「何を呆けた顔をしている? 君が今いる部屋は文芸部の部室だ。ということは、俺は君の顔を今まで見たことは一度もないが、多分これから入部しようとしている人間だろう? ということは、小説か詩かエッセイかは知らないが、とにかくなにか文章を創作しようとしているわけだろう? だが、こんな紙の無駄遣いでしかない小説を夢中になって読んでいるようじゃ、君が書けるのもこれと同じような類の駄文にしかならない。下らないものを創作する行為ほど、地球上でもっとも非生産的で下らない行為はないから、そんなことはするな、と忠告しているのだ。ここまでで、何かわからないことはあるか」
「あなたは、誰です?」
俺は、ようやく、口を開くことが出来た。
俺が言えたのは、そんな言葉だけだった。
俺の質問に対して、彼女は間髪を入れずに答えた。
「俺の名前は、天道文姫。東城(とうじょう)大学文学部の二年生だ。専攻は国文学。そして君が今いるこの文芸部の部員でもある。一応、な」
つまりは、俺の先輩というわけか。
だったら、礼儀をもって接さなければならない。
俺は、頭を下げた。
「よろしくお願いします、先輩。俺の名前は、水野生といいます」
果てして、これが初対面の挨拶として適切かどうかはわからなかったが。
「水野君、か。確か小島君が、話していたな。君のことを」
「・・・・・・なんて、ですか?」
どうしても気になって、聞いてしまった。
「本の趣味がいいから、きっと良いものを書いてくれるんじゃないか、とか言っていたな。彼女と同じ本を読んでいたそうだ」
図書館で、一緒に読んだことを、俺は思い出した。
あの時のことで、小島さんが俺を評価してくれているという事実に、俺は胸の中が温かくなった。
「君が彼女の話していた水野君なのだとすると、大分俺の予想とは違うな。彼女がああいう以上は、それなりにセンスがある男なのだろうと予想していたのだが」
「……小島さんには、なんて言ったのですか?」
俺は、かすかな苛立ちを抱きながら、聞いた。
「なんて、とは?」
「小島さんに対しても、君が小説を書くことが無駄だと言ったのか、という意味です」
「言ってない」
天道先輩は、首を振った。
「むしろ俺は、彼女のことは評価したんだ。彼女が書いた『死を想え』という短編を、君は読んだか?」
「はい、読みました」
「あの短編は、良かった。あの短い文章の中に、人が永遠に答えられない問いかけが表現されている。だから余計、不思議なんだ。ああいうものを書ける彼女がそれなりに評価しているというのなら、君もひとかどの人物だと予想していた。ところがどうだ? 俺が眠りから目覚めてじっと見続けたところ、君はそんな駄文を熱心に読んでいる。夢中になって読んでいることが、表情からわかったほどだ。不可解だ。理解できない。小島君は君のどこが良かったのか?」
・・・・・・この人が、小島さんのことは侮辱しなかったと知れて、良かった。
もしも、小島さんに対しても、この人がひどい言葉をなげかけていたのだとしたら、俺の心中の苛立ちは、今よりももっと強くなっていただろうから。
何様さんだ、この女は。
「ご自分の判断力にお疑いがあるようでしたら、俺の書いた小説を読んでから、判断されてはいかがでしょうか? 俺のセンスについて」
皮肉を込めて、俺は言った。
「君は今、持っているのか? 君の書いた小説を。ここに」
皮肉に気付いたそぶりも見せない天道先輩に対して、俺は無言で、鞄から原稿が入ったケースを取り出した。
俺は、俺の書いた小説を、先輩に渡した。
先輩は、俺の書いた小説を一読してから、言った。
「つまらんな」
ああそうですか。ちょっとは良い評価がもらえるかなと期待した俺が馬鹿でしたよ。
「オリジナリティもなければ、訴えたいことも何一つ感じられない。ただ紙を小説という体裁の文章で埋めるために書かれたものに過ぎんな」
……悔しいけど、正論だと、認めざるを得なかった。
俺はこの作品を、書くために書いた。
書くことで、読んだ人に何かを訴えたいことなんて、何もない状態で、書いた。
本当に、くやしいけど、この人の批評(って言っていいのかな? これ)は、的確だ。
……やはり、俺は、文芸部なんかに入るべきでは、小説なんかを書くべきでは、ないのだろうか。
「別にいいんじゃないですか?」
その時、声がした。ドアのところから。
俺でも、天道先輩でもない、女性の声がした。
知っている声だった。
「オリジナリティや伝えたいことが何もない状態で小説を書いたって、いいんじゃないでしょうか」
小島さんが、ドアを開けて、文芸部の入り口に、立っていた。