水に食ワレル   作:場理瑠都

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第13話

 古本屋の本棚の前に立ちながら、俺は、喫茶店で、初めて小島さんの書いた小説を読ませてもらった時のことを、思い出していた

 

「どうして、こういうものが書けるのですか? 小島さんは」

 あの時、読み終わった後で、俺はそう問うた。

 テーブルを挟んで向かい合って座っている彼女は、ちょっと、考え込んでから、語り始めた。

「高校三年生のころにね、私の祖母が、亡くなったのですよ」

「……」

「祖母は、老人ホームに入っていました。大学の受験が終わって、家に帰ったら、母が、私に言ったんです。おばあちゃんが亡くなったよ、て」

「・・・・・・」

「とても、驚きました。受験勉強に集中していたから、もうずっと会えてはいなかったけれど、その三日前に、電話で会話したばかりだったのです。その日、父と母と一緒に、祖母が入居していた老人ホームにいって、ベッドに横たわる祖母をみて、実感しました。ああ、人って死ぬのだなあって。その次の日からですね。へたくそながらも、小説を書き始めたのは」

「それは、一体……?」

「永遠が、欲しくなったからだと思います」

「永遠」

「私も、祖母と同じように、いつかは死ぬ。でも、何かを作り出せれば、それを残すことが出来れば、例え私が死んだとしても、私が生きた証は、永遠に残り続けるかもしれない

「……」

「別に、小説じゃなくたって、なんだってよかったのですよ。絵でも、音楽でも。ただ私にとって、一番作りやすかったのは文章だったから、小説を書くことにしたんです。純粋じゃないから、いけないことなのかな、とも、ちょっと感じるのですけどね」

「死が、怖いから、『死を想え』を、書けたということですか」

「怖い……。それは、どうなんでしょうね。もちろん、怖いことは間違いないですよ。怖いです。でも私にとっては、せつないって言葉の方が、より相応しいような気がします。私たちがどんなに一生懸命に生きたって、結局最後は死んでしまうのだとしたら、そこには、どんな意味があるんだろうって、そう考えると、せつないです。だけど、世の中の人たちって、あんまりそういうこと、考えてないように、私には思えます。『誰もが自分が死ぬということを知ってはいるが、誰も自分が死ぬということを信じていない』ですよ」

「だから、それを訴えるために『死を想え』を書いたということでしょうか? 自分が死ぬということをちゃんと信じろ、と」

「訴えたい、というのとは、また違うような気がします。・・・・・・私自身、祖母が死ぬまで、死について何か思うことは、一度もなかったと思いますから、やっぱりそれは、普通に日常生活を送っている分には、難しいことなのではないでしょうか。そういう意味では、私は『死を想え』を、過去の自分に当てた手紙として、書いたのかもしれません。『死について考えろ』って」

「それにしても・・・・・・」

 俺は、どうにもうまく言えないが、言いたいことがあった。

「家族が、死んだ経験がある人は、沢山いると思います。世の中に」

 俺は、窓の外を指さした。

「でも、その人たちは、『死を想え』を、書けなかった。小島さんだけが、書けた。やっぱり、すごいと思います。きっと、それが才能って呼ばれるものなのだと思います」

「それは、どうでしょう。私の場合は、たまたま小説という形をとって表現するしかできなかっただけで、本当はそんなこと、世の中の人たちは、もしかすると私が気づくよりずっと前に気が付いていて、それぞれ異なる形で『永遠』を作ろうと努力しているのかもしれません。それは絵だったり、音楽だったりといった創作物に限らず、人によっては、『仕事』がそのための手段なのかもしれません」

「仕事が、ですか」

「仕事の結果は、仕事をした人がなくなっても、残り続けますよね。私たちが通っている東城大学の建物は戦前にできたものですけど、その時実際に手を動かして作った人たちは、多分、もう亡くなっている人たちが多いのだと思います」

 俺の脳裏には、あの大学の教室や、図書館や、食堂の様子が、思い浮かんだ。

「もしかしたら、私は、思いあがっているのかなあ、て、これを書いたとき、思っていました。私が感じたことなんて、とっくにみんな感じていたことなのだけど、そんなの当たり前すぎるから、あえて口にしないし表現しないだけなのかもしれないなあ、て」

「俺は、考えたこともありませんでしたよ。自分が死ぬってことが、どういうことなのかなんて」

「でも、生君は、ずっと、苦しんでいるじゃないですか。水のせいで」

 小島さんは、俺の前に置かれた、空になったコーヒーカップに視線を落とした。

「……さっき、コーヒーを飲み干されましたけど、大丈夫でしたか? 喫茶店だからといって気を使って、本当は怖いけど飲んだ、とかでは?」

「……何故かは、わからないのですけど、小島さんといると、あまり怖くはなくなるのですよね。水のことが」

「……普段の日常生活では、ちゃんと、水分は補給できているのですか?」

「のどの渇きには、勝てませんから。おっかなびっくり、飲んでいます。いつもは。怖い夢を見た時とか、どうしても飲めない時は、あるのですけどね」

「大変ですね。普段の生活ですら、そんな風に苦しんでいる生君なのですから、死を想う余裕なんて、ないですよ。むしろ生君は、いつも突き付けられているわけじゃないですか。自分の死の可能性を。ある意味、私なんか、幸福で、世間知らずなんだと思います。だから、死なんていう、誰もが避けられないものに、こんな年になるまで、気づかないでいられた」

「……」

 でも、そんなあなただから、そんなにも、優しくいられるのではないだろうか。

 俺は、目をそらして、コーヒーカップの中を見た。何も入っていなかった。

 

 あの喫茶店での会話で、俺は、小島さんの抱えるものを知った。

 彼女にとって、それが、創作の動機であることも。

 しかし。

 天道先輩の言ったとおり、小説は、決して永遠の存在なんかじゃない。いや、むしろ、人の一生よりもなおはかないものであるともいえるのだ。そして、数少ない、長く読みつかれる小説にしたって、いつか誰も読まなくなる時は、いつか必ずやってくる。

 一億年後も読まれる小説なんて、およそあり得るとは思えなかった。

 俺は、小島さんを、初めて、可哀そうだと、感じた。

 

 

 

 

 

 

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