水に食ワレル   作:場理瑠都

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第12話

 天道先輩は、俺を古本屋へと導いた。

 その店は、降りた駅の近くにあった。

 その店は、小さかった。

 本屋と聞けば、俺にしてみればTSUTAYAのような何台も置ける駐車場が備え付けられた、広くきらびやかでレンタルDVDやCDも置かれている店が真っ先に思い浮かぶが、その店はそんなイメージとは真逆だった。

 商店街の片隅に、ぽつんとたつ一軒の家の一階だけにある店だった。

 手動で開くドアをあけて入れば、レジの席に座るおじいさん(60くらい?)が「いらっしゃいませえ」と出迎えた。

 店内は、照明が弱く、もう何年も前にミュージックステーションで聞いたようなJポップが流れていた。

 本棚があった。

「水野君、これを見てどう感じる?」

 天道先輩は、本棚に並ぶ本を指して、俺に問うた。

「どう、て、言われましても……」

 俺は、なんて言えばいいのか、迷った。先輩が、何を意図しているのか、わからなかった。

「簡単な感想でいいんだ。小学生でもいえるような、感想で」

「はあ……」

 彼女自身がそういうので、これ以上ないくらい簡単な感想を、言うことにした。

「古そう、ですね」

「そうだな。古い」

 彼女は、本棚の一角に歩み寄り、一冊取り出して、俺に見せてきた。

 アニメ風の絵柄が、表紙の本だった。それだけで、おそらくライトノベルだろうということがわかった。表紙は、一見して、下手だ、と思えるような絵柄だった。

「君は、この本を、古本屋でもブックオフでも公立図書館でもない場所で、見たことがあるか?」

「いいえ」

 正直、こんな下手な絵の表紙だったら、印象に残っているはずだから、違うと思った。確かに、いわゆる「萌える」種類の絵には、きっとちがいないのだろう。しかし、どうも色が鮮やかでなく、また、輪郭がゆがんでいるように思えた。イラストというよりは、漫画のような絵柄だ。

「見かけたことがないのも、不思議ではない。日付を見るといい」

 天道先輩は、本の一番後ろにある、本の発行された日付が記載されたページをめくって、俺に見せた。

 1994年4月第一刷発行。そう、書かれていた。

「今から、もう20年以上前に出版された小説、というわけだ。さて、次の質問だ。このラノベを書いた作者、これは必ず存在するわけだが、その彼ないし彼女は、どんな気持ちでこれを書いたと思う?」

 俺は、面食らった。

「読んですらいないのに、そんなことわかりませんよ」

「いや、読んでいなくても、わかることだってある。単純な想像力を働かせるんだ。もし君が、プロの作家で、本屋に並べてもらえるような小説を書くときは、どんな気持ちになると思う? 単純に、考えるんだ」

「・・・・・それは、その・・・・・・やっぱり、一生懸命になって、書くんじゃないですか? お金や生活がかかっているのだから」

「そう。正解だ」

 正解だって言われても、嬉しくなかった。この会話の意味が、分からなかったからだ。

「一体、先輩は何をおっしゃりたいのですか?」

「どんな小説だって、書いた人は、一生懸命になって書いたはずだ。でも、20年もすれば、普通の書店では誰も見かけなくなり、誰からも忘れ去られてしまう。……むなしいと、思わないか」

 俺は、沈黙した。

 そんなこと、考えたこともなかったから、意表をつかれてしまったのだ。

 でも、言われてみれば、そうだ。

 今だって、日本国内だけでも、年間、数えきれないぐらい本が、小説が出版されている。

 でも、そのうち、何刷も版を重ねて、長い間読み継がれるようになる本なんて、決して多くはない。当たり前だ。新しい本はどんどん出版されていて、競争には終わりがないのだから。本を買う人の財布は無限ではないのだから。全ての本を買うことなんて、全ての本を読むことなんて、この世の誰にもできないのだから。

 それを、むなしいことだといえば、そうなのかもしれない。

 どんな小説だって、書いた人は、一生懸命書いたのに、競争はいつだって容赦なく、忘れ去られてしまうものが大多数なのだから。

 どちらかというと、せつない、という言葉の方が、俺にはしっくりきた。

「でも、仕方ないじゃないですか。それ」

 俺は言った。

「そうだ。仕方ない。当然の摂理だ。だから、空しいんだ」

「だから、書かなくなったのですか? 紅のソルジャーを」

 ようやく、俺は、察することが、出来た。

「そうだ」

 彼女は、頷いた。

「でも、何年も経っても読まれているような小説もありますよ。シャーロック・ホームズとか」

「紅のソルジャーは、そうはなれない」

「どうして、そうおもわれるのですか?」

「逆に聞くが、君は紅のソルジャーを読んで、どう思った? どんな読後感が、君には残った」

「面白かったです」

「どこが面白かった?」

「どこって、読んでいたらはらはらして、どきどきして、色々楽しかったです」

「ほらみろ。その程度の小説ということだ。読んでいてその程度の感想しか出ないような小説は、歴史に残ることはない。もっと言えば、例えば今、君が例に挙げた

シャーロック・ホームズ。それにしたって、今から一億年後も読まれていると思うか? 一億年後に人類が生きているかどうかすらわからないというのに」

 突然出てきた数字のスケールに、俺は頭を殴られたかのようだった。

「一億年後に読まれる小説でなければ、書く意味がないっていうのですか?」

「そうだ」

「無茶ですよ」

「そのぐらい読まれ続ける小説でなければ、書く意味がない。だから俺は、紅のソルジャーを書くのをやめた」

「じゃあ、なんで文芸部にいるんですか?」

「一億年後も読まれるような小説を書くためだ。仮に人類が滅びているとしても、人類ではない存在に読まれるような小説を書くためだ」

「それはどんな小説ですか?」

「書けたら見せているよ。何度も書こうとしてはいるが、全く書けない」

「・・・・・・・」

 黙った俺の横を、先輩は通り過ぎて行った。

「俺が言いたいことは、これが全てだ。俺の家はこの近くだから、もう、帰る」

 そう言い残し、彼女は、去っていった。

 俺は、何も言えずに、古本屋の本棚の前で、立ち続けた。

 

 

 

 

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