バンドリカレンダー企画! ~みんなで繋ごう、ガルパの一年を~   作:大里野上

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本日は、同人サークル:ドリーマー・カタストロフ様です!
原稿の提出速度がとても速いことが印象に残っています。

作家ページ: https://syosetu.org/?mode=user&uid=288967
代表作: https://syosetu.org/novel/205789/


5月・五月の悲空

「私……彼氏が出来たんです」

 

 鍵盤の上で、指先を踊らせる。

 猫のようにしなやかに、先生の指の動きを思い出しながら指を動かす。

 心の震えをおくびにも出さないで、私はピアノを操り切ないメロディーを奏でていた。

 

 私が先生と出会ったのは、まだランドセルを背負っていた頃の五月。

 近所のお祭りで鯉のぼりを一緒に見たのがきっかけで一目惚れして、そのあと母に入れられたピアノ教室で運命の再会を果たした。

 

 それからもう十年。

 私は先生と唯一会えるこの場所に通い続けている。

 季節柄か、部屋には小さな鯉のぼりが飾られていて、今のこの雰囲気に似合っていなさ過ぎて浮いていた。

 

「引き留めるなら……今ですよ」

 

 五月の空気と同じように冷めきったこの部屋は、まだ結末を知らされていない私にもその沈黙の意味を嫌という程に教えてくれていた。

 

 例え二人っきりのレッスンでも、先生は私だけを見てくれない。

 私は先生をずっと独占できないでいた。

 

 初めて会った時からずっと、先生の左手の薬指に居座る指輪。

 彼が指輪を外すのは、本気でピアノを弾くときだけで、レッスン中でさえずっとつけている。

 先生を独占出来るのは、ピアノと奥さんだけで、ただの教え子の私はそのどちらでもなかった。

 

 ピアノを弾く手を止めて先生を見上げても、困ったような顔しかしていない。

 この十年、私が先生を求めるたびに見せてきた顔。

 

「なにか言ってくださいよ……先生」

「燐子、俺にとっての燐子は、家族みたいな存在なんだ」

「…………」

 

 椅子から立ち上がり、先生に詰め寄る。

 

 十年の年月を経ても変わらない想い。

 

 十年の年月を重ねて、こんなにも深く降り積もってしまった。

 

「私……人のモノになっちゃうん……ですよ。その人に抱きしめられたり……キスされたり……その先だって……」

 

 いくら私が想いを伝えても、心を押しつけても、先生との距離は縮まらない。

 

 左手の指輪は消えてくれない。

 

 なのに諦められない。

 

 決して揺るがない指輪の存在ごと、その高潔さごと愛してしまったなんて。

 

「本当に……いい人なんです。ずっと私のこと好きだって言ってくれていて……きっと彼なら、私も」

 

 涙があふれそうになり、言いよどむ。

 

「先生……」

 

 その胸に飛び込んでも、先生は自ら私に触れようとはしない。

 

「私……もうここには来ません。今日で最後にします。だから……」

 

 キスをして……

 

 体にふれて……

 

 私を抱いて……

 

 私の心を奪ったように……私の全て奪い去って欲しかった……

 

 ピアノに触れるように私に触れて、ピアノを奏でるように私を奏でて私を啼かせて欲しかった……

 

 どんなカナリアよりも綺麗な声で啼いてみせるから……きっと先生の奥さんよりも綺麗な声で……

 

 そうすれば五月の寒い空気で冷え切った身体も温かくなるだろうから。

 だから人は、互いを温め合うんでしょ? 

 

 そしたら終わりに出来る気がした。

 

 この大きな胸にたくさん思い出だけをしまって、終わりに出来るから。

 

「思い出を……ください」

 

 先生の腕が私を抱きしめた。

 

 強く強く、抱きしめられる。

 

「私を抱いてください……」

 

 貪るような口づけに翻弄され、私は堅い床の上に横たえられる。

 私をまさぐる先生の動きに従って、私は愛の歌を啼く。

 

 指輪をしたまま、私を抱く。

 

 私が愛した先生は思い出になっていく。

 

 私が愛した先生が、死んでいく。

 

 決して揺るがない指輪の高潔。

 

 その高潔さごと私は先生を愛した。

 

 その指輪を穢すなら、先生は私が愛した先生じゃない。

 

 昔読んだ絵本のよう。

 

 体を貫かれながら愛の歌を啼き、赤い薔薇の花を咲かせて、それでも夜明けには死んでしまう。

 

 この恋を殺してしまう。

 

 私が愛した高潔さを穢してしまう。

 

 それでも、私は──

 

 それだからこそ、私は──

 

 ただひと時、重なる心と体を……それを求めたのに……

 

 私の体は床に立ったまま、横たえられることはなかった。

 

 先生はただ本当に私を抱きしめただけだった。

 

 耳元でささやかれた優しいごめんね。

 

 いっそ、幻滅させてくれたのならどんなによかっただろう。

 

《好きです》

 

 その言葉を呑みこんで、私は彼の元を去った。

 

 胸の小鳥は彼への愛の歌を奏でながら、彼の優しい言葉に貫かれて死んでしまった。

 

 赤い薔薇の花を咲かすこともなく、花は白のまま小鳥の弔花になってしまった。

 

 胸に空いた空洞に、小鳥の亡骸を白い花と共に埋葬する。

 

 きっとそこから、今度こそ赤い薔薇の花が咲いて小鳥は永遠の愛の歌を唄うから。

 

 だから私は、彼氏の元に走った。

 

 急に降り出した雨にも関わらず、私は止まることなく走り続けた。

 結局私は先生の最愛の人にはなれなかった。

 あくまで家族、鯉のぼりと同じ関係で、特別になんかなれない。

 

 考えようによっては特別なのかもしれないけど、私の望んだ特別は違かった。

 

 先生を振り切って、呑み込んだ言葉を彼氏に伝えるため。

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