

 昼と夜。光と闇。陽と陰。何かと対極に位置づけられる二つの存在が、幾許ながらに混ざり合う事を赦された、この黄昏時。

 何時だったか。存在すらも忘れ去られてしまっていたこの場を発見して。生まれて初めて、時間を忘却する程の感動を覚えたのは。

 

 古代より人は、空に夢を見出したという。それこそ、宇宙や星々などが典型的な代表例なように。

 それこそ、脈々と受け継がれている遺伝子に刻まれた共通認識なのかもしれない。人類は天を(たっと)ぶことはあっても、怨むことなど有りはしないのだから。

 

 この黄金時間こそが、このちっぽけな空間の唯一の取り柄みたいなものだった。 それこそ、ちょっとしたスポットになっても違和感がないくらいに、特大級な長所が。

 

 自分は、変わり映えしないこの日々の中で唯一、憧憬(どうけい)を抱かせるこの光景が好きなのだ。

 この『いつも通り』の光景さえあれば、その他の物全てが停滞しても構わなかった。

 

 

 


 

 

 

 今日の『いつも通り』とやらには、幾つか訂正が必要なようだった。

 

 一つは、やや訪れる時間を違えてしまったが故か、眼前に広がる光景が既に橙色であったこと。清々しいまでの青空からの変化も好みであったためにやや残念であった。12月に突入し、日の入りが感覚より早くなったのも要因の一つなのだろう。

 もう一つは────

 

「……おや~? こんな所にお客さんとは、中々珍しいですな~」

 

 素性も知れぬ女子高生が、自分の特等席を先取りしていたことだった。

 クリーム色と灰色の狭間に位置する様な髪色をしており、着用している制服は時折駅前で見かけるのと一致していた。此方へと向けられた視線は好奇心で満ちており、まさに年頃の少女等身大といった所だった。

 

「……誰だ、お前?」

「酷いな~。そんな警戒した顔しないでよ~」

 

 あからさまに傷ついた表情をする女子高生。出会ってまだ五分と経たないが、それが意図的に作られたものだというのは直ぐに察せた。大体、警戒するなと不審者に言われたら逆に身構えてしまうではないか。

 こちらの考えを何となく伝わったのか、若干慌てつつも弁明を始めた。

 

「ちょっと空を見にきただけなんだよ〜。ここは眺め良さそうだしね〜」

「……まぁ、そういう事なら」

 

 やや納得が行かない気もしたが、それを追求してこの時間を失くすのは惜しい。ただでさえ自分は乗り遅れているのだから、利害の計算に従って我慢することにした。

 冷静に考えてみれば、この場の所有権など互いに持ち合わせていないのだから苦言を呈するのもお門違いだった。

 しかし、感情とは現実と相反するもの。だからせめて、溜息を零す事ぐらいは勘弁して欲しかった。

 

 地上の喧騒とは打って変わって、上空は静謐に包まれていた。時の流れすらも優しく歪ませてしまいそうな程の魔性が、自分の心を満たしていた。やはり空は素晴らしいものだという不変の事実を再認識していた。

 

 しかし、今日は(すべから)くが狂っているらしく、その余韻を消し飛ばしたのも、やはり彼女だった。

 

「うーん。もう見頃は終わったことだし、危なくなる前にもう帰ろうかな〜」

 

 一面琥珀色から徐々に暗闇に切り変わろうかという瀬戸際に、そんなことを宣って立ち上がる彼女。特大級の爆弾発言に思わず目を剥いた。自分からすれば、それは正気を疑う所業だ。

 それだけでも信じられない事態だというのに。彼女が浮かべる表情は何処か、────不完全燃焼気味であった。

 

 それが気に入らなかった。唐突にお気に入りの場所に現れたと思ったら、(ことごと)く地雷を踏み抜く気なのだろうか、こいつは。

 

「……何言ってるんだ?これからが本番だろ」

「え?」

 

 最早意地だった。中学生の頃辺りに置き去りにしてきた反骨精神が、ふと蘇ってきたのだ。彼女に一泡吹かせたいという、一方的な敵意。

 不意をつかれて呆けた彼女を一旦忘れて、自分は上空を見上げた。丁度、刻限だった。彼女も釣られる様に自分と同じ動作を繰り返し、そして同様に魅せられた。

 

 オーロラの様に多色のグラデーションが、自分たちを包み込んでいた。葵色に染め上げられた雲海が、端から姿を現して煌めく星々が、別れを惜しむ様に差し込む陽光が。ある種の芸術を生み出していた。

 昼間と夜間を繋ぐ刹那が織りなす、絵の具では擬きにしか成り得ない程の風景。これを見逃すなど勿体ないのではないかと、そんな純粋な想いが彼女に対しての言葉となっていた。

 

「確かに夕暮れも綺麗だが、その後だって捨てたもんじゃないだろ?」

「…………」

 

 少し気障ったらしい台詞かとも考えたが、貪る様に目に焼き付けている彼女にとっては些細なことだろう。事実、自分の言葉に対して彼女は身震い一つすら返さなかった。

 興味がない人であろうと、この数分だけは思考すらも置き去って遥か彼方に想いを馳せる。今、彼女の心象奥深くにはこの光景が否が応でも刻み込まれることだろう。

 

 彼女とはもう二度と会うことはないだろう。だから、こんな終わり方も悪くはないと妥協することにした。明日からはまた、孤高の鑑賞会と洒落込もうではないか。

 

 

 


 

 

 

 予想とは、外すために存在しているのだろうか。そう哲学のような疑問を抱えたのはこれで幾度目か。

 

「ふっふっふ〜。待っていたよ、少年」

「……今日も来たのか」

「当然だよ~。ここの眺めは『モカちゃんのランキング』トップ3に入っているからね〜」

 

 やはり今日も、彼女はいた。傲慢にも特等席を奪い取り、紙袋を片手に自分を待ち構えていた。そもそも、その『モカちゃんランキング』とやらは一体全体なんだというのか。

 溜息を零そうが、(うつつ)が夢へと変じることはなかった。

 

 しょうがなく、道中で調達して携えていたものを緩やかな放物線を描くように放り投げる。見事に彼女の手元に収まったそれは、自動販売機にあった駄々甘いコーヒーだった。

 この程度の些細な嫌がらせしかできない己を恨みたかった。

 

「お~、あったかーい。差し入れとは、モカちゃん的にポイント高いよ~」

「……いや居座るなよ。さっさと帰れって遠回しに言ったんだけど」

「あたしを追い出そうだなんて、酷いな〜。よよよ……」

 

 掌を目元に添えて泣き真似をする彼女。覆いきれていない唇がにんまりしているのが、視界に入るだけで妙に腹立たしい。

 

 ここ最近、毎日のように出現する様になった彼女は、度々と自分が余韻に浸るを邪魔をしてばかりだった。

 ある日はフランスパンに噛り付きながら、とある日はチョココロネを矢継ぎ早(やつぎばや)に食しながら。自分のことを待ち構えるようにしてベンチに居座っていた。

 

「ん~?。急に黙って何を考えてるのかな~?照れてるならそう言えばいいのに~」

 

 ともかく、隣に跋扈(ばっこ)する存在は自分にとって、晴天を遮る雨雲のようであった。初めて出会ったあの日、あの瞬間に彼女を留めたのを若干後悔していた。

 

 しかし、故に気になるものだ。脈略もなく唐突に訪れた、彼女の意図を。それすらも知らないで納得することなど無茶にも程がある。

 

「何故、急にこんな場所に来ようって思ったんだ?」

「おー?ついにモカちゃんのことに興味持ったね〜。まさか、惚れちゃった?」

 

 これまた小馬鹿にする様に此方の瞳を覗き込む。その距離感が乏しい行為に対して、若干仰け反ってしまう。そういう態度が彼女の嗜虐心に似た何かを燻ってしまうのだと分かってはいたが、性分なのだから仕方がない。

 

「茶化すなよ。自分はここに何年も前から来ているけど、お前みたいな女子高生どころか、人っ子一人すら見た事ないぞ」

「……まぁね〜。モカちゃんが初めて来たのは、君と出会った日だったから〜」

「じゃあ、どうして?」

 

 自分の疑問に対して、彼女は数秒ばかり間をおいてようやく返答した。幾ら間延びしたような口調である彼女であろうとも、それは無言といっても差し支えないであろう間隔だった。

 そして、その声色は数少ない付き合いの中で、初めて聞く類のものだった。

 

「ちょっと、ね。色々分からなくなっちゃったんだよ」

 

 そう、今すぐにでも涙を零しそうな表情をする彼女。何が彼女の周囲であったかは分からないが、お調子者の面が剥がれ落ちるぐらいには彼女を追い込む案件なのだろう。

 

「あの日、君に呼び止められた時に、何でかわからないけどね。きっと、答えが見つかるんじゃないかって。そう思ったんだよ。もしかしたら、これも運命の出会いなんじゃないかな、ってね」

 

 そう告げる彼女の表情にふざけた要素は微塵もありはしなかった。その真摯なまでに真剣な眼差しを前にして、自分はただただ頷くだけ。それ以外の動作を実行することができなかった。

 

……そういう所が、彼女はずるいのだ。

 

 

 


 

 

 

「で、あれから問題は解決したのか?」

「……随分と直球だねー」

 

 珍しくげんなりした表情を彼女は浮かべる。恐らく、現実逃避に近しいことをしていたのだろう。しかし、そのまま放置しておけば解決など有り得ないだろうし、それこそ年を越してしまうだろう。

 それではこちらも迷惑だ。いつまでも隣で逡巡(しゅんじゅん)されていては気が散るし、そして何より。

 

────彼女にそんな表情は似合わないと思ったから。

 

「……別に?隣で辛気臭い(しんきくさい)顔されてると気が滅入るだけだよ」

「誤魔化すの下手くそ~」

「うっさいわ」

 

 自分が口下手なことなど、十数年の人生を以って自覚済みだ。それに、嘘を言ったつもりもない。知り合いが大変そうならば、助けたいと思うのは普通のことだろう。

 

 一応、あれから自分は彼女より事情を聞くことには成功していた。

 どうやら、蘭という幼馴染と口論による喧嘩に発展してしまったらしい。元々他の幼馴染と『Afterglow』という名義でバンドを組むぐらい友好関係が深いらしく、定期的にスタジオでライブをする程らしい。

 

「蘭はギタボなんだけど、凄くカッコいいんだよ〜」

 

 本当にその人のことが好きなのだろう。人物像を語るときだけは目が輝いていた。格好良いと評するということは、その人物は()()なのだろうか。

 

 しかし、当事者たちからしたら大問題なのだろうが、端から見ている自分程度にはあまり理解できぬ話だった。本当に親友ならば、口喧嘩程度ならば大した問題にはなり得ないのではないだろうか。そう思い、張本人に尋ねてみたが。

 

「ずっと、一緒にいたからさ。距離感が、不意に分かんなくなっちゃったんだよ」

 

 やや俯きながら寂しげに呟く彼女の横顔は儚く、いつ手折られて散っても不思議ではない程だった。

 自分には幼馴染なんて存在しないし、事情を全て知るわけではないから有効な助言を送ることすら不可能だ。それでも、人間関係が如何に複雑怪奇な存在であるかは理解できた。

 

 諦めたように彼女は地面に転がっていた小石を蹴飛ばす。他の砂利も巻き込んで遠くへと吹き飛んだ。闇夜に紛れて見えなくなるまで目で追っていたが、それも無意味な時間稼ぎに過ぎない。そうして後回しにしたところで何一つ進展しない。

 

 だからこそ、自分が一石を投じるべきだと思った。それこそ、なけなしの勇気を振り絞ってでも。

 

「一緒に空を見てみたらどうだ?……出来れば夕焼け以外で」

「……そんな簡単なことで解決するかな〜」

「多分、するんじゃないか?だって────」

 

 自分たちは空に導かれて出会ったじゃないか。きっと、空が背中を押してくれるだろうさ。

 

 その勇気を振り絞って告げた言葉は、諦めた様に塞がれていた瞼を自ずと開かせた。こちらに向けられた視線に見せつけるように精一杯笑ってみせる。

 そうだ。『Afterglow』や自分たちの起源は、同様に夕暮れや星空の元だったではないか。その出逢いを尊ぶのならば、その方法に賭けてみるのもありなのではないだろうか。

 

「……うん、そーだね~。なんだかできる気がしてきたよ~」

 

 そう言って立ち上がった彼女。相変わらずその瞼は眠そうに閉じかけていたけれど、その奥に秘められた輝きは一等星にも匹敵するものがあった。

 もう、自分が介入する必要性はなさそうだ。

 

「やっとか。さっさと解決してしまえよ」

「うん、ありがとうね~。……あー、えっと、そのー」

 

 急に挙動不審になる彼女。これまた珍しい態度にこちらの調子も狂ってしまう。

 

「おいおい、今度はどうしたんだ?」

「名前だよ。そういえばまだ、あたしは君の名前聞いてないよ~?」

 

 今更ながら、自分が名前すら知られていないことに気づいた。改めて考えれば、一人称がモカちゃんな彼女とは違い、自分が名前を名乗ったことなど一度たりともなかった。個人個人で会話する分にはそれで事足りたから失念していた。

 

 つくづく、自分たちの出会いは不可思議だった。

 

 

 


 

 

 

 彼女と出会ってから三週間近く経ただろうか。初対面が12月の初頭であり、────今日がクリスマスである以上はその計算に狂いはあるまい。

 

 あれから、彼女たちの一大騒動は解決したらしい。お礼にとくれたクロワッサンを一緒に食しながら、彼女は嬉しそうに報告してくれた。

 それで自分たちの交流は途絶えるかと思われたが、それも杞憂で終わった。未だに彼女はこのちょっとした展望台に現れて、一緒に千変万化する空を眺めていた。

────それがいつの間にか新しい『いつも通り』になっていた。

 

 今日の歩幅は妙に狭くなっていた。一段、一段と登るのに費やす時間は通常より何割増しだった。

 それもある意味当然。自分は今日、聖なる夜に相応しいものを携えていたからだ。それは、クリスマスプレゼント。精々クラスの同級生と駄弁る程度の交友関係しか持たない自分が、真剣に贈り物を選ぶ日が来るとは思わなかった。

 

 いつもの定位置に到達してみれば、やはり彼女はいた。件の張本人は不満げに、こちらを恨みがましい目つきで見ていた。

 

「遅い〜。モカちゃん凍えちゃうよ〜」

「悪い」

 

 緊張からか、いつも以上に返しが単調になってしまう。彼女に自分の心境がバレていないかだけが今一番の心配事だった。

 どうやらこの後に件の幼馴染たちとクリスマスパーティーを行うらしく、今日残された時間は僅かだった。こうして時間を割いて会ってくれていること自体が奇跡なのだ。

 

「はいこれ~。クリプレだよ~」

「マジか」

 

 予想外の行動に思わず瞠目してしまう。まさか、あちらも同じことを考えていたとは。もしかしたらその可能性もあるのではないかと思っていたが、いざ直面すると驚いてしまうものだ。

 それだったら遠慮はいるまい。自分も背後に隠していた代物を彼女の目の前に差し出した。

 

「こっちも渡さなきゃな。はい、メリークリスマス」

「……おー。やった~、キミから貰えるなんて思ってなかったよ~」

「流石に、今日は準備するさ」

 

 嬉しそうな笑顔を隠そうともしない彼女。この表情を引き出しただけでも、自分の勝ちだった。

 断りを入れてから、自分も中身を確認することにした。包装を丁寧に剥がしていけば、綺麗なキーホルダーが姿を見せた。

 

「これって、レジンアクセサリーか?」

「そうそう~。初めて見た時に『ビビビッ』って、モカちゃんの直感に来たんだよね~」

 

 改めて手元に視線を移す。透明な外郭に封じ込まれた中には、一つの世界があった。初めて二人が見上げた時の空に酷似していて、作り手の熱意と技量が伝わる作品だった。

  

「キミがくれたのはー、……花のキーホルダー?」

「そうだ。この間近くの公園でフリーマーケットが開催されてたから、そこで良さそうな物を選んでおいた」

「……これはもしかして、胡蝶蘭?」

 

 自分が用意したのは、花がデザインされた板型のキーホルダだった。ピンク色の花束が彫り込まれたそれは、個人的にお洒落で気に入ってたりする。

 彼女は意外と花の知識が豊富で、度々と自分を驚かせていた。その思い出の意も込めて選んだのだ。

 まさかプレゼントが被るとは思っていなかったが、そこは方向性が違うということで勘弁してもらおう。

 

「さぁな。そこまで詳しいことは聞いてないな。ただ似合いそうってだけで買ったし」

「……キミって、そういう所が無頓着だよね~。もっとしっかりした方がいいよ~?」

「はいはい。前向きに検討しておくよ」

 

 彼女のお小言を軽く受け流す。その態度に彼女は不満げだったが、それもすぐに崩れてまた笑顔に戻る。互いに挙動不審だった頃が遠い日のように思えた。

 

 いつものように雑談に興じていれば、あっと言う間に太陽の威光が全て消え去ってしまった。いつもならここで解散してしまう刻限だ。

 しかし、自分にはここで何が何でもやろうと決めていたことがあった。それこそ、クリスマスという特別な日に願掛けてでも。

 

「そう言えば、一つ伝えておきたいことがあったんだ」

「……おー。それって何~?」

「それは────」

 

 彼女の言葉に続くことはできなかった。甲高く鳴り響く電子音が遮ったからだ。その音源はどうやら彼女の携帯かららしく、彼女はポケットから取り出して直ぐに応じた。

 

「もしもし~?……あ、蘭~」

 

 その一言で、微量の勇気が一気に冷え切ってしまった。電話の呼び出し人が誰かを察してしまったがために。もう二度と告げられないだろうという確信が、自分にはあった。

 

「うんうん……、分かったよ~。すぐ行くからちゃんと待っててね~」

 

 電話自体は数秒で終わったが、それはこの会合の終わりを意味していた。彼女が申し訳なさそうな表情でこちらを見つめてくるのも、その証拠だった。

 そしてそれを止める度胸は、自分になかった。

 

「行きなよ。友達が呼んでいるんだろ?」

「……そだね。待たせるのも悪いし、もう行くね~。それじゃあ、よいお年を~」

 

 そう言って、鼻歌混じりに階段を駆け降りていく彼女。多分、幼馴染とのパーティーとやらに参加するのだろう。()()()()()がいるパーティーに。

 必死に記憶の彼方に忘却していた存在がまた現れてしまっては、勝ち目などある筈がなかった。

 

……妬けるな

 

 臆病者が囁くように呟いた悪足掻きが、彼女に届く筈もなかった。

 

 

 


 

 

 

 やや擦り切れたかと過信してしまう程、踏み慣れている石階段を登っていく。脇道に咲く野花の名称すらも、今の自分は容易く把握していた。彼女との話題のためにと勉強した日々すらも、今は愛おしい。

 やがて、一分と時間を費やさずに登り切った先には、こじんまりとした公園があった。

 

────が、敢えて自分はその入り口の前で立ち止まり、そのまま背後を振り返る。もう、あの場所は自分()()の時に座る場所ではなくなったから。もう、一人で座るのには相応しくないから。

 

 急な角度下り坂は、凡ゆる障害を排除した開放感を演出してみせる。この不便さも、人を遠ざけるようになった要因だったのかもしれない。そう考えると、自分と彼女が出逢えたのは奇跡と読んでも差し支えないのではないのだろうか。

 

 世界はまだ、闇に包まれていた。それも当然で、時刻はもうすぐ日付を跨ごうかという瀬戸際だった。しかも、今日が大晦日であるのだから、目的はただ一つだった。

 

「……今年ももう、終わるのか」

 

 色んなことがあった。出会いや別れなんて定番じみた事から始まり、終いには些細なことすらも脳裏に記憶が蘇る。

 

 その中でも特に色濃く焼き付いているのが、彼女と過ごした一か月だった。毎回孤独のまま眺めていた日々を一気に変えてしまった張本人。

 彼女のくだらない話で笑う横顔が、お気に入りの店で購入したパンに噛り付く姿が、目を輝かせて流星群を眺めるその瞳が。その全てが単調な日々に色彩を与えてくれていたのだ。

 

 最後に思い出すのは、とある幼なじみと電話している時の心底嬉しそうな表情。たった十数回天体観測を共にした程度では辿り着けない領域だ。

 

 

 

────ああ。神様とやらは結構、朴念仁らしい。矮小な人っ子一人(独り)の感情すら汲み取れないのだから。

 

 

 

 地平線の彼方から差し込んできた紅霞(こうか)を瞳に焼き付ける。あれこれと一年を振り返っているうちに、いつの間にか新たな年になっていたらしい。

 

「ハッピー・ニューイヤー、青葉モカ」

 

 気が付けばそう囁いていた。ごちゃ混ぜになった感情に整理をつけるために、万感の思いを乗せて。

 周囲には誰もいないから、この言葉はきっと意味を為さないで消えてしまうのだろう。これ以上ないってぐらい惨めに、この感情は置き去りにされてしまうのだろう。

 それでも自分は、言いたかった。

 

 

 

 初旭は、憎たらしいぐらいに美しかった。それこそ、輪郭が歪んで見えるほどに。

 このほろ苦い感情を洗い流すように、自分は朝日を眺め続けた。

 

 

 




《作者のコメント》
 結局、一方的な誤解は解けたのか、それともこれ以降この縁は途絶えたのか。
 かつて『いつも通り』に固執していた二人がこの後どうなったのかは、読者様の想像に委ねます。
 タイトルの『雲母坂』とは、バグのように唐突な『出会い』の意を込めました。

 ちなみに、『一方的な勘違いで失恋』というのは、友人の経験が元ネタだったりします。こっちはどうにかして自分がくっつけましたけどね()
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