水に食ワレル   作:場理瑠都

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第2話

 少し早かったけれど、大学に行くことにした。

 途中、コンビニに寄った。

 320円のパスタだけを買って、それをイートインで食べることにした。

 ちゅるちゅる、ちゅるっ。

 長く滑らかで温かいパスタの最後の一本を胃袋に収めると、のどが渇いてきた。

 パスタの入っていた容器を袋にくるんでゴミ箱に捨てると、俺の眼は自然と、飲み物が置かれた棚に向かった。

 お茶。コーヒー。ココア。コーンポタージュ。コーラ。サイダー。オレンジジュース。

 色んな飲料が、そこにあった。

 みんな、水だ。

 今朝、夢の中で、俺を捕食した、水の仲間たち。

 イメージが、俺の中で爆発した。

 俺がのどに流し込んだ熱いお茶が、俺の体内で増殖し、あふれ出し、腹を引き裂いて噴出し、俺を逆に包み込むイメージが。

 膨張し、大蛇のような姿となって、俺を内側から食い破る水のイメージが。

 俺は、頭を振った。

(馬鹿馬鹿しい。)

 あれは、ただの夢だ。

 現実には、水は俺を食べたりなんかしない。

 わかって、いるはずなのに。

 俺は、どうしても、飲料の棚に向かって、足を進めることが、出来なかった。

 結局、そのまま何も買わずに、コンビニを出た。

 喉に渇きを抱いたまま、俺は大学の門を通った。

 昨日と同じように、図書館に入り、二階への階段を上った。

 二階の入り口を通り過ぎてすぐに、小島さんと会った。

「あ……」

 突然の遭遇に、俺は少し動揺したが、なんとか言葉を口に出すことが出来た。

「お、おはようごさいます」

「おはようございます。生さん」

 小島さんが、挨拶を返してくれた。

 小島さんが、俺の名前を呼んでくれた。

 小島さんが、俺が懇願した通りに、俺を名前で呼んでくれた。

「あ、ありがとうございます」

 気が付いた時には、そう口に出していた。

 口に出した後で、後悔した。

 こんなことを言ったら、きっと変な男だと思われる。

 いきなり、お礼を言うなんて、変だ。

 案の定、小島さんは困惑しているようだった。

「えっと……、わたし、今何か、生さんにしましたっけ?」

「えっと、その……名前で、呼んでくれました。俺の頼んだ通りに。ありがとうございます」

「ああ・・・・・・」

 小島さんは、微笑んだ。

 ずっと、見続けていたいような、笑みだった。

「生さん、昨日も図書館にいらっしゃいましたよね。図書館が、お好きなんですか?」

「はい」

「私もなんです。今は、この本を読んでいます」

 小島さんは、抱えていた本を、俺に見せてきた。

 俺は、驚いた。

「あれ、どうかなさいました?」

「その本を、読んでいるの、ですか?」

 その本は、俺が昨日、探した本だった。

「生さんも、ご存じだったのですね」

 無言で、俺は頷いた。

「俺も、読んでいました。ここ数日。借りようかとも、考えていました」

「そうなんですか!」

 小島さんは口を開けて、眼を開いた。綺麗な歯がまた見えた。

「すごい、偶然ですね。……良ければ、一緒に読みますか?」

 思わぬ申し出だった。

「そんな。いいんですか?」

「本って、他の人と読むことで、より読むことが楽しくなるって、私思うんです」

 その考え方は、正直、ちょっとよくわからなかった。

 だけど。

「・・・・・・はい。一緒に、読ませていただきます」

 俺に、断る理由なんて、あるはずもなかった。

 俺たちは並んで椅子に座って、本を読み始めた。

 一緒に、本に手を添えた。

 小島さんの指がページをめくると、俺の指がそれを受け止めた。

 小島さんは、俺の読んだ部分から、ページをめくってくれた。文章を目で追いながら、俺たちはその内容について話もした。

 俺たちの会話は、本の内容だけに、とどまらなかった。

「生さんて、学部はどこなんですか?」

「経済学部、です」

「教えていただき、ありがとうございます。私は文学部です。学年は、何年何ですか?」

「まだ、入学して、一年目、です」

「え、私も」

 それから小島さんはちょっと考え込むようなしぐさをしてから、言った。

「なんか、同学年なのに『さん』付けするのも、ちょっと違う気がするのですよね・・・・・・。『生くん』って、読んでいいですか?」

「ええ・・・・・・大丈夫です。小島さんが呼びたいように呼んで頂ければ、それで大丈夫です。俺の方こそ、小島さんを小島さんって呼んで、良いでしょうか?」

「いや、それ以外に呼びようないじゃないですか。いいに決まっていますよ」

 小島さんは、口を片手で抑えて、くすくすくす……と、笑った。

「ごめんなさい、でも……。面白いですね、生(せい)くんは」

 面白い。

 変な人って、意味だろうか。

 ちょっと、ショックだ。

 俺はどこに行っても、そうみられる運命なのだろうか。

「サークルとかには、入っているんですか?」

「入学したばかりのころに、いろいろ見てはみたのですけど……。結局、入ってないです」

 特に運動部は、どうしたって駄目だ。

 どうしたって、水分補給を、沢山しなければならなくなる。

「じゃあ、今から文芸部に入るように勧誘されたら、ちょっと興味あります?」

「ぶんげいぶ?」

 そんな名前を、そういえば四月頃、看板の中に見た記憶がある。確か・・・・・・。

「小説を書いたりする、サークルですか?」

「そうそう。私が、入っているサークルなんです。一年生が少ないから、生くんが入ってくれたら、嬉しいです」

 思わぬ、誘いだった。

 だけど……。

「小説なんか、俺に書けるとは思えません。そもそも読むことすらほとんどしたことない」

「別にいいんですよ。書けなくったって。書いた方がいいですけど、書かなくったっていいんです」

「文芸部なのに、ですか?」

「サークルなんて、そんなものですよ。みんな、集まる口実が欲しいだけなんです」

「・・・・・・それなら、入っても、いいんでしょうか?」

「是非! 人は沢山いたほうが、楽しいですから。それに・・・・・・」

 それに?

「これを機会に、書かれてみても、いいんじゃないでしょうか。私、生君ならいい小説を書ける予感がします」

 これまた、予想外の言葉だった。

 俺は、なんと答えていいか、わからなかった。

「ま、単なる無責任な直観なんですけどね」

 小島さんは、歯を見せないままに口元に笑みを浮かべて、頬を手に乗せて俺を見た。

 なぜかはわからないが、どことなく恥ずかしい気持ちになったから、俺は眼をそらして、腕時計を見た。

 気づけば、講義が始まる時間だった。

「あの、すいません」

「あ、もう、時間ですか?」

 小島さんも、自分の腕時計を見た。

「ほんとだ。私も行かなきゃ」

「すいません、では、これで」

「待って下さい。生君。」

 立ち上がった俺を、小島さんは座ったまま見つめた。

「生君は、今日、お昼はどこで食べるんですか?」

 意図がつかめない質問だったが、答えない理由もないので、正直に答えることにした。

「学食で、食べるつもりです」

「じゃあ」

 小島さんは、本を閉じて、立ち上がりながら、

「お昼ご飯、ご一緒しませんか?」

 これもまた、断る理由がない申し出だったので、受けることにした。

 

 

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