五等分の花嫁 心の傷を持つ少年   作:瀧野瀬

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長女の冷たい手

「実は……そのだな……」

 

「一花のことで何かあったのか?」

 

 どうにも歯切れが悪そうにしている風太郎。

 

「あった、というかあったんだが……」

 

「そうか、それで?」

 

 とりあえず、俺はそこに突っ込むことはしない。

 鉄格子に手を当てながらも言葉を待つことにする。風太郎がこうやって言葉に詰まってるの珍しいな……。

 

「そのなんて言えばいいのか分からないんだが、恐らくだな……」

 

「おう」

 

「多分、一花は……」

 

 

 

 

 

「俺のことが好「ごめん、もう一回言ってくれないか?」

 

 その先に聞こえてきそうなもの。

 耳を疑いそうだった。あの風太郎がそんなことを言い出すという事実もそうだが、トイレの詰まり並に踏ん張って出た発言が突拍子も無さ過ぎて、俺は言い切る前に遮った。

 

 気のせいだよな?さっきの奴……。

 

「恐らくだな……一花の奴は俺のことが好きなんだ」

 

「悪い、何があったんだ?」

 

「いやそのだな、あいつがああやって固まるのはそうとしか考えられなくてだな」

 

 鳥の囀りが聞こえてくる。

 聞き間違えだよなと感じて、思わず俺はそっちに意識を傾けてたが、風太郎のことを二度、三度見してしまう。本当に本当に言ったんだよな?今この場で……。

 

「風太郎、早退するなら言っておくぞ」

 

「大丈夫か?熱があるのか?お前がそういうことを言い出すなんてらしくないな」

 

「おい、なんでそうなる」

 

「いや、ここのところ一花の勉強会だけじゃなく、あいつの演技とかにも付き合ってるんだろ。なら、尚更疲労を抱えててもおかしくはないだろ」

 

 あくまでも冗談と捉えたい俺。

 しかし、風太郎の眼差しは変わることはないどころか、若干頬染めしている。

 

 おい、なんで男が頬染めしている。

 突っ込みたくはなるが、もう何も言うことはしなかった。

 

「表情を見りゃ、どういうことが起きたのかなんて明白ではあるんだが」

 

「俺が何か変なことをしたと言いたいのか空?」

 

「いや、そこまでは言ってないぞ風太郎……」

 

 意味分からない速度で墓穴を掘って来るが、風太郎が変なことをするとは思えん。

 なら、一花の方で何かあったと考えるべきだが目の前でどう感情を表せばいいのか困っている姿が目に入ってしょうがない。本当に何もしていないんだよな、風太郎の奴……。

 

 思わず、目を細めてしまいそうだったが……。

 俺は頬を叩いて、自分の身体に力を入れる。

 

「しっかりしろよ風太郎、もしあいつとお前の中で何かあったとしても」

 

「あいつなら、正攻法でやれば基本的には逃げるなんてことは出来ねえだろ」

 

「あいつはそういう奴だ、直接言葉を投げられれば自分がどうするべきか悩んでボロを出すことも多い。どうするべき悩むことも大事だが、家庭教師としてあいつらの友人としても……」

 

 

 

「やるべきことはたくさんあるはずだ」

 

 なんてことを力強く言ったものの……。

 どうするべきかなんてことはもう風太郎の中でもちゃんと決まってるはずだ。

 

 

 

 

 あいつはそういう奴だからな……。

 俺の方も正攻法じゃないやり方で二乃の機嫌を取ってやらねえとな……。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 空の言う通りだ。

 一花の奴があんなふうになっていたのは俺のことが好きだと妄想を語るのもいいが……。いや、よくはないが。事実を確認するために、ここで立ち止まっていたりしたら、あいつ自身にも支障が出る。

 

「あいつ自身にも、か……」

 

 前に言っていたことを思い出す。

 あいつが女優をどう目指したいのかと語っていたときのこと。

 

『姉妹の皆やフータロー君達が応援してくれたからだよ』

 

 あいつはああ言っていた。

 俺達の声援が力になって、単純過ぎてありきたりなことがあったからこそ重要だと言っていた。俺がいつ何処であいつの女優業を応援していたときがあったのかは全然覚えてないが、もしあいつが今後も女優を続けるなら、それこそあいつは女優として続けるのが難しくなる。

 

「どうしたの?フータロー君?」

 

 放課後、俺はすぐ学校を出てあいつの事務所に来ていた。

 事務所に来て、早々汗だくの俺が現れたからか一花は少し引いてるようだったが、俺は特に気にすることもなかった。

 

「と、とりあえず汗拭きなよ?」

 

「わ、悪い……」

 

 一花が差し出してくれたタオルを受け取る。

 俺は顔や顎の汗を拭いていると一花が視線を逸らして来る。

 

 違和感があった、明らかに……。

 視線じゃなくて、別の場所だ。

 

「一花、お前何か隠してるだろ?」

 

「か、隠してないよ?ど、どうしたの?急に怖いよ?」

 

 言うのか迷ってしまう。

 ここで俺のことが好きなのか?とと言えば、正直自意識過剰も言いところだ。

 

 二乃が居たりいれば、キモイだとか五月からはドン引きされるのが関の山。

 だが必要なのはこいつの反応を見ることだ。

 

「じゃあ、なんでタオルを差し出そうとしたとき……」

 

 

 

 

 

「手が震えてたんだよ」

 

 たった一言……。

 一言だけで、全部変わったみたいだった。

 

 あいつと俺の中で空白が続いていしまってる。

 俺の呼吸は正常なのに、どうしても一花の呼吸が正常じゃないように見えてしまう。

 

 なんで分かりもしないことを考えてしまうのかなんて俺が知る訳がなかった。

 ただ、この事務所という空間が何処か俺と一花の中で歪な何かを作ってしまっているような気がしていたのは……そうだ。

 

「そっか、じゃあフータロー君に聞いてもいいかな?」

 

「なんだ?」

 

 タオルを俺から受け取る一花。

 今度はその手は震えていなかった、ちゃんと掴んでいたんだ。

 

「フータロー君、もし京都のときに出会った子が五つ子の皆の中にいるとしたら、どんな反応をするのかな?」

 

「零奈が、か?」

 

 小さく頷きながらも、一花は俺の返事を待ってる。

 知らなかったわけじゃない。

 

 あいつらの中で零奈という人物がいることは気づいてはいた。

 親父や、らいはからあの日のことを改めて聞いたわけでも、零奈と話してそう思うようになったからでもない。恐らく、あるとすれば家族旅行のとき、爺さんが言っていたようなものなのかもしれない。

 

 だが、そうだとしても俺は……。

 

「俺にとって、零奈は確かに大事だ。あいつとの約束のおかげで俺は真っ当な人間になれた」

 

「そ、そうなのかな?」

 

 首を傾げながらも、俄かに信じ難そうにしている一花。

 

「お前がどう思うかは重要じゃない、あの日の出来事があったから俺はらいはや親父に楽をさせたくて勉強を頑張ろうとなれた」

 

「ただ頑張ろうとしてたの?」

 

「そうだな、俺はあまり深く考えようとはしてなかった。なんで、勉強を頑張らなくちゃいけないんだとか、その先に何を掴みたいんだとかあんまり深くは考えて来なかった。考えるという選択肢が自分の道にはなかったのかもしれない」

 

 一花に初めて言われて自分がそうだったと自覚できた。

 考えてみれば、俺は自分がしたいと考えてたことを有言実行したまでだった。

 

 他人と違って、勉強に対して挫折を味わったこともなかった。

 

「俺にはそういう素質があったのかもしれん」

 

「うわっ、凄い嫌な言い方をするねフータロー君」

 

「そこを隠しても意味はないだろ」

 

 隠しても意味はない。

 自分の道に挫折があるとすれば、それは勉強なんかじゃない。

 

「それもそっか、じゃあフータロー君にとってその零奈は今も重要なの?」

 

「重要か、そうだな……。確かにあいつがくれたものは大きかったと思う」

 

 一瞬だけ、恐らく空気が戻ったような感覚があった。

 時計の針の感覚が戻って、再び動き出したみたいだった。

 

「重要なのは昔じゃない、今どうあるかだ。あいつがなんで今になって姿を現したのか分からない。未練かもしれない、俺の姿を見たかったかもしれない。なんで、俺の前から去って別れを告げたのかも知らないが……」

 

 

 

「重要なのは……今なはずだろ」

 

 

 

 

「俺は少なくともそう信じ…………!!?」

 

 何かが当たった音がする。

 それが何なのかはすぐに思い知らされる。

 

「そっか、じゃあもういいよ」

 

 鋭い瞳、滲む瞼。

 鈍く頬が痛む……。

 

「全部過去のものだったんだ……」

 

 揺れてる唇。

 そういう目をしている一花の姿が目の前にはあった……。

 

 

 

 

 

 

「さようなら、フータロー君……」

 

 背中が見える。

 あいつのいつも馬鹿らしい背中が……。

 

 

 

 

「待て、一花……!!」

 

 

 

 

 明らかに冷たいものだった。

 

 

 

 

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