天道先輩は、俺を古本屋へと導いた。
その店は、降りた駅の近くにあった。
その店は、小さかった。
本屋と聞けば、俺にしてみればTSUTAYAのような何台も置ける駐車場が備え付けられた、広くきらびやかでレンタルDVDやCDも置かれている店が真っ先に思い浮かぶが、その店はそんなイメージとは真逆だった。
商店街の片隅に、ぽつんとたつ一軒の家の一階だけにある店だった。
手動で開くドアをあけて入れば、レジの席に座るおじいさん(60くらい?)が「いらっしゃいませえ」と出迎えた。
店内は、照明が弱く、もう何年も前にミュージックステーションで聞いたようなJポップが流れていた。
本棚があった。
「水野君、これを見てどう感じる?」
天道先輩は、本棚に並ぶ本を指して、俺に問うた。
「どう、て、言われましても……」
俺は、なんて言えばいいのか、迷った。先輩が、何を意図しているのか、わからなかった。
「簡単な感想でいいんだ。小学生でもいえるような、感想で」
「はあ……」
彼女自身がそういうので、これ以上ないくらい簡単な感想を、言うことにした。
「古そう、ですね」
「そうだな。古い」
彼女は、本棚の一角に歩み寄り、一冊取り出して、俺に見せてきた。
アニメ風の絵柄が、表紙の本だった。それだけで、おそらくライトノベルだろうということがわかった。表紙は、一見して、下手だ、と思えるような絵柄だった。
「君は、この本を、古本屋でもブックオフでも公立図書館でもない場所で、見たことがあるか?」
「いいえ」
正直、こんな下手な絵の表紙だったら、印象に残っているはずだから、違うと思った。確かに、いわゆる「萌える」種類の絵には、きっとちがいないのだろう。しかし、どうも色が鮮やかでなく、また、輪郭がゆがんでいるように思えた。イラストというよりは、漫画のような絵柄だ。
「見かけたことがないのも、不思議ではない。日付を見るといい」
天道先輩は、本の一番後ろにある、本の発行された日付が記載されたページをめくって、俺に見せた。
1994年4月第一刷発行。そう、書かれていた。
「今から、もう20年以上前に出版された小説、というわけだ。さて、次の質問だ。このラノベを書いた作者、これは必ず存在するわけだが、その彼ないし彼女は、どんな気持ちでこれを書いたと思う?」
俺は、面食らった。
「読んですらいないのに、そんなことわかりませんよ」
「いや、読んでいなくても、わかることだってある。単純な想像力を働かせるんだ。もし君が、プロの作家で、本屋に並べてもらえるような小説を書くときは、どんな気持ちになると思う? 単純に、考えるんだ」
「・・・・・それは、その・・・・・・やっぱり、一生懸命になって、書くんじゃないですか? お金や生活がかかっているのだから」
「そう。正解だ」
正解だって言われても、嬉しくなかった。この会話の意味が、分からなかったからだ。
「一体、先輩は何をおっしゃりたいのですか?」
「どんな小説だって、書いた人は、一生懸命になって書いたはずだ。でも、20年もすれば、普通の書店では誰も見かけなくなり、誰からも忘れ去られてしまう。……むなしいと、思わないか」
俺は、沈黙した。
そんなこと、考えたこともなかったから、意表をつかれてしまったのだ。
でも、言われてみれば、そうだ。
今だって、日本国内だけでも、年間、数えきれないぐらい本が、小説が出版されている。
でも、そのうち、何刷も版を重ねて、長い間読み継がれるようになる本なんて、決して多くはない。当たり前だ。新しい本はどんどん出版されていて、競争には終わりがないのだから。本を買う人の財布は無限ではないのだから。全ての本を買うことなんて、全ての本を読むことなんて、この世の誰にもできないのだから。
それを、むなしいことだといえば、そうなのかもしれない。
どんな小説だって、書いた人は、一生懸命書いたのに、競争はいつだって容赦なく、忘れ去られてしまうものが大多数なのだから。
どちらかというと、せつない、という言葉の方が、俺にはしっくりきた。
「でも、仕方ないじゃないですか。それ」
俺は言った。
「そうだ。仕方ない。当然の摂理だ。だから、空しいんだ」
「だから、書かなくなったのですか? 紅のソルジャーを」
ようやく、俺は、察することが、出来た。
「そうだ」
彼女は、頷いた。
「でも、何年も経っても読まれているような小説もありますよ。シャーロック・ホームズとか」
「紅のソルジャーは、そうはなれない」
「どうして、そうおもわれるのですか?」
「逆に聞くが、君は紅のソルジャーを読んで、どう思った? どんな読後感が、君には残った」
「面白かったです」
「どこが面白かった?」
「どこって、読んでいたらはらはらして、どきどきして、色々楽しかったです」
「ほらみろ。その程度の小説ということだ。読んでいてその程度の感想しか出ないような小説は、歴史に残ることはない。もっと言えば、例えば今、君が例に挙げた
シャーロック・ホームズ。それにしたって、今から一億年後も読まれていると思うか? 一億年後に人類が生きているかどうかすらわからないというのに」
突然出てきた数字のスケールに、俺は頭を殴られたかのようだった。
「一億年後に読まれる小説でなければ、書く意味がないっていうのですか?」
「そうだ」
「無茶ですよ」
「そのぐらい読まれ続ける小説でなければ、書く意味がない。だから俺は、紅のソルジャーを書くのをやめた」
「じゃあ、なんで文芸部にいるんですか?」
「一億年後も読まれるような小説を書くためだ。仮に人類が滅びているとしても、人類ではない存在に読まれるような小説を書くためだ」
「それはどんな小説ですか?」
「書けたら見せているよ。何度も書こうとしてはいるが、全く書けない」
「・・・・・・・」
黙った俺の横を、先輩は通り過ぎて行った。
「俺が言いたいことは、これが全てだ。俺の家はこの近くだから、もう、帰る」
そう言い残し、彼女は、去っていった。
俺は、何も言えずに、古本屋の本棚の前で、立ち続けた。